● 「八つ当たりじゃないの。冗談じゃないわ……っ」 憤慨した『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は机の上に慌ただしく資料を広げ、「ウィルモフ・ペリーシュ!」とハッキリと告げた。相も変わらず幼さを感じさせるかんばせには俄かに焦りの色が滲んでいる。大部分は怒りを感じさせるが。 「バロックナイツの第一位。ウィルモフ・ペリーシュはご存じ? 稀代の魔術師と言っても良いわよね。簡単にいえば、趣味の悪いアーティファクトクリエイターだけど」 その『趣味の悪いアーティファクトクリエイター』が世恋曰く、最高に趣味の悪い作品を携えて本拠地である欧州からこの極東の地、日本にやってきたのだと言う。 趣味の悪い作品――『聖杯<ブラック・サン>』の効果が解らなかったのは先の戦いまでの話しだ。一度でも見えた相手である以上、その効果は推測であれどある種の形として成り立っている。 「聖杯は個体に対して途轍もない力を発揮すると同時に、大量に周囲の人間を殺す殺戮兵器として成り立つ事も出来る。彼の様な人間が手にしてると思うと、ぞっとしないわね」 肩を竦めた世恋は「それだけじゃないわ」と言葉を続ける。聖杯は殺戮兵器である以上に、願望機としての部分が大きい様にも感じられたのだ。 「聖杯の使用後、彼は現れた液体を飲み干したのだそうだわ。 願望を叶えるためには、何らかの犠牲が必要……とはよく言う話しでしょう? 代償なしに成り立つものですか」 何だって、代償が必要だ、と桃色の眸に強い色を灯した世恋が唇を尖らせた。 ペリーシュという稀代の魔術師が『代償』を支払うとは思えない。その様なナンセンスな行為を彼がとるとは俄かに考え難く――同時に、『代償』となり得る物が彼の周囲には溢れていたのではないか、という結論に落ち着く。 「他人の命を代償に……なんていうのは良くある話。 新潟での一件は、彼の願いを効率よく叶える為の命(ようぶん)の摂取に他ならなかったと考えられるでしょうね。恐らくは魔力の補填。そして、それを行うことで、魔術師は何かを創造した」 神秘的な事を直接的には解らないけれど、と続けた世恋はそこまで言って一度、唇を引き結ぶ。安寧の地たるアークに居るフォーチュナが不安そうな表情を見せるのはこの三高平に危機が訪れんとしているからであろう。 「彼が作り上げた『天空の城』。……皆も空を見れば直ぐに分かると思うわ。あんなもの、昨日までの綺麗な空にはなかったもの」 万華鏡の探査で気付いたのは、その城の防護壁の強さ。通常兵器では受け付けない事が分かっている。何より、城には巨大な砲台が存在し、アーク本部を狙っているとなれば、放置する事も出来ない。 「ここには『神威』があるから、城の防壁へと一時的に障害を与え、そのまま潜入行動と取る。 ある意味で、彼が三高平に攻めてきたのは不幸中の幸いよね。『ここ』なら狙えるもの――」 防壁を撃ち込み、内部へと潜入することで、彼の城を崩壊させる。 ペリーシュを聖戦対象とした『ヴァチカン』をはじめとした協力者が多数、三高平に集結している。 それこそが、勝機となる一撃。その為には彼が存在する『塔』に向かう為に、城を攻略していく事が必要となる。 「いい? 皆には城に存在するペリーシュ・ナイトの対応をお願いするわね。 前へ進む為に、目の前の壁を壊さなくては、何も見えないものね。悪夢を晴らす事が出来るのはリベリスタだけよ。オネイロスが齎す悪い夢なんて醒ましてしまいましょう?」 ● 予期せぬ客人を招き入れるかのように無機質な山羊は骸骨を連れて草原に立つ。 