● 「バロックナイツ第一位の『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュはご存じかしら。 簡単にいえば趣味の悪いアーティファクトクリエイター……って感じよね」 ハッキリと言い切るものである。不機嫌そうな表情を浮かべた『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は「ウィルモフの動きが観測されたわ」とリベリスタを見回した。 「彼が行っていたのは『究極研究』……その完成に到達したそうよ。 概要はまあ、良く解らないのだけど……災厄を巻き起こすものであることには違いないでしょうね」 それだけなら『まだ』彼女がブリーフィングルームでペリーシュの話をする事は無かっただろう。 もともとは欧州を主に行動をしているペリーシュだ。そこから遙かに離れた極東たる日本にはあまりに関係ない話しだった筈なのだ。 「沢山の事があったと思うのね。キース・ソロモンが来たり、アシュレイさんが何処かに行ったり、あとラスプーチンが攻めて来たり……」 指折り数えて、世恋はあからさまに嫌悪するかのような表情を浮かべる。 ペリーシュが関係ないと言っても日本には『閉じない穴』が存在し、神秘バランスが崩れていた事から、賢者の石をペリーシュの傭兵や部下たちが探しに来ると言う事件が多発していた事は確かだ。しかし、それももう『過ぎた』話の筈だ。研究を完成させた以上、もはや賢者の意思の争奪戦を行う訳でもないのだろう。 「残念なお話しだけどペリーシュが、攻め込んできたわ。北陸に」 随分と近いと世恋は毒吐く。何故日本なのか。それを納得するには十分な理由があった。 「ラトニャ・ル・テップって憶えてる? あの、神様ね。 彼女を研究の完成後に実験台にでもするつもりだったんでしょうけれど……それを倒したのが極東の『私たち』だった。これほどまでに分かり易い理由は無いわよね。 つまり、バロックナイツを倒して、カミサマまで倒した私達は代わりにするにも意趣返しにするにも最適だった」 『神への挑戦』を行おうとしていたペリーシュにとって、神を出し抜いたアークは代替品なのだろう。ペリーシュからすれば只の実験台なのだろうが。 「最悪な研究を終えたペリーシュ達は北陸で、臨時の工房を作りだす心算らしいの。 工房を作らないでお帰り頂く――のは難しいのだけど、このまま放置しておくわけにもいかないでしょ?」 フィクサードで数々のアーティファクトクリエイターである以上は何らかの『事件』を起こす可能性が多い。それが社会へのダメージや一般人への被害になる事は十分に考えられる事だろう。 「新潟県の上越地方。とある小学校の校庭なのだけど……そこにエリューションが現れたわ。 ペリーシュが作りだしたエリューションの様なのだけど、製造方法は、まあ、資料を参照してね。 完璧にコントロールされてる存在だし、あんまり油断はしないでほしい、のと、そのエリューションが一般人へ被害を齎さない様に出来得る限り気を付けて欲しいの」 悪い男だわと吐き捨てるように言う世恋はリベリスタへと「まだ、助けられる人のために、ね」と一言だけ、漏らした。 ● 骨の砕ける音に、転がった指がいくつか。自分のものなのだなと茫と思う。 茶色い砂の上に転がった沢山の身体をちぐはぐに繋ぎ合せてひとりぼっちじゃないのだと『無理やり』思いこまされた。 知らない人は僕に魔法をかけるのだと言っていた。 魔法は生きたまま身体を切り裂く事で成立するのだと言う。痛いと泣いても止めては貰えない。泣けば泣くほど僕は魔法が強く掛かるのだそうだ。 「どうして僕が死ぬの、」と聞けば、ひとりぼっちだから、死んでも良いのだと言う。 僕のお母さんとお父さんの身体は校庭に転がって居た。 目の前でお母さんとお父さんの身体は粉々になったから、僕はもうずっと一人なのだと言う。 友達だって皆目の前で死んでしまった。一人ぼっちだから、しかたないのかもしれないけれど。 僕は、鳥になったそうだ。 ひとりぼっちにならないように、僕の背中にはお母さんやお父さん、友達や先生の部品がついている。 鳥になった可哀想な僕は飛べずにどこにもいけないから、この場所にいるしかないらしい。 「気色悪い」「こわい」と友達は言っていた。僕が泣けば泣くほど、皆は死んでいくから。 でも、それは良い事らしい。