●値千金、当たり万魔殿 多分に、彼女らの希望が通らなかったならば。 或いは、彼女らの希望でなくとも。 その予見士が、霧に隠れた無貌をそうでなくする日は遠くなかったのかもしれない。 同じシャツ、同じジャケット。暖冬の足音が聞こえるこの季節にあって尚染みの浮いた袖先で顎元を拭い、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)は煩わしげに包帯を解き、点眼薬を垂らし、ぼやける寸前の異常に冴えた視界で目の前のデータを注視した。 彼が心から未来の観測にその神経を割くことは無い。無い、という通説が前提にある。誰がそんな冗談を述べたかははっきりしないが、ブリーフィングルームで彼を見るリベリスタは殆どがそう思っていることだろう。無論、数日前に彼に詰め寄った『局地戦支援用狐巫女型ドジっ娘』神谷 小夜(BNE001462)などはそう思っている筆頭である。 「お願いしますね?」 そう彼の肩を叩いた(握った)彼女の握力は、いちフォーチュナに向けられてはいけない類の暴力性があった。 「エージェントのメンタルヘルスもたまには見てあげないとね。模倣犯の処理ばかりじゃああもなるんじゃない?」 スキップすらしてみせる女性を見送って、『ラビリンス・ウォーカー』セレア・アレイン(BNE003170)が何事か潜ませた笑みを浮かべる。一処に固執しない、探求者然とした彼女であってもそういう感情を抱くのだ。夜倉が課してきたものの重みはじわじわと、真綿で首を絞めるように一人の少女を歪めていたというのだろうか。 (嫌なことを思い出しますね、それはそれで) 「いつもあんな感じだと思いますけど、そろそろ秋も終わりですし?」 「桐君、言いたい事があるならストレートに言ってくれませんか……」 げんなりとした雰囲気を作りながら、夜倉は小夜と入れ違いで入ってきた雪白 桐(BNE000185)、同じく雪白 音羽(BNE000194)の兄弟が何の為に「たまたま」この場に現れたのか。言うまでも無い。言うよりも詮無いことだ。 「出来ないって言うのは簡単だろうけど、できるから頼んだんだろう。期待くらい、たまには叶えてやったらどうだ?」 「……そりゃぁ――」 出来るものなら。 彼だってリベリスタの末席に在る。人の願いは叶えられて然るべきであり、幸福は普遍論にあらねばならぬと思う人間である。別に、だからといってディストピアを目論む人間ではなく。 そして彼は、自らの作業に戻る。 モザイク処理の位置と度合いの演算作業。 ぼかし処理にすべきかモザイクにすべきか、ああモザイクならどの類を使うべきか。あと、音声修正。 ●不屈の魔窟に 「……誰かから聞いたことはあったけれど」 実物は斯くも凄惨であったのか、とリリウム・フェレンディア(BNE004970)が言葉にならない言葉を接ぎ、流れるように目の前のフォーチュナに視線を移した。 「スーツ姿じゃないのは何故?」 「スーツだからいいというものでもありませんよ。教壇に立つ時は大体こうです」 「だからといって重大ごとでスタイルを崩すのは」 「いいんですよ」 「『いいんです』。ねえ、夜倉さん?」 実力ではなく経験値、あとは愛で補ったと思しき小夜の表情が怖い。セーターにワークパンツという出で立ちの夜倉を見る目は坐っていた。 「依頼内容を聞かされて無いのだけれど、……この映像じゃ良くわからないな」 経験以上に、度胸のあるリューン・フィレール(BNE005101)にとってグロ画像とか、そういったものの刺激はヘッドセットの向こう側と比べればなんぼのもんか、であろうか。 だが、しかし彼女も、リリウムも、無垢なフュリエならガン見できたそれを直視できるほどボトムを知らぬクチではない。目の前に広がるモザイクのなんと絶妙なことか。 触覚とか、翅とか、あしを絶妙に覆い隠している。 「フィクサードの拠点……と、言えば色々あるんですがね。フリーのフィクサードや小規模組織がひとところにとどまる危険性は、この数年でこれでもかと周知されてきました。無論、撃破するに足る皆さんの活躍あってこそですが。