● バーミ・エアーの青が広がる空にかかる雲一つ、風に流されてドラゴンの様な形を作っていた。 先月までは暖かかった午後のウッドデッキも、今は風が冷たくなっている。 ぴたりと包んだ頬もひんやりと冷たくて、それ以上に自分自身の指先が冷たかった。 「冷たいね」 相手が少しだけ声を上げる。10代の少女らしい透き通った声質。瞳は少しだけ緑がかったスモーク・グレイ。 彼女の両の目は機能を果たしておらず、全ての色が暗闇に包まれている。 少女の名前を高月有紗と言った。裕福な家庭に生まれ落ち、何不自由なく生活をしていた彼女に降りかかったのは赤信号を無視した車のバンパーだった。 ゆっくりと中空を舞う少女は、今日の空と同じバーミ・エアーの青をとても綺麗だと思ったのだろう。 その時の話を聞く限り、澄み渡る青空のことだけしか覚えていないようだった。 「ねぇ、有紗は僕と居るのが怖くないの?」 「どうして?」 不安げな声の青年と心底不思議そうな少女の声。 「どうしてって、君の瞳が見えなくなったのは僕のせいなのに」 「あなたのせいじゃないわ」 「でも……! 君の瞳に映る色を奪ったのは僕なんだ!」 一際は大きな声がウッドデッキに響き渡る。悲しげな表情で少女を見つめる青年。 今にも泣き出しそうな顔を有紗は見ることが出来なかったけれど、そっと触れた頬に流れる涙で彼が泣いているのだと分かった。 「泣かないで。その目はあなたのもの。もう、私のものじゃないの。だから、お願い。いつもみたいに聞かせて? あなたの旅してきた世界を」 「……分かった。いっぱい、いっぱい話すよ」 「嬉しい」 ● 「彼女の瞳は傷ついていません。でも、見えていないんです」 ブリーフィングルームに紡がれた『碧色の便り』海音寺 なぎさ (nBNE000244)の声は少しばかり憂いを帯びたものだった。 世界の理不尽さ無常さは既に何度も味わえど、それでも慣れる事は無いのだと少女の瞳は語る。 本来であれば彼女の健康な網膜は光を結び色を映し出すはずなのだ。事故の影響は現代の医療技術により須らく回復するはずだった。 しかし、彼女の世界は黒く閉ざされてしまっている。 「原因は、ボトムチャンネルに落ちてきたアザーバイドです」 この世界において人間の形を取った青年は、変幻する際に瞳を再現し忘れたらしい。 作為的な所業ではないようだが何の因果か、事故当時の彼女の瞳をその代わりとし、この世界での光を得たのだ。 「じゃあ、そのアザーバイドを倒せば、彼女の目は見えるようになるんだな?」 話を聞いていたリベリスタがなぎさへ視線を送る。 身体的には健康であるはずの彼女の瞳が見えないのであれば、神秘の力がそこに働いていると考える方が妥当である。その原因が無くなれば元通りになると思惟するのもまた自然の理。 「はい。そうなのですが……」 言葉を濁したフォーチュナは書き出された資料を指先で辿っていた。 少女、高月有紗は自身の瞳を取り戻せば、彼が去っていくであろう事を予感として知っている。いや、消えてしまうというべきだろうか。 それは彼がリベリスタに殺されるだとか、Dホールの向こう側に消えるだとか、そういう事が判るのではない。離れがたい存在だからこそ、彼を繋ぎ止めていたいという願いから来る、ただの予感の様なものだ。 「アザーバイドを倒すだけなら、皆さんの今の実力ならとても簡単です」 話の本題はここからであるらしい。 「方法の一つはアザーバイドを倒す事だよな」 「はい」 これが最も単純明快な解決法だろう。このアザーバイドの性質は心優しくボトムチャンネルで悪さをする手合いではないとは言え、この世界の崩界因子である。言わば存在悪なのだ。 「万華鏡の観測によれば、この方法であれば少女は視力を取り戻す事が出来るようです」 どこか虚ろな口ぶりのなぎさだが、これは狂った因果を断ち切る最もスマートな方法であるということだ。 「引き換えは、彼女の心って所か」 「はい……」 「あとはまあ……」 アザーバイドをディメンションホールの向こうに送り返す事。 