● 賑やかなものが好きな魔法使いは、そっと国を出て小さな丘に魔法をかけた。 たちまちに、大きな木には沢山のジャックオランタンが生って入り口を眩く照らす。 地面に現れたジャックオランタンに導かれ丘の上に到ったならば、眼下に広がるのは広めの畑。 そこに立つ沢山のカカシもまた、カボチャ頭をぴかぴかと光らせていた。 穏やかな橙の光はゆらゆらと揺れて、カカシもまるで笑っているよう。 揺れてお喋りするカボチャたちを眺めた魔法使いは、楽しそうに笑って去っていった――。 そんなコンセプトで作られた、小さな丘のハロウィンパーティ。 大きな木に吊るされた大小さまざまなジャックオランタンは、入り口広場の真ん中で輝いている。 パンプキンツリーを囲むように円状に配置されているのは、魔法の国からの出張屋台。 カクテルグラスに角切りにしたコーヒーゼリーに重ねられるベリー、最後に絞った生クリームの上から深紅のソースをたらりと零せば、『ヴァンパイアナイト』と名付けられた小さなパフェ。同じように深いワイン色のゼリーと青林檎ソースで作られた『ウィッチハット』もショーケースに並ぶ。 手の平サイズのカボチャパイは笑うジャックオランタンに型抜きされ、チョコレートケーキはコウモリの形だ。 ココアの上に乗せられた気紛れなゴーストはマシュマロだから、しばらくすると姿を消してしまう。 ホワイトホットチョコレートに紫芋パウダーを混ぜたものは不思議な色合いながらも優しく甘い。 緑色のどろどろとしたほうれん草のポタージュには、竹炭を入れた真っ黒なバゲットを添えて。 美味しそうな香りの合間にお香の甘い匂いに気付いたならば辿ってみよう。 仮面の下で真っ黒な唇を笑みに変えた女が、カードで貴方を占ってくれるかもしれない。 ただ、それらの誘惑から抜けて丘から下を眺めれば――『魔法』があなたにも見えるだろう。 広い畑に光るのは、沢山のジャックオランタン。 背が高く見えるのは、カカシがかぶるもの。 ゆらゆらと揺れる光に合わせ、ジャックオランタン達はまるで動いているようにも踊っているようにも見える。上から沢山のカボチャの光を眺めてもいいし、壊しさえしなければ丘から降りて光に包まれても構わない。 小さな丘に掛けられた、カボチャ頭の一夜の夢。 あなたも覗きに行きませんか。 ● 「はい、ハッピーハロウィンでトリックオアトリート、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンです。さて、魔法の国に遊びに行きませんか?」 薄ら笑った『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)はそんなコンセプトの書かれたチラシをひらひらと振った。 三高平の郊外広場で二週間ほど開かれる『魔法の国』と銘打たれたイベント。 そのイベントの一環として、今年は小さな丘を飾りつけたのだという。 「目玉の一つが大きな木に飾り付けられた沢山のジャックオランタンですね。この樹の周りには食べ物の屋台も多く出てるので、雰囲気に浸ったり仮装を眺めたりするには良いでしょう」 隙間にも灯るジャックオランタンは、橙の光も相俟ってお祭りの雰囲気を盛り上げてくれる。 大きなカボチャの椅子に座ってお菓子を頬張るなり、占いに引っ掛かってみるなり、パンプキンツリーを眺めるなり、一人で、友人同士で、グループで思い思いに過ごせるだろう。 少し冷たい風に当たりたくなったなら、丘を上がればいい。 「普段はやや大きめの畑があるだけなんですけどね、そこにカボチャ頭のカカシとジャックオランタンをたっくさん置いてあるそうなんですよ。上から見ると皆ぼんやり光っててすごいファンタジーな感じらしいです」 手作りだというカボチャ頭は、皆それぞれ顔が違う。 火事防止の為に本物の火は使ってないけれど、ゆらゆら揺れるLEDを中に仕込んだそれらは暗闇を仄かに照らしながら笑っている。 「期間中も少しずつ増やしていくから、ハロウィンの夜は一番明るく賑やかになるそうなんです。なんでぼく一人じゃ寂しいですから、カボチャだけじゃなくて人も賑やかにしに行きませんか」 仮装も大歓迎だそうですよ。 笑って、フォーチュナは小さなジャックオランタンを机に置いた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年11月17日(月)22:41 |