危険性の回避、とだけ言うなら成程、確かに彼の拠点は優秀でした」 サングラスのブリッジを親指と人差し指で摘み、僅かに顔を上げて彼は続ける。微妙に疲れが感じられるが気のせいだろう。彼は、『適当』なのだ。 「害虫が在ることを我々は密かに期待している。そうではありませんか? 小夜君。害虫であっても、それを弄んでいる彼というあり方を嫌悪している。違いますか、音羽君?」 そう、彼らに話を振りながらモザイクまみれの部屋を3Dフレームに切り替える。所々(水槽、スプリンクラーめいた装置、スイッチなどなど)が赤く染まっているのはそういうことだろう。 「でも害虫は害虫です。これらの赤い部分は全て、エリューション化した害虫の発生装置です。全力に任せて壊していったら動くのも難しいくらいに相手の数の暴力に追い込まれますし、何しろ力押しで済ませられないような相手も混じっています。諸君の特性、それぞれをきちんと分けて使えばおそらくは何とかなると思いますが……」 言葉を切って、部屋の隅に青のフレームを加える。 「当然、『それ以上』も期待していいですよね?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年12月06日(土)22:08 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 最初はきっと、そこに敵意があった。感情を露わにし続けたばかりに感情をコントロールすることもどんな感情から始まったかもすっかり忘れてしまった彼女に、仲間はなんと言って抑えればいいのだろうか。寧ろ、抑えることは正当な行為なのか。 「勝負服……と言いたいですが、ええと、どうしましょう」 フォーチュナが去った後のブリーフィングルームでそんなことを宣った『局地戦支援用狐巫女型ドジっ娘』神谷 小夜(BNE001462)に対し、その場の味方は一切それを咎め立てするつもりは無いようだった。当然といえば当然なのかもしれない。彼女の築き上げた思慕とそれに伴うアーク内での些か度の過ぎた(概ねは某フォーチュナの持ち込む案件のせいである)態度を考えれば、半ば諦観に似た気持ちで見守る者半数、興味本位で煽るもの四半、純粋に心配する物四半。大凡は止めるか抑える方法を見つけるか、したいところではあるという心持ちなのだろうが、そうも行かないのがこの頃。フィクサードの跋扈を防ぐ意味でも何とかしなければならない、のだが……。 (恋焦がれ? て人ってなぁここまで壊れるもんなんだなぁ) (傍目には恋なのか微妙に悩む感じはしますが) と、こそこそと彼女を案じるのは雪白 音羽(BNE000194)と雪白 桐(BNE000185)。前者は肉親の要請により参じただけで小夜自身にこれといって感慨を持つ訳ではないが、それでも割と目の前の状態がヤバいのは分かる。仕事はきっちり熟すが、彼女のケアまでは余り考えたくはない。頭が痛くなるだけだ。 「これがヤンデレか」 本人には聞こえないように、しかしきちんと自分に理解させるようにリリウム・フェレンディア(BNE004970)は呟く。ボトムの文化、何故かサブカルチャー方面にいやに詳しくなっている気がしなくもないが環境のせいではあろう。世に言う「ステレオタイプ」は大多数が求めるものではあるが、ただしそれが大多数が「遭遇したい」とは思っていないのが現実だ。再現性は求められない。仮想現実であることが救いですらある事象などざらにある。 ヤンデレというカテゴリが現実に有り得るのは、極端な話……彼女を病ませるに足る事象があったから、としか言い様がない。環境次第ではどんな事も起こりうる、ということである。 そんな暴走寸前の彼女のガス抜きを含めてその背を押した『ラビリンス・ウォーカー』セレア・アレイン(BNE003170)は、彼女なりの考えというか、思いやりがあるのかもしれない。少なくとも、何の関係も無い相手に対して何をばしようとは思うまい。多少でも健全化を進め、彼女の安定を望まなければ嘘である……優秀な支援手であることも加味した上で、だが。 