● 「ウィルモフ・ペリーシュ」 万華鏡の姫君ははっきりとその言葉を告げた。世界最悪とも呼ばれた稀代の魔術師の魔の手はこの極東日本へと侵食してきている。無論、それは先の戦いで新潟へと未曾有の大災害を齎された事からも解る事だ。 「バロックナイツの第一位の彼の悲願を達成させなかったのはアークだけど。 意趣返しなんてされても堪ったもんじゃない。ラトニャ・ル・テップを打ち破ったのは結果論だし、標的とされるのも納得しかねる話だね」 色違いの眸に不満と、不安を乗せる彼女は集まったリベリスタを見回した。 新潟を中心とした戦いで、アークが得た一つの結論は彼の『聖杯』に関する事だ。 「人には二種類の人が居るんだね。救う人と、巣食う人。 結論から言えばウィルモフは後者だった。彼ほどの魔術師になれば私たちなんて」 人間ではなく資源でしかないのかもしれないと瞬いた。 言葉から感じる冷たさは彼女が緊張しているからに過ぎない。慌ただしさに翻弄されながらも、アーク本部から出れば見えるその強大な存在に戦う力を持たない彼女は怯える事しか出来ないのだろう。 「願望機は代償を伴う。その願いが強大であれば強大であるほどに効率は低下していく。 願いをかなえるために必要になったのは、膨大な魔力――だからこそ、」 「だからこそ、人が死んだ」 頷いた欧州人の青年は言葉を探す様に、もう一度「命を奪った」と繋げる。 聖杯を使用する為の養分として必要な己の魔力を、他者の命を変換することで賄ったのだろう。彼の養分となったのが壊滅的被害を齎された新潟の地。その事実だけでも体を震わせた少女は真摯な眸をリベリスタへと向けた。 「空を、見て」 浮かぶ城はその魔力で創造された代物だ。防護壁を有し、侵入することも難しいとなれば攻略が容易でない事も想像に安い。――しかし、アークには過去、異界の神なる存在を、『R-type』をも押し返した神威が存在している。 「その為にアークが壊滅するのは避けたい。でも、敵は空に浮かぶ城だけじゃない。 ウィルモフの性格を一言で表すなら、嫌な奴だと思う。此方の恐怖心を煽ってから畳みかけるつもり。彼を支援する為に街に存在する敵陣だって、此方の被害を増加させる為だと言っても過言ではない筈だよ。 ……一般人の避難はアークの職員が総力を尽くしてる、だけど」 街を蔓延る彼の奉仕者や彼が生み出したエリューションやアザーバイドの数は多く、被害も増え続けている。港に見えた影が、更なる災厄の種である事を未来視の少女はよく知って居た。 「だから、海へ」 ● 空に落とされた影は、まるで神様が瞬きした様だと茫と感じた。 「海に、早く」 青春のワンシーンかの如く、手招きをした『槿花』桜庭 蒐 (nBNE000252) の機械の眸には不安の色が宿されている。漣が連れてきた不安のいろは蒐のみが感じたものではないだろう。 「――……うわ」 肩を竦めた欧州人の男は震える手でスティレットを握りしめる。三高平の空を覆った影は、刹那の瞬きではない。彼らに言わせれば神等という高尚な存在でもないだろう。 「神を越えたい、ねぇ……」 呟いた言葉の意味を、この場で問う者は居ない。否、愚問だと知って居るのだろう。 神とは何ぞや。 敬虔なる聖職者に問い掛ければ救世主と答えるであろうその問いをリベリスタは答える事が出来るだろうか。 ラトニャ・ル・テップたる異界の神と相対したその時に感じた恐怖は、正しく神とは何ぞやとの答えに値するものだったのかもしれない。しかし、目の前に存在するのは『神様』でもなく、生きとし生ける人間なのだ。 「よく言うけどさぁ、カミサマなんかより人間のが恐ろしいって。