● 『ザ、ザザー………うらのべ、うらのべ? いちにのさーん! どんどんぱふぱふー!! さぁ、始まりました、裏野部ラジヲ! 本日は誕生日パーティで、空は血の雨、大地は紅く染まるでしょう! ――えっ、誰の誕生日かって? 忘れたなんて言わせない。思い出して、もう一度。 何処よりも危険で、何処よりも殺して、何処よりも過激な存在を』 ● アークが憎い訳では無い。 弱肉強食の世界はよくよく知っていたつもりではある。だから、『あの日』負けてしまったのは自分達が弱い故に原因があっただろう。 逃げ延びてしまえたのは運が良かっただけ。敬愛する首領の死体さえ奪い返しに行けずに逃げのびてしまえたのは後悔ではあるものの。 ごめんなさい一二三様。 ごめんなさいルイ。 何度自殺を考えた事か、其れでも其れだけは禁止されていたからどうしても出来なくて。 だから、私は人を止めました。 貴方が残した蜂比礼が、崇徳が与えた怨霊が、今や私を―――。 「わ、私は、だぁれ?」 自我を失くす手前まで差し掛かり、フェーズさえも狂い。其れでも裏野部という言葉に反応するのは彼女の精神力が逸脱していたからであろう。 「化け物かあ、いいよそれでも。僕に力をくれるなら――」 曲がりくねった煙の様な刺青を顔に入れている少年が、楽しそうに呟いた。 力こそ正義だと、そう言っている様な大業物を片腕に持ちながら。 ● 其の日、『未来日記』牧野杏理(nBNE000211)は不思議な少年と少女に会った。 「名前は? 迷子ですか?」 「ううん! 違う、違いますよ!? 私の名前は裏……じゃなくて、姉の『繊』。不愛想な彼は弟の『刹那』くん」 とりあえず杏理は自己紹介をした。 「俺達はリベリスタで、俺達のフォーチュナが予言した未来をどうにかしに来ただけだ。全国が危ないが四国も危ない」 「どうか力を貸して欲しいのです。病に伏せっている母親が四国にはいて」 「俺のふるさとが無くなっちゃう前にな」 「彼女が、彼女で無くなる前に」 ● 「皆さんこんにちは、今すぐ四国へ向かって頂きたいと思います」 まるで時限爆弾でも爆発したかの様だ。 暫く名前を聞かなかった『裏野部残党』が、日本全国にて一斉に行動開始したのだ。 彼等がやる事と言えば破壊蹂躙その他良くない事諸々……と、派手に殺しをしないと飢えて死ぬ彼等が何時かこうするという事は予測できたといえばできたのかもしれないが。 「もうすぐ、誕生日ですから。そのお祝いでしょうね」 破壊活動をする理由はそれだけで十分。まるで正月だから酒を呑む、という勢いに似ている。 されどアークは此れを見過ごす事は出来ないのだ。彼等が殺す前に、何かを生かす為に、いざ戦場へと向かおう。 「私達が行くのは四国です。敵は不死偽香我美1人と、もう1人少年が」 だがどちらも様子はおかしい。 「分かるでしょうが。彼等は既にエリューションです」 香我美も少年も。恐らくは身体を侵食するアーティファクトが、四六時中囁く罵詈雑言憎悪悲しみ云々かんぬんに耐え切れずに、心より先に身体が折れてしまったのだろう。其れに日本の崩壊度が上がっている事も関係しているのだろう。従来よりもフェーズ進行が早まっているのもそのせいであろうし……。 それでもまだ、細切れ程の意識があるのは彼等彼女の精神力が化け物染みていたからかもしれない。 「目標は、香我美を倒す事です。彼女のフェーズは3」 長い時間が育んだ、其の数が意味するのは強敵という事くらいだ。今迄の彼女よりも遥かにあり得ない動きをしてくる事だけは確かであろう。かと言って、少年の方も気がかりだ。何かを待っているような仕草が見えるのは、何故であろうか。 「彼等は四国の繁華街で人を喰らいます。香我美の能力で、一般人は其の場に繋ぎ止められたままなので、殺されすぎないようにも注意して欲しいですが――フェーズ3を前にそんな贅沢言えませんか……」 とりあえずと、此れ以上彼女のフェーズを進行させるのだけは止めなければならない。フォールダウンだけは止めなくてはならないのだから。 「それでは、宜しくお願い致します」 杏理は深々と頭を下げた。 「で」 リベリスタは言った。 「彼等は?」 「あ、ああ、自称リベリスタさんです」 「まだ、子供じゃないか」 腕を組みながらツン、とそっぽを向いた刹那。腰低そうにぺこぺこと頭を下げるのは繊。 「ごめんなさいごめんなさい、弟の態度はデフォルテで此れなので」 いやそういう事じゃなくて死ぬかもしれない依頼に何故――。 「殺した分、救いたいだけさ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕影 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年02月01日(日)22:43 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 予め通行止めにされた道。立ち入り禁止の意味を破って入っていく一台の車があった。 「おい! 其処の車、止まりなさい!」 「待て。彼等はいいんだよ」 「彼等って……なんも聞いてないっすよ俺」 「いいんだ。何も聞くな。