異界の住人とは言え、無駄な命を奪う事無く事件を解決することは出来る。彼を説得してもいいだろうし、力ずくでも難しい事ではないだろう。 ただしこの解決方法では―― 「彼女が視力を取り戻す事はないようです」 ブリーフィングルームにつかの間の静寂が訪れる。厄介な話になってきた。 「他に、ないのか?」 問うリベリスタに、なぎさは海色の瞳を伏せ、ぽつりと呟く。 「彼女共々異世界に……」 倒せば因果は断ち切れる。彼だけを送り返せば因果はそのまま結果へと変わる。しかし二人がディメンションホールの向こうに消えるなら、おそらく絡まった因果は解けて、彼は生きたまま本来の瞳を取り戻し、彼女の視力も取り戻せる可能性が高いらしい。 「それは――」 ただの人間が異世界に投げ込まれて、その後どうなるのかはまるで分からない。それでは彼女は神秘事件の犠牲者という事になる。 「それに三つ目は、絶対にそうなるとも限らないって訳か」 「推定に留まります」 異世界は神の目を持っても観測不能である故に。 「少女は……14歳か」 思春期の子供だ。どう見積もっても大人ではない。無責任に恋をする年頃でもある。 「まあ、そうだな。ちょっと考えてみよう」 アザーバイドの青年を殺害すれば少女は光を取り戻す。思春期の恋だと片付けてしまえば、もしかしたら彼女の為にはなるかもしれない。 だがそれは本当にそうなのだろうか。そしてもしも、殺害という結果を知ってしまったら心の傷はどうなるのだろうか。 青年を殺さない手もある。何一つ命を奪わない最高の結末なのかもしれない。だが少女は青年も光も失ったまま、一生を送る事になってしまう。 最後の選択は――後味は良さそうだが。よくよく考えてみれば家族も友人も居るであろう少女を、14歳の恋心に任せて放り出す事なのかもしれない。 一体、何が最良なのだろうか。 フォーチュナは答えなかった。 リベリスタとして為すべき事。人として為すべき事。何が大で、何が小なのか。 どうやら、独善的に決め付けてやるしかなさそうだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年11月30日(日)22:11 |
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■メイン参加者 5人■ | |||||
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● 視界に広がるバーミ・エアーの澄み渡る青空と対比するかの様に色づいた山の紅葉。 上空から降りてくる風は『グラファイトの黒』山田・珍粘(BNE002078)那由他・エカテリーナのウィスタリアの長い髪を揺らす。彼女達の前に居るのは高月有紗と少女の光を奪ったアザーバイド。 那由他のエメラルドの瞳は迷うこと無くアザーバイドに向けられていた。 「あは、」 三日月の唇が小さく笑みを零す。 那由他は得物を構えて一気に距離を詰めた。 アザーバイドは唐突に動き出した那由他に危機感を感じ、少女を守るように手を広げる。 戦闘は一瞬だった。 那由他の槍は青年の喉元に突き刺さる。 アガットの赤をまき散らしながら彼の首は少女の足元へと転がった。 少女の瞳は数度瞬いた後、見開かれて目に色が戻った事が伺える。 そして、知覚した。目の前に映しだされた赤色を。 少女は自分の足元に在る顔に手を伸ばし―― 「あ、あ……ぁ、カズ、カズ……、取れてるよ……首、どうしよう……」 真っ赤に染まったアザーバイドの頭を抱えて胴体の元へ歩を進め、上下の接続をしようと試みる。 その目は見えている筈なのに、少女は目の前の色が理解できない。 「くふ、くふふふ」 グラファイトの黒は神秘探求同盟第六位・恋人の座。与えられたカードの通り恋愛と変化、取捨選択を内包する。 ――カタリ。 海色の瞳をしたフォーチュナは自分の落としたペンの音で目が覚めた。 