●不滅の奏者 ―Undead Bomb― 空を見れば、向こう側に巨大な城が浮いていた。 幻想的で、空に存在感があって、それだけならば一幅の絵画のようにも見える美しさがある。 城主はしかし、世界最悪と呼ばれるバロックナイツの第一位、『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュである。 古今東西、全ての魔術を限界まで究めたともされるその男が、己が集大成とした『聖杯』なる破界器。空に浮かんだ巨城は、その『聖杯』から生じた産物であると怪しまれた。 「万華鏡の探査の結果、周囲に防護壁を有しており、通常兵器を受け付けない様です」 「厄介じゃな」 路地を歩きながら、むしゃむしゃと髭を蓄えた中国人民服姿の老人が唸る。老人の後ろから、フロックコートを着た中国マフィア風の男が付いていく。 空を見れば、かの城は少しずつ三高平へと近づいている。 「侵入を許さない程度の備えは合って然るか」 「アークに秘策が有るようですな。我々はペリーシュが放ったフィクサードの迎撃に専念する事が得策かと」 この件において、世界最大のリベリスタ組織『ヴァチカン』が日本に援軍を集結させた。老人達は、これに引きずられる様に『梁山泊』からの援軍としてやってきた者である。 「何ぞ企んでおらんじゃろうな? 上海?」 「まさか。各地配備を済ませております」 老人とフロックコートの男が曲がり道を折れると、100は下らない数の兵隊がずらりと並んでいた。 「ご覧のとおり」 すべて『梁山泊』に所属する革醒者である。 「『オルクス・パラスト』、『ガンダーラ』『スコットランド・ヤード』等も兵隊を集結させている様ですな。『梁山泊』の面子を潰す訳にはいきません」 フロックコートの男の言葉に、長い眉を顰めた老人であったが、溜息だけ吐いて追求はしなかった。 「アークの若者達も災難極まりないのう。火の粉を払っていたら、ペリーシュにすら狙われる事になるとは」 老人は、かつて出会ったアークのリベリスタ達を想起しながら、兵隊達が並ぶ間をつーっと歩いて行く。 「……む?」 老人の脚が止まる。 老人は、梁山泊所属の革醒者の一人を、つま先から顔までを舐めるように見る。 「お主。顔色が悪いな」 顔を青くした兵からの返事はない。 怪訝といった表情を浮かべた老人であったが、次の瞬間、老人は場に響くような大声を出した。 「散れ!」 老人の声と同時か。 青白い顔をした兵が、凄まじい勢いで膨張した。 眼球が飛び出し、皮は破け、筋肉を垣間見せる。四肢が何処にあるかも見当がつかない程に膨らんだ兵は、たちまち爆ぜた。 爆ぜた所から爆風が生じる。重力が狂ったか。それほど程の風圧が、コンクリートの地面を煎餅の様に引き剥がして昇っていった。 竜巻の如き爆風は複数、各所で昇った。 『ヴァチカン』『オルクス・パラスト』『ガンダーラ』『梁山泊』『スコットランド・ヤード』等が迎撃態勢を組んでいるその最中。 「知らずの内に隣人が爆弾にすり替わっている――不安と焦燥という感情は、墓標を彩る添花として相応しい」 この様子を、大きく離れた地点から、頬肉を吊り上げて眺めている者がいた。 スマートな体型をスマートな燕尾服に身を包み、謝肉祭で用いられるヴェネツィア仮面を着けた男が、くつくつとくぐもった笑い浮かべる。 足元には死体が転がっている。アーク所属のリベリスタのものである。身体の内側から鋭利なものが飛び出したかの様で、外傷が少ない。 男は、竜巻を数秒眺めて満足した後、三高平センタービルへと視線を動かす。 「――あれは墓標なのだ」 陶酔するように言葉を紡ぎ、男は両手を広げる。 指で鷲爪が如き形を作ると、青白い炎に包まれたピアノの鍵盤がぼんやりと浮かび上がる。 