●ハロウィンの夜 トリックオアトリート! お菓子くれなきゃいたずらするぞ。 うんと小さな頃から憧れていたの。魔女のドレスを着て、真っ黒い帽子を深くかぶって、たくさんのおばけをお供にみんなをおどかしてまわるの。 いもうとの唯子は真っ白いシーツをかぶった、チョコレートに目がないおばけの役。おうちで洗いたてのシーツをかぶってはしゃいでは二人してお父さんとお母さんに怒られたわ。そうして遊んでいいのはハロウィンの夜だけよって。 愛子おねえちゃんはキャラメルが大好きな魔女の役。お菓子をくれない人にはこわい魔法をかけてカボチャにしてしまうの。 でも悪い魔女じゃないのよ。お菓子をくれる人には、しあわせになれる魔法をかけてあげるの。 わたしは愛子おねえちゃんのお供をするおばけの役。白い尾をずるずる引っ張って街中を歩き回って、お母さんがシーツのお腹に縫いつけてくれた大きなポケットにもらったお菓子をぽんぽん入れていくの。おうちに帰る頃にはお腹はお菓子でぱんぱん。 キャラメルはおねえちゃん。チョコレートはわたし。 キャンディやクッキーはふたりではんぶんこ。楽しい夜をくれたお父さんとお母さんにもプレゼント。窓から街のみんなへ向かってありがとうを言ってから、一緒にお菓子パーティーをするの。 わたしが十歳になったらやろうねってお話していた、ずっと夢に見ていたハロウィンの夜。 それは唯子の十歳の誕生日の三日後。ハロウィンの前の夜。 愛子の魔女のワンピースも準備した。魔法のステッキも用意した。唯子がかぶって歩くシーツにはたくさんのお菓子をいれるポケットを繕った。唯子の大きな瞳がちょこんと覗くおばけの目も作った。 魔法の夜、家々を廻っていたずらの変わりにお菓子をもらうお祭りの夜。 あと一日私達が生きていれば、愛子と唯子のハロウィンの夢が叶った。 可愛い娘達の夢はあっさりと打ち砕かれた。その小さい命と共に。 ハロウィンのケーキを買いに行った帰り道、居眠り運転のトラックに、私達親子は無残にも轢き殺された。 ああ、なんて無念。 何を憎めばいいのか、何を嘆けばいいのか、もうわからない。 私達の死を横目にわき立つハロウィンの夜。おばけが出る夜。化物の夜。 ハロウィンがしたい、と娘達は泣いた。その娘達を抱き締めて、私も涙を零した。 その頃にはもう、私達は本当の化物になっていたのかもしれない。 道の端に飾られたカボチャのおばけに――ジャックオランタンに灯る火をただ見つめて、私達は残酷な夜に涙するほかなかった。 ●種と仕掛け 「事故死した親子三人がエリューション・フォース化を起こす」 それは断言だった。未知を見るフォーチュナの少女、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の前にはいつも一歩先の未来が広がっている。 「場所は商店街のはずれ。時刻はハロウィンの夜更け」 メインモニターに街の地図が映される。その青白い光の照り返しを浴びながら、リベリスタ達は無残に命を奪われた親子を想った。 「今の時点では、通常では目には見えないし感知できない。ここにある三つのジャックオランタンの飾りに火を灯すと亡霊のように現れるの。まだフェーズは1。攻撃行動の予兆は見られないけれど、放っておけばどうなるかは……言うまでもないわね」 エリューションは時間の経過とともにその存在を強化させる。早ければその次の夜には犠牲者が出るわ、とイヴは言った。 それはまるで、親子の魂がカボチャのおばけに取り付いたかのように。無念は更なる無念を招こうとする。今このエリューションに対処しなければ、親子の心の残滓は真の意味で魔と化してしまうのだ。 「エリューションが攻撃性を持つ前に、対処してほしい。ただ、それが物理的なものであっても、神秘的なものであっても、こちらからの攻撃もほとんど効かないことを頭に置いておいて。無念からエリューション化を起こしたものを救えるのは、それと同じだけの想いなのかもね」 「つまり……ハロウィンがしたいという夢を叶えてやれば良いということ?」 リベリスタの言葉にイヴが頷く。 蝋燭の火のごとく消えた魔法の夜の夢。その行き場を失くした欲求が、今もなお彷徨っている。 「貴方達リベリスタと、親子三人だけの、小さなハロウィンパーティー。お菓子をあげてもいい。いたずらされてもいい。その悲しみを聞いてあげてもいい。どうか叶えてあげて」 常にはあまり激情を表さないイヴの白い面には、憐憫が滲んでいるようにも見えた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ニケ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年10月31日(金)22:07 |