「夢、ですか」 誰かの強い思いが見せた夢だったか。 ● 視界に広がるバーミ・エアーの澄み渡る青空と対比するかの様に色づいた山の紅葉。 上空から降りてくる風は『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)の艷やかな黒髪を攫っていく。 「おはよう。二人きりの時間を邪魔して悪いんだけど、ちょっと話を聴いて貰える?」 振り返った高月有紗とアザーバイドは突然現れたリベリスタ達に首を傾げた。 「お話ですか? どの様なご用件でしょう」 目が見えずとも、凛とした有紗の声が早朝の静けさを纏った公園に響く。 「少しお話させて貰ってもいいかな。わたしの事は旭って呼んでね」 前に一歩出た『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)は優しげな表情で二人に語りかけていた。 「私は高月有紗です。隣に居るのはカズ」 「……」 カズと名付けられたアザーバイドは『何らかの明確な目的』を持って現れたリベリスタ達に警戒心を露わにしている。少女を守るようにリベリスタへと一歩近づいた青年。 「君たちは何者? 少なからず害意があるように感じるんだけど」 那由他の唇の端が上がる。『想像』が夢に映る程漏れでてしまっていたのだろう。 「ごめんなさい。でも、わたし達は世界を守るために、あなたたちをこのままにしておく事は出来ないの」 旭のキャンパスグリーンの瞳がカズのそれと交差する。 「貴方はこの世界の住人では無い。そうですのう?」 アザーバイドであるカズよりも奇妙な出で立ちで『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)はボトムチャンネルに降り立った異邦人に問いかけた。 現段階ではどの様な結果になるのかは定かでは無いが、恋人同士を切り裂く結果になることもありえる話だ。仕方の無い事とはいえ、気の毒だと九十九は思っているのだろう。 だからこそ、明確にしなければならない。 自分達が少女とアザーバイドの前に現れた意味を。 「この世界であんたみたいな異世界人をアザーバイドって言うんだけど、要するに身体に入り込んだ毒なの。毒が危険ってのは分かるかな? キサたちはそういうのを見つけて、外に追い出したり、倒したりするのが仕事なの」 簡潔に分かりやすくこの世界とアザーバイドの関係性を説明をする綺沙羅。 本来ならばもう少し複雑な事情があるのだが、それを今この場所で解説する意味はあまり無いと判断したのだろう。 「つまりは、防衛機構ということだね? その防衛機構にあたる君たちが此処に居るということは、僕達は殺されてしまうという事なのだろうか?」 「ふふ。その可能性もありますね?」 那由他の言葉に、青年と少女が繋いでいる手がより一層強さを増して握られる。固く引き離されまいとするように。 その様子を少し離れた場所で観察しているのは『敬虔なる学徒』イーゼリット・イシュター(BNE001996)だった。 「恋は盲目、くすくす」 文字通り高月有紗は盲目。笑ってなぞいられない状況なのにそんな裏腹な言葉が小さく漏れる。 瞳の向こうの、誰のどんな色彩を消せば良いのか、難しい話だとイーゼリットは思うのだ。 リベリスタが提示した3つの未来。 一つ。 「でもね、カズさんを殺せば有紗さんの視力は戻りますよ?」 那由他の言葉にアザーバイドは緑がかったスモーク・グレイの瞳に驚きの色を見せた。 「本当、なのか?」 彼を殺せば彼女には光が戻る。 けれど、少女は心に深い傷を負い、精神の境界線を越えてしまうかもしれない。 ただの恋であればきっと時間が癒すのだろう。しかし、こんな場合はどうなるのだ。 恋というもの自体を体験したことのないイーゼリットには思考するのも困難な領域だろう。 「日本は視覚障碍者でも生活できるけど、それでも仕事や結婚、未来の選択肢は狭まる。けれど、大切な者を失えば目が見えても何の意味も無いかもしれない」 綺沙羅は現実的な観点で一つ目の選択を分析していた。