● 皆、自らの欲望に忠実で、残酷な程に其れには純粋だ。 綺麗事を幾つ並べたとしても、最終的な魂胆は同じなのだ。 心の底の底、何が為と問われれば、愛すべき人の為、己の為、世界の為、形を変えれば異端とも正義とも名を変える。 さて×はどうだろうか。 変わりは無い、×も同じだ。雌の股から生まれて空気を吸って生きている。 バロックナイツだろうが、ヴァチカンの奴等だろうが、リベリスタだろうが同じだろう。 そう、何も変わらない。 皆と同じ、欲の為に生きる『人間』という生物だ。 ● 「この世界は誘惑に満ち満ちている。全てを知るには、何もかも足りない」 「ハーイ、ホーエンハイム様。其の言葉を聞くのも此れで数万回で細かい数字は忘れました、ハイ」 「道化か……、最近虫がよく湧く様であるがどうなっている」 「左様でございましたか、虫なんて僕にはこれっぽっちも見えていなかったのですが……餌で掻き集めて殺虫剤でもしましょうか?」 「本を齧られては困るのだよ」 「かーしこまりましたぁ、でも虫って頼まなくても向うから来ますし、随分しぶとかったりもするんですよ」 「……」 「人だって家内に虫がいれば殺すか、慈悲哀れみに外に出してやるとかするでしょう? 僕、個人は後者派ですがね!」 ● 「ハーイ、食欲の様に尽きぬ欲が、あるものです、ハイ」 赤い後者が真っ白に成る程に。一秒ごとに角砂糖が紅茶に投げられていく。 丁重に迎えられたホテルのロビー、奇妙な程に人がいない。此処は好きに使って頂きたいだとか、良いお値段しましただとか。そんな事をベラベラと喋る、甘い声をした男が目の前に居た。変わらず、白無垢の仮面で顔を隠して表情は見えない。 「どうもこんにちは。親愛なる神秘探求同盟の使徒さんたち。おや、初めましての方は初めまして。 僕の名前なんて正直にどうだっていいのです、見たままの性格と立ち位置と人物です。宜しくお願い致しますイエーイ」 全く自己紹介していない自己紹介であった。 正直時間の無駄である。 「また来るとは、思ってはいましたよ。 子供騙しに、何回も追い返そうとしたのですがね。 嘘みたいな伝説に葉や枝に茎までつけて、此処は怖い所だから帰れって。楽団の件はありがたかったですがね?」 神秘探求同盟の8人の使徒が仮面の人物に関わるのは此れで3度目だ。 万魔路。 彼曰く、子供騙しの罠もあれば。 消える死体。 人でもアザーバイドでもエリューションでも無いものと戦わされたりと。 なので此処らで1つ、線を引こう。 イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)が曰く、イリーガルパイプを駆使して手に入れた彼(何時も仲介してくれる仮面の人)の情報についてだが、彼が仲介していた先にあったはずのリベリスタ組織は既に解体されていた。 表向きには、別のリベリスタ組織に吸収されるという形で解体されたとはあるものの、元々のリベリスタ組織の人間が数人失踪しているという。 情報はそれだけだ。 男についてだが、声と見た目だけからでは何も追えなかった。 勿論彼自身も、自身の情報が探られないように手を廻しているに違いは無いだろうが……。 「ま……甘く見ていました、神秘探求同盟。 僕の事はどうでもいいです、名前が必要であらば『ニコラス』とでも呼んでください。で、気に成るのは僕の背後かと思いますが」 時計の針が動く、時が進む事を耳で実感するような、秒針が動く音が響く。 その時、誰もがぴくりとも動かない。ニコラスだけが、正方形の砂糖を器用に積み上げていく作業をしているだけ。 「本題。 僕『は』敵では無いし。 『僕等』と『アーク』は敵でも無い。 ですがね、人は少しものの見方を変えると正義と悪がひっくり返る。 我欲は僕にもありますよ、死に伏した恋人を生き返らせてほしいとか、ね!」 コト、と置かれた仮面。 整った綺麗な顔をしたニコラスであったが、大きな傷が右の頬に引かれていた。 「君達が欲しいっていうのは、僕等の言葉で言えばアーティファクト製造とかに近いと思うんですよ。 