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■メイン参加者 7人■ | |||||
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●祭りの前のざわめきの 日が落ちて、家々に明かりが灯り、そしてその光も消える夜半。 アーク本部のその片隅から、香ばしい香りが漂ってくる。小さなキッチンが備え付けられたそのとある一室に、リベリスタ達の姿があった。 胡桃たっぷりのブラウニー。ドライフルーツ沢山のパウンドケーキ。骨や蝙蝠の、ハロウィンに相応しい形に抜いたクッキー。 『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)が取り出したお菓子の数々。どれも義衛郎が一つ一つ作り上げた焼き菓子だ。年頃の少女が好みそうな、淡い色の丁寧なラッピングも施されている。手の凝ったハロウィンのお菓子達だった。 その華やかな眺めに、シーヴ・ビルト(BNE004713)がぱちぱちと拍手をする。 「義衛郎さんのお菓子、かわいいーっ!」 「オレにできるのはこのくらいだ。喜んでもらえるといいんだがな」 「きっと大喜びなのですっ! 今日はカボチャのお祭り、お菓子貰える素敵な日ーっ♪」 チン、とオーブンが時を知らせる。 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)が、ミトンをはめた手で天板をそうっと取り出す。甘い香りが部屋中に広がった。 「完成なのだ。特製パンプキンクッキーだぞ」 クッキングシートの上には鮮やかで温かみのある黄色いクッキーが並んでいる。生地の上に顔を覗かせたチョコチップがとろりととろけていた。 「うまく焼けたね、雷音ちゃん」 「わあ! 雷音のクッキーもおいしそーう!」 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)と『ビタースイート ビースト』五十嵐 真独楽(BNE000967)の言葉に、百獣の王の名を持つ少女は照れくさそうに微笑んだ。 「あとはラッピングだね! まこに任せて。雷音の世界で一番おいしいクッキーを、世界で一番可愛くしちゃう!」 真独楽が色とりどりのラッピング袋やシールを取り出す。 主役はパンプキンクッキー。縁にリボンのプリントが施された透明な袋に、一枚一枚丁寧に詰めていく。主役が引き立つよう、あえて袋はシンプルに。 その代わり、キラキラのシールを貼って飾り付け。ハートはもちろん、ハロウィンならではのおばけやコウモリのシールもたくさん。 モールやリボンで可愛く封をして、マスコットをぶら下げれば完成だ。 「でーきた! えへへ、可愛いでしょ! シーヴも欲しい~?」 「ほしいのでーす! らいおんさんのクッキー美味しそうっ、食べちゃだめかなぁ?」 「それじゃ、かわりにいたずらさせるのだー♪」 「うーうー! 逃げるのでーす!」 「ふにゃ、あんなところに逃げられたーっ!」 きゃいきゃいとはしゃぐ真独楽とシーヴに、フィアキイにとんがり帽子をかぶせていた『樹海の異邦人』シンシア・ノルン(BNE004349)がくすりと笑んだ。騒がしいだけの場所は苦手だが、こんな暖かな賑やかさに溢れた夜は悪くない。 「みんな、楽しそうだね。ハロウィンっていうのも良いものね」 「オレがガキん頃いた街も、この時期は『死者の日』って祭りがあって、街中派手に飾って、死んじまった人の話しながら、朝まですっげェ賑やかにしてたなァ。今夜はド派手にパーティーといくかッ!」 『きょうけん』コヨーテ・バッドフェロー(BNE004561)が懐かしそうに言う。死者がその家々を訪ねてくる夜。現代ではその本来の意味合いは薄れたが、コヨーテの言う通り、この夜は『死者の日』と呼べるであろう。 ――死者の日。今は亡き者のための夜。 事故で無残にも命を奪われた、悲しき親子のための、魔法の一夜。 