春の野を感じさせるその場所へ、一歩踏み込んだリベリスタの身体を欹てたのは目の前の悪意の塊が作り出した『存在』が為か。 果たして、塔の主をオネイロスと呼ぶ事が出来るのか。 悪夢を作り出す悪意の塊が為す事を打ち破る事が出来るのはリベリスタであるのだと、無機質な瞳が語っている様にも思えた。同じニュクスの子なれば、モロスが似合うのではないかと冗句交じりで語り合ったリベリスタは恐怖を振り払う様に銃口を向ける。 「―――没問題」 異国の言葉に感じさせる頼もしさは歴戦の戦士としてのものだろう。 塔の主を聖戦対象と認定したヴァチカンに続き、協力を要請してきたこの梁山泊のリベリスタとて、アークとの協力体制をとった事が無いわけではない。 不安を滲ませながらも、気丈な言葉を発した彼女は長い髪を揺らし、無機質な存在の許へと飛び込んだ。 「――――」 おやすみなさい、と。異国の言葉が耳朶を伝う。 ――獣の形をとった夢は、悪夢に誘う様に手招きをしていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年12月22日(月)22:15 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 春の野を感じさせる草原に立った『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)は、眼下に望む景色を眺め、頬を掻く。三高平の上空に位置するこの場所は、眼前に塔を、足元に親しみ深い街を見る事の出来る絶景スポットだ。 「天空の城……ってなぁ、なんつーか、イメージ狂うよな……」 困った様に柳眉を寄せた涼に『尽きせぬ祈り』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は「相変わらず何でもアリだよね……」と困った様に肩を竦めた。 「空飛ぶ城って、子供が好きそうなファンタジー染みてるなあ。……子供じゃないんだから」 赤茶色の眸を細めた『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)が曖昧に笑みを浮かべる。前髪をしっかりと分けたヘアピンは彼のトレードマークとして馴染んできたのだろう。纏う外套が柔らかな冬の風に揺らされる。 「子供っぽいけど、子供って言い切れないよね。 こんなほのぼのする風景に『ろくでもない』物を配置するんだから……捻くれまくってるんだろうね」 思わず吐いた毒は『NonStarter』メイ・リィ・ルゥ(BNE003539)の本音からくるものだった。 柔らかな風は冬のものであれど、見渡す限りの草原は春の気配を感じさせた。この場所には庭園だけではない、様々なフロアが用意されているのだとメイはブリーフィングでの情報で知って居た。変わりないのは中央に顕現する塔が『不気味』その物だと言う事だけだ。 「……塔は正しく『第一位』って感じなんだけど」 「ウィルモフ・ペリーシュね。個人ではボトム最強の一線級。天才的なアーティファクトクリエイター。 不幸のプレゼンテーターだからこそ、傲慢かつ顕示欲が強い。それゆえに過信と慢心が過ぎてるね」 淡々と洞察する四条・理央(BNE000319)の言葉には、確かな自信があふれていた。歪夜の使徒との交戦は何度目になるだろうか。強敵を打ち破ってきたからには、彼女達の頭には確かな『経験則』が存在していたのだろう。 「これじゃ、無貌の神と同じ過ちを犯してる様なモノだよね。……いや、アークの力をしっかり測った分、彼女の方が慢心は少なかったかもしれない」 特異点たる閉じない穴を狙った、あの星辰の夜を思い出し、理央は眼鏡の奥で瞬いた。