● ふるり、と身体を震わせながら彼は恋人と寄り添っていた。 冬の海は寒いけれど、彼女と共に居るならば温かいだなんて、ロマンチストの様に零した彼に彼女は「変な方」と赤い頬を更に赤らめて言った。 潮騒の音が聞こえるこの街は温泉街として名を馳せた場所らしい。今も、冬の寒い日だからと観光客が訪れているのが彼らの視界に入る。 「もうそろそろお別れかしら」 彼女の言葉に、彼はそんなことないと言う様に長い腕を蠢かす。 二人の間に漂う異様な空気感の正体を彼は振り払う様にサンバのリズムを刻みながら彼女へと懸命なアピールを繰り広げた。 「でもね、あなたが行ってしまう位なら……」 言葉は、そこで途切れる。あ、と声を漏らした彼女の身体が段々と宙へと浮いていく。 この場所は、墓場の様な所だったが、彼女が居ればそれでいいと思っていたのに。 生簀に住む彼にとっては、あまりにも残酷な仕打ちが、其処にはあった。神が居るのならば幾らでも願った事だろう。少なくとも、彼女が死ぬくらいなら自分が、と。 しかし、もう時は戻らない。網に救われた彼女はまな板の上へと行く。 まってくれと水槽をこんこんと叩くその声は聞こえない――否、聞こえる筈がない。 「か、カニコ……!!?」 それは、彼女が――カニコが調理された、朝の出来事だった。 ● 「蟹が……出たの! 冬だもんね。現場は温泉よ。あったまりたいのかもしれないけど、それじゃまるで蟹鍋よね!」 真剣な表情で告げた『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は机を何故かどんどんと叩き続ける。 野生のがんもどきなんて居ないとお友達に言われたって、世恋はどうしようもなかった。だって、居たんだもの。そんな乙女心を悩ませている時に、またしても事件が発生したのだ。 「皆、聞いて。まだ11月なのに冬まっ盛りみたいな寒さをこんにちはさせた今日この頃、蟹が出たわ。 何故か横歩きしない蟹はサンバのリズムを刻みながら人間を捕食してる……これがホントのカニバリズムね!」 ドヤ顔をした世恋は、直ぐ様に悲しげに表情を歪める。「現実って残酷ね」と世恋は長い睫を伏せるように視線を落とす。手の甲を隠す程に長い袖をきゅ、と握りしめ、声を震わせながら彼女は言う。 「蟹はね、人間に復讐しようとしてるのよ」 「復讐……?」 「恋人のカニコが人間に鍋にされた所を蟹は見てしまったの……!」 嗚呼、何と言う悲劇だろうか。 筆舌尽くし難い悲しみは、驚く程呆気なくこの世のあちこちに転がっているという事か。神を恨み、神を呪うのは人間の専売特許ではない――或いは、蟹だって。 悲しげに俯いた世恋は「サンバのリズムでビートを刻んでるだけの良いお兄さんなのに……」と蟹を思い呟く。世恋が蟹の性格を知っているのかはわからないが、きっと、彼女が言うからにはそうなのだろう。 「蟹は食べられる物。それは私だって知ってるわ……。野生のがんもどきが淘汰されるように、人語を喋る蟹がいてはいけないことも、大きなかばに猫の耳が生えるのがおかしい事だって、私は知っている。 知っているけれど、恋人を目の前で奪われるなんて、そんなのあんまりじゃない……! 二人の物語はこれから始まる所だったかもしれないし、蟹が付き合ってどれくらいなのかなんて私は知らないけれど……でも! 愛し合った二人を引き裂いたのは確かに人間だったのよ……知らず知らずのうちに、私たちは彼等を傷つけていただなんて……ッ」 唇を噛み締めて、彼女は「私たちにできるのは……いつだって、傷つけることなのかしら」と遠い目をする。 