●早朝の惨劇 時計の針が7時を少し過ぎた辺りを指す頃合い。少し離れたところでは飼育委員が世話している鶏が鳴き声を上げているのが聞こえてくる。 肌を刺すように冷たい空気の中、体操着を身に纏った1人の少女はTVから流れるニュースで冬の到来を告げていた事を思い返しながら口元に手を当て、寝起き特有の倦怠感から抜け出せないまま欠伸を零した。 「ったく、お母さんったら早く起こしすぎなんだよ。まだ誰も居ないじゃん」 少女は予定時刻より早い起床を促した母へ向けて、唇を尖らせながらブツブツと恨めしそうに呟いた。 やがて、諦め混じりの溜息を零すと、冷えた指先を吐き出した吐息で温めながら部活動の準備をするべく用具室へと足を向ける。 学校創立時からあるらしい用具室と言う名の小屋は、長い間、雨風に晒され続けた所為だろう――全体的に傷みが激しい。 その錆びついた扉に手をかけて開けようとするも、ガタン、と音を立てるだけに終わった。 「あれ? ……あ、そうだ。鍵もらってこなきゃ。だから面倒なんだよなぁ」 何度かガタガタと扉を揺らした後で『1番最初に登校した者が鍵を開ける』と言う部活内で伝えられる暗黙のルールを思い出た少女は、用具室から離れて職員室へと向かうべく踵を返す。 同時に土を踏みつける音がして、そちらへと視線を向けると、そこには3匹の獣が佇んでいた。 「……わんちゃん?」 少女は迷い犬が紛れ込んだのかと思って首を傾げたが、その考えは敵意を剥き出しにしたまま低く呻く唸り声に掻き消された。 一言に犬と言っても少女が知っているような可愛らしいものではなく、今にも襲い掛かりそうな野犬に似た雰囲気を醸し出している。 ただならぬ状況を察した少女が獣達と対面したまま後ずさるが、後ずさった分の距離を詰められて、恐怖がじわじわと少女を侵食する。 「なに、やだ……来ないで!」 一歩、また一歩と進退する状況に耐え切れなくなった少女は獣達に背を向け、その場から全速力で走り出す。 それと同時に口元から幾筋もの涎を滴らせ、運動場の乾いた土を濡らしていた獣達も走り出し、逃げる少女の後ろ姿を追った。 やがて息を切らせた少女が足を縺れさせて顔面から転ぶと、その瞬間を待っていたと言わんばかりの勢いで3匹の獣が少女へと牙を向き、襲い掛かる。 ヒ、と喉に張り付くような悲鳴を零した少女の声は誰にも届くことなく、冷たい朝の空気に吸い込まれていった。 ●少女の祈り 「場所は住宅街の近くにある小学校――ここで部活動の為に朝早く登校していた女の子が襲われるという悲しい事件が起きてしまう。それを防ぐ為に貴方達には女の子の安全確保とエリューション・ビーストの討伐をお願いしたいの」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は端末に映し出された映像から視線を外すと、室内に集まったリベリスタ達へと視線を向けた。 「今回の討伐目標はフェーズ1のエリューション・ビースト。原形は犬……と言っても、狼犬と言えば良いのかしら」 イヴが端末を操作すると、片目に切り傷を持つ隻眼の固体を中心に行動する複数のエリューション・ビーストが映し出される。 小型の狼のようにも思えるその体躯に小動物好きなリベリスタは瞳を輝かせていたが、次いで映し出された口元を真っ赤にした映像を見ると慌てて顔を背けた。 そんなリベリスタ達の様子を横目で見ながら、イヴは相変わらずの様子で淡々と続ける。 「主な攻撃方法はその鋭い爪と牙。隻眼の個体を中心に群れを作って活動してる。小学校の敷地を自分達の縄張りとして意識しているみたいね。時に統率された動きをするようだから、翻弄されないように気を付けて」 戦闘場所に校庭を推奨する言葉を付け足すイヴに対して、片手を上げたり、頷き返したり、それぞれの仕草で肯定の意思表示を見せるリベリスタ達。 