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よかったんだ、こうしていれば

●雨の降る日に現われる、傘をささない少女の幻影。
 文珠四郎 寿々貴(BNE003936)は鼻歌交じりに歩いていた。
 左手に手桶をさげ、中には杓子が一本。
 その後ろ姿を眺めながら、喜多川・旭(BNE004015)は俯き気味に言った。
「あのう、寿々貴さん」
「んー、なんだい。すずきさんの代わりに桶を持ってくれる気になったのかい?」
「それは、持ちますけど」
 身体ごと振り返り、後ろ向きに歩く寿々貴。彼女から水のいっぱい入った手桶を受け取って、旭は言った。
「なんで、墓地なんです?」

 はじまりは確か、寿々貴が『ピクニックにいこう』と言ったことだった。とっても広い花園があるからと言うので、ぜひぜひご一緒しますとお弁当作りーのお菓子買いーのして車に乗った……のだが。
 たどり着いたのが広大な霊園のど真ん中だとは、さすがの旭でもどん引きである。
 そのうえ霧のような雨も降っている。
 旭は傘をさしているが、寿々貴はなんでか傘に入ることすらしなかった。
 だらだらとした服や髪を、今は雨粒に晒し放題にしている。
「ピクニックが墓地じゃ嫌かい?」
「え、それは……もっとこう、他にも沢山ありそうなものですけど……場所とか、天気とか」
 いつものように、何を考えているのか分からない顔で笑う寿々貴。こういう顔をする時、旭にできることはない。いつもはおっとりとしたいい先輩なのだが、時折こうした奇行に走るのだ。その理由を問うても正しく応えてくれることはない。
「まあ、寿々貴さんがいいなら、いいですけど……」
 景色に意識をやる。
 墓地というのは不思議なもので、何の用事もなく訪れれば心を落ち着けてくれることがある。
 静謐で、穏やかで、石と土以外なにも見えない広大な土地なのだ。
 かつてある学者が納骨堂を最高の作業環境だと言ったように、日本の墓地もまた同じ何かを持っているのかもしれない。
 それが雨の墓地となれば尚のこと。
「……あれ」
 ふと、視界の端に見知らぬ少女の姿が映ったように見えた。
 この雨の中、傘も差さずに立っている少女である。寿々貴と同じように。
 まばたきをしてみると、そこには誰も居なかった。
「どうかした?」
「いえ、あそこに誰かいたような」
 指をさし、寿々貴へと振り返る。
 そこには誰も居なかった。
 寿々貴がそこに居なかった。
「あれ、えっと……」
 手桶を持ったまま、周囲を見回す。広い広い墓地のなか、他には誰も居なかった。
 旭しか、居なかった。
 何が起こったのか理解できないまま、彼女の世界は歪み――。

●緊急招集
 文珠四郎寿々貴とある程度の縁があるアークリベリスタたちへ、あるメッセージが発信された。
 ある日突如として文珠四郎寿々貴が行方不明になったというものである。
 フォーチュナがカレイドシステムによって探査をかけたところ、以下のことが判明した。
「寿々貴さんは現在、アザーバイド『レイニーフォトン』に同化吸収されています。命に危険はないようですが、このまま放置すれば知人友人全ての記憶から彼女のみが消え、文珠四郎寿々貴を記録した全ての媒体が改ざんされるでしょう。彼女を救出するべく、アザーバイドへのアクセスを行なってください」

 アークは過去にレイニーフォトンというアザーバイドを観測し、消滅させたことがある。
 これは対象者が忘れていた過去、もしくは偽っていた過去の幻影として現われ、いつまでもついてまわるというものである。この消滅方法は過去の幻影となったそれそのものを殺すこととされ、当時のリベリスタたちは滞りなくその任務を完遂した。
 今は更に研究が進み、ほんの僅かながらかつてアークが介入したパラドクスゲートをごく小規模にしたような歴史改変能力があることが発覚している。
「しかし、今回は同化吸収か……それはどういう状態なんだ」
 資料を読みながら、新田・快(BNE000439)が顔を上げた。
 この任務のために集められたのは、行方不明当時現場に居合わせたという旭をはじめ、彼女のコーポレーションによく通っていたという不動峰 杏樹(BNE000062)、それにシィン・アーパーウィル(BNE004479)、戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)の五人である。
 タブレット端末を操作しながら内容を読む杏樹。
「文珠四郎寿々貴にまつわる過去の出来事をもとに、閉鎖した時空間を無数に作っているらしい。それぞれの空間では、その出来事が『起こらないように』寿々貴自身が改変を続け、事象軸を強制的に固定している……そうだ。その影響で現在時空の文珠四郎寿々貴に関する記憶や記録が副次的に改変されている、と」
「いや、意味がわからないんだけど」
「私も分からん。誰なんだ、こんな資料を書いたやつは。学歴を鼻にかけたクズか、頭のいいフリをしたバカのどちらかだぞ」
「ただ目的のほうはハッキリしてるじゃないですか」
 椅子の背もたれに座るという非常識な姿勢で、シィンが手のひらを翳した。
「要するに、『寿々貴さんの歴史』を寿々貴さん自身が邪魔しているから、それを正史通りに戻せばいいんでしょう?」
「ふむ」
 舞姫が世にもキリリとした顔をした。
「そのジジイ空間とやらのアクセス方法は分かってるんだから、こう……アレだろ、イワせばいいんだろ?」
「間違いを指摘するのもはばかられる露骨さだな」
「でも、これって……」
 資料を手に、目元を暗くする旭。
 手元の資料の表題には、こうある。
 『寿々貴の歴史について』

