● カントリー調の洒落た建物に、ちろちろと燃える暖炉の炎が暖かい。 昼は女性客で賑わう小さなレストランである。 数名のスタッフの他、厨房でその腕を振るうのはマスター一人だ。 「え、と。どうも」 二枚の扉をくぐり店内に足を踏み入れるのは三十路を過ぎたメタボのおっさんだ。 『お車でお越しでしょうか?』 この店では必ず聞かれる文句である。 店の駐車スペースは他所の会社と同じ敷地にある為、オレンジの線で囲われている。 見れば分かる様にはなっているのだが、こうしてそれとなく確認することでトラブルを防止しているという訳だ。 だがいつの頃からだろう。おっさんはそんな、お決まりの台詞を言われなくなってしまっていた。 「(ピー)さん、ご来店でーす」 すっかり覚えられてしまったと。おっさんは気恥ずかしそうな表情で、案内されたテーブル席に座る。 「おっ(ピー)先生」 「あ。平岡さん、ども」 誰彼構わず先生と呼ぶ常連のおっさんに、おっさんは挨拶を返す。 さあ、今晩は何にしようか。 豊富なメニューに視線を走らせ、おっさんは今日の夕食に期待を膨らませる。 驚くほどリーズナブルなスープは、手作りのやさしいチキンコンソメだ。これは外せない。 ギュっと肉汁の詰まったハンバーグは、月に一度は食べたくなる文句なしの逸品である。 ふわとろの卵に抱かれた絶品オムライスは、手作りのデミグラスソース、トマトソース、そして懐かしのケチャップから選べる。 ホワイトソースがくつくつと煮立ったグラタンは、こんな季節になるとついつい食べたくなるもの。 『平岡さんは――はらぺこライスか』 ちらりと視線を走らせる。このメニューは山盛りのガーリックピラフの上に、和牛の角切りサーロインステーキがどどんと乗った一皿。正に『肉と飯』。甘辛いステーキソースとフライドガーリックがなんとも食欲をそそる。アクセントを加えるカイワレ大根が嬉しい。 メニューはまだまだ豊富で、ソテーやカレー、スパゲッティに至るまで、どれもこれも手作りの洋食屋らしさが心地よい。 イタリアンだとか、フレンチだとか、具体的な国籍に則ったメニューとは違う。あくまで『洋食屋』として勝負しているお店だ。昔ながらのスタイルに、今時の要素を積み重ねて。しっかりと地元に根ざしたこの店には、先代マスターの頃から親子三代にまで渡るファンも多いのである。 決めた。 赤ワインでとろとろに煮込まれた牛スジ肉のハヤシライスは、マッシュルームとフライドオニオンが香る逸品。 口に運べばデミグラスソースに溶けたトマトの爽やかな酸味を感じる。 夢中で頬張り一息つけば、味わいに深みを彩るクリームの優しさに、ついつい、もうひとすくい―― すばらしい味わいに、落ち着いた空間を提供するこの店に、おっさんが足しげく通うのは更なる理由があった。 カウンター席から見渡せる限り、色とりどりのビンが並んでいる。スピリッツにリキュール。そして美しいグラスとシェーカー。 この店のマスターはバーテンダーでもあるのだ。 さて。食べ終えたから、何を飲もうか。 おっさんはしばし悩む。 ビールは飲みたい。基本的に常に飲みたい。だが今日はちょっと別の気分だ。何よりお腹が一杯だ。 茶色い酒も飲みたい。いつだって飲みたい。だがもう少し後でもいい。 貝エキス入りトマトジュースのカクテルは冷たいスープの様で美味しい。だが食前に頼むべきだったろうか。 食後なのだから、フローズンダイキリの様にデザート的な一品もいいかもしれない。ただもうこの季節には少し冷えるだろうか。 ベルモットを赤白一対一に割り、レモンを浮かべるのもいい。 こんな季節にはフランス修道院の薬草酒をソーダで割るのも捨てがたい。緑も黄もそれぞれ乙な味わいだ。まさにエリクサー。こいつを飲むと体力と魔力を回復している気がしてくる。 「何に致しやしょう」 折角だから、たまには振ってもらおうか。 こんな日の一杯目は――必殺! ガルフストリーム! ● 「え、と。その。皆で行きませんか?」 リベリスタの顔を見るや否や、、『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)が問いかける。 