卓越した魔術の知識の前ではこの場所さえも畏るるに足らずとでも言うのだろうか。 機械仕掛けを思わす様な骸骨が顔を出す。春の野に似つかわしくない山羊は理央の想いを見透かすかのように不気味に長い舌を曝け出した。 「可怕的……」 「『怖れさせるもの』だものね」 一歩、怯えた様に足を竦めた梁山泊の女は手にした蛇腹剣の柄をぎゅ、と握りしめる。瑞英と呼ばれる彼女の隣で、対象的に怯えた様子もなく爛々と紅い瞳を輝かせた『骸』黄桜 魅零(BNE003845)は幸福そうに笑みを浮かべた。 「いざ、悪夢を晴らしに参らん」 朗々と語り上げた魅零が握りしめる大業物。機械の少女は身体から貫き通った骨の尻尾を揺らし剣を振るい上げる。 「一夜限りの夢で終わらすために――」 ● 地面を蹴って浮かびあがったメイが和歌集・写本を手に前線をのろのろと移動する骸骨へと視線を送る。 優しくない世界に、希望も夢も使命も何もなく、目先の事だけを考える――その眼先に存在する『強敵』がこの上なく、己を脅かすのであればその力を振るう事を目的として置き換える。 「鯨魚取――」 万葉集に書かれた和歌を読み上げるメイの背後から暁色の刃を揺らめかせた義衛郎が飛び出した。コート代わりに使った外套を揺らせば、彼に付き添う様に梁山泊のリベリスタが前線へと飛び出していく。 「先ずは骨髄メントールを」 「明白了」 端的に返した女剣士は切っ先を骸骨へと向ける。背後で気味の悪い笑みを漏らす山羊へと視線を向けていた中国大陸の戦士は後衛に位置するアリステアのサポートに入る様に一歩、後方へと下がった。 魔力杖でとん、と地面を叩き天使の翼を揺らしたアリステアは『悪夢』を体現する山羊を視界に収めて唇を噛み締める。前線へと飛び出すタイミングを伺う涼の後ろ姿は何故だか遠く感じ、彼女は小さく首を振った。 「普通に毎日を過ごしたい……。私の願いはこれだけなのに――」 大切な人と、何でもない日々をこれからも過ごす為。只、ソレだけを願っていたのにそれがどうしても遠い。 泣き言は言っては居られないと飲み込んだ。ゆっくりと浮かび上がった彼女の目が追いかけるのは骨髄メントールの個体の変化。アタッカーを務める個体と回復役を務める個体其々の役割がある以上、彼女は良く分かっている。 「『基本は回復手から落とす』……だよね」 己にブーメランで帰ってくる言葉であっても、アリステアは律する様に意志を固める。前線へと飛び出し、恍惚に笑みを浮かべた魅零はポペートールの昏が操る草木を警戒し、極小のディメンションホールを呼び出した。 機械仕掛けの存在へと与えた異界の疫病は草木をも敵と認識し焼き払えと魅零は念じる。流れる黒髪を掠めたポペートールの一撃に鉄心で堪えんとする彼女が唇で弧を描く。 「感じさせてよ、エクスタシー☆」 悪夢を作り出す悪意の塊たる塔の主を見据えたまま、魅零は「存分に畏れさせてよ!」と恍惚にそのかんばせを染めて行く。 高鳴りを感じるのは、目の前に存在する恐怖から得た『興奮剤』。畏れ慄けと言わんばかりの山羊の動きに、魅零は「Wow」と小さく声を漏らしてくすくすと笑って見せた。 「恐怖を与えるか。天空の城はもっとファンタジー的な存在で、こういう場所はもっとファンシーとかさ……いや、まぁ、良いんだけどさ。 現実ってのは往々にして厳しい、ってのがよく分かる。逆境に立っちゃ、男は『燃え』ずにはいられないな」 レイヴンウィングの裾から出た二つの仕掛け暗器が前線に立つメントールへと狙いを定める。地面を踏みしめた涼が踏むステップはかの英国を震撼させた伝説的殺人鬼の名を冠する技。 流れる様な動作で攻撃を繰り広げる涼の背後で、メイを庇う様にしっかりと地に足を付けた理央は目を凝らす。 