「この感情は、懐かしさのようで、憎悪というエッセンスも混じっていて、一欠片の氷が入ったグラスに注がれるシングルモルトの揺らぎと形容できるものだ。これはとてもとても美しいものだ。私が音に追求する色はこの色。そう宣言してから、どれほど経ったかことか。待ちわびた。とてもとてもとても待ち望んだ」 興奮が絶頂に達すると、男の五本指がピアノの鍵盤上を滑走する様に動く。 コンサートホールの如き反響を伴った音色が響き渡ると、また向こう側で新たな竜巻が昇っていく。 「指揮者様が眠る地に、私は訪れたのだ。帰ってきた。ああ帰ってきたのだ。あの終わらぬ夜の明け方に佇んでいた時。空の白む時から恋焦がれた日の訪れだ。喜ばしい日だ。素晴らしい日だ。心の底から、実に実に実に実に実に実に実に実に!」 ――Amore e morte! シルベスター・“ピアニシャン”・カストア。 二つ名を『第四の手』。 脳と脳漿を撒き散らしても死なず、首から上を引きちぎられても死なず。頭をすげ替えても"自己"を保ったそのままに。 『福音の指揮者』が遺した呪いとも言える怪人であった。 ●三高平迎撃戦 ―Route → Unknown― アークのブリーフィングルーム。 スクリーンには、空に浮かぶ巨城が映しだされていた。 「ペリーシュの城だ。『聖杯』――まあ推測の域を出ないが、『他者の命を根こそぎ奪って、自身の魔力に変換する』という馬鹿げたシロモノで、魔力をこれに使ったらしい」 『参考人』粋狂堂 デス子(nBNE000240)が端末を操作している。 スクリーンに解説文が表示されては消えていく。極めて強力な防護壁、侵入経路もUnknown。 『聖杯』によって街が根こそぎ全滅した新潟での事件の後、いよいよペリーシュが動き出したのである。 「余裕を見せて、たっぷりの恐怖を与えてから、という心算だろうかな。だが――」 スクリーンに巨砲――アーク本部の地下に備えられている『神威』が映る。 「図体のでかいアレで三高平を攻めてくれたのは、最高の幸運と言えるな。『R-type』を押し返した『神威』なら少なくとも巨城の防壁をぶち抜けるだろう」 防壁をぶち抜き、ペリーシュの城へ乗り込み、ペリーシュを叩く。 単純だが、それ以外に道は無い。 「城に関してはそう対処する予定だ。しかし敵には地上部隊がいる。ペリーシュの露払いか、示威なのかは定かではないが、雇われフィクサード、ペリーシュの奉仕者やエリューション等が攻めてきている」 敵勢を示すアイコンが浮かび上がる。 対して、『ヴァチカン』をはじめとする援軍のアイコンも浮かび上がった。 「大体は援軍が対処しているのだが、敵地上部隊に厄介な敵が混じっているのが、ここの本題だ」 仮面の男が映る。 「『第四の手』シルベスター・“ピアニシャン”・カストアを撃破する」 同時に、眉を大きく顰めるデス子である。 「……こういう拠点攻めに関しては、どこまでも陰険なやつだ。 元『楽団』所属の死霊術師なのだが、死体を操る他、肉片すら練り上げてフレッシュゴーレムを作る。操った死体やゴーレムを爆発させる。隠蔽魔術まで使う」 つまりどうなるか。 死体やフレッシュゴーレムが爆発する。 爆発で死体が生じる。 味方の死体が敵になる。 死体を倒しても、肉片がゴーレムとなる。 爆弾にもなる。 味方の死体が増える。…… 「援軍の人数が仇になったのか、既に各組織に死体爆弾にされた者が紛れている。いくつか炸裂した事で、援軍内でも処理に動いているが、まだ残っている爆弾もあると見ていい」 いざ精鋭がペリーシュの城に乗り込む段階となった時、援軍に三高平の守りを任せる形になる。それが途端に崩れた場合、敵の侵攻を大きく許すことになる。 「幸い、アーク本部で炸裂した死体爆弾は無い。