貴方達が思っているものと、僕の『後ろ』が作っているものが合致するかは知れませんが……。 ホラ、例えば、例えばの話ですよ? 変えの効く兵隊が増えるとかしたら大変便利じゃあないですか?? 貴方達もシードとか万華鏡とか面白いものあるじゃないですか、作って何が悪い! 何も悪くありませんよね。 使い方次第です。 世の中に危ない薬が転がっていますが、合法か、違法か、それよりバレなければイイっていうこともありますけれども」 早口に成っていく彼は何処か急いでいる様にも見える。それもそうだ、それも、そうだ。 「……ねえ、神父。でも僕はこうも思います。 欲しいならば奪うのも手かと。微量なりとも此処にはそういうものがあったりするんですよね。 僕はかなり君達の味方かと思います、だって独占禁止法って日本にあるじゃあないですか。 最後にひとつ。 申し訳無い、君達を騙すつもりは最初からありました」 ――其の時、積まれた砂糖が一斉に崩れていった。 ● 4色に輝く物体がフロアの四方に配置している。 ……アクセスファンタズムが機動しない、如何やらアークを調べ尽くされているらしい、対策され先手を打たれていた。 確かに正体が不明な奴の下に行くのに警戒は必須だ。だが、ニコラスが『武器は一切仕舞っておいて欲しい』という言葉通りにしなければ喋らないというので、仕方が無かった。 座っていた者は立ち上がり、立っていたものは周囲を見た。出入口や窓が割られて、侵入者が雪崩の様に入って来る。 「残念ながら、僕の上が君達が煙たいみたいです。 超勝手な事を言いますけれども、僕の立場も考えて欲しい訳で。 虫の駆除に行ったら損失出ました! だなんて言いにくい、ていうか言いたくない! 僕の点数稼ぎが、水の泡だけは嫌です」 変わらず座り続け、振動と騒ぎに崩れた砂糖を残念そうに見つめていたニコラスは言った。 「僕の組織と箱舟が政治的にも組織的にも対立する事は現時点では無いですよ。どうせ其の前に姿眩ますでしょうし。 『其方の言い分』を通すには、理由と言い訳と形は欲しい訳です。 『怪しい研究の存在を知り、其の為に衝突!』。結果、本気で戦闘してぶつかってしまった『事故』が一番おいしいかと思いました! 悲しい事に、僕にはそれしか思い浮かびません。君達なら他の方法がありますか? お互いが、お互いに利益と損失を平等にする為に、戦う事を僕は欲します」 立ち上がり、部下が手渡した剣を抜くニコラス。 剣の中心に赤黒い石が目立つ剣であった。其れの先端が紅茶に触れた途端、液体は黄金に輝き硬質化をした。 「さあさ、散々だって言いながら引き金を引く時間ですよ。 本気で殺しにかかるので、お願いですから死なないで下さい」 だって僕等、リベリスタ同士ですので。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕影 | ||||
■難易度:HARD | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年12月02日(火)22:30 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 降り上がった剣を責める事無かれ。 だって此れも、きっと、仕方が無かったと片づけられる事なのだから。 剣が何かを切り裂くか、切り裂かずに降ろされるか。ただ、其処だけは結果が変わる事はあるかもしれないが――。 さて。 「さて、どうします? リベリスタ達ならばこんな局面でも最高の……いえ、僕にとって最悪の一手を打ってくると期待しますよ」 四方は囲まれている。 目の前には奇妙にも赤黒い石が自己主張して止まない剣が在る。 部屋の片隅には、それぞれ個性の色を出して輝く物体が在る。 まさに敵の腹の中に入り込んだ状態であろう、勿論、蛇の腹の中だ。 されどしかし、困ったものだ。 リベリスタ八人の手には対抗する術とも呼べる得物が無い。 只只、其の手は戦闘であらば何時でも其処にあるはずの愛器。