勿論、世恋は真面目だ。真面目に、リベリスタへとお願いしたいのと彼等を見回した。 「彼らの恋を終わらせたのは私たち。その報いを受けろと言われたって――倒さなくちゃいけないものは居ると思う。 せめて、これ以上、蟹が罪を犯さないうちに……どうか、よろしくね?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年11月28日(金)22:07 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 湯煙が立ち昇る温泉地でぐう、と腹を鳴かせたルー・ガルー(BNE003931)は氷の爪から冷気を立ち昇らせながら目の前の蟹を鋭い目つきで睨みつけた。 何故、温泉に蟹が居るのか――そんな不思議な状況をある程度理解しているリベリスタ達からすれば、「成程、今日は蟹と温泉で蟹鍋か!」という極楽を連想するのだから彼らも歴戦の戦士だ。現に、ルーはもう空腹をアピールしている。 「……蟹?」 目の前の赤い甲羅を持ったエリューションを見詰めて、柔らかに紫苑の眸を伏せた『白銀の防壁』リリウム ヘリックス(BNE004137)は冬の訪れを感じさせるように白い息を吐き出して身体を震わせた。 「蟹ですね……そういえば、もう鍋の季節ですね」 「うん。鍋だ。鍋の季節だ」 落ち着いた風貌のリリウムの傍らでやけに真剣な表情を浮かべた『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)はゆらりと立ち上がる。 白菜やしらたきと言った鍋の材料をしっかりと用意した綺沙羅は玲瓏さを滲ませる幼いかんばせに――普段からは想像もし難い程の『欲』に塗れた表情を浮かべた。 「キサは鍋が好きだ。好きなモノをいれてくったりことこと煮込んではふはふしながら食べるのは最高だ」 「ああ……その通りだね。鍋は良い。温泉もあるなら一杯やりたい」 守護神の左腕が手にしたのは『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が準備した日本酒。 食欲を感じさせる綺沙羅と快にリリウムは「蟹、ねぎ、しいたけ……」と目の前で憤る蟹の様な存在とその蟹の取り巻きをするネギとシイタケを数える様に指差した。 赤色を纏う姉と対照的な落ち着いたリリウムは「見事に鍋の材料ですね」と柔らかく笑みを浮かべる。どうせなら彼女が三高平で作って居る家庭菜園の植物も鍋にブッ込めば豪華な――いや、蟹の旨みを確かめるのもいいだろう。 「皆……どうしても、倒さなくちゃいけないんだよね?」 ゆらりと立ち昇る湯煙の中、切なげに眉を寄せた『愛情のフェアリー・ローズ』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は蟹の甲羅をぎゅっと抱きしめる。 「それは蟹様の甲羅ですね。どちらの蟹様のものでしょうか」 「……カニコさんの、」 悲しげなアンジェリカに『もっそもそそ』荒苦那・まお(BNE003202)はなるほど、と頷く。 何処か苛立つ蟹を前にしながらも、まおは準備してきた水着入りの袋を脱衣所へときちんと揃えておいた。荒苦那と背中に書いたスクール水着を着用するまおはぬかりない、ブリーフィングルームで切なげに眉を寄せたフォーチュナへと「皆様の水着も一緒に選んで下さい」と準備してきたのだ。――ちなみに、センスは保証しない。 「ルー、エモノ、クウ」 「ああ……あれは――脚は六本と一対の鋏。