●引き金 「どうして……」 どこかの教会の裏で、少女の嘆きがこぼれた。 ついさっきまでそこにいた、愛する人はもういない。 理由はなんだったか、そんなことも思い出せない。 滲んだ世界を、壊れた機械人形のごとく、歩き始める少女の顔は壊れていた。 「ねえ、好きよね? 私の事好きよね?」 自室の写真立てに、薄ら笑みで語りかける。 そこに唯一残された、彼に向かってだ。 「貴方の所為よ。貴方が冷たいから、こんな体になっちゃったのよ」 部屋にこもって何日経過したか、痩せ細った手のひらがガラスを撫でる。 「別れるなんて言わないで……もう一度好きって、言って? 愛してるって、それでまたいつも通りだから」 この朽ち果てそうな腕のどこに力が残っていたのだろう、写真立てを握りしめ、ぴしりとガラスにヒビが走る。 「早く、早くっ、早くっ! 貴方には私が必要で、私には貴方が必要で、貴方がいないとダメなの、ダメ……ダメ……っ」 ● ノエルが無言のまま、クレヨンで書きだした予知 だいすき、だいきらい、だいすき、だいきらい。 だいすき、だいすき、だけど、あなたはだいすき? あたたかさも、においも、こえも、ぜんぶだいすき。 だから、わたしもぜんぶあげる。 いたいのも、こわいのも、ひどいのも、あなただからぜんぶすき。 あかいなみだに、ないちゃったときの、あなたのありがとうが、わたしをしばる。 ちからまかせの だっこ と、じぶんのモノってことばが、わたしにくいこむ。 わたしのすべてな あなたが、ほかのこにわらうのがイヤ。 でも、ナンデ、わたしは、ユルセナイ、いいこじゃないと、ワタサナイ、だめ、キエテ、だよね? わたしは、コロス、あなたの、ケス、おひめさま、シネ、だから。 ● それは寒暖の差のように 締め切られた暗闇の部屋、頭から毛布をかぶった少女はうつろな瞳でスマートフォンを見つめていた。 少女と、同じぐらいの年頃であろう少年。 二人が笑顔でカメラにピースを向ける写真が映し出されている。 その先の未来はどうなったのだろう、フォトボックスのページはこの写真で締めくくられ、二人の物語が語られることはない。 ぽたり、ぽたりと滴る心の血潮は液晶画面をにじませ、少女からは嗚咽が溢れる。 「……っ」 私よりもいい女がいる、そんな理由があってたまるか。 まるでモノのような結末を迎えてしまい、未発達な純情は深く抉られていた。 透明で、それでも重たい血の香りを……この怨念は嗅ぎ漏らすことなく、ヘドロのように耳元へ絡みついて囁く。 『私より、そして貴方より幸せな奴なんて、みんな死んじゃえばいい』 傷口から吹き出したのは、黒く濁った恨みの毒素。 それは、間違った方向へと少女を立ち上がらせた。 紅葉も過ぎ去り、白い息に冬の訪れを感じる昼下がり。 川辺に位置したこの公園は、デートスポットとして定番とされている場所でもあった。 四季折々の顔を見せる自然豊かなところや、随所に備えられた二人でかけるのにちょうどいいベンチだったりだが。 何より、日が落ちると薄っすらとした明かりだけが観葉植物を照らし、神秘的な景色を作り出す。 今日も寄り道に通りかかったカップル達に混じり、日頃の散歩に訪れる老人や、芝生の上でバトミントンを嬉しむ家族等が訪れ、休日らしいにぎわいを見せる。 その喧騒が一瞬にして、静まり返っていく。 ゆらりゆらりと、凶器を携えた少女達が彼らへと近づきつつあったからだ。 「な、何……? あの子達」 少女達に恐れた女が、隣にいた愛する男へ縋るように寄り添う。 「なんか只事じゃなさそうだぞ、おい、逃げるぞ……」 男は女を受け止めるとその手を握り締め、少女達に背を向けて走りだす。 引っ張られる女、彼女の目には爆ぜるような怨念を発しながら、おぞましい表情で迫り来る少女たちの姿が写っていた。 ●女心 ――1時間前。 「せんきょーよほー……するよ」 何時もの決まり文句を口にする、『なちゅらる・ぷろふぇっと』ノエル・S・アテニャン(nBNE000223 )の声からは、まったく気力を全く感じない。 その理由を知っている、兄、『SW01・Eagle Eye』紳護・S・アテニャン(nBNE000246)の表情も曇っていた。 兄妹揃って浮かない表情をしているので、集められたリベリスタ達も動揺し始めたところで、紳護が自分達のせいだと気づいたようだ。 