其れを掴みたいが……掴めないと空ぶる様にして動く五指が、虚しく踊るだけ。 「無ければ無いでもいいじゃない」 『敬虔なる学徒』イーゼリット・イシュター(BNE001996)が吹っ切った様に前髪をかき上げた。 くすくすと肩を揺らす彼女、此の『危険は必ず傍にあるはず』という状況を予想して来なかった訳でも無い。むしろ逆だ、予定通りだ。何もイレギュラー無しに帰れるだなんて此の場の誰一人も思っていなかったのだろうから。 それこそだ。 『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)の光の反射で眼鏡の奥が見えないが、彼の瞳はギラついているに違いない。 目の前にイスカリオテの興味を刺激して止まないものが在る。 望まずとも飛び込んで来た、獲物だ。 「ふふ……」 彼の意思に反して声は、素直に笑った。 戦闘は既に始まりを告げていた。 短剣を持った男の刃を、手刀で叩き落した『グラファイトの黒』山田・珍粘(BNE002078)が更に男の腕を背負い投げては壁にぶつけさせる。 「できれば女の子が突っ込んで来てくださった方が嬉しかったのですが」 両手に着いた埃でも落とすかのように、手をパンパンと払う珍粘。そして後ろへ顔を向けながら、言った。 「で、どうします?」 「ええ、勿論。神秘探求を始めようかと思います」 イスカリオテの背後に控えていた、アルカナたちが一斉に強いオーラを発した。スキルでは無い、戦うという意思表示の現れのソレだ。 「『リベリスタ同士』での戦いとはな。これも渡世の仁義ってやつか」 やれやれだと首を振る『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)。やるべき事は、敵の上の奴等に説得する言い訳作りだ。 なんとも子供だまし。 其れに命を賭けろだなんて馬鹿馬鹿しいにも程があると、言わせんばかりだが。 「ま、投げられた賽なら仕方ねぇか?」 銃声、影継の胸に穴が空く。更には斧が風切り音を出しながら彼の背を斬った。折角の服だが、引き千切りながら後ろ廻しに蹴りを放てば、流石のデュランダルと言った所か。斧ごと敵が吹き飛んでいく。 バウンドして壁に背を強打した斧持ちの敵。ブレる視界の中、リベリスタの方向を見れば。 「――なっ!?」 「ちょっとしたイリュージョン……なんちゃって?」 少しずつ消えて行くリベリスタ達の姿。否、珍粘の闇の世界が発動したのだ。 標的はニコラス、彼を闇で覆って――。 「ああ、其れは……其処までは計算していなかった。使う者が少ない其れを、今持ってこられるだなんて」 ニコラスはやや苦笑い気味に言う。 対して相変わらずイスカリオテの深淵の底は視えない。 闇の世界は、出来る限り仲間に当てない位置……とは言ったものの半径10m、増してや前衛であるニコラスを含めるとならば多少なりとも枠内にリベリスタが入ってしまうのは絶対だ。 「謝らなければなりません。我々はただで騙されてあげられる程素直では無い」 「いえ、良いんですよ。僕としても、拗れて下さった方が色々やりやすい――そうポジティブな解釈も必要な様ですし」 ニコラスの瞳の中では、控えめにか、それとも意地悪さを前面に押し出したか、にこ、と笑った『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)の片手が小さく横に振られている、バイバイ、だなんて言っているつもりか。 「ふざけやがって!!」 目にした杖持ちの敵が、魔法陣を組んで霧払いの様に闇ごしで葬送の音色を送るが、手応えは少ない。 誰にあたったかも彼からは見えないのだから――けど、かろうじて一本。一本だけ、血の鎖が何かを捕えている事は解っていた。 ――そして。 「ぐっ」 『現の月』風宮 悠月(BNE001450)は脇腹の当たりを抑えて苦い顔をする。 服の、其の脇腹の当たりから血が止まらない。それもそうか、綺麗に貫通している鎖があるのだから。 