● 極東の島国は、数年前に穿たれた『穴』を契機に崩界を加速させた。 激戦の歴史を刻んできた国は、激戦の傷跡に向き合う余裕を与えられては来なかった。 否。食い止めることも癒やすことも、遅きに失する事はない。 今ならばまだ、講ずる手段は残されている。 「正直なところ、現状では状況は足りているとは言いがたいです。崩界を食い止める事はできても、逆行……つまりは補修ですね。これについて圧倒的に手が足りない」 深い溜息とともにかぶりを振る『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)の言葉に、当然だろうと思うリベリスタは少なくはない。寧ろ、多数がそうだ。 昨今はあまりに神秘界隈の重大事が多すぎた。世界の安定性が順調に崩れていくのは当然で、対策一つなく攻略できる状態ではないのも事実。 大陸プレートに喩えられるが、実に的確だ。撓んだまま長期に亘って放置すれば破局的災害をもたらすものであることは、当然と言えるだろう。 「そこで、故意に崩界因子を発生させて撃破、崩界を僅かでも巻き戻せないか、と。そのような試みが採られました。恐らくは君たちの一部も存じているでしょうから、問題ないとは思いますが……簡単に説明しましょう」 ひとつ、アークのサポートを経て『結界内に崩界因子を具現化させる』。 ふたつ、リベリスタ達はそれらの『撃破』を以て崩界因子そのものを破壊し、崩界という概念を打ち消すことで崩界を緩和させることが出来る。 みっつ、単なる因子とはいえ、日本各地の伝承地・パワースポットを刺激する行為であるため、容易な戦いにはなり得ないということ。 当然だが、雑事はアークで総てセッティングするため、できうる限り戦闘に注力できる体勢を整えたい、と彼は言う。 裏を返せば、それだけの因子が存在するということでもある。警戒は十分に要る。 「ときに、皆さんは避来矢という鎧の名をご存知でしょうか。正式には『号避来矢(ごうひらいし)』と呼ぶそうですが、名の通り平石、平らな石ってことですね。これと同等に重く、また、あらゆる矢を避ける通力が施されていたといいます。現在は焼失して一部のみ現存しているそうですが、今回具現化したのは全身、つまりは兜鉢を主体にした残存部分をベースに再現性の高い状態で存在しているようですね。擬似的にですが通力も備えている為、遠間からの攻撃は無論のこと、不調の一切を受け付けない姿であるようです。ただ、平石の別名の通りに動きは鈍重且つ行動は単純一途の為、パターンを読むことはそれほど困難ではないでしょう。あと、懸念する点としては――」 ええと、と資料をめくり、夜倉は心底残念と言わんばかりの表情でリベリスタを見た。 「石壁による牢獄の生成と、皆さん個人ごとの速度に応じた攻撃力の変動がある、とのことです。牢獄は一手で壊せますが、中にいる十秒間は戦闘に干渉できないということでもあります。十分な対策を望みます」 ● 重圧。 そう、呼ぶしか無い存在感がそこにはあった。 無骨な鎧である。武士の甲冑としては比較的洗練された戦国時代後期のそれと比べれば確かに所々、至らぬ造形ではあろう。 だが、それが造形の至らずをを全てと呼ぶのは神秘を知らぬ者の戯言(ざれごと)であり、『その鎧』の伝承を知らぬ者の戯言(たわごと)である。 放たれた総ての矢を寄せ付けず、近くにあって振り下ろされた刃の尽くを叩き折って、ただ前進のみを目途とした剛の鎧の何処が脆弱であろう。無粋であろう。 其は神体たる神賜の鎧。崩界を吐き出す因子そのものでありながら、龍の加護を得る神そのものの化身。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年01月06日(火)23:21 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● その鎧は、果たして如何様な意図を以て人の身に賜されたのか。 伝承に拠れば、百足退治の恩賞として竜宮より与えられたものとされ、武功と守護を与えるものとして知られる反面、武功への勇み足が過ぎる所有者を諌めた逸話もある。 人が力を求めることの肯定と、人が神に通ずることの願いの発露として生み出された伝承は、年月を経てひとつの形をとってこの世へ産み落とされた。 世界を破壊する意思と、それを望まぬ者の希望の象徴として、であるが。 「我こそは結城竜一! かの結城朝光を祖とする結城家が嫡男ぞ! 