僕がこの場所で沢山殺せば、魔法はもっともっと強くなるのだそうだ。 だから、僕は、人を殺さなくちゃいけないそうだ。 いやだな、こわいな、やめたいな、なんて、許されるようなことじゃないから。 ぽたぽた、と。周囲に毀れおちた赤色を僕はただ、綺麗だな、と、見つめる事しか出来なくて。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年11月17日(月)22:56 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● ぽたり、と毀れおちたその意味を確かめる様に唇を震わせた。 「……傲慢、かな」 燃ゆる焔を思わせる赤いバトルドレスの裾を持ち上げて、『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)はぎこちなく笑みを浮かべる。頬を撫でた柔らかな髪が、今は如何してだろう、煩わしくて仕方がない。 「間に合わなかったから、仕方ない――なんて、私は、思えないの」 震える指先は、魔力杖をしっかりと握りしめた。人間が実験動物と称して鼠を殺す様を思い出す。余りにも残酷な仕打ちだと『尽きせぬ祈り』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は只、目の前に広まる紅色を見詰めて、考えた。 血濡れの現場には慣れたけれど、やはり何処か胸に引っ掛かりを感じてしまう。骸の山の上に立つのも、愛しい人が居れば救われた気がするなんて、自分勝手なのかとアリステアは一人肩を竦める事しか出来なくて。 ×して―― その言葉は『相反に抗す理』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)の耳朶を叩く。雨垂れの様に、積もり積もって出来た沼地に深く沈みこむかの様に。 「×してよ……おかぁさん」 囀る小鳥の鳴き声に彼女は手にした「Dies irae」の先を向けた。纏った殉教者の法衣の重さを確かめる様に、引っかけたままの指先へ力を込め――引き金を、引いた。 ● 新潟県は上越地方。混沌へと落としこまれた小学校の校庭で騒がしくも響き渡る叫声が聞こえる。普段ならば子供達の笑い声が聞こえるであろう空間にはあまりに不似合いな血のにおいを感じとり、眉を顰めた『愛情のフェアリー・ローズ』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)はロザリオを握りしめ唇を噛む。 「こんなのって……――」 輪の中心で人間の部品を組み合わせて作られた偽翼を揺らしながら重たい身体を振りまわすエリューションが存在している。 それは、六道紫杏が作り上げたキマイラに酷似して居ながらもどこか違い、ジェームズ・モリアーティが改良したよりもより残酷な、この新潟に踏み入れたアーティファクト・クリエイターの性質をこれほどかと言うほどに表した存在がそこにはある。 「君が、『ことり』?」 囁くアンジェリカの声に、重たい身体を揺らしながら振り向いたエリューションが泣き顔を向けた。まどろみの縁に居るかのような安らかな表情でありながら、その眸からは水滴が幾つも伝っている。 「やれやれ、バロックナイツらしいといえば『らしい』と言えるのか」 大げさな程に肩を竦め、愛銃を握りしめた『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)が小さく瞬いた。 彼女が胸の内に秘めた思いを感じさせるかのように小さく笑みを零して見せる。誰にも語る事のないその心中をひそやかに告げるかのように。 「『奴』――ウィルモフ・ペリーシュの作品や活動はわたしには関係ない。 そこにいかな理由があろうとも、遣る事は一つ。さあ、いつもの異常者狩りというこうか」 赤く染まったグラウンドの土を踏みしめる。結唯の言葉に反応した様にレイヴンウィンクを翻し『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)が前進していく。 わんわんと鳴き声を上げる中央の『ことり』へと視線を向け、手にしたイノセントとノットギルディの意味を確かめる様に唇を釣り上げた涼へ、後方での支援体制を整えたアリステアが「涼」と小さく、それでいてしっかりと呼んだ。 