●二本の一方通行 「よっし、楽勝楽勝っ!」 夜の帳も下りきり、明滅する街灯が頼りなく照らす路地裏に声が響く。 立っているのは二人の少女。その足元には、醜く肥えた男の死体が散乱していた。 何度も切り刻まれ細切れとなった胴、念入りに潰された頭、散った手足。ただ悪を滅するための戦いではない、これは――。 「日向、今日も調子いいね」 少女の一人、紗月がもう一人の少女、日向の肩を叩く。 日向は勝利の達成感を満面の笑顔で代え述べた。その顔にはべったりと返り血が染み付いている。顔だけではない、武器、手足――とにかく、体中だ。機械にまみれ歪な形状に変異した右手には、男から千切った足が握られていた。 「あったりまえでしょ! 悪い奴を放っておけないもん。さあ、次いこ」 ――ぶちゅり。 日向は笑いながら、右手で男の足を握り潰した。飲みきった空き缶を潰す程度の、日常的なありふれたことのように。 「……次、って。少し休まない? その……正義の味方もいいけど、頑張りすぎよ」 「うんうん、休んでなんかいられないよね! 正義の味方なんだから頑張らなくちゃ」 日向の声は紗月へ向けられ、しかし紗月の声は日向に届かない。 「そう、貴方は正義の、……私の、……」 紗月の口からようやく搾り出された声も、ただ地に落ちるのみ。 日向は死の香りを全身に浴びながら、なお笑っていた。 『いつか私の運命が尽きたら、その時はあんたが片付けてくれるんでしょ?』 日向はいつもそう言っていた。 いつも。いつもだ。今日も、笑顔を返り血が覆っている今も。 その言葉を聞くたびに私は誇らしかった。誰よりも大切な相棒の全てを任されることが嬉しかった。 日向の危なっかしい戦い方に苦言を呈しながら、ちょっと呆れた声で『その時』のことを了承する――そのやり取りをしている時が一番幸せだった。 でも、いざ『その時』に直面すると決意がそっぽを向いてしまう。 耐えられない。認めたくない。気付かないふりをしていたい。 時間が経つ程に引き返せなくなっていくと頭では全て解っていても、捻じ曲がった感情がそれを塗りつぶして覆い隠してしまう。 愛着が執着、執着が執念に変化していく。 ――そしてまた、今まで通り。 正義の味方が、私の相棒が、今日も私の隣にいる。 ●光の在処 「依頼。宜しく」 抑揚の薄い声は『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)のもの。やや重そうな口は、少しの間を伴い再び開かれた。 「……相手は、現在フェーズ2のノーフェイス。確実に3へ近付いている。危険。早急に始末して」 モニターに概要が映し出される。 現場は暗い路地裏。今から急げば、そこでノーフェイスとかち合うことが出来るという。 「ノーフェイスは、掛け値なしに強力なものよ。ただ、現場に着いた頃にはフィクサードと戦闘を行った後でやや消耗している。早く叩くほど撃破は楽になると思う……けど」 何故フィクサードと。そう問いかけたすぐ後に、イヴは続けた。 「現場には、リベリスタが一人いるの。氷上紗月。どの集団にも所属を選ばず、相棒と二人だけで活動してきたリベリスタよ。そして今も、『相棒』と共にいる」 「……現場のリベリスタは一人、と言わなかったか?」 疑問と疑念が交錯する中、白き少女は答えを告げる。 「相棒、花城日向。彼女がそのノーフェイス。元リベリスタの、ね」 配られた資料を覗くと、数ヶ月前の戦闘で日向が運命を失ったことが記されていた。 「紗月は今もノーフェイスとなった日向と共に行動している。これまで日向を宥め、言いくるめて誘導し、以前と同じように二人でエリューション退治やフィクサードの悪事を阻止していたみたい。