●ASC財団による機密文書より ASC-2006 - Happy Child(ハッピーチャイルド) Object class:Euclid 取り扱い方:ASC-2006はサイト118の気密収容室に収容されます。ASC-2006はカメラによる一方的な監視のみとし、実験には上級研究員五人以上の承認を必要とします。ASC-2006との接触および監視には必ずDクラス職員を介して行なってください。 ASC-2006が行なったメッセージ性のある行動は全て記録されます。この記録を閲覧する際には前後にCクラス記憶処理を施してください。 概要:ASC-2006はコンマ1ミリ程度のマイクロチップです。ASC-2006は10歳前後の男性フィクサードの脳機能に代替する形で存在しています(※フィクサードについての説明はホワイト博士の『フェイト理論』を参照してください)。ASC-2006を内包した被験者は2~5時間かけて骨格を変化させ、7時間後には遺伝子細胞まで含めて完全にASC-2006-1へと変化します。ASC-2006-1は全て同個体であり、あらゆる身体機能および構造が酷似しています。 ASC-2006-1と変化した被験者は使用可能なあらゆるコミュニケーション手段を用いて他者との接触を試みます。この接触を受けた対象はASC-2006-1に対して非常に好意的な態度をとり、コミュニケーションを継続しようとします。 対象は、手段によりますが最短で2時間、最長で1週間で精神的不調を訴え、それから1時間程度で急速に自殺行為に出ようとします。自殺の手段は自身が死亡するものならなんでもよく、手近にあったものを利用して行ないます。このとき対象は強烈な強迫観念と自己意識をもっており、あらゆる妨害を無視して死亡しようとします。 こうして死亡した対象は死体のままアンデッド化し、ASC-2006-2となります。 現在ASC-2006-1は三体確認されており、そのうち二体は日本のリベリスタ組織アークによって破壊されています。 ASC-2006-1に対してリーディングスキルによる実験を行ないましたが、いずれも被験者は強い自殺衝動にかられ、3分以内に死亡しています。 ASC-2006に対して魔術的実験を行ないましたが、研究者が実験開始から2時間後にASC-2006-2を書き加えるなどして改ざんをはたらきました。以降実験は中止されています。 ASC-2006-A ■■年■月■日、ASC-2006-1がサイトを破壊して脱走しました。日本にて電子メールによるコミュニケーションを用いた57件の自殺害事件を引き起こし、現地リベリスタ組織アークによって探知、破壊されました。 ――記録されたメールの内容は削除されました。 ASC-2006-B ■■年■月■日、日本で新たに発生したASC-2006-1がインターネット掲示板に怪談話(ハッピールーマー)をお互いに作成し合いながら貼り付けるというコミュニケーション手段によりを100件以上の自殺害事件を引き起こし、現地リベリスタ組織アークによって探知、破壊されました。 ――記録された怪談話の内容は削除されました。 ASC-2006-C ■■年■月■日、ASC-2006-1が自らをウィルモフ・ペリーシュによる作品であると主張しました。更に自分は常時アップデート状態にあるとも主張しています。このことについて質問したDクラス職員は質問の2分後に自殺。この対話記録を読んだ研究員も5時間後に自殺しました。ASC-2006-1は研究員による研究行為をコミュニケーション手段に利用したものと思われます。■■博士からはASC-2006-1の即時破壊を申請されましたが、却下されました。 ASC-2006-1がサイトを破壊し脱走しました。日本に渡ったことを確認したため、再度行なわれた破壊申請を許可。現地の最大リベリスタ組織アークへの確保もしくは破壊要請を行ないました。 ●アーク、ブリーフィングルームにて ここはアーク、ブリーフィングルーム。フォーチュナは資料片手にあなたへ説明を続けていた。 「以上が、協力組織から提供された研究資料です。この自立型戦闘アーティファクト・ハッピーチャイルドが日本に訪れた理由は、ウィルモフ・ペリーシュによるさしがねとみて間違いないでしょう」 ウィルモフ・ペリーシュの驚異について今更説明するまでもないが、今回の事件については説明しておこう。 「彼はこれまで怒った多くの事件でマジックアイテムを蒐集し、究極研究を完成させました。これによって黒死病クラスの災厄の連発が予想されています。その矛先は日本、もといアークです。彼が目標視していたラトニャルテップの追放を行なったことが原因とみられ、現在ペリーシュ一党は日本北陸地方に上陸、自身の研究所を建設しようとしています。今回のハッピーチャイルド上陸もまた、この一環とみていいでしょう」 あなたの反応を待ってから、フォーチュナは頷いた。 「はい。ハッピーチャイルドがWP作品群だとは、思いませんでしたね。彼についての研究も行なわれていたようですが情報感染型というだけあって進んではいないようです。ですが我々が意識すべきは過去の情報ではなく、現在の事件……つまり、ASC-2006-Cによって起こった大量自殺害事件です」 フォーチュナは多くを黒マーカーで塗りつぶした資料を差し出した。 資料といっても、数百枚の束である。 「ASC-2006-Cによって起きるであろう自殺害事件は……852件です」 「フォーチュナがあえて未来予測の形で述べたのは、このうち700件はまだ起きていないからだ。 ハッピーチャイルドはツイッターbotを駆使し、ハッピールーマーを常時発生、拡散し続けています。これをコピーペーストした他botを含めると閲覧者は大量に増えていると見込まれます。更に高度な自動返答プログラムを用いて多くの一般人と自動コミュニケーションを行なっています。 ハッピーチャイルド本体を破壊することでこれらの自殺害行動が収まるかどうか、正直確信は持てません。ですがこれ以上の発信を防ぐことはできるでしょう。そのための手はずも、整えました」 フォーチュナはある地下施設の資料を提示した。 「ハッピーチャイルドは地下に建設された研究施設の廃墟を占拠し、際奥のフロアに立てこもっています。施設内には彼が過去の活動などで収集、保管していたアンデッド100体が配備されており、容易に近づける状態にはなっていません。みなさんの武力を用いた強行突破が要求されています」 最後に、フォーチュナが出せる最大限の情報をまとめた資料が、あなたに手渡された。 「日本を襲う未曾有の危機を、どうか救ってください。おねがいします」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年11月17日(月)23:09 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● ミーム抗体。名前の後半だけを見ると経口摂取する薬品のように思えるが、実態的には特殊な暗示を事前にかけるという一見気休めめいたものだった。 「なんだか頭がぐるぐるしましたね」 『グラファイトの黒』山田・珍粘(BNE002078)は過去に閲覧した資料の内容を思い出しながら言った。 なんでもASC-2006(Happy Child)を人類が完全に理解・制御・管理できるようになるために、死刑囚等を使った様々な実験が行なわれたようで、その一例として相手の問いかけを全て無視したケースもあったそうだ。実験開始から二時間後、被験者は舌を噛みきったらしいが。 「しかし彼、WPシリーズだったんですねー」 「厳密には埋め込まれたチップだがな」 こきりと首を慣らす『ラック・アンラック』禍原 福松(BNE003517)。 「折角ここまで付き合ったんだ。ここいらで幕引きとしようじゃないか」 「だな、気張っていこうぜ!」 