● クリスマスを待ちわびるアドベントの寒い日。 スライスされたドライケーキが載せられたのはコピー用紙の裏だ。 配られた紅茶は紙コップに水筒から注がれたものであるから、余り風情を感じない。 なにぶん、誰もが忙しいのである。 師走だから。 確かにそれもある。 けれど――リベリスタはケーキをひと齧りしながら大型のモニタを仰いだ。 そこには城が見える。 ブリーフィングルームのモニタには、確かに城が映っている。 資料を配布する『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)の緊張は色濃く、言葉はない。 けれどそんな少女に、リベリスタは苦笑して見せた。 「そう硬くなるなよ」 「……はい」 天空に佇むその城の主を『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュと言う事を、リベリスタ達の誰もが知っていた。 その男は、世界最悪と呼ばれるバロックナイツの中でも第一位の名を誇っている。 最もそれは言葉通りの意味でもなく。古今東西全ての魔術を限界まで極めたという出色の存在である彼が、その地位を殊更に衒う筈もない。 彼は己が人生の集大成たる『聖杯』なるアーティファクトを生み出したのだと言う。その目的は悲願である神への挑戦、その歩みを進める事だ。 だが彼の計画は偶然にも頓挫する事になった。それは彼が標的と定めていた神(ニャルラトテップ)が極東の地・日本で人間如き――即ちアークに出し抜かれてしまった事。 こうして『究極研究』の標的を失ったペリーシュは日本の全滅、アークの壊滅を以ってこの意趣返しを考えた。 早速起こったのは大きすぎる一つの事件だ。上陸したペリーシュによって、早速新潟が災厄に見舞われたのは記憶に新しい。 「ふん――」 その事件で失われた多くの命の中には、アークのリベリスタと、盟友オルクス・パラストの執事の名もあったのだった。 アウィーネ・ローエンヴァイス(nBNE000283)は、努めて平静に――恐らくはそれを装って――資料を捲る。 オルクス・パラストからアークへと出向したアウィーネの事。執事には幼い頃から世話になっていたのは想像に難くない。出向して日は浅いとは言え、内心に抱く想いはアークのリベリスタと共有している事であろう。 さておき。 「ペリーシュの『聖杯』は対革醒者武装であると同時に、大量殺戮兵器でもありますが」 兵器に例えるのであればミサイルにでも相当するアーティファクトを、あのフィクサードが持つという状況は、最悪というレベルを遥かに超えているのだろう。 「そうみてえだが」 続きを促すリベリスタに、エスターテは言葉を続ける。 聖杯は『兵器』であると同時に『願望機』でもあると分析されている。つまり殺戮兵器であると同時に、ペリーシュの望みを叶える為の機構を備えていると考えられるということだ。 新潟の事件で彼は、聖杯を使用して、現れた液体を飲み干したと言う。尊大な彼が願いを託すものと言えば己が力であるに違いない。恐らく聖杯の真価は『他者の命を根こそぎ奪って、彼自身の魔力に変換する』という点にあるというのがアーク本部の解析らしいという話だ。 「なるほどな」 そして今回のこの事態である。城が見えるのだ。それは空に浮いている。 「で。俺達はアレに乗り込めばいいんだろ?」 指し示した先は無論あの城であるのだが、超常的としか言いようの無い光景に、リベリスタの態度は落ち着いたものだった。 「ふん……当然だな」 早急に結論を出したリベリスタ達に、エスターテは肯定を返す。 あの城は、新潟の一件で集めた魔力を使って、ペリーシュが『創造』した代物である。 通常兵器を受け付けぬ、神秘防壁を備えた天空の城。