メリットとデメリットを伝える事も選択を行う上で大切な事柄である。 「私はあなたが殺される所を見たくない」 「でも、君の瞳は見えないままじゃないか。だったら、よそ者の僕が居なくなった方が……」 「カズ!」 弱気なアザーバイドの名前を呼んだ少女。 見えなくなったからこそ、他人の心の揺れ動きがよく分かるのだろうか。 「大丈夫。怖がらないで。彼等はその選択を私たちに強要しているわけじゃないわ。きっと他の道も考えてくれているはず。その未来しか無いのなら、私の目はもう見えているはずなのだから」 この選択をするのならば人数、戦力で遥かに上回っているリベリスタが二人の前に現れた時点で決着が着いた筈の過去だ。 現在をそのままの状態で居られるということは他に選択の余地が残されていると言う事に他ならない。 「うん。それは有紗さんが光を望まない限りしたくないし、しない。カズさんが自己犠牲を選んだとしても、それじゃ誰もしあわせになれないよ。だから、そんな事は考えないでいて欲しいな」 旭はカズの瞳を真っ直ぐに見つめて言葉を紡ぐ。 二つ。 「じゃあ、僕がこの世界から元の場所に帰れば有紗の瞳は戻るのか?」 「いやー。そこはそんなに簡単な話じゃないんですのう」 九十九が肩を竦めて掌を見せる。今日は真っ黒のマントに禍々しい円形の被り物スタイルだ。 猫の着ぐるみや、美少女、美少年、一番よく見かける姿はターメリックの外套バージョンだろうか。 しかして。 自分の身体の一部となった有紗の瞳を持ったまま元の世界に帰っても、それが少女の元へ戻る事はない。たとえ、アザーバイドが元来の瞳の色を戻したとしても、要らなくなった有紗の瞳は世界の壁に阻まれてボトムチャンネルには辿り着かないのだ。 「別れは辛いだろうけど、それぞれが生きられる世界を選ぶのは双方の幸せに繋がるかもしれない」 誰も命を落とすこと無く、本来あるべき姿に収まる。一番自然な方法だと綺沙羅は話す。 ――けど、彼女は彼に二度と会うことは出来ない。 「そんな……」 この失恋は二人にどんな影響を与えるのだろうかとイーゼリットはアイリスの瞳を伏せた。 (くっついては離れて、普通の子達ってみんなそうだけど、だからこの不毛な恋は終わらせてしまってもいいのかもしれない) ● 「三つ目の選択は有紗さんが彼と一緒に異世界へ行く事」 「え?」 旭の言葉に声を上げた少女。悲劇的な未来が変わるかもしれない、そんな予感。 「異世界へは片道切符。14年間生きた故郷を愛してくれた家族を友を捨て、明日の命の保証すらない世界へたった1つの恋の為に渡る。リスクのが高いけど、覚悟があるなら」 綺沙羅のラズベリーの瞳が少女へと向けられる。続く言葉はクリストローゼの聖母のものだ。 「わたし達にも渡った先で何が起こるかわからない。適応出来ず命を落とすかもしれない。 彼の本来の姿が受け容れられないかもしれない。ただ、僅かに希望が無いわけじゃないの」 もしかしたら、二人揃って視力をも取り戻し、末永く生きていける可能性だってあるのだ。 「二人で生きていける場所……」 「有紗」 しかして、『大人』である九十九は『子供』の少女の行く末を心配せずにはいられない。 「まあ、個人的な見解としては行かない方が良いとは思いますかな」 「何故? 向こうに行けば幸せになれるんでしょう?」 文字通りの異世界である。旭や綺沙羅が言っていた様にリスクを多分に含んでいる恐れ。 もし仮に生きていたとしても、其処に付随する苦労は並大抵ではないだろう。 「そんな所へ、まだ十代の少女を行かせたいとは、普通は思いませんよ」 九十九からしてみれば有紗が異世界へ行くという決断をするのは、一時の気の迷いだと断ずることが出来るのだ。それほど、多くの選択を彼もまた行ってきたのだろう。 しかして、彼女からしたら一生ものの恋かもしれない事を九十九は可能性として上げた。 「まあ今迄の人間関係を思い出してください。