日向は今のところ紗月を味方のように扱っている」 だが日向は既に正常な思考を持つ存在ではなく、紗月と行動を共にしていることは幸運な偶然に過ぎない。 そして今、二人を放置した場合、日向が偶然出会った一般人をエリューションと決めつけ殺害し、動揺した紗月も殺されるという。 「それらを防いだとして……紗月の精神はとても不安定。今この時だって、先への憂いに耐え切れず自害したり、フィクサードに転向したりしていてもおかしくない。今、リベリスタと呼んで良いのかさえ疑わしい」 長く共に戦った相棒が、時を重ねるにつれ全く別のモノへ変わっていく。 紗月にとって日向の存在は非常に大きなもので、現状は耐え難い苦痛に他ならないのだろう。 「日向とは比較にならないけど、紗月が弱いわけではないわ。むしろ貴方達より、強い。二人セットで戦うとかなり手を焼くと思う。紗月は現状を見る限り、容易に説得を受け入れず敵対する可能性が高い。……接触の仕方は充分に注意して」 元より淡々としているイヴの口調は、どこか無理に熱を抑えているように感じられた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:チドリ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月28日(日)22:47 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●逃避行 彩度の高いオレンジ色と、暗闇。 ふたつの色が不規則に入れ違い、周囲を照らし、もしくは暗く覆う。明滅を続ける街灯はやはり頼りない。 「いまいち張り合いない奴だったなあ。つまんない」 「そう? 結構手強かったと思うよ。日向が強くなったんじゃない?」 もう、私の手には負えない程に。 紗月は最後の言葉を喉の奥にしまいこむ。強くなったとの評価に日向がパッと顔を輝かせたのを見、苦笑の後に宙を仰いだ。 引き返せる場所を通り過ぎたと感じて以後、こうして全てから目を逸らしてきた。 余所見をしたままの決意は未だ戻らない。 「どうやら先を越されたようじゃの」 風に挟まれた『煉獄夜叉』神狩・陣兵衛(BNE002153)の言葉。紗月は反射的に目を剥き、声の先を見た。日向も不思議そうにそちらを見やる。 「こんばんわ。私達はリベリスタ」 ゆったりと歩む『夢幻の住人』日下禰・真名(BNE000050)を含めた八人の女性達。『畝の後ろを歩くもの』セルマ・グリーン(BNE002556)が自身に癒しの術を施し、『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)が名を冠すかのようにその身へ光を宿して周囲を照らした。 風にシスター服の裾を靡かせる『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)。彼女は武器を構えぬまま、周辺に在る強い感情へ感覚を研ぎ澄ませながら語る。 「私達もフィクサードを追っていた。……二人のことは話に聞いてる」 「……私達のことを?」 伝聞か、それとも意図的な調査故か。 後ろ暗いものがあるからこそ尖る神経。困惑、疑念、そして何故か沸く奇妙な安堵に紗月が足を止める。 『同じ』だからこそ見える、解ることがあった。彼女ら八人全てが運命に愛され、傍らのたった一人だけがそれを纏っていないこと。だが、それでも、感情は常に理解を捻じ曲げる。 「ごめんなさい。フィクサードの討伐ならもう終わったの。日向、次行こう」 「えっ?」 紗月はまるで日向を隠すよう、彼女の手を強引に引いた。 胸を打っているはずの鼓動がどうしてか鼓膜を煩く叩く。普段なら雑音の中に溶けて聞き逃してしまう衣擦れの音さえも妙に耳に障る。 この感覚には覚えがあった。