「さあ、行こうか」 シンシアの言葉に、皆は手に思い思いの魔法の道具を手に立ち上がった。 ●魔法の夜の灯火の 人足が途絶え、静まり返った商店街の端に、その『おばけカボチャ』はあった。 歪に笑う目と口がくり抜かれた、カボチャの飾り。イヴが視た、事故死した親子の涙に暮れるジャックオランタン。 「こんな形でしか救ってあげられないのは悲しいけれど」 快がぽつりと呟く。 時を巻き戻して事故を防ぐことは出来ない。 ――俺達の手は、いつだって届かないけれど。 その傍らには、寄り添うように雷音が立つ。二人はそっとジャックオランタンを掲げ持ち、マッチを擦った。小さな紅い鬼火が灯る。 その火を静かにカボチャの中へと差し入れ、彼らは今は亡き少女達が現れるのを待った。 (……お母さんと娘がいなくなって、お父さんはどうしてるんだろう) 真独楽はそんなことを思う。守るべきものをその手から取り落とした家族は、果たしてどれだけの悲しみの中で生きていることだろう。 本当は、出来うることならばこの場に、事故死した少女達の父親を招きたかった。だがそれは叶わない。 「その分、まこたちで、親子に悔いが残らないように。ハロウィンを満喫させたげようね」 「おうッ。全力のいたずらには全力のいたずらで返すのが戦士だろ? コドモ相手でも容赦しねェぞッ」 「同感だ。どうせやるなら徹底的に楽しむとしましょうかね」 義衛郎が頷く。コヨーテがもぞもぞとマフラーをかぶり、エリューションと化した親子を迎え入れる準備を始める。彼らはいつだって全力で物事に向き合う。その想いは、きっと亡き親子にも届くだろう。 「ええ。私達にできることをしよう」 「ハロウィンハロウィンー! それではがんばりましょー、えいえいおー!」 真独楽と義衛郎、コヨーテとシンシア、そしてシーヴは、残る二つのジャックオランタンの瞳に、小さな火を灯したのだった。 ふと目が覚めた。 何も覚えていない。何も。 いや――覚えている。近所のケーキ屋さんに、お母さんと、唯子と一緒にケーキを買いに行って……それで。 それで、どうしたんだっけ? 東野愛子はぱちぱちと目を瞬かせた。 まず目に入ったのは、鮮やかなオレンジ色のカボチャだった。 「愛子ちゃん、トリックオアトリート♪」 グミの詰まったカボチャの帽子をかぶっていたのは、長い耳の、綺麗な緑色の髪を伸ばした少女だった。シーヴだよ、と少女は名乗った。 トリックオアトリート。お菓子くれなきゃいたずらするぞ。 そうだ。ハロウィンだ。明日はハロウィンの夜。唯子と二人でおばけの行進をする夜。ケーキ屋さんで買ったパンプキンの黄色いケーキ。 自分の姿を見下ろす。お母さんが作ってくれた、黒い魔女のワンピース。頭には大きな帽子。手には星がついたステッキ。 お母さんは? 唯子? 唯子は? 「おねえちゃん!」 「愛子! 唯子!」 そう思った時、二人が駆け寄ってくる。白いおばけのポンチョを着た唯子と、いつものエプロンをつけたお母さん。 どうしてだろう。わけもわからずに涙が出た。お母さんにぎゅうと抱き締められて、痛いくらい。でも、もっともっと強く抱き締めてほしいような気もする。 「愛子、唯子、それにおかーさん! 今夜はハロウィンだよ!」 豹の模様のワンピースを着て、猫の耳をつけたお姉さんだった。お姉さん――あるいは、お兄さん、が正しいのかもしれなかったが――真独楽の言葉に、親子三人で顔を見合わせる。 「ハロウィン……」 「そうだよ! トリック&トリート! 間違ってないぞ? いたずらもおもてなしも、どっちも楽しんじゃお♪」 「ふふふ、みんなでハロウィン楽しみに来たのですっ。行進れっつごーっ、お手々繋いで一緒にごーごー!」 「ハロウィン、できるの?」 唯子がおそるおそる尋ねた。もちろん、と返したのは、シンシアだった。 「さあ、言ってみて。愛子ちゃん、唯子ちゃん」 姉妹が顔を見合わせる。小さな頃からの夢。ずっと楽しみにしていた魔法の夜。 その魔法をかける言葉を、彼女達はもう知っていた。 忘れかけていたどきどきが蘇ってくる。もう叶わないと思っていた、一夜の夢。 見れば、周囲のカボチャのランタンには明るい炎が灯っている。眠る街を照らす、ジャックオランタンの光。 その幻想的な景色に誘われて、姉妹は声を揃えた。 「トリック、オア」 「トリート!」 「よくできました! はい、お菓子だよ」 シンシアが手に下げたカボチャのバッグから、ピンクと水色の包みに収められたチョコレートを取り出す。