正しく、その通りだよな」 トンファーを握りしめた少年は唇を震わせた。極東のこの地に訪れた『彼』は悪意の塊と言っても過言ではないだろう。 「ここを護りきれなかったら? それも、愚問だろ」 からからと笑った少年が振り仰ぐ。スティレットを手にした青年は「アーク」と、か細い声で呼んだ。 「失う前に、いこうか――」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年12月21日(日)22:08 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 深淵を思わせる影に、あっと息を飲んだのは誰だっただろうか。 「滅ぼすか、生かすか」 忙しなく感じる時の流れすらも、今は停滞しているかのように思えた。神の瞬きの間に、落とされた絶望は一滴。そんな悠久すらも打ち破る様に『真夜中の太陽』霧島 俊介(BNE000082)は『誰か』が誰かを護るために一振りしたその刃をしかと握りしめる。 「俺は、生かす」 確かめる様に告げたその言葉の意味を、真摯に受けとめた『コニファー・スノウライト』ヴィグリーノ・デ・ルースト(BNE004906)が浮かべる笑みは未だ、淡い。切りそろえた銀の髪を揺らした彼女は赤黒い輝きを持つ鎖をその掌で確かめるように握りしめ息を吐く。 初陣たるこの場所は、どうしても緊張を覚える様で。彼女の背後に立った欧州の青年の表情もヴィグリーノと同じ、不安を感じさせる。 「神(ディーオ)」 彼女の得意とする人工言語に瞬いた『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)が「ステラ・マリスですか……」と遠巻きに見える白い聖母へと視線を送る。太陽を導く明けの明星。美しい聖母にはとても思えないその風貌へと視線を向けてアラストールは目を伏せる。 アラストールは名付け親を知らない。黒き太陽の冗句であるのか、彼を慕う奉仕者達の用意した異界の者なのかもしれない。 「聖母、星……採取するのみの斯様に濁った太陽を導く星はお断りしたいですね」 「導くのは私達の仕事ですもの。この前は恐竜対峙、今度は海で聖母退治ですのね? 発端が同じ事件とはとても思えない――愛らしくも何ともありませんけれど、敵が迫ってきてるんですものね」 カルディアを手に前を見据える『残念系没落貴族』綾小路 姫華(BNE004949)は自信を満ち溢れさせる紅い眸を煌々と輝かせる。 彼女の言葉に小さく頷く『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)の視線の先で揺れ動く『聖母』は不吉の象徴の様に思え、彼は頬を掻いた。その掌によく馴染んだ三徳極皇帝騎の切っ先は明け暮れに似た空を思わせる。瞬きを落とした空の色とは違う、彼が望む未来の色か。 「三高平の港は、思い出すね。前も海から攻めてきた連中を追いかえしたなあ……」 しみじみと感慨深そうに告げる義衛郎の額を飾った3S。垣間見えた何かの意味を探す様に彼が身に付けたヘアピンは霞んで見えた『本物の太陽』の光りを跳ね返す。 彼らの頬を掠めた風の生温かさは十二月の寒気とは程遠く、気味の悪さを感じさせた。 風に煽られて『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)の首で弾丸が揺れている。彼女の手にした魔銃が、普段より重く感じたのはこの場所ではなく空を覆った影の所為だろうか。