悪いことをしている時、怖いものから逃げている時の――。 「ノーフェイス、きづいてるよね?」 『シュレディンガーの羊』ルカルカ・アンダーテイカー(BNE002495)が問う。立ち去ろうとする少女の足が止まる。 「何のこと?」 「妾はぬしがどのような道を選ぼうと構いはせぬ。じゃが、ぬしはいつまで自分を誤魔化すつもりじゃ?」 「貴女のお友達が願った事は、約束した事は何でしたか?」 続いたのは『鋼鉄魔女』ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)と『紅茶館店長』鈴宮・慧架(BNE000666)。赤と青の双眸に映った少女は、俯いて黙ったまま。 集ったリベリスタ達は各々が定めた立ち位置へ向かう。その様子からは、敵意ではないにしろ穏やかとも言い難い意図が伝わってくる。それに煽られたのか、日向が一歩進み出た。 「さっきから何言ってるの? つまりあんた達は、敵ってこと?」 口角を釣り上げ、血飛沫を塗ったままの顔で日向は笑う。紗月がそれを制止しかけ、躊躇い、留まった。その様子に気付いた真名の瞼が僅かに上がる。 「……解った。本当はフィクサードなんでしょ」 日向の首が、ぐらりと、重心が狂ったような歪な動きでこちらへ向いた。 敵か否か――問うておきながら少女は返答を待たず、迫る。 ●旅の果て 戦いとなってもこちらからはすぐには攻めない。 容易い相手ではないと解った上でリベリスタ達はそう決めていた。 日向は遠慮なく攻勢に出、その一撃は間違いなく重い。だが早々に本格的に攻めに出る者は誰一人としていなかった。 前線にて身を晒していた慧架は、初手で雷撃に焼かれた腕を押さえつつも努めて穏やかに問いかける。 「生きる理由が欲しいなら一緒に来ればいい、私達はノーフェイスを倒さないといけない」 ノーフェイスを倒す。 ここにいるノーフェイスとは、つまり。 「そしてこれからも……倒し続ければ、貴方は何時か理由の為に生きられる」 「討伐は終わったって言ったでしょ……もう帰ってよ!」 紗月は杖を頭上に掲げ、鎌を呼び出し慧架を裂いた。 生きる理由ならあった。それを見失っても、ただ生きることが望みではない――まるで聞く耳を持たない紗月は駄々をこねる子供のようだ。 (……あの時を思い出すのう) 強い痺れに苛まれながらも、陣兵衛はふと過去を想う。 紗月の表情は芳しくない。長く同じ時を重ねた者を失いたくない、その気持ちはよく理解出来た。しかし。 「託された意思は、汲み取らねばならぬ」 向けられた声に紗月は一度顔を上げ、俯きがちに頭を振った。陣兵衛はやれやれと目を細め、一呼吸の後、緩く浮かべた笑みを厳しいものへと変える。 「……儂の『相棒』は気が短いのでな。ここからは少々手荒にいくぞ」 愛刀を、無二の忘れ形見を握る手に改めて力が篭った。 日向の雷撃は近くに居る者全てを貫きにかかっていた。彼女にとっては景気付けと挨拶代わりだったかもしれない。それがどれ程重い力を持つものであっても。 しかし、攻撃せず対話を続けようとする者が殆どだ。予め序盤は護りに徹し説得に注力すると割り切った判断は損耗を軽減させると同時に、早期に紗月の敵意を揺することに成功していた。 光も雷撃を受けたが、紙一重で剣を構え攻撃を殺いでいた。彼女は仲間達から邪気を打ち払い、その小柄な身体に反して大きく声を張り上げる。 「このまま日向さんが他のリベリスタに倒されることになってもよいんですか!?」 来る未来は目に見えて優しくなく、どこまでも残酷になり得る。リベリスタと一口に言っても思想は十人十色、大義名分に乗じて安易な殺傷を好む者も零ではないのだ。 目の前にいるリベリスタ達からは悪意は見えない。それはきっと最期の幸運なのだと、頭のどこかでは理解していた。