そこに大量殺戮兵器を持ったフィクサードが鎮座しているという状況は悪夢そのものだ。普通に考えれば手も足も出るまい。 だがリベリスタ達の答えは違う。 「ペリーシュって奴はさ」 「はい」 「本当に俺達の事を何も調べないでやって来たって訳だな」 悪逆非道な、されどどこまでも不遜な存在であるペリーシュが考えそうな事など容易に推測出来る。 「どうせ余裕綽々と恐怖を演出して、巨城の主砲で街ごとアークを吹き飛ばすつもりなんだろ」 リベリスタは、ともすれば獰猛にすら見える笑みを浮かべる。 敵の本拠地が空を飛ぶ巨大な城であるならば―― 「先ずはこじ開けてもらおうか」 過ぎた夏の日に、神(R-type)を押し返したアークの主砲『神威』があるならば、あの不遜な天空城に風穴をブチ開ける事も出来るであろう。 「あんなデカい図体晒してノコノコ現れやがったのが、運の尽きって奴だ」 「八月の連続使用の影響で万全とは言いがたい様ですが、一撃なら保証出来るそうです」 ならば話は早い。本部と現場の見解は一致している。 「で。ここに居るって事は、本当にアウィーネのお嬢さんも行くのか?」 常識はずれの任務ではあった。客観的に考えれば、あんな所に乗り込んで無事でいられる保証などどこにもないのだが。 「二言はない。この私を見くびってくれるな」 若手(アウィーネ)の言葉は、あっさりとしたものだった。 「上等だ。後は作戦だな」 リベリスタの言葉に、エスターテはモニタの資料を捲る。 「皆さんは、天空城内部に突入して、指定戦域の敵部隊に打撃を与えて下さい」 ペリーシュが城の主砲とやらをブチかましてから、悠々と三高平を殲滅する予定だった部隊が居る筈だ。 「任せろや」 「それから――」 エスターテはアウィーネにちらりと視線を送り、もう一枚の資料を映し出す。 「作戦はオルクス・パラストの友軍と行動を共にしてください」 アウィーネは僅かに驚いた素振りを見せたが、すぐに姿勢を正した。 連中はオルクス・パラストが誇る執事をやってくれたのだ。思うところは山ほどあろう。 「後は作戦か」 「はい」 数々の死線を渡り歩き、神さえ下すアークの英雄達と、世界『ビッグ4』たるオルクス・パラスト。ベテラン揃いの盟友同士とは言え、二つの部隊という人数に、共闘という状況を考えれば、情報伝達はスムーズなほうが好ましい。 「アウィーネさんは、オルクス・パラスト部隊の指揮をしていただくという提案があるのですが」 「今の私はアークの人員なのだがな」 中間に立てる人物であろうという事で、とりあえずの白羽の矢である。 「まあ。別に構わないが、他の案があればそれでもいいのではないか?」 「はい」 アウィーネ自身に、味方の能力を底上げするような指揮能力はない。だから別の作戦が立てられるのであれば、そのほうが好ましい事もあるだろう。 他に何も案がなければそれで良し。後は現場や構成の都合に委ねれば良いという事だ。 リベリスタ達はデータを元に、あれやこれやと話し合いを始める。 静謐を湛えるエメラルドの瞳に、エスターテは期待を彩った。 ● ―― ―――― 「この区画は――ペリーシュナイトの格納庫って所か?」 黒曜石の様な石畳にリベリスタの靴音が反響する。 「ふん。どうだっていい」 既に得物を抜き放ったリベリスタ達は、天空城の内部。奥行き百メートルはあろうかという巨大な空間に踏み込んでいた。 「この現代日本で、全力のファンタジーだな」 壁には所々に紫電を閉じ込めた不可思議な結晶が埋め込まれており、その合間に全身甲冑の様なものがずらりと並んでいる。 「こりゃ壮観なご様子で」 ペリーシュ・ナイトと呼ばれる自律型のアーティファクトである。一体一体が強力な敵戦力だ。 