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● 橙色に彩られた夜の丘。 入り口のカボチャアーチを過ぎた中心部には大きなパンプキンツリーがぴかぴか光っている。 それを取り巻く屋台の一角、各々青と赤を纏った山羊角の小悪魔達が躍り出た。 「TREAT&SWEET、一夜限りのあまい夢を見せてあげる! 少しだけ足を止めて聴いてってねぇ♪」 「さぁ、聞いてくれなきゃイタズラするわ!」 旭に続き、一呼吸して呼びかけたミュゼーヌが銃型のショルダーキーボードを奏で始める。 二人の唇から零れ出すのは甘くてカラフルな音譜に乗せたことばたち。 ジェリービーンズのようにポップで心を掴む歌声に足を止めた恋人達の手を取り、にっこり笑った旭はシフォンのプリーツを舞わせながらくるくる回る。楽しそうに笑った彼らから旭が手を離した時には、自然と二人の手は繋がれていて。 「えへへ、たのしーねっ」 微笑んで囁いた旭にミュゼーヌも感謝のウインク。常に凛々しくあるミュゼーヌにとって、可愛らしいフリルを覗かせたスカートや小悪魔的な様子はあまり柄ではないかと悩む所だったのだけれど――ハロウィンだから、きっと魔法が助けてくれる。そんな旭の呪文と重なる声が緊張を解してくれた。 「IMPISH MUSE、アナタ達のハートを撃ち抜くわよっ!」 軽やかに踊る旭と伸びやかなミュゼーヌの声に、少しずつ人垣が増えていく。 彼女らの演奏を聞きながら、糾華は辺りを見回した。 パンプキンツリーの周りには、彼女以外にも待ち合わせらしき人々がたくさんいる。 いい目印だと思ったのだが……糾華は本日MMOの友人とのオフ予定。HNしか知らない相手を探すのは容易ではない。とは言えここは三高平、知らない顔でそれらしき人を探せばいけるだろう。 念の為に到着確認も兼ねてSNSでメッセージ送信もした。後は見つけるだけだ。 ぐるりと再び見回せば、見知った顔も幾つか視界に入る。ぽちぽちと携帯の確認をしているのはユーヌだ。竜一と待ち合わせでもしているのだろうか? 「仲良しよねぇ」 普段の様子を浮かべれば、思わず口を突いて出る言葉。自分達も負けないように、と気合を入れ直すものの、さて、まずは『Une』を探さないと。 そんな左右に分かれた二人の間を通るようにしたいちるが、くしゅん、と小さなくしゃみを一つした。 とは言え彼女がくしゃみをした理由は噂という訳ではなく――。 「……む? 少し冷えてしまったか」 「ふ、ふふ、この仮装は、やっぱり、ちょっと、寒かった!」 心配そうに尋ねた睡蓮に、いちるは困ったように笑いながら両肩を抱き締めた。 「ま、まあ、その格好だと寒いだろうな」 改めて衣装を見た睡蓮が咳払いをして顔を背けたが、その耳は赤い。小柄な体ながら豊満な肢体の魅力を引き出す衣装、つまり非常にセクシーな悪魔っ娘である。 睡蓮は己の海賊コートを脱いでよければ、といちるに差し出した。 「あ、ありがとう。夏郷ちゃんは寒くない?」 「こちらは大丈夫、寒さには慣れている。……それに真柄に風邪を引いてほしくないからな」 微かに笑った睡蓮が付け加えた言葉に、今度はいちるが顔を赤らめる番。体だけではなく、心まで温かくなったようなその感覚にどきどきしながらクッキーの詰め合わせをプレゼント。 本当は、この仮装でトリックオアトリートなんて言って慌てさせようかと思っていたのだけれども。 きょとんとした後に微笑んでありがとう、と返した睡蓮が手に取ったのは、橙色のカボチャクッキー。 「実は僕も菓子を用意していたんだが、持ってくるのを忘れてしまってな……。