我が結城家こそ、小山氏の流れを組む、その祖を遡れば藤原秀郷を始祖とする武家の棟梁!」 「竜一様の仰ることが本当であれば、大層……」 「本当かどうかは置いといても、実力は確かだからな」 結界内に足を踏み入れ、『はみ出るぞ!』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)が先ず行ったのは朗々たる名乗りであった。ただ、口にする言葉は勇ましい限りなのだがその内容の真実味が如何程か、という話になれば……小首を傾げた『雨上がりの紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)と、曖昧のままにしようと応じる『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)の言葉通り、ということになろうか。少なくとも、本人が信じたいとするのであれば避来矢を賜ったものが祖にあらんと願うことも自由である。 彼の言葉を額面通りに受け取っている訳ではないとしても、義弘は竜一の実力については承知しているつもりであるし、己とてやすやすと倒れる身ではないという自負もあろう。他方、シエルはシエルで依頼を言葉のまま、ありのまま受け入れんとしている自分に些かの疑問を感じているようでもあった。 確かに、やや厄介さの大きい依頼ではあるが……関わっているフォーチュナのせいであろうか? 些かばかり訝しみを覚えたのも関わり合いの期間故かもしれない。何れにせよ、相手を何とかすることが最優先なのだが。 「アハハ。龍神の与えたもう矢除けの鎧かね」 「戦場の矢を避けてくれる鎧なら云わば災いを避ける鎧って事だね☆」 形は異なれど龍神と縁のある緒形 腥(BNE004852)にとっては些か以上に、彼の鎧に対抗心を抱いているように見えた。龍神に賜った守りを、異なる龍から賜ったであろう武装で打ち砕く。中々に浪漫と私怨が綯い交ぜになった感覚を受ける動機であるが、彼にとっては真剣なそれなのだ。対し、『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)にとってはその鎧の姿こそが幸福へ通づる姿である、という認識がある。近間を主体とする武士の災いを避けるという意味では、この上ない加護。返すに、災いを避けんが為に現れた存在なのであれば、それは正しく世界のために生み出された存在と考えるほかはない。 ――汝らが誰であれ我には関わり無き事。武を以て功を立て、勝鬨を以て終わりを求むるなら疾く来やれ。 耳を揺さぶる音声に、策を弄する感情などなく、リベリスタ達に対する言葉に、明白な敵意などない。ただそこに佇むことをこそ真意として、戦いこそを救いと捉える類と、見えるだろうか。 「相手がなんであれ、いざ参る」 相手の言葉がどうあれ、目の前の敵を倒すだけ。『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)の身を満たす冷淡なほどに扁平ですらある義務感は、目前に立つ鎧に注がれた。たしかに手強そうではある。だが、勝敗の趨勢を諦める程に強大ではない、というのは分かる。興味の対象であったアシュレイが姿を消し、相次ぐ神秘の大事件の発生で今や退っ引きならない状況の中、彼らに課された使命はと言えば勝利ひとつ。 当然、彼よりやや前に身をおく『破壊者』ランディ・益母(BNE001403)とて理解の上で……その表情には、笑みが浮かんでいた。 幾重にも折り重なった自責と義務感の底で見えた相手は、彼にとっても決して得手の相手ではない。それでも、勝つことが第一要件であることは変わりない。 否、勝つことが目的ではなく。ただ単に、アレは彼にとって興味深いことこの上ないだけで――。 「セオリツヒメノカミ、またの名をハラエドノオオカミ」 自らの神の名を静かに、誰も聞き入れない程度の声で紡いだ『謳紡ぎのムルゲン』水守 せおり(BNE004984)の目には、強い意思の光がある。 穢れを祓う神として確たる名と立場を持つその眷属としての誇りが、彼女の姉が積み重ねてきた祈りの記憶が、彼女に「そう」させているのか、それとも彼女自身の全てか。本人のみぞ知る答えについて、ここで語る謂れなどなし。 ただ、ひとつだけ確かなのは、彼女の身も又、水を纏う者の眷属であるということ。 「名に恥じないよう、祓い清め鎮めるよ!」 