「質の悪い輩を害虫と称したり、その討伐を害虫駆除と喩えることはあるけど、まさか本当に害虫駆除をすることになるとは」 そもそもが『害虫野郎』の置き土産であるのだが、閑話休題。リューン・フィレール(BNE005101)からすればマジモンの害虫駆除を頼まれることになるとは思っていなかっただろう。アークという組織をナメちゃいけない。彼のフォーチュナからしたら非リアだのアイドル紛いだの害虫駆除だのがてんこ盛りなことを考えればこれが平常運転なのだ。 シリアスな展開など捨て置けとでもいうように。その悪意の巣の扉が目の前にあることに、彼女は静かに肩を震わせた。敵に対する恐怖では断じて無く、隣で楽しそうに構えるホーリーメイガスにだが。愛の力って怖い(リューン感)。 扉に肩を押し付けるようにして、“ まんぼう君 Evolution”を構えた桐がドアノブに手をかける。既に各々がポテンシャルを十全に発揮できる体勢を整えた状態で、これから起きる悲鳴やら嬌声やらに覚悟を決めた。 ……故に。その中で一番目を光らせているように思えたのが、小夜ではなくセレアであったのは何かの冗談と思いたい。思いたかった。 ● 室内は、それなりに広い。そこかしこにそれとなく配置された罠は、既に半分以上がフォーチュナにとって丸裸にされているわけだが、それでも無計画に戦おうとすれば相応のリスクを伴う相手だ。 相手なのだ、が。既に目の前に居る羽虫の群れは、攻撃の確実性を下げるのみで特段脅威となる存在ではない。オブジェクトを壊さなければ敵は溢れない。つまるところ。 「盛大にぶっ放すほうがストレス発散にはいいんだけど」 かと言って増えられては困る。至極冷静に言い募ったリューンが“遠雷”を掲げた目の前で、既にセレアの魔術が間断なく羽虫を燃え散らした後であった。となれば、何れかの対象物を破壊することになるわけで、必然として攻撃対象とするのは面倒な方を先に、となるだろう。安定して倒せる火力が在るからと、徒に敵を増やすことはしない。ばらりとはらけるようにはみ出た耐粘虫は、目の前に立つリリウムと桐を優先的に矛先に据えるが、彼らにとっては逆に好都合ですらあった。桐に二体、リリウムに一体が向かうが、桐に対しては、片や噛み付く前にその身を半分ほど削り取られ(驚くべきは、それでも生きているという事実!)、片や噛み付く側も言う程の痛撃になり得ない現状がそこにあった。 リリウムに対してはより酷く、その腹部へと跳びかかった虫は既に避けきり、残された残像へと噛み付く有り様。空を切った噛み付きは、つまるところ彼女に腹部を晒したことにほかならない。 他方、残った二体が異常速度で後方へと向かうも、うち一体は音羽が体を張って止め、ほぼゼロ距離から魔曲を叩き込む。動きを止めるに至らぬまでも、浅くないダメージを確実に蓄積させたことは大きく推奨される事実だ。 「この敵が相手だと、ストレスを発散するどころかストレスが貯まるだけだ、これくらいが丁度いいか」 オブジェクト破壊を単体に絞ったことは、『それだけでもブロックしきれない』という現実を前にして奏効したと述べて差し支えない現実だった。 十分に散開している彼らの最後尾を陣取る小夜まで、一息ではどの敵も近付けない。何処と無くそわそわしているのは目に見えて分かるが、それでも小夜は責任感を喪わなかった。存在意義を損なわなかった。僅かながらも、複数名が手傷を負っている展開で彼女が優先的に攻撃を仕掛けるのは未だ時期尚早でもある。彼女はそれを十分承知の上で、自らの利ではなく周囲の安息を以て確実に愛を示そうとしていた。……いや、「彼が作って私が壊す共同作業」とか言い出してる彼女が真っ当に動いてる事自体割と奇跡なのかもしれないが。 ぬめりを伴う黒が消し炭に変換されるのと間髪入れず、天井の装置が内側から破砕されて蜂が飛び出してくるが、動き出す前にリリウムの獲物に貫かれて反射のようにびくびくと震える者が一体……順調である。この上なく順調であるのだが、リベリスタの半数以上がそれを『薄氷の上にある優勢』と受け取っている事実が滑稽ながら空恐ろしい。 (むしろこう、誰とは言わないけど) (後衛が機能してくれれば全滅なんて起こらないだろう……) 何処と無く悲壮感が漂っている気がするが、それはそれ。多少なり戦々恐々とするのは当然なのだが、彼女らの懸念は別ベクトルながら的中していた。陣容に余裕があると見るや、小夜が狙いを定めた一発を打ち込んだ故に。だが、それはメンバーの危惧する結果を齎さなかった。何故か? 「私、不器用な女ですけど」 耳と尻尾を揺らしながら小夜は笑って(目は笑っていない)、飛び回るビート・ビーツの翅を焦がす。防御を抜けて叩きこまれた音波に身を傾いだが、それでもまだまだ余裕ありげな、その顔で。 「受けた愛を返す程度の理性は残ってますし?」 「……それを愛って言っていいのか?」 「あんまり突っ込んじゃいけないわよ、愛の形って色々あるから」 「そ、そうか……」 小夜に理解のあるセレアや桐ならいざ知らず、交友の薄い音羽からすればその暴走と独自の理屈はどこまで行っても理解は出来ない物だった。愛の形の多様性を知る様な経験は彼にはない。あるとすれば、より強い敵により真っ当に、真っ向から立ち向かう勇気を試されるその精神。 「酷くなってるから下手に触らない方がいいですよ、あれで色々あったんですから」 「……そうか」 気付けば姿を表していたストリングスに身を縛られながら、嫌悪感をおくびにも出さない桐からの忠告に、再度音羽は頷く。今回の依頼、もしや一番成長するきっかけを得たのは彼なのではなかろうか。社会勉強的な意味で。 「この大きさや性質であればモンスターと言っていいかもしれないが、それでも悪意を持って攻撃してくるモンスタークレーマーよりはマシだ」 出てきては倒しを繰り返している以上、自らの想定を超えて増えることのないエリューションなど取るに足らない。魔力の塊が狭くはない戦場を「エリューションだけ狙い」蹂躙する状況は、返す返す彼女らの堅実さを示す例であり、計算高さが伺える状況でもある。だが、重要なのはそこではない。今、この状況下に於いて間仕切り一枚で隔絶された向こう側がまだ、残っているという事実。猫がいるか虎がいるかは分からぬが、箱のなかで死ぬような存在はそこにはいないだろう。燃え落ちていくその向こうで、先の倍に比する罠が仕掛けられている状況。リベリスタ達の盛大なため息が聞こえたのは、空耳ではない。 ● 「前線は維持できるけど、抑えきれないな……彼女がホーリーメイガスで本当によかった」 何も考えないような前衛だったら、抑える抑えないの話ではなかっただろうとリリウムはため息を漏らした。精神状態は兎も角、襲ってくる敵の攻撃を何事も無く避けきる彼女にとって、感心事は後方への被害レベルである。対応に窮するレベルの手数にならないのは、偏に後衛の手堅さがあってのことだというのは理解している。少なくとも、全部出して纏めて倒しきってやる、とまで破壊衝動と自信を過度に持ったメンバーではないのは確か。 というか、落下した昆虫が形を適度に残してるのも、それらを隙すら見せずつぶさに観察したり果てはスプリンクラー「だったもの」をじっくりと眺め回して構造とかを分析に走っているセレアにこそ恐ろしさを感じなくもない。 (上手く使えばアークから嫌がらせ目的のアプローチもできそうじゃない……?) 彼女の中でどんな地獄絵図が渦巻いてるかは知らないが、それが日の目を見た時何人のリベリスタのハイライトを消すつもりなのか教えてほしい。割とマジで。 「完成したら是非教えてください」 「お前たちは何を言ってるんだ……いや、言わなくていい」 敵の全滅を確認してから次の罠に一撃を見舞った小夜の目が輝いている。虫なら何でもいい、というわけではないだろう。ただ、『彼を模倣したものなら彼により近付けるのでは』とか、そういった慕情が渦巻いているだけなのだ。音羽、気を強く持ってくれ。このメンバーで君が最後の希望めいていることは否定出来ないのだ。 「……前言撤回。これを作った奴は並のクレーマーよりえげつないな」 リューンにボールペンを叩き折らせる程度のクレーマーと彼のフィクサード、果たして凶悪度はどちらが上なのだろうか。少なくとも、並ではないクレーマーぶりだと思われるが。