● 「アークは一体なにをやっているんだろうね」 男は、はん、と鼻で息を抜くと胸の前で腕を組んだ。 「海外からお越しの大物フィクサードたちのお相手に忙しくて、町で起こる神秘事件なんぞ関わっていられねぇ、てか?」 わたしは男にもう少し小さな声で、と頼んだ。 まわりは赤ら顔の酔っ払いばかりだが、神秘秘匿の注意をするに越したことはない。 「アークは小さな事件にも目を光らせているさ。現にこうしてわたしが話を聞いているじゃないか。聞いたことはちゃんとアークに報告するよ」 わたしは運命に愛された覚醒者にして神秘探究家。幻の書を探す者である。 名は吉村順平。 不本意ながら、ライフワークを続けるためにこうしてアルバイトをすることがある。具体的にいうと、フォーチュナが拾い損ねた神秘がらみの小さな事件を見つけてはアークに持ち込んで礼金を貰っている。 わたしは隣から空になった男のグラスにビールを注いだ。 「……なら聞いてくれ。先週、家の近くで殺人事件があったんだよ」 それで、と続きを促す。 「真っ裸にひん剥いた若い女を吊るして、全身アイスピックのようなものでめった刺しだ。それも尋常じゃねぇ刺しかたで、縄のついた両手と轡(くつわ)をはめた首以外はズタボロの肉塊になっていたっていうんだから恐ろしいだろ?」 確かにむごたらしい殺され方だが、それだけでは神秘にかかわる事件とは言えない。 わたしは貝とカニの酢の物を箸でつつきながら、話の続きを待った。 「小さな町だからな、どこでもその話で持ちきりだ。皺しわの婆ぁからションベンくせぇガキまで、可哀相なくらい怯えちゃってよ。いまじゃ、通りを歩くのは男だけになっちまった」 ふと横を見ると、男の前にはビールの入ったグラス以外何も置かれていない。 わたしは男のためにマグロを切り分けず、塊のままください、と店のオヤジに注文した。わさびはつけないでね、と禿げの後ろ頭に向かって頼む。 ほいよ、とマグロの塊が1枚百円の安皿に乗せられて出てきた。 「すまねぇな。ごちそうになるぜ」 男は肩に下げたカバンから小口の瓶を取りだし、蓋を開けた。 茶色い錠剤を3つ、掌で転がす。 「胃薬だよ。別居中の嫁が家に置いていったものだが、これがよく効きいてね」 瓶に張られたラベルはどこの薬局でも手に入る胃薬のそれだった。しかし……たしか、その薬は白かったような。 男は皿を持ち上げると、口を大きく開けて豪快にマグロの塊を飲み下した。 裸電球の黄色い光に照らされて、男の歯がギラリと光った。 「まあ、この事件は警察じゃ絶対に解決できねぇな。やっぱアークでねぇと」 「どうして?」 「死因が溺死だからさ。しかも肺に溜まっていたのは海水だ。おまわりたちは首をひねっているじゃねぇかな。ここは盆地で海は遠いし。ニュースじゃ、刺殺ってことになっている。だけど連中、女を刺した凶器が何なのか分かってねぇんだぜ」 笑っちまうよな、とビーストハーフの男は肩をすくめた。 ● 翌朝、わたしはホテルのロビーで新聞を広げ、この町でまた若い女性が殺されたことを知った。 ● 「今回は自称、神秘研究家・吉村順平氏からの依頼です」 茶房・跳兎の店主『まだまだ修行中』佐田 健一(nBNE000270)が、持参した茶菓子――もち米に刻み栗を混ぜ込んで作った生地で小豆餡を包んだおはぎと熱いお茶、簡素な資料をリベリスタたちに配って歩く。 「……なので、万華鏡のサポートはありませんのでご注意ください」 巨大モニターに短髪の男が映しだされた。 年のころは40才前後、これといって特徴のないごく平凡な顔だ。 「男は一年前に会社をリストラされ、現在はコンビニでアルバイトをしています。キャリアウーマンの妻とは3か月前から別居中」、と健一が湯呑を片手にターゲットの簡単なプロフィールを報告する。 男の妻は一般人で、夫が覚醒者であることを知らない。別居直前に、男の妻は部長に昇格している云々……。 「ターゲットは自分が覚醒者であることを知っていますが、自分が二重人格者で事件の犯人であることに気づいていません。殺人犯しか知りえない情報を自分がぺらぺらと喋っていることにも気づいていない……。 このまま放置するとまた女性が殺されるでしょう。どうか、みなさんの手で第三の事件を防いでください」 健一はリベリスタたちに頭をひと下げすると、皿に手を伸ばして屑栗のおはぎを頬張った。 