●ケース1
 寿々貴は裕福な家庭に育ち、不自由なく生活していた。
 一般的にみて幸せな子供ではあったが、本人へのプレッシャーは周囲が思った以上に大きいものだった。
 抑圧の結果現われた『あれこれ』は家族に秘密にしたまま。彼女は高校生活を終えることになるのだが……。

「すずちゃん、おかえりなさい」
 夕飯の支度を終えたであろう母が、高校生の寿々貴を出迎えた。
 寿々貴は高校の制服を、母はエプロンをつけている。母の顔は……なぜかブラックアウトしていて窺えない。
「今日は遅かったのね。お友達とお勉強を?」
「はい。お母様」
 穏やかな顔で微笑む寿々貴。
 と、その途端。
「なぁんて、ね」
 寿々貴の表情が歪んだ。
 ポケットから数枚の写真を取り出すと、それを母に向かって投げつける。
「きゃ! すずちゃん、なにを……!」
 投げつけられた写真が床に散らばる。
 それを見て、母は声にならない悲鳴をあげた。
 あえて正確には述べないが。
 寿々貴が何人もの男性や女性に囲まれている風景だったが、そのすべてが地元で問題となっている不良グループのものだった。
 一目でそうと分かった母は寿々貴に掴みかかり、信じられないという顔で、ヒステリックに叫び散らした。
「なんでこんなことするの!」
 何事か勝手なことをわめきながら崩れ落ちる母。
 寿々貴はその様子を見下ろして。
「よかったんだ、こうしていれば」
 そう、呟いた。

●ケース2
 成績優秀なお嬢様として順調に大学へ進学した寿々貴だったが、ある転機が訪れた。
 母が古くから抱えていた持病の手術に失敗したのだ。
 およそ失敗するような手術ではない。過去の失敗例などごく僅かなものだ。
 だがその裏にあった『ゆるやかな暗殺』について、彼女たちは知ることはなかったはずだが……。

 深夜の医務室に一人の医者が残っていた。
 手元には寿々貴の母の手術に関する資料がある。
 そしてデスクには、ビニールに入った数百万の札束が置かれていた。
 医者にはこう伝えられている。
 あの女を医療ミスにみせかけて殺せ。さもなくば……。
 医者は札束を鞄に入れ、『俺は悪くない』と呟いた。
 彼にはこの大学病院の時期院長の座が待っている。部下の医者一人を犠牲に、すれば過去の不祥事はもみ消してくれるというのだ。
 彼が鞄を手に立ち上がり、部屋を出ようとした……その時。
「やらせない、よ」
 カッターナイフを手にした寿々貴が、部屋の出口に立っていた。
 しめった布が口に押し当てられ、部屋に押し込まれる。
 医者はその場に押し倒され、眼球にナイフを突き立てられた。
 うめき、もがく医者。
 そしてやがて動かなくなり。
 寿々貴はゆっくりと立ち上がり。
「よかったんだ、こうしていれば」
 そう、呟いた。

●ケース3
 母を失ったことで寿々貴の家庭崩壊は加速していった。せめて仕事だけはと自らを酷使し続けた父は視察中に事故を起こして死亡する。
 幽鬼のような表情で現場を歩く姿から、事故というより自殺に近いものだったと当時の人間たちは語ったそうだが……。