「このままメントールをみたかだいらしに叩き落としたいけど、そう上手く運ばないよね」 「落下したらそのまま誰かとぶつかっちゃったりしちゃいそうですしね」 くすくすと余裕気に笑みを漏らした義衛郎は刃を手に、持ち前のバランス感覚を発揮する。安定的な火力を持っていたとしても、彼が与えた攻撃は耐久力の高いメントールには微量のダメージ加算となって行く。 観察しながらも極力の攻撃が出来る様にと周辺へと放った閃光は、神へ対する逆賊であろうとも、確かな神聖なる裁きを与えた様に感じさせる。 「『当てる』だけなら、簡単に負けるつもりはないよ? ソレだけがボクの取り柄だから」 唇を吊り上げて笑った彼女の言葉に魅零も「キシシ」と小さく笑みを浮かべる。目の前の機械は骨を断つことが出来れば、肉は無い。だが、確かに機械仕掛けの身体には臓器とも言える神秘の術が施されている筈なのだから――故に、殺せない筈がない。 「悪夢も美味しく頂けちゃう! 怖いのと楽しいのが半半。こう来なくっちゃ、生きてるのが実感できない! 痛みも、恐怖も、何だって生きている事が実感できる唯一の至福――さあさあさあ、神サマだろうが、何だろうが」 唇が吊りあがる。大業物を振り上げて、張りつく様に動いた魅零は呪いを帯びた剣の先を骸骨へと突きつけた。 「天国、イかせてアゲちゃうよん☆」 「空の上だもの、ここが天国になっちゃったりして」 くす、と笑みを浮かべたアリステアが跳弾を受ける仲間達を癒しながらスカートをひらりと揺らす。こどもから少女へと転換した彼女の唇が僅かに震え、柔らかに微笑んだ。 支援を行う梁山泊の回復や維持に気を付けながらアリステアは己を見据える山羊をしかと見つめる。 「いつもと一緒、持ってる力を精一杯に使うだけ――それに、角砂糖が一包み」 ――傍に居るだけで、いつもの何倍も頑張れる。そんな暖かな気持ちをくれる貴方が居るから。 アリステアの気持ちは言わずとも感じられる。黒いコートをまるで鴉の羽の様に動かした涼が不安定な地面を駆ける。コートの端から伸びるスレイプニールの鎖はから感じられる魔力に目を細め、身体を捻り上げた。 切り裂く一撃に、彼の手がもう一撃を狙って伸び上がる。二度の攻撃は避ける事を得意としない彼の特化した能力。切り裂くままに、その腕はもう一撃と狙い放たれて行く。 庇い手たる理央が悪夢の昏の能力から仲間を護る様にと、慢心を許さずとジャベリンと盾を手に、背後のメイを庇わんと受けとめる。攻撃を行う威力が半減しても2度当てれば問題は無い。涼は其れさえも超越した様に唇を歪めて、笑った。 「悪の親玉がいるってのはファンタジー的には王道だろ? 主人公としちゃ外せない。 ――これは前哨戦だ。きっちりカタつけて先に進ませてもらおうかねぇ」 ● 庇う様に布陣した骨髄メントールを相手取った梁山泊。数で言えばリベリスタ側が勝るが、それ以上に回復手の多さが厄介きわまりないのだろう。二体存在する悪夢の昏からの攻撃全てからメイを庇うという理央の思惑は手数を減らし、継続的な戦闘を求める事になった。 しかし、それでもメインアタッカー足り得る火力のメイを庇う事が重要なのだと傷つく身体を庇う様に理央は盾を前面へと差し出した。 「戦況を如何に左右するか――それなら、私は役立つ場所で、最大の力を発揮するだけ」 淡々とその言葉を言い切った理央にメイは小さく頷いた。攻撃を最大限に与えて行く。動きを阻害する事が何よりも悪夢を乗り越える突破口になるのだから。 「ボクが出来るなら、してみせる。『優しい』だけじゃ何もできないから――」 広まる閃光に悪夢の昏が目を伏せる。その山羊を思わすフォルムが悪夢の象徴なのだとしたら、目覚めの光りを与える様に、彼女は声を張り上げた。 