彼女が言うには、美味しそうなレストランがあるという事だった。 その手には一冊のフリーペーパーが開かれている。 「レストラン・ブレンディー、ね」 洒落た外見の洋食屋で、メニューの写真も美味しそうである。 「高かったりする?」 このあたりが切実な問題な訳だが。 「いえ、そうでもないみたいです」 「またまたー」 だが彼女が言うには、お腹一杯食べても2000円でお釣りが来るという話だ。 安くはないが、これが手作りの洋食ということであれば、ずいぶんリーズナブルな気がしてくる。 「まあ……行ってみてもいいかな」 リベリスタの答えに、桃色の髪の少女は静謐を湛えたエメラルドの瞳を輝かせ、店の貸切に走ったのだと言う。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年11月30日(日)22:06 |
||
|
||||
|
||||
|
■メイン参加者 17人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●ディナータイム 「さて――」 義弘が木製の扉を開くと、暖かな空気が出迎えてくれた。 「いらっしゃいませ」 店員に促され着席すると、アークの仲間達もメニューを開いている。 「雰囲気のいい洋食屋で食事会だな」 小さなお店である。肩を寄せ合う程ではないが、賑やかそうで結構な事だろう。 はてさて。思案を巡らせる義弘の元に運ばれてきたのはビールだ。 生ビールがサーバーから注がれる様子が期待を誘う。 「それじゃ、乾杯!」 「「乾杯!」」 誰ともなくかけられた挨拶に乗ってジョッキをつかめば、ひんやりと冷たい。 喉を駆け下りるクリーミーな喉越しと共に、体中の細胞が開放されて往く。 フライヤーの中で踊るポークカツレツが待ち遠しいばかりだ。 「いやいや! エスたん! お誘い有難う!」 飲み物を置くなり、竜一はエスターテに一声。 「え、えと。その、いえ」 なぜかとりあえず否定したエスターテは挙動不審な様子だが。 「やっぱりね! たまにはね! こうしてお兄ちゃんとゆっくりしたいんだよね!」 「い、いえ。えと」 「知ってた!!!!」 「――えっ!?」 少女の驚きには、誘ったというのはたぶんオープニング(?)でリベリスタひとりひとりに声をかけた的な意味であって、特定個人ではないという系統の意味が篭められていたのかもしれないが、竜一の知った事ではない。 「アウィーネたんもね! さみしがってただろうしね!」 「な、なんだ。私は別に……」 「恥ずかしがらなくていいよ! お兄ちゃんはちゃーーーーんとわかってるから!」 「これがアークの英雄、なのか……」 「え、と。残念ながら」 「さあ二人とも! 今日は存分にお兄ちゃんに甘えるといいよ!」 にじりよる竜一。 「ま、まあ待て、話せば分かる、分かるから」 「大丈夫だよ、お兄ちゃんちゃんと分かってるから」 「シャイセ! いいからその不埒な非戦スキルを外せ!」 センスフラグ+センスフラグ(必死)とはどういう了見なのか。 「どっちがお膝の上に乗りたい?」 首を振り、後ずさる二人。 「二人とも恥ずかしがり屋さんだからなあ」 「さあおいでアウィーネたん!」 「よせ、早まるな!」 むぎゅむぎゅ! すりすり! くんかくんか! 「おのれ! きさま、恥を知れ!」 「エスたんもされたいって? 喜んで!」 「う……」 ふがふが! もふもふ! ふんすふんす! 丁度その時。 竜一の後ろに、ネモフィラの瞳とレタスグリーンの髪をした悪鬼――ルア・ホワイトが立っていた。 ―― ―――― ● 「初めての店だけど――予感めいた確信がある」 そう、絶対に美味い。 貸切という話ではあったが、快の近くには店外でたまたま捕まえた男が居る。何度か顔を合わせているメタボなおっさんだ。 「ど、どもっす」 「あれ? (ぴー)君、いらっしゃい。今日は貸切だけど、お知り合い?」 「え、ええ。なんというか」 そう言って入ってきたコミュ障のおっさんの注文に、快は注目する。 おっさんはドライベルモットにライムを絞って頂く様だ。アペリティフという訳か。