「ここが次の現場だな?」
 停車した車から下りた男は険しい表情で資料と建物を見比べていた。
「社長、やはりお休みなったほうが……」
「そうなったら誰が会社を動かすんだ。お前に私の代わりが務まるのか?」
「い、いえ、そういうわけでは」
 男は舌打ちし、建物へと歩いて行く。
 と、そこへ。
「お父さん」
 寿々貴がひとり、立っていた。
 こんな場所にいるはずは無い。面食らった男と寿々貴は数秒だけ見つめ合い、そして黙った。
 部下らしき男たちは顔を見合わせ『私たちは先に現場を見ておきますので』と気を遣ったようなことを言って立ち去った。
 取り残された二人は猛しばし黙り。
 寿々貴のほうから口を開いた。
「あのね。お母さんに、甘えたかったんだ」
「……おまえ」
「わがままを言いたかった。沢山構って欲しかった。困らせたりして、それでも私が大事だってことを、教えて欲しかった。せめて、そう言ってみせるだけでも、できたはずなのに」
 うつむいたままの寿々貴と、目をそらす男。
 寿々貴は顔を上げ、他人の距離を埋めた。歩幅の半分。父と子の距離に立って、言った。
「お父さん」
「……ああ、そうだな」
 男は目頭を押さえ、そして寿々貴の肩を抱いた。
 次の仕事現場に背を向け、歩き出す。
「お父さんは、どうも急に風邪をひいたみたいだ。これから甘い物でも食べに行こうか」
「……うん」
 目尻に涙を溜め、寿々貴は。
「よかったんだ、こうしていれば」
 そう、呟いた。

●ケース4
 父と母を喪った寿々貴はあらゆるものに振り回され、無一文で寒空へと放り出されることになった。
 既に芽生えていた神秘の力を利用し、毒にも薬にもならぬよう、社会の隙間で息を潜めるよに暮らし始めることになるのだが……。

「出て行ってよ、寄生虫」
 寿々貴はソバージュヘアの女に頬を叩かれていた。
 すぐそばのベッドには下着のままの男があわあわと現状をうかがい、当の寿々貴は目を反らしたまま黙っていた。
 襟首を掴まれる。
「なに黙ってんの? タカシの弱みにつけ込んでさ、家に転がり込んで置いてさ、図々しいと思わないの?」
「……うん、ごめんね」
「謝ってんじゃねえよ!」
 今度は拳で殴られた。
 後ろの衣装棚にぶつかり、積んでいた衣類がなだれて落ちた。
「手で行けよ、寄生虫。二度と顔見せんな」
 寿々貴はふと男のほうを見る。
 男と一度だけ目が合ったが、彼はすぐに目をそらした。
 手元にはリュックサックが一つだけ落ちている。寿々貴が所有する数少ない物品だ。
 彼女の持ち物は全部この中に収まっている。それ以外はなにも持っていなかった。
 家も、家族も、なにもかもなかった。
 女がリュックサックを蹴り、壁に当たってバウンドした。
「早く出てけよ、早――」
「黙りなよ雌豚」
 寿々貴自身を蹴りつけようとした女の足を、寿々貴は一息でへし折った。
「――!!」
 声にならない悲鳴をあげる彼女を、冷たい目で見下ろす。
「すずきさんに逆らわないでよね。無力なくせにさ。すずきさんが住んであげてるんだから、すずきさんを飼っていられるんだから、幸せに思って貰わないとさ。こっちだって好きでやってるんじゃないんだから、さっ!」
 うずくまった女の腹を、寿々貴は思い切り蹴りつけた。
 先程のリュックサックのように飛び、壁に当たってバウンドした。
「ほんともろいなあ、人間は」
 寿々貴は笑って。
「よかったんだ、こうしていれば」
 そう、呟いた。