「皆様が十全の力を発揮できるように、癒し尽くします」 構えた“瀬織津姫”が澄んだ音を立てて構えられたのと、シエルの“傷寒論-写本-”が音もなく彼女の手から威を吐き出したのとはほぼ同時。 それより早く突き進んだ終の構えた刃が鎧を打つ音を契機として、戦闘は始まった。 ● 「付与が解けるくらいは勘弁しな、直撃すんなよ!」 「同士討ちで倒されるなんて冗談じゃない、それは遠慮したいね」 音もなく義弘の身を捉えた川平石を、ランディが大雑把な一撃で巻き込み、破壊する。先手を打って動くという点に於いて、その体格から想像できない敏捷性で振り下ろされる“深山之黒兜”は、生半可な守りではかすっただけでも相当なものになる。行動の為の苦肉の策とは言え、直撃など誰だって御免被るものだ。軌道を十分に読んで避けられたのは、義弘が積み上げた鍛錬が無駄ではない証明であり、ランディが十分な思慮の上で放った一撃であったことが伺えた。 「……想像してた以上に硬いな」 十分な速度の乗った“三徳極皇帝騎”の剣先を掠らせ、角度を巧妙に変えていなされた感触は、十分以上の硬さを持つ故の反射行動であることを義衛郎に理解させるに十分だった。ランディの一撃も、終の瞬く間に放たれた二度の連撃も、回避する素振りすら見せずに弾き飛ばした様子からすると余裕を残しての対応だったように見て取れる。直撃でもたじろがないその姿は、恐らくは守りの硬さからくるものだろう。体力があろうと痛手は痛手。そう見えないならそうではない、というのはだれだって分かる理屈である。 「あの置物をブチ割れって、うちの神様が言うのでね。おっさんもああいうのは嫌い」 腥の優秀たる所以は、何事にも正直なところだろうか。祀られた神のお告げかそれ以外か、など彼にとって実際どうでもいい。 九頭の姿見が持つ水底は、この国の自然の象徴(りゅうじん)とは相容れない。淡水と海水は交じることがそもそもの、互いにとってのケガレであり、神という姿からは認識の合一を見ない。“深淵の呼び声”が声成らざる声を吐き出すというのなら、それは高みから見下ろす龍神(かわのおきて)がただただ妬ましく憎いから、かもしれぬ。彼は眷属としてそれに従い、ときに自分らしく戦うだけ。叩きつけた拳の感触が硬いからなんだというのだ。目の前のカタブツは、僅かな隙間からその存在感を濁った色で吐き出しているではないか。 「龍の加護など、竜そのものな俺にはきかぬー!」 竜一の叫びが尾を引いて“Je te protegerai tjrs”を前進させる。正面切っての斬り合いは避け、その表面を削り取るように突き出された一撃は、彼の意思を正しく理解して軌道を変える。その刃を与えた者の意思そのものであるように、彼のためにとそれは動く。 義弘のメイスとは逆方向から揮われたそれを避けるすべを鎧の中の因子は持たず、鎧は確かに傷をつけられた格好となる。少なくとも、初動からのリベリスタの猛攻は「当たらない」という絶望感には程遠く、「確実に捉えられる」と理解するに十分すぎる認識を働かせた。 それは油断ではなく、経験則からくる優位性。勝てるという確信ではなく、勝利への意思が築いた光明。 「癒しの大天使……我が身を守りたまえ」 祈りに応じ、シエルを包み込んだ癒やしは彼女をただ守られるだけの癒し手から、戦場に並び立つべき戦乙女へと変じさせる。 彼女の前に立ち、向かってくる破壊を抑えこむように立つせおりも又、戦闘への構えを十全にして立ちはだかる。祓う者としての意地を、リベリオンとしての誇りを、刃先に載せた。 その意思を、果たして神が汲んだか否か。 腰に佩いたそれは正しく無銘の刃。現代の洗練とはまるで縁遠い幅広、肉厚、そして斬撃に賭けた願いは明らかに慮外のものとして生み出されたそれは、剣技というにはあまりに原初的な動作で切り払われた。 “宝刀露草”との僅かな競り合いを制して薙がれた一閃は、竜一の守りを貫くに十分な威力を以て彼を襲った。彼にとって幸福だったのは、身体異常とは無縁のトランス状態がその動きを鈍らせなかったことであり、彼にとって不幸はといえば、「冗談で済ませる気がない」その本気が垣間見えたという一点が、その刃の真実味をまざまざと魅せつけたことにある。 ――呵呵。 古めかしい哄笑を上げた鎧は、嘗ての神賜の写身であることを自ら忘れるように刃を握る。鎧の中から吐き出された闇が刃身を飲み込んで染まった姿を見た反応は、各々で異なった。 嫌悪、畏怖、対抗心。それらを一歩引いて、ランディは確かに自らの口元が緩むのを感じ取った。 目の前にある神秘は未知だ。