では一口貰っ――」 「……ちなみにそれ、ひとつだけすごく辛いよ」 言葉を止めた睡蓮が目を丸くして口元を抑えるのに、トリック仕掛けた悪魔娘はくすくす笑う。 一方、占いのテントの中、竜一は壱也と共に拳を握っていた。 「誰にだって、幸せになる権利はあるはずだ。だから、これからの前途ある未来を占ってもらおうぜ!」 「これからの未来かー……」 ハロウィンもぼっちだとやさぐれ気味の壱也は遠い目。いやでも、ぼっちになるのは腐女子の宿命ではないだろうか? あひるにルア、こじりに英美……咄嗟に浮かんだ三高平市腐女子は皆彼氏持ちな気がした。目を逸らそう。壱也だって幸せになっていいはずなんだ。 「まあ、最悪、カボチャ頭と一秋のアバンチュールでもすればいいんじゃね」 「かぼちゃなんてやだよ! もっとあったかい人がいいし!!」 「もしくは、ギロギロチンチンとでもいいんじゃね」 「ギロチンさん……は……おじさんの恋人が……」 いねえ。奥地さん違う。本人がいたら全力で突っ込みそうな所だけは突っ込んでおく。 「いやでもほらさ、愛されるよりも、愛したいでしょ? マジで」 「う、うん……よ、よし! わたしに恋人はできますか!? 恋愛運を占ってください!!」 そんなやり取りにくすくす笑いながら占い師はカードを切る。 タロットカードが示したのは――ある意味アークでは最も馴染み深い『塔』。 「……うわっ……」 「……わたしは、この世の中はやっぱりホモばっかりなんだなって、そう、思うよ……」 意味する不吉は、身を以って知っている。沈む壱也に占い師は最後にこう投げ掛けた。 ――確かに良いカードではないけれど。古い意味では『自意識の解放』という側面もあるの。思い込みだけでは身を滅ぼすわ、もっと周囲に広く目を向けてみて。 言葉を受けて難しい顔をする壱也に竜一はケーキを差し出した。 「泣くなよいっちー、今はたーんとお食べ」 「な、泣いてないし……ケーキおいしいなぁ……」 視線の遠くにカボチャの光を滲ませる壱也の実りの秋は、もう暫し先の様子である。 入れ替わりで夏栖斗と入ってきたリリの顔も、些か浮かない。 夏栖斗は少し元気がなく、それを悟らせまいとする様子が更に心配だ。 「こゆのやったことないけど、リリは? 何を占う?」 「はい、ただ、あの……」 リリが心配しているのは、夏栖斗にも伝わってくる。だから笑って誤魔化した。 「僕は、まあ、この先幸せになれるかなーとかそんなふわっとしたのを占ってもらうつもり」 宜しく、と占い師に告げる夏栖斗のそれは本意ではないのだけれど、幸せになれるという占いが彼女の不安をも払ってくれるならば構わない。それは狡いことかも知れないけれど。 「どんなの出るか楽しみだなって、すげえ、雰囲気あるなあ。お姉さん、実は名のある魔術師だったりしない?」 薄ら笑って首を横に振る黒い唇の女は、そんな夏栖斗に黒い爪で一枚のカードを指し示す。 ――CAIM.終わりのない問答。分裂と痛み。真実はしばしば別れや痛みを齎すと暗示している。 幸せになれるか、という問いには答えられないと占い師は笑った。 ――其の痛みは貴方を真実に導いてくれるかも知れないけれど、真実が幸福とは限らないでしょう? 囁く声に、眉を寄せたリリの前にもカードは差し出される。 ――CIMERIES.決済の時。貴女は貴女の大切なものを守る準備をしなければならない。武力による争いも意味するけれど……失われたものを見付ける、という暗示もある。 其れは貴女にとっての幸いかしら? 笑う女に無言で頭を下げて、リリは一つ、息を吐いた。それは来るべき裁きなのか。守るのは浅ましくも願う幸福なのか。赦されてはいけない自分なのに。 難しいね、といつものように笑う夏栖斗も、もしかしたら同じような気持ちなのかも知れない。 「貴方は救われるべきです。が――ご自分でご自分を赦せないのですよね」 「……僕はね、十分皆から、リリから救われてるよ」 笑みを弱めた夏栖斗は首を振る。それさえも、願わない幸福で身を苛むという事は口を閉ざして。 「許せないのはリリも、だろ? 面倒だね、リベリスタって」 ぼんやりと、空を仰ぐ。