彼らの意思表示を見ると、イヴは小さく頷き返しながら端末に映し出された映像を切り、話を続けた。 「特殊能力も無いし、エリューションが活性化する時間帯でも無い……貴方達なら特に脅威になるような相手では無いと思う。ただ、問題は場所。このまま放置すれば女の子だけじゃなく登校してきた多くの生徒が犠牲になるかもしれない」 言葉を区切ると、ひと呼吸の後にリベリスタ達を真っ直ぐに見つめる。 その表情に感情らしいものは浮かんでいなかったが、イヴが紡ぐ言葉には僅かな憂いが含まれていた。 「被害を大きくしない為にも、急いで作戦を遂行して」 イヴの言葉を聞き終えたリベリスタ達は各々反応を返しながらブリーフィングルームを退室していく。 やがて、室内には唯一人なにかに祈るように瞳を閉じる少女の姿だけが残った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:こはる | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年12月12日(金)22:03 |
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■メイン参加者 4人■ | |||||
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● まだ陽の昇りきらない薄暗い時間の中、『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)が腰に吊るしたベレヌスの明かりが周囲を照らす。 ニット帽の位置を調整しながら『贖いの仔羊』綿谷 光介(BNE003658)が校舎に掲げられた時計を見上げると、時計の針は丁度7時を指していた。 「そろそろですかね」 「イヴ嬢の話によれば、あと数分……だな」 隣に立つ『』リリウム・フェレンディア(BNE004970)が光介の言葉につられるように時計へと視線を向けると、真っ白い少女の指示を思い出しながら答える。 施設の位置を遠目に確認していた『』雪白 桐(BNE000185)が、用具室へと向かう少女の姿を見つけると指をさし、周囲のリベリスタ達へその存在を教える。 「来たようですよ」 示された先では体操着を身に纏う少女の姿と、3匹のエリューション・ビーストが用具室――少女の元へと進んでいるのが確認出来た。 事前に告げられた凄惨な出来事が目の前で起きてしまう前に、と4人のリベリスタ達が一斉に走り出す。 リリウムが真っ先に到着すると少女を抱きかかえるようにエリューション・ビーストから引き離し、光介へ向かって、その背を軽く押す。 少女を受け止めた光介が背に庇い、更に義衛郎が光介と少女を庇うように間に立つと、獲物を横取りされたとでも思ったのだろう――獣達は不満を表すような低い唸り声を零した。 その様子を見た義衛郎は口元を上げ、獣達へ笑みを浮かべて見せる。 「そう簡単に通さないよ」 言うが早いか、義衛郎は群れる獣達へ向けてチェインライトニングを繰り出す。 その雷撃に獣達は慌てて距離を取り、少し離れた位置から様子を窺う姿勢を見せた。 「怪我はありませんか?」 「保健所の者だ。近隣から野犬が出たと通報があって来た」 「保健所の……?」 獣達と義衛郎が睨み合う後ろでは、光介とリリウムが事態についていけず呆然としている少女へと声をかける。 少女は何とか状況の理解に努めようとするが、混乱する自身を何とか落ち着かせようと精一杯のようだ。 その様子を見たリベリスタ達は少女が少しでも安心出来るようにと、出来るだけ穏やかな表情と口調を心がけて言葉を続けた。 「今からボク達があの野犬の駆除を行います」 「刺激が強い光景ですから、目を瞑っていてくださいね?」 