いい顔で親指を立てる『はみ出るぞ!』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)。 「いやお前は一度も関わってないけどな」 「これって、人が自殺させられちゃうチップなんだよね。そんなのおかしいよ」 話を戻そうとしてくれたのか、それとも聞いていなかったのか、『尽きせぬ祈り』アリステア・ショーゼット(BNE000313)が手元の道具をいじりながら呟いた。 彼女の頭をやんわりと撫でる『黒き風車と断頭台の天使』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)。 「でも名前は『ハッピーチャイルド』なんだよね。どういう意味なんだろうね」 『大魔法少女マジカル☆ふたば』羽柴 双葉(BNE003837)がやんわりと身を乗り出してきた。 今更なようだが、彼女たちがいるのはマイクロバスの中である。 「私も気になるな。本人に聞いてみる?」 「ろくなことにならないでしょ」 目頭を下げるフランシスカ。 一方、皆から少し離れたところに『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)と『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が並んで座っていた。 「快」 「うん?」 「いや……」 一度視線を外した後、雷音は思い直したように言った。 「君は目を離すとすぐ無茶をするから」 「わかってる。けど、無理はしないと」 「……なにがちがうんだ、そんなものが」 二人の視線が再び車窓の外へ向いた。 そんな車内。 本来バスガイドか何かが座る席に、『BBA』葉月・綾乃(BNE003850)は座っていた。 『息抜きの合間に人生を』文珠四郎 寿々貴(BNE003936)が運転席でハンドルを握っている。そういえば免許の有無すら確認していなかったなと思ったが、その思い自体を消した。 ちらりと寿々貴が支線を向けてくる。 「殺気」 「ん、なんです?」 「殺気を感じるよね、今日の綾乃さん」 綾乃は頭に手を当てて、片目を閉じた。 ミーム抗体を受けた今なら、少しだけ見えるのだ。 『人間が絶対に考えてはいけない思考』の存在が。 「……かもですね」 ● 石川県の研究施設は、外から見ればなんと言うことのない建造物で、地下室の存在を疑いもしない作りになっていた。 が、竜一が建物内に入った所で異様なものが出迎えた。人間の首つり死体でる。これがレッドカーペットを挟むよう左右対称に並び、足下も綺麗にライン引きされていた。おそらくながら、血液でだ。 ラインの先にはこれみよがしに地下への階段が開いていた。 「悪趣味にも程があるだろう――が!?」 無視して竜一が進もうとしたその瞬間、すぐ後ろのフランシスカが跳躍。竜一の後頭部を蹴飛ばした。 思わず前のめりに転ぶ竜一。先程まで彼の頭があった場所を、袖に仕込むタイプのナイフが通過した。仰向けに転がって離脱する竜一。 「ゾンビか、こいつら!」 文字通りの『死んだふり』である。興味本位で近づいた人間をさくっと殺すための仕掛けでもあるのだろう。フランシスカが気づけたのも、超人的な危機察知能力をパッシブしていたからに他ならない。 フランシスカは空中で全ての翼を広げると、翼の内より大量の闇を放出。首つりもどきの群れを一気に薙ぎ払った。 「凶運の黒き風に巻かれて地に還るが良い、ってね!」 こうなってしまえば相手も隠れる意味が無い。すぐ階下で待ち構えていたゾンビたちが一斉に駆け上がってくる。 狭い通路だ。もし首つりもどきに気づかなければ、奥のゾンビと挟み撃ちにされていたことだろう。 「下がってろ、道をあける」 福松が虚空に手を翳し魔法の剣を召喚。階段から我先にと駆け上がってきたゾンビに叩き付け、全員をまとめて階下へ転げ落とした。 「結城!」 「任せな!」 