南瓜の灯りも、喧騒も、目の前にあるのに今は遠い。 「……難しいですよね」 呟いたリリの言葉は、夜の闇に溶けていった。 頬を撫でる寒風に追われていた思い出が蘇り、傍らの腕に抱き付いたルアは背の高い彼を見上げた。 「ねえ、スケキヨさん。この前の約束覚えてる?」 「ああ。この傷か……」 伝わる温度に安堵を覚えながら口にした言葉に、スケキヨは仮面を外して答えてくれる。 嘗ては拒まれた仮面の下、痛々しいその傷を初めて見せてくれた温かい海の中で全てを受け入れると言ったから、どうか貴方の事を聞かせて欲しい。 縋るように抱きつくアリスに、気の触れた帽子屋は小さく笑って物語る。 「ボクは父の愛人の子供だったんだ」 腹違いながらも、姉兄は子供に罪はないと優しかった。けれど子供はそれを信じる事が出来ず、本当は嫌われていると思い込んでいたから――異国の血が入った自分の顔を厭ったのだ。 「この顔でなければ、皆と本当の家族になれると思って……刃物で、顔を「取ろうとした」んだ」 「……っ」 ルアが微かに手を伸ばす。皆と違うこの顔でさえなければ嫌われない。本物の家族になれる。幸いにも痛みですぐに止めはしたけれど、傷は消えずに残ってしまった。 そんな子供を、姉兄は本気で怒った。優しかった彼らの怒りは、子供が自分を傷付けた、その事だったから――彼は優しさが偽りではなく、本心からであったと気付けたのだ。 隠していたのは、傷と信じる事が出来なかった過去の自分の愚かさ。 ルアが零した涙を、スケキヨは指で拭う。 「泣かないで。ボクは嬉しいよ。本当の自分をキミに曝け出せる事が」 「……全てを曝け出すのって怖いよね。話してくれてありがとう」 「――こんなに想ってくれて有難う」 賑やかなハロウィンの音楽を遠くに聴きながら、橙色に染まった恋人達は互いを抱き締めあった。 ● 橙色に赤色南瓜、ちかちか光る灯りはとても華やかで。 「杏、ハッピーハロウィン♪」 「今年もまこにゃんと一緒でアタシは幸せよ」 死して尚、想いは消えず――そんな風体の朽ちかけた花嫁衣裳を纏った真独楽に、杏もにっこり。 去年のハロウィンは占いをしてもらったから、今年は屋台を思い切り楽しもう。 そんな杏の言葉に真独楽はベールをふわふわさせながら大きく頷いた。 「女のコとしてはやっぱり美味しいモノ食べたいよね?」 「そうね、別のものを買って分け合いましょう」 「よーし、全制覇目指そう!」 笑い合いながら、机に並べるのはパフェやゼリー、ケーキにパイ。 「まこにゃん、このケーキおいしいわよ? 食べる?」 「あっ、食べたいなぁ。ちょーだいっ」 「ふふ、あーん」 口をぱくぱくさせて見せる真独楽に、杏はフォークを差し出して。幸せそうな笑顔で頬張った真独楽は、次にパイを一口……む、辛い。ちらりと窺えば、杏はこちらの反応に気付いていない様子だ。 「杏、これとっても美味しいから、あーんしてっ」 「あーん……んっ!? 辛っ」 「えへへ、引っかかったっ♪」 「もー、まこにゃんったら、待ちなさーい!」 予想外の味にけほけほ咳き込む杏に、きゃっきゃとはしゃいで逃げ出す真独楽。とはいえ全速力ではないから、すぐにその背中には温かい感触。後ろから抱き締めて捕まえた、と言う杏をびっくりしたでしょ、と見上げる真独楽は花嫁姿でも小悪魔チック。 「杏、寒くない? 夜はこれからだし、スープで温まってまだ遊ぼっ♪」 「そうね、まこにゃんも温かいけど……夜はこれからねっ」 杏にとって、二人の関係はまだまだこれから。仲良く手を繋いで歩く先、南瓜が光を投げ掛けている。 パンプキンツリーの下、ユーヌは先程揺れた携帯の画面から目を外し、辺りを見回した。 待ち合わせ相手はネットの友人。目立つ場所のはずだが、人が多いのはいかんともしがたい。 あまり見ない顔を捜してはいるのだが――目に入るのは、見知った顔だ。 糾華などはそわそわした様子で誰かを探している様子である。 リンシード辺りと一緒に回るつもりなのだろうか、魔女の仮装が可愛らしい。 仲睦まじいのは悪くはない、そういえば待ち合わせ相手も嫁と同棲しているらしいが、少し年上だったりするのだろうか。 