「あ、ちなみに、男はサメのヒーストハーフです。では、行ってらっしゃい」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年12月03日(水)22:07 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 「奥さんに抱いた鬱屈とした思いを、代わりにぶつける為に似たタイプを襲う、ねえ……」 分かり易くサイコキラーだなあ、と『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)はブリーフィングで配られた書類を通勤カバンにしまい込んだ。 額に垂れた髪を指で流し、わずかに落ち着きを失くした心をなだめる。ネオン流れる車の窓に映っているのは、いまは亡き愛しき人の面影――。 「お姉ちゃん見たいに見えるかな。……写真でしか会ったことないけど、顔はお姉ちゃん似らしいから」 『謳紡ぎのムルゲン』水守 せおり(BNE004984)はコンパクトの小さな鏡を覗きこんでは、顔を右へ向け、左へ向けしていた。上下の唇を合わせて口紅をなじませると、銀のポーチからティッシュを取り出し軽くおさえる。 白いスーツの前にメイクの汚れがついていないか気にしつつ、隣に座った義衛郎に「ねぇ、どう?」と問う。 (どう、といわれても……) あまりにも似ずきていて困ってしまう、とは言えなかった。かわりにぎこちなく笑って返す。すでに体は前に倒れ気味だった。 これは任務が終わり次第、オレも胃薬の世話になるな、と手を腹に当てる。 「おっ? いいね、須賀ちゃん。もう役に入り込んでいるじゃない」 バックミラーに映った緒形 腥(BNE004852)が結構、結構と笑う。だが、その表情は暗いシールドの奥でよく分からない。これから始まる見世物を楽しみにしているような、少し暗い響きが声に感じるのは穿ちすぎだろうか。 まずは岩田英俊の第二人格を表に引きずり出さなくては話にならなかった。なぜなら、人殺しは第二の人格が行っているからだ。 はっきりと罪を認めさせたうえで討伐したい。うすうす己の凶行に気づいている節はあるにせよ、やはり、無害な主人格時の岩田を討つのはリベリスタとして気が引けるのだ。 「ま、おっさんは気にしないけどね。ただ殺るだけさ」 からりと乾いた笑いを車中に響かせたのは、やはり腥だった。 リベリスタたちは岩田がアルバイトをしているコンビニで仕掛けることにした。岩田の目の前で、部下を情け容赦なく、それもネチネチと人前で罵倒するキャリアウーマンをせおりが、駄目な部下を義衛郎が演じることで過度なストレスを与えようという作戦だ。 「でも、人殺しの人格に変わる原因が薬ならちょっと可哀想なのだ」 『きゅうけつおやさい』チコーリア・プンタレッラ(BNE004832)が子供らしいやさしさで岩田を弁護する。 小さな手できゅっと握りしめたのは、岩田が肌身離さず持ち歩いているという胃薬と同じデザインの小瓶だった。 チコーリアは事件解決をアークに持ち込んだ自称・神秘研究家、吉村順平と電話で連絡を取っていた。 岩田が飲んだという胃薬の商品名を聞き出すと、すぐに薬局へ出向いた。胃薬はどこの薬局でも手に入るものだった。特別なところは何もない。事実、三高平市の薬局にも置かれていた。 ただ、購入した胃薬の錠剤は、吉村が見た茶色ではなく白色だった。 チコーリアはすこし唇を尖らせて、小瓶を目の前に掲げた。 例え薬が凶暴化の原因だろうと、岩田が二人の女性の命を奪った事実は変わらない。 (それでも、やっぱり可哀想なのだ) つぶやきは口の中から出なかった。 「その怪しげな錠剤の出所と効能も、少し気になりますね」 柔らかな光を放つ瞳の奥で、疑惑の針がビンビン触れている。気になるのは少しどころだはないのだが、まずは凶行を止めるのが先決と、『ホリゾン・ブルーの光』綿谷 光介(BNE003658)は膝で揃えた拳を固めた。 事件関係者の背後関係にまで気を回してしまうのは、リベリスタとしてというよりも、心優しき光介の業というべきか。 いつも自分に出きることを―― 家族をそっくり失って神秘に目覚めた光介少年に天が与えたのは癒しの力。人々を守るための力だった。 どんなに些細なことでも自分の力が役立てば、いや、役立たせたい。