私達には手の出せない案件なんだ」 「―――繊ちゃんと刹那くん、お母さんの病気ってそんなに重いの?」 『天船の娘』水守 せおり(BNE004984)は首をこてん、と傾けた。 戦場へと向かう護送車の中。 隣同士に座る繊と刹那がお互いに顔を見合わせた。ついでに一瞬にして、車内の雰囲気は緊張した。 刹那こそ、すぐそっぽを向いてしまったものの、繊はせおりに対してヘラっと笑った。 「うん。もしかしたら死んじゃうかも? でも、ま、覚悟はしているから良いんですけれど……」 なんて苦笑いの中に含んだ悲しみを魅せながら答えた。 ふうんと、せおりは続く。彼女こそ、彼女の親は既に此の世を去っている(病死なのかは解らないが)為か、他人事とは思えないのだと言う。それは彼女なりの優しさであっただろう。 「三高平の病院なら、きっとなんとかなるかも??」 「いえ……たぶん、それでも、もう駄目かなって……」 「駄目って、不治?」 「不治……えぇ、不治。そう、不治です」 だが、『桐鳳凰』ツァイン・ウォーレス(BNE001520)が続いた。 「本当に倒しちまっていいのか? 母さんなんだろ……」 更に緊張する車内。 中には初耳だと戸惑うリベリスタも居たが、繊が不自然に両手をバタつかせながら反論した。 「え? ちょ、ちょっとまってください。どういうことですか??」 「だから、香我美はお前等の」 「あはは!! 面白い冗談。何を仰りますか。彼女は27歳なのでしょう? 私達を10歳で産んだと?」 馬鹿な話だと笑った。 繊の話はもっともだ。だが其れが一般的に『普通』の状況であるならばだ。此の世界、そんな普通がぶち壊される事態なんて八百万より多いだろう。 だからこそ、真相を突きつける。『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)は言った。 「いや、お母さんだよね」 「どうして? そう思うのかな」 「君達は、あの日の僕等と同じ――――」 ● 彼等が居れば何時でも其処は荒れ狂うの。 空気は鉄の香りが止まず、絶えずBGMは叫び声なのが常。 またか、と思うよりは、戻ってきたかと思った方が正しいだろう。 「裏野部だなあ」 疑う余裕も無く。 『はみ出るぞ!』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)は、赤色に染まった空を見上げながら言った。雲は暗い灰色。 天高く在るのは太陽と、月。 昼なのか、夜なのか、分からず終いの時。一刻一刻と動けば、人命も同じく飛んでいくはず。 「手筈通りに」 と誰かが言った。 其の言葉に誰しもが頷いた――時だった。 「ゃああ!!」 繊を後ろからハグしにかかったのは竜一で、刹那は寸前の所で彼の腕を回避した。何が起こったかも分からないような顔の繊が叫び声を上げたのは一瞬。 「動けない一般人たちの救助を頼む」 「それ言う為だけに人を抱きしめるのぉ!!?」 竜一の腕から逃れようともがく繊が刹那に助けを求めていた。だが、刹那はやれやれと顔を振って戦場へと急いた。どうやら一般人の救助を刹那は受け持ってはくれないらしい。 ならばと竜一の顔が繊の肩へと埋められていく。更に涙目になって硬直した繊へ再び指示を出す為だけに。 「救助をするにしても香我美を抑え切れるとは限らないので回復手から離れすぎないように」 「わかりましたので解放してぇ!」 それから付け加えた。 なんにせよ、命は大事に―――と。 其れを片耳で聞いていた『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)。 「命は、大事か」 そんなの。 同じ死地に居る奴等に言われたくねーな。 「うふふ」 戦場を弾丸の様に駆け抜けていく視界。 「ふはは」 風景が矢の様に飛んでいく。 「あはっ!」 視界の中で、一般人が恐れた表情が映った。其の時自身の顔は笑っていた事だろう。 両手で壁を作って拒絶されようが意味なんて成さない。次の瞬間には、其の一般人の喉を噛み千切って肉を飲み込んで。 「それで、本望でしょうか」 誰に問いかける訳でも無く。 答えを待つ訳でも無く。 『現の月』風宮 悠月(BNE001450)は、香我美を漆黒の瞳の中で映した。 悠月は喉を喰い千切られて倒れていく一般人を見ながら、口元の真っ赤なそれを拭う彼女を同時に観る。 香我美の胸には蜂比礼が輝き強調されていた。裏野部一二三や崇徳の怨念を一身に受けた彼女が、自我を保っていられたのは此処最近までであっただろう。いつかは壊れるのだと解っていた、だからこそ今宵は盛大な自殺の祭だ。 「馬鹿が」 悠月の隣で、刹那がそう呟いた。やけに齢を経たような重みのある声で。 「うふふ、あらあああ? こんにちは? なつかしいにおいがするのですわあ!!」 直後、香我美の身体が跳ねて刹那へと向かった。だがリベリスタもただ手をこまねている場合でも無い。 「一般人よりこっち狙ってくれんなら好都合――ってか?」 ―――……銃声が響いた。 そしてジャンプした香我美が空中で軌道が変わる。爆発したような勢いで壁に香我美の背が当たれば、其処がヒビが入り崩れていった壁。崩れた壁は香我美の身体の上へと落下していく。 