ぼんやりとそんな事を考える。『AtoZ』さんはまだ、見付からない。 テントに並んで入ったのは、プレインフェザーと喜平の二人。 占いに頼らなくても、互いの相性が最高なことは分かってるから――見えない二人の未来について占って貰おう。 占いとかは気にしない方だと自負する喜平は何でもないように頷いて……真剣にカードを見ていた。いやこれポーズだから。そんな言い訳をせずともプレインフェザーも喜平の手をぎゅっと握って真剣に眺めているから大丈夫そうだが。 黒い唇を吊り上げた占い師が持ち上げたカードは、鎌を抱いた骸骨姿。即ち死神。 終わりを告げるその姿は、決して良いカードには思えない。 「アアアアリエナイ、俺とフェザーに限ってこのケッカァ……」 自称占い信じない派の喜平が小さくぶつぶつ呟くが、見上げてきたプレインフェザーの顔を見て一つ深呼吸。彼女が可愛らしく、愛おしいのは変わらないから――躊躇わずにサムズアップ。 「……でも所詮は占い!!」 「そうそう。良い事だけ信じとけばイイんだよ」 何も言わずカードだけを見せて笑う占い師に勝利宣言をした彼にプレインフェザーは頷いた。 「今が悪いなら、これからどんどん《良く》出来る余地があるって事じゃん?」 プレインフェザーも喜平も、今まで全人類の破滅の《運命》さえも退けているのだ。行き先が悪い、そんな《運命》を変える事なんて二人一緒ならばこともない。 語る彼女の手を強く握り返した喜平に、占い師は笑う。 ――ごめんなさい、少し意地悪したわ。 手の平でくるりと回るカード。即ち意味は『逆位置』となる。 ――再生や新展開を表す死神の逆位置は、決して悪いものではないの。終焉ではなく、新たなる始まり。……運命を切り開く意志がある二人には、幸せな新展開が訪れるでしょうね。 二人と入れ替わるように入ってきたのは、黒い三角帽子とローブを纏った義衛郎。 「それじゃあ今年も一つ、占ってもらえますか」 時間外は魔法使いなのかしら、と笑う占い師に義衛郎は南瓜のシフォンケーキを差し出しながら考える。占って貰いたいのは――。 「恋愛運かな」 繋いでいた手の温もりが消えた喪失感は、耐え難いものがあったけれど。後ろばかりも見ていられない。占いを切っ掛けとして、少しでも良いから前向きになってみようかと。 告げる義衛郎に、占い師は少しだけ笑みを穏やかにしてカードを切る。 差し出されたのは、円環とそれらを取り巻く翼あるもの達。運命の輪。 ――禍福は糾える縄の如し。悲しみは必要だった、なんて事は言わないわ。ただ、転換を示すこのカードは再び幸運が巡ってくる事も暗示している。 輪が巡り続けるように、進み続ける事が肝要だ。或いは前を向こうという意志を以って訪れた義衛郎の未来は、既に転がり始めているのかも知れない。 占いは結果よりも、それからの行動。昨年の事を思い出し、ちょっと元気出してみるようにしますよと告げる彼に、占い師はご馳走様、と小さく笑った。 そんなテントの衝立の向こう、順番待ち中の日鍼は隣の伊吹を向く。 「うふふ、ここは風が入ってこんから寒くないな! 伊吹君は何か占いたいことはある?」 「占いたいこと、か……」 問われて伊吹の頭を過ぎったのは、『俺がどんな死を迎えるのか』。いつか別の占い師に問うた事だが、ここで繰り返す問いではあるまいと曖昧に微笑んで首を傾げた。 楽しげな日鍼の顔を曇らす事もあるまい、そうこうしている間に呼ばれて、男らしく恋愛運を、と口にする彼に小さく笑う。 「ん? 男らしない?」 「いや。……俺はオラクルカードで」 首を傾げた日鍼に占い師が示したのは、女帝の逆位置。 ――不安や焦りが禁物ね。それを恐れる余り、事を急いたり逆に優柔不断になるのはお勧めしないわ。現在の正義の正位置は均衡や安定を示しているけれど、過ぎれば己が絶対であるというこの未来に続くから注意して。 そして占い師が伊吹に切ったのは、別のカード。 ――SALEOS.新たな出会い、もしくは過去の再来を暗示するわ。