ならばタラバでは無い。 全体的に暗赤色で全体的に膨らみのある三角形の甲羅……なるほど、ズワイガニの変種ってとこか」 喉をぐるぐると鳴らし毛皮を纏ったルーが威嚇を行う様にしいたけを睨みつける「キャッ、怖い」と声を上げるシイタケを尻目に快は蟹を見定めた。 蟹――「キサは蟹が好きだ。椎茸もねぎも大好きだ。好きなモノが好きな鍋になれば最強である」 真顔でキーボードを叩く綺沙羅の目の前にすげぇ悪そうな顔をしたネギが「お前ッ! 舐めやがってッ!」と意味が分からない程の逆切れを繰り出しながら飛び込んできた。 ● すげぇ悪いネギさんが放った硫化アリルに鼻がツンとしたまおが首を振る。 >非<)<涙が出ます! 作戦はしいたけを狙う事だと持ち前のバランス感覚を正しく蜘蛛が如く発揮したまおはネギを避け前進する。 仲良しのしいたけさんを護るために登場する蟹さんにまおは「しいたけさんを最初に倒すと美味しくなるって新田さんから聞きました。まおはしいたけさんを倒したいです」と素直に――食欲と作戦を蟹さんへと告げた。 「しいたけまで奪おうっていうのか!」 「ごめんね……ボクだって友達の蟹さんの為に戦おうと言うしいたけさんの義侠心に敬意を抱くよ。 でも、ボクは、ここで止まれないんだ! ほら見て、カニコさんだって哀しんでるんだよ……」 手にした蟹の甲羅。シリアスモードのアンジェリカがLa regina infernaleを振り翳し、五重の残像を展開していく。致命的な一撃を与えるかの如きアンジェリカの動きに蟹は「くそう」と呟いた。 「目の前で恋人を食べられた怒りと悲しみは尤もだと思う……けど、カニコは本当に復讐を望んでいるの?」 「カニコは――カニコはッ!」 「それより朝から蟹を食う客のがキサは気になるかな」 真顔で告げる綺沙羅に蟹は確かにとサンバのリズムでビートを刻みながら横歩きをしている。ガスマスクをきちんと付け、バランス感覚を生かした彼女は鼻をくんくんと鳴らして首を振る。 温泉につかる蟹は丁度いい感じに赤くなってきている気がして、腹がくうくうとアピールした。 「美味しそうな匂いにもつんとくる匂いに屈しぬ。連中を鍋にするまでは」 決意は固いのだとキーボードから生み出した焔の鳥。プログラミングで生み出される鳥の火力調節はばっちりだと『ちょっとしたボイル』を狙う綺沙羅の瞳はやはり、欲に濡れていた。 「ルー、カリ、キタ。エモノ、タベル、アタリマエ、オマエ、ウマソウ」 よだれを飲み込む様に四肢をしっかりと地に付けたルーが獣の如き身のこなしで椎茸を狙う。庇う様にサンバのリズムでビートを刻んだ蟹を殴り付けた爪先はほんのりと冷たさを孕んでいた。 六枚の翼を揺らしたリリウムは魔力槍を両手に持ちながら柔らかな笑みを浮かべている。彼女の視線の先に居る『すげぇ悪そうなネギ』は「おいおい、ねぇちゃんやんのか?」と何処か喧嘩を売るかの様な雰囲気だ。 「悪いねぎ様……なのでしょう。それなりのおイタをなされたのでしょうね。 今迄の悪行を悔いて、相応の報いを受けて頂きましょう――鍋の具材となるがために」 捉えきれずとも椎茸と蟹を倒す間ネギを抑えるだけなのだとリリウムは己の任を理解していた。ネギにたいして振り翳す槍にネギがぎゃあぎゃあと騒がしい声を上げる。騒がしいネギに視線(?)を送りながらキノコアタック(繁殖)した椎茸は切なげに眉を寄せた。 「どうして、蟹の邪魔をするのです……我々は奪われたカニコを……!」 「恋人と引き裂かれる痛みには同情する。さぞ、辛いだろうね。