「……すまない、今回の依頼内容が自分でも不慣れに感じる内容だったからか、顔に出てしまったみたいだ」 苦笑いを浮かべて謝罪をすると、ノエルへ振り返り、スケッチブックへ手を伸ばす。 何時もなら自分の仕事として譲らないそれを、あっさりと渡すノエル。 ぺらりとページをめくると、そこに書き殴られた予知を一同の目に晒した。 愛憎、その一言で言い表せる狂った愛情のひらがな、カタカナ。 天真爛漫そうな少女が書くにしてはおぞましい内容に、息を呑む音が聞こえた。 「これは、エリューションの声だろう。ノエルの予知から分析したところ、1時間後、とある公園で、エリューションと扇動された少女達が一般人を襲う予測が出た」 映しだされた公園は緑あふれる穏やかな場所だ。 時間帯からすれば、一般人も普通にいるのは目に見えている。 「残念だが、急いで移動しても事件が発生する前に現場に到達するのは困難だ。現場までは車両で送り届ける、細かな作戦はその中で考えてもらいたい」 必要な前置きを終えると、スクリーンの映像を切り替える。 公園の全体図が投射され、北側の部分から赤い矢印が指し示された。 「ここから進行してくる予想となっている、公園からの出入口は北と南の二つ、西側は川、東側は背の高い柵で覆われている」 川の流れはゆるやかに見えるが、水面までの高さと頭を見せる岩の存在が、凡人には逃げ道として選ばせないだろう。 東側は肩車して一人押し上げれば逃げれなくはないが、柵のてっぺんに槍のように尖った部分があるため、ここも考えづらい。 ポイントに示された小さな写真からそれを見て取る彼らへ、紳護は説明を続ける。 「南側から現場に到着後、こちらの隊員は車両で待機する。隊員の方まで一般人を誘導してくれれば、後はこちらで、避難誘導を行う。君たちには、扇動された少女達の無力化と、そそのかしたエリューションの撃破をお願いしたい」 続いてターゲットとなる少女と、エリューションの情報が浮かび上がる。 エリューションの戦闘力よりも、少女達の扱いが厄介だ。 何の神秘の力も得ていない彼女達は、守るべき人々と変わらぬ強さ。 間違って、こちらのスキルを叩き込もうものなら間違いなく死に至らしめるだろう。 手持ちの武器を狙うか、かなり加減して攻撃を仕掛け、行動を阻害するといった、一手間が必要となりそうだ。 「それと……あまり、個人を指し示して言いたくはないが」 意味深な言葉と共に、紳護は『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)を指さす。 「ノエルの予知によると、このエリューションの一番の原動力となった恨みは、君に起因しているらしい」 涼やかな表情のまま、何言う様子もない彼へ、一同の視線が向かう。 「君との関係を続ける渇望の声が強く、愛情と憎しみが混じりあって、強いエネルギーとなっているようだ。人を動かし、危害を加える程のものだ、武力制圧だけですんなりと片付くとは思えない」 予知の中にあったフレーズから、彼が火遊びした相手の一人だと調べは付いているが、その情報自体は作戦に影響しないものだったので、敢えて伏せている。 流石に神父である彼が、修道女と遊びで付き合い、修羅と変貌させたなんて言おうものなら、メンバー無いの不穏になりかねない。 そして、納得した様子を見せるロアンを見る限り、彼も相手が誰か察しはついたのだろう。 「……他人の恋愛にとやかく口を出すこと程、お節介な事はないと思うが。自分の父親が言うには、恋愛の区切りをつける時は男が悪役になれというらしい」 よく聞く言葉だ、しかし、その理由に触れたものはいただろうか。 「女は火遊びはしない、例え自分に遊びと言い聞かせても何処か心がつられてしまうらしい。だから踏ん切りがつかないと、男より尾を引く。後始末にバケツの水を浴びせられるぐらいの覚悟はしておけ、といっていた」 踏み消したはずの火種が、枯れ果てた恋に燃え移り、猛火となって人々に牙を剥こうとしている。 ロアンは、この炎にどんな答えをだすのだろうか。 今は 分かった と短い返事だけが返る。 「……れんあいって、つらいことばかりなの?」 ここまで口を閉ざしていたノエルが呟く。 以前、別の愛憎を見せられたこともあり、恋愛をするよりも早く、愛の闇を多く知りすぎてしまった。 幼心には重たすぎる、負の感情だろう。 「愛するからこそ、辛いことも、悲しいことも、嫌なこともある。