●もしかしたらあり得たかも知れないすずきさん
 寿々貴はしあわせに育ちました。
 裕福な家に生まれて、一度はその抑圧が嫌になりましたけれど、そのことでお母さんたちと喧嘩をしたりもしたけれど、いまはとっても仲良しです。
 病気がちだったお母さんも、手術ですっかり元気になって、仕事ばかりで家庭を顧みなかったお父さんも家族と一緒にいる時間がとっても増えました。
 みんないつも笑顔で、みんないつも楽しく、幸せに、幸せに過ごしました。
「よかったんだ、こうしていれば」
 庭に花咲く大きな家。
 その前に立って、『彼女』は両腕を広げた。
 まるでついになるように、路上に立ち尽くす寿々貴。
 へらりと笑って肩をすくめる。
「なんだ、そんなの。全部嘘の人生じゃないか」
「嘘つきはキミでしょ?」
 『彼女』は頬をかいて微笑んだ。
 寿々貴の顔がほんのわずかに固まる。
「お母さんにも正直に慣れなくて、お父さんにも甘えられなくて、全部喪ってからもヘラヘラしちゃってさ、どこへいっても余所者扱いに甘んじてさ。なんでそんな風になっちゃったの?」
「……」
「甘えたら良かったじゃん。今の自分を見たら死んだお母さんがなんて言うと思う? お父さんだってきっと喜ばないよ? 確かに人の迷惑になったり、嫌われたりするのはいやかもしれないけどさ、一度でも嫌われる勇気を持とうよ。勇気を出せば、きっといいことがあるよ」
「……」
「ほらごらんよ。沢山勇気を出したおかげで、みんなすっかり幸せじゃない。みんな笑顔でいられるじゃない」
 にこやかに笑う『彼女』。
「ね、素敵でしょ」
「ああ、ステキだね」
 寿々貴もまた、へらりと笑い。
 『彼女』を殺すことにした。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:八重紅友禅  
■難易度:EASY ■ リクエストシナリオ
■参加人数制限: 6人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年12月01日(月)22:03
 八重紅友禅でございます。
 ご用命ありがとうございます。

●成功条件
・ケース1~4の閉鎖世界すべてに介入し、『3件以上』の歴史改変を阻止すること。
・EXケース『あり得たかも知れないすずきさん』を殺害すること。

 これらの条件を満たせなかった場合、緊急処置として『強制破壊処理』を行ない、寿々貴さんの肉体を保護します。
 ただし文珠四郎寿々貴のフェイトを大幅に消耗するため、非推奨としています。

●参加方法
 ケース1~4+EXの五件に対し、一人ずつ当たってください。シナリオ中の移動はできません。
 ダブった場合一応IDの若い方を優先しますが、そうならないように相談でのすりあわせを推奨します。
(PCの寿々貴さんはEXへ強制参加になります)

●閉鎖世界について
 ケース1~4での歴史改変を阻止することが目的です。
 その場限りで阻止できればいいので、最悪行動を起こす前に先回りして『すずきさん』を殺害してしまう手が一番手っ取り早いとされています。
 (ケース1で言えば、家に帰るまえに捕まえて殺害。写真を回収するのが最短手順になります)
 ケース2~4の『すずきさん』はE能力をわずかに獲得した状態で存在していますが、レベルは相当低いので戦闘難易度はそう高くありません。

 別の方法として、行動を起こす前につかまえて説得するという手があります。
 ただし説得内容はやや厳しめに判定しますので、『なにか綺麗なことを言っておく』くらいでは普通に失敗するのでお気をつけください。
 が、説得による成功が多かった場合シナリオが大成功判定になります。

 注意:今回登場している『レイニーフォトン』は新規個体です。過去のシナリオとは関係ありません。

●ケースEX『あり得たかも知れないすずきさん』について
 かなり攻撃的になった高レベルな『嘘の寿々貴』と戦闘し、殺害することが目的です。
 回復スキル少々、攻撃スキル多数。という取り合わせになっています。性格もだいぶ違うようです。
 寿々貴さんと二人で協力して倒しましょう。

 補足。
 相談が若干メタ視点になりますが、お互いその辺はわかり合っているということにして大丈夫です。
参加NPC
 


■メイン参加者 6人■
ノワールオルールスターサジタリー
不動峰 杏樹(BNE000062)
サイバーアダムクロスイージス
新田・快(BNE000439)
ジーニアスソードミラージュ
戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)
ハイジーニアスホーリーメイガス
文珠四郎 寿々貴(BNE003936)
ナイトバロンアークリベリオン
喜多川・旭(BNE004015)
ハイフュリエミステラン
シィン・アーパーウィル(BNE004479)

●ありえた罪のレイニーフォトン
 ――雨の降る日に思い出す。
 ――ありえた罪のありえた形。
 ――さあ瞼を開け、己の罪を殺すのだ。
 ――かの名はレイニーフォトン。
 ――ありえた罪をうつすもの。
 ――歴史改変、開始。

●ケース1:懺悔せよ、さもなくば我は死ぬ。
 ある雨の降る金曜日。
 写真屋から出た場所で、人を待つ者があった。
 雨が降るのに傘もささず、『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)が立っていた。
「これがお前の願いなら、邪魔はしたくない。だが私の前から消えるのなら、私の記憶から消えるのは……嫌だ」
 自動ドアが開き、少女が一人外へ出た。
 杏樹と目が合う。
 少女は傘を突きだして、『濡れますよ』と言った。
「変わらないな、お前は」
 肩をすくめ、杏樹は笑う。
「だから好きなんだ、寿々貴」

