●僕を食べた君のお話。 「お腹が空いたねぇ、賢太」 ――ねぇ、今日は寒いのかな。 「……どっちかな。あ、でも息は白くなるね」 ――雪、降るかなぁ? 「雪、雪。白いふわふわ?」 ――うん、白いふわふわだよ! 雲がバラバラになって降ってくるみたいで、指が痛くなるんだよ。 「どうしてだい?」 ――すっごく冷たいから。指が真っ赤になって動かなくなって、じくじくしてくるんだよ。 「雪、怖い! 賢太は痛い? 痛い?」 ――あははっ、冷たいけど怖くないよ。それに、今は痛くないや。 「痛くない? 賢太、悲しくない?」 ――うーん……。 「悲しい?」 ――イーギーが一緒だから、平気だよ。 「それなら、良かった。あぁ、お腹が空いたなぁ」 ――……うん。ボクも、イーギーの友達で良かった……――――。 ●『腹減りイーギー』 イーギーは、ぼくのおともだちです。 いつもまっかなマントをきています。 いっつも、おなかがすいたっていっています。 ぼくがこうえんで、ママがかえってくるのをまってるときに、イーギーとなかよくなりました。 ママはともだちのいえにいきなさいっていったけど、ぼくのともだちはイーギーだけです。 おなかがすいたから、イーギーはぼくをたべました。だから、ぼくはイーギーといっしょにいます。 イーギーといっしょになってから、ママはぼくをたたきません。おじさんにもけられません。 もうママにあえないのはちょっぴりさみしいけど、イーギーがいるからへいきです。 ぼくたちは、ずっとずっとともだちです。 ●人食いと食われた子 「人食いと、そう単純に言って良いのかは分かりませんが。そういう事になるのでしょう」 『八ツ目の姫君』九重・雲居(nBNE000284)の口調は単調だった。 人食いと告げ、リベリスタ達へと差し出された資料には一体のアザーバイドが表記されている。 「腹減りイーギー……友好的なアザーバイドですが、その名の通りの食欲には人間も捕食対象と見ているようです」 写真には、赤いマントにずっぽりと包まれた、まん丸い頭をしたにこにこ顔のアザーバイドが写し出されていた。 子供のようにも見えるし、子供姿の人形のようにも見える。 見慣れているようで酷く違和感のある、そんな姿だ。 「犠牲者が一名出ています。名を五来賢太、来年小学校に入学予定でした。尚、彼に対する捜索願は出されていません」 少年が親元から行方をくらませてから、既に二週間が経過している、と雲居は告げた。 その間この父無しの子は、母親に完全に見捨てられている事も、また。 男遊びに精を出す若い母親は、子供を父親の元に送ったと言い触らし、そうして子供は行方不明となって以降、誰にも知られる事なくアザーバイドの腹に収まったのだ。 「どういった能力や仕組みかは分かりませんが、五来賢太は肉体を失った今、精神だけの状態でアザーバイドと同化しているようです。引き剥がす事は難しいでしょう……仮に叶った所で、収めるべき器はありませんし」 消化器官があるのかは不明だが、まさかアザーバイドの腹を掻っ捌いて咀嚼された肉を引き摺り出す訳にもいかない。 どんな手段を講じても、五来賢太の死亡は覆しようのない事実だろうと、それが結論だった。 「討伐でも送還でも……その辺りの手段は任せます。ただ、このアザーバイドを討伐すれば、五来賢太の精神……魂、でしょうか。それも同時に消滅するのは避けられないでしょう」 五来賢太本人が、肉体を失いアザーバイドに精神だけを依存させている現状を一種の『幸福』として認識しているのは、恐らくとても皮肉な事だ。 親から見向きもされず、時に暴行を受けてきた過去と、肉体を失っても常に己と共に居てくれる友人と。 「……僅かでも、後悔の無い結末を期待します」 よろしくお願いします、とリベリスタ達へと告げ。 天秤に掛け難い二者択一の選択を迫られた少年への黙祷に似せて、資料を閉ざした雲居はそっと瞼を伏せたのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:猫弥七 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年01月09日(金)22:25 |
