● 心という空に黒い太陽を仰ぎ見れば、およそ退屈などという言葉とは無縁の人生となる。人として数十年。人ならざるものとして百年と数十年――。『古きを知る者』ディディエ ・ドゥ・ディオンが朝の訪れを感謝しなかった日はない。 「戻ったか、ドゥドゥシュ」 鏡の中、窓辺に朝日を弾く銀の塊を認めて振り返ってみれば、やはりそこにはフクロウの姿に似せて作られたペリーシュ・ナイトの姿があった。 このペリーシュ・ナイトには『深淵にて知識を弄ぶもの』という字名があるが、Dはそれとは別に『ドゥドゥシュ』と名をつけ、愛情を込めて呼んでいた。『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュから初めて彼をあてがわれた時から百年以上がたっており、いまではもう己の半身と言ってもいいほどになっていた。 ディディエをDと呼び始めたのは他でもない、『黒い太陽』その人だった。お前の名前は繰り返しが多い、小生は無駄を好まぬ、と自分勝手な屁理屈で名を一文字に縮められてしまったのだ。 たぶん、主はとても気分が良かったのだろう。難しいオーダーをこなして成果を手に塔へ参上した時のことだった。孤高にあって他人を顧みることなどほぼないといってもいい、神のごとき男から微笑みを交えて弄られれば嫌と思うどころか有頂天になるというもの。事実なった。数多いる狂信者たちから一目置かれるようになったのもこの時からだ。 フクロウにドゥドゥシュと名をつけたのはちょっとした悪戯心、主にもっと構ってほしいという幼稚な甘えからだったが、残念なことに今のところ無視されている。 「それで、主はなんと」 フクロウが片足を上げて、また降ろした。顔を横に倒してぱちぱちとまばたきを繰り返す。早く服を服を着ろ、という催促だ。Dが剥き出しの肩にとまるのを嫌がるので待っているのだ。 シャツを着こむと、肩甲骨に埋められた対のアーティファクト『告死の翼』と『告命の翼』が隠れた。上着を羽織ると窓辺からフクロウが飛んできて肩にとまった。 「『聖杯』を試すために日本に塔……工房を建てるから手を尽くせ?」 いやいや、簡単に言ってくれる。『黒い太陽』の無茶振りには慣れっこのDも、これには苦笑した。 ああ、黒い太陽がこの世にある限り、世界は常に新鮮かつ刺激的で、死と隣り合わせの生が放つ活力と魅力で溢れている。 ● 「福井県で恐竜が暴れています。まず、これをなんとかしてください」 『まだまだ修行中』佐田 健一(nBNE000270)は、本題はまた別のところにある、といった感たっぷりにテーブルに集う面々へむけて言葉を放った。 案の定、リベリスタの1人が早くその次を説明しろとぼんやり茶をすするフォーチュナに迫る。 「どうやら、あの『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュが『究極研究』とやらをほぼ終えたようです。で、日本でテストしようとしているらしくて……手始めに北陸4県、新潟、富山、石川、福井を領地化してそのどこかに臨時の工房を作る――あ、これ、万華鏡の未来視じゃないです。オルクス・パラストからの情報」 健一は湯呑を置くと、巨大モニターの前に立った。 「試運転の場がなんで日本なのか。それはたぶん、アークが『ラトニャ・ル・テップ』を撃退したことが大きい、と。挑むべき神がいないのなら、その神を退けた者たちを相手にしてやろうってところですかね。『神を超える』だなんて……超えてどうしようっていうんだか。ほんと、迷惑な話で」 『黒い太陽』自身を含むペリーシュ一党が揃って欧州を出た、という情報は瞬く間に世界を駆け巡った。行先が日本と知れると同時に、ほっと胸をなでおろしたリベリスタたちとその組織を責めることはどこの誰にもできない。それほどペリーシュ一党、いや、バロック・ナイツ第一位の移動は重大事件なのだ。 「それで、ここからが万華鏡の未来視。福井県にフクロウ型のペリーシュ・ナイトを連れた『黒い太陽』の奉仕者と狂信者たちが現れたこと。彼らが何らかの力を使ってエリューション化した恐竜の骨を使役し、手始めに地元リベリスタとフィクサードたちの排除を始めたことを確認しました。余談ですが、日本で発掘された恐竜の化石の実に80%が福井県で見つかったものだそうです」 ペリーシュのこの動きを阻止する事は極めて困難だが、一般人や社会へのダメージ軽減、現地リベリスタの保護等も含めてアークが対応しなければならない仕事は非常に重大だ。 「オレが引っ掛かっているのは……なんか妙なお面をつけた奉仕者が、作戦の指揮も取らずに全部手下に任せたまま、フクロウと一緒に恐竜博物館の中で探し物をしている点です」 奉仕者が探すものの正体はまったく分からないし、現時点では万華鏡もそれを危険視していない。 というか、いくら試しても引っかからない。 「でも嫌な予感がするんですよね。彼らにそれを渡しちゃいけないような、そんな気が。とにかく、街を襲っている恐竜と狂信者たちの撃退が最優先任務ですので、そこのところ間違えないようよろしくお願いします」 ● Dは「80%」の理由を探していた。 それははるか昔、人類が歴史を刻み始めたころにはすでに石化していたために、神秘を探求する者たちの目から隠されてきたものだった。故に、Dの探索も手探り状態である。 古い、とてつもなく古い文献の中で微かにその存在について書かれているもの―― いまさらそんな化石の、それも一部を手に入れてどうするのか? 『深淵にて知識を弄ぶもの』曰く、主であれば化石からアザーバイドの肉体の一部を蘇生させることができるという。 蘇生したならば、ボトムに残した体を求めて本体が異界からやってくる可能性が高い。『混沌の神』と比べればいくぶん格落ちするが、『聖杯<ブラック・サン>』の試しに使うにはもってこいだろう。あるいはあの『黒い太陽』のことだから、番犬替わりに飼うと言いだすかもしれない。 化石が黒い太陽の熱にさらされた時、王は再びボトムにやってくる。巨大爬虫類たちを従えて。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年11月19日(水)23:20 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 九頭竜川にかかる橋の上は町から逃げて来た人や車であふれかえっていた。 