が、3秒とも持たない内に崩れた壁が弾き飛び、中心から香我美が這い出て来た。 「化け物か」 化け物だろ。 カルラの弾丸を香我美は口で受けていた。受けていて、其れでも壁まで飛ばす弾丸の勢いもそうだが、受け止めて壁にプレスされても無傷の香我美もどうかしているだろう。 「ぐすっ」 「大丈夫か?」 1人だけ静かに膝をついた少女を起き上らせて、逃げろと言った『善悪の彼岸』翔 小雷(BNE004728)。2人の世界だけでなく、小雷を囲む世界が静まりかえっているのが逆に不気味だ。誰しもが、恐怖に屈して動く事さえままならない状況なのだから。 例えばの話だが、捕食者が目の前にいる状況としよう。それでも叫び声さえあげる余裕はあるだろうが、それとはまた別だ。地球に穴開けるくらいの災害が目の前に来て終焉の予感に弱者は立ち尽くしてしまうのが性だろうから。だが、予め封鎖を頼んでいた『息抜きの合間に人生を』文珠四郎 寿々貴(BNE003936)がいたからこそ、一般人の総数はかなり少なくなっていた事であろう。 そんな状況。 動けるのは皮肉にも、化け物(リベリスタとエリューション)だけ。 小雷は拳を握った。 助けられない。 一般人とはそこら辺の石同然。 つまり命ある障害物。 たったそれだけの事が胸を突くだけで吐き気がする。此れ以上、自分にも仲間にも失望しないように―――動かせ、己を足を。守るべきものだけを信じて。 其の中でも一際明るさを保ち続けられるせおりは、良い意味で其れは其れで狂っているのかもしれない。が、場慣れしたように――否、動けぬ人間を、動けるリベリスタを鼓舞するように言った。 「ここからだよ、いくぞぉー!!」 己にかける神秘の纏い。其れは背で編成の要を守る為に。 直後再び壁を蹴り、動き出した香我美の動きに合わせて『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)の銃口が動く。 蝶の様に舞って蜂の様に刺す――よりかは、蜂のように動いて蜂のように刺してくるそのものである香我美の動きだ。あばたの照準も中々、最高の位置を捕える事は出来ない。だからこそあばたは見るのを止めた。見ないで予測して、到達地点を計算してトリガーを引く簡単なお仕事を始めた。 カルラのそれに続いてあばたの気糸が彼女を捕えんと伸びる――伸びるが、 「チッ、そんな簡単にはいかねーってのかくそが」 違う。弾丸はすっぱり切られていた。神楽が香我美を庇ったのか。 「まずいなあ、それは、まずいなあ」 寿々貴が捕えた香我美の動き。両手の中に小さな台風を産み出した、その姿。寿々貴は直感で察していた。此の攻撃は、非常にまずいと。 「一般人の避難が終わっていない。一般人が沢山いる。でも庇ったとして何人生き残らせられるだろう」 へら、と笑った寿々貴だが口端がびくびくと揺れた。せおりが寿々貴の手前に入り、彼女を守るようにして両腕を広げる。 「痛いかなあ」 「痛いかも」 「でも、すぐ治してくれるよね」 「そりゃあもちろん」 直後、人体切り裂く鎌鼬塗れの台風が、一般人諸共周囲を飲み込んでいった――。 風が掠ったか、けろちゃんレインコートの背部がスッパリと切れていた事に『無銘』布都 仕上(BNE005091)は気づかない。それくらい集中して抑え込まなければいけないのは、神楽だ。 香我美へ向かった弾丸を斬り飛ばした神楽が、つまらんものを切ったとでも言いたげに刃に目線を向ける。 「速いねえ、リベリスタには勿体ない速さ。けど、僕よりは遅いよ」 「言ってくれるっすねえ。力を得る為に死人と化したか。哀れっすね、裏野部の」 「あんたから見て哀れだろうが、僕としては満足さ」 ニィと笑った神楽に仕上の瞳は半目へと変わっていく。其の、神楽の胸から首にかけての刺青が不気味で。魔力手甲で彼の身体を掠めた途端、魂が吸い込まれてしまうような感覚に陥ったのだ。 何か、危険な予感がすると仕上は勘付く。 「気づくの早ェな、カエルの姉ちゃん」 其の肩を叩いたのは、刹那であった。 「手伝ってくれるっすか? てかあれ何っすか。アーティファクト」 「メイドのねーちゃんより、こっちの方が先に用があるんでな。あれはあいつが持ってたら駄目なもんだ」 ● 「香我美……」 ぽつりとツァインが呟いた。 肉塊の上。首を斜めに傾けて、口は弓月の様に細く長く笑い。ケラケラと肩を揺らして笑う彼女。 「結局その手甲、一度も外してくれなかったな」 少しだけ、哀愁漂う表情をツァインは見せた。少しの優しさと、意志を持って。過去を想いだし、そして進行する未来をみつめて。 考えてみれば、諏訪司――彼女の本当の名前で呼んでやる事が救いなのか、過去を、本来の彼女(リベリスタ)を呼び戻す事が救いなのかを考えてみたが、いや、そうでは無いのだろう。 今まで生きて来た、今まで相対してきた彼女を。ツァインが知っている真実(彼女)で無ければ呼び戻す事は不可能だろう。 「なぁ覚えてるか? 答えを出すのに時間が欲しいって言ったの……」 其の時間は、とっくに手遅れとなってしまったのだが。 香我美の瞳がそっぽを見た。 「そっちじゃないだろ……こっちを、こっちを見ろ―――!!!」 確かに、自我の在る不死偽香我美であらばツァインの声は完全に届いた事だろう。