●果て無く果敢無く 操っているのは己か、『あの方』か。 男は常にそれを自問する。当然、答えは決まっている。自分に操る器など無く、自分に操る資格などない。 飽くまでも操られるということに終始して、人形らしく踊ればよいのだ。それが彼の存在意義であり行動定義のひとつでもあった。 然して男に一切の気負いも衒いもなく、ただ純粋に操り人形として狂うことを選択した。 その成否は、何れ分かることだ。 ●荒れ狂う群集心理 「『黒い太陽』が持つ『聖杯』について、現時点でわかっていることが幾つかあります。ひとつ、対革醒者武装・大量殺戮兵器であるということ。通常兵器ではなく、単純な『アーティファクト』という枠組みでなら、あれは最悪というレベルを遥かに超えています。ふたつ、『聖杯』は願望機でもあるということ。新潟の事件で、中身を飲み干したことから条件(いのち)を集めることで願いの効率、つまり自分の能力を際限なく増すことを選択したと考えられましょう」 「命がイコール魔力とか、容赦無いフィクションを見ているようでしかないな」 「でも、その事実は今まで相当数見てきたでしょう?」 続けても? と冷静に首を傾げた『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)に、リベリスタは言葉を詰まらせた。それが事実であることは、彼らも重々承知の上だ。 「まあ、既に情報は伝わっているでしょう。彼が蓄えた魔力は、『天空に浮かぶ巨城』という形で達成されました。……いえ、語弊がありますね。達成のための手段として、それを選んだというべきでしょうか。ともあれ、周囲の防護壁は階位障壁紛いのもので、君たちのような一線級の革醒者でないと通常は侵入もままなりません。そして、最終目標はここ、アーク本部。主砲での撃滅を狙っている、ということです。 ですが、繰り返しますが『通常であれば』通れないというだけの話です。あんなサイズで三高平を攻めこむということは、本当に彼はどこまでも『魔術師』だったのでしょうね。研究以外には、意思を外に向けていない。アークの決戦兵器『神威』の存在を知らなかったこと、それそのものが彼の失策のひとつです。利用は一発のみですが、防壁の阻害ぐらいは出来ましょう」 「それを突破して突入しろ、と。そういうわけか?」 「ええ、それもなのですが、今回君たちが行うのは別の動きです。彼だって主砲一発で全部片付けるつもりではないでしょう。出来るだけ反撃の芽を摘んでおく為か、或いはガス抜きか。地上を攻める手駒も用意していたようです。当然ですが彼が主体的に集めたわけではなく、彼に対して自ら従おうとするものが殆どですし、君たちの相手もその類です。残留思念を操り、常に生まれていく感情の流れを自らで従える。そういったアーティファクトを下賜されたようですね」 「人の感情を、か」 「ええ。喜びも悲しみも全て、単純な攻撃衝動に置き換えるんですから随分と……ですね?」 意味深な間を置いて、資料を差し出しながら夜倉は笑う。目は、一切笑っていなかったが。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年12月22日(月)22:14 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「何とも壮観だな。EフォースはまだしもEアンデッドまで無尽蔵かよ」 視認距離に入った多数の敵、そしてその向こうで余裕ありげに構えるフィクサード・スカラベの姿に『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)の表情は心よりの嫌悪感で満たされていた。 激戦に次ぐ激戦を仕掛けられ、退けた三高平市の刻んできた歴史は戦場としての側面も強く持ち合わせている。飛行場、という比較的戦局に大勢を齎さなかった場所であってもそれは変わらない。 思念は総体でも一部でも関係なく、戦い続ける一瞬ごとに更新される存在であるがゆえに。 前方の影に“殲滅式四十七粍速射砲”を構え、前進する機を図る。 「狂信、ね……会話が成立しないんじゃ、お巡りさんととしてはお手上げだな」 「会話できないくらい一途ってことか。まったく、純粋でうらやましいこったな」 スカラベの表情に純粋さと危うさを感じ、呆れる『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)の背後で『ウワサの刑事』柴崎 遥平(BNE005033)は肩を竦めた。言葉を尽くして説得する道があればそれでよいが、それすら閉ざされたのであれば正面から打倒するしかない。