「どけ! どいてくれ!」 『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)は繰り返しクラクションを鳴らした。後続の車も同じようにクラクションを鳴らし続けているが、人々はこちらを振り返ろうともしない。 『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)は手に誘導灯を持った自衛官を見つけて窓ガラスを降ろした。 「アークだ! 先を急ぐ。ここを通してくれ!」 「フツ、オレ先に行く。あっち側のおまわりさんに道を開けてさせてくれって言っておくよ」 「おまわりさんより自衛隊員のほうがいい。少なくともアークを知らない、なんて言うことはないはずだ」 「了解」 車と車の間に開いたわずかな隙を、真新しいバイクにまたがった奥州 一悟(BNE004854)が抜けていった。 「……飛んでいった方が早そうだね」 後部座席の真ん中で、シートに背を押しつけた『黒き風車と断頭台の天使』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)が呟く。 「この調子じゃ移動で相当時間を取られそう」 リベリスタたちは三高平から大型輸送ヘリで福井へ入っていた。福井空港からはそれぞれAF(アクセスファンダズム)から取りだした車やバイクでここまで来たのだが―― 「ディディエが逃げる一時間後って、どこからカウント始まるのかな?」 焦りを含んだ声で『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)がいう。 恐竜たちが暴れまわる町に戦略的価値はない。日本に拠点を築くために是非とも落とさなくてはならない場所ではないのだ。 この混乱は敵の時間稼ぎと分かり切っているだけに苛立つ。 「先に行った奥州が狂信者たちとぶつかってからだろうな。おっ?」 腕を組んで静かに座っていた『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)が、体に揺れを感じて目を開けた。 「よし! シートベルトはしっかり締めといてくれよ。飛ばすぜ!」 木蓮はアクセルを踏み込んだ。 ● 「もしかして馬鹿? まあ、助かるけど」 一悟はバイザーを下すと、黒い翼を広げて空を飛ぶマグメイガスに向かってバイクを走らせた。 すぐにでも分かると踏んでいた恐竜の姿は、意外なことに見つけられなかった。 二階建ての建物がほとんどの町であれば、少なくとも大型の恐竜はパニック映画よろしく、屋根の上にニョキリと上半身が出ているものと思っていたのだが。 道路に転がって制服の上着をめちゃくちゃに振り回す男を、髪を黄色く染めて立たせた若い男がニヤニヤ笑いながら足蹴りにしているところに出くわした。 黄泉ヶ辻だ。 「なにやってンだ、てめーっ」 振り返った黄泉ヶ辻をはねた衝撃でバイクがよろけた。なんとか転倒を免れて、50メートルほど行った先でバイクを止める。 AFにバイクを収納すると、急いで制服の男を助け起こしに行った。 「大丈夫ですか? ……て、ヤツがいねぇ。くそ、逃げられた」 バイクにはねられたぐらいで死ぬほど覚醒者はやわくない。 自分をはねたバイク乗りが覚醒者であることを瞬時にみとった黄泉ヶ辻のフィクサードは、体を起こすやいなや一目散に逃げ出していた。 騒ぎに便乗しての愉快犯。推測どおりだ。 AFを起動すると、一悟は仲間たちに連絡を入れた。 「黄泉ヶ辻のやつらはマジ後回しにしたほうがいい。やつらすぐ逃げる」 黄色頭もいまごろは仲間に連絡を入れているだろう。アークが来た、と。これからはアークに見つからないように動くはずだ。まったく、事態を厄介にしてくれる。 一悟は制服の男に逃げろというと、空にマグメイガスの姿を探した。 ――いた。 その真下には大型恐竜の背。タルボサウルスだ。 よし、と頬を叩いて気合を入れ、自分の足で走りだす。 すぐそこで地元剣林のフィクサードたちが狂信者たちと戦っている。その彼らに走る自分の姿を見せて、今年初めの駅伝を思い出してもらいたい。剣林のユニフォームを着て走ったあのアークのリベリスタ、と認められれば話が早いからだ。 はたして剣林のフィクサードたちは一悟を知っていた。 「よせ、攻撃するな。おい、バカ暁。やめろ、そいつはアークだ!」 一悟は覇界闘士らしき若い女の拳の下をかいくぐり、タルボサウルスの咢(あぎと)をぎりぎりでかわすと、腕を左右に大きく振る剣林のリーダーと思しき男に駆け寄った。 走る一悟に気をひかれて追いかけてきたデイノニクス・アンティルロプスの鼻づらを、スターサジタリが放った光の矢が撃つ。 たたらを踏んで立ち止まった恐竜に暁たちが群がった。 そこへインヤンマスターが陰陽・結界縛を仕掛けた。 巻き添えをくらって動きの鈍った暁たちを、空から狂信者が呪いの黒鎖で打ちすえる。 二人が地に倒れた。 かろうじて立っていたうちの一人、一悟に殴りかかった女の胴をデイノニクスが咥えた。 「――るか!」 一悟は足を鋭く蹴り上げて真空の刃を飛ばした。 攻撃は当ったものの、デイノニクスは女を咥えたまま伸ばして走り去っていった。 「おい、追うな。あの女はもう駄目だ。無理に助けに行って自分や他のやつを危険にさらすんじゃねえ。ひとりか?」 「……ああ。ほかは手薄な西と南へ向かった」 一悟は万華鏡で得た敵のデータと状況を剣林たちにざっと説明した。 町の西南北で、それぞれ同じ数、同じ組み合わせの敵が、あるものを得るまでの時間稼ぎ目的で暴れている。加えて黄泉ヶ辻のフィクサードが面白半分で参戦している、と。 「ん、なわけで今だけでいい。暁たちと共闘してくれねぇかな? できねぇならせめて、さっきみてぇに暁を巻き込まないで欲しい」 返事の代わりか。 リーダーの男が腕を上げると、癒しの風が暁たちに向かって吹いた。 「サンキュ――」 礼を言おうと振り向いたとたん、一悟の目はホーリーメイガスの頭に剣を振り下ろす狂信者の姿を捉えた。 考えるより先に体が動いた。 猛烈な加速で狂信者との距離を一気に詰め、オーラを纏った拳で脇腹をえぐる。