● 誰かを想い、誰かに想われる。長すぎる生の中でそんなものへの憧れはとうに消えたと思っていた。 ひとは自分と違うものを厭い、自分はそんなひとを愛せない。 自分の世界で、僅かに垣間見ただけの愛とか、恋とか。そんなものを得ることが自分にもあるのだなんて、思いもしなかったのだ。 ● 「……集まったか。大体聞いてるんだろうが、今回の依頼はアザーバイドの護衛だ」 差し出される資料。珍しくモニター前に立った『銀煌アガスティーア』向坂・伊月 (nBNE000251) は目の前の面々を見回す。半数以上が少女。そして、彼女達は皆かの異世界の民。男は自分を入れて3人だか、随分と偏った編成に改めて細い息を吐く。 「アザーバイド、……アンネリーゼって言うらしいが、そいつの薬草採取を手伝うのがメイン。で、周囲に存在するエリューションビーストもついでに倒す。 まぁ、数は多くはないらしい。統率も取れてない。リーダー格は、アンネリーゼの知り合いが退治済みだそうだ。 ただ、アンネリーゼ自体に戦闘力がほぼないんで、俺達が呼ばれたって訳。……そいつは、丁度お前らとよく似てるんだよ」 特に見た目が。その言葉と共に少女達を示す。この世界の民とさほど変わらぬようでありながら、その耳に現れる種族特徴。それが限りなく近しいものなのだと伊月は告げた。 そして、その似通った容姿は、人嫌いのアザーバイドにとって安心を齎すであろう事もその唇は告げる。 「まぁ、珍しい見た目だろ。……嫌な思いもしたらしい。だからまぁ、一応配慮。まぁ一概に人嫌いって訳でも無いらしいけどな。……そいつが薬草欲しいの、リベリスタの男の為らしいから」 曰く、自分の手伝いをしたがり、心配ばかりするお節介。そんな青年と、彼女は恋仲にあるらしい。どうにも素直になれない彼女だけれど、自分を気にかけ、様子を見に来た彼が怪我を負ったことに少なからず思う所があるらしい、と伊月は苦笑する。 「『早く良くなってもらわないと私が困るのよ』だと。……自分にちょっかいかけてくるそいつが、以前にも倒れたらしくてな。そのときに使った薬草が欲しいらしい。 ……恋愛に首突っ込むつもりはねーけど、まぁ人助けだ。一日協力してくれ」 ついでに、人生の先輩ってことで話を聞くのも悪くないかもな、なんて言葉を付け加えて、伊月は資料を閉じる。 「仕事は仕事だが、少しばかり森林浴ってことで。じゃ、現地で会おうぜ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:EASY | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年11月23日(日)22:10 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 恋をする、とは一体どういうことなのか。『The Place』リリィ・ローズ(BNE004343)が抱くその疑問は、恐らくこの場に居る少女達なら一度は感じたことのあるものだった。 誰かを大切に思う気持ちは素敵なものだ。誰かを想い、思われる。物語のようだけれど世界中皆がそうであるのなら、争い事も起きはしないのだろうか。細い溜息とともに、少女たちの一人、『陽だまりの小さな花』アガーテ・イェルダール(BNE004397)はその視線を自分たちの中心に据えたアザーバイドへと向ける。 自分たちとよく似た姿の彼女はけれど、自分の知らないものを知っている。ならば、彼女ならわかるのだろうか。 「……『特別』という気持ちについて、教えてくださるのでしょうか」 知りたいけれど手を伸ばしても指先さえ掠めてくれない。心は、自我は、手に入れたはずなのに酷く難しいものだった。悩むように寄せられる眉。それを見ながら、『永遠の旅人』イシュフェーン・ハーウィン(BNE004392)は己の幸運を改めて実感した気がしていた。 仕事の内容は可愛い女の子の護衛。同僚はこれまた可愛い少女達(一部除く)。役得だ。彼女達は全員アザーバイドに分類されるがそれでも。油断なく、けれど顔に出さず周囲を眺める彼は、どこか楽しげに口角を上げた。 「さてさて、どんな初々しい話を聞けるのかな」 種族的に異性が居ないフュリエ達は、初めてこの世界で恋、と言うものに出会えるきっかけを得たのだ。彼女達と自分達の間の認識の違いはどんなものか。此方の世界における恋愛、と言うものを知ることが出来る媒体など世の中には溢れるほどある。聞き飽きたくらいに聞こえる愛の歌だとか、最後には必ず幸福になる恋愛ドラマだとか。