●特別ご招待会のご案内 拝啓 マフラーとコートが手放せない季節になってまいりました。皆様におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。平素は格別のご厚情を賜り、厚くお礼申し上げます。 さて、弊社では毎年この時期に上得意様だけのご招待会を開催しておりますが、この度は近隣地域の皆様にも日頃のご厚誼へのお礼の気持ちを込めまして、ご招待券をお送りさせていただくことになりました。 特別ご招待会では狙った異性を必ず落とせる「いちコロリ」、億万長者も夢じゃない「当選番号メーカー」などなど、通常ではご案内できないご奉仕品の数々をご用意いたしております。 また、特別ご招待会開催中は、ご来店記念のプレゼントやノーフェイス同士による格闘大会などのお楽しみ企画も多数ご用意させていただいております。 ぜひ、この機会をお見逃しなく、神秘愛好家の皆様おそろいでご来店賜りますようご案内申し上げます。 敬具 ● 明日、千葉県内で剣林に属するある組織が、「特別ご招待会」で一般人へこれまでの悪事で回収して来たアーティファクトを販売するという。 何をたくらんでいるのか――、崩壊度を高めるための一環らしい。 「で、効果ですが、『いちコロリ』は狙った異性の命が落ちます。ええ、死んじゃいます。殺してしまえば永遠にあなたのもの、ということです。浮気の心配なしですね、ハハハハ。あわせて人間大のガラス製保冷庫も販売されるようですよ。 『当選番号メーカー』はちゃんと当選番号を作りだせます。億の桁の。支払いはなぜか、インフレが激しい某アフリカの国の通貨で、ですけどね……。あ、こちらは耐火性の丈夫なアタッシュケース付です」 なんじゃそれ。 リベリスタたちの間に漂うグダグタ感が半端ない。 ここはアーク本部のとあるブリーフィングルーム。 『まだまだ修行中』佐田 健一(nBNE000270)は拳でテーブルをコツコツ叩いてリベリスタたちの気を引いた。 「まあ、そういわず。どれもアーティファクトとしてはB級、いやC級。粗悪品ばかりですがしっかり回収してきてください。一般人がそれらを使って何かをするたびに、少しずつこの世界に悪影響がでます」 ちなみにアークのリベリスタたちが使えるようなまともな品は一品も出ないらしい。よって回収したアーティファクトはすべて保管庫行が決まっている。 健一は赤い椀の蓋を開けた。白い湯気を立てた椀の中、おしるこには焼き餅と栗が入っている。添え物はもちろん塩昆布。 フォーチュナはリベリスタたちにも、どうぞ、と勧めた。 「会場となる店内は地上3階、地下2階建て。1階は配送センターになっています。2階に商品の展示スペースと卸しが、3階に表向きの事務所。地下1階は倉庫。2階は普段、関係者以外立ち入り禁止なのですが、今回は特別に会場スペースとして使うようです」 とにかくひとつでも多く粗悪品を売りさばくのが目的なので、招待状はとくに持っていなくても入れるらしい。 「そうそう。招待会の目玉商品のひとつに、W.Pの刻印が入った『角砂糖』があります」 いきなりの爆弾発言にリベリスタの何人かが餅をのどに詰まらせそうになった。 「偽物ですけどね」 と、さらりと種明かしする健一。 「何の変哲もない2センチ四方の白金の塊に、イニシャルを刻印しただけのものです。『黒い太陽』が日本は新潟に居を構えたというのに、本人の手が届くところで堂々と偽物を高値で売り出そうって言うんだから、剣林もなかなか肝が据わっているじゃないですか」 何を考えているんだ、という声がテーブルのあちらこちらから上がった。 「いや、本当に。しかしながら、客寄せ以外のことはなにも考えていない、というのが実情でしょう。剣林ですから」 健一は箸を揃えておくと、椀に蓋をした。 「みなさんには会場に赴いて粗悪品アーティファクトのできる限りの回収と、一般人の避難をお願いします。剣林フィクサードと会場にいるノーフェイス、その他覚醒者の撃破はとくに行う必要はありません」 は、と首をかしげるリベリスタたち。 「なぜなら、みなさんが到着して30分後、原因不明の要因でビル全体が消滅するからです。くれぐれも巻き込まれないように」 制限時間には気を付けてくださいね、と言って健一は茶をすすった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年12月10日(水)22:10 |