そのまま勢いで黒いマントを羽織った巨躯を吹っ飛ばした。 左腕を伸ばしてホーリーメイガスを庇いながら、右の親指で己の胸をとん、と突く。 「オレが相手だ!」 ● 最初に空を飛ぶ狂信者を見つけたのは『きゅうけつおやさい』チコーリア・プンタレッラ(BNE004832)だった。 「あっち、あっちなのだ!」、と窓ガラスをバンバン叩く。 『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)は手を上げて並走する車へ「ここで分かれる」と合図を出した。 過ぎ去り際、後部座席に座った夏栖斗が二本の指を額にあてて返礼するのが見えた。 「つかまって!」 あばたは急ブレーキを踏んだ。同時にハンドルを一気に切る。 回りだした車体に強烈な横Gがかかる中、計算しつくしたタイミングでサイドブレーキを引き、逆ハンドルで方向修正する。車中であがる悲鳴にひるまずサイドブレーキを解除すると同時に、一気にクラッチを繋いでアクセル全開。見事な180度スピンターンを決めてみせた。 この間僅か。瞬きの間。 「急いで戻ります。……プンタレッラ様、中山様?」 あばたは首を伸ばしてバックミラーをのぞき込んだ。 「あはは。絶叫系のライドよりスリルあるね」 笑いながら体を起こしたのは『疾く在りし漆黒』中山 真咲(BNE004687)だ。 続いてチコーリアが体を起こした。 「ふええ。おでこをぶつけたのだ」 「大丈夫ですか?」 『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルトはシートベルトを外して腕を伸ばすと、指で優しくチコーリアの額に触れた。 少女がこくりと頷くのを見てほっと息を落とす。 「あばたさん、安全運転でお願いします」 「はい」 来た道を少し引き返して、元町交差点を左折した。 とたん、真正面から小型の恐竜が跳ねるようにして走ってきた。 「あれがデイノニクス・アンティルロプス……さすがに早いね!」 恐ろしき恐ろしいかぎ爪という意味の名を持つ恐竜は、半壊した建物の前に2メートルほど積みあがった瓦礫を軽々と飛び越えた。 あばたたちの車のすぐ前で体を左へ倒すと、駐車場に四散するカートを蹴散らしてショッピングセンターの中へ駆け込んでいく。 車は暁と思わしき武器を手にした若者たちとすれ違った。何人か、明らかに怪我をしている。暁たちは西へ向かうあばたたちの車には一切注意を払わず、瓦礫を回り込むと恐竜の後を追ってショッピングセンターの中へ入っていった。 「……4、5。暁さんたち、数がぜんぜん足りないのだ。ホリメさんはどこなのだ?」 「車を止めてください。一緒に追いましょう!」 「いや、後で。それよりも目の前の――」 「ふぉぉぉ、恐竜おっきいのだ。すっごい迫力なのだ」 辻からのそりと顔を出したのは、白亜紀の暴君と呼ばれたティラノサウルスだった。 巨体を支える太い脚は白いー建物の裏に隠されており、水平に倒された体がまるで屋根の上で寝そべっているかのように見える。 現代によみがえった暴君は何かを探しているように首をもたげ、何かを聞きとったかのように小さな黄色い目を瞬かせた。 わずかに持ち上げられた鼻面のその先に、白い翼を羽ばたかせる者がいた。 「あ、あそこにマグメが飛んでいるのだ!」 巨大な頭が白い建物の影に消えたかと思うと、いきなり空から一台の軽自動車が飛んできた。あばたたちを乗せた車のすぐ前で道路に激突した軽自動車は、ルーフをへこませて半回転し、黒い底を見せて止まった。 「恐竜が街で暴れてる! なんだか映画みたいな状況だね!」 「あの三階建ての建物と比較して、ティラノの体高は6メートルといったところでしょうか。そこから敵マグメイガスは地上30メートルを飛行中、と推測します」 ざっと恐竜の体高と敵の高度を目算してみせると、あばたは車を左へ寄せて止めた。 四人は一斉にドアを開けて外へ出た。 足音を耳にしてユーディスがAFから巨大な黄金色の槍剣を取り出し構える。 「あなた方は?」 声をかけてきたのは暁のホーリーメイガスだった。 「アークです。助けに参りました」 ユーディスは表情をわずかに緩めた。遅くなってすみません、と詫びる。 「挨拶はあと。あいつとアイツはボクたちに任せて。怪我人の手当をしに行って」と真咲。 「わかりました。すぐあとから仲間たちが来ると思います。あの、黄泉ヶ辻の――」 「知ってる」 いいから行け、と手を払う。 真咲は早くも恐竜退治に心を躍らせていた。 これまでにも巨大で恐ろしい存在――たとえばアザーバイドなどとは何度か相手にしてきたが、今度の相手は少しばかり勝手が違う。エリューションとはいえ恐竜はボトム世界に生きていた、当時最強の生き物なのだ。 時を越えてそれらと戦えるとは、なんとも楽しいことではないか。 建物の影からティラノサウルスが出て来た。足元にレイピアを持った猫耳の男が付き添っている。 牙をむくティラノの上でマグメイガスが杖を掲げた。 「大変だけど、とっても楽しそう」 杖が振り下されるよりも早く、真咲のトマホーク<スキュラ>が漆黒の唸りを上げる。 「イタダキマス!」 振り回される巨大な三日月斧から無数の斬撃が放たれた。その風切り音は聞く者にスズメバチの大群の襲撃を思わせた。 猫耳の男が恐竜の脚の影に逃げ込む。 空から無数の漆黒の鎖が飛んできた。 同時にティラノサウルスが動く。 くわっ、と剥かれた鋭い歯をユーディスが心象ブリューナクで受け止め、はじき返す。騎士の本分ここにあり。仲間を傷つけさせてなるものか。 そのすぐ後ろで、あばたが二丁の銃を構えながら呑気につぶやいた。 「神秘耐性に加えて相当体力がありそうですね。ふむ。あれを盾にされると厄介だ」 「まずはあのマグメから落としましょう。私と真咲さん、それとあちらの暁の方々でティラノサウルスを引き受けます」 ユーディスが手を向けた南の通りから、暁たちが駆け寄ってきた。さっきの一団に見られなかった覇界闘士だ。 「暁のみなさん、アークが来ましたのだ。頑張りましょうなのだ!」 声をかけながらチコーリアが魔法陣を展開する。 「お先に」 あばたの銃が火を噴いた。小さな体の左右から、万という凶弾が火の筋を引きながらマグメイガスへ向かって飛んで行く。 