 家へ続く道を、杏樹と寿々貴は歩いていた。
「その写真。母親に見せるのか」
 紙封筒を強く抱え、寿々貴は杏樹をにらんだ。
「だったら、なんですか」
「お前がそうしたいならいい。本当にしたいことなら、いい」
「……」
 封筒の中には写真が数枚入っている。寿々貴はそれを強く握った。
 足を止める杏樹。数歩先へ進む寿々貴。
「私にはお前が、悪戯をして親に構って貰いたがる子供に見える」
 寿々貴の足が止まる。
 杏樹は髪と肩に雨粒を受けながら続けた。
「大好きだから、嫌われたくないから、いい子でいたい。親はいい子なお前だけ見るだろう。寂しくなって、つらくなるだろう。だが――」
「――だけど、どうだって言うんですか!」
 寿々貴は傘を捨て、地面へ叩き付けた。
 水たまりが撥ね、彼女の制服のスカートを濡らす。
「悪いことはしちゃいけませんか。こんな風になる私自身が悪いですか。お母さんは悪くないんですか、私の気持ちを分からなかったからって……そんな理屈は、通用しませんか!」
 身体ごと振り返った彼女の頬は、みっともなく濡れていた。
 雨によるものか。
 どうか。
 杏樹は笑って、頬に滴を流した。
 雨によるものだろう。
 きっと。
「そう、言えばいい」
 数歩歩み寄り、寿々貴の胸から写真をもぎ取る。
「理由を作って逃げるなよ。親と喧嘩をしてこい」
「でも……」
 寿々貴の目の中で不可思議な光が動いた。
「そんなことをしたら、私の『非行』はきっと知れてしまいますよ。歴史はきっと、変わってしまう」
「まあ、そうなればしょうがないさ」
 杏樹は腰から銃を抜き、自分の顎につきつけて、そして笑った。
「私が不良仲間として一緒に怒られてやる。運命が必要なら、私のぶんまで持って行け」
「いいんですか? すずきさん、きっとお言葉に甘えますよ」
「いいさ、不良仲間だろう?」
「不良仲間ですね」
 二人は傘を捨て、手を取り、家へと歩き出した。

 ――歴史改変、成功。
 ――文珠四郎寿々貴は高校時代に母と衝突し、非行の事実を露わにする。
 ――結果として母との関係は見直され、母が死亡するまでの数年間。二人は強い絆をはぐくんだ。

●ケース2:人命代価
 雨の降る木曜日。
「おこってしまった事実をやりなおしたい。己の大切なものを壊された報復は当然ではあるんですがねぇ。そこへくると、自分にとって大切なのは今のすずきさんでして」
 キャスターつきの椅子に腰掛け、足を組む『桃源郷』シィン・アーパーウィル(BNE004479)。
 彼女の足に背を踏まれる形で、一人の男が地面に這いつくばっていた。
 寿々貴の母を担当している医者である。厳密には担当者の更に上にいる管理者ではあるが。
「な、なんの話をしてるんだ」
「悲劇を看過するって話ですよ」
「……看過? 医療過誤を止めに来たんじゃないのか?」
 シィンはため息をついた。
 片腕を組み、顎肘をつく。
「正直、あなたが何百万受け取ろうがその結果何人死のうが知ったことでは無いんですよ。むしろ、予定通り打ち合わせ通りに医療ミスがおきて、その……文珠四郎さん? その女性が死んで貰ったほうが助かるんです。頑張ってくださいね、その辺」
 男は意味が分からないという顔で首を振った。
「つまり……なにがしたい」
「質問です」
 言葉を喰う形で、シィンは男に顔を寄せた。
 彼女は上下反転したまま空中に浮遊している。異常な光景に、男は慌てて飛び起きた。
「『医療ミス』を要求した人間の顔は?」
「そ、そんなの」
「いただきました」
 ハッとして頭を押さえる男。今感じている異常な感覚が、自分の頭が読み取られている感覚だと察したのだ。
「名前は? 住所は? 所属企業は? 役職は? その女の生年月日は分かりますか? スリーサイズは分かるんですね? へえ、それは気持ちよかったでしょうね。所属は名乗らなかったと。でもあなたは気づいていた。そうですよね? その理由も、察しが付いていた。確かめようとして、確信も得た。ええそうでしょう、良心が痛んだでしょうねえ。病気の妻が聞いたらきっと……ああ大丈夫手は出しませんよ。因果応報というじゃありませんか。無関係な私なんかじゃとてもとても。え? ええ、そうですそうです。『その人のせい』ですよ」
 シィンは白紙のシートを手に取り、カルテでも書くようにして万年筆を走らせた。
「診察は以上です。お大事に?」
 シィンはそのシートだけを手に取ると、開けた窓から飛び降りていった。