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■メイン参加者 4人■ | |||||
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● 「こりゃまた随分と目つきの悪い連中が集まってきているな」 『悪漢無頼』城山 銀次(BNE004850)はざり、と雪駄の下で砂利を鳴らした。前を開いた角袖コートの下は無論着流し。任侠映画から抜け出て来たような、懐手の出で立ちはそれだけで周りを圧するものがある。 まず、人山に何事かと物見高く集まった買い物帰りの主婦や、偶然近くを通りがかり、暇つぶしになればとサボりがてらやってきた外回り中のサラリーマンたちが顔をこわばらせながら道を譲った。 次いで銀次に目つきが悪いと評されたあきらかに業界筋の、派手なスーツ姿の男たちが、突如現れた大物に礼を逸さないよう目を伏せつつ後ろへ下がった。 城山組組長の貫目は重い。 ことさら口にして名乗る必要はなく、身体よりにじみ出る風格が自然と人の頭を垂らせてしまうのだ。 すまねえな、と言いつつも銀次は仲間を後ろに引き連れて、受付と書かれた紙が貼られる長机の前へ進んだ。 「カッカッカ、それじゃあ招待されようかい剣林」 受付嬢は顔からさっと色味が引いていくのを自覚した。くらり、と眩暈さえ感じて、机に手を突けば、もう顔を上げることすら難しかった。 自身も覚醒者、しかも武闘派で鳴らす剣林の構成員であれば、街のチンピラごときは恐れるものではない。たとえ襟にバッチをつけていたとしても、一般人ならどうということはない。だが、相手は同じく覚醒者である。しかも相当な手練れ―― 「持て成してくれるんだろう? 楽しませてもらおうかい」 受付嬢の隣にいた男は早くも逃げ腰で、ただひたすら丁重に記帳をお願いしている。みれば両手を添えて差し出したボールペンの頭が細かく震えていた。 「まあまあ、城山の旦那。下っ端相手に凄んでも可哀想なだけじゃない。さっさと済ませて中に入ろう」 『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は銀次の横から手を伸ばし、男が差し出したボールペンを受け取った。 可哀想、と銀次にはいったが、涼子は悪党に同情する気持ちなど更々持ち合わせてはいない。 あきらかにほっとする男に泣きホクロの上からひと睨みくれてやった。短く切った黒髪を不機嫌に揺らしつつ、長机の上に身を屈めると、さらさら、と整った美しい字で名を書き込んだ。 分厚い台帳はすでに半ばが開かれており、自身の名の横にもたくさんの名前が書き込まれていた。 涼子は赤い丸印がつけられている名前がいくつかあることに気付いた。もしや覚醒者の印だろうか、と見当をつけていると、受付嬢が赤いペンでいま書いたばかりの名の上に印をつけた。 「ろくでもない物をほしがるひと、たくさんいるのね」 冷たく切るような物言いに、受付嬢がびくりと体を震わせる。もうほとんど泣きだしそうだ。 呆れ混じりにため息をつくと、ペンを回して返した。 「……まあいいけど。ビルごと消えるのは、さすがにかわいそうだ」 だから警告してあげよう。アンタたちもさっさと逃げな。これで震えているようじゃあ、話ならないよ。 「生きていればなんとでも言い訳できる。受付なんて、いてもいなくてもいいでしょ」 「実際、ここで終わりだしな。あ、そうだ。頼めるなら逃げだす前に、アーク職員たちと一緒に集まった野次馬や招待客を帰してもらいてぇ」 なにせ人手が足りなくて、と横から奥州 一悟(BNE004854)。 一悟は上着の内に手を入れようとした男の腕を素早くつかんでひねり上げた。手から通信機器を取り上げて落とすと、足で踏み潰した。 「下の連中はオレたちがなんとかする。いそがねぇと30分後にここはきれいに均されて草一本生えてねえ状態になるぜ。アークのフォーチュナがそう言ったんだから、信じろって」 な、だから、悪いことは言わない。気合入れて避難活動してくれよ。一悟は男の肩を叩いて騒ぎ出した人々の方へ押しやった。 しっし、と手で払って受付嬢も立ち退かせ、改めて入口に立てられた『特別ご招待会 会場』の看板を眺める。 