ゆっくり、理解していけばいい」 まだそれを知るには早い。 集まった彼らは、この愛憎劇に終止符を打てるだろうか。 力だけではなく、心の在りようも、答えに繋がるだろう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:常陸岐路 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年12月07日(日)22:22 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● アスファルトに食い込むタイヤの悲鳴。 それを上回るほどの叫びが公園から溢れていた。 ドアを開けて飛び出したリベリスタたちは一斉に公園へと駆け込んでいく。 「翼を与え給え」 『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)の詠唱と共にリベリスタたちの背中に、小さな翼が宿る。 3次元での移動範囲が広がれば、それだけ取れる手段は多くなる。 特に今回のような戦いであれば重要だ、闇雲に戦えるわけではないのだから。 「こっちも準備OKだ!」 『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)が一同に叫び。 力強い神秘の結界が広がり、一般人の接近を遠ざけていく。 野次馬が紛れ込むこともない、念入りな準備を重ねると面々はそれぞれの持ち場へと走った。 (「終わった恋の後始末……か」) うら若き乙女、『揺蕩う想い』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)は心の中で呟く。 最近になって芽生えた女心を御しきれていない自身が、この依頼に最適とは思えていなかった。 それでも引き受けたのはなぜか、公園の中を駆け抜けながら自問自答を繰り返す。 (「よりにもよってやらかしたのが神父。同じ神職でも大層な違いね……」) 『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)の後ろ姿へ目だけを向けつつ思う。 今回の引き金は彼の不始末だ、呆れると同時に比較対象のカレの姿が喚起される。 自分よりもとても年上な彼へ抱く想いの名を……知りたくないのか、知っているのに沈黙するのか。 共に過ごした戦いの小さな場面が脳裏を過り続け、振り切ろうと頭を振った。 狂気と共に歩む少女達が遠目に見える、悲鳴と共にこちらへ走る人々もだ。 シュスタイナは、火の粉降りかからぬ人々の前でブレーキをかける。 「あっちに刃物を振り回してる人がいるの。警察がもうすぐ来るみたい。向こうの出口から逃げられるわ。走って!」 何を言っているのだろうか、そんな様子で少女達へ今一度視線を向ければ手にした凶器に気づいた。 一目散に逃げ出す人々の中、幼い少女がキョトンとした顔で彼女を見上げている。 「おねえちゃん、背中に翼が生えてる」 「これ? コスプレよ、さぁ走って!」 しれっと誤魔化せば、少女の背中を優しく叩いて促す。 分かったと頷いた彼女を見送ると、逃げ惑う人々の誘導を始めた。 「男の数は星の数とは行かないまでも、それなりの数はいるもんなんだがなぁ」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)は煙草へ火を灯し、煙を燻らせる。 恋は盲目恐るべし、しかし若さゆえに突き進むことしか知らないのだろう。 公衆トイレの上へ陣取ると、赤いとんがり帽子じみた被り物越しに、公園の状況を確かめていく。 「まずはあそこからだな」 少女がカップルへと逆手に握ったカッターを振りかぶっていく。 烏はオーバースローによく似たモーションで閃光弾を投擲した。 弧を描いて飛翔する神秘の手投げ弾はカップルと少女の間に吸い込まれ、同時に炸裂する。 背を向けていたカップル達には光の力は働かないが、眼前で光を浴びた少女は違う。 一時的に視力を奪われ、神秘の力が動きを封じ込めるのだ。 『烏さん、見えますか?』 AFから『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)の声が響く。 『あぁ、見えてる。喜多川君、中央西寄りから一気に切り込めるか?』 