「ああ、分かってる。……やるべき事を、やらせて貰おうか」 せめて無事な子供達を救いたい。そのアリステアの想いをしっかりと受けとめた恋人はクリスタルが如き煌めきを持つ刃を振るい上げる。殺伐としながらも芸術を感じさせる刹那的ステップはかの殺人鬼の名を冠したものなのだと涼は実感した。 その煌めきの隣を走り抜け、華奢な腕に力を込めた旭が「どうか、おねがいね」と唇だけを動かした。命を救う事を優先するリベリスタは、己がその任務に付けない事を承知していたのだろう。 集まり続けるエリューションに旭が身体を逸らす、彼女を狙わんと伸ばされた手を結唯の弾丸が貫いた。彼女の目と、浮かび上がったアリステアの目。両方に支援されながら、敵陣とは逆の遊具の方面へと駆けだしたアンジェリカとリリは逸る気持ちを抑える様に息を吐く。 (――これ以上は、君もしたくないんでしょう?) 黒いゴシック・ロリィタのドレス。風で捲れ上がるスカートも気にせずに懸命に走るアンジェリカの耳に響くことりの鳴き声が、「寂しい」と、「こわい」と鳴いている気がして、その柳眉を逆立てる。 「ここに居たんですね……」 息を切らし、膝をついたリリの前で怯えたように子供が首を振る。目の前の化け物に対し刃を振るう涼や翼を揺らすアリステア、銃の引き金を引き続ける結唯を子供達はどの様な視線で見ているのかをリリはよく分かっていたのだろう。 「ばけもの」 リベリスタ全員へと与えられた言葉に、彼女の打ち出す蒼き弾丸を思わせる眸を見開いた。幻想纏いで情報共有を行っていたアンジェリカとて、そのルビーの眸へと悲哀を乗せる事しか出来ない。 「ッ――……怖かったですよね。もう、大丈夫です。怖いお化けの事も、じきに忘れます」 揺らめく魔力に、小さく頷く子供の仕草。牙を極力隠す様に、気を付けて優しく微笑んだアンジェリカがへたりこんだ子どもへと手を伸ばす。怯えた彼らに『普通の人間』に見える彼女はどの様に映るのか――気にしていては、命が減ってしまう気がして、怖くて。 「もう、大丈夫。お姉ちゃん達がきっと護るから、だから、一緒に来て……」 武器は仕舞いこんだ。己の身に危機が迫っても子供達を護るのだと、強い意志を乗せて。 アンジェリカは「大丈夫だから」と何度も、何度も子供達へとあやす様に告げた。 ● 子供達の救助の避難誘導を担当するリリとアンジェリカの側へとエリューションが向かわぬ様に気を付けた四人のリベリスタは先に周囲に存在するエリューションを撃退すべく徹底的に攻勢へと転じていた。 「実験と名前を付けて、酷い事をする人は今迄にも居たよね。でもね、彼らはきっとこういうの。 『実験材料をどう扱っても構わない』――なんて、そんな答え。当たり前の様に彼らは言う筈なの」 髪を飾った紅水晶。桜の花弁を揺らす様にアンジェリカは宙を舞う。手にした杖を離す事無い指先に飾られた解ける事無い雪(あいじょう)を感じながら彼女の視線は、リリとアンジェリカが誘導する子供達へと向けられる。 「神さま……っ」 転がる骸と、そこから産まれ落ちたエリューションを気を付ける様に首を振り、アリステアが祈るように唇を噛む。 彼女の想いを感じた様に、前線で二刀の刃を振るった涼がステップを踏み、エリューションの攻撃を避ける、一歩。 二歩、腹を掠めた痛みに眉が寄る。三歩、腕を目掛けたその攻撃を弾き、唇が吊り上がった。 「まあ、威力は余り重たくはないが――、一度だけだと思ったか?」 その攻撃は再度、振り翳される。再度の攻撃にリズムを狂わせたかのようにエリューション達が身体をくねらせる。旭へ向けられる攻撃の傍らで彼は何度もエリューションを切り刻んだ。 弾く様に殴った相手の表情に旭が肩を竦める。彼女が張り巡らせた強結界の結果もあってか、未だ、この場所に踏み入れる者は居ない。なによりも、目の前のことりがこれ以上、苦しむ事は避けたくて。 「ねえ、ことりさん、怖い? もういや?」 「ぼくは、おもっちゃ、いけない、から」 震える声は子供のもので。あまりに化け物染みた外見でも自我を残すのがウィルモフ・ペリーシュの残忍さなのかと喉の奥が震えて仕方がない。 「こわいと思っても、やだって思ってもいいんだよ? 知らない怪しいおじさんの言う事なんて、信じちゃだめ」 攻撃の手を休めずに、闘い続けるアリステアと涼、そして結唯の前に存在したエリューションが薙ぎ払われる。 