30分後、実際にはもう30分を切っているのだが、いま一悟たちがいるビルというか流通倉庫の家屋全体が『原因不明の要因』で消滅することになっていた。万華鏡を使ったフォーチュナの未来予知は、誰かが故意に介入しない限り狂うことはない。 一悟はここを更地に変えてしまう『原因不明の要因』による破壊が、新潟に仮の居を構えたバロックナイツ第一位……本人ではないにしても、それにきわめて近い人物の不興を買ったために起こると推測していた。 100%間違いなく、原因は客寄せに展示された『角砂糖』という名の、贋のW.P.アーティファクトである。 「まったくよぅ……こんな非常時に剣林も何考えてんだ?」 「ほんとうに」と受けた涼子の顔は面のようだった。 常日頃から戦うことが第一の脳筋ゆえに、ここにいる剣林フィクサードたちが何も考えていないのがよく分かる。呆れを通り越して笑う気すら起きない。 「地域封鎖、完了しましたのだ」 声に涼子が振り返ると、額にぴしりと指を揃えた手を当てて敬礼する『きゅうけつおやさい』チコーリア・プンタレッラ(BNE004832)の姿があった。 いつの間にか隣に立っていた銀次がいなくなっていた。チコーリアの頭の向こうに目を向けると、銀次はやはり派手なスーツ姿の男たちを集めてなにやら指示を出していた。ドスの利いた返事が地に響いて、男たちが散っていく。 「ひとまず人払いは終わりそうなのだ。上の階に残っている剣林たちもさっきの人たちが逃がすだろうし、そろそろチコたちも下に降りるのだ」 チコーリアは片腕で抱え込んでいたチラシの束を両手で持ち直した。 フォーチュナの健一に頼んで手に入れたそれは、持ち出しされそうなB級アーティファクトを事前に把握するためのものであった。すでに移動中の車で涼子らとともに紙面に一通り目を通し、持ち出しされそうなものの検討づけはしてある。大事に抱えているのは、あとでこれに火をつけるためだ。 会場内の一般人は火をつけてボヤを起こすことで自主的に逃げてもらおう、というがチコーリアが立てた作戦だった。 アーティファクトの収集家、なかでもW.P.シリーズを集める者は大人しく非難するとは思えず、どころかアーティファクトを取り上げようとすると手向かう可能性があった。会場警備にあたる剣林のフィクサードは言うに及ばず、見世物にされている二体のノーフェイスも厄介な存在だ。 だから一般人にはこちらの手をかけずに逃げてもらえれば助かる。 「準備ができましたらみなさんお知らせしますのだ」 「おう。これで先にエレベーターを止めな」 戻ってきた銀次が一悟へ投げてよこしたのは小さな鍵の束だ。警備員を締め上げてエレベーターの停止キーを取り上げてきたらしい。 「それ、わたしがやる。ふたりは地下二階の会場へ先に降りて。エレベーターを止めたら、非常階段の片側を封鎖する。ちょっと音が立つかもしれないけど――」 「まあ、欲の皮が突っ張った連中は気にしないさ」、と一悟は受け取ったばかりの鍵を 涼子に手渡した。 「道具で簡単に叶う願い事なんて偽物なのだ。どうしてそれが分からないのだ?」 口調は大人びているが、ぷんぷんと口を尖らせ頬を膨らますチコーリアのしぐさはやはり幼い子供のそれだ。 「ま、せいぜい死人が出ないように四人で頑張ろうや」 チコーリアの頭をくしゃりとやって、銀次はゆるりと非常階段へ足を向けた。 ● 「よう! 久しぶり」 ざわつく会場の中で、声の主を知りあいと認めて剣林のフィクサード貫田 正嗣が露骨に顔をしかめた。ちら、と四角い囲いに目を向けてから、改めて一悟とその後ろに控えた強面に対峙する。 「そんな顔しねぇで、ちょっとオレの話を聞いてくれないか?」 聞けねぇな、と目くじらをたてながら兄貴分と一悟の間に割って入ったのは高良 義美だ。 剣林のこのふたりと一悟は、奇異な縁で同じ襷を繋ぎ合った仲だ。早春の企業駅伝でのことだった。 「んだよ。同じユニフォームを着て走った仲じゃねぇか」 関係ねぇ、と声を尖らせて突っかかる舎弟の肩を、正嗣がむんずと掴んで引き戻す。ながら、目で一悟の後ろへ威嚇の視線を飛ばすのは忘れなかった。 一目見て銀次との格の違いを自覚したが、そうかといって拳のひとつも降り上げず尻尾を股に挟み込む剣林ではない。少なくとも正嗣は違った。なぜならこうして舎弟を持つからには、保たなくてはならない面子があるからだ。 ガンをつけられた銀次はといえば、へらりと笑って余裕の呈である。