「動こうと動くまいと、こいつら全員が俺達の敵だ。さっさと壊しちまいたい所だが――」 どうやらそう簡単には行かないらしい。 澄んだ音と共に広大な空間に光が走り、浮かび上がる魔法陣と共に一体、また一体と甲冑達が静かに動き出す。 「さて、お嬢さん、こんな場合はどうする?」 「打ち払い、蹂躙し、殲滅するまでだろう」 早速現れた大物は三体。今のところ数はリベリスタの優勢だが、敵の一体一体は雑魚であっても決して弱くはない。 そんな敵が他にも壁中に格納されているとなると、合わせればずいぶん危険な数になる。 「さあてね」 壁から次々に起動を始めるペリーシュナイト達であるが――果して。何か打つ手はないだろうか。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年12月22日(月)22:18 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 全てを対に。 澄み切った大気が肌を刺す。晴れた冬空の――上。 「随分と溜め込んでいるな」 格納庫の扉を開け放った『剛刃断魔』蜂須賀 臣(BNE005030)は嘆息した。 三高平市上空に浮かぶ『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュの天空城へ乗り込み、指定区域に到達したリベリスタ達であったが――眼前の広大な空間には百体を越える黒塗りの甲冑が並んでいる。 世界中に同時多発的に現れたペリーシュナイトを思えば、予想出来た事態ではあったが――臣は童子切を抜き放つ。 こんな奴等に決戦の――ペリーシュとの戦いを邪魔させる訳にはいかない。 室内に踏み込むリベリスタ達がすばやく陣を展開する中で、部屋を走る魔紋が輝き甲冑の虚ろな目元に光が灯る。 少年は横目に仲間を捕らえ、頷きあう。一匹残らず叩き潰す所存は全員一致した目標だ。 起動前の固体が多数あるうちにたどり着いたのは僥倖か。 「起動しようとするなら其の前に潰せば良いでしょう」 陣の中央に立つ『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)は、この戦いにおける全ての采配を握っている。 「瓦礫に埋める、破壊する。やり様は幾らでもある筈です」 一同が賛同する中、こわばった表情のアウィーネ・ローエンヴァイス(nBNE000283)の肩を臣はそっと叩いた。 「気負うなとは言いませんが、力が入りすぎると良い結果は生まれません」 「そういうものか?」 「自然体で戦って下さい。普段通りにやれば勝てる相手です」 「やってみる……」 この戦いは弔い合戦にも等しい。だからこそ気負うものもあるのだろうが。 「彼に手向けを送るならば、勝利と貴方の成長した姿こそが何よりのものとなります」 少女は頷き、振り返る。 「ミリィはアークが誇る一流のコンダクター。私の指揮等よりよほど上等ゆえ手筈通りの一任だ。よろしく頼む」 適任者がいなければ友軍オルクス・パラスト部隊の指揮を担う予定だったアウィーネがミリィに信頼の視線を向ける。 「存じております『戦奏者』。この命、御身にお預け致しましょう」 友軍部隊のリーダー格であろう闇騎士が力強く大剣を掲げた。総員が一斉に応と答える。 世界『ビッグ4』たるオルクス・パラストが、世界最悪たるフィクサードバロックナイツ第一位を撃破する為に派遣したのだ。神秘界隈の超新星であるアークとの共闘に恥じぬ精強な部隊であろう。だがこの部隊の実力は明確にアークが勝っている。 友軍の同意と信頼をその身に背負い、ミリィは果て無き理想を握り締めた。 彼女が持つ最高の頭脳と究極の技巧は極技の神謀。