「――『優しさ』はどこにある?」 唇が釣り上がる。全てを切り刻む様に、回復手が誰なのかを指示するアリステアの声に従って、魅零の眸が反射した宝石の色を彼女は綺麗だと褒め称えることはない。 武器を手にした彼女は足を止める事無く、只、その身には大き過ぎる刃を振り下ろした。 「切り込み隊長! 黄桜はっしーん☆」 重ねられた攻撃が少女の柔肌を貫こうとも彼女は気を止める事は無い。圧倒的な命中力を以って与えられた攻撃であれど、そのダメージがどれだけ彼女の身を傷つけようと、魅零は笑みを崩さないままだった。 頬を撫でた髪が、柔らかな春を思わす空間を崩していく自分を思わせる。平和が、崩れ去る様子がその視界に収められて魅零は一人毒づいた。 「どれだけ傷ついて、戦っても、戦乱の終わりが見えない。黄桜が生きていると思うのはこの痛みや恐怖。 それでも『そうならない』世界が欲しくて手を伸ばす事は悪い事じゃないでしょ? こんなの、それこそ悪夢だよ」 吐き出す言葉は、諦めにも似た哀愁が感じられる。魅零の言葉に耳を傾けながら、前線で骨髄メントールを切り裂いた義衛郎が梁山泊へと視線を送る。半数が背後からの支援を、半数が前線での対応を行うこの戦場で、彼が求めたのは数が減った骨髄を堰き止めアタッカーを悪夢の昏へと運んでくれと言うオーダー。 「なるほど、我々はこの気味の悪い骨を食い止めれば?」 「勿論です、頼りにしていますよ、瑞英さん」 小さく笑みを浮かべた梁山泊の女リーダーは己の部下へと指示を送る。蛇腹剣を使い、進軍ルートへ近寄らせんと弾き飛ばすその一撃を受け、合間を掻い潜る様に涼が飛び出していく。 足場の不安定さから、三高平へとまっさかさまに落ちる不安を常に抱えた義衛郎が、弾き飛ばされた衝撃を和らげるために刃を地面へと突き刺し、身体を反転させる。 至近距離で見据えた悪意の塊が、涼の身体を貫いた。「あ、」と声を漏らすアリステアが施す術が、彼の身体を前へ前へと進ませる。 両手を組み合わせ、「危ない事をしないで」と吐き出しそうになる声を飲みこめば、その意志を感じとった様に魅零が前へと飛び込んだ。 「ねぇ、オネイロス。夢は所詮、夢かもしれないね?」 この場所で戦い、リベリスタに勝利する『夢』。それはリベリスタ側からすれば悪夢でしかないが、現実ではないと彼女は唇を吊り上げる。 余裕をも感じさせる其の笑みに、数の減りつつある骨髄からターゲットを変更したリベリスタ達が『当て』れど『避ける』事を得意としない悪夢の昏の身体を蝕んでいく。 流石はペリーシュ・ナイト。並みの存在よりも卓越した能力を所有するウィルモフ・ペリーシュの玩具は、天空城に何人足りと寄せ付けんとその真価を発揮し続ける。膝をついた涼が両腕に力を入れ、唇に薄らと笑みを浮かべる。 「はは、カッコつけたい相手がいる前で寝転んでるわけにはいかないだろ?」 頬が切れ流れだした血を拭う。癒しという最大級の防御を行うアリステアの眸が不安を宿して揺れ動く事を涼は嫌と言うほどに分かって居た。 だからこそ、この場で倒れてやるものかと両の手に力を込めた。支援する様に力を込めた梁山泊へと魅零が小さくウィンクし、彼女の持ち得る最大限の力をその場に顕現させていく。 「悪夢なんて覚めちゃいなよ? そんなことよりもっと気持ちいいことがあるんだから」 運命を消費して、傷つきながらもメイを庇う事に尽力する理央が唇を噛み締める。 何よりも後方から狙いを定め、その行動を阻害し続けた悪夢の昏による攻撃が彼女に届く事を避けたいと、その一心で庇い続ける彼女とて十全に攻撃を避けられる訳ではない。 