だが、そして、だからこそ。 (お願い、もう帰って……!) 紗月は、鎌を呼び出したばかりの杖を抱き込む。 だが、どう願おうと時間は過ぎ、戦いは進む。ルカルカが日向の背後へ回り込み、杏樹が感覚を研ぎ澄ませ、セルマは次の一撃を狙うため神経を集中させる。 「貴女ほど強いと、戦う事はさぞ楽しいでしょう。でも勝つのは私達です!」 「へぇ。防いでばっかで何かと思ったけど、結構やる気なんだ?」 セルマの呼びかけに微笑む日向。笑みがさらに深まり、それを見たルカルカもどこか楽しげに頷いた。 (理不尽だけど、ちょっと羨ましい) 運命が失われるほど燃え尽き、堕ちてしまう。ルカルカには日向の経緯はどこまでも不条理で、けれど憧憬を隠せない。 彼女は素晴らしい速さで地を蹴った。先ほど引き上げたギアにより身体能力は限界を超え、さらに速度を増している。一切止まらぬ動きで振るった一撃が、日向の身体に吸い込まれていく。 「――あんた、強いね」 日向は衝撃にかくんと首を捻り、口角を上げた。受けた傷は小さくない。たちまち流れ出る血を見て、何故か笑っていた。 その後も日向は狂気のままに身を躍らせ、前衛達を好き放題に薙いでいった。より多く防ぎ、より鋭く攻める者を察するたびに、嬉々として戦場を駆け、炎や冷気を纏い拳を握る。 最も多くそれらを引き受けていたのはルカルカだった。この場の誰よりも圧倒的に速い彼女を追える者は他になく、よく動き、よく見切り、避けては防ぐ。それでも、痩せた身体に少しづつ刻まれていく傷。 紗月の反応は鈍いが、戦闘への手も鈍い。もう説得にのみ傾倒している段階ではないと慧架が構えを取る傍らで、光は深く踏み込んで刃を振るい、真名は全身の力を爪に宿し日向の身体へ叩き込む。 真横に飛びかけた日向は強引に踏んだ脚で留まり、振向きざまに間合いを詰めて真名を地へ叩き伏せた。長い黒髪が血に染まる。しかしその刹那、紗月が苦々しい表情で目を逸らした一瞬を真名は見逃さなかった。 「……このままで良いとは思っていないのでしょう?」 なのに踏み出さない弱さ。痛みを堪え立ち上がった真名が紗月へ問う。 「他人を苦しめる己、いつか貴女をその手で殺める己……正気を失う前の彼女ならどう思うのかしらね」 「なっ……日向は私に、そんなことしない!」 私は相棒。長く連れ添った相棒。現に今だって、私を見て、私の名を呼んでくれる。 荒れ狂う感情の波に杏樹は眉根を寄せた。揺れは見える。反発、諦め、疲労とが、重なる波紋のごとく入り混じっている。 「いつまで逃げているつもりか知らないけど……その甘えが相棒と自分を苦しめていることには、もう気づいているはず」 杏樹は語る。ままならぬ苛立ちに歯を軋ませ、紗月は杖を杏樹へ向けた。しかし杏樹が向けるのは視線のみ。 「日向の想いと正義を継げるのは、誰でもない、貴方自身」 真っ直ぐにこちらを向く瞳は、胸の内を全て見透かしているようだ。 沸き始めた嗚咽と共に噎せ返るような不快感が込み上げ、紗月の喉を焼く。たまらず彼女は手で口元を押さえ込んだ。その隙に、セルマは日向へ語りかける。 「……ねえ、花城さん」 「なあに? あんたたち、随分とお喋りだね」 「私達の他に、貴女を殺そうとしてる敵がいる事に気付いていますか? 相棒のフリをして、背後で機会を窺ってる」 日向が攻めの手を止める。 紗月は乱暴に頭を振り、不快感を飲み込んだ。杏樹へ向けていた杖を下げ相棒へ癒しの微風を送ると、これまで皆で刻んだ多くの傷が強力な神秘の力で塞がれていく。だが――。 「……紗月。今、私に何したの?」 癒しを受けた張本人が、鋭い瞳で紗月を睨む。 「何って、私は傷を……」 「もしかしてあんた、こいつらとグルなんじゃないの?」 ちがう、と思っても、焼けた喉から出る声はかすれて音にならない。 