……が、そもそも蟹は雌雄で行動を共にする生き物ではないんだ。 種としての分別を越えたイレギュラー。しかも君は前後ろに歩いて行ける。残念ながら、君は世界の敵だ」 快の与えた加護に蟹達は「こいつら、本気で狩りに来た」と悟ったのだろう。動きが激しくなる。 蟹の動きを抑える様に快は蟹の前に立ち甲羅の感触を確かめる様にナイフを握りしめた。 ● 「あの椎茸……グアニル酸とグルタミン酸が通常の――2、いや、3倍……だ、と……?」 緊張した様に綺沙羅のノリで何とかなるスキャナ(意味深)が告げている。思わず唾が口内に溢れだし、飲み込んだ彼女の指先が鍋に向かう為にキーボードを連打し始めた。 食べる事を重視する綺沙羅に快は小さく頷く。食用の蟹と断定した相手だ。身を砕いてしまう事は防ぎたいと集中を重ねて関節部分に放ったラストクルセイド。特別な戦い方をされては蟹も思わず横歩きしてしまう。 切り離された1本の腕に思わず飛び付いたルーは涎を拭い「エモノ、ウマソウ」と正に獣の本性を丸出しにしている。 低い位置から果敢に攻めるルーを突き動かすのは世界の敵たるエリューションを倒す為ではないのかもしれない……正直言ってしまえば、蟹を食べる為なのだろう。何と言っても2m50cmの蟹なのだ、食べる所はそれはもうたんまりだろう。 無性に空腹感を煽られて、魅了されたルーの動きをさらりと避けたリリウムはネギの目の前で柔らかく眸を細めていた。 「さて、何をなさったのですか? その悪事の自慢とやらをお聞き致しましょうか。 さぞ悪いネギ様なのでしょうから……あなたを抑えるためにも武勇伝を聞いて差し上げますよ」 「俺はなァ! 切る時に微妙にツンとさせるんじゃゴラァッ! あと、白ネギと長ネギをすり替えたりした。どーだ、悪いだろ! 悪過ぎて怯えるだろ、お嬢さんよ!」 何故か胸を張るネギにリリウムは唇を釣り上げる。瞬きを繰り返す彼女の表情はまるでネギに対して慈愛を見せた女神。 「大した悪事でもないのですね。その程度の悪事など、悪事には入りませんよ」 柔らかに微笑むリリウムにネギはむっと唇を尖らせた。ネギに唇が在るのかは分からないが兎に角そんな顔(?)をしたのだ。 きぃきぃと鳴く猿がうまそうだなぁと見つめている事に気づきまおはハッとした様に振り返る。ブラックコードを手に増えたしいたけをしっかりと味が染みる様に締めつけるまおが「お猿さん」と傍らのニホンザルに声をかけた。 「倒した敵様を食べちゃめっですよ」 「ウキキッ」 「めっですよ」 ウホ、とゴリラの様に鳴く猿にいいこですと頷くまお。小さなキノコを増やしながらまるでオネエ系の様にやめてよと甲高く叫ぶ椎茸の姿は異様そのもの。 。非。)<しいたけさんは、バターで焼いてもことことに手も良い子だとまおは思いました。 小さなキノコが増えて倒せばそれだけ食べる物が増える気がして、お腹を「くう」と鳴らすまお。 野生のニホンザルも同じ様にお腹をぐるぐると鳴らして居た。やめろと叫ぶ蟹を尻目にアンジェリカは大鎌でしいたけの傘の部分を飾り切りしながら切なげに眉を寄せる。 「ごめんね――しいたけさん」 回復役のキノコの末路を物語るかのようにアンジェリカが目を伏せる。炎の次は身を引き締める様に凍らせながら綺沙羅は「仕方ない、鍋だから」と瞬いた。 ● 「さて、他の御二方が倒れたら最後はあなたです。さぁ、具材へと還りなさい! ……じゃなかった」 びし、と指差すリリウムに微妙に傷を負った蟹がサンバのリズムでビートを刻みながら「なにっ」と驚愕を浮かべて見せた。 