大丈夫、と背後から声をかけたアリステアの癒しも間に合わず膝を振るわせた彼女は、「この場を保つには一番なのよ」と伊達眼鏡の奥で眸を細めた。 恐怖した『神話』の神との戦闘が、この場を乗り切るために戦う『リベリスタ』足り得る為の別の道を開花させたのだと理央は認識していた。だからこそ、ラトニャ・ル・テップを打ち破らんと標的に定めていた黒い太陽を乗り越えねばならぬと彼女は実感していたのだろう。 またも行動を阻害せんと悪夢を庇わんとする骨髄の存在がどうしても目を引いた。衝撃波を吐き出した攻撃が、魅零や義衛郎に掠めるが、彼女達はその傷を直ぐに癒すアリステアの存在を知って居た。 「成程――中々に堅い感触で驚きました」 その感想は悪夢の昏へと刃を突き刺した事からくるのだろう。義衛郎の声にぎぎ、と鈍い音を漏らしたペリーシュ・ナイトの動きが止まる。 背後で乱戦状態を作った瑞英が「アーク」と鋭い声で呼び、頷く涼が義衛郎が刃を突き刺したその上から光りとともに残像を展開する。 「――不吉を撒く、か。まァ、外れた時にヤバいからギャンブル、てのは面白いんだ。 それに、ま、外れる事を考えてギャンブルするなんてないしな」 くつくつと笑う。ルーレットの女神の微笑みを求める様に、不吉さえも押し切らんとする彼は『最後の手』を叩きつけて行く。 「所謂、ダブルアップだ」 賭けに勝つのは此方だと、涼の言葉は告げている。宵闇の騎士たる魅零は防御にも攻撃にも特化した己の身を振りしぼり前線へと飛び込んでいく。 その刃の行き先は唯一――悪夢を見せる気味の悪い『悪魔』へと。鮮やかな赤い瞳は恐怖にひきつる事もなく、楽しげに細められた。 「もっともっと、『生きる』実感を頂戴――さあさあさあ! 貴方は感じる? この快感を!」 切り裂いた切っ先の向こう側、黒い悪夢の山羊の向こう側の景色が見える。 その塔を確認し、振り仰いだ義衛郎が落とす雷が回復手を失った骨髄メントールを襲い、着実に攻撃を重ねて行く。 庇う事から離れた理央がふらつきながらも放った一撃が骨髄メントールの頭を掠め、倒れさせる。骨の身体を踏みしめて、魅零が跳び上がったその先で、腕を振り下ろさんとした骨髄メントールをも焼き払いメイが小さく笑みを浮かべた。 「とにかく、無事に帰らないと。死んだら聖杯の栄養になっちゃうんだから――」 唇を尖らせたメイの言葉に柔らかに笑みを浮かべたアリステアが「頑張ろうね」とリベリスタ達へと声を掛ける。 アークのリベリスタが犠牲になる前に、何よりも身体を張った梁山泊は満身創痍ながらも問題ないと笑みを浮かべる。瑞英の淡い紫の眸は目の前の『悪意』を見据え、残るはあいつだけだと指差した。 「斬った感覚さえ無機質ならこの手に残るのはなんでしょうね?」 「悪夢(ナイトメア)を断罪するなんてな――神が与えた特権の様じゃないか」 義衛郎の言葉に、涼が小さく笑みを零す。余裕を浮かべたのは、何よりも、この場の勝機を見出したから。 「だいじょうぶ、もうすこしだから――」 両指を組み合わせアリステアが眸を伏せる。翼を広げた彼女の癒しを受け、前線へと飛び込んだリベリスタ達は互いに最後の目標をその場所に定めていた。 仰ぎみれば、悪意の塊がそこにある。瞬いて、眼下に見下ろす街の喧騒に涼は小さく息を吐いた。 「おやすみなさい、それから、おはよう?」 覚めない夢は無いのだと、少女は言う。だからこそ、彼女は巨大な剣を振りおろし、滑稽な人形(マリオネット)を永い眠りへと誘った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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