ラスプーチンの時の――万華鏡の情報伝達が間者によって大きく遅延した件で、セキュリティを大きく強化した事もあるが」 続いて地図が映った。 「敵は隠蔽魔術を使うが、“コンダクター”やラスプーチン程ではない練度だ。ある程度の潜伏場所が絞れている」 南三高平駅を中心に円が描かれる。半径は100mを表している。 「数を使った捜索をすると、察知される危険性が高い。全て起爆されて逃走される危険は冒せないのでな。少数精鋭による捜索と、起爆させる時間をなるだけ与えない迅速な撃破が必要になる。――ただな」 リベリスタ達が着する席の眼前。急いで作ったとみられる資料を逸っていくと、『ただな』と言った理由が明記されていた。 「そうだ。『三高平市の建物は、千里眼を妨害する特殊な素材で出来ている』」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年12月23日(火)22:46 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●隠れたる恐怖 『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばたが、思い切り良くハンドルを切ると、搭乗する大型のバンは路面にタイヤ跡をつけて停止した。 「到着です」 あばたが後部座席を覗く。『黒き風車と断頭台の天使』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)が頭を左右に振っている。 「ふぅぅ、中々の安全運転だね」 ドアを開けて降りると、南三高駅へとつながる線路が金網ごしに見えていた。 「あのピアノ野郎、性懲りもなく。まあ、黒い太陽のパシリやってるなら来ざるを得ないか」 「ですね」 一方、あばたは幻想纏いを取り出して操作している。 「『見晴らしのいい場所』、『防音に優れた場所』、『人が近寄りにくい場所』を連携しますね。廃ビルなんかは潜伏場所に持ってこいでしょう」 送信を押下すると同時に、『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)の単車が滑りこんできた。 「快とすれ違った。もう始めてるっぽい!」 夏栖斗がメットを脱いで語るに、最速での到着は彼等らしい。 単車の後部で『きゅうけつおやさい』チコーリア・プンタレッラ(BNE004832)が元気に挙手をする。 「途中で死体を見つけたからゲヘナの火で灰にしておいたのだ」 情報収集を行い大型のバンで来たあばたと、小回りが効く単車がタッチの差だったのは、全くこれが理由である。 続いて白いバイクがやってくる。 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)と、後方に『ホリゾン・ブルーの光』綿谷 光介(BNE003658)だ。 快はエンジンをかけたままに、一旦止まる。メットのバイザーを上げる。 「情報を受け取った。こちらの分析結果も送信する。当て推量で動くより、時間を使ってでも分析してから動こう」 「皆さん、連携していきましょう」 後部の光介もバイザーを上げて、無線通信を行うや、直ぐに両者は発車していった。 「ちと遅れたかね?」 入れ替わる様に『足らずの』晦 烏(BNE002858)の小型車が現れる。 「友軍に死体の判別方法諸々伝えておいた」 三角マスクが煙草に火をつけて空に煙を吐き、翼の加護を全員に付与をする。 助手席のドアが開き、『揺蕩う想い』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)が降りて、つま先で地面を小突いた。 