うつ伏せ姿勢から変態的なスタートダッシュで階段を転げ下りた竜一が、置きざまの戦鬼烈風陣でもって周囲のゾンビを一斉に切り払った。 「入り口で詰まったら相手の思うつぼだ。突っ込むぞ!」 頷き会う福松たち。 彼らはゾンビたちが体勢を立て直す前に、地下フロアへと一斉に駆け込んでいった。 地下研究所は妙にうっとうしい作りをしていた。 全く同じようなつくりのキューブめいた部屋がいくつも連なり、場所によってははしごによる上り下りを要する場所も多かった。イメージとしては立体迷路のそれに近く、仮に外から機動隊か何かが攻め入ったとしても何段階にも渡って足止めが可能な作りをしていた。 「一番最初にここを作った人が何を思ってたのかは知りませんけど、面倒なものを残してくれましたねえ」 那由他はゾンビたちの間をジグザクに駆け抜けながら、相手の腕や上あごをピンポイントで切り取っていた。持っていた武器やらなにやらが腕ごと落ちていく。 「來來氷雨――!」 それでもかかんに襲いかかろうとしたゾンビの間を、室内でありながら暴風雨が襲った。雨は意志をもったかのように彼らにまとわりつき、全身を薄氷で包んで沈黙させた。 ふう、と息をつく雷音。 「この部屋のゾンビはこれで全部か? しっかり記憶しておかないと何体目か分からなくなるのだ」 「そこは大丈夫だよー。すずきさん、ちゃんと覚えてるから」 怪我をした竜一や快たちを回復しながら、寿々貴は奇妙な指折り計算をした。指の形で16進数を足し算するという特殊な作法で、普通に指折りをするより場合によっては早い……と本人は言ったが、普通に嘘である。 「大体半分かな。あ、そこのカメラは壊して置いて」 「ああ……」 寿々貴に言われて、福松は防犯カメラらしきものを破壊し……た途端、部屋の照明が急に消えた。 記憶にある電気スイッチの位置を思いだし、操作する寿々貴。だが反応はない。 「やはり電気を消してきたか。今明かりになるものを置くから……」 快がバッグをあさってタクティカルライトを取り出そうとしたその時。 ぐい、と彼の袖を引っ張る者があった。 アリステアである。 「くるよ――っ!」 「な――!」 思考よりも行動が早かった。快はアリステアをかがませると、覆い被さるように自らを盾にした。 直後、彼の背中に包丁やボールペンといった鋭利な物体が大量に突き刺さった。 ギラリと光る那由他の目、そしてフランシスかの目。 二人は同時に無明と不動剣山を発動。 一秒遅れて証明が復旧。寿々貴の電子介入によって強制的に灯った照明は、20体ものゾンビが部屋をびっしり埋めていた事実を突きつけてきた。そのうち5体は那由他たちの暗視アタックによって粉々になっていたが……。 「あー、これは……狙ったね」 用意が悪ければ今頃なぶり殺しである。それは免れたものの、今まさに襲いかかってくる50体をさばききれるかどうかは別である。 雷音が咄嗟に氷雨の術式を組み始めるが、間に合いそうにない。 と、その時。高度に圧縮された詠唱が場を反響した。四つの口で文言を分担して喋るような聞こえ方だが、つなげてみればこうである。 『我願うは星辰の一欠片』『その煌めきを以て戦鎚と成す』『指し示す導きのままに敵を打ち』『討ち、滅ぼせ!』 部屋中に大量の魔力が発生。ゾンビの群れを一斉に半壊させる。 見れば、それは双葉によるものだった。 それだけでもとんでもない事態だが、彼女はパチンとウィンクした。 途端、先程発生したものと全く同じ魔術が連続発動。部屋中のゾンビを一瞬にして灰に変えた。 「マレウス・ステルラを10秒間に連続発動とは……参りましたねえ」 綾乃が苦笑して頬をかいた。 雷音の戦闘指揮や綾乃のドクリトンが影響しているとはいえ、こういう状況でものをいうのは弾幕の速さと多さである。その面において、恐らく羽柴双葉の右に出る魔術師はいない。アーク内は勿論、世界でも希なレベルである。 ひとしきり見せ場をキメてから、双葉は片足の踵をぴょいと上げてポーズをとった。 