部隊の戦闘能力を異次元の領域に押し上げる筈である。 次々に壁からはじき出され、リベリスタへ向けて突進を始める黒甲冑の群れに如月・真人(BNE003358)は戦慄を禁じえない。 元来気弱な真人であったが、今回は勇気を振り絞って天空城突入を志願したのだ。 眼前に迫る群れは、さながらホラー映画のゾンビの様で。 床を蹴り迫り来る甲冑達の威圧感に、勇気の出しどころを間違えたとも想ったが――展開式高出力魔術機構・改が起動する。 これで護れるものがあるのであれば、やるしかない。 殺到する甲冑へ向けて各々が得物を抜き放つ。 平素アマーティレプリカを奏でる可憐な指を飾るのは破壊と再生。プロセルビナの大鎌。 「アウィーネさん」 細剣を握り締める少女に背を合わせ、『愛情のフェアリー・ローズ』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)はそっと声をかけた。 「事が済んだらまたバイオリンを演奏するから、リクエスト曲考えておいてね」 僅かな驚きを見せて、アウィーネは答えた。 「勝って伝える、必ず」 長話は後でも出来るが、きっとひどく緊張していただろうから。アウィーネの頬が綻んだのを確認したアンジェリカは石畳を蹴り付けて跳ぶ。 少女は。『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)にも恐怖はある。確かな実感としてそこに存在する。 彼女は自身より強大な敵の元へ来てしまった。 相手はよりにもよって自分の安寧の地、その真上に浮かんでいる。 己が死の恐怖が無論ある。だがそれよりなにより恐いのは―― 『大切な人達が死んでしまうかもしれない事の方がずっと恐いの』 それは大切な恋人の事。両親の事。犬のペスの事。親友の事。一緒に天空城までやってきた弟の事。 『こんなちっぽけな私の力でどうにかなるのか分からない』 でも、私は一人じゃないから。 ルアの横で『腐敗の王』羽柴 壱也(BNE002639)が微笑む。 「わたしたちも舐められたもんだね」 瞳には勝気な光を湛えて。 「ここ全部破壊すればいいんだよね!」 かつて偶然にフェイトを得た普通の女の子は平然と言い放つ。 「簡単じゃん! わたしたちならできる!」 それは途方も無い大仕事なのかもしれないが、フリークスにとってそうではない。 「見てて、大暴れしてあげる」 「うん!」 「オルクスのみんなも一緒にがんばろ!」 ――亡き『絶対執事』に代わり。 ペリーシュ相手の強行偵察で失われたアークとオルクス・パラストの命を無駄にすることは出来ない。 「オルクス・パラストとアークの力。『私達』がウィルモフ・ペリーシュの玩具に見せ付けて差し上げましょう」 『柳燕』リセリア・フォルン(BNE002511)の静かな、けれど冷えた空気を切り裂く様なリセリアの言葉に、両軍のリベリスタ達は怒声にも似た声を返す。 正鵠鳴弦、告別に続く『雷』に矢をつがえ、『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)は狙いを定める。 視線の先は一切合財。その総て。 『気合十分だ』 アーク本部から困難であると告げられた任務――この程度の前哨戦は新たな技の肩慣らしに過ぎない。 鏃の先端は、おあつらえ向きの人形共へ向けて。 「時間はあまりない、さっさとゴミに戻ってもらう」 何もかもをも撃ち祓う雷鳴の轟きと共に。 「玉座に踏ん反り返った魔王の鼻を明かす為に」 任務開始――さぁ、戦場を奏でましょう 拍を刻むミリィのタクトが煌く。 それは勝利の証明(クェーサードクトリン)――逸脱者の軍勢が放つ鬨の声。 こうして激突は始まった。 ● 「行くよ!」 誰よりも速く。雪風に舞う花の様に。 軽やかに二刀を操るルアは立ちふさがる剣甲冑に、神速の氷霧を見舞う。 刹那の内に忽ち凍りつく二体の合間を、蒼銀の軌跡リセリアが駆け抜けた。 『この間逃げられた大物に、新顔がいくつか見えますね』 狙うのは『罰』コイルハートと呼ばれる悪名高いペリーシュナイトである。 甲高い音と共に煌く光の粒子は剣撃の嵐。 「まあ、こんなものでしょうか」 この一撃で幻惑させるには至らなかったが、二度三度は許さない手ごたえがある。 敵の数は確かに多い。その上能力は――眼前の大物以外であっても並のフィクサードを凌駕する性能を誇っている筈だ。 だが。リセリアは『それほどの強さはない』と言い放つ事が出来る。剣に伝わる確かな実感がそれを証明しているから。 軽やかに柱を蹴り付けるアンジェリカが放つ神速の斬撃は、『罰』の腕を胴を、瞬く間の内に傷つけ打ち砕いて往く。 『やっぱり――』 きらきらとした金属片と共に舞い降りたアンジェリカは確信した。可憐な死神の読み通り、各部が独立した『罰』は全てを巻き込むタイプの攻撃に脆弱だと。これで打つ手は増えた。 「『剛刃断魔』、参る」 文字通りの全身全霊を篭めた一太刀。蜂須賀の臣が振るう超重の刃が、華奢な『罰』の胸甲に亀裂を走らせる。 雷撃の様に敵陣を打ち付ける七海の矢雨は、瞬く間のうちに甲冑達の胴を、足を貫き縫いとめて往く。 初手はリベリスタの完全な先制攻撃だ。 次々と攻撃を加え、その力を解放し、友軍クロスイージスのラグナロクを終えるまで、敵は為す術もない。 アークの指揮に従う友軍の闇騎士は『罪』チェインブラッドと剣を交え、精鋭達は指示通り各々自己付与を展開しつつ壁際の動かぬ甲冑達に攻撃を開始した。 闇騎士個人の能力は世間的な見解では高いと言えるが、この場のアークには及ばない。当然『罪』を抑えるには力不足だった筈だろう。だがミリィの技により逸脱した力はそれを可能に変えてしまうだけのインパクトを持っている。 リベリスタ達による苛烈な猛攻の後に、敵の反撃が始まった。 ルア、臣、壱也、七海、リセリア、アンジェリカへ向けて次々に襲い来る猛攻は、決して軽くない。だが誰一人倒れるに至らなかった。杖甲冑が放つ癒しの一手が行動不能を回復出来たのは、氷像にされた内の一体だけだ。 『指揮者ヲ落トセ』 地響きの様にくぐもった音が、広間に響く。交戦経験故か作戦の要となるミリィへ向けて、罪による集中攻撃が提案された。 「言葉を操りますか」 リセリアが呟く。これまで一言も発しなかった甲冑達であったが、この場に居る固体は声で意思疎通し、耳で聴いているのだろうか。創作者の迂遠な趣味が垣間見える。 その声に応じるように、『赦』グラスボーンが放つ青紫の波動がミリィの身を包み、強制的な絆が結ばれる。被ったダメージを相手へ一方的に横流しする危険な技だ。 「くっ――」 俊敏なミリィの立ち回りを掻い潜る様に、胸の中心から離れない禍々しい光。 息苦しさに身じろぎするミリィであったが、類まれなる意志力は瞬く間の内にこれを打ち祓う。 第二の指揮から、再び立て続けのリベリスタによる攻撃が開始された。 「リセリアさんっ!」 煌く刺突で『罰』の身を縦横に刻んだルアが叫ぶ。 瞬き程の差でリセリアが叩き込む蒼銀の光――三度目のアルシャンパーニュの手ごたえは明らかだ。 早くもペリーシュナイト達の陣営は押されており、優勢は揺ぎ無い。 「みんな聞いて」 大鎌を構えるアンジェリカは仲間達に伝える。敵の弱点は複数対象や範囲対象の攻撃を意識してぶつける事だと。 頷いたミリィが放つ閃光に蝕まれ、胸甲の大きな亀裂を中心に、『罰』は砕けて往く。 反転。