魔眼による誘導を完了させたリリが戦線へ復帰する中で、身の丈ほどの鎌を構えたアンジェリカは子供達の様子を見守る様に、避難誘導口になっていた裏門の前へと立ちはだかった。 「何がっても、ボクはこの身に代えてでも、子供達を護り抜くよ」 彼女が傍らの子供に問うたたった一つの言葉。ことりの名前はなんですか。それにおずおずと答えた子供達の怯えた表情がアンジェリカは忘れられなくて、酷く、胸が疼いた。 「初めまして、独りぼっちの小鳥さん。独りぼっちは、寂しいですよね」 それは、自分も感じた事のある孤独感だったのか。 リリは「黒い太陽は赦せません」と唇を噛み締めた。独りで居る心細さを知るアリステアもその言葉に小さく頷く。黒い太陽――ウィルモフ・ペリーシュ。彼による残忍な行いは人の心さえも殺すかのように、周到な手口をとっているのだから。 「私たちは、死ぬ事無く貴方の傍へ行ける。だから、殺さなくても、寂しがらなくても良いのです」 「だって、殺さなきゃ」 「わたしたちは、君に触れられる」 旭の伸ばした指先が、ことりに触れる。反射的に振るわれたことりの腕を受けとめた結唯が膝をつき、アリステアが反射的な癒しを与えた。 「貴方のご主人さまは、貴方を独りにする舞台を仕上げた。怖い想いをしないで良いのです。 私達と神様は、本当の造物主様は、そんなふうに貴方を苛める事も、見捨てる事もしないのですから」 まっすぐに跳んだ弾丸が、ことりの身体を貫いた。鳴き声を上げ、放った黒き瘴気を避けながら旭が前進し、噛みついたその場所に涼が刃を大きく振るう。 死角から放たれた明確の殺意。不可視の一撃に乗せたエゴイズムは涼の思い描く『断罪の刃』そのものか。 「可哀想だと思う、同情だってする。お前がそうなったことに、お前に罪は無いだろう。 けれども、無罪であれ、潔白であれ、お前がここに存在する事は赦せない――俺が、斬る」 振り翳されたその刃を受けとめて、周囲でもがき苦しむエリューションが居なくなった事に『こども』は気付く。 偽翼を生やした憐れな化け物は、どうしようもないとぼたぼたと涙を零し、「こわいよぉ」と小さく、囁いた。 「人間の『部品』を組み合わせて作られた、て。俺には理解できやしない……」 おぞましい存在が、それでも人間だと気付いた時に、涼はどうしようもなく胸が痛んだ。つきん、と心を刺す痛みにアリステアの眸が揺らぐ。 目の前の存在がエリューションである以上、どの様な理由があれど、許す事は出来なくて。 唇の端に乗せた謝罪の意味を振り払う様に、リベリスタは目の前の存在へと、牙を剥いた。 ● 「×して――」 その言葉に、ぴたりとリリの指先が止まる。添えたままの引き金を引く事ができなくて、唇が静かに戦慄いた。造物主(ライフメーカー)はこんな無慈悲を許すのか。リリが知る神はこの少年を何処までも苦しめるのか。 「……大丈夫です。貴方は、もう一人ではありませんから」 泣きじゃくることりの前で、リリは――迷子の様に不安げに眸を瞬かせた少女は首を振る。 癒し手として両手を組み合わせるアリステアとてそうだ。この場所に広がったあまりにも残酷な光景が、彼らの最期だとは思いたくなくて、命が消えるその場所から『すくい』上げてくれる神様が居る筈なのだとそう両手を組み合わせる。 「あのね、人はね、最後には祈るの。目に見えない何かに、誰かに――だから」 「だから、俺達は『誰か』の許へ行く為にお前を断罪する。そう、思わなくちゃやってられんだろ」 唇に浮かんだのは自嘲の意。涼は己の手首を飾るブレスレットを確かめる様に指先で撫で首を振る。 ことりを取り囲んだリベリスタ達の命綱たるアリステアを思わせる銀の意匠の翼を手首に携えて涼は一歩、飛び込んだ。手にした両手の刃が煌めき、鳴き声を上げることりが己の痛みを内包したかのような攻撃を繰り出せば、身体を逸らしながらも痛みに涼の眉が寄る。 「優輝くん……!」 叫ぶ様に、声を発してアンジェリカが大鎌を振るった。赤々と昇る月は彼女の瞳と同じいろをしている。攻撃が子供達へと向かぬ様に、その退路を最後まで守る様にと小さな身体で蓋をして。 「ボク達は君をこのままにしておけないんだ。でも、ボク達は忘れない、 この世に君と言う子が居た事を。優輝くんのことを。ボク達が憶えて居る限り君は――」 言葉を遮る様に大きく泣いたことりの眼前へと滑り込み結唯が傷だらけの腕を振り上げた。