「木漏れ日浴びて育つ清らかな新緑。大魔法少女マジカル☆ふたば参上!」 ゾンビ20体のエリアを越えた所からは、それなりに安定した戦いが続いた。。 道中はアリステアと寿々貴がマナトレーディングしあうことで実質無限に超回復がこなせたので致命的な連続ダメージ(フェイト復活からの即戦闘不能)を受けること無く、時折集中攻撃を受けた福松たちがギリギリの状態になることはままあったが、基本的には過剰なまでに回復してチャージしての繰り返しになった。 快を簀巻きにして吊るすでもしない限り彼らに致命傷を負わせることはできそうにない。 綾乃は扉の前に立ち塞がったゾンビの首を刈り取り、ボールペンを指の上でくるくると回しながら立ち止まった。 「さて、そろそろですかね」 部屋に異常なところはないが、彼女たちの方向感覚が特別狂って居ない限りはここが最後の部屋ということになる。 例のハッピーチャイルドもこの部屋に立てこもっているのだろう。 背中越しに仲間を振り返ってみる。 いつだったか。自分が真っ先に飛び込んでリーディングラインをつなげ、そこから自らの脳を引きちぎられるような脳内戦を繰り広げた記憶がよみがえった。 その時『彼』と交わしたコミュニケーションは通常の会話六十時間分にまで及び彼がどのように作られ、どのような目的で動き、どのような『知識』をもって人間を自殺せしめているのかについての全てを教わった。 この知識を正気を保ったまま活用し、他人に実行すれば、きっと綾乃も第四のハッピーチャイルドになれたかもしれない。 かもしれない、が。 「私ね」 綾乃はこのようにも思う。 「反吐が出るんですよ。情報媒体を殺しにつかうとか。もっと建設的に使って貰わないと。ねえ? 納得できないじゃないですか」 ぱしん、とボールペンを握る。 そして、扉を開けた。 ● できるかぎり、スローモーションで伝えたい。 スライド式の伝導扉が開き、明るい部屋がのぞき。 扉からみて正面奥。パイプ椅子の上にハッピーチャイルドが腰掛けている。 綾乃はその扉が完全に開ききるより早くくぐり抜け、たったの二蹴りで相手の眼前まで接近。 逆手に握っていたボールペンの先端に真空刃を展開。相手の眼球めがけて全力で叩き込む。 顔とボールペンの間にハッピーチャイルドの手のひらが挟まり、貫通。綾乃の手をぎゅっと掴まれる。 綾乃の体勢が強制的に絞られ、ハッピーチャイルドの空いた拳が発射の体勢に入る。 そこで。 綾乃はボールペンの尻のボタンを親指でノック。 ペン自体が突如破裂し、凄まじい光と音がまき散らされた。 思わず目を瞑るハッピーチャイルド。 部屋の側面に控えていたゾンビが飛び出し、持っていたバールを綾乃の側頭部に叩き付ける。 頭から血を吹き、よろめく綾乃。 「――!」 目を剥いて叫ぶ竜一。怒りにまかせてゾンビに飛びかかると、その頭部を刀でもって吹き飛ばした。一回転してから更にもう一本の剣で胴体を切断。 逆方向から鉈を掲げて襲いかかってきたゾンビには腹を突くようなキックを繰り出して飛ばす。 一度剣を一本天井へ向けて投げ、回転する剣を視界のはじにとらえながら綾乃を抱えて後方の仲間へ投げる。 投げられた綾乃とすれ違うようにフランシスカがダッシュを開始。そのすぐ後ろでは双葉が部屋を覆うほどの巨大な魔方陣を展開。魔方陣から大量の鎖が飛び出し、フランシスカの周囲に群がろうとするゾンビたちを貫き、天井にざくざくと突き刺さっていく。 一方でフランシスカは虚空から巨大な剣を引っ張り出し、振りかざす。 あまりの巨大に天井をえぐるが、それでも彼女は失速しなかった。 巨大な剣がハッピーチャイルドの頭部めがけて振り下ろされる。紙一重で剣をかわすハッピーチャイルド。 地面に叩き込まれ、フロアタイルが波打ってはがれて飛ぶ。 遅れて部屋に入ってきたアリステアと寿々貴。寿々貴は飛んできた綾乃をキャッチし、アリステアはハッとしてドアの死角に身を潜めていたゾンビを察知。