やってみますと元気な返事が返り、烏の目が、全力疾走で突撃する彼女の姿を捉える。 鮮やかなドレスをなびかせ、一般人という障害物をすり抜けていく様は滑空する燕の様に滑らかだった。 ベンチの前で一足飛びし、派手な音を響かせ着地をしてみせれば、傍にいたエリューションの視線は彼女へと惹きつけられた。 「おいで、嘲笑ってあげる。独りで踊ったお馬鹿さん」 木々を、街頭を足場にロアンが飛び出すと、黒い靄へと急降下する。 嘲る言葉と共に振りぬかれたクレッセントは、銀の煌きと共に過去の一つを切り裂く。 (「愛してなんてなかったよ、何も出来ず、暇を弄んでいただけ」) 今でこそ愚かなことをしたと思えど、もう届けてはいけない。 嘘吐きの仮面の上で、彼は笑う。 「ドウシテ私だけにしてくれないの! ズットって言ってくれたのに! アナタしかいないの!」 靄が爆ぜる度に、彼に突き刺さる言葉は過去を抉りだす。 「そんなの、本気で信じたのかい? 馬鹿だね……ホント」 冷たく、無機質に、悪であるように。 奥底で贖罪の酸がジクジクと染みこんでいくのが、出ないように。 本当の道化は彼なのだろうか。 ● 「公園の出口はこちらです!」 凛子の声が惑う一般人達を導く。 判断である誘導の声は、知ることを飛ばして判断を即決させる。 腕を振って向かう先も示せば、より効果的となって順調に人々を避難させていた。 シュスタイナに背中を押された幼女も南口へと走っていたのだが、芝生の上で派手に転ぶ。 「後もう少しだから、頑張って」 凛子は駆け寄り、励ましの言葉とともに幼子を抱き上げる。 幸い擦り剥いたりといった怪我はないが、強くぶつけたようで膝が赤い。 半べそな幼女を抱えながらも、声を張り上げ、誘導を続け、自身も南口へと向かっていく。 「迷わずに帰るのですよ」 腕から下ろすと、涙の残る顔で幼女は微笑む。 「ありがとう、おねえちゃん!」 痛みに足取りはおぼつかないが、これで無事戻れることだろう。 振り返り、他の一般人の姿を探しつつ翼で舞い上がると、上空からも逃げ遅れた人がいないか確かめていく。 その頃、シュスタイナは北入口から怪我人をおぶり、南口へと急いでいた。 自分よりも少し大きな老婆、ところどころ裂傷を負っているが死に至るレベルではない。 襲われたショックで卒倒したというところだが、力の抜けた人間は意外と重たく、運びづらい。 四苦八苦していると、狙いを彼女へ定めた少女がゆらりゆらりと、そして唐突に加速。 アイスピックを腰元で構えて突撃する少女、シュスタイナは体の側面を向けて己の身で受け止めようとするが。 「待たせたな!」 結界の準備を終えたフツが前線へ到着するやいなや、少女の背後から呪印を放つ。 詠唱によって構築された呪文の鎖が少女の体を縛り上げ、身動きを封じ込めたのだ。 「助かったわ」 フツへ礼を言いつつ、急いで南へと向かう。 ここにいては巻き込まれると、戦場の外へ移動させようとしたところへ、凛子も到着する。 「ぁ、わりぃけどこの子頼むぜ」 抱え上げた少女を凛子へ預けると、フツは更に前へと突き進む。 目指すは黒き靄の群れ、一般人の誘導は問題なく完了し、これで戦いに集中できるように整う。 「一体がやられても復活させちまうらしいが……」 エリューションの傍へたどり着いたフツの頭上に、呪印で作られた渦が生まれていた。 「まとめて倒されたら復活もできねえだろ!」 それへと手を伸ばすと鎖の如く手首に絡めていき、横薙ぎに振りぬく。 ロアンの残像攻撃がエリューションを引きつけ、まとめていた事で、一網打尽に敵を穿つ。 「アンタには関係ない!」 「ジャマしないでっ!」 彼女達にとってフツは邪魔な存在なのだろう、それでも彼は攻撃の手を緩めることはない。 言葉も返さず、ただひたすらに攻撃を仕掛けるように見えるも、フツは、その叫び一つ一つを聞き取っていた。 「ナニしにきたのよっ、私は……私は……!」 呪印の力が彼女達を封じ込めているはずだが、妄執ともいえよう想いの力が今にも鎖を引き千切りそうだ。 「オレはお前達の恨みつらみを解消してやることはできない、だが全力でお前たちを見てる」 彼女達、その一人はロアンと何かあったことだけは知っている。 それ以外は彼女達の記憶にしか、今は残っていないのだ。 わかるはずもない、ましてや理解なんて不可能だ。 苦しみ、恨み、負の感情を受け止める宣言は、怒り狂う彼女達にはまだ届きそうにない。 