恐竜の下から狂信者が飛び出したかと思うと、凄まじいスピードでレイピアを繰り出し、氷刃の霧でリベリスタたちを覆った。 暁の覇界闘士たちがすぐさま反撃に打って出たが、猫耳の男はあっさりかわして再び太い脚の影に隠れる。 「いくら体力があるからって、いつまでも持つわけないよね? ネコさん、そっから燻り出してあげる」 「暁の方々、援護します――!」 真咲がハニーコムガトリングを放つ傍らで、ユーディスが天使の歌を口ずさむ。 チコーリアの頭上に命を刈り取る黒き魔力の大鎌が出現した。半月の弧を描いて禍々しき大鎌が振り下される。 ――刹那 空中でマグメイガスが白い羽を散らし、錐揉みしながら墜ちていく。 「恐れていたルーンシールドは張られていないみたいですね。では、このまま一気に撃破にかかりましょう」、とユーディスが指揮を執る。 真咲の攻撃に根を上げて吼えたティラノサウルスの口に、あばたがありったけの魔力を込めた魔弾をぶち込んだ。 さすがの巨体もこれには堪らず体をよろけさせ、そのままバランスを崩して民家の上に倒れ込む。 どうっと、塵煙が崩壊音とともに立ち昇った。 「腹ペコ恐竜の味方、永久炉のあばた食堂はいつでもおかわり自由です。――が、食ったら死ね」 盾を外されて呆然とする猫耳に男の体を、今度こそ真咲の戦斧が捉え叩き潰す。 ソードミラージュの反撃を防ぐように、炎を纏った覇界闘士たちの拳が矢継ぎ早に繰り出された。 最後に、もがき立ち上がろうとするティラノサウルスと虫の息となった狂信者たちを、チコーリアが奏でる黒の旋律が圧倒的な暴力で地獄へ送った。 「さて、残りは……ショッピングセンターへ逃げ込んだデイノニクスと、そこでウロチョロしている目障りな黄泉ヶ辻だけですか」 「お前たち、何しに来たのだ!」 黄泉ヶ辻たちはチコーリアの問いにヘラリと軽い笑いを返した。 「お手軽レベルアップのためだよーん」 「へー。じゃあ、ボクたちもラスボスとやる前にお前たちを倒してレベルアップしよう」 「真咲さん。時間がありません。ここは暁の方々に任せて私たちはデイノニクス退治に向かいましょう」 ちぇっ、と真咲が口を尖らせたのはつかの間のこと。すぐに機嫌を直すとあばたの腕を取って走り出した。 雑魚のモヒカンパンクを狩るよりも、恐竜退治のほうがずっと楽しいよね! ● 本堂伽藍は半壊して、遠目にも無残な有様になっていた。 フランシスカが六枚の翼を広げて舞い上がり、敵マグメイガスが陣取る寺院の塔を目指して飛んでいく。 「ここを頼んだ」 影継は後をフツと夏栖斗に任せると、木蓮とともに翼の影を追いかけて寺の境内へ向かった。 塔の横、木々の間にアロサウルス・フラギリスの巨体が見え隠れしていた。池の水でも飲んでいるのか、恐竜の頭は下がっていて見えない。もう一体の恐竜、デイノニクスとソードミラージュの姿は境内に入っても見当たらなかった。 どこかに潜んでいるのか、それとも―― 「ふたりで十分。なんなら一人でもいいぐらい。さっさと片づけて合流しようか」 まずはどうしても飛行能力があり、かつ超遠距離攻撃を行えるマグメイガスを最優先で倒さねばならなかった。なぜならこの戦場には、弱ったものを見つけては敵味方区別なく狩って回る馬鹿者どもがいるからだ。ちょうどリベリスタたちの目の前で腕を肘の先から失った女と、はらわたを飛び出させた男を囲んでいたぶっている3人組のように。 あれはいまも国内に残るフィクサード集団、黄泉ヶ辻。その末端の構成員が混乱に乗じて好き勝手、殺したい放題していた。黒い太陽の狂信者はもちろん、ヤツらも漏らさず討ち取らなくてはならない。 門前で二手に分かれたのはそのためだ。 暗黄色にかすむ景色の中、踊る火を背にしたフツは長槍の石突でアスファルトを強く打った。遊環が輪の中で跳ねてぶつかりあい、シャンシャクと、凛として魔を退ける音をたてる。 「アークの焦燥院フツだ! 暁、助太刀にきたぜ!」 言葉とともにフツが投げたのは大傷痍の式符。呻く男の腹で黄金色の光を発して燃え上がれば、たちまちのうちに傷が癒えていく。 「足をどけろ!」 夏栖斗が固めた拳を振りぬいた。 分厚いゴムの靴底で女の顔を踏むスキンヘッドの男を一風襲撃、抜け跡に血の花びらを散らす。 「おー怖いコワイ。正義の味方のお出ましだぁ」 耳に大きなピアスリングをつけた黄泉ヶ辻が、ふひゃっひゃと欠けた前歯の隙間から笑い声を吹き出す。 虚ロ仇花をモロにうけた仲間が血を流しつつ後頭部から固いアスファルトへ倒れても、彼らにはこれといって感じるものはないらしい。 助け起こす素振りすら見せず、残ったふたりで楽しそうに笑い合う。 「おおっと、どこ行こうっていうんだよ?」 ピアスリングの男が、フツの癒しを受けて立ちあがった暁の顔を手斧で叩き割った。 「はい、15点ゲット。オレちゃん、これでトータル173点だよ~ん」 「そこのハーフ、お前15点ね。ここに来るまでに倒したのはノーカン。あ、恐竜は小さいのが20で大きい方が50ってことでヨロシク」 黄泉ヶ辻にとっては人殺しもただのゲーム。覚醒者1人15点、一般人5点、犬猫1点と決めて、スコアを競い合っていると言った。 夏栖斗は黄泉ヶ辻の1人を倒したので15点、ということらしい。 「く……外道が」 隙を見て黄泉ヶ辻たちから逃げて来た片腕の女を夏栖斗が保護する。 「大丈夫、もう心配ないよ。みんなで一緒に戦おう。ほかの暁たちはどこに?」 他の暁たちの無事も気になるが、ここに姿の見えない狂信者の片割れとデイノニクスのことも気になった。 フツは、はっとして当たりを見渡した。千里眼を用いて辺りを精査する。 明らかに実力差があるにも関わらず、自分たちの姿を見ても黄泉ヶ辻たちは逃げようとしない。 なぜだ。なぜ危険を承知でとどまっている――? 「御厨、上!!」 フツが叫ぶのと、夏栖斗たちが拳を突き上げたのはほぼ同時だった。 瓦屋根から飛び降りて来たデイノニクスの腹に無数の拳が撃ち込まれる。 身をよじらせつつも倒れず着地したデイノニクスの背の上から、今度は霧状に広がる冷たく鋭い氷の欠片が撃ち放たれた。 「くそ黄泉ヶ辻、狂信者と手を結んだか?!」 怒るフツの肩から暗い紫煙が立ち昇り、頭上に大呪の証を描いた。呪念が質量を持って 鞭のように長く伸び、狂信者たちを打ち縛る。 