粋なしぐさで肩をひとつすくめると、話は一悟に任せてリングで殴りあうノーフェイスたちへ顔を向けた。 「……あんときゃ、世話になったな。福井の件も。あっちから連絡があった。また会うことがあったら礼を言っといてくれって」 「ん、まあ、助けに行ったっていっても……狂信者の撃退が第一目的だったしな。礼を言われるとこそば痒いぜ」 「で、話ってなんだ。まさか、大人しくここでのしのぎをやめて、アーティファクトを全部アークに差し出せって言うんじゃないだろうな?」 「ああ、そのまさかだ。訳も分からないうちにビルごと消し飛ばされたくはないだろう?」 「なんだとうっ」 正嗣は一悟に飛びかかろうとした義美を肘で押し戻した。 「キャンキャン騒がしい犬っころだな。あ、猫か。すまん」 ずい、と前に出て来た銀次に気圧されて、さすがに義美も黙り込んだ。 「言うことをきかなければ一般人ごと消し殺す、か? ずいぶん乱暴なやり方じゃないか。アークはいつからフィクサード組織になった?」 「勘違いするな。吹き飛ばすのはアークじゃねぇから話がややっこしいんだ」 じゃあ、誰だと吼えた銀次へ当惑気味に問いかける正嗣。 見ろ、と言って一悟はある一角を指さした。 指さされた先では、四人の屈強な黒服が、スポットライトを浴びる四角いアクリルケースを囲んでいた。分厚いアクリルの中には小さな銀の塊が収められているのが確認できる。 「あ? 目玉商品? W.P.のアーティ――ってまさか、ウソだろ? 偽物だぞ、あれ」 「だからだろうが、馬鹿たれ」 なにも世界最凶最悪のアーティファクターW.P.ご本人が新潟に居座っているときに偽物を作って売ろうとしなくてもよかろうに。お前ら、ほんものの馬鹿だ。 「本人じゃねぇだろうけど、やつの奉仕者たち、なかでもガチガチの信者Dあたりがやりそうな気がするぜ。あと、二十分後に」 だったらそのDとかいうやつを叩けよ、という義美は無視して、一悟は正嗣にアークに協力を頼んだ。一般人の保護はもとより、粗悪品のアーティファクトを持ちだそうとするコレクターたちを止めて欲しい。 ――と、そこへアクセスファンダズムから涼子の声。 <まずい! 後ろ! 馬鹿たちが囲いを壊そうとしている> 監視の目が緩んだ隙に、数人のコレクターたちがノーフェイスの檻に取りついていた。体ごと大きく振って金網を引き倒そうとしている。血に狂った化け物を解き放って会場に大混乱を引き起こし、剣林たちの注意がノーフェイスに向けられた隙に贋のW.P.アーティファクトを盗むつもりなのだ。 「面白ェ出し物だったが……時間も無ェし、まァここいらで仕舞いとしようかい」 銀次はすでに動き出していた。五感を研ぎ澄ませて背の後ろに気を配っていたからには、涼子の声が届くより早くコレクターたちの動きに気付いていたのである。 ガシャガシャときしみを上げて倒れようとしているゲージに一般客たちも気がつき始めた。ただの余興、あれは特殊メイクで恐ろしい化け物に見せかけられたレスラーだと信じ込んで、ノーフェイスたちの殴りあいを楽しんでいた顔に不安が浮かぶ。 「チコ、まだかっ!」 幻想纏いに向けて一悟が怒鳴った。 <お待たせなのだ! これから始めますのだ> チコーリアの声と同時に火災警報が鳴り響き、スプリンクラーが作動して高い天井から雨を降りしきるがごとく水が降り落ちてきた。 ● そぼ濡れて佇めど、その目は鋭さを失わず。 非常階段を駆け上る人の中にいて、涼子は冷静に覚醒者の姿を捉えては心えぐる一言を放って怒らせていた。 粗悪品を持ち逃げされてはかなわない。ただ眺めるだけならともかく、好奇心に駆られて使われでもしたら、世界にどんな悪影響がでるか分かったものではないのだ。巨大な嵐の訪れを前にして、崩壊度が上がる事態はなんとしても避けねばならなかった。 「それを置いて無事に帰るか、痛い目にあったうえに奪われて帰るか、好きな方をえらんで」 欲に目をくらませたコレクターに道理は通じない。例外なく涼子に鼻っ柱を叩き折られ、前を自らの鼻血で赤く汚しながら、盗み出したアーティファクトを差し出した。 「――と、邪魔しないで!」 アーティファクトを取り戻そうと手を伸ばしてきた剣林のフィクサードには、遠慮なく魔弾をいくつも叩き込んだ。 圧倒的な力の差を見せつけられて怯み、足をとめた者には表情を和らげて、「動けなくなった人をビルの外に運び出してくれるかな?」