「ああ、此れは不運でしたね。でも大丈夫、これくらいならすぐに私が」 『大樹の枝葉』ティオ・アンス(BNE004725)が悠月の痛い場所に触れて、天使の歌が戦場に響く。元より武器が無くとも大魔王の名を冠するティオのスキルだ、完全とは言わないものの傷を治すには十分な力量だ。 それより此の状況、如何したものか。 「以前からも、奴等とは戦っていたのか?」 『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)からしてみれば、彼等と相対するのは初めてだ。其れに、神秘探求同盟に来る前からの此の流れ。 「ええ、正確には彼等が仕掛けた罠に……ですがね。漸く、尻尾が掴めそうな所ですよ」 不敵な笑みを浮かべるイスカリオテに結唯が気圧される事は無い。流石と言えよう、戦車の名を冠する結唯が……もっと簡単に言えば鋼鉄の名のアルカナである彼女が心揺れる事は無い。 「制圧すれば、良いのだろう?」 只、目の前の任務を全うするのみ。 「くすくすくすくす」 其の言葉に、イーゼリットは笑った。お腹を押さえながら、口角が増して上がりながら。 「ふふふ、馬鹿みたい! 武器も無いのに、制圧? どうするの、どうするの」 イーゼリット死角、一瞬だけ見えたギラリと光る刃。 刹那、金属音のような、何かが跳ね返ったような音が――。 「こうするの?」 ルーンシールド。 跳ね返った剣は空中で円を描きながら吹き飛び、壁に刺さった。紫の瞳が映したもの、其れは反動で手が痺れている敵であった。 ● 見えないというものは不便なものでしょう、なんて。 「是非。僕と遊んでいって下さいよ。山田……あ、いえ、失礼。那由多・エカテリーナさん? 此処は愛称で、カーチャとお呼びした方が良いですか?」 「そうですねぇ」 見えなくなる前に掴まれたのは珍粘の腕。ニコラスが完全にブロックした状態だ。闇の世界を発動次第戻るとは思っていものの……。 (そう、上手くはいきませんか……) 珍粘の背中に汗が流れた。繋がった腕、掴んでいる彼の手は女性をエスコートするのでは無いかと思うくらいに優しく、力強く。 「かなり、不公平ではありません? 私には武器がございませんのに、其方にはそーんなに危険そうなものがある様ですが」 「ハイ! 僕もそう思いますが、対策が無い僕が闇の中に貴方と2人きりの時点できっとタイですよ」 「嘘つきですねぇ」 「ハイ、僕は嘘つきです。嗚呼、那由多様の御姿が霞んで見えて残念至極」 さて、何秒……時間が稼げるものか。 そう思った時には、既に不気味なくらいに目立つ剣が珍粘の柔らかい部分を抉っていた。 「来て1日も経ってはいないが、既に日本食が恋しく思えて来たな」 真っ黒の瞳に何を思い浮かべているのかは読めず、只、興味無さげに動くユーヌの瞳は周囲の者達よりは一寸高い位置にあった。 天地の定めを蔑ろにした浮遊の上、那由多が動けないのは見えていたが四方の光を破壊するにこうも離れていては手出しは不可能だ。 それよりもユーヌがやるべきは一手。 いや、二手を犠牲にした大技を繰り出す事。此れも、10秒の中で行われた事ではあるが。 「あんまり俊敏に動くな、ゴキブリかと思うだろう?」 大呪封縛鞭――細くも撓る其の光が蛇の様に縦横無尽に暴れれば、綺麗に絡めとられていく敵。 「ふん、武器も必要無いか?」 いやいや、貴方のお力が優れている証です。 けれども矢張り、其れでも抜け出してくる敵は多い。特に短剣を持った奴等だ、ユーヌの攻撃さえ無効と言わんばかり。 「やれやれ、外野がこうもうるさくては……」 話に集中できない? イスカリオテは静かに利き手を前に出せば、敵を映す世界がゆらりと揺らめく。こんなに寒い冬ではあるが、汗が噴き出す――敵が其の異常に気付いた刹那。 豪、と燃え上がる砂塵が周囲の世界を真っ赤に染めた。 「で、どうなんだよ。其のうざってぇくらいに眩しい四色は!」 那由多がいない分、後衛を守る要として動く影継。先行してきた男が影継をスルーして行こうとするのを、首根っこ掴んで引き戻し。