それでも悠然とした態度を崩さぬのは傍らに存在する『友』を不安がらせる事が無い様にと気丈であれと己を叱咤するからか。 「スワヴォミル、良く来たな。いいねいいねぇ~、白い鎧盾の活動を見れる日が来るとはねぇ~……感慨深いわ」 頷きながらも愛用の鋼の鎧に身を包んだ『桐鳳凰』ツァイン・ウォーレス(BNE001520)が頷き、笑みを浮かべる。 彼の言葉に思わず身体を強張らせた援軍たるポーランドのリベリスタ組織、白い鎧盾の青年はツァインや杏樹へと視線を向け、何処かぎこちなく笑みを浮かべた。彼の所属する組織を『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)は知っている。日本へと恐慌を齎した混沌事件、『楽団』との対戦で戦った事がカルラには遠い日の出来ごとの様に思えて仕方がない。 「……後ろを任せるには十分な頼もしさだ。つまり、今日は前だけ見ればいいってことだな!」 「――ま、任せろよ。アーク。俺が手伝うんだぜ? 大船に乗ったつもりで、どーんと!」 胸を張った彼が可笑しくなってか、杏樹が「ヴォミル」と彼を呼ぶ。不安を宿す瞳を覗きこんで彼女は頭をぽん、と撫でた。 「あれだけ怖がっていたのに、ここにきた。それだけで心強い」 力強く励ます様に。杏樹の仕草に頬を赤らめて唇を尖らせたスワヴォミルが「当たり前だろ」と小さく呟いた。 ● モノクルの向こう側に見据えた世界の色をヴィグリーノはどう感じた事だろうか。仲間達に与えた翼。用意されたボートを指差す『槿花』桜庭 蒐 (nBNE000252) は小さく頷いてトンファーを握りしめる。 とん、と海面へと爪先を乗せ、刃を向けた義衛郎が大きく刃を振るう。ふわりと漂う精霊へと落ちる雷に小さく響く唸り声が耳に着く。 水面を蹴る様に走る姫華の背を飾った翼が麗しい。カルディアの切っ先が敵と認識したのは触手を伸ばすステラ・マリス、只、それだけだと信じるかのように。ふわり、と揺れた銀の髪が彼女の動きに合わせて上下する。 「街を、アークを、ひいては日本や世界を護るため、まずは――」 唇に浮かんだ笑みの意味を彼女は意外は、ましてやステラ・マリスが知る由もない。焔を纏い、噴火の勢いで叩きつけた精霊が奇怪な声を漏らすのを耳にしながら彼女が身体を捻れば、周囲を焼き払う聖なる焔が広まっていく。 ふわりと浮かび上がった俊介が切っ先を向けた先には物言わぬ聖女が存在している。伸びあがった腕すらも払いのけるように広まる聖なる気配は彼が手にした大魔道の力も伴い強大な威力を齎した。 「おい。いと優しき神の御母。穢れなき乙女が命を喰らうなんざ笑えねぇっつの!」 毒吐く様に吐き出して。『神嫌い』の俊介が唇の端から牙を零す。俊介の傍らで女神の加護を得た杏樹が引き金へと指を添え、ステラ・マリスを――神の母たる存在へと視線を向ける。敬虔にして不敬たる修道女は夕陽を思わす眸を細め、「ヴォミル」と小さく呼んだ。 「無理はしないで欲しい。ここで命を落として笑うのは黒い太陽、只、一人だ。 マウゴジャータも心配してるだろう? 死んだ所でなにも良い事は無い。明日を笑って迎えるためにも」 この場所は不可侵だと杏樹は告げる様に銃口を定める。任せろと頷くスワヴォミルの言葉に反応するように地面を踏みしめたカルラは長く伸びた髪を揺らし海上を踏みしめた。 「今日は前だけ見れば良いってことだな! こんな所で手間取ってられるほど暇じゃねーだろ、みんな」 手にしたテスタロッサ。彼の眸がしっかりと見遣ったのはステラ・マリスの能力の詳細だ。巨体である彼女を押し留めるのは苦難であろうと判断したのは歴戦の戦士たる彼らの経験則なのだろう。