ぎりぎりと体を締め上げる呪念を解こうと、恐竜が咥えていた覚醒者の死体をフツに投げつけた。 まだぬくもりを微かに残す骸を抱き留め、膝を崩すフツ。 身動きままならなくなったフツへピアスリングの男が手斧を投げつける。 「うおらぁぁぁっ!」 刃が袈裟を切り裂き、肉を断とうとした寸前に、夏栖斗の蹴り放った衝撃波が手斧を消し飛ばした。 今度は恐竜を回頭させた狂信者が、夏栖斗の背後で剣を振り上げる。 ――と、いきなり狂信者が恐竜の背から落ちた。 「おお、暁! 助かったぜ」 炎を上げる建物の角から、男女5人の覚醒者が飛び出してきた。全員ボロボロだ。それでも武器を構えて戦う意思を見せている。 「生き残ったのは六人か。ごめん、ボクたちがもっと早く来ていたら」 「ううん。アイツらの罠にはまったアタイたちが馬鹿だっただけ。黄泉ヶ辻の連中、アークだ、助けに来たって近づいてきて……先に聞いていたから、アークが来ているって」 信じて油断したところで背後から黄泉ヶ辻に襲われ、デイノニクスに騎乗した狂信者が横から突っ込んできたと片腕の女がいう。 あとは混乱してばらけたところに上空からマグメイガスが、地上をアロサウルスに追われて市街地からここまで逃げて来たらしい。 「え~、全然アークっぽくない。めっさ悪党面じゃん、あいつら。上品なボクたちと……って、いない!」 暁が現れたことで形勢不利と見て、黄泉ヶ辻は逃げ出していた。 狂信者が立ち上がり、再びデイノニクスの背にまたがった。 「暁は、わるいけど傷の手当は後だ。いますぐ逃げた黄泉ヶ辻を追ってくれ。ここはオレと御厨のふたりで片づける」 「……実際に動いてる恐竜かぁ、浪漫あるよな。もっと別の機会で拝みたかったぜ」 木蓮はすん、と鼻をすすった。鼻先まで下がったメガネを指で押し上げる。 崩れた塀の上に乗って市街地の方を見渡すと、いたる所で黒煙が上がっていた。風にのってここまでプラスチックや、生ごみ、ガソリンなどが燃えて混じりあった強い異臭が漂ってくる。この粘膜を刺激する臭いのせいで、せっかく重ねた集中が乱されそうだ。 それはそうと、と木蓮は手をかざした額を塔へ向けた。 「ダメだ、遠い。やっぱ、ここからじゃ届かないぜ。やっぱ塔に上るしかない」 木蓮は狼のシルエットが入ったガンケースを担ぎなおすと塀から飛び降りた。 「そうか。じゃあ、アロサウルスが塔を壊さないように俺がおとりになろう」 影継はAFを起動した。塔の上空で敵マグメイガスとつかず離れずの距離で戦うフランシスカに連絡を取る。 「今から草臥が塔に上る。なんとかマグメイガスを草臥が狙える位置まで誘導してくれ」 <オッケー。木蓮、位置についたらまた連絡してね。こいつ、マグスメッシス使ってくるからなかなか近づけなくて……来てくれたら助かる> 思っていた通りだ。 影継は通信を終えると木蓮に頷いて見せた。 「この分じゃ、ルーンシールドも張っているかもな」 「関係ねぇ。俺様もフランシスカも物理一本だ。しっかり仕留めてやるぜ」 そうだった、と苦笑する。 「それより、そっちこそ一人で無理すんな。やばくなったらフツたちと合流しろよ」 「ああ、そうしよう」 拳をぶつけてエールを送りあうと、ふたりは己の役目を果たすべく別れた。 振り返ったアロサウルスは顎から池の水を滴り落としながら、大きなあくびをした。続けてくしゃみ。 影継は6メートルの高さから降り注ぐ、塊のような水をモロに浴びてしまった。手で濡れた顔をゆっくりとぬぐう。 「――くそ。やってくれるじゃないか」 影継はAFから殲滅式四十七粍速射砲を取りだした。肩に担いで腰を落とす。 丹田に意識を集中して力を集め、鬼神のごとき戦気を練り上げて体に纏った。 殺気に反応してアロサウルスが吼えた。 「お返しだ」 鼓膜を震わせる大音声に顔をしかめつつも狙いを定めた。的は巨体を支える太い脚。 恐竜に利き足という概念があるかは知らないが、こちらへ向かって踏み出した一歩がたぶんそうなのだろう。怒らせて気を自分に引きつけるだけでなく、でることならこの場で恐竜の機動力を奪ってしまいたい。 アロサウルスの骨を断ち砕く巨大な牙がずらりと並んだ口が開かれた。影継を喰らおうとして更に一歩、前に踏み出す。 右足が後ろへ送られたその時、肩に担がれた対戦車砲から業火が吐き出された。 120%の高い魔力を込められた砲弾は、暗いメタリックカラーの皮膚を突き破り、肉を焼いて飛び散らせた。着弾の勢いで後ろ脚が払われて、バランスを崩した巨体が躓き前へ倒れ込む。 間一髪。 影継は突っ込んできた恐竜の鼻先を横へ飛んでかわした。転がった先で木の幹にぶつかった。体を起こして対戦車砲を構え直す。 「――おおっ?!」 太い木の幹が影継の頭のすぐ上で噛みちぎられた。ぱらぱらと木くずが落ちてくる。 アロサウルスは立ち上がると、咥えていた木を振り投げた。 「ふっ。さすがにタフだな」 恐竜の右足へ目を向けると、肉が多少削げている程度で骨は全く見えていなかった。でかい図体は伊達じゃない、ということか。 あの傷から判断して、このまま押して恐竜を倒すことは可能だろう。だが、ここで力を使いきるのは拙い。まだ他に戦わなくてはならない敵を残している。 もう一発、右足の傷に向けて撃った。障害物の多いところを時速60キロで追われては逃げきれないからだ。全速力を出せなくしておく必要があった。 影継を見据えた黄色い目の中で、瞳孔が縦にすっと細くなった。恐竜が鼻から熱い息を吹き出す。 「怒ったか? いいぞ。さあ、かかってこい!」 影継はフツたちのいる寺の門前へ向かって走った。 寺の駐車場にたどり着くと、ちょうど夏栖斗が狂信者らしき男にトドメを刺しているところだった。フツの傍には小型の恐竜が倒れている。その場に立っているのは2人だけだ。襲われていた暁たちの姿は見当たらなかった。 「うわっ、フッくん! 影継がでかいのを連れて来た! ……あれ、木蓮たちは?」 「すまん。木蓮たちはマグメとやって――ああ、くそっ!」 駐車場に残された自動車を、アロサウルスが尾で払い飛ばしてきた。 影継たちの真上を白い自動車が飛んで行った。 「焦燥院をメインに攻撃体制を組もう。俺は後ろからハニコで援護する。それはそうと暁たちはどうした?」 フツが顔を曇らせる。 「男のほうは助けられなかった。