『罰』による起死回生の殲滅攻撃は――だが味方である筈の甲冑達をずたずたに引き裂き、剣甲冑の一体が粉砕される。 「他愛ないものです」 その精神までもが精緻に再現されていた皮肉故に、かき乱される余地があったのだ。 「そのまま砕けろ!」 七海の声に呼応する様に、轟く弓鳴りの音が戦場に鳴り響いた。 雷撃の様に貫く矢の嵐は甲冑達を穿ち、砕けた鎧の破片が宙を舞う。槍甲冑の一体が地に落ち動かなくなった。 そして――アンジェリカが振り下ろす神速の大鎌に、『罰』はその動きを永遠に停止した。 「次は杖だね! ガンガンせめてこ!」 「チェストォォオオオ!!」 壱也が振るう大剣、臣が叩きつける超重の刃がただの一撃で二体の杖甲冑を両断する。 七海の射撃を中心とした立て続けの範囲攻撃により既にかなりの手傷を負っていたとは言え、一刀一殺を貫くのは伊達ではない。 そして―― 「僕が、やらなきゃっ――」 恐い。どうしようもなく恐ろしい。 けれど震える足を叱咤して、真人は魔術機構を展開した。 機械仕掛けの神による絶対の救いは戦場を照らす暖かな光となり、苛烈な敵の猛攻に晒され傷を負っていたリベリスタ達を忽ちのうちに癒して往く。 眼前の闇騎士による足止めに埒が明かぬ『罪』は、光を飲み込む闇の波動をリベリスタ達に吹き付けたが、これも致命的な結果には至らなかった。 敵は軍団単位で速攻力が完全に劣っている以上、後手後手にならざるを得ないのだろう。 だが、ここで二つの問題が浮上する。 いよいよ新手出現の予感である。甲冑数体の起動が終わりかけていた。 硝子の髑髏が嗤う。 『赦』は青紫の波動を癒し手である真人へと結び――剣甲冑は前衛のリベリスタ諸共『赦』を切り裂き。空中の槍甲冑は『赦』の背を貫いてリベリスタの陣へ向けて一点集中の力を解き放った。 ● 波動の後、四連。立て続けの集中攻撃に真人の意識が明滅する。 恐怖と焦り、緊張と痛み―― 「僕だって……!」 砕けそうになる膝で体を支えて、少女の様に小さな少年は立ち上がる。 『赦』と結ばれたまがまがしい絆の波動が、燃え上がる運命の前に焼け落ちる。 どんなに恐くても、ここで倒れてはいられないから。 再びリベリスタ達を暖かい光が包み込んだ。 立ち上がり、打ち払い、機械仕掛けの救世主は戦場を支え続けている。 後衛をこれ以上傷つける訳にはいかない中で、いよいよ五体の新手がリベリスタへ向けて突進を始めた。 動いている敵の数自体は、今は増えている。殲滅が僅かに遅いだろうか。 激戦は続いて往く。 一手。更に一手。二手。流れ往く僅かな数十秒の中で、リベリスタ達は奮戦を続けていた。 要故に集中攻撃を受けやすいミリィ、高い殲滅力と引き換えに乱戦への適正は高くない七海は一度運命を燃やしたが、今だ倒れたリベリスタは居ない。 眼前の甲冑共。大物は二体。小物は七体。友軍部隊の前には動く個体が二体。 友軍との間に距離が現れはじめ、回復手が分断されつつある厳しい状況ではあるが。 「どうする、指揮官!?」 友軍の声には。 「そのまま攻勢を続けてください」 「Jawohl!」 集中が基本である戦力をあえて振り分け、未起動の甲冑達を撃破する策はミリィだからこそ成立させ得る神の一手であろう。 普通に考えるのであれば、闇雲に真正面からやりあって勝てる数ではないのだ。 或いは、ミリィの指揮下においてであれば力押しですらやってのけるのかもしれないが。 「進みましょう」 予定通り。そう述べたリセリアは眼前の甲冑には目もくれず、振り下ろされた剣を軽やかに蹴り付ける。刹那の強襲に『赦』の杖が吹き飛び、肋骨が砕ける。 こうなれば大物とやりあうアーク本隊の戦線を押し上げるまでという事だ。 アンジェリカは愛らしいドレスを翻し、斬撃で砕いた柱を足場に高く跳ぶ。 