と頼む。 涼子は甘い辛いを見事に使い分けて、アーティファクトの回収と救助を見事に両立させていた。 さて、もう1つの非常階段。 ここではチコーリアがやはりアーティファクトの回収に励んでいた。 懐で何やら大事にかかえこんでいる覚醒者を見つけては、ところ構わずがぶりと噛みついて、「残らず血を吸われたくなかったら、盗んだお宝をおいていけ~、なのだ」と脅す。遠くにいて取り逃がしそうな者には、その頭上に死神の鎌を振り落した。 涼子側に逃亡者がいれば、すぐさま幻想纏いを開いて涼子に知らせもした。 あらかじめ盗まれそうなアーティファクトには目をつけてあったので、回収作業は順調だ。 チコーリアは、叶わぬ思いを結ぶため、あるいは己の悪事を隠すため、大枚はたいて粗悪品を買い取ったふたりの一般人もちゃんと見つけ出していた。が、二人には何もせず非常階段を昇らせた。うえでアークの職員が身柄を確保してくれるだろう。説得は後だ。 「十分前! そろそろ限界なのだ!」 反対側で涼子がこくりと頷くのが見えた。首を回してリングのある場所へ視線を転じる。 「八分前なのだ! 一悟、銀次おじさん、逃げるのだ!」 <だから、なんでオレは呼び捨てなんだよ!> 「鍋にチョコいれる悪者は呼び捨てでいいのだ」 まだいうか。 一悟は頬をひきつらせた。鍋にチョコの話は今年の二月のことである。 「なんの話だ」と銀次。 「なんでもねぇ」 腰をぬかして後ずさる一般人へ見境なくしたノーフェイスが襲い掛かった。一悟が鋭く脚を振りぬく。放たれた蹴りは真空の刃となってノーフェイスの横顔に食い込んだ。 それでも止まらぬと見て、銀次がアッパーユアハートを放つと、未練たらしく居残っていたコレクターたちまでも引っ掛かった。 歯をむき出しにして向かってくる。 「戦闘能力は一般人? だが木っ端とはいえ覚醒者だろうが。それが俺に向かってくるってェ事は、命はいらねェってコトだよなァ?」 銀次に凄まれて、なんちゃって覚醒者たちの怒りはたちまちのうちに消え失せた。転がるようにして逃げ出していく。 ――が、相手がノーフェイスではそう楽にことは運ばない。 二体が同時に銀次へ向けて拳を放つ。 「うらぁっ!」 吐いた気合とともに一悟が銀次の前へ出た。左のノーフェイスの懐へ飛び込んで、伸ばし切られていない肘の下から炎を纏った拳を突き上げる。そのまま振りぬけば、肘の先から腕が千切れ飛ぶ。 「どんな経緯で闇に落ちて、ここで殺し合いとなったか知らねぇが……ここいらでもう、仕舞にしようや」 袖の奥から解き放たれた黒いオーラが八岐大蛇に変じれば、瞬きする間も与えずに二体のノーフェイスの体をぐるりと纏めとる。 「そいつに乗って一足先に冥途へ行きな」 ● 「わたしのことが好きならアイテムなんかに頼っちゃダメ。誠意を見せて……なのだ」 なのだ、は余計なのだが……幻視で憧れのアイドルに化けたチコーリアは気づいていない。低い背はどこからか調達して来た脚立で誤魔化して、気分だけはすっかりキノコ頭の保を虜にしている歌手になり切っている。 「さあ、だして……なのだ」 まんまとアーティファクトをせしめてほくほく顔のチコーリアが可笑しくて、涼子はそっと顔に当てた手の下で笑った。 「警察だ。下口 佐千夫、脱税容疑で逮捕する」 冴えない容貌のオッサンは、ええっ、と一度は飛び上がるほど驚いて見せた。が、すぐに疑惑の目を一悟へ向けた。 幻視を忘れて、学生服のまま。それで警察を名乗ってもさすがに無理がある。 かかか笑いを更地に響かせて銀次が対応に出た。 「よう、横領たァ大変な事したみてェだなァ?」 あきらか、その筋ものに声をかけられればケチな犯罪者でなくとも身をすくませる。 「あんたも破滅したくはねェだろう? あんたの年で職を失えばどうなるか……。そこで提案だ、そいつを引き渡せばバレないように手を回してやるぜ?」 俺が金を立て替えてやる、あんたは俺に少しずつ返済してくれりゃあいい、とすこぶる物わかりのいい親分を演じる。いや、案外演技ではないのかも……。 金蔓を見つけた、銀次の目は輝いていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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