無意識は貴方を安寧な方へと導こうとするかも知れないけれど、人生の先には未踏の地や果たされていない約束が残っている事を思い出せ、と告げているようね。 どう捉えるかは、貴方次第だけど。 首を傾げて笑った占い師に見送られて外に出た先、日鍼は思い切ったように足を止めた。 「……せや、伊吹君。この間言うたことな、ちゃんと本気なんよ」 結婚しよう。取り付かれた伊吹を呼び戻すために叫んだ言葉は、日鍼には冗談ではない。 男同士で結婚はできない、と一度は眉を寄せた伊吹だが、真意を悟り向き直る。 「すまない、日鍼。俺はまだ前の妻を愛している。だから、そなたの気持ちには応えられないのだ」 「……うん。大丈夫。奥さんのことが好きなところごと伊吹君が好きや。謝らんでええよ」 笑ったものの、ツリーを見に行こう、と駆け出した日鍼が泣きそうな顔で鼻を啜っていたのは気のせいではあるまい。駆け出していく先に、橙色の明りが見える。 死者が還ると言う万聖節。死者に寄り添い生きる運命である己と違い、日鍼の道行きは明るいものであればいいと――伊吹は目を細めた。 ポケットに詰め込んだお菓子たち。手にしたパンは帰り道の目印に。 ヘンゼルとグレーテルの仮装の身を包んだフラウと五月は南瓜の国へ。 「トリックオアトリート! オレのお姫様」 「うちがメイのお姫様っすか?」 うちにとっては反対って感じっすけどね。そう呟いたフラウだが、抵抗はせずに可愛いグレーテルの手を取った。 「それじゃ、うちの王子様。お手並み拝見と行くっすよ?」 身に纏うお菓子に勝るとも劣らない甘い良い香り。 「カボチャのパイを一緒に食べないか?」 「うん、ただどれもこれも美味しそうで困るっすよね?」 「沢山食べるなら二人で分け合おう。そうすればもっとたくさん食べれるぞ!」 「そうっすね。今日位多めに食べても大丈夫っすよね」 一緒に食べればいつもより美味しく感じる筈だから。フラウの言葉ににっこり笑い、五月はカボチャのパイを半分こ。温かい甘味を共にしながら、五月はアメジストの目を細めた。 今までに沢山訪れた困った事。幾度このお姫様を喪うかと不安に思った事か。それでも。 「君は何時だって傍に居てくれると思うから」 「――うん。うちは何時だってメイが望む限り一緒に居るよ。死が二人を別つ、その時まで」 今この時の様に、いつだって温もりは傍らにいてくれると信じているから。 縁起でもないかと首を傾げたフラウに、五月は首を振って細い指を差し出した。 「指きりで約束しよう。オレが君を護るよ」 「メイがうちを守ってくれるように、うちもメイを守るから」 小さく囁かれた約束は、二人の永遠。それでも感傷はほんのひと時。 微かに笑い合った二人は、再び魔法に掛けられに橙色の光へと駆け出して行った。 ● 暗闇と微かな明りに浸されながら、櫻子と櫻霞は寄り添いながら歩いている。 ハロウィンにしても仕事にしても、二人の居場所は常に共にあればその行動も読めたもの。 「寒くなったら言え。スープぐらいは準備してる」 「はあい。南瓜のランタンってなんだか面白いお顔ですね」 しゃがみ込んでじいっと見詰め合っていた櫻子がふと振り返り、ぱあっと顔を笑みに変えた。 「櫻霞様、とりっくおあとり~と~♪」 可愛らしい尻尾を揺らして告げられたその言葉だが、櫻霞には予想済み。 「勿論俺は用意してある。……が、お前は持ってきてあるのか?」 南瓜のマフィンと一緒にトリックオアトリート、と低い声で送られた言葉に、櫻子はぱちり瞬いて尻尾を垂らし――ではお菓子の代わりに、と落とされた甘いキスに顔を赤くした。 照れ隠しのように抱き付いたところで、櫻子は彼を見上げる。 「いつか私達の子供と一緒にハロウィンを楽しむ日が来るのでしょうか?」 「もう先の話か、それこそ鬼が笑うぞ?」 毎年、毎年、櫻霞と過ごしてきたイベント。いつか此処に、自分達の子供が加わる日が来るのだろうか。そう考えて、櫻子は頬を染める。そのいつかは、きっと遠くはないはずだから。 「………櫻霞様、子供は何人作りましょうか?」 「何人がいいんだろうな、個人的には2人ぐらいが良い」 事も無げに告げる彼は、いつだって優しい手付きで櫻子を慈しんでくれる。 