助けた女性はほかの暁たちと一緒に逃げた黄泉ヶ辻を追ってもらっている」 「そうか……。時間がない。急いでここを片づけて博物館へ行くぞ」 影継がアロサウルスを引きつけて駐車場へたどり着いた頃、木蓮は塔の最上階でケースからライフルを取り出していた。 肘で木窓を乱暴に開け放ち、窓枠にモルぐるみ型のAFを置く。そこから少し離したところへ銃身を預けてライフルを構えた。 「お待たせ、フランシスカ。準備できたぜ。俺様は塔の最上階、山側の窓にいる。マグメを連れてきてくれ」 しばらくして親指大のフランシスカが上から降りて来た。木蓮の視界の中を右から左へゆっくりと下降しながら流れていく。 やっとマグメイガスの姿が見えた。 木蓮はマグメイガスの軌道を予測して銃口を慎重にずらした。 フランシスカは相手の長遠距離攻撃が届くギリギリの範囲を出入りしながら、根気よく木蓮が銃を構え待つ窓まで誘導した。 (こういうまどろっこしいの、好きじゃないんだけど) 猪突猛進。お嬢様然とした見かけとは裏腹で、フランシスカは武闘派である。本来、小細工は苦手だった。相手の攻撃を喰らおうが構わず一直線に飛んで行ってぶちのめしたい。それを我慢するのは、まだ後に飛竜という空中戦の相手を残しているからだ。 木蓮が一発当ててくれれば隙ができる。そうなれば一気に距離を詰めて、こちらの攻撃範囲で殴りかかれるだろう。そうなったら―― 「ボッコボコにしてあげる」 フランシスカは追っ手を振り返った。 にっと笑って拳を固めた刹那、タンッタンッと銃声が響き、マグメイガスの体の側面で血が飛び散った。 <いまだ! 行け、フランシスカ!> マグメイガスが落ちながらフランシスカへ向けて杖を構える。 「無駄!」 風を切るフランシスカの六枚羽から黒のオーラが迸り、漆黒の矢となって撃ち放たれた。 塔の窓から木蓮も追撃する。 杖が砕け散った。マグメイガスは身にまとったマントも、背の翼もボロボロだ。飛ぶ力を失って落ちていく。 さすがスカイランナー。フランシスカは加速すると、あっという間に落下するマグメイガスに追いた。 フランシスカの姿に死に神を重ね見て、狂信者の目が恐怖で大きく開かれる。 「お待たせ。お詫びにとっておき、本物の悪夢を見せてあげるよ」 魔閃光――あらゆる悪夢の極彩色を帯びた拳が、マグメイガスの胸を貫いた。 <やったな!> 地面すれすれ。翼で空気を叩きつけるようにして体を浮かせると、フランシスカは再び空へ上がった。 見上げた塔の窓辺に、親指をたてて笑う木蓮の姿があった。 ● Dはアークを軽んじてはいなかった。 アークのリベリスタたちとは幾度か交戦しており、経験から彼らが思いのほかタフで執念深く、その上機知に富んでいることを知っているのだ。 確かに、黒い太陽からして見れば一人ひとりは取るに足りない、虫けらのような存在だろう。だが、そのかわりに彼らは仲間と協力し、個の弱さを集団でカバーする。 それがなかなか侮れない力であればこそ、主の意向にそぐわぬと分かっていながら万華鏡の予知妨害作戦を立てて指揮し、危険を承知で実行したのだ。 あの魔女ごときにも簡単にできること、と主は言った。が、さすがにバロックナイツの一角を占めるあの女と自分とでは実力が違いすぎる。作戦は成功したが、アークの初動を遅らせる程度にしかならなかった。 「だから、念には念を入れたのだが……。そうか、町に放った連中はもう全滅したか。役立たずどもめ」 大ホールの丸屋根の上で飛竜たちが騒いでいた。 博物館は見晴らしの良い場所に建っており、銀色の大ホールは博物館へ続く道路を入ってすぐ、かなり先から見ることができる。 いま、飛竜たちが騒ぎ出したということは、あと10分ほどでリベリスタたちがここへやって来るだろう。 「ドゥドゥシュ、ここはいい。残す区画もあとわずかだ。……行ってくれ」 この町に戦略的価値はない。欲しいのはミラーミスがこの世界に残していった遺物だ。 相棒たるペリーシュ・ナイトが転移して5分後、Dはようやく目的のものを探し当てた。 ● 3つに分かれた班のうち、グルーブ先に恐竜博物館へ向かったのは一悟だった。 逃げた黄泉ヶ辻の追討と市民の救助支援を、剣林と暁の両方に託すと、バイクに乗って博物館のある長尾山総合公園を目指した。 群町の交差点を抜けてすぐ、前方に木々の上につきだした銀色のドームが見えた。その上に四体の飛竜が舞っている。 越前和紙で作られたTレックスの像を過ぎたあたりで、飛竜にこちらの存在に気づかれ騒がれ出した。ギャーギャーと耳障りな鳴き声が、ヘルメットをかぶった耳にも聞こえる。 少し走ってから一悟はバイクを止め、AFを起動して仲間に連絡を入れた。 「ごめん、みんな。敵に気づかれちまった」 すぐにユーディスから返信があった。 <一悟さん、今どこですか?> 「恐竜博物館に向かう坂の手前。かなり遠くから丸見えだぜ。たぶん、Dにもこいつらの鳴き声が聞こえているだろうな」 <こちらはたった今、261号線に入りました。おそらく到着まで――2分とあばたさんは言っています> <奥州、斜堂だ。こっちはいまから向かう。エーレンフェルトたちと合流したら、先に飛竜を撃退――> 途中で割り込みがかかった。AFから木蓮の声。 <おう、一悟。俺様が車を飛ばして5分で行くからな! 無理すんな> 通信を切った一悟の横を四輪駆動のバンが猛スピードで通り過ぎていった。――と、急ブレーキがかけられ車体が横滑りする。一旦停止した状態から動き出し、今度はゆっくりしたスピードで一悟のところまで戻ってきた。 ガラスを降ろした窓に肘を乗せ、あばたがバンから顔をだした。横の助手席に目をやると、ユーディスが胸でシートベルトを握りしめていた。そのうしろで、真咲とチコーリアが額を手でおさえながらアハアハ笑っている。 「お待たせしました。行きましょう」 「だ、大丈夫か……」 「問題ありません」 「いや、あばたさんじゃなくて――や、いいや。行こうぜ。時間がねぇ」 ヘアピンカーブを上がって博物館の駐車場に入ったとたん、2体の飛竜が滑空しながら近づいてきた。 乗りものを捨て、走りながら博物館入口を目指す。 「あっちの二匹は遠くて無理なのだ」 「無理をして倒す必要はありません。近づいてきたヤツを仕留めましょう」 初手は真咲。