「なにせ、あれだけ凶暴ですから……少し手荒な手段が必要になるんですよ」 無表情に告げる桐と、苦笑を浮かべる光介。 相反する雰囲気の2人から気遣われた少女は躊躇う表情を見せたが「ね?」と再度促す光介の言葉に小さく頷き返し、目の前にある恐怖を覆い隠すように固く瞳を閉じた。 ● 義衛郎が正面に陣取る隻眼の固体と向き合うと、左にリリウムが、右に桐が立ち、3匹の獣――エリューション・ビーストと対峙したまま距離をはかる。 双方、視線を合わせたまま互いに様子を見合っていたが、最初に動いたのは桐だった。 背後の少女が固く目を閉じている事を確認すると、特異な……まるで、マンボウを伸したような形の強大な剣を取り出す。 質量に物を言わせて、切ると言うより潰すと言った方が正しく思えるその武器を目標も無いまま威嚇の意味合いを込めて薙ぎ払うように振るう。 空を切る音が周囲に響くと獣の本能が脅威を察知し、エリューション・ビーストの意識はリベリスタ達を排除すべき敵だと認識した。 グルル……と低く威嚇を零すエリューション・ビーストの1匹が、赤毛の少女をその鋭い爪で切り裂こうと思い切り地を蹴る。 赤毛の少女――リリウムは勢い良く距離を詰めるその姿を目視すると、エル・ユートピアを自身に付与して真正面から受け止めるべく太刀を構えた。 「相手にされなかったらどうしよう、と心配していたんだ」 本来ならばリリウムが大怪我を負ってもおかしくない体格差。 だが、相手から来てくれたと悠然と笑うリリウムは、体当たりなどの物理攻撃を繰り返すエリューション・ビーストをいなし続け、やがて出来た隙を見逃すことなく手にした太刀を振り下ろす。 攻撃が直撃したエリューション・ビーストはギャンと痛みに鳴き声を上げ、勢い良く地へと叩きつけられる。 すぐによろよろとダメージを隠し切れない覚束ない足取りで起き上がると、ギラつく瞳でリリウムを睨み付け、まるで魅了されたかのようにリリウムだけに敵意を向けた。 一方、桐は仲間がやられて興奮しているエリューション・ビーストの攻撃で用具室が傷付かないように立ち回りながらも、小さな傷ではあるが確実にダメージを負わせていた。 次第に桐の思うように動かされて、じわじわと体力を削られていくエリューション・ビーストに焦りの色が見え始める。 焦りは思考を単調にさせ、行動を読みやすくする……義衛郎が放ったチェインライトニングを避けたエリューション・ビーストの着地点を見計らった桐は手にした獲物に渾身の力を込めた。 そのまま120%の力で振られた刃は、一撃でエリューション・ビーストの体を地へと沈めた。 「あと2匹」 1匹は地に沈め、もう1匹はリリウムが制している。 光介が少女の安全を確保しつつ、義衛郎と協力して隻眼の固体を討伐すれば――そんな考えを巡らせていた桐の思考を獣の遠吠えが遮った。 隻眼のエリューション・ビーストが宙を仰いで声高に吠え、それに呼応するようにもう1匹のエリューション・ビーストも吠え始める。 単なる威嚇とも意思疎通とも思える光景だが光介は何かを感じ取り、野生の本能とも言える超直感を信じて危険を伝えるべく声を張り上げた。 「気をつけて、敵の動きが変わります!」 暫く鳴き続けたエリューション・ビースト達は立ち位置を入れ替えるように走り出した。 リリウムの前に居たはずの1匹が義衛郎へと捨て身の体当たりをして一瞬の隙を生み出し、その隙に隻眼のエリューション・ビーストが少女の元へと一直線に走り抜けていく。 光介の叫びに思わず固く閉じていたはずの瞳を開いた少女は、目の前の光景に喉奥で引きつるような小さな悲鳴を零した。 「大丈夫……貴女を守らせてください」 襲い来る隻眼のエリューション・ビーストを止めようと、光介は少女を庇って間に立ち、大きく両手を広げる。 視線の先ではすぐさま体勢を立て直した義衛郎が走り寄る姿と、リリウムが2匹目のエリューション・ビーストを地に沈めている姿が見えた。 