あえてビールを頼まない姿勢はどしっとした料理のスタイルを連想させる。そして注文はアラビアータ大盛り、これは――メニューにない。 郷に入らば郷に従え。常連真似れば外れなし。 快はサラダを前菜に、牛頬肉のワイン煮込み。ここにワインを合わせる。山梨という土地柄きっと国産の良い奴と出会えるだろう。 メニューに書かれている『ワイン専用のメニューもございます』これを見逃す訳にはいかない。 その先は常連のおっさんと合わせ打ちだ。快の作戦は決まったらしい。 さてこちらの二人は同級生同士。祝いの席という事だ。 風斗が大学の構内で木蓮と世間話をしている時に、彼女が出来たという事と伝えたら『お祝いしよう!』という話になったのである。 リア充である。お祝いしてくれる相手も女の子だったりして、完全にリア充である。元々リア充というかハーレムというかなんというかだが、さておき。祝ってくれた事には感謝するまでだ。そういう相手が居るというのは良いものだから、 「へへー、陰ながら見守ってたんだけどさ、収まるところに収まったみたいでよかったぜ。今日は俺様のおごりだぞ、好きなもの頼んでな!」 お祝いされるほどのことじゃないと思う風斗であったが、というわけで、ホイホイやってきたわけである。うほっ。 そんなお店はどうやらずいぶんと評判がいいらしい。マスターがおかしな挙動してるけど、何のことやら取材(!?)の結果なのだから仕方が無い。 メニューに視線を走らせれば、どれもおいしそうな写真がついている。どれも美味そうで目移りしてしまうが。 折角だから家では食べられないような凝ったものを頼もうと思う次第だ。 牛頬肉の赤ワイン煮込みか、それとも手作りのハンバーグもいいだろうか。何せデミグラスソースから手作りなのだ。後はワインだろうか。 「よし、俺様はカクテル! ヘイ、マスター! 何か緑のをくれ!」 「みどり――みどりみどり。と。かしこまりました」 マスターはその名通りのリキュールにはあえて触れず、エメラルドグリーンのバナナリキュールを取り出す。 そいつを氷でよく冷えたタンブラーグラスにワンジガー。そこへカチコチに冷えたホワイトラムをハーフショットだけ注ぐ。これをくるくると混ぜ合わせてよく馴染ませる。それからレモンをきゅっと絞りいれ、ソーダで満たしてバースプーンで四分の一回転。炭酸を飛ばさぬ様、僅かな動きだけでステアを終わらせるのだ。 「グリーン・バナナフィズです」 カクテルピンを刺したマラスキーノ・チェリーを乗せて。 なるほど、ちょっと珍しい奴がやってきたものだ。 「んじゃ、かんぱーい」 美味しいお酒と食事があれば会話も弾むもの。 「風斗ってこれが人生初の彼女だったのか?」 そういえばそうなのだ。風斗の返事に木蓮の笑みがこぼれる。 「おぉ……なら俺様と一緒だな! ふっふっふ、うちはあんま参考になんないかもしれないが、何かあった時は恋愛の先輩として頼ってくれてもいいんだぜ!」 「ああ、せっかくだし、その道の先輩に色々聞きたいな。女が彼氏にされて嬉しいことって、どんなことがある?」 こういうことは、いっそ女性に聞いてしまうというのは、ありなのかもしれない。 「ふむふむ、嬉しいことか……」 しばし思案する。女心とは複雑なものであるからして。 「あくまで一例だが、記念日とか覚えてくれてたらメチャクチャ嬉しいぞ?」 こういう時には、やはり一般論が望ましいのかもしれない。 「あとは装飾品を贈られると嬉しいな、いつでも一緒に居れるみたいでさ!」 こうして食事の時間は流れてゆく。 快が口に運んだ牛頬肉は、ナイフを使わずとも切れる程、とろとろに煮込まれている。 口の中で解れる肉の味わいが堪らない。この料理にはやはり濃厚な赤ワインが良く合う。 花開いたワインの香りが鼻腔を擽り、舌の上を転がる心地よい渋みは――マリアージュというものか。 近くの常連のおっさんも、山盛りのパスタを頬張って笑みを零している。 そこには会話など不要だ。 次におっさんが頼んだのは、同じく薬草酒のフィズである。 「なるほどな……」 どうやらあのおっさんは草っぽい酒も好きらしい。 「「うんめぇ! やっぱ最高っすなあ!」」 異口同音。