「『楽団』って確か、死体を操ってどうの……っていう奴らだったかしら」 シュスタイナが宙に浮くと、フランシスカもひらりと昇る。 「ホンットに面倒くさい奴でさ。いい加減、その存在消し去らせてもらおうと思ってるよ」 フランシスカの意気込みと同調するように一様に頷く。 データの受信が全員完了したと同時に、状況を開始するのであった。 ●対隠蔽魔術 地上班と飛行班に分かれて捜索する。 集合時に各々諸用を行っていた為、開始が少々遅れたが、捜索開始からは迅速に進む。 空では、シュスタイナが熱源と鷹の目を担当する。 烏が、高度な魔術知識を用いて、神秘の側面から痕跡を辿る。 あばたも、視覚を研ぎ澄ませながら、しかし高度は低くしている。翼は視野確保の為に必要最低限。電子の妖精によるクラックで防犯カメラなども活用する。 フランシスカは奇襲を警戒する。空にいれば目立つ位置となるからだ。 地上では、快が熱源と幻想殺しを用いる。後部の光介が、烏と同様に魔力の流れから辿る。 夏栖斗はチコーリアの言う場所へ単車と転がす。移動に専念できる為、捜索時の移動は最速である。 チコーリアは、使い魔を用いた捜索をする。地上地下、何処にでもいる『鼠』を使う。 捜索が続く最中に、度々向こう側で爆風が上がるのを見る。 「野郎、好き勝手やりやがって!」 これに夏栖斗は奥歯を強く噛んだ。 「(神はいないとか、神を超えるとかマジどうでもいいんだよ。生きて、この三高平を、ペリーシュっていう最悪のフィクサードから世界を護ることが今のリアルだ)」 捜索における有益な力を持たない。推測推理の連携や脚に徹するしかない。歯痒さも増すというものだ。 「引きずったみたいな死体がある、のだ? 不自然? 次の角を右なのだ」 「わかった!」 チコーリアの声を聞き入れて進路を横へ切る。全員への連絡も忘れない。 『快、おっちゃん達! ――』 快は予測地点の半分ほどの捜索を終えていた。これまで熱源感知に有力な手掛かりは無い。そこへ夏栖斗の通信が入る。 「引きずった様な跡がある死体……か」 示す地点は、奇しくもまだ潰していない場所だ。 「行ってみましょう」 光介に促される様に、その方向へ進む。 光介は気持ちを改める様に深呼吸をして耳を澄ませる。 「(ピアニシャン――そういえば、貴方の隠蔽魔術との真っ向勝負だけは、これが初めてですね)」 奴は腐っても奏者。キーは『音』であると。 「この一度だけ……望んで貴方の聴衆になって差し上げます。術式、おののく羊の閃き!」 快が進む直線、その視線には幻想殺しが宿っている。光介の研ぎ澄ませた耳に入ってくる――微かなピアノの音! 「聞こえました! 『音』です!」 「!! よし! 位置を転送だ」 飛行班も、幻想纏いで転送されてきた新しいデータをキャッチする。 「おや?」 烏が首をひねる。 「なるほどな。微弱な魔力も何もない所が逆に怪しいわな」 烏に促される様に、全員が画面を見る。そしてその方角を見たシュスタイナがついに敵を視認する。 「熱源有り。いいえ、もう見えているわ!」 あばたもその地点とマップを照らし合わせる。 「普通の民家とは、また。――では殺しに行きますか」 「多分、敵からも見つかってるかな!」 フランシスカが急降下する様に、足元付近に来ていた肉塊へ黒きオーラを打ち込んだ。膨張する気配を見せたが、その前に潰れた。 かく隠蔽魔術の突破とは。 例えば、忘れていた記憶がフッと蘇る様に。無くしていたものが足元にあったかの様なものと形容できようか。 気がついた瞬間から、熱源感知からもイーグルアイからも、全てを遮ってモヤの様なものが顕となる。 サイディング建材を用いた現代風の家屋の一点に、意識の全てが集中したのであった。 ●邪悪なる者 最速での到着は、夏栖斗とチコーリアである。 家屋に塀は無く、庭は無い。階段を二、三段を上って直ぐに玄関だ。洋風のドアがある。 夏栖斗は、単車を付近に停め、猛然と扉を蹴破らんと駆ける。 駆けた所で、たちまち突如右胸に激痛を覚え、膝を着きかける。 「……ッ!」 右胸を見る。雑霊の弾丸が撃ち込まれている。 『かの呪本以来か。おお、愛しき隣人よ』 フッと気がつけば、夏栖斗の直ぐ前に怪人が立っていた。 家屋のドアから出てきた様子も何もない。はじめからそこに居たかのように。 「永遠なんていう牢獄ゾッとするね。繰り返されるだけの自己満小劇場に人巻き込むなや」 「結構。まだ日は高いが、永遠の夜――混沌組曲のピアノパートは受け付けている」 怪人は、私の担当パートではないがね。と付け加え、クツクツとくぐもった笑みで二人を迎えた。 チコーリアは、呪縛を受けた夏栖斗の状況を見て、ヴァイオリンを手にする。 「シルベスターさんの十八番で演奏勝負を挑みますのだ」 伸るか反るか、空白の様な数瞬の後に、怪人は口元に手を当ててくぐもった音を上げる。 「観客聴衆が集うまでの余興に相応しい。ヴィヴァルディの『春』で如何かな?」 幸いにして、チコーリアのレパートリーにある曲だ。弓を手にし、弦をひく。 チコーリアが奏でる。一方、怪人はヴァイオリンとピアノという楽器の差異を逆手に取るように、裏の音を合わせてくる。 これでは勝負も何もないではないのだ! と言いたい所を堪え、数小節の後に眉を上げる。 「チコの方が『魅力がある』!」 「可愛らしいお嬢さんだ。とうに競い合いやら、勝負やら、熱を上げたくても上げられない境界だ。――さて、お待ちかねのお友達の到着だ」 盛大なドリフト音が響き渡る。 たちまち、快と光介が駆けつけてくる。 「決着を付けようぜ、ピアニシャン……!」 快が護刀を抜く。溢れる光が夏栖斗の呪縛を祓う。 「ピアニシャン。貴方の舞台の幕を引きます!」 光介の魔術書から印章が浮かび上がり、夏栖斗が失った体力を回復する。 「情熱的な聴衆には、相応しき努力と愛と情熱でもって応える事が奏者の誉なのだ」 途中退場は失礼だ。と笑みを浮かべるこの敵は、勝つ心算なのか、逃げる絶対的な自信があるのか、不滅が故か。 たちまち、怪人の指が鍵盤の上を滑走する。 音色が響く。音色に引き寄せられる様に、雑霊が姿を現す。 次には、散弾の如く4人へと襲いかかった。 「――っ!」 雑霊のうめき声に埋め尽くされる。 埋め尽くされながら、4人は視線の端からやってくる黒い飛来物を見る。 怪人も飛来物に気がつく。 「――ふむ?」 怪人は、咄嗟に右掌を宙にかざす。家屋の二階から一体の死体が盾とならんと身投げをして怪人の盾となる。 しかし、黒い飛来物は投槍の如く。死体の盾を貫通して、怪人の右肩から左脇腹にかけてを貫いた。 「――ほう、ハハ、なんとこれは。成程。ハハハ!」 「命中~!」 フランシスカが放った、ダーク・ロンギヌスである。 「悪いけど今回できっちり片付けさせてもらうわ。いい加減何度もあんたの顔見るのも見飽きたから」 フランシスカの携えた黒き剣を担ぎ直す。担ぎ直す姿も風車の如くである。 横で、烏が新しいタバコに火をつける。 「来るときにな。友軍に『タネが割れた奇術師相手に怯む必要はあるまい』って伝えてな。拡散して貰っているんだ」 複数の発砲音が一つに聞こえる程の早打ちが、改めて肉の壁を蜂の巣へ変える。 「肉爆弾も大して被害は出んだろうさな。反撃だ。Go ahead」 フランシスカと烏がいる位置から、怪人を挟んでの対面にシュスタイナがいる。 「楽団――またアークにって事? 懲りないのね。私は初めてお目にかかる相手だけれど……最初で最後の出会いにしたいわね」 掌に一瞬で火球を創造して投擲する。 