更には、短剣が投げられ引き戻した敵を盾にガードしてみる。 葛藤する背では、悠月による結界の解除が行われていた。 「こういうのは、ひとつを潰せば機能が損なわれるものですから……!」 悠月の手が発光していた。まるで鍵穴に触れるような形で赤色の発光物体に手を伸ばす。 膨大な量にも及ぶ魔術知識から使えそうなものだけをピックアップし、だがそれでも数千通りを踏まなければいけない解除コード。世界最高峰のセキュリティシステムもびっくりであろう。 「其の1個を壊すに最短50秒か? こいつを作った奴は頭が悪いな、嫌な意味でな」 鳩尾に影継の肘が飛ぶ、胃液を吐く男を更に蹴飛ばして後退させる寸前で敵魔術師からの大鎌が彼の胸に突き刺さった。 かくして、其れをティオが治さんとすれども数で攻められればいくらティオの力であったとしても、傷を埋めきるには至らない。 「ああ、そうですよね」 「ああ、そうだな」 イスカリオテとユーヌの視界がぶつかった。なんら、おかしい事でも無い。 最初から仕組まれていたのだ。 武器ひとつ無いだけでもハイリスク。 前衛は少ない、後衛も手が離せない。 ならば、どうする。 「いや、あと10秒だ」 「――え」 銃弾に射抜かれた結唯。だが力を振り絞り、跳躍。 「無茶です、それは!」 悠月は言うが、結唯の腕は構えられ、光体に右ストレートを噛ましていく、と。 パリン! 硝子の様にして割れていく赤色のそれ。悠月の瞳には見えた、硝子様な結界が解けた先にある核のような物体。まるでそれは人間の心臓のような形でもあったのだが。 悠月に迷う暇は無かった、魔術知識に新な1ページを刻めば終わる事。 陣を従え魔力を増幅させた其の身で、彼女の腕は核を握りつぶした。 「やりやがったな!!!」 刹那再びの銃声。まるで霧がかった空が晴れていく様に、周囲を色濃く照らしていた4色の光が落ちた。 銃声は、一発に収まらず、二発三発と音が連なっていく。狙いは結唯の背中だ、1秒にも満たない内に彼女は血飛沫を上げながら倒れるはず――ではあったのだが。 全て、弾丸は弾かれた。スターサジタリーの天敵と言っても過言では無いだろう。 利き手を前にして、そびえ立ったのは悠月。 「此処からが、本番です」 ● 「で、ダンスは楽しんでいただけたでしょうかねえ?」 「ええ、とても」 傷だらけの那由多、されど彼女は石に成る事は無い。 或る意味最高の組み合わせであった、ニコラスの剣としては。計算違いとしてはニコラスがデュランダルであった事だろう、バッドステータスが入らないにしろ素のダメージだけでも珍粘を追い詰める事は可能ではあったのだから。 が、今は珍粘の槍がニコラスの腹部を貫通している。散々今まで嬲ったお礼としてか、いつもより深く深く突き刺さって。血が流れる。 「あーまずい、始末書ですね、一個壊れると全部駄目って欠陥だと思いません?」 「駄目駄目ですねぇ」 「あ、カーチャさん其のままで。其の儘戦ったフリしてください」 「……?」 既にニコラスの瞳が珍粘より最奥、イスカリオテへと向いていた。しつこく迫られる脳内会話に、ニコラスは苦笑いするのだが。 『現時点、予定にどの程度狂いが生じていますかニコラス卿。貴方は我々から語り掛けなければ道化に徹したのでしょう。けれど実の所、貴方にも然程余裕は無い』 『的を射ってますね、ええ、身ぐるみはがされるくらいに恐ろしい』 『残された時間は如何程ですか、いや、貴方はこの時点まで機が見い出せないでいる。点数稼ぎで立ち止まり、焦っている』 『おやおやおや、エスパーか何かですか? どっきりですか? カメラどこです?』 『そして貴方の言葉通り我々は協調出来る。故に私からの提案は一つ。我々は「上手く痛み勝ち」ましょう。貴方は「上手く痛み負けて」下さい』 『ほう』 『対価に貴方の上司に「付け込む隙」を差し上げます』 『ほー、僕を上手く利用しますか? イイと思いますよ、上手く利用されるのは慣れているもので』 「おかしい」 其の事には誰しもが気づいていた。