人を捨てることも純粋であることも、アークとは無縁なのだ。強きに傅くことも、敗北を認めることもアークらしくはない。強大な敵であってこそ、勝利を築いてきた彼らのあり方である。 「主に操縦されるのが主従の関係……わたくしとて、彼と同じマリオネットです」 されど純粋でも操り人形でもなく、単純に敗北に旗を振ることもない。皮肉なものだと『月虚』東海道・葵(BNE004950)は唇を歪めた。操り糸に繰られるままに、引かれるままに、相手の眼前へと飛び込んでやれれば如何程か。影継が提案し、メンバーの多くが支持した戦術であったが、データを再度検証した夜倉からは否定の言葉が吐き出されていた。 曰く、奇襲に足る高所が該当地域に存在しないというのが一点。奇襲に伴う神秘打撃である程度の減産は可能だろうが、フォース側のブロックを抜けるほどの確実性は保証できないというのが二点。最後に、突破力と維持力でトップクラスといえる面々での奇策は、彼の言うところの『信頼し得る者達にとっての妥当』とは遠いという意見である。尤も、それが言葉のあやであることはリベリスタ達も重々承知の上だったが。 「所詮はたかが量が多いだけだ、楽団連中に比べれば数倍マシだね」 不死性と密度だけを比較すればかの『楽団』の圧力は相当なものであったことは否定出来ない。それと比較すれば勝機ありと判断した『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)の意向は少なからず真実味を帯びている。その数で挟撃や包囲などの策を講じるならまだしも、アーク側の本拠地で彼らを出し抜くのは至難と言っていい。 どのみち、正面からのぶつかり合いになることは半ば読めていたこと。趨勢がどうかなど終わってから考えればいい。 影継達に前方を任せ、後方の櫻霞に視線を投げた『梟姫』二階堂 櫻子(BNE000438)にも、気負いのようなものは見られなかった。少なくとも彼女にとっては、戦闘の危険性の上下よりは、愛すべき者が無事か否かが重要な要素の一つなのかも知れず。それが戦闘にて注力する行為の多くであることは、或いは危うさのひとつであるのだが……それは、さておき。 圧倒的な数の暴力を前に、マリオネット用のハンドルを繰って体を傾いだ男の姿が僅かに視認できる。お互いを視野に収めたリベリスタと狂信者、その彼我の距離は確実に狭まり、改めてその『質量差』が笑えないものであることを理解する。 笑えないものだから、なんだというのか。 『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)の頬を歪めるのは喜悦からくる笑みに見えた。だが、彼の目は笑っていない。自分たちの庭、領分を幾度と無く攻められたことを考えればその感情も理解できる。真っ先に戦場に飛び込み、この上なくかき乱す役割を担う彼に、躊躇など無かった。正面からでも奇襲でも、やることは変わらない故に。 「俺が受け止める。数減らしは任せた」 「死人どもは任せろ! 1匹たりとも近付けさせやしないぜ!」 前線に立ちその有り様を身一つで示す『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)と並び、影継もまた得物を構え、一歩踏み出す。 彼らの所作にスカラベが何を思ったかは分からないが……両腕を仰ぐように掲げた動きからは、本格的な会敵と認識したのだけは、確か。 「どうぞ踊りましょうか? 終末のワルツを」 そう述べた葵の、自嘲的にすら感じられる笑みを前に。戦場は開闢を見る。 ● 初動は、不気味なほどゆっくりと。しかし、そうと分かれば恐ろしいほど周到に、行われた。 戦端からスカラベまでの距離は互いに遠く、一撃目を打ち込むには歩が足りない。ならば、と繰り出されるのは怒涛の破壊。 「さて、派手に弾幕を張るとしますか」 「敵の数が多いなら倍働けばいいよね☆」 櫻霞の“ナイトホーク”と“ブライトネスフェザー”が咆哮を上げ、正面に居並ぶ残留意思の『遺骸』の頭部を絶えず屠っていく。射手として上げてきた練度は、面制圧を是とするこの場面で効果的に、そして優位性を持って与えられる。 それに呼応して終の“氷棺”が揮われ、中空を飛び回る霊体を氷結させ、砕いていく。冬の足音をそのまま具現したような寒々しい意思の死は、彼らが立ち止まるつもりはないという意思表示ですらある。 砕けた氷の間を跳ねまわるように遥平のはなった雷光が駆け抜け、更に数体。頭数を確実に減らしにいく。だが、数名の攻撃が放たれたところでスカラベが操った糸は、攻めではなく守りでもなく、恐ろしいほど地味な進軍への賦活。