だが此れはもうフェーズが進行し過ぎて自分さえわからなくなってきている状態の香我美だ。綺麗事だけで乗り切れる程、此の戦場は甘くは無い。ツァインの瞳から消え失せた香我美が次に出現したのは、あばたの手前であった。直前であばたは身体を捻らせて衝撃に備えたが、地面下が爆発した刹那其の身体がコンクリートにバウンドしながら飛んだ。 戦場入って未だ30秒が経過しただけであるのに、悠月の身体でさえ血濡れに真っ赤に染まっていた。それは一滴として悠月の血では無いのだが。地盤破壊――が範囲の攻撃と成って居る事であばたに巻き込まれた一般人が細切れに成って消えて逝った。足下には肉塊が、歩くたびにぐにゃりとした感覚に寒気と悲しみが走る。 「香我美……!!」 悠月の瞳には彼女が映るのだが、そればかりに集中する訳にもいかない。 奴がいる。悠月の瞳は次には神楽を見た。 「群れると弱く見える……のは新発見か? ほらほら遅いよ」 「だから、なんだっていうんすか!!」 仕上の手甲が神楽の背を突く。炎を乗せて穿ったはずの神楽が残像を残し消えれば、仕上の背に痛みが走った。だがすっぱりと斬れた背中を意識する事も無く、次の行動を考える。どうすればいい?って、後ろ廻しに蹴った足。少しだけ神楽の胴を掠った。 後方へと飛び退いた神楽。 其の上から刹那が刀の切っ先を下に振って来た。脳天を容赦無く狙った攻撃だ、だがその前に。前へとダッシュした神楽には当たらない。 ニィと笑った神楽――次の瞬間、神楽の身体が爆ぜた。 「千年呪葬――! 高位の術師か!!」 「高位かは知りませんが、貴方を壊すつもりでやりました」 煙を両手で押し退け、般若のかんばせを持った神楽が悠月を見た。その形相も見飽きたと悠月は眉ひとつ動かす事は無いけれども。恐らく香我美にとっても神楽にとっても悠月のルーンシールドは最悪のスキルであった。 悠月の周囲。発動を終え、少しずつ透明になってゆく幾つもの魔法陣が、してやったりと笑っていた。 「品物之比礼、ですよね」 ソレ。 と、悠月の指は神楽の胸を指した。 「ハハッ!! 其処の坊主にでも聞けばいーんじゃないですかぁ?」 血で髪の毛をオールバックに押しやる神楽。覗いた金色の瞳が向いたのは刹那だ。 「何処までも逃げやがって、『こっち』ではとっくにくたばった癖になァ。其の神宝返してもらう」 「どういう事っすか?」 「いや、別に。聞くな」 何故か其処で不自然過ぎるも、話を切られた。 「りゅ、竜一さん! 小雷さん! も、もうちょっとで終わりそうですか!」 所変わって、繊が叫んでいた。 竜一と小雷は魔眼により避難を促していたが、一度に拾える数はふたつの魔眼で2人ずつ。此の場の全員を香我美のスキルから目覚めさせる為には手段が不得手であったかもしれない。 とはいえ、成果が零であったという事では無い。 勿論、『魔眼をし子供や動けない人は抱えてでも連れて逃げろ』という命令は役に立った。 目覚めていない人であろうが、目覚めた友人や家族が一緒に抱えて避難してくれれば。気休めになるかといえば、ほど遠いのかもしれないが。 「なら、これしか!!」 「ちょっ、1人で請け負うなんて危ないですってそれ絶対!!」 小雷の言葉の魔法。アッパーユアハートにて香我美と神楽、そしてアンデッドを同時に釣る事だ。だが相当な命中を誇らない限り、其の怒りが香我美と神楽に通るには怪しい所ではある。 だがそれでいいのだ、雑魚のアンデットだけフィッシングできるのなら。 アッパーを放ち、アンデッドの群は一斉に小雷へと向いた。だが見過ごせる程、繊は性格捻じ曲がっている訳でもなかった。 「ああっ、小雷さんがゾンビ塗れにぃいい!!」 「覇界闘士ならなんとかならんか」 「な。なるかもしれないです!!」 そう繊が撃ったスキル―――其れはまさに、虚式神風であった。 ガントレットを纏う拳。悠里の攻撃が神楽の後頭部へと繰り出される。其処に廻された刃が拳の着地点で止まった。 「うっ!?」 体勢を無理やり捻ったとしても遅い。拳が刃の細い其処で止まるを得なかった。ガントレットをしていなかったら、指が全て切り落とされていた所だ。 続いた悠里の回し蹴りに神楽が反応を示すが、胴を捕えて神楽の身体が電柱に当たっては、電柱がひしゃげる。露骨に嫌な鈍い音が周囲に充満しつつ、神楽は咳き込んだ。 「アンデッドも咳するなんて。息してるの?」 「……刃物持ってる相手に、殴りかかってくるだなんて笑えますね」 「いつもそうしてきたし、僕は君より強い奴の顔を知っているからね!」 「むかつくなあ、それで?」 超速度で戻ってきた刀の柄が悠里の頬を穿てば飛んでいく身体、首からは露骨に嫌な音がした。建築物の壁に衝突して止まったが、壁が壊れて悠里の行方が見えない。 「僕に勝てないとそれにも勝てないよね」 「なに、あの人なら兄さんを倒すさ」 斜め45度から神楽を斬り込む刹那、が、金属と金属が擦れ合う音がしただけで終わる。入れ替わる様に、悠里へと続く射線を断ち切る様に刹那は立った。 「最弱の末弟が憤っているのも嗤えるよ、なあ刹那坊ちゃん」 「は?」 ビキ、と刹那の額に血管が浮き出た其の時。 「くっだんねー意味不明な喧嘩見せつけやがって、殺してやるからもうだぁってろよ」 香我美に幾度と吹き飛ばされて。