二体をまとめてハニーコムガトリングで迎え撃つ。 「一悟さん、怪我はありませんか?」 「大丈夫。剣林のホリメにばっちり回復してもらった」 「では、私も攻撃に専念いたしましょう」 ユーディスが輝き放つ槍で飛竜を貫けば、一悟も負けずに長いくちばしに炎の拳を叩き込んだ。 翼をバタバタさせながらもがく恐竜をチコーリアの黒い濁流が飲み込む。 尽きぬEPをフルに活用して、あばたが己の究極技をさく裂させた。 「へえ。まだ動けるんだ。じゃあ、もっと遊ぼう!」 真咲はケツァルコアトルス一体の後ろへ素早く回り込むと、広げられた大きな翼に幻影剣を撃ち込んだ。 翼をボロボロにされて飛び立てなくなった仲間を見捨てて、もう一体のケツァルコアトルスが空へ逃げる。 その飛竜の真上に黒い影が落ちた。 「はぁい、応援に来たよ。それじゃいっちょ頑張りましょうか」 フランシスカは空に留まま、暗黒のオーラを放った。 「ほい。もう一丁」 ユーディスと一悟の間を強引に通り抜けて、翼をうしなった飛竜と距離を詰めた夏栖斗が無双の連続攻撃を叩き込む。 木蓮が落ちてきた飛竜の頭を狙い撃った。 「うぉおっ?!!」 いつの間にか、銀のドーム屋根に残っていた飛竜が一体、飛んできていた。リベリスタたちを怪音の衝撃波が襲う。 影継が対戦車砲で新手を退けた。 地にはいつくばる飛竜が苦し紛れに嘴をつき出し、その鋭い先で夏栖斗の腹を突いた。 フツが式符を飛ばして傷を癒す。 「エーレンフェルト、回復してくれ。いまので打ち止めだ」 真咲が再度、ハニーコムガトリングを放って地上の恐竜を仕留めた。 一悟が逃げる飛竜に向けて真空刃を蹴り飛ばす。 「くそ、外れた!」 チコーリアと木蓮が追撃をかけたが撃ち落とせなかった。かなり弱らせはしたが、まだ生きている。 追いかけようとしたフランシスカを影継が止めた。 「もういい。2体仕留めた。上出来だ。中へ入るぞ。焦燥院?」 ユーディスが天使の歌をうたう傍らで、フツは今一度、千里眼を用いてDの位置を探っていた。 「見つけた。地下2階にいる。ホールの方へ歩いて行くぞ」 実際にDがいる位置は1階だった。だが、3階部分の高さにある駐車場からは、Dのいる位置が地下に見えてしまう。 「なんだっていいよ。1階でも地下2階でも。Dのいるところがちゃんと分かれば」と夏栖斗。 「それにしてもムカつくぜ。俺様たちが来ていることを知っていて、呑気に歩いて展示物見学か? 余裕かましやがって」 「佐田さんが予知したタイムリミットまであと3分弱……奴の余裕も無理はねぇ」 「大変、急ぐのだ!」 リベリスタたちは一斉に駆けだした。 「例のもの、ドラゴンの体の一部だとわたしは推測しますが、Dはそれを見つけたのでしょうか?」 ドームの上で翼を畳む2体の飛竜を睨み付けながら、あばたが影継に問いかけた。 「さあな。本人に聞いてみるといい」 ● ちょうど、先陣を切ったフランシスカが博物館の入口をくぐり抜けた頃、ドームの上で待機していた銀のフクロウ――ペリーシュ・ナイトが飛竜たちの足元で片翼を広げて転送の準備に入った。 ● 「D……ディディエか。チェコでの借りは白バラの祈りの分も纏めて返してやるぜ」 「はて。名乗った覚えがないが。わたしの名をどこで知った?」 影継に声をかけられて振り返った男は、いまや見慣れたペスト医者のマスクをつけて巨大な骨格標本を背に立っていた。 ドームの最奥だ。背後を壁に、前をリベリスタたちに立ち塞がれて尚、『黒い太陽』の奉仕者は余裕を崩さなかった。 「万華鏡はなんでも御見通しなんだよ。てか、いつも連れているフクロウはどこ?」 「ドウドウシュのことか、エロガキども?」 「エロいのは一悟だけ。ボクはエロくない!」 Dが背負った大剣の柄に手を伸ばした。 「この人数相手に一人でやろうっていうの? 変態の狂信者とその中でも一目置かれる奴って聞いているけど……確かに狂っているわね」とフランシスカ。 Dの背中から、黒く大きな刃がゆっくりと取りだされた。 「しっかしまあ、あんな変態のどこかいいんだか」 『黒い太陽』に忠誠を尽くす気が知れないと零す。 一悟も頷きながら、 「そうだ、黒い太陽のどこがいいんだ? ヤツについてても報われねーぜ、絶対」 思い出したように、「あ、飴ありがとう」、と続ける。 マスクの中でDが笑い声を上げた。 「変態か。まあ、たしかに。主はつきあいやすいお人ではないな。お世辞にも性格がいいとは言えん。およそ自分勝手で我がまま。傲岸不遜。他人の存在など露程も気にする方ではない。だが――」 凄まじい勢いで剣が薙ぎ払われた。不意に出された一撃であれば、臍のあたりですっぱりと体を断ち切られていたかもしれない。 しかし、あまりにも分かりやすい前動作に、リベリスタたちは難なく、ある者は飛んで、ある者は身を屈めて斬撃をかわした。 後ろで柱が叩き折られ、2階フロアが音をたてて下へ崩れ落ちる。 「だが、なんだ? そこまで言い切るヤツからどんな見返りがあるという?」 「勘違いするな。わたしはあの方から見返りなど求めておらん。こちらが勝手に惚れて尽くしているだけこと」 「へぇ、惚れた相手の悪口いっちゃっていいの? 黒い太陽はあんたのご主人様なんでしょ。聞かれたらまずいんじゃない?」 フランシスカに続けて真咲がDに仕掛ける。 本来は先に転送能力を持つフクロウから倒すはずだったが、この場に姿が見当たらないのであれば仕方がない。 フツと影継の援護射撃を受けて、夏栖斗がDに肉薄する。真後ろから一悟も来ていた。 「あったことないけど、心狭そうだよね『黒い太陽』って。人の意見なんて聞かなさそう!」 夏栖斗、渾身の一撃をDは盾にした大剣で受け止めた。 拳を受けたまま剣を回して夏栖斗を後ろへ流すと、やはり拳をつきだした一悟の腹をけり上げ、軽々と飛ばした。 「それは間違いだ。あの方はちゃんと聞く耳を持っておられる」 「嘘なのだ。そうに決まっているのだ!」 離れたところからチコーリアがマグスメッシスをDに撃った。 「なぜそう思う? 『黒い太陽』を自分の中に確固たる芯がない、そこらの偽物どもと一緒にするな。あの方は本物だ。己に対する絶対の自信とそれを裏付ける実力、神をも嫉妬させる才能があればこそ、外野の批判など恐れる必要がない。