両親や友達、他にも色々な関係があったはず。 それは貴女の人生なんですよ。 それを捨てて、恋を選んで貴女は本当に良いんですかな?」 有紗の心臓がドクリと跳ねる。内蔵が押しつぶされるような嫌な感じに恐怖を覚え、アザーバイドの手を強く握った。 「わ、私は……」 掠れた声が少女の唇から溢れる。次の句が継げない。言葉が出てこない。 唐突すぎて、思考が許容範囲を超えているのだろう。冷や汗が背中をスゥと流れる。 迷いが生まれている事は誰の目にも明らかであった。 旭はキャンパスグリーンの瞳を少しだけ伏せて、拳を握りしめる。 ――もし、少しでも迷いや躊躇いがあるなら、覚悟が決められないなら。 多少強引な手を使ってでもアザーバイドを元の世界に戻すべきだと、旭は青年の腕に手を伸ばす。 旭の指先が青年に届くより先に、クリストローゼの聖母の肩に触れたのはグラファイトの黒の掌だった。 「一日、時間を差し上げます」 いつの間にか旭の隣に立っていた那由他が少女の頭を撫でながら云った。 「一度家に帰って、自宅で過ごして。考えてみてください。その当り前の日常を捨ててでも彼と共に行くのかと言う事を。家族は不幸になるでしょうけど、例え、どんな選択をしても私は祝福しますよ?」 不幸と祝福が同じ一文に含まれる那由他の言葉は、彼女が恋人の座である事を律格しているかの様であった。 「ああ、そうそう……もし万が一逃げようとしたら、不幸なことになりますよ? 私達も仕事ですので。見逃すことだけは絶対に無い、と言う事は理解しておいてください」 選択をするしかないのだと。逃避は許されない。その分かれ道に恋人の座が現れた限り。 ―――― ―― 答えがでるまでの間、キサが有紗の目になってあげる。 あんたの見たいものを見せてあげる。 綺沙羅はそういって少女の目になった。彼女が見た情景を有紗に送る。 少女が一番初めに見たいと思ったのは、やはり恋人の姿だった。 「ああ、カズはこんな顔をしていたのね」 頬に添えられた小さな手に自分の指を重ねあわせる。 「有紗」 小さな身体を抱きしめて温もりを噛み締めた。彼女の選択次第でこの抱擁が最後になるかもしれないのだ。 少女が望んだ風景、家族との団欒。笑顔と光が溢れる家庭。 それは綺沙羅が、持っていなかった光景――けれど怜悧な彼女はあくまで『創る側』という事だろうか。彼女は的確に状況を解析し、選択を構築する。この後の判断はきっと少女の人生の中で最も重要なものになるであろうから。 「3つ目の未来を選べば彼女はきっと二度とこの世界に戻ることは出来ない。両親とも、友達とも二度と会えないのね。……私なら三つ目を選ぶんだろうけど、くすくす」 口に出して、己の声に少しばかりのため息を吐いたのはイーゼリット。 二人が公園を後にしたのを見届けてから、彼等に背を向けていたのだ。 (バカね、私。そんな事する機会なんて、これまでいくらでもあったじゃない) 自嘲するように、唇を引き結んだイーゼリットは眉を寄せている。 ――神秘を探求したいなら、そうしたっていい筈なのに。 それ以外に何もいらないんだから、迷うことすらいらない筈なのに。 「私はやってない」 自分自身が出来ない事を人に強要する事が辛くて、彼等に掛ける言葉が見当たらなかった。 きっと恐いからだ。 彼等の心を知るのも、神秘を暴きたいのも、きっと未知に怯えているだけなのだと思惟する。 イーゼリットの様子を真後ろから見ていたのはグラファイトの黒だ。 「むむ、イーゼリットさんなんだかモヤモヤした顔をしてますねー。可愛いなあ」 「ひっ……!」 「もし貴女が恋をしたらどうなるか今から楽しみで仕方無いですよ」 その相手が自分であったならどんなに良いか。ズブズブに愛して、ドロドロに壊してあげるのに。 少女は与えられた猶予の中で、考えた。 家族の笑顔を失うのは怖い。会えなくなるのは辛い。 でも、もし――隣の彼が消えてしまったら、この世界に生きている意味は無くなるのではないか。 「有紗、泣いているのかい?」 