「おにーさん!」 エリューション・ビーストの鋭い爪を目前にした時、背に庇った少女を守るべく退こうとはしない様子に少女からは悲鳴に似た声が上がる。 その瞬間、光介はフと自身の被るニット帽の存在とそこに込められた想いを思い出すと、強引な体捌きで更に1歩後ろへと下がった。 お陰でエリューション・ビーストの爪は前髪を幾筋か散らすだけに終わったが、反動で尻餅をつき、エリューション・ビーストを見上げる形になる。 何か無いか、と無意識に探った砂を手中に握り込んでエリューション・ビーストへと投げつけようとした瞬間、追いついた義衛郎のラ・ミラージュが獣へと命中する。 強制的に距離を離されたエリューション・ビーストは息も絶え絶えの様子で呼吸を荒く繰り返し、それでもリベリスタ達へと敵意を向け続ける。 一歩遅れて到着したリリウムは怯える少女の様子に気付くと肩を抱き寄せ、それ以上の光景を見せないよう手で少女の目元を覆って視界を塞いだ。 「もう大丈夫だ。怖い思いをさせてすまなかった」 やがて、桐の放ったアルティメットキャノンがエリューション・ビーストを貫き、周囲に静寂をもたらした。 ● 3匹全てのエリューション・ビーストが動かなくなった事を確認すると、それぞれ安堵の息を吐くリベリスタ達。 「無事で良かった」 「えぇ、本当に……彼女に怪我が無くて何よりです」 「それもあるけど。綿谷さんも含めて、な」 義衛郎に差し出された手を取りながら立ち上がると苦笑を返していた光介だが、付け足された言葉に目を瞬かせて、後に笑みを深める。 その笑顔を見た後、義衛郎はリリウムに肩を抱かれたままの少女へと近付き、視線を合わせるよう膝を付いて淡く微笑みかけた。 最初は蒼褪めた顔色だった少女も、一言、二言、義衛郎と言葉を交わす度、見るからに明るいものへと変わっていく。 「保健所のひとって、あんな怖い犬も捕まえるの?」 「たまにね。誰かが捕まえないと、怪我人がいっぱい出るかもしれないだろ?」 「そっかぁ……すごいね!」 リベリスタ達を保健所の職員だと信じきった少女の羨望の眼差しを受けると義衛郎は苦笑を零し、その頭をひと撫でする。 その仕草に嬉しそうに笑顔を零す少女に先ほどの恐怖はもう見えない。 「職員は詳しい事情は把握出来ていないみたいです。騒ぎがあった事くらいは伝わっているみたいですけどね」 「記憶操作するまでもないかな」 「なら、私が行こう」 千里眼で様子を窺った光介の言葉を聞いたリリウムは幻視を使って保健所職員の姿を映し、少女へと声をかける。 「先生と話をしたいんだ。職員室まで案内してくれる?」 「うん! こっちだよ。……あ。おにーさん達、バイバーイ! ありがとー!」 大きく手を振り、何度も振り返って別れを告げる少女を見送ると、残されたリベリスタ達は3匹のエリューション・ビーストへと視線を落とす。 「あとはこの状況をどうにかしないといけませんね」 「袋を用意してきたので、これに入れましょう」 桐がおもむろにガサガサと音を立てて取り出したのは、ゴミ捨て場などで良く見かけるような3枚のビニール袋。 先を見越した用意周到さに義衛郎は賞賛半分、呆れ半分に言葉を零す。 「随分と準備が良いな」 「備えあれば……と言うやつですよ」 何てことの無いように返した桐は持参した袋を広げ、光介と義衛郎に1枚づつ袋を手渡す。 行動を急かすように冷たい風がリベリスタ達の撫でると義衛郎は明るさを増した周囲に気付いて腰に吊るしたベレヌスの明かりを消し、3人は揃って撤収準備に取り掛かった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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