狙いは穿ったばかりの死体。アーク職員の制服がある事から、この周辺住民の避難を促しに来た者なのだろうか。 「……ご冥福をお祈りします」 蜂の巣に変えられた死体はこれにて灰となる。盾を一枚を使用不可とした格好である。 あばたが、滑空するように低空飛行をとった後、自らの脚で駆けてくる。 「起爆の射程が長すぎませんかね。時限式とか?」 怪人を視覚に捉えた瞬間に、気糸の罠を発動させると、首を失った四つん這いの死体が怪人の盾となる。 「二体目ですか。ではこれで」 あばたは更に踏み込み、駆けながら銃を抜き撃つと、別の死体が割り込んでくる。 「道中の死体も残らず処理しておきましたので、増援は諦めて下さい。つまり死ねってことです。死ね!」 死体の盾を全て引き剥がした状況を作ったあばたは、更に本体へ弾丸を叩きこむ。 何発か撃ちこんだ所で、気糸が絡んだ死体によって遮られる。 「チッ」 死体の盾が復帰する。弾丸が尽きて打ち止めとなる。 全員がここに集い、対峙する。 奇しくも、怪人――ピアニシャンの攻略方法を、熟知している者ばかりであった。 道中で見つけた死体を灰にしておく事で、死体による敵増援は極限にまで減じている。周辺に死体は一つもない。 また制限時間を残り10分余の猶予を掴みつつ、既に死体の盾を使用不可まで追い込んだ形であった。 「生と死、真理と死、恋と失恋、愛と死」 怪人は呪詛のように唱える。 後はひたぶるに叩くだけ――リベリスタの優勢である。それは決定的だ。 それなのに、場の空気が異様に重苦しくなったように思えた。 「運命と必然! この世界に神は居ない!」 死体の盾を放棄する気か――と、交戦経験のある者は即座に動く。 快はダブルカバーリングを用いてチコーリアと光介を守る。 「え、え? この距離でなんでつかうのだ!?」 チコーリアは咄嗟に身構える。 「自爆する気?」 シュスタイナが身を翻した途端、先にあばたの気糸が絡んだ死体が風船の如く膨張する。 「Glorious! 死を品し、幸を評して、あらゆる苦しみを含む生命という泥の中で、燦然と輝く魂の炎! 私は諸君らを愛してやまない。愛してやまないのだ!」 膨張はおよそ1秒で極限にまで達し、2秒で爆ぜた。 ●神に触れた男 音色が響く。音色が響く。ピアノの音色が響き渡る。 「……短期間にここまで」 光介に焦りが浮かぶ。死体爆弾一発で、有利がひっくり返されたと評する事ができた。 怪人は以前から『逸脱』の気があったものの、今回は完全に踏み越えている。 「術式、迷える羊の博愛!」 敵の不死性の解析を試みたいものの、手を止めるわけにはいかなくなったのである。 残り時間は8分を下っている。まだ余裕はある。 「少年。ハハハ、君が居なければ、聴衆に途中退場されてしまうのだ。ダメになるまで付いて来て貰わねば」 「……」 ねっとりした声色に対し、光介は挑発するように応答した。 夏栖斗が肉薄する。 「自分だけ死体を盾にして!」 運命を爆風にくべるまでは至らなかったものの、雑霊弾等の追撃で運命を消費している。 「残酷で無慈悲でいて儚く美しく漂う運命という存在こそが!」 「全部自己満じゃんか! そんなものに! ――巻き込むな!」 全力を振り絞り、次々と複雑な関節技で怪人の全身を砕く。最後に跳躍して地面へと投げつける水仙黄泉落トシ。 「――っ! もう人間じゃないのかもしれないな」 首の骨と筋が粉砕され、上下逆さまに頭を垂らしながらも、怪人は笑っていた。 反撃のように繰り出される雑霊弾は、凄まじい練度で前衛の体力をごっそりと削っていく。 シュスタイナも回復に働く。光介とシュスタイナの二人の回復でようやく『痛手』まで緩和できる。 使おうと思った矢先に、胸に激痛を覚える。