次々と敵を倒しながら、内心どんどん擦り切れていく彼女はある意味、小夜までは行かずとも新たな被害者の一人ではないかと思えてしまう。ただ一撃に籠めた魔力量がそのまま苛立ちに数値化されていそうな気配すらある。 「サイズは兎も角、田舎に居れば虫なんて慣れちゃいますよね。そこかしこにいるし」 何事も無かったかのように得物を振り回す桐にとって、今回の敵は然程でもない模様。こういったタイプの敵だと必ず一人くらいは心底恐怖し混乱し戦場を引っ掻き回してしまったり、そんなとても素敵な内憂外患が展開される筈なのだが、どのみち今回の面々には無用の心配だったようである。 虫関連のフィクサードを思慕する女性と、それを重々承知して虫なんて怖くない味方と、事情は知らないけど敵はとにかく排除する主義の現場主義者。 ……あと流れについていくことを半ば諦め半分で見守る男性一名。桐と同郷というか兄弟なのだから耐性は十分ということか。 「自分たちをわざわざ窮地に追い込む趣味もないわ」 資料を拾い上げ、秒間十回のシャッター音で次々と設備とエリューションの資料を集め続けるセレアは本当にもうヤバいと言わざるをえない。何が恐ろしいって、他のメンバーならいざ知らず彼女はそれらの仕掛けを理解するに足る知識を持ち合わせているという事実が何しろ恐ろしい。虫は得意な方ではないそうだが、研究対象となれば話はべつなのだろうか? 圧倒的な火力で、常に優位を保ち続けるリベリスタ側からすれば、窮地らしい窮地など起こりえない。 だが、それと個々の実力の上下とは別問題だ。前衛でカバーしきれない手勢を抑えるのに、そして周囲の空気に適切に突っ込みを入れ軟化させることに、音羽は随分と無理をしている。 倒れそうになることだって当然ある。それでも立っていられるのは、やはり小夜が自らの役割を違えないからだろう。 「恋は人を壊すけど、義務感は人を支えるんだな……」 女性陣にやらせることではない、と義務感から中衛寄りの後衛に回った彼からすれば有り難い話だ。義務感があっても、実力が足りなければ役割を真っ当することは出来ない。男の役割とは、げに重いところにあるものなのだ。 癒やされた傷跡に残る血の筋だけは、乾くまで消えないだろう。それでいい。乾いたら忘れる程度の、浅く儚い義務感であればそれでいいのだと、彼は自らを叱咤する。自らを縛って動きを止めたストリングスから脱しながら、硬化した表皮を伝うように魔曲を流し込んで前方へ放り投げる。丁度、ステルラが落下するそこへ。 剣を叩きつける方向を切り替えつつ、身幅のそれを器用に操る桐が最後の一体を横薙ぎに振り払う。べちゃり、と嫌な音を立てて壁面をずり落ちる異形を最後に、先程まで異常に騒がしかった拠点はすっかりと静けさを取り戻した。どこからか、安堵の息が漏れたのは気のせいではない。 「それにしても。この娘を健全化するにはどうしたらいいのかしら。件のフィクサードぶっ殺すしかない?」 「いや、駄目だ」 「実のところ、彼が怪我したら治してあげたいんですけどね」 音羽が高所の罠の有無を探しているのを他所にして、真剣に悩み始めたセレアに対し、あろうことか小夜だけではなくリューンすらも異を唱えた。流石に、この反応は予想外とばかりに若干、空間が凍りつく。 「そうするとほら、再度痛めつけてもすぐに死にはしませんから」 「速やかに滅びては苦しんでくれない。時間をかけて苦痛にのたうち回りながら滅びるべきだ」 「……ボトムの文化というのは、本当に難しいな」 反論する気など元からなかったセレアを他所に、神妙な顔で頷くリリウムをどうすればいいのだろうか。音羽は、仕掛けがないことを確認しつつこれからの事態に内心で頭を抱えていた。 「また見える時って、来るんでしょうか……?」 それは今後のフォーチュナの働き次第。 めでたし、めでたくもなし。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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