瓦礫の中からあばたが立ち上がった。 上より落ちて来た看板の残骸、其れを切り離す為に撃ったのはあばた。刹那と神楽の間に其の障害物が落ち、轟音を響かせたときには神楽は飛び退いていた。 が、追撃。 空中では足場の取れない神楽。彼は速度が早い為にあばたの弾丸がどうでるか見えていた、見えていたが、避けられない。神楽がどう体勢を変えても当たる気糸の本数と手数で上回ったあばたの攻撃。 神楽が最少の被害で済まそうと身体を捻ったが、手や足、腹部に撃ちこまれた気糸が神楽の動きを止めたのだ。 「罪人はいつの時代も磔刑処理なんだよ。あ、人殺しもするわたしも罪人になるか? ま、いっか」 あばたの指、中指が天へと向いた。其れが合図。 「蛇比礼、蜂比礼、そして品物之比礼」 悠月の周囲に陣が描かれていく。 「布瑠の言も無く、挙句未だにこんな使われ方をされているとは……饒速日命も天神御祖もさぞや嘆いている事でしょうね」 呪葬の渦。 地を削りながら飛び出ていく砲台が神楽の腹部に貫通していく。何度も何度も弾丸を撃ちだし、神楽の怒りを積もらせながら。 そして建物と建物の間の宙に串刺しで浮いたままの神楽の足下。カルラがテスタロッサを構えて立っていた。 「ぐ……ぐっ、……そこぉ、最高の立地条件ですね」 「ああ、最高の眺めだ」 弾丸をテスタロッサから解放すれば、神楽の脳天に穴が空く。ぐるんと廻った神楽の瞳と、血の雨と肉塊を浴びるカルラ――――が、発生する予定でしたが、カルラが撃ちこむよりも先にツァインの身体が弾丸のように飛んできてはカルラにぶつかった。 直後、 「ンァへへへへ、ひぃぃひひひひひひっひひ!!!!」 上空から降ってきた香我美の足が地面にストン、と落ちた瞬間。カルラとツァインの地面直下が爆発と同じように爆ぜたのであった。 「香我美!!」 悠月が叫んだ時、香我美の姿が消える。 「うわ!?」 次に出て来た時はせおりの眼の前であった。 回復を狙ってきたのだろう。せおりも突然の敵の接近に、みんなぁ逃げろー!と言いかけておいて全ての言葉を空気と一緒に飲み込んだ。神風―――ブレイクの力を持ったそれが戦場を駆け抜けせおりが居る後衛にまで吹き荒ぶ。 そうだ、何故だろう。少しずつ崩壊の足音が近づいてきている気がする。 背に要である寿々貴を隠しつつのせおり。香我美の伸ばされた腕が彼女の頭を掴んだ。香我美の唇がせおりの首を舐めとり、ねたっとした粘液がせおりの首から香我美の舌を繋いだ。 甘い時間はすぐ終わる。食い千切り、血を啜り、魅了の籠った悪魔のキスがせおりを誘惑した。此処から魅了されたせおりは仲間を手にかける事となるが、味をしめた香我美がせおりを集中的に狙う事になる。 だが、もちろんBSの回復はある。 だが、だが、誤算であったのは、速度ではどうしてもせおりのが先に行動するという事だ。攻撃されたあとに回復がくる状態では、魅了された彼女が目覚めるのには時間がかかった。 ● そう敵は1人では無い。 「司なんて名前は知らない。俺が出会って、信じると決めたのは不死偽香我美という女だ! 思い出せよッ!」 「なにいってるのかぜーんぜんわっっかんないんですけどぉ!」 地盤破壊を受けたツァイン。更に、虚式の風が彼等を吹き飛ばしていく。まるで拒絶の風だ、壁だ。其の間にも神楽はトラップネストの糸を抜け出し、地に降りた。 飛ばされたツァインの身体は繊が受け止め、ゆっくり地面に降ろしていく。大丈夫? と気遣う女の子らしさが今は其処にあった。 「母さんに、何かひとこと、ないのかよ」 「……『私』を生んだ母では無いって言ってるでしょっ」 「強がってるように見えるんだが」 「で、で、でも、悲しいね、通じないっていうのは」 繊の横顔は、やはり母に似ていた。 「頑張って、ツァインさん。費やした日々はきっと無駄では無かったはずなのよ。でも怨念が邪魔してる……どうしよう?」 寿々貴が続く。 「蜂比礼の怨念ていうのは有限であるはずだよ。つまり戦えば戦う程無くなっていうものだよ」 「うん。それかもしくは……誰かが、怨念を回収する――とかね」 寿々貴の瞳が神楽を見た。半目でニ、と笑った神楽が居た。 繊の瞳は刹那を見た。嫌そうな顔をしていた。 ドクン、と疼いたのは死者たちのなれの果て。 香我美の作り出す風は域の攻撃。耐え兼ね死んだ一般人の身体は、難解なパズルのように入り組んでおりバラバラで。かろうじて残っている形があるものが一斉に動き出した。 ほぼ破壊された建築物の瓦礫。竜一が其の死肉の群を眺めた。 「ま、解っていた事かもしれないけどな。おい、悠里。いつまで麻痺してんだ」 「お、重い……瓦礫どかして……」 「ほいほい。まーったく」 天井が落ちた其処。 神楽に吹き飛ばされた悠里が瓦礫に挟まっていた。が、すぐに竜一が瓦礫を蹴り飛ばして破壊して。 望む光景。 悠里は頭を抑えた。 「一般人は?」 「手は尽くしたが間に合わなかったのが少数ってとこ」 「はぁ、どうしてこうなるんだ」 タイミングさえ合していないものの、2人はほぼ同時にスタートダッシュを切った。 チャリオットの様にアンデッド化した肉塊を更に分割していく2人。悠里が一般人に迫る腕を凍らせ、竜一が氷ごと断ち切る合わせ技。 