射程の関係上、自らよりほど近い配下のみをターゲットとしているのだが、それでもリベリスタの進軍速度と接敵の難度を引き上げるには十分すぎる。 「死人どもは任せろ! 1匹たりとも近付けさせやしないぜ!」 影継の言葉は過剰な自信でも偽りでもない。少なくとも、彼の放つ砲撃は乱戦にあって確実にアンデッドを減らしており、包囲を緩めることに関しては十二分に成功を見ている。だが、その状況でも尚追いすがる霊体と残骸とが彼らを正面から押し潰そうと迫ってくる。スカラベを直接狙い、自らを的にかけんと前進する義弘だが、距離を詰めるには些か以上に遠く、密度の在る集団を抜けなければならないことを考えれば不可能と言わざるを得ない。 振り上げたメイスを正面へ向けて振り下ろしながら、先陣を切る身としての難しさを痛感せざるを得ないのは、当然というべきだ。 アンデッドへと“オレオルの硝子”を振るって次々に屠っていく葵は、焦りの色を見せることはない。見せていないだけか、実際にそうなのかで言えば後者なのだろう。スカラベに似て非なる自らを見出している状況下で、相手に同感も共感も持つことが出来ないのだから、当然といえば当然。目の前の相手は甲斐なく踊るだけの自動人形だ。顧みられることすらないだろうに、楽しいはずがないだろう。 「痛みを癒し……その枷を外しましょう……」 「この程度で止まってやる理屈は、ねえよ!」 櫻子の癒しが周囲を包み、十全に近い形で全員の肉体を賦活する。彼女を補助する形で守りを買ってでたエルヴィンは、空いた手を自らの活力に充て、続く激戦へ身を置くために深く構えた。 嘗て倒した者か、自分たちの無念の残滓か。足元から吐き出されるように次々と現れる残留思念の悪意は、それらをかき分け微速で前に出たスカラベの悪意そのものにも見える。じわじわと責め苛む敵の密度は、その真価をゆっくりと、浸漬する毒のようにリベリスタへと与えつつあることを、彼らは未だ知る由もない。 「なんと醜悪なのだろう、なんと悲惨なのだろう――嗚呼、我があるじ! 醜悪なる私に苛立ちを、罵倒を!」 (キヒ、つくづく非逆趣味のひでぇ坊っちゃんだぜ。笑えもしねえ) 「誰かに縋るってのは楽だからな。分からないでもないさ」 悲鳴のように天へ手を伸ばしたスカラベの指先から、アーティファクトそのものが応じるようにはらはらと操り糸が舞い落ちる。それらがアンデッドを巻きとって、突風のようにリベリスタの前衛達にたたきつけられる。あからさますぎるほどに、質量を暴力に変換する行為。速度のエネルギーではなく、質量と位置エネルギーを振り回すだけの児戯にも劣る暴走行為。だが、それでも前方を護る者の堅牢さがなければ、耐えるのも苦難する程度の破壊力だったことは当然のように理解できた。 幸いだったのは、後衛にまで届く距離ではなかったことだが……続けざまに放たれた不可視の刃に限ってはそうもいくまい。 レイザータクトとして鍛えた技倆すら、狂った中で的確に遣う姿は、自らの配下すら飾りでしかないと言うように削り取る。エルヴィンも加わり、活力を取り戻さんと尽力するが、こんな戦いが長引けば必然として勝ちの目が薄くなることは自覚できた。だが、それを述べるならば相手もそうだ。幾度と無く最大火力を吐き出し続けるその行為で、魔力を枯渇させることがないなどとは言うまい。増して、彼には魔力を分け与える供回りすらいないのだ。数の暴力があれど、最終的には――そんな希望が胸を衝く。 全くの見当違いではなく、寧ろ当然の憶測。問題が在るとすれば、そこに到達するまでの時間と自分たちの被るダメージ量。 そして、霊体が奪っていく魔力量の慮外に多いことは、特筆に値する。 じわりと包囲を狭める霊体を前に、終と葵が技倆を施さずに抗おうと振る舞ったことから、その予兆は明確な現実として彼らの前に佇んだ。 「気休めにもならないかもしれませんけれど……お力添え致しますわ」 エルヴィンが終へと魔力を流し込むのと同期し、櫻子もまた膨大な魔力を供給に回すが、それは葵にではなく、櫻霞にである。無論、先の二人の消耗も強いがそれ以上に櫻霞の消耗が激しいことは、運命を共にする者として彼女が一番よく理解していたといえる。それを責めることが誰にできよう。戦略的にも思想的にも、それは正しい選択と手を叩くことは出来るのかも、しれない。 「感謝する、流石に消耗が激しいな」 感情よりも先に、義務を果たすための機械的な言葉を吐き出した彼の内心がどうであるか。それは、恐らく正面の敵に対する嗜虐が優先されるであろう。 「前に出てきたことを後悔させてやるよ、三文役者! ……天城!」 