同じくそれを察知したフランシスカは振り向きざまに無明を発動。飛びかかろうとしたゾンビを横合いからかっさらい、壁に叩き付けて潰す。 一方で無防備になっていた寿々貴には快がカバーにはいり、スレッジハンマーによる打撃を片手で受け止める。 彼らの後ろから、福松と雷音がそれぞれ部屋へ駆け込み、福松は銃、雷音は杖を部屋の左右それぞれへ向けて構えた。 時間差をかけて襲いかかろうとしていたゾンビたちに福松は銃を乱射。雷音は氷雨の術式を展開。 一方でフランシスカの剣をよけたばかりのハッピーチャイルドは地面を高速でスウェーしながら竜一たちの側面へ移動。片手を掌底の構えにして竜一の脇腹に叩き込む。ごぶりと血を吹く竜一。 彼が首をぐにゃりとひねったと同時に、ハッピーチャイルドの肩に手が置かれた。那由他の手である。彼女ははんば強制的に振り向かせた彼の頬めがけて拳を繰り出し、クリーンなパンチを叩き込む。脳を振り回されたのかハッピーチャイルドの体勢が大幅に崩れる。 しめた。追撃の膝を繰り出そうとしたその途端、天井のプレートが一斉に破砕。おそらくそれまでずっと控えていたであろうゾンビの残りが一斉に降ってきた。 組み伏せられる竜一、フランシスカ、那由他の三人。 ハッピーチャイルドはぺろりと舌を舐め、アリステアめがけて走った。 歯を食いしばって手を伸ばすフランシスカ。 そうはさせまいと銃を向ける福松の銃撃と雷音の作成した鴉の式神をゾンビを盾にして防ぎ、ハッピーチャイルドは二人の上を飛び越える。 快がどっしりと立ち塞がるが、ハッピーチャイルドは構わず掌底を叩き込んだ。 防御を全て突破して体組織が破壊される。吐きそうになった血をこらえるが、更に連続して掌底が叩き込まれる。 アークの守護神と名高い彼といえど、防御を無視して強力な打撃を連発されれば耐えきれない。 しかもそこへ、大量のゾンビによる集中攻撃が加わったとなれば流石に厳しいものがあった。 本来なら、こんなピンポイントでいやらしい攻撃はしない。だがこのダンジョンめいた施設を彼らが攻略していくうちに、このチームの弱点というべきか、突破口というべきか、それが快の撃破にあることをハッピーチャイルドが見抜いていたのだ。監視カメラは積極的に破壊したはずだが、あれがダミーで隠しカメラがあったのか、それともどうにかして直接目視していたのかは定かでは無いが。 そんな彼がとったのは、他のメンバーをゾンビの物量で押さえつけ、残りの戦力を全て費やして快だけを集中攻撃するというものだった。勿論寿々貴やアリステアの膨大な回復力を計算に入れての話である。 「――!」 快がついに膝をつく。防御専門の快が膝を突くのも相当なことだが、それができたハッピーチャイルドも相当なものである。 が、その間指をくわえてみている仲間たちではない。 フランシスカは周囲のゾンビを引きちぎり、竜一と那由他もまたゾンビを薙ぎ払い、快に群がるゾンビやハッピーチャイルドを引きはがそうと駆け出す……が、タイミングがもう少し……もう少しだけ遅かった。 快はうつ伏せに倒れ、フロアタイルに横顔を叩き付けた。 「――ッ、――!」 悲鳴混じりの声をあげる雷音。 カバーの無くなったアリステアたちにゾンビの魔の手が一斉に迫る。目を剥いて歯を食いしばるフランシスカ。 その時。 「もうすこし、がんばろうね」 時空を超え、天使の声がした。 アリステアの声だった。 突如完全に喪われたと思しき快の身体に力が漲り、閉じていた目が大きく開いた。 「――お願いしますなの!」 「んっ」 寿々貴が自らのリソースの全てを使って快の体力をチャージ。おせじにもフルチャージとは言えないし、この猛攻の前ではもって10秒である。 が、それで充分だった。 アリステアたちに迫るナイフや包丁、バールや金属バット、ハンマーやマイナスドライバー、その他ありとあらゆる鈍器や刃物の全てを自らの身体で受け止め、快は獰猛に笑った。 「今(ここ)は任せて、未来(さき)にいけ!」 