唯子がわあっと声を上げた。 「さあ、行きましょーっ!」 シーヴの元気な声に、愛子と唯子が唱和する。魔法の夜の始まりだった。 「おねえちゃんは猫さんなの?」 「そうだよっ。今日は愛子と唯子が主役。まこは魔女の遣いの猫さんなの!」 「おねえちゃん達のお耳は、長いんだね」 「わたし知ってる! おねえちゃん達、エルフさんなの?」 「ほんとのお耳なの?」 シーヴとシンシア、真独楽と手を繋ぎ、姉妹はオレンジとパープルの紙飾りで彩られた夜の商店街を歩く。 「ふにゃ、おみみ? エルフ耳じゃないもん、フュリエ耳だもんっ。ひゃん、悪戯でひっぱらないでー」 「……って私の耳も引っ張っちゃダメだよ。だからってフィアキイ捕まえようとしないの。というかこれ、百鬼夜行?」 「妖精さんもダメ?」 「ダーメ。もう……早速いたずら? そんな子達は抱き締めちゃおうかな?」 きゃあ、と可愛らしい悲鳴を上げて姉妹が逃げ回る。 その先に、細身の男が立っていた。さあ、次の獲物だ。愛子と唯子は小脇をつつきあい、仲良く魔法の呪文を唱えた。 「トリック・オア・トリート!」 「はい。可愛い魔女さんに、おばけさん、こんばんは。いたずらは勘弁してくださいな」 男――義衛郎は姉妹二人の仮装姿に怖がってみせた。義衛郎が綺麗に包まれたブラウニーとケーキを差し出すと、愛子と唯子は目を輝かせた。唯子のおばけの衣装に縫い付けられたポケットに、大事そうにお菓子をしまった。 「ありがとう、おにいちゃん」 「これはお礼の、しあわせになれる魔法です」 愛子がステッキを振る。 「こちらこそありがとう。しあわせの魔法は大歓迎だよ」 義衛郎は少しおどけた仕草で物陰に寄り、用意していた仮面とローブを身につけた。あっという間に黒い装束を纏った死神が現れる。 「しあわせの魔法でオレも死神になっちゃった。さあ、一緒に行進しようよ」 怖い死神の優しい声に、姉妹は嬉しそうに笑った。 義衛郎は目と口がニヤリとくり抜かれたおばけカボチャに火を入れ、道を照らす従者のようにかがげてみせる。主役は姉妹、義衛郎は魔女に仕える死神の役だ。 遣いの猫と死神と、魔女とカボチャのおばけを引き連れて、ハロウィンの行進は続く。 「トリック、オア!」 「トリート!」 次に魔法使い達が見つけたのは、長身で精悍な体付きをした男だった。 姉妹からの掛け声に、コヨーテはゆっくりと振り返る。 「……お菓子が欲しいか? イイぜ……お前ェらを食ってからなッ!」 バッ! と音を立て、コヨーテは纏っていたマフラーを剥ぎ取る。その下から、ぴょっこりと大きな犬の耳が飛び出した。 「……犬さんですか?」 唯子がきょとんとした顔で見上げる。その反応が予想と違っていたのか、コヨーテは大げさに襲いかかるふりをして見せた。 「……怖くねェ? ウソつけッ! イヌだぞイヌ、かっけェだろうがッ! ホラッ、食っちまうぞォ!」 唯子は犬好きだ。彼女はにこにことしながら、かっこいい、と答えた。 コヨーテが慌てたのは、その隣の愛子の目に涙がたまっていったからだった。生前の愛子は犬が苦手だったらしい。 「あー泣くなよッ! お前ェ魔女だろッ? この程度でビビッてちゃ、今日乗り越えらンねェぞッ! ほら、一緒に飾りつけすッか? ランプ点けたり、ハロウィンの飾りつるしたり……手ェとどかねェ所は、オレが持ち上げてやっからさッ! へへッ、高ェだろ?」 背の高いコヨーテにひょいとおぶわれて、愛子は悲鳴と歓声が半々になったような声を上げた。 羨ましそうにそれを見上げる唯子に寄り添い、死神装束の義衛郎はコウモリとカボチャの飾りを差し出した。色とりどりの紙の輪を繋げたテープもある。 「いたずらするなら、楽しいいたずらの方が良いだろうしね。つけてごらん。商店街の人達、朝になったら、きっとびっくりだね」 義衛郎の提案に、唯子はぱあっと顔を輝かせた。 「ありがとう、死神さん!」 「上手にできたら、母ちゃんにも見せてやンねェとなッ。どォだ、キレーだろッ?」 「お母さんもどうですか? 夜は冷えますから」 姉妹の仮装行列を少し離れた所から見守っていた母親――東野明里にグリューワインを差し出したのは、外国映画に出てくる刑事のような衣装を身につけた快だった。 夜気に白い吐息を立てるワインに、明里はほうっと息をついた。 「まあ……ありがとうございます。