腹を空かせたルーに至っては遠吠えを上げながら蟹が美味しそうだと金の眸を輝かせているではないか。 「クエルトキ、クウ、ダイシゼン、ジョーシキ」 くるりと振り向いた目線の先には猿。怯えた猿はルーの瞳に宿された食欲を感じとったからだろうか、何処か凍える様に縮こまって居る。 「ルー、サル、タベタコトナイ、ドンナアジ、キョーミ、アッタ」 「キキッ(美味しくないよ)」 何だかそう告げている気がする。蟹の言葉を感じとったルーがぐるぐると咽喉を鳴らした。 蟹へと視線を向けたアンジェリカがカニコの殻を手に「復讐なんてやめようよ」と悲しげに眸を伏せる。 交霊術でカニコと交信できたならきっと蟹も分かってくれるはずだとアンジェリカは考えていた。 それは兎も角としても、身は入ってないけれど、殻もきっと炙る時に鍋扱いされたのだろけど、確かに愛しい人(蟹)だったのだから、蟹は「カニコ……!!」とアンジェリカを見詰める。 「ボクはカニコは蟹さんが食べられる位なら自分が、と思っていたと思うし、復讐なんて望んでないと思うんだよ」 ぎゅ、と胸の前で蟹の殻を抱き締めるアンジェリカ。シュールな光景ではあるが、蟹の心には確かに響いたのだろう。サンバのリズムでビートを刻む事を止めた蟹が「お嬢ちゃん……」と小さく呟く。 「カニコは――……カニコは蟹さんに言いたかったんだよ。蟹さんが食べられる位なら私が、って。 蟹さんと一緒に居れて幸せだったって……! 残される蟹さんが寂しくない様にせめて――……」 飲み込んだ言葉に蟹はもういいさと両腕を下ろす。ネギアタックで目を真っ赤にしていたまおは首を振って、「蟹様……」と囁いた。 ブラックコードを手にしたまおはもそもそと動きながら眸を茹った水面へと落とす。 「蟹様の悲しい気持ち、恋をした人(カニ)の気持ちは、まだ、まおには解りません……。 でもきっと、蟹様みたいに怒るだろうってまおは思いました。カニコ様を喪って悲しい気持ち、まお達にぶつけて下さい!」 その想いの分だけ美味しくいただくのだとまおはまっすぐ前進した。ボイルする綺沙羅は蟹の慟哭さえも鍋のスパイスになるのだと知って居た。 蟹の怒りも悲しみも、目の前で水槽から連れ出され捌かれて朝から食卓に並んだ愛しい恋人を目の当たりにした彼の気持ちは尤もだとアンジェリカは強く感じていた。だからこそ、カニコとの思い出を大事にして欲しい、とほろりと毀れた涙を拭い、大きな鎌を振り翳す。 復讐ではない、真剣勝負なのだと鋏を揺れ動かす蟹にルーが飛び込み深くその爪で抉りこむ。関節から溢れ出た蟹の身へと思わず噛みついたルーが「コレ、ウマイ」と旨味成分に感動した様に大きく頷いた。 「食べれるのですか……この蟹」 「ああ、食べれるさ。それに、とっても美味しい。なによりも彼はイレギュラーな存在なんだ」 頷く快の目にはきっと蟹はまな板の上に居る存在に見えている事だろう。 水族館では寿司屋の手伝いを行う彼の動きにもはや狂いは無い。蟹を傷つけない様にしっかりとした手つきで蟹を処理する彼は小さく頷いた。 「怪我人なんて出しはしない。鍋が不味くなるからね」 「勿論、今日は蟹鍋を食べに来たんだ。蟹よ……匂いになんて屈しない。鍋にするまでは」 きっ、と睨みつける様に光りを灯した綺沙羅に蟹がサンバのリズムでビートを刻む様に鋏を振り翳した。 綺沙羅の回復を受けながら、何とか持ちこたえるリベリスタ達。怒りに狂った蟹は2度の攻撃をしようと泡を吐こうと口をぱかぱかとした刹那、その隙を突く様にリリウムが飛び込んだ。 「蟹様には悪いのですが、あなたはもはやこの世界には居てはいけない……――これで、終わりです!」 