次の瞬間、快の足下に大量のボールペンが転がり落ち、その全てが爆発。大量の光と音をまき散らす。髪の間から目を覗かせ、にやりと笑う綾乃。 「わたしの聖域に手を出したわね、あんた――死んだわ」 複数のゾンビが一斉に上下に分裂した。アリステアが巨大な剣に闇をまとわせ、横一文字にぶった切ったのだ。 更に空中へ浮いた上半身にむけて福松は一括照準。からの全弾乱射。全ての弾が意志をもったようにゾンビの脳天に吸い込まれ、次々に破裂した。 『魔を以って法と成し』『法を以って陣と成す』『描く陣にて敵を打ち倒さん』 「来莱――」 双葉の特殊圧縮詠唱が始まり、魔方陣が立体的に広がる。彼女の杖に雷音の杖がクロスし、二人同時に天へと掲げた。 すると部屋中の空気が瞬間的に凍結。壁からベッドから天井から壁からなにからなにまで一斉に爆発し、ゾンビもろともハッピーチャイルドを吹き飛ばした。 暴発したエネルギーが複数の天井を破壊し、うっすらとではあるが空の青がのぞき見えた。 吹き飛ばされながらも空中で体勢を整えるハッピーチャイルド。 なぜならすぐそばまで竜一が跳躍し、迫ってきているからだ。 歯を食いしばって刀を繰り出す竜一。 硬化した両手でそれを受け止めるハッピーチャイルド。 無理矢理ねじり、竜一の腹に足を食い込ませ、彼の刀を無力化する――が、竜一は天井のフレームに深々と突き刺さっていた剣を抜いた。 抜いて、叩き付ける。それだけの動作でありながら、ハッピーチャイルドの肩から先が切断される。 両目を見開くハッピーチャイルド。 こうなれば道連れだ。 そんな言葉を言っただろうか。袖の間に隠していたと思しき武器を抜き、竜一へくりだそ――うとした瞬間、手首が切断された。 「なん……だって!?」 バランスを崩し、地面をごろごろと転がる。 そして、サッカーボールをとめるように、那由他の足が彼の頭をとめた。 那由他は片眉を上げ、槍を逆手に持ち、首めがけて突き下ろした。 ずばんという音と共に首と胴体が分離し、水圧によって胴体がはね飛んでいく。 「ああ……あーあ……ここまで、強くなってるんだもんなあ……」 首だけの状態でありながら、ハッピーチャイルドはほがらかに笑った。 人間の肉体を用いては居ても、正体は脳に埋まったチップ型アーティファクトである。その気になれば脳だけでも会話ができるのだろう。 「聞いてもいいですか?」 寿々貴に肩をかり、綾乃がゆっくりと歩み寄る。 「自殺衝動を防ぐ方法は?」 「『君が一番よく知っているじゃないか』」 「……はは」 乾いた笑いを浮かべる綾乃。 途端、ハッピーチャイルドの眼球が破裂し、内部から小さなチップが飛び出した。 チップは新たな宿主を探すかのように綾乃めがけて飛――びかけた所で那由他に掴まれ、握りつぶされた。 「これにて、一件落着……ですね」 ● 腐乱死体だらけの部屋に、ノートパソコンのタイプ音だけが響いていた。 寿々貴がキーを叩いている音である。 『すずきさんなりのバトルをさせてもらえるかな?』といって、彼女はひとりノートパソコンに向かった。 彼らはハッピーチャイルドの残したコンピューターがどれほど危険なものかを、それなり以上に理解しているつもりだが……普段へらへらとしていた寿々貴が返答も聞かず、制止も聞かずにノートパソコンを抱え込んだことで黙認した。 うっかり狂いはじめたら即座に無力化して回収するという準備もできているので、ある意味安全環境下での試験であった。 「……」 起動したパソコンはパスワード制ではあったが、電子の妖精を走らせることでパスワードを突破。最初に表示されたのは、なんのアイコンもないデスクトップだった。ウィンドウズ7のインストール初期状態で表示される壁紙以外なにも表示されていない。ドライブの中を表示してもOS以外にはひとつのテキストファイル群しかなかった。 「ハッピールーマーに、ハッピーメール……」 かつて『自殺メール事件』で被害者に送られたであろうメール文章のログである。