 病院の裏口で、ドアをがちゃがちゃとやっている少女をみかけ、シィンは後ろから問いかけた。
「こんにちは。闇討ちですか?」
「――ッ」
 振り向きざまに繰り出されたボールペンが、翳したシィンの手のひらを貫通した。
 そのままぎゅっと彼女の手を握り込む。
「あなたにお母さんを助けられると困るんですよ。だからコレで手を打ちませんか。ね?」
 先程手に入れたシートを翳して、シィンは笑った。両目を開いて笑顔を作った。
 恨めしそうににらみ付けてくる寿々貴。
「敵討ちなんて、お母さんは望まない。今ある命を助けられるなら私は――」
「あーあーいいんですよそういうきれい事は。恨みがあるなら刺しなさい。憎いならば殴りなさい。明日の朝まで付き合いますよ。なんなら来週まで付き合いましょうか? あなたのお母さんが死ぬまで、続けましょうか?」
「…………」
 実力差を、その時点で察したのだろう。
 寿々貴は地面に膝を突き。がっくりとうなだれた。
 目を瞑り、歯噛みした。
 血を滴らせて、シィンは笑った。
「だから好きですよ、すずきさん」

 ――歴史改変、失敗。
 ――寿々貴はそのすべを持っていながらも母を救うことはなかった。その裏にいた首謀者のリストを渡されたが、彼女はそれを読むこと無く燃やした。

●ケース3:醜い貴女が、だれより好き。
 雨の降る水曜日。
 『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)は傘をさして立っていた。
「すずきさんは、どこまでがすずきさんなんだろう」
 傘も差さずに墓地を歩く彼女も。
 つらい過去を変えたがる彼女も。
 幸せになりたがる彼女も。
 不幸せを笑う彼女も。
 どちらもすずきさんなんだろうか。
「そんなすずきさんに、言えることなんか無いよ。でも、だから……」
 旭は、遠くから来たる人影を、ただじっと待った。

「どいてよ」
 旭がその場に立っている理由を、寿々貴はすぐに気づいた。
 手に魔力をためて言う彼女を前にして、旭は両腕を広げて見せた。
 傘が落ちる。
「わたしね、すずきさんのことあまり知らなかった。今だって、何考えてるかわかんないよ」
「だったらいいでしょう。放って置いても」
 横をすり抜けようとする寿々貴を、旭は止めた。
「でもね、それでもいいと思ってるの。知る必要は、無いと思ったの」
「……」
「知らないすずきさんが、わたしは好き」
「なに、それ」
 寿々貴の顔が醜く歪んだ。
「お父さんは、私のことが分からなかった。私もお父さんのことが、分からなかったよ。だからすれ違ってきた。お母さんの気持ちだって、知らず知らずに裏切ってた。好きなのはいいことかもしれないよ。でも、それじゃ何も解決しない」
「そうだね。解決しないよ」
 雨に濡れてしっとりとした髪に、雨粒が伝っていく。
 目尻を通り、頬を落ちていく。
 旭は微笑んだ。
「でもちょっとだけ、気持ちいいでしょ」
「……ッ!」
 寿々貴が数歩後じさりした。
「わけ、わかんない」
「でもそんなわたしのこと、ちょっとは好きでしょ」
「意味分かんない」
「そういうの、楽しいでしょ」
 旭は大きく一歩、寿々貴との距離を詰めた。
「ねえすずきさん。素直になれなくて、人が信じられなくて、不幸な人生だったかもしれない。でもそれが『すずきさん』なの。私の大事なすずきさんなの」
「そんなの、勝手だよ。私が不幸にならなきゃ、だめだなんて……」
 旭のずっと後ろのほうで車が止まった。
 おおよその人払いはできたものの、強結界が通じる場合ではないのだろう。当然だ、彼は強い意志を持って、自分の仕事をしようとしているのだ。あれもまた、家族のため。すずきさんのため。
「……行くなら、許さないよ」
 旭は強く寿々貴の腕を掴んだ。
「離して……」
「いや」
 男が建物へ入っていく。
「離して!」
 振り上げたボールペンが、旭の胸に刺さった。
 何度も、何度も刺さった。
 数分間、二人は雨に濡れたままそれを続けていた。。
 やがて騒ぎ声が聞こえ、やがて救急車が訪れ、やがて暗い顔をした男たちが建物から出て行った。
 泣き崩れる寿々貴。
 旭はドレスを血まみれにして、その姿を見下ろしていた。
「それでも好きだよ、すずきさん」