そんな言葉を漏らすだけで、彼等は分かり合えるのである。 こんなに嬉しいことはない。 快の呟きに反応したのは、なぜかマスターであった。この店に流れているジャズは――ああ、アニソンである。 「ご馳走様」 ● 義弘の元に運ばれてきたカツレツは肉厚で、サクサクの衣に包まれている。 一口噛めば香草の香りがふわりと広がって、口の中に肉汁があふれ出す。冷えたビールとの相性は抜群だ。 「最高だな、ホント」 後はのんびり酒を飲みながら、この雰囲気を楽しもう。 仲間達に酒をおごってみるのもいいだろう。 アークが置かれた状況は暗澹たる惨状とも言える。そんな大変な時期であるのは分かっている。 北陸に現れたウィルモフ・ペリーシュと、新潟の大事件。魔女アシュレイの呪い。崩界度の加速的上昇。 そしてラスプーチンの一件。国内外に広がるリベリスタ達に課された使命はあまりに大きく、そして過酷だ。 だが、だからこそこんな風に羽を伸ばす時間も必要なのだろう。 英気を養い、来るべき時にしっかりと備える。それもまたきっと大切な事だから。 こんな状況だからこそ、友、仲間との食事や酒を楽しみ、明日のために、戦うために一日を過ごすのだ。 そんな義弘の隣に現れたのはツァイン、ルア、エスターテの一行だ。 「よっ!」 折角だから相席である。 「初めての飯屋に来ると何頼むか悩むよな……うむむむ……」 悩んでいるのはツァイン。ママのラザニアとかはらぺこライスとか好奇心をそそられる名前だ。普通のライスなのだろうか? 義弘のカツレツも大変美味しそうだった。 ていうかマスターが下を週三で穿いているという情報は一体……ちらりと視線を送るが、とりあえずズボンはちゃんとつけているようだ。 それが『約束の地~BRN☆D~』という名の由来なのかもしれぬというのは誰もあずかり知らぬ極秘情報だ。 「ターテは決まったかー?」 「いえ、まだです」 「いつもみたいに分けて食べるか、色々食べられるしなっ」 それもいいかもしれない。 「私はハンバーグのデミグラスソース! あとは、パンとか欲しいかも」 早速何を頼むか決めたルアがエスターテのメニューを覗き込む。 後は――飲み物はオレンジジュースだろうか。 「エスターテちゃんはどうする?」 「え、と。ラザニアにしようと思います」 「そんじゃ俺はブレンディーサラダにはらぺこライスにハンバーグで!」 そうと決まれば早速注文だ。 「デミハン2つ、パン、はらぺこ、ラザニアにオレンジジュースです」 「頂きます! ん~~…んまいっ!」 これはあれだ。正にはらぺこな時に一番欲しい味だ。 ガーリックピラフに、角切りのサーロインステーキが乗っている。まばらにかかっているのは甘辛いタレで、ガツンとした味わいはまさに男飯だ。そっと添えられたわさびがホースラディッシュの様で嬉しい。 ルアの目の前に運ばれたハンバーグはお皿に敷き詰めたデミグラスソースの中心に乗っている。その上にはこんもりとほうれん草、フライドポテト、レンコン、ナス、パプリカ等の温野菜。天辺にはディルが一枚だ。 ナイフを入れればあふれ出す肉汁が期待を誘う。 「美味しい!」 濃厚なデミグラスソースを絡めたハンバーグの味わいに、ついつい舌鼓がこぼれてしまう。 「食ってみるか?」 「エスターテちゃんも一口食べてみる?」 「え、え、と。はい」 「そっちはどんな味なのかな?」 オーブンで焼かれたチーズの中から現れる熱々のラザニアは、クリームソースとミートソースの絡みが堪らない。 こちらもミートソースにはデミグラスが使われていて、やはりイタリアンではなく洋食屋としての意気込みを感じる。 「どっちも美味しいね!」 母の優しさを感じる一品だ。作ってるのはおっさんですけどね。とはマスターの弁。 食事の後は、少女達はパフェを食べるらしい。 ならばツァインはカクテルでも頼んでみようかと思う。 「甘口、フルーティで度数低めな感じでお願いしますっ」 慣れていないからちょっと恥ずかしいのだが、一体何が来るのだろう。なにやらガリガリとした音が響いていてドキドキするが。 少女達が甘酸っぱいイチゴパフェを味わっている頃、到着したのはデザート感覚の一杯だ。 