読まずに放置。もうひとつは『集めたら死ぬ噂話』のテキストだ。過去、実験的にこれを読んだ結果意味不明の現象こそ起きたものの実害はなかったというが、一応放置。 他には何のファイルもない……と思ったが、ハードディスク容量が妙な数字になっていることに気づいてハードディスクへ直接アクセスしてみると、内部に特殊なコードで書かれたデータ群があることが分かった。 「うーん……」 ディスプレイは表示できそうにない。無理ではないが、零と一が並ぶだけになるだろう。 頬をかりかりとかきながら、寿々貴はデータを直接読み始めた。 まずひとつは、日本語のコードに翻訳可能な文書データだった。タイトルと思しきところに『世界構造と人間家畜説』とある。著者の部分に『ロウブック-CCC』、ならびに『ナコト-CCC』と書いてあった。 「うん……? これって……」 寿々貴は指の先を舐めながら続きを読んでいく。 日本人の名前とおぼしき羅列が見つかった。ナンバリングがされており、1から29。その中で『宮野衿子』『新習志野零』『初富重音』という名前に特別なフラグマークがついている。 「どっかで……見たような……」 そこから先は文字のコードではない。画像だと思うが、適応できるフォーマットが見つからない。添付テキストとして『ヴィオニッチ-CCC』『レヒニッツ-CCC』と書かれている。 そして。 ふと。 違和感に気づいた。 「あれ」 自分はいつから、指をくわえていた? いや、指などくわえていない。 頬をかいていたはずだ。 じゃあなんで。 指を舐めている? 「あ――」 自分が自分の頬を引きちぎって自らの指を口内に侵入させていたことに気づき、寿々貴の脳内が一気にひっくり返った。 「や、ば――」 「ほらいわんこっちゃない」 自分の眼球に指を突っ込もうとした所で、綾乃が至近距離でフラッシュを使用。竜一たちが流れるような動きで寿々貴を強制的に気絶させた。 「抗体抜きでここまで潜るのはマズったのか……?」 アリステアたちの手当を見下ろしながら、福松が唸った……が、綾乃はまあそうですよねという顔でパソコンを破砕した。 物理破壊である。 「お、おい!」 「大丈夫です。わかりましたから。いまのは……まあ、寿々貴さんが起きてから報告書にして貰いましょ」 「わかったって、どういうことなのだ?」 ぐっすりと眠る快を膝に乗せたまま、雷音が顔を上げた。 綾乃はこんなばかげた話、という顔で苦笑している。 「ハッピーチャイルド……もといWP製チップに書き込まれていたのは、アークがいくつか回収に成功してる『CCC(シースリー)タイプ』と呼ばれる人型アーティファクト群が本来出力する筈だったデータなんですよ。それを、人間がギリギリ解釈可能な形にして他人に出力するのがハッピーチャイルドの基本動作なんです」 「……なんだと?」 顔をしかめる福松。 那由他も何かを察したのか、目を細く細くした。 その表情のまま呟く。 「私の予想が外れてくれていると嬉しいんですが、それって……人間が知ったらやばいやつですか?」 「……」 手当中のアリステアと、それに付き添って包帯を巻いていたフランシスカが黙って綾乃の顔を見た。 「いえ、なんてことはないですよ」 腕組みする竜一や、不安げな雷音や、冷や汗をながす福松や……そんな一同の顔をひとしきり見てから。 「ある情報をインプットさせるんです。これを理解しようとすると脳内のアデノシン三リン酸を急速に消費しはじめるので、脅迫的に自殺に至るケースが多発しているみたいですね。そうならなかったケースも、数件あったようですが、まあ……」 「それは」 問いかけた誰かに、綾乃は笑顔で言った。 「『宇宙の真理』、ですよ」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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