だから光介はつねに人と人を結ぶ遠の糸に目を向ける。小さな縺れを見つけたなら、そっと手を伸ばしてほぐしてあげたいと思ってしまう。切れた糸は紡いでまた繋げてあげたいと思ってしまう。それを業と言わずしてなんと言おうか。 「うん、気になるね。でもそれは後。アークへのタレこみは無意識に止めてほしいという事だろうと思う……綺沙羅たちは助けを求められたわけだから、まず先に彼を助けてあげよう」 『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)の白い指はキーボードの上で踊りっぱなしだった。ノートパソコンを駆使して電脳世界で電子の妖精と戯れる。 綺沙羅は被害者を増やさないためにも、岩田がターゲットにしそうな女性たちへ向けて次々と情報を送っていた。 電子の妖精たちはダイエットの話、あるいは上手くいかない恋愛話、軽い噂話に紛れ込ませて、身の毛のよだつ猟奇殺人の被害者たちについて囁き歩く。気をつけて、気をつけて。次は貴女の番かも、と。 「で、小雪ちゃん。コンビニの監視カメラのほうはどうなっているの?」 「とっくにネットワークに侵入して乗っ取り済み」 綺沙羅はモニターから顔もあげずに答えた。 「ちょっと見づらいけど、入口付近につけられた監視カメラの一台がバックヤードを映していた。ここのオーナー、従業員をあまり信用していないみたいだね。レジ一台ごとにカメラをつけている」 「こんなご時世だからね。……信じられるのは死んだ人間だけさ」 「それはあまりにも――」 寂しくありませんか、と続けようとした義衛郎の声に腥の声がかぶさる。 「冷たいかい?」 うん、別にいいよ。そう思ってもらってもさ。事実だし。 強がりでもなんでもなく。裏切り裏切られ、生き死にを繰り返した果てに得たひとつの答え。万人に当てはまる最適解ではなかろうが、腥にとってそれは真理だった。 「ついたよ」 ふんわりとしたせおり声が、固くなった空気の中に浮かんだ。戦死した姉と容姿は瓜二つでも、その気質までは似ていないようだ。 どこか周りの雰囲気を超越したせおりの不思議ちゃんぶりに、今度も笑い声を上げたのは腥。 「さあ、出番だ、お二人さん。頑張っておいで。ほかのみんなも頼んだよ。なにかあったらすぐ連絡を。あ、おっさんは寒いのイヤだから、ここで小雪ちゃんとモニター見ているね」 バンのドアを開いて外に出れば、なるほど腥の言った通り。リベリスタたちの頬に吹きつける風はひんやり冷たかった。 ● タンッ、と缶コーヒーがカウンターに叩きつけられると、店内の空気が一瞬にして硬化した。ぴたりと動きを止めた客の頭の上で、流れる最新のヒットチャート曲だけが空々しく鳴り続けている。 「まだ言い訳するわけ?」 見苦しい。だからダメなのよ。ええ、そんなことだから出世しないのよ、貴方。 失敗は失敗としてきちんと認めなくては。あれこれ言い訳してみたところで帳消しになるわけではないよ。 「だからわざわざ教えてあげているんじゃないの? まったく。次、また同じことをしないでよね。もう大物ぶって前に出て来なくていいから。言われたことだけちゃんとやってよ」 ふん、と小さく鼻から息を抜いて女が蔑みの一瞥をくれてやれば、背後に連れた男は雨に濡れ細るノラ犬の風情だった。 きゅっとすぼめた肩の上を細い髪がさらと流れ落ちていく。 「で、ですから……それは……」 貴女を守るため――そう、もそもそと髪の裏から続けられたとたん、女の目がかっと見開かれた。 女は当然のごとく、男から謝罪の言葉が聞けるとばかり思っていたに違いない。 「すみません。そこは『すみませんでした』でしょ!?」 「……すいません」 「すいません、じゃないわよ。なにそれ。きちんと謝ることもできないの、貴方は!」 ああ、ほんとうにイライラする。 ヒステリックなその声はキンキンと壁や床で跳ねて、ほとんどクリスマスソングを掻き消す勢いだった。 岩田はレジの前で哀れな男へ向けて念じていた。もういい。黙っていろ。何もいうな。ただ頭を低くしてやり過ごせ。 念 じたところで通じるわけではない。せめて男が顔を上げさえすれば、目で伝えることもあるいはできるかもしれないが。 ふたりが店に入ってきた時はこうではなかった。今にして思えば、嵐の前の静けさだったか。 仕事帰りにちょっと立ち寄った同僚同士。初めて見るお客さんだな。