見極めるにはカルラの観察眼は適している。 見遣る彼の拳が蠢く精霊を殴り付け、浮かびあがるその肢体そのものを海の上へと叩きつけて行く。雫が大きく立ち、水上を上手く立ち回る彼の背後から蒐が蹴撃を放てば、浮かびあがったその存在がゆらりと蠢いた。 ブロードソードを手に、攻勢に出るカルラを目にしたツァインがやる気を満ち溢れさせた。 「よし、気合は十分みたいだなスワヴォミル、だけど役目を果たすのと犬死は違う。履き違えんなよ?」 「勿論だ――背中は任せてくれ」 にぃ、と唇を吊り上げたツァインが翼を背に宙を舞う。精霊を標的に盾を使い、押し切らんとする彼の背を支援する様に周辺を見極めるヴィグリーノは計算領域を高めながら聖母たるアザーバイドを探究する様に眸を細める。 「神を超える為に人としての何もかもを踏み越えるのはさぞ、楽しい事でしょうね。 それは何より純粋に黒(ニーガ)たる行いであり――人智を越えた領域でしょうから」 唇に乗せた余裕は探究心を擽られたヴィグリーノならではなのだろうか。手にした鎖の重さを確かめる様にヴェールを揺らした彼女は宙を蹴る。 「何ひとつ喪わない事の尊さと、私達の『運命』を魅せて差し上げますわ」 ● 手にした祈りは鞘と剣。己の存在意義だとアラストールは認識しているのだろう。長く伸ばした紫苑の髪がやけに生温い潮風に捲くられる。 神の瞬きの一瞬――それは人間にとっては長い時間だと、美しい騎士は嫌と言うほどに理解していた。己が剣が出来得るのならば、と願うのは、 「我が言の葉は届くか、アザーバイド」 淡々と言い詰めるアラストールの与えた加護に勇気づけられる様に攻撃を重ねる鎧盾を「白騎士」と呼んだ言葉に偽りはない。背を預けたのは、アークと言う存在を後押しする存在だと確かに認識していたから。 「私は負けない。我が剣を以って――いや、言葉を以って伝えたい」 怜悧な眸に宿された色を俊介は嫌と言うほどに分かって居た。己の頬を掠めた攻撃に、漏らした舌打ちは降り注ぐ雷撃でその身を焦がす事になったからだろう。 彼の前に立ったスワヴォミルは「シュンスケ、後ろに」と緊張した様にスティレットを握りしめる。へらりと笑った俊介は、「でーじょうぶ」と子供の様に無邪気な笑みを見せた。 落ちた翳りはアラストールが伝えようとした思いが痛いほどに彼の胸を締めつけるからだろう。『生きる』為に『殺す』しかなかったとしても、それは彼の信念を折り続けてきたものだ。堪えられないと唇を噛み締める俊介は己の前で攻撃を弾く青年へと小さく囁いた。 「聖母は元をたどれば、伝承の中では人、なんだよな……?」 「同じ人だと思えば、おぞましささえ無くなるならば」 言葉を紡いだのは、俊介の傍らに居た杏樹。船の縁を蹴った彼女の腕で錆び付いた白がステラ・マリスの落とす雷を弾く。ぐらりと揺れる足場に戸惑うことなく彼女は焔の弾丸を降らせ、瞬いた。 「神は加護を与えるのかもしれない。その神が微笑まないからこのザマであるなら、私が一発殴ってやる」 「OK、杏樹。『カミサマ』なんて嫌いだけど、イイトコ見せてくれんなら、俺が支えてやるから」 頼んだ、と唇に乗せた笑みは信頼の形だろうか。杏樹が前進すれば、彼女の背後から糸が伸びあがる。仲間達を補佐する為に周囲をしかと見据えたヴィグリーノのもの。戦闘を指揮する為に、彼女が身に付けた技法は確かに仲間達を力付けている。 唇を噛み締めた彼女は闇の中で手を伸ばす様に「貴方」と小さく囁いた。空を覆った暗闇を、神の瞬きと呼ぶならば、この場所は何て気まぐれで訪れた終焉なのだろうか、と。 