「さて、流石に冷えてきたな、少し暖でも取らないか?」 「櫻霞様のスープ、楽しみですぅ♪」 温かいスープの入った魔法瓶を手に、それよりも温かい鼓動を秘めながら――櫻子は自分を撫でる優しい手の主に、微笑んだ。 南瓜のカカシは多くが笑顔。 やや高い位置にある吊り上がったその口は、或いは三日月にも似て。 「かぼちゃのカカシなんて、あるんだね。面白いことを考える人もいるもんだ」 「まるで夢みたいな光景だな」 あのカカシは可愛い、あのランタンは笑顔で楽しそう、そんな風に歩いていた雷音は、ふと自分を眺める快の視線に気付いて姿勢を正した。 「っとなんだか、一人ではしゃいでしまって、うん、少し大人気なかったかな」 「はしゃいでくれて、構わないよ。そんな雷音ちゃんを見てると、こっちも楽しくなるしね」 でも、少し休憩しようか。そんな事を言いながらカフェオレを差し出してくれる快は、雷音にとってはずっと年上の『大人』で、そこに届きたくてつい背伸びをしてしまう。 だから。 「ボクの呼び方……呼び捨てにしても、構わない」 雷音の言葉に、快は一度瞬いた。優しい声音は好きだけれど、子供っぽく見られたくはない。そんな気持ちを見透かされたようで、いや、好きで構わないのだけれど、と告げようとした所で快がふっと笑う。 「確かに、無意識の内に『妹分』が抜けて無かったのかもしれないね」 君は、俺の恋人なのに。 そう告げる声に今度は雷音が瞬いた所で、快の腕が彼女を引き寄せた。 「雷音」 耳元の彼の声は、優しいけれど今までに感じた事のない高鳴りを覚えさせる。 「好きだよ。これからも改めて、よろしくね」 もっと大人扱いしなくちゃね、と笑う快の顔が近かったから――雷音はぎゅっと、目を閉じた。 猫の徽章にもこもこ帽子、継ぎ接ぎ軍服を着た小さな屍兵士に寄り添うのは、涙を零す背の高い黒のゴースト。 「ハロウィンは仮装も楽しみなの」 「悪趣味が許されるのもハロウィンの醍醐味ですね」 「そうね、例えばあんな目玉の乗ったショートケーキとか?」 指差した先には魅力的な食べ物が沢山あるけれど、今宵はミカサも迷わない。 誰かを思わせる蝙蝠の形をしたチョコレートケーキと、白い泡を残しながらゆっくり蕩けていくマシュマロゴーストを手にしてテーブルへ。 「ね、ハロウィンだしお互い一口交換してみない?」 「一口と言わずどうぞ」 「あら、くれなくても悪戯はしないわよ」 これはあたしも食べたいから半分こね、と割った目玉は見た目のグロテスクさに反し、優しく甘いバニラ風味のミルクゼリー。 「はい、あーん」 「……あーん」 差し出された匙に躊躇ったのは一瞬。冷静だ。至極冷静だ。くすくす笑うエレオノーラは、そんな様子にふと思い出したように呟いた。 「そういえば初めて会ったのって、もう3年以上前よね」 依頼で一緒になって、見かけによらずもふもふが好きなんだ、という印象を覚えたのが初めてで、まさかそこからこの大きな子供の保護者を名乗る事になるなんて思っても見なかった。 微笑むエレオノーラに、ミカサも微かに口の端を上げる。俺も、夢にも思いませんでしたよ、と。 「兄の様に、父の様に、見守る存在が出来るだなんて」 三高平に来た時は、いつ死んでも良いと思っていた。こんな未来を得られるなんて、得て良いなんて考えていなかったから。 「首を切られそうになったのはご愛嬌ですが」 「……あたし、優しくない子の世話は焼かないからね?」 軽口に首を傾げて見せるエレオノーラは、ミカサの新しい家族なのかも知れない。 だからね。可愛らしい声でそう告げるエレオノーラは、確かに彼の『保護者』であるのだから。 「来年のハロウィンも一緒に行ってくれると嬉しいわ」 「そうですね、必ず」 来年の今頃、自分達もこの世界もどうなっているのかは今は想像もつかないけれど――その約束は、ミカサにとって偽りではなかった。 暗がりにひっそり佇むテント。変わった香り。誘われるように入ったうさぎは、目の前でシャッフルされるカードを見ながら瞬いた。