だが竜一は足を止めた。 魔眼をした覚えがある父親が、子を抱えた体勢のまま死んでいた。子は父親の体重に押し潰されて身動きが取れずにもがいている。が、瞬時動き出した父親は子を喰わんと牙を向いた。 「またかよ!!」 父親が口を開けて、竜一はスタートダッシュを切った。 口が子の喉に近づいて、竜一は父親の背に立った。 子供が泣き叫んだとき、竜一の露草は父親の身体を叩き斬り崩した。 「もう寝ろや。お前らの悪逆は、俺の暴虐で食い尽くしてやるからさ」 魔眼が発動した――何もかも忘れて逃げろと、子へ。だが横から走り込んで来た神楽が子ごと竜一を斬り、元の位置へと戻った。子から何かを喰ったかのように、舌をちらつかせて笑った神楽。 仕上の眼が見開いた。 「負の念は全て力……てね。あ、ソードミラージュだって遠距離できるんですよね、つまり無意味ですよ元・剣林さん。まあ今僕は、ソードミラージュでも無いですが」 「意味があるか無いかは、あんたを倒して証明するっす!!」 仕上の拳が振るわれる、そしてかわされる。だが、其の時、利き手より逆の手の平が無意識に振るわれて神楽の頬を叩いた。 一瞬だけぽかんとした神楽。 だが、其の手は土砕掌のそれ。右目が破裂し、痛みにもがく。狭まった視界と衝撃に神楽の身体が止まった。のを、仕上とあばたは見逃さなかった。 「いい加減終わりにしな。後がつっかえてんだよ」 あばたの気糸が神楽を捕えた。勿論現場は肉塊祭りの惨劇だ。だが、その合間を縫って到達した気糸。 悠月は言う。 「貴方の狙いは、怨念を持った香我美ですね?」 寿々貴は言う。 「品物之比礼は他者から力を吸い取るアーティファクト。で、怨念を吸い取って自分を強化する機会を伺っていたね?」 悠月は続けた。 「裏野部を攻撃しない彼女の死角で動いて、彼女が消耗したら力を奪う気なのでしょう」 寿々貴は続けた。 「味方と思われていても攻撃したら敵とみなされるもんね? 寿々貴さん達を利用して機会を伺っていたわけだ」 深淵が無ければ得られなかった情報を、2人は包み隠さず言った。解説ありがとう。 「だ、か、ら?」 だから。 「だからなんだっつぅうううううんだよ群れないと何もできない偽善者がよおおおお!!」 正義が嫌いだ。 どうせ皆偽善だ。 此の世界、力が全て。そう、正義の味方だって武力で制して来るじゃないか。 「おまえたちが、嫌いなんですよ僕はあ!!!」 気糸を斬り、地面に足が着いた神楽。 狙いは一直線に香我美へと向かった。 香我美は目の前、ツァインとカルラ、せおりを相手にしつつ虚の風を呼び出している時だ。ノックバックの風によって後衛回復がいるところまで追い込まれたのは笑えない。 奪える―――そう、神楽は確信した。此の儘障害物が無ければ誰も追いつけない、捕えられない、怨念さえ奪えれば更に強化が進み神楽は手に負えない存在へと変われるだろう。速度計算も狂いも無い、無かった――。 が。 何度も言うが。 「抑えがいるっていってんすよ!!」 足の筋肉が限界ですってはち切れても走って来た仕上が神楽の速度に、今、此の瞬間追いついた。 空中で回転した仕上、軌跡は血の雫――其の御足が神楽の顔面を蹴り飛ばした。完全に油断した神楽、ソードエアリアルさえ、彼女に近づく事さえ可能ならばできたはずの事ができない。 「くそカエルがああああああああ!!」 顔面を蹴られひしゃげた鼻を抑えながら、だが追撃。小雷が神楽の眼前低め、体勢を折って目の前の胴に片手を突き出した。爪が神楽の腐った肉に食い込み、どろっとした冷たい感覚を味わいながら小雷の腕は貫通していく。 神楽の刀が小雷の肩から肺の下まで斬りつつ、だが、僅かな肉と肉の隙間の、其の奥で構えたあばたの姿が見えた。 「14だ。つまり、終わりってこった」 「ふざけ―――!!」 「盛り上がって、1人で」 何処よりも危険で、何処よりも殺して、何処よりも過激な存在。 「ですがアークはもう悪党を見飽きました」 其の時神楽の両腕が小雷と仕上の喉を掴んだ、時、吸われるような感覚が2人を襲う。そして。 「毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩夢に糞ハゲ親父が神宝だの戦い方だのうぜえけど今になって役立つなんざぁ!!」 飛び込んで来た刹那が神楽の両腕を斬り、小雷と仕上が飛び退いた―――時。 「タダのチンピラだ。お片付けの時間ですよ」 あばたが放つ轟音が、神楽の心臓部位を引き千切る様に喰らい。されど銃声を放った直後、香我美があばたの手前に到達してきた。1の字に縦一線、振り上げられた踵があばたの身体の上に落されれば、其処中心に地面が陥没した。 「さっきの子供の分くらいはやり返さねーとな」 竜一だ。まだ余力がわずかに残っていた神楽だ。ぷつんと切れたトラップネストの糸。 「おまえさえ」 神楽は歯を食いしばった。 「おまえさえいなければああああああああああ!!」 先に始末しておくべきだったか。後悔したときには遅かった。竜一の畏怖そのもの。抗えぬ恐怖とは此の事であろうか。 捕食者に脅える表情を一瞬見せた神楽の首から下が、細切れに成る程に竜一の一撃は重かった、重すぎた―――。 ● これで終わりじゃないのが辛い所。