丸みを帯びたグラスの中に、こんもりと鎮座するのはミックスベリーのシャーベットに見える。 ちょこんと飾られたクリームとブルーベリー可愛らしい。 スプーンで食べればとても美味しい。アルコールはまるで感じないのだが…… 「ミックスベリーのフローズンダイキリです。ラムをワンジガー使っていますので、危険な一杯です」 なるほど、そういう恐ろしいものらしい。 「いいなあー」 じとーっとした少女達の視線。明らかにどう見ても美味そうだが、こればかりは分けてあげる事が出来ない。 「うん、大いに食って飲んで、楽しんだ。また明日からは、気合入れていかないとな」 「うん!」 「そうだな!」 義弘ももう一杯のビールを頂くようだ。 「おぉ~……ターテ達も、もう少ししたら一緒に飲もうなっ、乾杯!」 食後の紅茶とデザートで改めて乾杯を。 向こうのバーカウンターで、ルアが恋人とお酒が飲めるのは、もう少し先の事だ。 故郷のマルタでは飲めるのだが、生憎ここは日本だから―― (あと一年ちょっと……楽しみなの) 「すみません、此処よろしいですか」 「ああ。構わない。ここが空いている。そなたは須賀 義衛郎殿か。新参のアウィーネだ。よろしく」 アウィーネというのは最近やってきたローエンヴァイス伯の娘であったと思い出す。 いよいよ混み合ってきた店内だが、こうして対面に陣取るのも身内(アーク同士)なのだから構わないだろう。 一通り挨拶を済ませた義衛郎の注文はシーザーサラダ、一口ライスコロッケに、牛頬肉の赤ワイン煮込みだ。そこにセットでカップスープがついてくる対するアウィーネはオムライスを注文するようだ。 義衛郎が家で料理をする時は、基本的に自分しか食べないから、どうしても手抜きになりがちである。 仕事とリベリスタを両立する上で致し方のない事だが、たまにはこうしてちゃんとしたお店で美味しいものを食べねばなるまい。 お酒はカクテルで。余り辛口でなく、料理の邪魔もしないもの。フルーティであること。炭酸はないものをマスターに伝える。 「かしこまりました」 半分に切ったオレンジを、それぞれスクイザーできゅっと絞り、ストレーナーを通してミキシンググラスに落とす。 それから背の高いタンブラーグラスに、氷を二つ。バースプーンでくるくると冷やして水をそっと捨てる。 氷と共に冷えたグラスにグレナデンシロップを一滴。そこへワンショットのスイートベルモットが注がれる。それから絞りたてのオレンジ果汁と軽めの赤ワインで満たす。 マドラーを添えれば夕焼けの様なグラデーションを見せるワインクーラー。レシピは食事に合わせる為にマスターのオリジナルなのだろう。 前菜代わりにサラダを口に運ぶ。フレッシュな野菜と濃厚なシーザードレッシング。チーズの香りと焙りベーコンの旨み。そしてカリカリのクルトンがたまらない。 そしてワインクーラーを一口。フレッシュな甘みと酸味。そしてほのかで爽やかな苦味が食欲をささえてくれるというもの。 そんな食事を楽しみつつ、義衛郎が生活について尋ねてみれば、アウィーネは初めての事が多くてずいぶん四苦八苦しているらしい。 何せ日本も初めて。一人暮らしも初めてという按配なのだから。 「何か困った事があれば、何時でも市役所に連絡してくださいね」 「ああ、よろしく頼む! あ、そうだ」 早速なにかあるらしい。 「ゴミを分別するポスターが欲しい!」 ● さてこちらは【茨冠】の兄妹。ロアンとリリである。二人で出かけるのは久しぶりの事だ。 リリの元に運ばれたのは、自家製のサングリアである。 氷と共にグラスに浮かぶのは、厚くスライスしたオレンジに、グレープフルーツ。そしてまるまるころりと入ったイチゴだ。 二人でそっと乾杯。 可愛らしくて見た目にも楽しいサングリアを、一口飲めば梨とスパイスの風味も感じる。 「リリも飲むようになったんだ」 「最近、少し飲むようになったのです」 素直な一言。ここでは無理にお姉さんぶる必要はないから。 一方のロアンが頼んだものは、スパイシーなお任せである。マスターの答えは辛口のスパイスのウォッカを使ったブラッディ・メアリーだった。カクテル用のソースと共にマイルドな辛さが心地よい。