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■メイン参加者 4人■ | |||||
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● ギィギィ、ギコギコ。 冷え切って氷のように鋭い敵意を帯びた鎖が、耳障りな音を立てる。 ブランコに座って地面を蹴りながら、アザーバイドは真っ暗な夜空を軋ませた。 「お腹が空いたなぁ」 小さな声が、二つ分。 小さな影が、一つ分。 冴え渡った空の下、白い吐息が浮かび上がる。影と共に。声と共に。 「賢太、賢太。オヒサマがノボッタら、食べていい?」 ――だぁめ、だよ。 アザーバイドの紡ぐ片言の響きは、その言葉を使い慣れていない事を示していた。それに応えを返す幼い声は流暢で、しかしその姿は何処にもない。 「どうしてだい? 賢太は食べて良いって言ったのに」 不満げに、子供に似た姿のアザーバイドは口を尖らせる。少年は差し出してくれたのに、他の子はそうではないだろうことは、異なる世界で生きていた彼には分からないことだ。 少し戸惑ったように、短い音が夜空に落ちた。うう、だとかええと、だとか、人生経験の少ない少年は言葉を探す。 ――……ほかのこには、家族がいるもん。ママとか、パパとか……。 「でも、賢太にもママはいたよ?」 不思議そうに、アザーバイドは首を捻った。 まるで星が物を言っていると信じてでもいるかのように、見上げた視線は天を捉える。 無邪気に尋ねるアザーバイドへと、それがアザーバイドと呼ばれる存在とは知らないとはいえ彼にとってはとても大切な友人へと、返答に窮して少年は黙り込む。確かに彼にも、『ママ』と呼び慕う母親は居た。呼び、慕い、愛していて愛されたくて――それが愛情という呼び名を持つことなど、彼は知らない。 そうして答えに迷う少年と、答えを待つアザーバイドがもたらした小さな沈黙に。 滑らかに、新たな声は滑り込む。 「こんばんは、お二人さん」 すらりとした影が、振り返ったアザーバイドのにこりと笑った目に映る。艶やかな黒髪の上で小さく揺れた三角の耳に、何処からか幼い声が「わあ」、と歓声を漏らした。 『狐のお姉さん』月草・文佳(BNE005014)は腰に当てた手を下ろすと、軽い足取りでアザーバイドへと歩み寄る。さしたる警戒もない。 ――お耳、お耳だよイーギー、ぴーんって! はしゃいだ声が、中途半端な密やかさで夜空に響く。小さな子供が興奮を抑えようとして、精一杯声を小さくするかのような響きだ。 しかしアザーバイドはそれに答えず、再び空を見て文佳へと視線を移した。 「お二人さん?」 そうでしょう、と尋ねる代わりに微笑んだ彼女へと、アザーバイドは少しだけ眉間に皺を寄せて首を捻った。疑念を抱いたというよりも、言葉の意味が分からない赤ん坊のような動きに見えて、文佳は益々口元を緩ませる。 アザーバイドと一括りに呼ばれる彼らが、様々にその性質を持っている事は知っていた。悪意で人を殺す事もあれば、悪意ではなく、場合によっては善意で世界を傷付けようとする者もいる。一様に困った存在だと、彼女は思う。 結末はきっと単純だ。勧善懲悪を謳う者もいるだろうが、この『物語』にそんなものが必要だろうか? ――清しこの夜と謳われる日に、バッドエンドなど似合わないではないか。 「メリークリスマス☆ 賢太君、イギー!」 幼い子供と、本来であれば世界に相容れないアザーバイドの物語。それが人助けに含まれるかどうかは知れぬ事だが、きっと彼の生に新たなる価値を与えるだろう。ゆえに、『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)は笑う。 「オレは終☆ 見ての通り今日だけサンタさんやってます☆」 意気揚々と姿を現した赤と白に彩られた衣装の青年に、イーギーはぱっくりと口を開けた。そんな所ばかりはまるで人間にそっくりだ。 ――見て見て、イーギー! サンタさんだよ、サンタさん! 姿の見えない声が、楽しげに夜空に響く。