口中に鉄の味が湧いてくる。 「……っ」 見れば、自らの胸から骨が突き出ている。 回復しかない。余力が湧いてもう一度――今度はインスタントチャージの詠唱に入る。 「……どうぞ。フランシスカさん」 フランシスカは、最大火力――ダーク・ロンギヌスを何度も撃っている。余力が尽きかけていたのだ。 「ったく、どういう体力してるのか」 怪人は嗤う。 「こう見えて、高位のペリーシュナイトを扱う者だ。相応といった事だ」 まだ囀るか。 「わたしに壊されたガラクタに、高位も何もあるか! くたばれ!」 叩きつけた一撃で、全身がタコの様に拉げている。右目から後頭部までを剣の腹で潰したのに。出血も異様に少ない。 「苔生した書生殿の傘下に収まるとはな、意外と言えば意外か」 「ペリーシュ様がかつての神を超越したならば、賛美歌の為の伴奏が必要だ!」 烏の弾丸が鍵盤の一部を狙い澄ます。怪人は異様な角度に身体を捻った事で、掠めるに留まる。 「(壊せない事もない、かね)」 烏の思索の次。チコーリアの黒き魔術が敵を刺す。 「その魂も音も『黒い太陽』に捧げるというのなら、それは楽団に対する裏切りなのだ」 「音は紳士やご婦人方のためにあるべきだ。指揮者様に捧げてどうするのか。捧げるならば聴衆の為だ! Finch? c'? vita c'? speranza!」 日本語で『生きていれば何とかなる』。イタリア出身のチコーリアは直ぐに意味を解釈する。死体使いがこれをいうのか。 かくして、戦いは続く。 一斉攻撃を受け続けても敵のピアノの音色は止まらない。 皮膚が破け、内臓を露出させる程まで追い込む一方、雑霊弾や骨の秘術が強力過ぎる。リベリスタ達の消耗もピークに達していた。 残り時間5分を下った時、ここで烏の狙いが成就する。弾丸が幽霊鍵盤のEのコードを跳ね上げる。 「効果があれば儲けものだが、さてどうだ?」 また、あばたの弾丸が、敵の親指を千切飛ばす。 「ゴハッ、ごぼぼぼ! ガッ!」 ただのこれだけの事で、敵に何が起こったのか。 たちまち、出血が異様に乏しかった怪人の口に赤い線が垂れ、次には噴水の如くに喀血した。 夏栖斗が間髪入れず、連続の関節技で四肢を粉々にして、羽交い締めの格好となる。 「快!」 「ああ」 快が携える短刀から、光が伸びる。 「決め時ね。使えないと格好悪いかしら?」 一方、シュスタイナがフランシスカへ。力を供給する。 全力の供給は、ここにいてシュスタイナが発揮できる最大限の回復量が下る。 「決めてくる!」 受けたフランシスカは飛翔する。 怪人の最期の抵抗か。再び不滅の加護を纏い、フランシスカに対して骨の秘術が放たれる。 「フランシスカさん」 光介の癒やしの術式が、傷を即座に塞ぐ。 「この世界に神(ミラーミス)はいない!」 「気狂いめ!」 突き出てきた骨も辞さず、鉄の味の液体を飲み込み、風車の如き剣で薙ぐと同時に、夏栖斗が離脱する。敵の身体を中空へ吹き飛んでいく。 「やっぱり、クルトさんの演奏の方がずっと素敵なのだ」 チコーリアの黒き鎖が、怪人の身体を宙に固定する。 固定した所で、あばたの弾丸が敵の加護を貫いた。 「Amore e morte.どちらもお前には与えられなかったものだ。せめてmorteだけでも食らえ」 英国土産の、静かなる死を意味する弾丸は文字通り死を下すか。 控えているのは、快の太刀。 「エクス――カリバァァァァァッ!」 黒き線と黒き鎖の上を、クロスイージスの白い光が縦一文字に走る。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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