影継も、結唯も、いや此の場の全員が。 威力の限界を越した電撃が、床を荒れ狂う大蛇のように爪痕を残す。それを放ったティオは片手に杖を取り出し、地面を突いた。 「おかしいですね。だって、戦闘って、もっと本当は」 悠月とイーゼリットの鎖が絡まり、葬奏の音色はテンポを増す。敵を傷つけ、真っ二つに。それでもやっぱり。 「くすくす、ああ……そういうもの?」 輪切れになった敵の身体の断面。なんという事か、血が一切出ないのだ。 不気味なものだ、不完全。そう言いたいのか。悠月は顔を上げてからニコラスを睨んだ。 「ニコラス。所でこの兵はホムンクルスですかね」 「……いや? それらは別に、ただの自殺志願者です。モルモットと言った方がいいですかね」 「それに、その石は恐らく賢者の石。金練成能力といい快復の加護といい、その剣は――Azoth、ですか」 「多少なりともそういうものが此処にはあるって冒頭で申し上げましたから、えぇ、まあ、アゾットは大正解」 ユーヌの縛鞭が空中を切り裂きながら敵の、影継を攻撃せんとする腕を切り取った。 影継の武器――殲滅式四十七粍速射砲を持ち上げ、容赦ない弾丸の連撃が部屋のあちらこちらに穴を開けていく。振動しながら穴が空く敵のデュランダルはそれでも動いた、血は流さずに。その彼が放った、デュランダルの中でも威力が異常のそれを向けた相手は結唯であった。倒れていく彼女を走り込んで来たイーゼリットが掴み、後ろへと引き戻す。目の前には入れ替わってソードミラージュが剣を向けたが、それがなんだと威嚇した。 血の出ない人間。其の滑稽な姿にユーヌは、瞳の色こそ変えないけれども。 「憐れだな」 そう呟いた。 イスカリオの目的からしてはアゾットの剣は奪いたい所だ。だがまずは彼に近づく所から始めなければならない。 「お仲間に嫌われてるのか? 動きが鈍いな、やる気無し。死に損ないの老人の方がまだ気合いが入ってるな」 「嫌われ者は、あるかもしれません。お嬢さんの毒舌、僕にはグっときます」 見抜いたユーヌ。ニコラスの手の動き、わざと珍粘の急所を外している様にも見える。 其の時であった。 天井のシャンデリアから伝う蛇がじっと此方を見つめていた。 イスカリオテや、影継を始めリベリスタ、勿論ニコラスも気づいたであろう。 「……ああ」 イーゼリットがイスカリオテを見る。そうか、どうやら監視付か――いや、潮時か。 「一時の敗北と、機会の永久的損失。どちらかを選ばせてあげる……」 「ああ! それはありがとうございます!! いやあ、僕としては此処まで倒されてしまっては、僕の命が危うい! 元素の魔術も壊されて、此の上剣まで掻っ攫われたら僕の首が危うい! どうみても僕の敗けですね、追い返すはずが追い返されるだなんて、あっはっは~!!」 (わざとらしい……) ティオの瞳が半目になっていく。 が、否、今まさに止まった時計が動き出した所だ。 『近日中です』 「はい?」 『イスカリオテ・ディ・カリオストロ様、警告です。神秘探求同盟諸君に安全地帯は無いと――』 「ええ、問題御座いませんよ。私が選んだ同盟員に一人たりとも腰抜けはおりませんから」 ● 現場は何も無い。 泥棒でも来たかのように荒れてはいたが、敵の血痕だけは残る事が無かった。 中央で、寂しく横たわっていたのはティオの双界の杖。其れを拾い上げたニコラスは、思い返せば、背中を見せず、後退する彼等の中でも一層増して視線が合った、ティオが居た事を思い出す。 「嗚呼、置き土産……」 感触は異世界の大樹のそれ。 思いだせば大きな木の下で爽やかな風に吹かれ、そして最愛の人を隣に本を読んでいた事。 何も無いが、満たされていた日常。 時は、戻らない。 「嗚呼、ホーエンハイム様? 神秘探求同盟、どうやらお眼鏡に叶いそうですよ」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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