しかしてアザーバイドはといえば、何やら複雑そうに眉を寄せた。 「イギー、イーギー……」 釈然としない顔でぽつりと呟く。何か言いたげな様子だけを周囲に伝え、結局それ以上何も言わないまま口を噤んだ。 「大丈夫、俺は君を、君達を傷付けるつもりはないよ」 穏やかに声を掛けられて、そちらを見たイーギーの肩が小さく跳ねた。 「賢太、サンタさん!」 「クリスマスにはちょっと早いけどな」 早速覚えた言葉を使いたいのか、やはり赤と白の独特の服装に身を包んだ『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)を指差してイーギーが空中に声を掛ける。 「ちょっと君達と話したい事があって声をかけたんだが……とりあえずはさ、一緒にご飯なんてどうだい?」 ――ごはん? 何処からか、見えない応えがする。 反射的に視線を巡らせたものの目の前のアザーバイドや仲間達の他は姿を視認する事は叶わなかった。 仕方なく戻した視線は、子供のようで奇妙な風貌のイーギーを捉え、笑う。 「お腹、空いてるんだろ?」 ぴくん、とアザーバイドの背筋が伸びた。知っている言葉だからか、それが真相をついている為か、そわそわと落ち着きを失い始める。その様子を目にした『コニファー・スノウライト』ヴィグリーノ・デ・ルースト(BNE004906)が密やかに笑い、周囲を見回した。 「こちらのテーブルが良いかもしれません。座る所もありますし」 公園の一角に幾つか用意されている据え付けのテーブルセットの一つへと向かい、その表面へと軽く触れてヴィグリーノが振り返る。 人々の暮らしの中にありながら、今ばかりは誰も訪れない公園だった。 小さく区切られ結ばれた世界の中で、アザーバイドと見えない少年はリベリスタ達の作る空気に呑まれていった。 ● 一見にこにこした顔のまま、アザーバイドはちょこんと長椅子の上に座っていた。腰掛けているのは公園の一角に据え置かれた、休憩用のテーブルの一つに添えられたものだ。 時折ぎょろんと目が動いて空中を見詰めるものの、すぐにまた目の前に広げられていく品々に視線を戻す。並べられているのが食べ物だと認識しているのかどうかは、少々怪しい様子だったが。 そわそわしているのはアザーバイドばかりではなく、その中にいる小さな少年も同様のようだ。姿を持たない彼の動きは分からないものの、何処からともなく幼い声が感嘆とした囁きを漏らしている。 ――凄いね、凄いね。こういうの、ママの見てたテレビにあったよ。 「テレビ? てれび?」 ――うん、黒くて四角いのでね、色んなアニメとかニュースとか、シーエムとかやってるんだよ! はたから見れば奇妙に子供めいた姿をしたアザーバイドが、一人で自問自答しているようにも見える。何処となく霞み掛かって聞こえる声だけをボトムに残した肉体という器を持たない少年の姿は、リベリスタ達にもうかがえなかった。 「君達の為に準備してきたんだ。ケーキも用意してるよ」 「めいっぱい用意してきたから、めいいっぱい楽しんでって☆」 エルヴィンや終が担いでいた袋を開き、チキンやサンドイッチ、ポテトやピザやシチューといった品々を並べていく。 ――凄いね、美味しそう。良い匂い! 「匂い、におい?」 賢太の声が弾む。匂いを感じ取れる事もまた、イーギーと同化している証なのかもしれない。少年の言葉に惹かれたように、アザーバイドがくんくんと鼻を鳴らして空気を嗅ぐ。 「ハンバーグとカレーも。ポタージュもあるからね」 まだ温かいそれらが次々と天板の上を埋め尽くす程に並べられ、食欲をそそる匂いと共に、少しだけ視界を封じる程の湯気を夜気の中に白ませた。 「こうすれば、もっとクリスマスの雰囲気になるでしょうか」 緑や赤のフィルムを貼った懐中電灯をテーブルの方に向け、控えめな明るさと色合いを確認したヴィグリーノが満足げに頷く。きょとんとして色付いた明かりに手を伸ばし、赤や緑に染まった腕におどおどするアザーバイドの様子に密やかに笑った。 「まずは景気良くクラッカー……イギー、それご飯じゃないから。賢太君はクラッカー鳴らした事ある??」 