それが有意義で建設的な意見ならば、他人の意見もきちんとくみ取ることができる! ……まあ、たまに無視されるが」 やっぱり自分勝手なやつじゃないか、とフツが呆れたように呟く。 「それで、ご主人様への貢物は見つかったのか?」 「ああ。ここにあるぞ」 Dは黒いマントをはだけて、上着の前を開くと懐から大きな鱗がびっしりとついた石のようなものを取りだした。 「後学のためにそれが何なのか教えていただけませんか」 言いながらあばたが銃を構えたところへ、突然、ドーム内に飛竜2体が現れた。少し離れたところで、銀の小さな翼が館内の光を弾いて煌めく。 「くそ! やっぱりそうきたか!」 木蓮はライフルを構えるとフクロウを狙った。 あばたも狙いを上に修正して、サイレントデスを撃つ。 怪音を発しながら飛びまわるケツァルコアトルスの翼をフツの魔縛鞭が激しく打ち据え、影継が殲滅式四十七粍速射砲の高い連射速度と低反動をフル活用しての蜂の巣攻撃を行った。 化石の骨が砕けて飛び散り、展示パネルがはね飛ばされて空を舞う。壊れた照明から火花が飛び散り、大小無数の鋭い破片が敵も味方も区別なく降り注がれる。 ユーディスが最後に残った力ありったけを込めて癒しの歌を丸天井に響かせる。 「フクロウだ!! 全員でフクロウを狙い打て!!」 「させるか!」 Dの背中に黒い片翼があらわれた。黒死病の黒き波動が空間を歪ませながらドームいっぱいに広がっていく。 リベリスタたちは全身から血を流しつつも、痛みを無視してフクロウを撃った。 翼を片方もがれたペリーシュ・ナイトの小さな体が、くるくると回りながら落ちていく。 「ドゥドゥシュ!!」 それはまぎれもない悲鳴だった。 Dの背中にもう1つ、今度は白い翼があらわれた。 (まさか! フェイトを、いや命を捨てて機械人形を助ける気か?!) フツは驚愕の思いでフクロウに向かって駆けしたDを見つめた。そのフツを横手からケツァルコアトルスの嘴が襲う。 「くっ……まだ、まだ遊び足りない! もっと遊ばせてよ!」 真咲はかろうじて立ち上がると、まだ生きて動くケツァルコアトルスへ戦斧を振るった。フツの頭をくわえこむ寸前に、殺陣・斬劇空間が決まり、嘴が根元から切り落とされる。 フランシスカと木蓮が最後の一撃を持ってケツァルコアトルスを沈めた。 Dはフクロウの手前で足を止めた。手にした大剣が、両の肩が細かく震えている。足元にペスト医者のマスクが落とされた。 「すまない、ドゥドゥ……使えない。これは…わたしの命はあの方のもの。使えない……」 ならば、この場で仇をうってやろう。 Dが振り返った刹那、その後ろで大気を揺るがす咆哮とともに目をくらませるまばゆい光が迸った。 歪曲運命黙示録。 すべてを白く塗りつぶして、黒い不吉な結末を追い払う逆転の光。 「――がっ!!」 光が薄れ、色を取り戻しかけた景色のなかにリベリスタたちが見たのはDの仰け反る姿。 そして―― 咲き乱れ、光を放ちながら散る己の運命を紅蓮の炎に変えて、一悟の拳がDの左の肩甲骨を埋め込まれたアーティファクトごと叩き潰していた。 Dの背中で白い翼が粉々に砕け散る。 「ここでヤラレルわけにはいかねぇんだ。オレには……守らなきゃなんねぇ人たちがいる。黒い太陽の好き勝手にさせるかよ!」 「き、貴様っ」 柄を握った手に力を込めると、Dは振り向きざまに一悟の体に大剣を打ちおろした。 身に深く食い込んだ黒い大剣を包み込みながら、真っ赤な血が火柱のごとく一悟の肩から吹き上がる。 剣は止まらず、そのまま一悟の体を裂いていく。 「「奥州っ!!」」 フツが大傷痍の式符を飛ばし、影継と夏栖斗が一悟の元へ走った。 動きに気付いたDが黒い翼を広げ―― 「動いている! 気をつけろ、フクロウはまだ生きているぞ!」 木蓮の叫びに誰よりも早く反応したのはD。 一悟の体から剣を引き抜くと、嘴を使って床を懸命に這い進む友の元へ駆けだした。 フクロウが残った翼を広げて伸ばす。 Dの指先が銀の羽へ伸ばされる。 「くっ、間に合うか!」 あばたの二丁銃が爆音とともにあまたの魔弾を吐き出した。 倒れた一悟を影継にまかせ、Dに追いすがった夏栖斗の拳から死の花びら吹き出す。 「間に合え、なのだ!!」 チコーリアが黒い葬操曲を奏でた。 光と炎と暗黒と。 ドームが揺れ、壁が吹き飛ばされた。 ● Dもフクロウも瓦礫の下にいなかった。 「逃げられた、か」 影継は空を仰いだ。 一悟はかろうじて生きている。が、いまだに意識が戻らない。血を大量に失った体は青白く、脈を取るのも苦労するほど鼓動が弱っている。 フツの回復がなかったら間違いなく死んでいただろう。 「さきほど暁から連絡が入りました。黄泉ヶ辻九名中、まだ二名が逃げ回っているそうです」 「……動ける者は?」 木蓮と真咲が手を上げた。やや遅れてチコーリア、フランシスカが手をあげる。 「カラッカラだけどな。黄泉のヘタレ相手ならまだ戦えるぜ」 「わたしは問題ありません。永久炉でほぼ回復しています」 バタバタと空気を叩いてヘリがやってきた。 駐車場に着陸すると同時に後ろのハッチが開き、担架を持ったアークの後方支援隊が駆けだしてきた。 「すまん。俺たちは奥州と一緒に先に戻る」 「お任せください。引き受けた仕事はきっちりやり遂げます」 愛車へ向かって歩きだしたあばただったが、ふいに足を止めた。振り返って、ヘリへ向かう影継の背に声をかける。 「そうそう。Dが持っていった物――やっぱりドラゴンの一部だと思います。黒い大蛇。ヒッタイトに元を発する神話の生き物、ヒュドラでしょう。日本での呼び名はヤマタノオロチ。つい今しがた、検索に九頭竜川の伝説がヒットしまして」 あばたはラプラース――ノートパソコンを持ち上げてみせた。 影継は手を上げただけで何も言わず、フツと夏栖斗が待っているヘリへ向かった。 「ま、もっと早くに分かっていたとしても、持ち帰りは阻止できなかったでしょうけどね」 「『黒い太陽』がそれを使って何かしでかさないことを祈りましょう」 肩をすくめたあばたの横で、ユーディスが手を振って飛び上がったヘリを見送った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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