 ――歴史改変、失敗。
 ――寿々貴は父の死を見過ごし、全ての家族を喪った。すべて、すべて喪った。

●ケース4:罪深き君に祝福を
 雨の降る火曜日。
 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)はアパートの前に立っていた。
 レインコートが雨を弾き、彼の足下に大きな水たまりができてる。
「何をしてるんだい、そこで」
 女性に声をかけられ、快はにこやかに言った。
「ちょっとね。君が好きだって、言いに来た」

 明らかな不審者でありながらお巡りさんも呼び出さず、じゃあ少し歩こうかなどと言って公園までやってくるのは、やはり当時の寿々貴ならではの対応なのだろう。
 雨に濡れ砲台になりながら、寿々貴はパンダの遊具に腰掛けた。
「それで? すずきさん、援助交際とか受け付けてないヒトなんだけど?」
「ごめんね。そういう話じゃないんだ」
 照れたように笑う快。彼もまた、濡れたブランコに腰掛けている。
 更に質問が来るかと思ったが、寿々貴は笑顔とも真顔ともつかないごくごく曖昧な表情を浮かべて快の話を待っていた。
 なるほど、『今のすずきさん』はこの頃から形作られていたのか。
 ならいつものペースでよさそうだ。
 快は咳払いをして話し始めた。
「俺はね、いつも君に助けられてる。命をって意味でもあるし、心をって意味でもある。気持ちをって意味も、あるかな」
 ブランコをこぎはじめる快。寿々貴は黙って続きを促している。
「それはすずきさんにしか出来ないことで、俺はそれにずっと救われてきた」
「感謝してるんだ?」
「違うよ」
 あえて口に出して言ったのに、快はすぐに否定した。
 ブランコをとめる。
「言っただろ。俺はすずきさんが好きなんだ」
 寿々貴は笑顔を作った。
「友達としてだよね?」
「違うよ」
 快は立ち上がり、寿々貴の前に立った。
「女性として好きだ」
「……うわきだ」
「……そうだよ」
 寿々貴の目の中に不可思議な光が走り、悪戯めいた顔で快を指さした。
 苦笑する快。
「俺は決めてしまった人が居る。この先君に寄り添うことはできない。それでも、俺は好きだ」
「なんで嘘をつかなかったの」
「嘘は苦手なんだ」
「……そっか」
 寿々貴は立ち上がり、快の胸を指でついた。
「たぶん、すずきさんはその心に付け入るよ?」
「構わない。そうされてもいいように、俺は強くなったんだ」
 快は手を差し出した。
「なあすずきさん。約束するよ。君の周りにはいい奴がいっぱい居て、そこには君の居場所が確かにある。今だって、俺は一晩付き合える」
「いけないんだ。年頃の女をつかまえて夜の町に消えちゃうんだ?」
「そうとも。自信があるんだ、お酒には」
 そして寿々貴は、彼の手を取った。