終がそれぞれへと配り終えたクラッカーに早速齧り付こうとするイーギーを慌てて止める。賢太にも駄目駄目と止められて、不思議そうに首を捻った。 そんなイーギーへとクラッカーの引き方を伝授して、改めて終がクラッカーを手にした面々を見回した。 「それじゃ――メリークリスマス!」 クラッカーが鳴り響く。 繰り返される音と応えと、目を回したアザーバイドの可笑しなイントネーションで繰り返した応えが夜空を彩る。それが、パーティの幕開けだった。 「イギーにはオレとお揃いのサンタ帽をプレゼント☆ 超似合う!!」 ――あはは、イーギーもサンタさんだー! 「サンタさん? イーギー、サンタさん?」 終の手でサンタ帽を頭上に与ったイーギーが、すぐにずれ落ちそうになる帽子を押さえて目を丸くする。 「賢太君にはラジコンを☆」 ――わあい! ええと、ありがとうサンタさん! 「気に入って貰えると嬉しいな☆ イギーに預けておくから、二人で仲良く遊んでね☆」 ――はーい! 「……はーい?」 姿は無くとも元気の良い少年の返答からやや遅れて、イーギーが良く分かっていない様子で繰り返す。 アザーバイドは受け取ったラジコンの包みにやはり首を捻り、ひらひらと泳ぐリボンの端に齧り付いては少年の声に叱られていた。 そんな光景を前に、エルヴィンがイーギーや彼と賢太との会話を観察して気付いたのは、少年の声は目の前に並べられた食事を前に「美味しそう」とは言いながらも、自分も食べたいとは口にしていない事だった。 イーギーの食する影響をある程度受けている為か、それとも身体を持っていない事を理解している所為かとも思ったが、そういう訳でもないらしい。 「空腹感を持っていない……いや、食べ物に対する欲求自体無くなってるのか」 例えるなら兄弟だろうか。年の離れた弟や妹が何かを食べる様子を美味しそうだと思っても、自分が我儘を言うようにして同じものを食べたがるとは限らない。 賢太の口調は、丁度そんな風に聞こえたのだ。無論、彼がイーギーの事をそうした立場と思っているのかどうかは分からない。まして少年の欲求が失われたのか、それとも彼の本来の性格の為なのかはこの場で判断の付く問題でも無いのである。 やがてチキンが骨ごと、スープはスプーンごと、ついでに幾つかの皿もこっそりテーブルから消えた辺りで、漸くパーティも終わりが見え始めた。未だペースが変わらないのはイーギーだけだったが、食欲が減退する事があるのかどうか怪しい所だ。 「イギー。取りあえず、このパイ食べながらお話聴いてくれない??」 「もわ」 終にパイを口へと突っ込まれ、アザーバイドが奇妙な声を上げた。暫しの静寂の末、もそもそとパイを齧り始める。どうやら口に合ったらしい。 「……君が、その子を食べた事は知ってる。でも、この世界では本当は人間を食べちゃいけないんだ」 温めたミルクのカップを手に一呼吸置いて告げたエルヴィンを見上げ、アザーバイドのパイを食べる口が止まる。 「この世界には、人間以外にも美味しいご飯はたくさんある。だから、もう人は食べないと約束して欲しいんだ」 それと、と、もう一つ間を挟んでエルヴィンはイーギーを見詰める。 「できれば自分の世界に帰って欲しい。もちろん、その子と一緒でかまわない」 言葉に悩むのは、アザーバイドだけでは無かった。 この世界に生まれ育った賢太にとって、『イーギーの世界』という響き自体が奇妙なものかもしれない。例えイーギーを人間ではないと気付いていたにせよ、自身もそこに向かう――生まれ育った土地どころか世界そのものを後にするというのは、たかだか数年生きただけの彼には即答できない事だろう。 ――……ママは、どうなるの? 「それは……どうもならない、かな」 ――ぼくのこと、覚えてる? 無邪気な声で尋ねる賢太に答えあぐね、エルヴィンはちらりとアザーバイドを見る。 素知らぬ顔をしているようでいて、不可思議な異界の住人は、ごく小さく頷いて見せた。そっかあ、と賢太が小さく呟く。 ――このままこの世界にいたら、どうなるの? 「このまま……この世界に居られると、こちらとしては立場上、貴方を討伐しないといけないの」 賢太の疑問を受けて、文佳は誤魔化さずに返答を紡いだ。 