それを、彼女達は理解できるのだろうか。 そんな思考を遮ったのは、不意に響いた唸り声と――白銀の閃き。最前線にあろうと柔和さを崩さない『御峯山』国包 畝傍(BNE004948)の足は、一歩たりとも下がらず。その背は揺るがない。誰よりも穏やかに、誰よりも静かに、けれど泥臭く真っ直ぐに。正面を見据えていた彼だからこその反応速度。閃きと共に生じた意志の弾丸が文字通り即座に獣を撥ね飛ばす。軽々と跳ね上がったそれに、追い打ちをかけるように。開かれる伊月の魔本。そして、イシュフェーンの指先に翅持つ友人がふわりと寄り添う。 「エンジェルちゃん頑張ってね。立派に仕事を果たそうよ」 可愛い女の子達に近づくには、彼らの姿はあまりに無粋だ。純粋な魔力のみで作り上げられた砲撃に続けて森を焼かぬ灼熱の雨が敵を消し炭へと変える。見届けて、ちょっと野蛮かなと肩を竦めて見せた。 「向坂さんも、ハーウィンさんもスタイリッシュなタイプですからね。……こういう立ち回りは、私の役目でしょう」 まだ残っている、と呟けば即座に引き抜かれた銃から撃ち出される圧倒的力の奔流。全身の膂力を集約した一撃に、華奢な腕が跳ね上がる。 「とと、危ない敵はどっかーんなのですっ」 周囲の木々の囁きは安全を教えてくれる。それに安堵する間もなく見慣れぬ花とにらめっこしながらも、シーヴ・ビルト(BNE004713)は不思議でたまらない、恋に落ちるという気持ちについて呟きを漏らす。恋に落ちるとは、好きな事を言うのだと聞いていた。ならばアンネリーゼは彼と恋に落ちたのだろう。 「好きって何だか一緒に居たいって事らしいしっ」 自分がこの世界の彼らと共にありたいと思うのときっと同じ。そこまで告げて、けれど矛盾した言葉に僅かに詰まる。恋に落ちるとは、相手を好きになることで。相手を好きと言うのは、誰かと一緒にいたいこと。でも、自分の好き、と恋、は違うものだとシーヴは知っている。分かっている。なのに分からない。言葉にならない。姉妹同士なら、確かめてしまえるのに。似ているのにあまりに違うこの世界の人々とも、アンネリーゼとも、心の答え合わせはできないのだ。 「友達への好きと、恋人への好きは違うの。でも、それって言葉にするのはすごく難しい。貴方達は、誰かを好きになるってこと、知り始めたばかりなのね」 静けさを取り戻しつつある森の道を示しながら、フュリエによく似た彼女はゆっくり、話をしましょうと囁いた。 ● 小さな手が、そっと薬草を摘み取る。たった今手折ったそれは、放っておけば萎れてしまう。例え手折らなくともあっという間に消えてしまう。そんな、時間の差。それを、『金雀枝』ヘンリエッタ・マリア(BNE004330)はまだ知らなかった。けれど、想像すると胸を満たすのは、寂しさだった。 「……それでも人は老いていくし、大半がオレ達より先に逝ってしまうんだろう」 リベリスタであれば尚更だ。そうでなくとも、人はいつ死んだって可笑しくない脆弱さを常に持っている。けれど、それでも。それが嫌だから関わらないだなんて、ヘンリエッタには思えそうもなかった。人が好きだった。まだ、この手が離れていく喪失感を味わったことはほとんどないけれど、それでも、何時かそれを知る日が来るとしても。 「ありがとう、と言えたらいいなと、そう思うよ。……キミは、その人の事が好きなんだね」 失う痛みを知りながらも、想う事をやめられない。その想いが恋なのだと、ヘンリエッタには何となくわかっていた。声とか、表情とか。ほんの少しの違いに見えて、けれどその心の内は大きく違う。自分達の指先が触れない感情は、ヘンリエッタが知りたいものだった。 「教えてくれないかな。恋とはどんなものだろう」 色々、読みはしたし聞きもした。けれどその答えは一つだって同じものが存在しない。矛盾だってしている。好きなのに離れるだとか。好きな理由がわからないとか、気付いたら好きになっていただとか。分からなかった。いくら知ろうとしてもわからない。困ったように傾げられた首に、アンネリーゼは首を振った。 「教えられるものじゃないの。本にも、映画にも、きっとお友達の話にも答えはないのよ。自分で掴むもの。 ……でも、私にとってのそれは、手放してあげたいけど手放せなくて、嫌いになりたいけど好きで、ずっと一緒にはいられないってわかってるけど、……終わりまで添い遂げたい、そう言うものなの」 苦しいのだとその唇は告げて。けれど同じくらい幸福なのだとも同じ唇が呟く。二律背反。幸福で苦しくてけれど手放せない。