「やってくれるならそれに越したことはない。引き受けるさ」 相手の射界に入ったということは、相手「が」射界に入ってくれたということの裏返しでも在る。自らのダメージは浅くは無いが、回復手が厚く、運命が味方するこの戦場で出し惜しみなどする必要はない。影継の視線は、スカラベのマリオネットハンドルへと注がれた。その得体の知れないアーティファクトに、意思があるならば尚の事。壊せぬものではないことは承知の上で、彼の持つ砲身は相手を確かに照準していた。 ● 「まだまだだ、気合入れなおしてくぞ!」 魔力の供給を自他振り分けて絶えず行い、回復に気を張る行為は、櫻子一人、エルヴィン一人では到底成し得ない連携だったことだろう。或いは魂を削るほどの繊細さを要求されたであろう行為は、一線を退くことなく戦略として回転している。全員を絶えず、十分に癒やしきるということが出来ずとも。最後まで戦いぬくための行為としては、十分以上の成果を上げているはずだ。仲間も家族も世界も街も、等しく内側に篭められた想いなのだから捨てることなどするはずもない。 抜けた力を退こうとした足で抑え、義弘は“侠気の鋼”を高く掲げた。飛びかかるように振り下ろされた残骸の拳に押し返される。尚も近づこうとする遺骸を葵の技倆が押し返し、次々と倒していく。数の暴力は、リベリスタ達の全力を前にして確実に数を減らしている。少なくとも、いくばくもしないうちに残されるのはスカラベのみになるだろう。彼もそれを理解している。だがそれでも、狂気に濁った目には敗色を認める意思はない。 「貴方の攻撃衝動は、わたくしにとって当たり前の衝動ですから」 「あるじを求める心に代用品など無い! 誰かの代弁などあるじには聞こえることも無い!」 (その『あるじ』が聞く気も無えのがお笑い種なんだけどなァ、お前たちも思わねえか、エェ?) 「己を持たない輩だから、当然だろう」 「活き活きと動けるはずもないのにね。そんな状態でもお人形さんで居たい?」 葵の問いかけを半ば無視するように述懐するスカラベを、そして死力を以て戦うリベリスタを嘲笑うように『インブロ・パペット』が嘲笑を流しこむ。そんなものは、櫻霞にも終にも、他のリベリスタにも必要はない嘲りでもある。 「会話は出来てもこれじゃあな……持ち主も道具も『操り主』も他人には興味なしか。説得も説教も出来ないんじゃお手上げだ」 スカラベの叫びに呼応して振りぬかれたアーティファクトの一撃は、残骸を巻き込み、リベリスタの結束を踏み荒らすように散らす。すかさず影継が櫻子のカバーに回り、静かに砲身を構え、片膝をつく。相手は、随分と騒いでいる。声が大きすぎるのは、それだけ自分の居場所を吹聴して回っていることと同義である……おそらくはそれを、相手は理解していまい。 「人形劇はここで終わりだ! 斜堂流・烈火断弦弾!」 射手としての骨子を、自らの裂帛の気合として吐き出すように砲身が熱を持つ。 吐き出された一発は、遮ろうとした残骸の脇を抜けて『インブロ・パペット』の中心部……宝石のある位置を強かに打った。 悲鳴。 スカラベのものか破界器のものかは見当もつかないほどに濁って狂った叫びが空間に響き渡る。或いは、魔力が足りていればそれを契機にまだ、隠し球があったかもしれないが……返す返すに。 操り人形は無限でも無尽蔵でも悪夢的でもなく、ただのひとりのフィクサードなのである。砕けたそれを握って、有り余る意思を以て、憎々しげに――理由の過半は人形では居られなくなった自分への憎しみで――リベリスタを睨みつけた彼に応じるように、意識の残滓がさざなみとして前進する。 「……終末の闇は暗く悲しいものですね」 数歩で届く糸の距離。掲げた手を縛り上げるように、葵が踏み込み、左手を引く。ばらりとはらけた右腕に目もくれず半身を引いた背後では、終の刃がその頭部へと突き立てられる。 武器の名がそのまま意を表すように、棺にも似て氷像と化した男の残骸は、狂気のまま凝り固まったひとつの終わりのようでもあった。 意思の残骸は未だ動きを止めることはない。或いはさきの怪僧の部下か、『楽団』の死人のものか、或いはリベリスタ自身の意思の写しかはわからない。死が群れをとって歩き出す、その惨状はきっと驚くほど脆く儚いそれである。 「難儀な事ばかりですわ、ほんとうに……」 未だ終わらない戦いに、櫻子が視線を伏せる。自らの身を苛むダメージにか、……はたまた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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