告げていて心地良い言葉では無いのだろう。僅かに眉を寄せ、姿の見えない少年を探して少し視線を巡らせる。 「でもそれは、イーギーにとっても五来君にとっても嬉しいことじゃない筈だから……できれば、元居た世界に帰って貰えない?」 別れ別れ、それだけでは済まないが、それを伝えた所で通じるかは分からない。だからこそ、文佳は冷静に二人へと頼む。 その選択肢は取りたくないのだと、響きにならない想いを含んで。 「……貴方達にとってこの世界は優しくないのですから、せめて優しい終わりを選んで下さいまし」 落ちる沈黙は、答えを選ばない。 そんな中零すような声で、絞り出すような響きで、答えに迷う二人へとヴィグリーノが呟いた。 「命を奪ったことは許されざるものでしょうけれど、私達に一元的な断罪が為せるかといえば、無理ですわ。他人の幸せの定義を常識で書き換える行為も傲慢なだけ」 だからこそ、尚更に。 私は、と、密やかに想いを吐き出しながら、黒い瞳が伏せられる。 「選べないことで不幸になるなんて許せないから――」 音も無く密やかに冬の訪れた気配を感じ、そっと掲げた文佳の白い指に、ふわりと冷たい白が触れた。 「……冷える訳よね」 体温に溶けていく小さな雫を見下ろして、文佳は白く吐息を零す。 雪が降り始めていた。まだ早い聖夜の祝いに、少しだけ乗り遅れたように。 「イーギーのお家にも、おんなじの降ってる……」 答えを探すようにして、イーギーは意味のない言葉をぽつりと吐いた。 容易な事ではない。 少年の精神年齢が幼いままである保証はないし、仮に彼が世界を知り、精神だけの状態のままで成長していっても、自分の身体は既に無いのだ。 自身の手を伸ばして何かに触れる事も、自身の舌で何かを味わう事も無い。眠るという安らぎさえも、あるのかどうか怪しい所だ。己の力では何一つ出来ないまま、その歯痒さを感じたとしても、アザーバイドが理解してくれるかも分からない。 事によってはただ独りきり、見知らぬ世界で囚人のように過ごす事にもなりかねない。 ただ、それでも。 「あら、流れ星……」 暗い天を見上げたヴィグリーノが、細く走った星を見付けて言った。周囲の家々の明かりが既に落とされて辺りが闇に包まれている所為か、時折ちらちらと落ちていく白い光は鮮明だ。 ……そしてきっと、それは小さな少年の、小さな覚悟だったのだろう。 ――わ、わ。イーギー、お祈りしよう! 「お祈りー?」 ――うん、流れ星に願い事を言ったら叶うって、ママが教えてくれた! 思い出す面影に、ちくりと少年の胸を刺すものがある。 その痛みを押さえ込み、痛みを感じる胸さえも存在しない事を忘れて賢太は、イーギーは空を見た。満天の星。また一つ、線を描く。 異界の来訪者と、食われた子供の『お祈り』は、静かで陽気で、そうして何よりも明るい期待に満ちていた。 賢太と、イーギーと。 「――ずっと一緒にいられますよーに!」 ● 深々と、雪が降っている。 黒々と深々と、不思議な色に染まる空を見ながら賢太は尋ねる。 「ねぇ、イーギー。ママはどうしてるかなぁ?」 「さあねえ。また、新しいパパと一緒じゃないかい」 気のない声で、アザーバイドは答えた。 「そっかぁ……新しいパパ、僕、嫌い……」 拗ねたような声で賢太が呟く。 イーギーは、リベリスタ達の知らない事を知っている。それはきっと賢太が教えた事なのだろう。 賢太と名を持つ幼い餌食が、幼気の残る捕食者へと心を開いた証。 「賢太、帰りたい?」 「ううん、イーギーと一緒にいる」 楽しげな声だった。 子供に似た姿のアザーバイドは、『友達』の答えに肩を揺らして笑った。 深々と、雪が降っていた。 小さな声を、二人分。 小さな影を、一人分。 雪は音もなく、世界を白く染めていく。 二人を見送るその場所に、異界へと続く扉は既に無かった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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