しかも覚醒者同士かよ。珍しい……。 空になった棚に新製品の菓子を並べながら、聞くともなしに聞こえてくる会話の断片を拾っていくうちに、それが同僚ではなく上司と部下の間柄であることが分かった。しかも、年上の男の方が部下らしい。話の内容は、本日の失敗について。 上司の女は理詰めで物事を捉えていく完璧主義者だった。部下の男が犯した小さなミスひとつ見逃さず、徹底的に攻め立てている。 (何も仕事が終わったあとに、それもコンビニなんかで言わなくったって……) だんだんと大きくなっていく声とともに、通路を強く叩くヒールの音が耳障りだ。まるで軍靴のようじゃないか。へっ。振る舞いは男勝りなくせに、へんなところだけ女のメンタリティを持っていやがる。 窓ガラスに写る女の横顔が、別居中の妻のそれと重なり揺れた。ちくり、と胃に痛みが走ったところでレジに呼ばれた。 よかった。会計が済めば出て行ってくれる。強張る顔に営業スマイルを張りつけてスキャナーを手にしたとたんのアレである。 岩田はリーチインショーケースの上の時計へ目を向けた。レジの前に立ってから10分が経過していた。缶コーヒーはすっかり冷めてしまっているだろう。 「うわぁ。駄目だわ、おっさんもう見てられない。須賀ちゃんかわいそー」 腥は胃薬、胃薬頂戴と後部座席へ手を伸ばした。が、そこに目当てのものを持った少女はいなかった。光介とともにバンを降りたチコーリアは、どこか遠くからコンビニを監視している最中だ。あるいはもう、二件の事件が起こった更地へ先回りしている頃かもしれない。 「胃薬、効くの?」、と微かに眉を上げて綺沙羅。 「ここはまだなんだな」 腥はギガントフレームではあるが、全身くまなく機械化されているわけではない。そうなればもう人でなく……。 「それにしてもせおりちゃん、なごみキャラだと思っていたけどこんな怖い一面もあったんだねぇ」 「これ、芝居だから。お芝居」 とはいったものの、綺沙羅もすっかり引いていた。 もう芝居ではなくなっている。そう分かっていても、せおりを弁護せずにはいられなかった。 怒りが怒りを呼んで、どんどんテンションアップしていく。初めは嘘のつもりでいても、いつの間にか本当になってしまう。自分ではどうしようもない、止められない。そんな心のカラクリも、同じ女であればこそ理解できる。だが―― 気をつけよう。綺沙羅は自重を込めて呟いた。 「ん、なになに? いま何か言った?」 何も、と首を振ったとたん、アクセスファンダズムに着信が入った。光介だ。 <いま、義衛郎さんたちがコンビニを出ました。中の動きはどうなっていますか?> 腥と綺沙羅はあわてて目をモニターに戻した。 「あ、あれ! 茶色の小瓶から何か手に出したよね?」 「みんな、聞いて。いまターゲットが例の怪しい薬を飲んだわ。作戦開始。義衛郎は適当なところでせおりと別れて」 了解、と義衛郎の暗くか細い声が届いた後、間髪入れずチコーリアから報告が入った。 <岩田のおじさんが裏口から出て行きましたのだ!!> <そちらへ向かっています。接触の好機です> 腥と綺沙羅はバンを飛び出した。 ● 「おい!」 振り返ったせおりの顔に驚きはなかった。背後から声をかけられるのは想定済み。むしろここまで声をかけられなかったことのほうが驚きだ。 相手は怒りで冷静さを欠いているはず、と思っていたからだ。だからすぐにでも接触してくるだろうと。男の気配ははちきれんばかりの殺気とともに5分前から背中に感じていのだから。 「あら、貴方はさっきの……。もしかしてご同業だったかしら?」 店で見かけた時からそうだと思っていたんだけど、さすがに一般人がいる前じゃあ聞けないしね。ふふふ。 「実は私もなっちゃったばかりで……まだまだ弱いけど、会社との二束草鞋が疲れるのよねぇ。どっちもまとめ役で、疲れちゃうわぁ」 中途半端にもちあげた口角と重いため息で、声をかけて来た男――岩田の同情を引く芝居を続ける。髪をかき上げ、後ろへ流しつつ、 「一緒にいた男なんだけど――!?」 ぐいっと乱暴に腕を掴まれたかと思うと、あっという間もなく口を大きな手でふさがれてしまった。そのままものすごい勢いで暗がりへ引きずられていく。 ぎゃっ、と悲鳴が上がった。 「水守さん!!」 誰よりもせおりの身を案じたのは義衛郎だった。せおりの身に何かあれば天国にいる彼女に顔向けできない。