「拾った命を敢えて捨てる事も、拾い上げる為に捨てる事も私は赦しませんわよ。 戦うなら勝つ、勝つなら生き残る。それが道理でございましょう。指差して笑って差し上げれば良いのですわ」 凛とした声は戦場へと響く。彼女の言葉に背を押される様に精霊を薙ぎ倒し、ステラ・マリスへと一目散にかけて行く姫華が前面へとカルディアの切っ先が女神の白を反射して怪しげに光りを灯す。 「この戦いは前哨戦」 唇に寄せた余裕の笑みは、上空を覆った『瞬き』の原因と、背後に感じる三高平の街の喧騒へと向けたものか。 姫華は赤いドレスに付いた水滴を払う様にスカートを持ち上げて、只、真っ直ぐに飛び込んだ。 「まだ、この後には諸悪の根源を叩く必要があるのですから――貴方方も、此処で倒れてる場合じゃありませんわ」 その言葉に、白い鎧盾が小さく頷く。この場のリベリスタの誰もが白い鎧盾の面々を護る事に意味を見出して居た。 ツァインが「スワヴォ!」と呼んだ声に頷き、翼を背に周囲の精霊を掃討するリベリスタ達の動きは統一感を得ている。 只、前だけを見据え駆け抜けるカルラが底冷えする声を発し、その拳に力を込めた。弾幕のスタンプをまるで『殴る』かのように手を突き出した彼の攻撃が周囲へと広まっていく。 鋭い色を灯す眸が細められ、姫華の開いた突破口へと飛び込んだカルラのその手が、ステラ・マリスの肢体へと掠めた。 「――テメェのやりたいことなんざ、ひとつもさせる気はねぇっつの!」 ● 前に出過ぎるなよ、と掛けられた声にツァインと共に前線へと移動した青年が頷いた。俊介を庇う役目を担う鎧盾の面々は何処となく不安を浮かべた様に肩を竦めるが、杏樹は心配ないと小さく笑みを含める。 「こっちにはアークでも随一の癒し手がいるからな」 応じる様に大きく頷いた俊介の与える回復が彼を庇った欧州人を勇気付けて行く。彼が「任せろ」と一声かければ、その言葉だけで彼らは絶対の信頼を寄せてくる。 彼らにとってアークは『英雄』なのだと実感させた。 そんな彼らだからこそ背を向けてまっすぐに走り抜けるとカルラは感じたのだろうか。射手ではなく、その拳を突きつけて、ステラ・マリスの肢体が大きく歪む。ゼロ距離に放たれたソレに続き、叩きつけた姫華の酷く重い一撃に聖母は罅割れた声を上げる。 「我が剣、千の雷に通ず――!」 己の剣を武器にステラ・マリスへと叩きつけたアラストールが傷だらけの身体を引き摺った。触手を切り裂き、絡む其れさえも己の仇にはならぬのだと、傷つく身体を突き動かした。 俊介の回復から外れたアラストールは、死の間際に己が力を強くする。 それは祈りの結果であるように、放たれる攻撃さえも跳ね返すと『守護者』足り得ると自負するかのように。 「ッ――」 ツァインの声に、蒐が顔を上げた。杏樹の指示に従い攻撃を続ける彼が「もう少し」と告げた言葉にカルラの笑みが深くなる。 「止まらねぇなら、止まるまで砕くだけだ!」 アークは躍進し、止まらない。それは白い鎧盾が思い描いた『英雄』の像か。 「スワヴォミル! 身体が竦んだら声を上げろ。勇気を振る立てろ! ――怖かったら私達が全力で支えてやる」 鋭い一声は、杏樹が叩きつけた弾丸と共に訪れる。ずるずると前進する聖母の姿に竦んだ欧州人は彼女の言葉に空を仰ぎ、只、叫ぶ。 振り上げられた触手を受けとめて、アラストールが己の頬に付いた水滴を払いながら空を駆る。 雨の様に宙より降り注ぐ雫は聖母の涙の様にも思えて俊介は刃の切っ先を下ろし、唇を噛み締めた。 「俺等がアンタを『世界の為だ』って殺す前に聞き受けてくれ。