香我美を抑えきれずに神楽に苦戦を強いられたリベリスタ達の消耗は激しい。 寿々貴の回復がよっぽどの事が無ければ切れないのは幸運であった。だからといって、回復が続くとは言え安心はできない。何故かと問えば、チームの要である回復のフォローが十分に行き届いていないからだ。 此の時点で、あばたが戦闘不能。既にツァインとカルラ、寿々貴は香我美の奇襲にフェイトを減らしている。 竜一や悠里や悠月が尽力したお蔭でアンデットがこれ以上起き上る事も無く、状況は香我美VSリベリスタという状況は創り上げられていたものの。 「ここからが正念場か」 小雷が言った時には、香我美の姿が消えた。 次に現れた時にはカルラの背後を取っていた。だが彼は気づけない、せおりが「危ない」の「あ」の字を言う手前で裏拳が飛ばされカルラの身体が信号機から車まで破壊しながら飛んでいく。 飛び込んだ小雷と仕上。 小雷は右から、仕上は左から殴り合うが上に飛んだ香我美。其処へ悠月の呪葬を連れて斬りかかった竜一。血管が浮き出つつ引き締まった腕が振り落す剣は香我美の右腕に直撃し、呪葬は首を掠めていく。ごぽ、と香我美の口から血が溢れたが彼女は笑っていた。ひしゃげた腕もなんとも思っていないのか。恍惚の笑みを浮かべながら。 「いひいい、ン、もっととおもっとイタミをォォオオオォオオ!!」 「不死身かよ!!」 竜一が叫んだ。 ビリリと耳が痛くなる程の声量に小雷が耳を抑えた。刹那、上空に影、香我美が彼を上から制さんと膝を彼の首へと穿った。 唾液混じりの血が零れ、地面に倒れた小雷だがすぐに立ち退き香我美へと体勢を変え、彼女の懐に走り其の手を腹部へ。内部から破壊する気を打ちこみ、香我美の喉が叫んでから、 「目を覚まして、香我美ちゃん」 凍る寒さを纏い、悠里が香我美の間合いに入る。飛び退いた小雷を見てから、呪いの様に突き詰めた氷鎖拳を放ちつつ。 どうしてこうなるんだ、一二三が死んで、香我美はこれから自由を生きられるはずであったのに――。 一握りの悲しみがじわりと悠里の胸を侵食したとき、気づけば香我美は遠くの、後衛の、せおりの後ろに立っていた。氷鎖拳は当たらない。 「だーれだ」 明るい声が響いた時、せおりの足下が爆ぜた。地盤破壊の衝撃の直前で、せおりは寿々貴を押し退けていく。浮かび上がったコンクリートがせおりの腹部を貫き胃液が食道を逆へのぼる。それをぐっと抑え込んで、だがフェイトの光が花咲いた。 寿々貴は尻もちを着きつつ、見上げれば見下している香我美の姿があった。ぞくりと寿々貴の背筋に電撃が走った。正直にいえば怖い、中身まで見た事があったから。だが逃げてはいけないと此処まで引き腰に鞭打って出て来た。息が荒くなった、冷や汗が出た。香我美が手を伸ばして寿々貴を掴もうとしているのだから。 されど腕は寿々貴へ通らない。せおりが香我美の腕を掴み、止めたのだ。 「求魂乃唇なんてさせないよ! あれ、なんでその名前を知っているかはわからないけどね!」 掴む腕の力強さが増す。 せおりの周囲には意志の弾丸――光輝く球体が浮かび上がった。其れが一個二個と香我美を後ろへ追いやる為に砲弾として動き、三個四個と香我美は其れを打ち砕くが、五個六個……と続けば間に合わずに砲弾を身体に受けて飛ばされた。 飛ばされた先、上から踵を落としにかかる繊。だが足を掴まれ、地面に叩きつけられる。終いには振り回されて建築物へと投げられ、其の建築物が崩れた。 「あは、あはははははは、あははははは!! ひふみさまみてますか!! このこうけいをおお!!!」 ノックバックした所で意味は無い。香我美は再びせおりの眼前に現れれば、魅了を施し。魅了されたせおりは寿々貴を手にかける。 「せお……っ」 寿々貴の身体がせおりに跳ね飛ばされ片腕が地面に力無く落ちた。 両手を開き、目を開き、笑った香我美。 だが銃声が響いた。 銃声の後、香我美の脳天に穴が空く。血が噴き出し、ぐるんと香我美の眼が回った。カルラが香我美に投げ飛ばされた遠くから、瓦礫に埋もれながらも片手を出してトリガーを引いたのだ。 「チッ」 カルラが瓦礫にぐったりと背を預けた。体力さえあれど、スキルを放つ力が無い。それは誰しもが同じ状況で、かといって悠月まで回復を使う程の状況で、寿々貴が回復を切りつつEP補給に廻れば、今度は体力が追いつかないであろう。香我美のブロックを超えてしまう移動により、後衛の体力こそ擦り切れる寸前なのだ。 幸運であったのは香我美が攻撃力には長けていない事だ。 誰もが諦めはしない此の状況。 「ひと、ふた、みよ……」 刹那が呟き始めた時であった。 「手伝うって、決めて来たのさ」 カルラが、動いた。 ● 其れは静かな静かな、奇跡であった。 前へ向くテスタロッサには、仲間への信愛が疼いていた。 これまで世話になった仲間を想い、今目の前にある状況を読み、此れが最善だと。フェーズ3を此の儘放置して四国から帰る訳にもいかないのだから。 もう、四国を死国にさせない為に。最早精神力は底をついていた、此処から3回集中しようが仲間も精神が擦り減っているのなら即座に回復される致命も意味を持たないかもしれない。 考えた。 どうすればいい? 削れないなら。 チートでもして、削れば良い。 