 ――歴史改変、失敗。
 ――寿々貴はある日突然男の家から姿を消した。その後どこへ言ったのか、知るものは少ない。

●ケースEX:すずきさんがすき
「変だよね。好きな人の幸せを望むのが、友達ってものなんじゃないの?」
 空を見上げ、少女は呟いた。
 彼女の後ろにあった家は歴史のノイズに消え、気づけばコインパーキングになっていた。
 広い庭はなくなり、少女の手にはナイフが握られた。
「ごめんね。すずきさんの友達って、変人ばっかりでさ」
 肩をすくめ、『息抜きの合間に人生を』文珠四郎 寿々貴(BNE003936)はへらりと笑った。
「本人がこんなだからね。しょうがないね」
「なら本人ごと、歴史の上から消すしか無いよ。こんなやり方したくなかったけど。すずきさんの幸せのためなんだ」
 少女はナイフを手に一歩を踏み出し、二歩目からトップスピードにはいった。
 寿々貴の眼球めがけて突き込まれたナイフは、しかし。
「呼ばれて飛び出て、なんちゃって」
 鞘から刀を抜いた『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が、その刀身だけでナイフの先端を受け止めていた。
 肩越しに顔を覗き込んでくる寿々貴。
「おや、舞ちゃん」
「どうも、すずきさん」
 その一言の間に、二人は事情を理解した。
 少女の腹を突き刺すように膝蹴り。少女ははじき飛ばされ、かつての自宅のドアにぶつかった。
 舞姫は追撃。
 少女は手を翳し、光の矢を放った。矢は舞姫の心臓部分を直撃。背中へと貫通する。
 思わずひっくり返りそうになるが、矢は存在もろとも傷口ごと消え去った。
 踏みとどまり、後ろを振り返る。
 寿々貴が笑い、舞姫は笑った。
「達観と諦観の底に沈んだ後悔が、おまえ(アザーバイド)を呼んだなら。断ち切れるのはすずきさん自身でしかない」
 首を狙って刀を放つ。転がって避ける少女。背後の扉が切り裂かれ、周囲の風景が病院の医務室になった。
「だから納得いくまで、わたしが彼女の盾になる」
 飛んできたキャスターつきの椅子を真っ二つに切断する。その直後、巨大なビームが舞姫の肩に直撃。腕がもげて飛んでいった。
 飛んだそばから、また生える。
 周囲の光景が建設現場に変わり、舞姫と少女は鉄骨の上に立っていた。
 鋭い蹴りによって弾き落とされる。
 幾度も鉄骨に身体を強打し、鉄板の上に頭から落ちる。
 ……が、肉体を無理矢理修復して立ち上がる。
「現実は、ちっとも優しくない。痛くてつらくて苦しくて」
 周囲がボロアパートに変わり、飛びかかってきた少女に舞姫は押し倒された。
 馬乗りになった少女が舞姫の胸を何度も突き刺す。引き抜いたそばから、傷口は巻き戻し映像のように修復された。
「この嘘が、本当の幸せなのかもしれない」
 景色がかつての家に変わる。
 母と寿々貴が言い争い、お互いの頬をたたき合って喧嘩をしていた。
「だけど」
 景色が霊安室に変わる。母にすがりついて寿々貴が泣いていた。居合わせた父もまた、静かに泣いていた。
「それでも」
 景色が建設現場のそれに変わる。転落死体の父の周りに人が集まり、その様子を寿々貴が遠巻きに見つめていた。
「わたしは」
 景色が変わる。ボロアパートの明かりを一度だけ振り返り、バッグを手に寿々貴が夜の闇に消えていった。
「すずきさんを、失いたくない」
 少女の手首を掴み、振り落とす。逆に彼女のマウントをとり、刀を高く振り上げた。
「すずきさん」
「うん」
 寿々貴は少女の枕元に膝を突いて座った。

 雨の降る月曜日。
 寿々貴は少女の両頬に手を添えた。
「キミに、自殺願望はあるかい?」
 少女は応えない。
 しかし寿々貴にだけは、互いの両目を通じて何かが伝わっていた。
「そっか。じゃあ……すずきさんと同じだね」
 寿々貴は笑って言った。
「すずきさんの中においで。不幸で惨めで醜くて、狡くて嫌味で嘘つきで、傲慢で最低な、すずきさんの中においでよ」
「――」
 少女の口が開き。
 ごくごく、か細い声で彼女は言った。
「……だってさ」
「だから大好きですよ、すずきさん」
 顔を上げた寿々貴に、舞姫は頷き。
 『幸せなすずきさん』を刺し殺した。

 雨の降る日曜日のこと。
 すずきさんは無事な姿で発見、保護された。
 その後のことを、語る必要など無い。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
誤解を恐れずに言いますと、このシナリオは失敗してもいいと思っておりました。
 本来これは、成功条件を満たすために心を鬼にして友達の不幸を見過ごし、幸せへの抵抗を踏みつぶすというものでした。
 しかしかなり早い段階から、参加者は『すずきさんへの気持ち』を昇華させるため、最悪シナリオが失敗しても構わないという覚悟を持っていました。なかなかできることではありません。
 結果として成功はしましたが、私はこれを『愛すべき成功』と呼びたいと思います。
 仮に失敗したとしても、これは『愛すべき失敗』です。
 お疲れ様でした。

 余談。
 現在、今のままのすずきさんが生き残っていますが、現在の時空には『あり得たかも知れないすずきさん』が零パーセントの可能性として存在しています。
 決して現実の物理現象に影響してくることはありえませんが、その存在だけは感じることが出来るでしょう。