「それとも、私より先に運命失くしちゃったの? そっか、それでこいつらに利用されて、私を倒しに来たんだね。……紗月、もう戻れなくなっちゃったんだ。私の方が先かと思ってたのに」 首を傾げ、そのまま日向は紗月へ歩み寄る。妙に広く開かれ焦点の伺えぬ目、まるで手足を釣られているかのような歩き。張り付いた笑顔。 「護れなかった。ごめんね」 「ち、が、……ひなた、まって」 謝罪の言葉とは裏腹に、日向の表情は変わらない。 無骨な機械で覆われた拳は炎を纏い、一切の躊躇いもなく、震える相棒の頭蓋へ振り下ろされた。 打ち込まれた拳を中心に、血の花が咲く。 「……お主は何を恐れておるのじゃ?」 紅き花は陣兵衛の肩口にあった。殴打に抉られ、眉根を硬く寄せる。一行のうちで一際高い体力と護りの力を持ってしても、無視出来ぬ苦痛。 日向は強い。近くに居た自分は誰よりもそれを知っている。散らばっている男も、最期には簡単に頭を潰され身を刻まれたのをこの目で見た。 この人達も、同じようになってしまうのだろうか? 「もう、やめて」 「やめたら、ぬしはその後どうするのじゃ。……いつか討つなどという答えは聞かぬぞ。ぬしも気づいておるじゃろう。もはや一人でそやつを討つのは不可能じゃと」 ゼルマが語るのは紛うことなき真実。この先はただ暗い一方通行が続くだけ。 戦いは止まらない。ゼルマに続き、光も癒しに回るが消耗は蓄積していく。 慧架がしなやかな動きで日向の両足を捉え、天地をも覆す雪崩の如く地へ打ち据える。その体内で生み出され続けるエネルギーは大きく、日向の手は止まる気配がなかった。 しかし紗月の癒しが止んで以後、傷の癒えに陰りが見え始める。 「日向さんがあなたを手に掛ける事になってしまっても良いんですか!?」 光は自身の傷を埋めながら叫ぶ。傷は深く、既に他者の援護に手を回せる程の余裕がない。それでも、絶対に諦めないと心に決めていた。 「相棒に約束を破られ、相棒を手に掛け、信じた正義と反する行動をとってしまう……そんな事になる前に彼女を救えるのはあなただけじゃないんですか?」 紗月の硬く瞑っていた目が僅かに開かれる。 日向は笑みの合間で、よく喋る相手達を煩わしそうに睨んでいた。機械の拳で殴りつけ、地へ叩き付ける。その様は―― 「紗月、すぐに片付けるから待ってて。あんたをいつまでも化け物になんてしておかない」 ――化け物。 この場に、既に身体の半分を機械に食われ、下手な繰り手が扱う人形を思わせる動きで駆け回る彼女以上の化け物が他にいるだろうか。 ルカルカ、そして光の身がついに沈む。次いで響くのは地を砕かんばかりに硬く踏みしめた脚の音だ。二人は運命を捨て、再び立ち上がった。 「友達じゃないひとのためでも、運命を削るなんて……ルカもずいぶん甘くなった」 運命。見える何かが、見えるのに底が解らないそれが削れていくのを紗月が察する。 「それよ……いつも無茶ばかりして、私はやめてって何度も言ってきて。何故かは解らないけど貴方達はそれを知ってるんでしょ」 相棒がこれまで何度も行ってきた行為。堕ちた瞬間を思い返し、視界が霞む。 「なら、どうして同じ事をするの? いつ運命が尽きるか解らないのに!」 「ルカはノーフェイスにならない」 言い切った。 根拠なんてない。だがそんなものは必要なかった。この話はとうに理屈を越えているのだ。 「ルカは友達の約束はやぶらない。紗月、君とも友達になりたい」 「約束があるのでしょう? 最初は他愛の無い掛け合いだったとしても、大切な人と交わした約束なのでしょう?」 真名の声はひどく美しく空気を奮わせた。彩るのは生来持っていたものと、乗せた言葉。 「これが友誼を果たす最後の機会と心得よ。友との友誼を果たすか、悪鬼と堕ちるか」 癒しに帆走し続けたゼルマが声を張り上げた。