弾丸は何度も何度も前へと飛び交い、彼女はサングラス越しに『ことり』を、化け物を見据えた。 「ウィルモフ・ペリーシュの作り上げた肉塊か。日本が人気スポットであったとは、驚いたが。 お前はもう、人間ではない。人間はこの様な死に方も、意味からも外れない。お前は、化け物でしかない」 淡々と告げたその言葉にことりは泣きじゃくり、結唯の身体を黒き瘴気で包み込む。息を飲み、銃を向けた結唯の足が縺れる。振り払う様に前へと飛び出して、旭が手を伸ばした。 牙を剥き出しに、旭はまっすぐに進む。化け物であると、人間でないと否定される事を厭うなら―― 「あなたは、鳥なんかじゃない。ちゃんと人間の男の子だよ。 だから、だいじょうぶ。お父さんとお母さんのいるところへ、連れてってあげるから――」 指先が震える。魔力鉄甲がここまで頼りないと思ったのは何故だろうか。燃える様な朱を思い出し旭は首を振った。 掠めたことりの指先が、髪をひとつ散らしていく。砂が舞い上がり、赤いドレスがことりの視界を覆った。 酷く、傲慢なのだと肩を竦める。『わたしたちは』『わたしたちの都合で』『動いてる』。それだけの事が、どうしても酷く生への冒涜の様な気がして。 「――ごめんね」 囁く様に、噛みついたそこから溢れ出た朱に旭は彼が生きているのだと実感した。 牙に侵食し、喉を灼くその熱さに何故だか瞼が震えて。 「いっつも思うんだ。ひとをなんだと思っているの? って。私には、こんなことは耐えられないよ」 唇を噛み締めて、笑みを浮かべるアリステアの瞳から、優しさが消えていく。 ことりを見据える彼女の瞳はよく、彼の表情を捉えていたのだろう。震える指先は、癒しを与えながら仲間達をサポートし続ける、そんな良い子のままじゃ――誰も救えないのかと、心に浮かびあがった恐怖を振り払いながら。 「神様の直ぐお傍へお送りします。貴方の大好きな人も、お友達も全員、其処に居らっしゃいますから。 だから、目を閉じて。再び目を開けた時、貴方は独りではなくなります」 「ほんと……? ×して、くれる……?」 『×』する。当てはまる言葉は沢山あって、リリは上手く聞き取れないその言葉を神が与える慈悲を当て嵌めた。 アリステアが願った『見えない誰か』。リリが信じる『造物主』。アリステアの乞うた『カミサマ』。 そのどれもが存在するかは分からない。けれど、今だけはその存在を信じて居たいのだとリリは、引き金を引く。 『こころ』まで、死んでしまう前に。せめて、それだけでも救えたら。旭が膝を震わせ飛び込んだ、その先に、こどものきょとんとした顔が見える。 信じてくれとはいえなくて、それでも信じて欲しいと思う、この気持ちがことりに――優輝に届けばいいのにと旭は小さく唇を動かした。 月による痛みを与えながらもアンジェリカは首を振る。君を忘れないと、そう言って彼が救われるのであれば幾らだってこの身に傷を付けていい。傷つけば傷つくほどに、心に刻み込まれる物が確かにあるのだから。 「あなたのこころを助けたいの。その気持ちは、ほんとう」 『×』して―― 囁く声に混ざった優輝の想いをくみ取る様に旭がその血を貪り啜る。喉を通って、身体に溶けて。血肉に変えて生き永らえた少年を感じとる様に咀嚼して。 彼女へ向けた振り上げられた腕を撃ち抜いたリリが両手の銃を持ち帰る。神の意思を乗せた蒼き弾丸はまっすぐ進む。 「ぼくは、かみさまのもとへ、いけるの……?」 神の使徒はその言葉にぎこちなく笑みを浮かべる。天使様がいるならば、きっとお姉ちゃんみたいな人だとアリステアを見詰めた優輝は怖いよと泣きじゃくる。 残忍な行いを許せなくとも、その犠牲者に罪は無い。それをリリは、涼は、アリステアは知っていたから。 「ええ。だいじょうぶ。……だいじょうぶ」 そう、信じたいのです、と言葉を飲みこんで、銃弾を吐き出したその先へ、涼がまっすぐに走り込む。 断罪の刃は、血に濡れて、己の罪を洗い流す様なことりの涙の雨を受けて彼は唇を釣り上げた。 「斬った俺が願うのは違うのかもしれないが、せめて、来世では――」 言葉と共に振り翳した刃の意味を、彼は良く知っていたのだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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