あの……貴方達は……」 「安心して欲しい、君たちの無念を晴らしに来たんだ」 カボチャのランタンを揺らして、雷音は明里に笑んでみせる。 快と揃いの衣装にしたのだろうか。雷音はアメリカ風ポリスの衣装に身を包んでいた。 彼らの姿と、娘達と共に商店街を歩くリベリスタ達の姿を見、明里は小さく諦めたように、悟ったように笑い返した。 「ありがとうございます。娘達の夢を……叶えてくださって」 「とんでもない。こんなことしかしてあげられなくて、俺達は無力で……ごめんなさい」 そんなことないわ、と明里は首を振る。 「十分すぎるほどです。こんなに素敵な時間をくださって……」 お母さん、と、愛子と唯子が駆けてくる。 「見て! おねえちゃんとおにいちゃん達からお菓子たくさんもらったの!」 「飾りもいっぱいつけたの! あそこ!」 「あっ、おまわりさんがいる!」 「おまわりさんもお菓子くれますか?」 姉妹は、満面の笑顔だった。何の憂いもなく、悲しみもない。魔法のような笑顔。 「もちろん。はい、ハッピーハロウィン。二人で仲良く分けるんだよ」 「トリックオアトリート! 君達とボクのお菓子を交換しないかな? もちろんいいえというなら、いたずらするぞ。逮捕するのだぞー!」 快から大好物のキャラメルとチョコレートを受け取り、姉妹は今晩で一番の笑みを浮かべた。 その場で雷音とくるくると追いかけっこを始めた姉妹を、明里はそっと呼び止めた。 「愛子。唯子。いいかげんにしないと朝になっちゃうわよ。ハロウィンの夜はもうおしまい。さあ、お兄さんとお姉さん達にお礼を言って」 ――ああ。 『その時』が来たのだと、リベリスタ達は直感した。 嘆きに暮れても、魔法があっても、明けない夜はない。終わらない夜もない。親子が見た、一夜の夢にも。 母親の足元に駆け寄り、姉妹はぺこりと頭を下げた。 「ありがとうございました」 「ありがとう、おにいちゃん、おねえちゃん」 「楽しめたなら大成功っ。いぇーい、はいたっちー」 小さな手と手が触れ合う。娘達の肩を抱き、明里もまた、深々とお辞儀をする。 「重ね重ね、お礼を申し上げます。素敵なハロウィンを、ありがとうございました」 「……また会える?」 愛子の小さな問いに、リベリスタ達は自然と諾の言葉を返していた。 彼女達が最後まで、ハロウィンの夜に希望を持っていることを願って。 それもまた、一つの魔法なのかもしれなかった。 うん、と愛子もまた頷いた。そんなように見えた。 その姿はふっと掻き消え、あとにはただ、火の燃え尽きて消えたジャックオランタンだけが残っていた。 「……おやすみ」 静寂を取り戻した夜の中、義衛郎は祈るように呟く。 ――どうかその魂に安らぎのあらんことを。 ●闇夜の後の薄明の 秋の夜が明けるのは遅い。未だ地平線に闇を残した街を、快と雷音はゆっくりと歩いていた。 街の端々にあるカボチャのランタンに灯された明かりは、霧の如く消えた東野親子達が確かにいたという、魔法の夜を示す証だ。 そうだ、と、雷音がくいと快の服の裾を引く。何かな、と快は尋ねた。 「快。トリックオアトリート。お菓子をくれないといたずらだ」 愛しい人の可愛らしい戯れに、快はひょいと肩をすくめた。 「参ったな、お菓子は全部、あの子達にあげちゃった」 「ならば、悪戯をしなくてはならないな」 小柄な身体の細い足で、精一杯に背伸びして。 快の襟元を引き、雷音はその頬にそっと口づけをした。 「ハッピーハロウィン、だ」 言ってから、雷音の顔に朱が差す。大胆だっただろうか。まともに見ていられなくなって、顔を背ける。そんな雷音に、快は優しく笑っていた。 (こんな可愛らしい悪戯なら、いつでも歓迎なんだけど) 「ハッピーハロウィン、雷音ちゃん」 うむ、とも、むう、ともつかない返事を雷音は漏らした。照れているのだ。 その顔がふと快を見つめる。 「彼女達は……満足して逝っただろうか」 おそらくは、リベリスタ達の誰もが心の中で思っていたこと。 そうであればいい。思いながら、快はきっと、と頷いた。 それは魔法の夜の灯火の、消える前のほんの僅かな夢の話。 ハロウィンというまじないが見せた、甘さとほろ苦さに満ちた、一夜の夢の物語。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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