野菜のスティックも入っているから、どこかサラダめいた味わいで食前には丁度いい。 彼は無論前から飲むのだが、まさかこの真面目な妹と飲める日が来るとは思ってもみなかったものだ。 はてさて。いよいよフードが運ばれてくる。 何はともあれ若鶏のからあげ。リリとしてはこれは外せない一品である。揚げ物でそのお店の力が計れるというものだ。 からりと揚がったからあげを一口。独自にブレンドされたスパイスの衣。その中からジューシーな肉汁がぎゅっと溢れて。 「……美味しいです!」 続けてオーダーするのはフライドポテトやラザニア。カレーにはカツレツも乗せて頂く。美味しいから大盛りだ。 「って! 揚げ物ばっかりじゃないか」 「や、野菜もちゃんと好きですよ?」 忘れていただけで…… 「駄目だよ、野菜も食べないと栄養が偏ってお肌にも悪い」 妹の健康の為、野菜っぽいメニューを片っ端からオーダーする兄ロアン。美形悪役みたいな不良神父だが、完全にイイお兄ちゃんである。 次々に運ばれてくる油物のメニューと胃袋に追いつくには、サラダ一皿ではとても足りない。 彼自身は――妹のお零れで充分かも。 神様は残酷で、神秘は理不尽で、人間は醜い―― それはこの世界の真理であり。 「兄様が不良さんで、神様がお嫌いなのも先日分かりましたが」 ぽつり。ふとこぼれるリリの言葉。イタリアはトスカーナでの一件か。 「そんな事で――どんな事があっても。それで嫌ったりなんてしませんよ」 「一人殺せば殺人者で、沢山殺せば英雄……って訳じゃないけど」 君が前者でも後者でも――僕にとってはどうでもいいんだよね。 私がお野菜を忘れたり――人殺しの悪魔であっても傍に居て下さるのと同じで。 私にとっては、兄様はずっと大好きな兄様です。 アルコールというものは、人がしの本心をさらけ出すことを、そっと助けてくれる。 嫌われなかったという安堵と。猫を被らず話せるようになった嬉しさと。 ふと。視線を上げ、トリガーを引く様に机上を指差す妹のリリ。その先には―― 「……えっ、からあげおかわりするの!?」 大盛りにすると、すごい量――それはこの店を特徴付けるポイントの一つだ。 (魅力的な響き……だね) 高級車燃費のシエナは、いつだってはらぺこ。基本的に常に食べたい人なのである。 今日は美味しい夕飯を、たくさん頂いてしまうつもりなのだ。 既に料理が運ばれている近くの席から漂う香りに、ついついぐぎゅるるとお腹が鳴ってしまう。 そして―― 「もちろん、大盛りでください……なの」 小さな少女が頼むのだ。 「大盛りですと、大体、そうですね。一キロほどになりますが――」 こくりと頷く少女に、マスターは食べきれない分はタッパーの用意が出来ると告げた。もっとも、シエナにとってそんな心配は無用なのではあるが。 運ばれてきたのは、一抱え程のふわとろオムライスである。事前にメニューを見せられたときから決めていた一品だ。 頼んだソースはデミグラス。バターの香りとフォンの旨みがふわとろな卵とよく絡み合っている。 チキンライスと一緒に口へ運べば、トマトの酸味と、丁寧に下味がつけられたチキンの味わいが絶品だ。 「これ、わたしもう、飲めちゃう……かも?」 カレーは飲み物みたいな感想を抱く、この小さな少女が、アークに来てそろそろ一年か。 浮世離れした彼女が、こうして美味しいとか、好きかもとか感じる瞬間は、その頃よりもずっと増えてきた気がする。 彼女自身の生き方。生のあり方を模索する日々の中で、まだ生きがいや、生きる意味は全然わからない。 けれど、この瞬間を積み重ねたら。 「生へのこだわりや執着を持てるの……かな」 きっと、いつの日か―― 「アウィーネちゃんっ、9月ぶりやねー!」 元気よく声をかけた日鍼ではあったが。 (……ハッ、普通に声かけたけど覚えられてなかったらどないしよ、メッチャ不審者や……!) きょとんと振り向いたアウィーネの顔を見ると、そんな不安も過ぎる。 (い、伊吹君に頑張れって応援してもらったから大丈夫、大丈夫……っ) やや離れた席に座り、ちらりと視線を送る伊吹の姿に感じるのは微かな安堵か。 ともかく日鍼は手の平の人という字を飲み込んでみた。 「日鍼殿か、久しい。