「これしかない、か」 ――運命の歯車は、急速に動き始めた。 香我美はせおりにトドメを刺さんと彼女の背後へ、だが其の香我美を追って同じ速度でカルラは香我美の目の前に位置取った。 一瞬、何が起きたのか香我美もせおりもリベリスタも刹那も繊も分からなかっただろう。ぽかん、と口を開ければ香我美が逃げる様にまた消えて繁華街中央に位置取り、そして其の時にはカルラが香我美の後頭部にテスタロッサを突きつけていた。 「エ、……なあに?」 「なあに、か」 カルラは弾丸を解放する。すれば、香我美の脳天に穴が空いた。本当はテスタロッサに弾丸なんてもう入っていなかったのだが、此れは意志が作った弾丸だ。 「意地の張り合いなんだよ! 負けてらんねぇだろうが!」 何度も何度も撃ち続け、 「立ち上がる力を」 香我美の肩が削げ、 「打ち砕く!!」 胸に穴が空き、 「危険なんざ」 片足は飛ばされ、 「百も千も、万も承知で―――!!!」 腹部に穴が空き、香我美の身体が孤を描きながら飛んで地面へ転がった。 「?? ??! ???!!!? ?!!」 香我美がきょとんとした顔で見上げれば、其処にツァインの前まで投げ飛ばされていて。ツァインから見て、香我美の体力が一瞬にして細切れにまで追い込まれた事は見て取れただろう。 両者、ボロボロになった姿。ツァインこそ鎧もひび割れ一部完全に抜け落ちている。其処から覗く肉と削げた皮。真っ赤な血で染まった腕を、香我美へと差し出した。 「香我美……なあ、香我美!!」 「………」 反応は無い。 無いから、あるまで叫び続ける。 「お前が好きだ。この気持ちが愛と呼べるものなのか俺には分からない。でもこれだけは言える。世界で一番、お前を信じてるのはこの俺だ!」 ツァインの掌の血は香我美の頬を染めた。段々とずれていくそれは、遂に香我美を抱きしめられる程までに。髪に手を絡ませ引き寄せて、もう片方の手は腰を引き寄せ、精一杯の力で抱きしめた。 「だからお願いだ、お前が本当にしたかった事を……俺に聞かせてくれ……」 「………」 裏野部に居る彼女は、まるで暗闇の中にいるような気分であっただろう。何も聞こえず、何も見えず、何も考えられず。其れが普通であるからこそ、暗闇を苦だと思った事は無かったであろう。 其れでもやっと届いた温もりが、彼女が彼女を取り戻せる切っ掛けにはなったはずだ。 「ツァインさま……?」 返ってきた声に、ツァインは目を見開いた。 「……愛? なんて、わかりませ……んわ。誰も……教えてくれ、なかったんです、もの。でも」 香我美の腕がツァインの背中に廻された。温もりを確かめる様に、其処にある鼓動の音色を確かめる様に。 「この温かい気持ちが愛では無いというのなら、なんなのかしら。愛してる……そう、初めて言って貰えた其の言葉、今、嗚呼、言葉にはできない」 それから、ツァインの瞳に映った香我美の微笑みは女性の美しさ其の物であった。 「それがきっと、本望なのですね」 悠月が、当初とは違う本望を見つけられたことに安心したように武器を仕舞った。被害は大きい、だが、ここで仕留められた事で救えた命は別にあっただろう。 香我美の唇がツァインのそれに近づいた―――時。 「一(ひと)」 「二(ふた)」 「三(みよ)」 悠月や悠里が一斉に刹那と繊の方向を見た。 「五六(いつむ)」 「七八(ななや)」 「ここのたり―――!!!」 「ふるべ、ゆらゆらとふるべ―――!!!」 姉と弟が一斉に動いた。が、悠里が香我美を庇うように立った。 「退け!! 設楽悠里!!」 「退かない!!」 「どうして邪魔するの!?」 「殺させる訳にはいかない!!」 「血迷ったか!! 裏野部の尻ぬぐいは俺等がやる!!」 「違う! 君達に母親を殺させる訳にはいかないんだ!!」 「「だから母親じゃないっていってるじゃん!」」 刹那の刃が、繊が産み出した虚の風が悠里を襲った。だが彼は刹那を受け止め、進行を止める。 ―――君達は、あの日の僕等と同じ。運命交差の向う側の人間なんだろう。 それが本当か嘘かは分からないけれども。 刹那の瞳が大きく見開かれてから、彼は刀を落し。 「ありがとう、ごめんな……さようなら香我美」 「ツァイン様……ありがとう」 ツァインのブロードソードが香我美の胸を射抜きつつ、彼は彼女を抱きしめながら動かなくなるまで―――。 「――――!!」 淀んだ意識の中、誰かの声がひっきり無しに聞こえた。 よく知っている仲間の声だ。 「―――ラ!」 彼等の為に今日、俺は死ぬ覚悟で此処に来た。 死とは案外、簡単なもんで。テレビの電源が切れた時みたいな、さっぱりとした幕引き。 「―カ―――!!」 にしても寒い。地面が硬い。天国より地獄に来てしまったか。 「カルラ!!」 名前を呼んでいたのか。瞳を開ければ仲間が全員覗き込んでいた。 何回か瞬きした所で、血の臭い現実を受け止めた。遠くでツァインが香我美の身体を抱き上げていた。 「ああ、なんだ。生き残ってしまったか……」 まだ運命が、死ぬのは許さないと言っていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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