占いは久しぶりだ。最近は年始のおみくじ程度しか引いていない。 最近は前に進もうと走ったり歩いたりする事に必死で、『立ち止まってちょっと考えてみる』事を怠っていた気がする。 結果として前に進めたかと言えば、今の状態はまるで宙ぶらりん。時には立ち止まる事も大事だったのだろう、と思い返して溜息を吐きそうになった唇を結んだ。 そんなうさぎを見詰めた占い師は、一枚のカードを前に出す。 ――RONOVE.困憊した様子、挫折や敗北から来る八つ当たりを暗示する。影の側面。それらを行えば親しい相手は離れていく……或いはあなたが其れを自覚しているのかしら。 微かに占い師は首を傾げる。 ――でもね、私はこう見るの。あなたの周りには当たるだけの親しい相手が存在するのだから、彼らに頼りなさい、と。 友情を授ける悪魔の名を冠したカード。 可愛らしい熊のぬいぐるみに胡乱な凶器を提げた仮装のうさぎは、それを見詰めながら無表情に瞬いた。 糾華がパンプキンツリーの下で時を過ごし始めて暫し。未だ『Une』は現れない。 色々な人が行き来しているから、あちらも見つけられていないのかも知れない。 けれどこのまま出会えなければ、折角用意してきた魔女の仮装も無駄になってしまうだろう。 そういえばユーヌもずっとあそこに立っているが、待ち合わせ相手が来ないのだろうか? 常時熱い竜一と常時冷えているユーヌと、二人合わせて高温だか低温だか分からない火傷をしそうなカップルなのだが、待たせるなんて珍しい――と。 「もしかして――」 歩み寄ってきたユーヌが、自分の携帯の画面を見せる。 そこには先程自分が送ったはずの文章、『AtoZ:現地なぅ。人多い><』の文字。 「……え? え?」 画面とユーヌの顔を見比べて、思わず指差す糾華に、ユーヌことうねは、こくりと何時もの無表情で頷いた。……どうやらようやく、出会えたらしい。 ある意味衝撃的な出会いを果たした二人の横を通り過ぎ、シュスタイナは隣の聖を見上げた。 「こういう賑やかな催し物は苦手な方だと思ってた。お誘いありがとう」 「最近は余り出向いてませんが、こういうイベントは昔から好きなんですよ」 まあ、聖が信じる教義的にはギリギリどころかアウトな気がしないでもないが、単純に楽しい時間を誰かと共有すると考えればアリだ。そう決めた。隣を歩くのが小さな魔女でも問題ない。大丈夫。 そんな風に考えていた聖だったが。 「鴻上さんも、気分だけどうぞ?」 「!? ……ありがとうございます」 カソックの胸元に可愛らしい手で飾られたのは、橙色に黒猫ハロウィンモチーフの小さなコサージュ。アウト度合いが上がった気もするが、これなら邪魔にならないと思うと告げる彼女の気遣いを無駄にする事の方がアウトだ。カソックで来たささやかな抵抗も放り投げろ。 そんな内心の葛藤を知るはずもないシュスタイナは、喉が渇いたと珈琲を手にしている。並んで一口嚥下した聖だが、やはり珈琲は自分で淹れた方が――。 「美味しくない訳じゃないけれど、鴻上さんに淹れて頂いた方が好みかしら」 「…………」 何でもないかのように放たれたシュスタイナの言葉に、思わず顔を逸らした。 「……そう言って貰えて光栄ですよ」 「って、なんでそっぽ向いてるの」 搾り出した言葉に訝しげに問われて、聖は心の中で何かを罵りながら一呼吸。目を瞑り、開き直って笑顔を浮かべた。 「少々照れくさかったものですから、すみません」 「……そんな事言われたら、言い出したこっちが照れくさくなるじゃない」 調子が狂うわね、とちょっと拗ねた調子で言うシュスタイナだが、その表情は気分を害したものではない。 何に対して開き直ったか分からなかった聖だが、彼女が楽しそうなら良いかと南瓜たちへ目を向ける。 橙色の光は、沢山の思いを受けながら――地面に笑顔を映し出していた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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