どうしたのだ?」 「Σなんでもないよ、ごめんごめん!」 という訳で、今日も負けじとナンパに来た日鍼である。 あの夏の日から、凄いラブの勉強をしたから自信があるのだ。うふふと胸を張る。 作戦はこうだ。 アウィーネは携帯電話を持っていないと言っていた。だから考えたのだ。 いい事を思いついたのだ。 「アウィーネちゃん! ――交換日記してくださいっ!」 ズバッ! 「日本語を書くのは、自信がないのだが……」 にわかに表情を曇らせるアウィーネ。 まさか……ドイツ語を覚えなければならないという事かっ。 だが、がんばらねばなるまいっ。 「そうだ! 私もスマホというのを買ってな。SNSというのをしたが、それでいいのか?」 なんだか調子が狂うが、致し方あるまい。 ともあれ。 「ところで先日は初陣お疲れさま! 倒れながらも戦う姿、カッコよかったよ……!」 驚きの表情を浮かべる少女は、ちょっと頬を染め己の力不足に恥じ入ったらしい。 余談ではあるが、少女のSNSは完全にドイツ語で、実家の猫の事ばかりが書かれているのであった…… ● こうして――照明はそっとトーンを落とす。 こちらは異端の蜂須賀――朔である。 (以前はこういう場所に来ることはなかったのだが) 鴨のスモークと、見目良い酒をオーダーした朔は静かに思案を巡らせる。 己の好みを知っている程飲んでいる訳ではないから、基本はバーテンダー任せだ。 「見た目が綺麗というと――」 てきぱきと作業を始めるマスターを横目に、思う事はいくつかあった。 アークに来てから覚えたのは、食の楽しみであるということ。とはいえ無論、戦いに勝る程の喜びではないのだが。 それからこれも自身の事ながら最近知った事だが、自然、人工を問わず、美しいものを好む性質があるらしい。 さて肝心の酒だが。 まずはグラスの口ををグレナデンシロップに浸す。それから塩の中にそっと差し込めば白と紅の鮮やかなグラデーションが現れる。 シェイカーの中にかちかちに冷えたウォッカをワンショット、そこにブルーキュラソーを足す。それから絞りたてのライム果汁とグレナデンシロップを少々。バースプーンでかき混ぜたら氷をいくつか詰め込み、シェイカーを閉じてハードにシェイクする。 グラスの内側についた塩はそっと取り除き、濃紺の酒をシェイカーからグラスへと注ぐ。シェイカーの氷を三粒ほど落とし、そっとトニックウォーターを注ぐ。ステアはしない。 「コズミック・コーラルです」 そんな事を考えていると、そっと置かれるグラスを彩るのはインクブルーの底から明るく変わるグラデーション。 晩秋の宵を思わせるカクテルであった。 「ふむ……美味いな……」 やわらかな鴨のスモークは厳選されたものなのだろう。それをナイフとフォークで上品につまみながら飲む酒というのも乙なものである。 これほどの味が保証されているなら、また来たいものだ。今度は誰かを誘ってみるのも悪くないと思えるが。 はてさて。たとえばいつも仏頂面をしたあの朴念仁であれば、果たしてどんな顔をして食べるのだろうか。 誰よりも蜂須賀らしい反応というのはどんなものであろうか。 そんな想像をすると、つい顔が緩んでしまう。 こんな夜も悪くない。 ふと。食後にも立ち去らず外を見つめるアウィーネの姿に気づいたのは、山d――那由他であった。 アウィーネの実家であるローエンヴァイス家の執事が、この世から去って間もない時期だ。 きっと悲しんでいるのだろう。己が一緒に居る事で、その辛さが多少なりとも和らぐなら幸いだ。 「まだお帰りにならないようでしたら、お一ついかがですか?」 そっと運ばれたのは、ヴァージン・ピニャコラーダ。日本ではまだ飲めないからノンアルコールを選んでみたのだ。 それから食後の事。マカロニ揚げやナッツの様な軽いスナック類である。 「あ、ああ。ありがとう」 アウィーネは少々ぼーっとしている様だが。時間故の疲れか、暖炉の暖かさの為か、それとも。 「泣きたくなったら胸を貸しますよ?」 ふと投げかけられた言葉に、アウィーネは那由他を見つめ返す。 「そ、そんな事はない……!」 なぜだか慌てた様に否定するアウィーネだが。