眼前の敵全てに晒された状態は危険であろうが、そんなものは承知の上だ。 「ここを突破して、アウィーネさんに演奏を聴いてもらわないといけないんだ。邪魔はさせないよ!」 宣言と共に現れた不吉の月が、迫り来る甲冑を打ち貫く。 次々に迫る反撃の刃に、少女の身は切り裂かれ、鮮血が舞い――けれどアンジェリカは運命を従え石畳に舞い降りる。 降り立ったのは全てを射程に収めた故の敵只中。それは彼女が完全に包囲された事を意味するが――アンジェリカの静かな瞳は輝きを宿したまま。 「屑鉄に戻れ」 少女が倒れる筈はなく、それを許す訳もないから。 冷厳たる雷神の裁きを齎す七海の追撃は、中央に立つアンジェリカのみを精密に外し、甲冑四体を瞬く間の内に沈めた。 ルアは唇をかみ締め、想う。 『私の罪は弟がしてきた努力の上にある幸せに気が付かなかった事』 彼女は誓う。己が受けるべき『罰』は弟より強くなる他ないのだと。 幸せなだけでは、決して為し得ない事だから――まだ赦されてはいないのだ。 「大丈夫、皆守るから! いくよちーちゃん!」 「大丈夫、わたしも信頼してる!」 わたしを支えてくれるのも、わたしが支えるのも、ルアだからこそ! その二刀に大切な人の笑顔がかかっている限り――white out! 戦神の気を纏う壱也ごと、ルアは氷撃の嵐を甲冑達に叩き込む。 絶大な技量から繰り出される時を刻む神技は辺りの景色を純白に染め上げた。 流れる血を振り払い、壱也は愛剣羽柴ギガントを真一文字に振り下ろす。 『赦』はこれで終わりだ。 一手、また一手。ここにきて次々に現れる甲冑の増援を、撃破数が上回る結果となった。 いつの間にかこわばっていたミリィの両肩に血液の暖かさが戻ってくる。 行ける。押し切れる。 大物はあと一体。 真人が懸命に癒し続けた戦果としてリベリスタ側の被害は驚くほど軽いが、さすがに『罪』の前に立ち続けた満身創痍の闇騎士は限界に近い。 「私、強くなったよね」 二人の斬撃の中に身を滑り込ませる様に、ルアが蛮刀を小さな刃で受け止める。 「代わるよ!」 「助かる」 ルアとて無事な訳ではない、けれど運命さえ燃やさずに彼女はその猛攻を凌ぎ切る。 「くれぐれも無理は禁物です」 敵を左右から包囲する様にリセリアが蒼剣を貫き通す。甲冑が砕け、ひび割れ、石畳に突き刺さる。 相手はタフだ。どうしようもなく硬く、そのうえ命を四つもっている。 だがそんな激戦の最中、七海はとある事に気がついた。 肩から生えるあの四本の筒は――リロードライフに関係があるのではないか。 そうと分かれば話は早い。矢の嵐が筒をずたずたに引き裂いて往く。 筒から噴出し液体と、赤い血。 転げ砕ける鋼の中から現れる赤子の手。それはフェイトを得た革醒者の子供で―― 「良くも調子に乗ってくれたな、このブリキ野郎ッ!」 背負う罪の重みを弓弦に篭めて。最後の一矢が『罪』の胸を貫いた。 必殺の一刀。鮮烈を極める鬼神の如き斬撃で眼前の甲冑を沈め続ける臣。 「消えろ下郎――」 少年はたった今、黒い竜を叩き伏せた刃を返し、遂に『罪』をも一刀の元に切り伏せた。 「――この世界に貴様らの居場所はない」 勝った。この戦場は片が付いた。 そう呼ぶにはあと一つだけこなさなければならないことがあるけれど。 「そうだ、次はイタリアの曲が聴きたい」 妙にしかつめらしい声音の、けれど場にそぐわぬ言葉にアンジェリカは微笑み―― こうして後に語り継がれる『戦奏者の二重奏』は勝利を約束された掃討作戦へと移行する。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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