仲間のピンチに胃の痛みはきれいに消えていた。助けに駆ける脚はまさしく空を飛ぶがごとく―― 繰り出した長い太刀が地より沸きでた海水の壁を切り崩す。 義衛郎の技を受けて一度はざっぱ、と割れた壁だったが、すぐにまた立ち上がり始めた。 腥がジャンプして暗い水甕の中へ飛び込む。 「アハハッ! 鮫だ、陸の鮫。この分なら海にゃ鷲が出……ありきたり過ぎて、つまらんな。それでも殺る事は変わらん」 腰のあたりまで水につかりながら、誰だ、と振り向いた岩田の体を、腥が凄まじいまでの早撃ちを見せて撃ち抜く。 「水の中でも聞こえるかい、深淵の呼び声が」 ああ、あんたのようなサイコな人殺しには是非、聞いてもらわねばな。 言い終える前にはもう水の中だった。 義衛郎が稼いだ一瞬は、リベリスタたちにとって十分すぎる時間だった。腥に次いで義衛郎が、光介が、チコーリアが、綺沙羅が、変異した岩田が作りだす特殊結界の中に飛び込んでいた。 が―― いかんせん水の中。飛び込んだはいいが、いつものように動けない。もたもたと陣形を整えているうちに、岩田が蹴りを放った。圧縮された水の刃が猛烈な勢いで飛んできて、リベリスタたちの体を切り裂いていく。 流れ出した血で海水が濁り、たちまちのうちに視界が奪われた。血の臭いを嗅いで凶暴になった岩田がまた蹴りを繰り出す。 (術式、迷える羊の博愛!) 酸素ボンベを噛んでいては叫ぶことはではない。光介は心で叫んだ。癒しの力はいつもと変わらず、光介の体から放たれた。 (お返しなのだ!) 血の渦を切り裂いて、死に神の鎌が岩田の頭上へ振り下される。今度は岩田の体から帯びただしい量の血が流れ出した。 (く……これではなにも見えない。水守さんは、どこだ?) 攻撃をためらう義衛郎の腕を掴むものがいた。せおりだった。 (あとは任せて)、と身振り手振りで義衛郎に伝える。 妖精眼で視野保っていた綺沙羅は、岩田が逃亡するしぐさを見せるやいなや、フラッシュバンを放ち、麻痺させて動きを封じた。 ――ゆるさない。私、まだ高校生なのに! せおりの腕には噛みあとがついていた。 サメのオスはメスと交尾するにあたりヒレに噛みつくという。岩田がこれまでに殺した女性の体はボロボロだった。たんにうっぷんをぶつけて、というよりももっと深い意味が殺し方に現れ出ていたのだ。 元が同じ鮫の幻想種であれば、岩田の結界内で動くことはまるで苦にならない。ましてやこちらは上位種族――セイレーン。 最後はせおりが格の違いを岩田に見せつける形でけりがついた。 ● 「普通なら中々身につけられるスキルじゃないよね……」 特殊結界なんて。岩田のジャケットを探りながらせおりが呟いた。持ち主は更地の端で、腥と義衛郎に挟まれてうなだれている。 岩田は生きていた。 綺沙羅がトドメ、と鋭い刃をした足で殺しにかかった腥の前へ割り込んで止めたのだ。どうしても聞きださねばならぬことがある、と。 チコーリアは殺さずの結果に喜んだ。嬉々として岩田の尋問を綺沙羅とともに行った。 「あ、あった!」 せおりから薬が入った小瓶を受け取った綺沙羅は、魔術知識を駆使してその成分を探りだそうとした。 「どうでした?」 長い沈黙に焦れたのか、光介が訊ねてきた。 「……よく分からない。神秘の力で作られたものではないのかも」 いや、そんなはずはあるまい。本部に戻ったら真白博士に成分分析を依頼しよう。と、同時に岩田の妻とその勤務先を調べねば。 チコーリアとともに岩田から薬を飲みだした時期や経緯、妻、理子の様子等を詳しく聞きだした限りでは、それはどこまでも黒に近いものだったから。 「そっちはボクに任せてください」 光介は端から理子が勤務する製薬会社を実際に調査するつもりだった。場所を確かめ、千里眼で社屋を遠望。透視防止のラボや防壁がないかなど確認する―― 「そんなのがあれば、神秘に関わるブツを作ってます、ってことですからね」 そういって、光介は立ち上がった岩田へ哀しみに満ちたまなざしを向けた。 ● 後日。 光介の通報を受け、アークのリベリスタチームが某製薬会社に乗り込むのはまた別の話。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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