「アァァァァァッッ!!」 鼓膜を劈くような悲鳴が物語っていた。 ● 「忘れられないなら忘れないでいいと思うのですよ」 動きを封じ込めた少女を北入口まで移動させた凛子は、出迎え代わりの鈍器攻撃を腕で受け止めつつ、狂い続ける少女へ語りかける。 金槌の柄の部分を受け止めたので大したダメージはない。 「忘れないで……そのままどうしたらいいの、あの人はずっとずっと……私の中で……私は……」 悲しみくれた声で呟きながらも、振り下ろした力が衰えない。 幼い体の限界を突き抜け、筋組織を壊してしまいそうなほどの力を感じるほどだ。 『氷河君、どうにか距離を取れるかな? 離れたところでフラッシュバンを投げ込む』 AFから届く声、凛子はトイレの上で陣取る烏を一瞥すると小さく頷いた。 「貴方が一番と愛した思い出は、例え願った通りにならなくても貴方が恋し、愛した一つの証なのです」 未来はまだ無数の分岐点を持って、彼女達を待っている。 その一つに立ち上がれないほどの痛みを受けても、そこに留まることは彼女達に後悔を齎す。 それだけまっすぐに愛せた少女達だからこそ、もう一度恋をして欲しい。 沢山の人々の中から、相思相愛の本物を掴んで欲しい。 「それだけ辛くて、痛みを忘れられない貴方なら次に愛した時、愛してくれた人に大切にする気持ちを芽生えさせられるはずですから」 一瞬、力が緩んだのを感じる。 直様バックステップで距離を取ると、間もなくして烏の閃光弾が放り込まれた。 眩い閃光が視野と意識を白から暗闇に落としていき、少女は膝から崩れ落ちる。 『さっき気絶させた少女も含めて、私が移動させておくよ。氷河君はエリューションを頼む』 これで扇動された少女達は全員動きを封じた。 後は公園の隅っこに縛って置いておけば、万が一神秘の力で掛けた封印が解けても、問題ない。 烏は高台から降りると少女達の元へ向かい、凛子は前線へと急いだ。 「心変わり? 女の敵? そうだよ、どうしようもない酷い男だからね」 相変わらずの様子で執念の闇をあざ笑いつつ、ロアンは攻撃を繰り返す。 今大切なもの、それは直ぐそばにある。 近くて遠い存在、彼の目に紅蓮を纏う旭の姿が映る。 猛火を纏った体当たりを叩きつけ、炎の衝撃波が舞い散っていく。 (「届かない想いに未練タラタラ、君達と同じ――」) 今だからこそ分かることだ、反撃の瘴気が染みるように傷む。 「『酷い男と付き合った』って。馬鹿じゃないの?」 シュスタイナが福音を響かせ、ダメージの蓄積したロアンを癒やす。 寧ろ、心はよ一層抉るような言葉ではあったが。 「そんな簡単に思えるなら、そもそもこんな事になりはしないわ。自分が悪役になる……なんて、 逃げてるだけじゃない。ちゃんと、向かい合ってあげなさいよ」 全ての負を引き受けて、毒を吐き出せて終わらせる。 それが最良と判断したロアンとは異なる、答えをシュスタイナが求める。 「本気じゃなくても、一時でも、愛していたというのなら」 あんな八つ当たりじみた事を、そんな高貴なものと並べて良いのだろうか。 「聖職者であっても人なのです。許されざる罪があるなら、それに報いるべきです」 前線に辿り着いた凛子が、シュスタイナの言葉に続く。 これでも向き合わないなら平手の一つでも入れるべきかなどと、物静かな外見とは裏腹な考えが浮かぶ。 しかし、その必要はないらしく、観念したかのように彼は苦笑いを零した。 ● 「今の僕には、君より好きなモノがある。その為だったら、他は全部犠牲に出来るんだ」 だからなんだと、エリューションの勢いは衰える様子はない。 「だから、君を犠牲にしてでも僕は前に行く。君にやさしい手向けなんて……する気はないよ」 悪役を貫くところは変わりなく、再び憎悪の言葉があふれる。 叩きつけられる憎しみも重たく、虚脱感とともに痛みを与えてくる。 ほんの一言の違い、同じ悪を語るにしても、今の彼は必要悪とでもいうべきものだろう。 (「わたしは彼女たちに何もいえないよ……」) エリューションだけとなり、攻撃に加わる旭が心の中で呟く。 親愛としての距離を失いたくない、ロアンはそれに答えてくれている。 実らぬ恋の傷跡がずっと乾かず、開いたままにしてしまっているのではないか。 形は違えど、自分がしていることもまた、未練の一つ。 思い思いの言葉を語る面々の中で、何も言い出せない。 