幼い頃から近くにいた祖父の様な男の死は、さすがに堪える筈である。 「私は抱き付き魔ですから。こうして顔を隠せば泣き顔を見られる心配もありませんし……」 そう言って見ると、少女はかなり不機嫌そうな表情をしている。 「余計なお世話でしたか。すいません」 険しい表情で、再び窓の外を眺めるアウィーネの背に、那由他は微笑んだ。 (少し立ち止まっても良い。元気に健やかに成長してください、ね?) 奥まったバーカウンターに座るのはジースとエスターテの二人だ。 いつもより少しだけ大人っぽいひと時を過ごせたらいいと、思い切って誘ってみたのである。 「何だか久しぶりだな、夏以来か?」 「はい」 夏から秋に掛けて沢山の大きな事件が起こったものだ。エスターテとこうして話すのも新鮮な気がする。 「何か飲むか? ってもノンアルコールだけどな」 ジースの注文はサラトガクーラー。この店ではジンジャービアというノンアルコールのドリンクにライムを絞る辛口のスタイルで、ほんのりと甘み付けに沈めたブルーシロップとのコントラストが美しい。 エスターテに進めたのは、桃色の可愛らしいヴァージン・ブリーズだ。髪の色と良く似ている。 「乾杯」 小さく鳴らされるグラスの音。 「それ、着けてくれてるんだな」 「え、と。はい。ありがとうございます」 素直に嬉しいと思う。 少女の胸元を飾るのはピンクゴールドのペンダント。この年齢の少女には少々生意気な代物だが、誕生日プレゼントとして一生懸命選んだのである。 そこに篭めた想いを伝えるには、もう少し時間と勇気が必要だと思う。 それにエスターテの中ではどうなのだろうか。 何度も顔を合わせている分だけ距離は近いだろうが、きっと少女の中で、彼はまだ『親友の弟』だ。だからこそという壁もあるのだろう。 だから今は只、側で見つめているだけでいい。 ただただ。この時間は欠けがえのない―― 「伊吹さん、アークを出るんだよね。理由、聞いてもいいかな?」 近くの席で、静かにグラスを傾ける悠里が口を開いた。 「理由というほどの事はないのだ」 ここに来た目的は果たした。また市井の一リベリスタに戻るまでのこと。そう告げる。 RDの『熾竜』を縛るナイトメア・ダウンは、ようやく終わったのだ。 それに――二人の善意が複雑に絡み合い、結局は一人にしてしまった娘の側に居たいという想いもある。 だが。後ろ髪を引かれる想いとてあるのだ。 静かに語る伊吹の様子は、もしかしたら罪悪感を感じているのだろうかと悠里は考えた。 自身と照らし合わせれば、皆を置いていく事にそう感じるであろうから。そしてならば背を押してやる事も必要ではないか、と。 「伊吹さん。僕達は世界に住む人達を守る為に戦ってるよね」 それは、きっとどうなっても変わらないのだけれども。 「仲間が……うぅん、友達が幸せになろうとするならそれはとっても嬉しい事だよ」 だから大丈夫。 『アークには僕達がいるから』 「きっと、ヴィンセントさんも喜ぶよ」 今は亡き戦友の名を呼ぶ。 伊吹は苦笑一つ。 「人の事より自分の事をだ」 気持ちの正体が掴めたのかもしれない。 それは罪悪感というよりは、むしろ―― 頼りになる戦友ばかりだが、危なっかしいのも居る。 例えば、今一緒に飲んでいるこの男だ。 退路なき死線の最前線に立ち続ける『―Borderline―』のガントレットの事だ。 グラスの氷が澄んだ音を立てた。 (自分の事か) 死ぬかも知れないような戦場を渡り歩いている事は、悠里とてわかってる。 それでも。 「勿論、生きて帰るよ。何があっても、必ず」 彼女の泣き顔だけは見たくないから。 伊吹はヴィンセントの名で、引き継いでしまった『くろはねのきおく』の名において、言うべきことがあったのを思い出した。 「お前は俺達のような馬鹿野郎にはなるなよ。 好きな女一人幸せにできなかった、そんな大馬鹿野郎にはな」 短い沈黙を終わらせたのはアクセスファンタズムの通信だった。 「また亡霊が出たか」 もう終わったと思っていたが……未だ悪夢は続くらしい。 休息はいつでも、余りにも短くて。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|