そんな話が進むほどに増え始めた薬草の籠に、そっと添えられる果実。驚いたように此方を見るアンネリーゼに、リリィは優しく、お菓子も作ってあげるといいと微笑んだ。その気遣いに嬉しそうに綻んだ表情。そこから伝わる幸福感は、すき、という感情の発露なのだろうか。みんなといると、楽しい。けれど、それと彼女のすきはきっと違って。 「アンネリーゼは、好きな人と話してると、どんな感じなのかな」 「……時間があっという間で、足りないくらいで、……叶う限り、このままでいたいと思うの」 同じような気持ちを知っている。けれど、それの名前がどの好きなのか、リリィにはわからない。嗚呼、こんな事を自分が考えるように。フュリエも、それを受け入れたリベリスタも成長していくのだ。そして、きっといつか自分達はアンネリーゼと同じ経験をするのだろう。大切な人たちが、どんどん先にいってしまう、寂しさにも似た喪失を。 「ねぇ、アンネリーゼ。もしもだよ。元の世界に戻れるとしたら、キミはどうする?」 「戻らない。……この世界は決して私に優しくなかったけれど、今の私には、置いていけないものがちゃんとあるから。私が私である限り、きっと此処で生きていくと思う」 迷いのない答えは、少しだけ眩しい気もした。今でこそ自由に帰ることが出来る故郷だけれど、それはきっと永遠では無いのだ。何時か、選ばなきゃならなくなった時。その時のために、一つ一つの言葉を大事に、大事に胸にしまう。 いつか。この世界が平和になって、故郷とのつながりが絶たれる時。永遠が無くとも、ずっと一緒にいたいと思えるような相手が居たら。きっとそれは素敵な事だとリリィは思う。 「それが、特別な『好き』なのか、ボクには分からないけど。アンネリーゼを見ていたら、キミの好きな人も同じ気持ちだと思う」 もし、自分にそんな人が居たら。自分も迷わず、彼女のように答えを出せるのだろうか。リリィの瞼が、ゆるく伏せられる。 ● 生きる時間の違い。きっとそれは、愛し合う人達にとっては耐え難い痛みを齎すものなのだろう。先立つのも残されるのも辛い。その気持ちはアガーテにもたやすく想像できた。 「だから皆、お写真等に思い出を残すのでしょうね。……幸せな記憶をずっと、胸に抱きしめていけるように」 けれど。想像は出来ても、アガーテはわからない。愛し合う、と言うその気持ち自体がわからない。馴染まない。自分にとって友人たちは等しく大切な人で、けれどそれはアンネリーゼと青年のような、愛し合う感情とは違うのだろうか。同じなのだろうか。 「愛するって、どんなお気持ちなのです? いつ気がつくものなのです? 愛って……何なのでしょう」 姉妹達も、畝傍も、伊月も、そしてイシュフェーンにも。そんな、特別な人がいるのだろうか。その気持ちの意味を理解しているのだろうか。自分にも、何時かそんな誰かが見つかるのだろうか。分からない、と首を振れば、アンネリーゼの指先が摘んだ花が優しくアガーテの髪に挿される。 「例えばこうやって、喜ばせてあげたくなるのは、友達にも抱く想いだと思う。これも、愛情の一つだとも思う。でも、アガーテの知りたい愛は、そうじゃない」 視線が交わる。どういうことなのでしょう、と首を傾げれば、もっともっと欲張りになるのだと目の前の唇が笑った。 「喜ばせてあげたいだけじゃないの。自分も、もっと欲しくなるの。好きって言ってほしくて、その人の選んでくれた花が欲しくなったりして、一緒にいたくて、ほかの誰かにとられちゃうなんて嫌で、ずっと私だけ見ていてほしくて。でもおんなじくらい、同じような事を相手にしてあげたいと思うの。相手を知りたくて、私を知ってほしくて、……きっと、貴方達が知らない愛ってそういうもの」 ね、答えにならないでしょ? と首を傾げる。また薬草を摘む指先を眺めながら、シーヴは先程の続きをずっと考えていた。やはり、不思議だった。姉妹達のように心がわからないのは不便だけれど。 「解らないから、なんだかどきどきそわそわするのですっ。……一緒に遊んでると胸がぽかぽかしたりっ、何考えてるかなぁ、って思ったり……一緒のこと考えてると嬉しかったりっ」 言葉にすると自然と笑みが漏れる。わからない。けれど、分からないからこそ知りたくなるのは、先程アンネリーゼが言っていた愛情と似ている気がした。もっと、たくさん知りたかった。そして、答え合わせは出来なくてもその気持ちが少しでもわかるようになったら。きっとずっと楽しいのだろう。 未だ答えは見えずとも。積み重ねていく誰かとの交わりは、きっと彼女達の心に一人一人の答えを形作っている筈なのだから。 ● 段々と傾く日差しを見ながら、畝傍は小さく、その首を傾げた。種族や生きる時間の違い。 「向坂さんとかはどうでしょう? 男性側の意見として」 「……考えてどうにかなる事じゃねえ、と俺は思うけど」 気の利いた事を言えるほど女心を解してはいない。そう柔和な笑みを崩さず告げた畝傍に視線を投げて、伊月は短く答える。ひとの感情ほど言葉でどうにかできないものはない、そんな言葉を付け加える彼を見上げて、ヘンリエッタは小さく、恋をした事があるのか、と問うた。 「オレは、恋をするならあなたがいいな」 女のままでも、たとえ男になっても。呟くように、けれど酷く真摯ないろをもつ声にそれなりに、と答えた伊月の目が見開かれる。恋のはじまりは想い合う事なのかもしれないけれど、この『希望』は恋のきっかけにはならないのだろうか。知らないがゆえに純粋で真っ直ぐな問いは、先を求めるように唇から零れて止まらない。 「オレは恋を実感として識りたい。だから、もし迷惑でなければ」 恋を教えてくれたら嬉しい。此方を見上げる揺らがぬ瞳に伊月は視線を逸らしかけて、けれど、細い息と共に見つめ直した。知らないだろ、と小さく唇が空気を震わす。 「俺は、フィクサードだ。今はそうでなくても、……自分の望みの為に無抵抗の子供も殺せるような」 本当は、この無垢な少女が憧れるような人間ではない。純粋な尊敬は気恥ずかしくも悪い気はしなくて、叶うなら幻滅されたくなくて。情けない、と男はほんの僅かに苦く笑った。 「恋って奴は、考えてどうにかなるもんじゃねえんだよ。相手の、……汚いところに触って、それでも離れられないくらい、相手を想ってしまうものだと俺は思う」 今の俺とお前にそれが出来るのか、と小さく問うて、伊月はぎこちなく、金の髪を撫でる。それを、横目に見ながら。イシュフェーンは目の前で考え込むアガーテを見つめる。親しくさせてもらっている彼女。視線に気づいて此方を見上げる瞳に抱かれる感情を知る術はイシュフェーンには存在しない。 「君からの視点で僕をどう見てるのか、決して気にならないわけではないよ?」 別に恋愛に限った話ではない。彼女達の世界は、ずっと閉じていたのだ。それが初めてバイデンと言う危機を経験し、自我を、覚悟を学んだ。けれど、それはようやく狭い世界が開かれた、始まりの場所に過ぎない。 興味があった。アンネリーゼも含めて、異郷から来訪した彼女達にとってこの雑多な世界はどんなものなのだろうか。愛すべき対象として、見てくれているのだろうか。気が向いた時にでも教えてよ、なんて付け加えて、彼はやはり飄々と肩を竦めた。 「そんな疑問を持ってしまう辺り、僕もまだまだだね」 もう敵の気配もない。お疲れ、エンジェルちゃんと呟く彼の前で、思い思いに思案する少女達を眺めていた畝傍は小さく、勝手な意見ですが、と唇を開く。 「愛も恋も、もっと素直に考えていいものかと。……何かに心が疲れていると「やらない理由」を探してしまうものですからね」 その言葉はアンネリーゼにとっても、きっとフュリエ達にとっても同じだった。危機に瀕し、新しい事ばかりで、決して楽では無い世界の中で生き続ける事は、心の余裕を削っていく。けれど、それが癒えたなら。迷いは自然と薄れて、各々の答えが見えてくるものだろう。アンネリーゼが、少しだけ笑う。 「本当は、貴方達と話すまで少し迷っていたの。このままでいいのか、わからなくて、でも」 せっかく、好きと言う気持ちを知ったのだ。それなら、迷わず最後までやるのもきっと悪くない。迷いのなくなった笑顔に、畝傍も柔和な面差しに笑みを乗せ直す。 「もうう私が何かをいう必要はないですね。私は二人を祝福しますよ。この世界の良き友人として」 「ありがとう。……ふふ、私、先輩だものね。貴方達が失う事を恐れず愛を知ろうとしてるんだもの、お手本を見せなきゃ」 薬草は十分だ、と立ち上がった少女が微笑む。迷わず、このまま二人で生きていくつもりだと告げた彼女に、アガーテはそっと表情を綻ばせる。 「愛する人と末永くお幸せに暮らせる事を、心より祈っておりますわ」 「貴方達も頑張ってね。……是非また、会いに来て頂戴」 今日はありがとう、と言う言葉とともに。示された帰り道は、段々と夕焼けの色に染まり始めていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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