その攻撃が鈍らないようにと、力任せに炎を纏っては叩き込み続ける。 「ワタシ以外って何!?」 「ユルセナイ、そんな勝手、許せないっ!」 「アナタなんて、女の敵で……貴方なんてっ!」 吐き出す恨みは徐々に愛を失ってきた。 彼に対する憎しみだけが残り、愛という明かりを失った靄がよりいっそう黒くなる。 (「ロアンさんは……そんな、勝手で、悪いひとじゃない」) ロアンへ集中する攻撃、それをダメージによろけながらも彼は言葉をやめない。 「そうさ、いまさら気付くなんて……随分遅いね」 煽り、吐き出させ、受け止めて。 身を盾に彼女達の膿を吐き捨てさせていく。 そして来るべき瞬間は訪れる。 黒色がじわりと広がっていき、薄れてきたのだ。 「これでトドメだ!」 フツの呪文の鎖が動きを封じ、シュスタイナの翼が渦巻く魔の風を叩きつける。 「そろそろ終わり。最期ぐらい上手く踊りなよ、滑稽なお姫様」 先ほどまでとは違ったモーションを見せるロアンは、素早いステップで靄の回りを駆け抜ける。 振りぬいた鋼の糸が神秘の力を纏い、その存在を切り裂く。 嵐のごとく駆け抜け、最後のステップを踏むと同時にエリューションたちは散り散りに消えていった。 ● この名前と姿を語った、疲れ果てて片膝をつく彼を愛していた。 落ち着いた雰囲気と、戦うときに見える遠慮無しな荒っぽさ、それと相反するような優しさ。 でも、自分は彼女ではない。 (「ごめんね……ごめんなさい」) 言葉にしたら、今の彼を悲しくさせるだけ。 ぐっと飲み込むと、彼の隣に立つ。 「おつかれさま、がんばったね」 労う言葉、差し出した手のひら、それがロアンが未だ願うであろう未来に繋がることはない。 それでも、彼女にはそうするぐらいしか、彼に手向けが出来ないのだ。 「……ありがとう、旭ちゃん」 ロアンは変わりない笑みで、その手のひらを握り返した。 戦いも終わり、凛子が負傷した仲間を癒していく。 一番の猛攻にさらされたロアン以外の被害は小さく、治療にもそれほど時間はかからなかった。 「ロアン、飲みに行こうぜ!」 ポンと肩を叩き、フツがお誘いを掛ける。 小さく頷いた彼をそのまま引き寄せるようにして、フツは歩き出す。 「美味しい酒教えてくれよ、色々知ってるだろ?」 心の痛みに沈まぬようにと、フツは少し強引なぐらいにロアンを連れて公園を後にした。 「……恋は、実った瞬間が一番幸せなのかもしれないわね」 二人の後ろ姿を見送りながら、ボソリとシュスタイナが言葉をこぼす。 「誰が子供で誰が大人なのでしょうね」 達観した言葉に凛子が、苦笑いを浮かべる。 「傷ついて傷つけられてこそ、人は人として生きていけるもんだ。みんなまだこれからってやつさ」 烏は凛子の傍で新しい煙草に火を灯しつつ答える。 「こんな時は笑って平手でひっぱいてやるだけで良かったんだよ。恋をしたのは男になのか、それとも恋をする己自身の心になのか」 恋して盲目になって、愛する彼を追い続ける。 けれど、本当に彼を追いかけていたのだろうか。 恋という魔法が解けた時、目の前にいたのは現か幻か。 古い歌にも記されるほど、恋は魔物なのだ。 彼が語れるほどに知っているのは、味わったのか、それともそんな誰かを見たのだろうか。 赤い被り物の下に隠れた表情は見えない。 「振られたのなら、それを後悔させるくらいの良いオンナになればいい、経験を糧にさ」 だが、同時に彼はわかっていた。 そんな痛みを抱えて歩いていける女になるには、彼女達を捉えていた闇に、彼女達自身が向き合わなければいけない。 現実にすら背を向けた少女達には、届かない言葉だ。 高台から足止めだけに徹した彼の閃光が、何時か真理に導くことを願うばかり。 「素晴らしいですね……でも、恋愛は語るものでも、するものではなく、落ちるものですよ」 全くそのとおりだと、烏はとんがり帽子からはっきり聞こえるほどに笑う。 「凛子君に一本取られたな」 傍で耳を傾けていたシュスタイナに一つの理解がもたらされる。 まだ、理解しきれないこの思いも、理屈を着けるには遠いのだろうと。 今宵、どこかの酒場。 男二人が銘酒に酔いつぶれる姿を持って、この物語に幕を下ろすとしよう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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