今を逃したら、後はない。 「――決断せよ、氷上紗月!」 瞳と同じく鋭い声が凛と響く。 日向が踊る。低く屈めた身で間合いを詰め、両腕で慧架の身を絡め取り硬い地面へ打ち伏せ――だが、鈍い音と共に感じるはずの苦痛が浅い。確かに打った脇腹の痛みが風に撫でられ消えていく。 顔を上げた慧架の視線の先には、癒しの微風を送る紗月の姿があった。 紗月の耳へ届く程度の声で陣兵衛は呟く。叱咤とも激励とも違う、乗り越えた者だからこそ扱える穏やかな声。 「例え志半ばで命運尽きたとて、それは今生の別れでは無い。お主が想い続ける限り、その存在は常にお主と共に在る」 光り輝くオーラを身に纏い、紅蓮を描いた刀を奮う。日向の身体に新たな傷が刻まれる。 「……儂の『相棒』のようにな」 紗月は黙したままだったが、自身の相棒が傷付いていく様から視線を逸らさない。 狂気さえ感じる笑顔、ぎこちない姿勢から奇妙な動きで歩いて腕を奮う、かつて相棒だったもの。それは面影を僅かに残すのみの別物だった。 それが現実。そして、これまでの過去も現実にあったこと。 「もう、日向を楽にしてあげよう? 貴方がしっかりしないと、彼女も安心して眠れないから」 杏樹が愛用の巨大なボウガンを構え、だが矢は放たぬまま紗月の反応を待つ。見れば、その場のほぼ全員が日向へ止めを刺さず、様子を伺うよう獲物を奮っていた。 日向の燃える拳をルカルカが盾で受け止める。余力心許ないルカルカの身には、その一撃は酷く重い。 「例え辛くとも、相手を真に想うならば決断せねばならぬ時はあるのじゃ」 ゼルマが救いの教えを湛えた歌を響かせ、光も微風を送り届ける。セルマが借りた生命の力もまだ消えない。楽な戦いではなかったが、彼女らの癒しはそれを確実に支えていた。 「あなたなら出来るはずです。あなたには”日向さん”がついてます!」 光の風で傷が塞がっていく。疲労を溜め込んだ一行がこれ以上長く戦うことは厳しいだろう――しかし、もう充分だった。 「ありがとう」 搾り出された声はごく小さかったが、確かに発せられたもの。 「遅くなってごめんね。……おやすみ、日向」 少女が呼び出した鎌が、もう一人の少女を刈り取った。 ●軌跡は消えない 共に来ないか、との誘いに紗月は緩く頭を振った。 「ごめんなさい。たくさん手間をかけさせてしまったのに」 もっときちんと礼と謝罪を伝えられるよう、落ち着くための時間が欲しい。一人にはなってしまうけど――呟く紗月に、慧架は柔らかく微笑む。 「これから8人16人……と、きっと増えていきますよ」 相棒とだけで戦ってきた紗月にはそれは想像し難いものだった。しかし彼女らからは、その心強さが染み入るように伝わってくる。 感知しうる激情が消え、杏樹も緊張の糸を解く。生傷はまた増えたが、その顔に湛えるのは緩い微笑みだった。 「紗月さんにはリベリスタでいて貰いたいです。きっと日向さんもそう思っていたはずだと思うです」 だからあんな約束をしたと思う。光の言葉に紗月は小さく頷き、ただ、まだ瞳に僅かな陰りを見せていた。その肩に手を置いたのは、陣兵衛。 「儂は……あいつの望んだ世界を見たいから、その為に剣を振るう。それが、共に生きるという事じゃ」 陣兵衛はどこか懐かしいものを眺めるような眼差しを刀へ向け、柄を撫で語った。 歩んだ道は戻れないが、その軌跡は確かに刻まれていくのだと――少女は再び頷いて、顔を上げた。 リベリスタだった少女は、これからもリベリスタとして前を向く。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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