W・Pの呪いがあるなら解いてやるから」 どうすればいい、と旧友が如く笑いかける俊介の眸に宿された真摯な色をアラストールは感じとる。目を伏せ、前進するその手にはしっかりと剣が握りしめられたまま。 「戻れるならば幾らでも手を貸しましょう。戻れぬのなら、」 ――それが世界の為なれば。 紫苑の騎士の眸が煌めく。少女とも少年とも取れぬそのかんばせに浮かべられた憂いの色に義衛郎が目を伏せ、宵入りの剣を振るい上げた。 彼の手にする剣は切った感覚をダイレクトに掌へと伝えてくる。正義と酔うのは容易くとも、正義に非ずと己を律するが為のその剣。世界を壊すその要因を倒さねばならぬと、彼はその信条を決めて居ても――『人に非ず』とは果たして。 「焼き海星だな、美味しそうには見えないけど」 雷撃を下す彼の手で精霊の姿が掻き消える。空から降る雷に重なるステラ・マリスの攻撃に怯んだ様に声を上げたヴィグリーノが避ける事の不慣れな己を勇気づける様に声を張り上げる。 「私は命を無駄になんて馬鹿げた事は赦しません。喩え、屍であろうともそうあれと煽った者の頬を張り倒しますわよ」 気丈なその声に、運命を消費しても彼女は只、前へと進む。鋭い雷撃に腕に出来た傷を見詰め血を拭った杏樹が白を立てに、銃を射しこむ様に引き金を引いていく。流れる髪に掠めた攻撃など、彼女は己の背を預けた者が居るからと怯む事は無い。 「俺はアンタを殺せとは言われてない。マリア――頼むよ。その慈悲を俺にも……!」 声を張り上げる。その手に誰も取られぬ様に、聖母の名を持った『人』を殺さぬ様にと俊介は癒し続ける。 聖母は何も答えない。伸ばした腕が食事を求める様に揺れ動く、唇を噛み締めた彼は神を、世界を、神秘を恨む様に、その信念を再び、折った。 後方で支援を行う鎧盾が傷つき更に後衛へと下がれば、義衛郎がその射線を塞ぐように前へと立った。力の補給を得たヴィグリーノが血濡れたヴェールを揺らして唇を吊り上げる。 「――負けませんわ」 その声に、姫華は小さく頷いた。虚ろに動く聖母の姿を傷つけながら、一直線に飛び込んだ彼女の正義の使者として、槍を向ける。 「貴女の歴史に、姫華の名前を刻んで差し上げますわ」 貫かれるその一撃に、カルラが続けたその弾丸。殴りつけるかのように身体に開けた風穴が、ステラマリスの動きを止めた。 空から降る焔の雨に混ざり合う様に、落ちる雷撃に身を劈かれても、笑みを崩さぬツァインは唇を歪めて小さく笑う。 (見てるかい、おっちゃん、鎧盾の先輩たち……、アンタ達が最後に残したものは、ちゃんとコイツ達が受け継いでるぞ) 恐怖に打ち震える事が無い様に。誇りを讃え、信念を持たせ、己以上になって欲しい。その意味を感じとってか杏樹はゆっくりと引き金を引いた。 神の制裁は粛々と下される。一際、珍しい事ではなく――この世界にはよくある『断罪』の風景。 「――Amen」 弾け飛ぶ様に、聖母の身体が崩れ去った。衝撃に、彼女の身体が水滴となって降り注ぐ。頬を濡らした其れにヴィグリーノが眸を細め、アラストールが傷だらけの身体でその雫を受けとめる。 海の香りのするそれに何か別の者を見た気がして義衛郎は刃を鞘へと仕舞いこんだ。ステラ・マリスが落とす水滴は彼女が降らした浄罪の雨の様で。 「なあ、ステラ・マリス――アンタは幾千殺した俺を許してくれるか?」 異界から訪れた聖母の船は、彼の罪を洗い流す様にその身から大粒の雫を落とし、消えた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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