伝承通りであり伝承の外であるこれは、亡き盟主が耳にして捨て置いたかは分からない。闇が自分を覗きこむように、兜が自らに向けられた瞬間の彼の表情は、恐らくその場の誰もが視界から逸らす程に楽しそうだったに違いない。 ● 「あ、これくらいでオレの動きを縛れたと思わないでね?」 ナイフの先が霞み、終の前進を阻んだ川平石が崩れ落ちる。姿勢を崩さず、“氷棺”をつきだした彼は間髪入れずに鎧を打ち据え、先よりも強い当たりの感触に小さく笑みを浮かべた。 争いを避ける為にその姿を表した鎧は、しかし争いそのものを楽しむように猛り、狂い、倒れない。都合二分後の先など一切考えず、進んで退いて切り拓く。 倒れるまでなら何度でも。 勝利に向けてどこまでも。 かすめた刃に篭められた呪いに、ぞっとしない感情を抱いても、それを癒やす仲間があればこそ、前に、前に。 高々と振り上げられた腥の踵が、鎧の兜へと正面から叩きつけられる。重みや勢いはランディの渾身のそれに及ぶことは無いかもしれない。だが、鎧へと叩き込まれる威力という面では彼を凌ぐことすら可能だ。 味方の全霊の攻撃を、効かない「フリ」をしているだけの強がりであることを曝け出す。蓄積された呪いを内側から爆発させるように、衝撃を連鎖させた蹴りは確実にその鎧に重く沈んで飛び込んで。 鉄屑にして、形すら残さず消してしまうしかない。あれが龍を語ることへの不快感が、叩き込んだ呪いと同じくらい自らへ不快だと言わしめるのなら。 そうするしか、手段はない。 「大いなる癒しを、此処に」 “北極紫微大帝乃護符”、更に“ 和装-「夢幻泡影」-”の守りをして、たった一発の攻め手が脅威とシエルは理解する。それが意識を刈り取るには足りなすぎるものだとしても、絶えずそれに曝される前線の味方の疲弊度合いなど見る必要すら感じられない。 こんなものを何度も受け止め、反撃に出る味方に感謝せねばならないと、眼前を睥睨し彼女は頷く。流れてきた破壊を幾度か肩代わりしてくれたせおりの身は、傷こそ癒えているが攻撃を受けたというしるしは確実に残っている。 抗って抗って抗って、掲げられた神秘の癒やしこそが存在意義であるのなら、シエルにとってそれ以上の喜びなどないのである。 斬って避けて受けて耐えて、竜一は目の前の剛性に十分な敬意を抱くに至る。柔性を以て相手に対向することを意識し、剛性を否定せず学ぼうと戦いに応じ。その鎧の真価を見るにつけ、その所有者が如何なものであったかを理解する。 虚実混じりの名乗りであっても、剣を交え意思を受け止める以上は相手を貶めることはできないと理解している。洗練された未来を数百年の過去へと振り下ろす。ただそれだけのことなのだ。 「俺がアレしかできねえって訳でも無い事を教えてやるぜ、ウスノロが!」 ランディの力強い声が、鍔迫り合いを終わらせるように振り下ろされる。弾き出された鎧は動きを止めず、剥がれかけた刃の闇を蓄えてまた、前進する。 戦いしかしらない姿見に、戦い以外で物事を教えることなど出来はすまい。 戦いのためだけに在るそれがどこまで神格と人格を持ったとしても、所詮は道具から足を踏み出すことが出来ない存在である。それは、ランディにとっても竜一にとっても、実に……実に、重い。 波状攻撃を振り払うように刃を再び振るった鎧が、川平石を生み出して刃を握り直す。 重々しい牢獄がまたひとり、リベリスタを締め出そうと吐き出されるが、それは最早足止めにすらなっていなかった。破砕音が響いた先で、刃を掲げたせおりが正面から突き進む。味方の一撃で破砕された川平石の破片を纏って、無機質さすら覚える直線軌道でその刃を振り下ろす。 「荒ぶる神よ、祓ひ賜へ清め賜へと申し奉る!」 叩き込まれる一撃は、確かな勢いで鎧の胴部をなぎ払う。弾かれた先で、思い切り払われた腥の蹴りが、せおりの刃の軌道と鏡面を為すように揮われ、振動し、呪いを吐き出す。 ――いくさの匂いは旨し哉、善哉、善哉…… その鎧は、因子としての仮初である。 その鎧は、過去に駆けられなかった戦の原を夢見ていた。 その鎧は、ただひたすらに駆けて賭けた為に悔いはなく。 「……あばよ、盟主殿」 数日後に形に残されるであろう手向けに祈るように、群青に染まる空へ、別れが響いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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