見事に具材に戻されて行く蟹へとリリウムが放った一撃はネギを切り刻んだそれと同じ、身をきゅっと引き締める一筋の光りだった。 ● 「活きた蟹のプリプリした食感を損なわないよう、火を通し過ぎないところがポイントかな」 「……いい。実にいい」 鍋に張られた出汁。最初に入れたのはアンジェリカが飾り切りした椎茸とまおが細かく切ったネギ。 生の蟹の足をがっつくルーは「ウマイ、サル、クエナイ?」と首を傾げてニホンザルを見詰めているがニホンザルは美味しくないよと言う様に首を振って居る。 「美味しそうな匂いですね……思わず、お腹が空いてきます」 「はい、まお達が倒した命、責任を持って感触したいってまおは思いました」 温泉で二人して浮かぶリリウムとまお。目の前で調理されて行く鍋をこの場で堪能できるのは、蟹が温泉で暴れて居て今日、この場が貸し切りだからに他ならない。 「ふふ、日頃の疲れが癒されますね~。猿様方はいつも此方にいらしてるのでしょうか?」 「キィッ」 「……わかります。気持ちいいですものね」 猿を食べたそうなルーの許から死に物狂いで逃げてくるニホンザル。リリウムの問い掛けに一生懸命頷く彼らに今回の鍋のお裾わけはなしです。綺沙羅が餌付けしてはいけないと言っていたから。猿を食べてはいけないと言うのも言われていたから! 椎茸から染み出す旨味成分グアニル酸。長ネギはアリシンを揮発させ、甘味を十分に引き出していく。 眸を輝かせた綺沙羅に手渡された蟹刺しは蟹酢で楽しもうと快の粋な計らいがそこにはあった。 「蟹……激うま……」 「おいしい……うん、仕方ない、これは美味しいよね……」 感激する綺沙羅に頷きアンジェリカとまおが幸福そうに蟹を食べ続ける。 しっかりと茹った鍋に投入された蟹は断面が斜めになる様にカットし十分に蟹の旨味を鍋に引き出しつつ―― 「ねぎ、とろとろ……椎茸肉厚……蟹、いい……幸せである。 蟹よ……お前もカニコも人に幸せを与えたのだ。誇って良い。 天国とやらがあるなら多分お前らならいけるだろうから心置きなく成仏しろ」 正しく、名言だった。蟹達は人に幸せを与えたのだと綺沙羅は言う。 持ちこんだ白菜も美味しくぺろりと頂く事に躊躇いは無い。勿論、〆は蟹雑炊と決めていた。 全員揃って食べ始めればあっと言う間に空っぽになる鍋。ほのかに香る温泉の香りも心地よい。勿論、この温泉に入る為の水着はまおが準備済みだ。但し、選んだのは蟹の慟哭に切なげだったフォーチュナである以上はセンスを保証する事は出来ない。 「キィ……」 何だか良く解らないけれど、全裸なのが恥ずかしいとお顔を隠す猿にまおが「猿様……」と呟き、そっとタオルを差し出した。 腹ごしらえも済みほんわいりとした綺沙羅が「極楽か……」と呟く声にリリウムが静かに頷いた。 「温泉には熱燗、持ちこんできゅっといきたいね」 大人の楽しみを味わう快の言葉に、少女達は温泉と蟹鍋を堪能したと言う様に小さく笑った。 温泉にのんびりと浮かぶ猿の邪魔をしない様にとしっかりと配慮したまおが湯船で浮かびながら幸福そうに瞬く。 (*-非-)<ふあぁぁぁぁ~~。 「可哀想だけどそれはそれ……美味しいものは食す。人とは業の深いものだね」 頷いて、温泉へと深く顔を沈めたアンジェリカの傍らでカニの甲羅がぷかぷかと浮いていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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