返事の代わりに胸へと顔を埋めた少女を青年は優しく抱きしめる。 どの様な、結果になろうとも、彼がこの少女の事を忘れることはないだろう。 少女もきっと。 ● 東雲色の空が紅に染まった山々を照らしだす。もうすぐ朝日が登ってくる頃合いだろう。 朝靄が漂う公園でリベリスタは二人を待っていた。 「どの選択も間違いではない。どの選択にも痛みがある」 「はい」 綺沙羅の声に静かな返事をした高月有紗はアザーバイドを伴って現れる。 「あんたの世界が色を失わない為に後悔のない選択を」 ラズベリーの瞳が二人を見つめていた。 「どの道を選んでもしんどいと思う。後悔するかしないかは、ふたりのこころ次第」 旭は少女の前に立って繋がれていない方の手をきゅっと握る。 ――ただ一緒にいたい。それだけなのに。 しかし、少女が自身の選択を深慮できる程、大人になるまで待つ事はできない。 「両目は無理でも片目だけなら、命を奪わずに、目を奪うだけで彼女に光が戻るかもしれませんのう」 「え?」 片方ずつ持っていれば結ばれた「縁」が繋がり続けるかもしれないと九十九は考えたのだろう。 二人で共に歩まないならば尚の事、それを絆と呼ぶことが出来きるだろう。 「大丈夫そうですかな?」 「分からない。でも、有紗との繋がりが保てるなら、僕は……」 言って、青年は自分自身の瞳を取り出しオパール・グリーンの炎で焼いた。 「カズ……?」 「有紗、どうだい? 見えるようになったかい?」 少女が目を数度瞬く。 「ううん。見えないわ」 緑がかったスモーク・グレイの瞳は未だ両目とも光を映しださない。 二人に残されたのはたった一つの目だけ。 「どうして……やはり僕が死なないとダメなのか」 重い呟きが青年の口から吐出される。 運命の寵愛を受けていない異分子が、希望を持った事が間違いだったのだろうか。 「「そんなこと無い!」」 旭と有紗が発した言葉は静かな朝の公園に木霊した。 「私はあなたとずっと一緒に居たいの!」 旭の鼓動がひとつ、大きくなった。その言葉は彼女が恋人と共に紡いだ願いそのものだったからだ。 出会えた事が奇跡で、他に何もいらない。 本当の自分も、今の喜多川・旭も真っ直ぐに赤い瞳で見つめて受け入れてくれる。 ――あのひとと離れるくらいなら、世界なんていらない。 「行くと言うなら止めませんが……迷いは無いようですね」 那由他は確認するようにエメラルドの瞳で少女の眼差しを受け止めた。 「はい。私はカズと共に行きます」 ―――― ―― ダーク・ヴァイオレットの境界線が揺れている。 旭は二人を前に、そっと赤色の袋に入った『恋愛成就のお守り』を渡した。 「ほんの気持ちだけど。二人がずっと一緒にいられるように」 「ありがとう、旭さん」 そう言って、二人は手を取り合い境界線を同時に潜る。 「皆さんもありがとうございました」 もう一度挨拶をしてお辞儀から顔を上げた有紗は、リベリスタ達の中に初めて見る人物を認識した。 それは、小雪・綺沙羅。 少女の「目」になって彼女が見たいものを送信していた綺沙羅の顔だった。 彼女は昨日鏡を見ていない。 「あ……」 ダーク・ヴァイオレットの境界線が色を無くして閉じていく。 「良き旅路を」 有紗に届いたのは綺沙羅の声と、閉じゆくゲートの合間に見えたラズベリーの瞳だった。 「いやはや、恋の騒ぎと言うのは、どんなものでも複雑で難しいものですのう。所で、彼等の目は見えるようになったんですかのう?」 九十九の呟きに応える声はない。けれど、カズが取り出した瞳は先にゲートを潜って、渡った世界での有紗の存在を確立させたのかもしれない。 もしそうであれば、片目を潰すという行為は間違っていなかったのだろう。 人生は旅、選んだ先に幸いがあるように。 その目で見ておいで―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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