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あなたの首を絞めた夜

●ある日の日記
 姉の姿に変化が訪れたのは、目の錯覚では無かった。
 その背中から生えた蜘蛛の手の様なそれに姉は怯えたように「こわいこわい」と泣いていた。双子の姉妹である私は姉のことを誰よりも近くで見てきたつもりだった、けれど、この時程怯えた表情をしたのは初めてたっだ。
「ちーちゃん、どうしよう……」
 その声に、私は姉を護ってあげなくちゃ、と咄嗟に考えたのだ。
 バケモノに変わりつつある姉を、守れるのは私だけなのだから、と。
 私は、姉が好きだった。それはたったひとりの双子の姉妹だからというわけではない。
 私は、姉が、しづるに恋していたのだと思う。
 きっと、彼女は何か可笑しな病気なのだろう。死んでしまうのだろうとも思った。
 女同士だからと秘めたままの想いを伝えられないまま、姉と死に別れるのは嫌だった。
 せめて思いを伝えたいと。姉を救えるなら其れが最良だと、私は考えたのだ。

 だから、私は友達を伝手に『あーてぃふぁくと?』というものを手に入れた。
 どうやら、これは願いが叶うマジックアイテムらしかった。姉が治るなら、もう一度一緒に入れるなら。
「ちーちゃん、こわいよ、こわいの」
 私に馬乗りになって首を絞め続ける姉を見詰めて思う。
 大丈夫、もうすぐ、私がしづるを救ってあげられるから、だから、もう少しだけ――


「ノーフェイスがひとり」
 数を確かめるかのように机の上にチョコレートを一粒置いた『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は端に避けてあったキャンディを掴み上げる。
「それから、一般人がひとり」
 チョコレートの隣に置いたキャンディを確かめるように眺めたリベリスタに世恋は悩ましげに首を傾げ、自身の髪を束ねて居た薔薇の髪飾りをチョコレートの隣に据える。
「それから、アーティファクトがひとつ」
 おままごとの様に告げていた世恋が幼さを滲ませるかんばせを歪めて、曖昧に笑った。
 どうやら説明はここからと言うことなのだろう。今迄の所作に意味がないと言う訳ではないのだろうが。
「双子が居るの。ノーフェイスのお姉ちゃんと、一般人の妹。ああ、妹の方がアーティファクトを持っているんだけどね。
 登場人物は大まかに言えばこの2人と1つ。あとは配下にエリューションが居るって感じかしら」
 チョコレートとキャンディを指差した世恋は薔薇の髪飾りをキャンディの上へと据え置いた。
「単刀直入にいえば、ノーフェイスを殺してアーティファクトをぶん捕る……って事なのだけど。
 問題なのがこの双子ね。一般人の妹は、ノーフェイスの姉のことが好き――」
 言葉を途切れさせ、世恋がどういえばいいのだろうかと首を捻る。
 好意には様々な種類があるから、とチョコレートを指で突きながら唇を噤んだ、少し後。
「恋、したの。私はそういうのってありだと思うわ。姉妹だけど、性が同じだけど――……。
 けれど、それを許さないのは世界の方だった。妹の愛しい姉は『運命』には愛されなかった」
 チョコレートを弾く。机から転がり落ちていくそれを眺めながら世恋は桃色の眸を細めて、困った様に笑う。
「そこで私たちの出番がくるわけ。『運命』に愛されなかった彼女はこの世界から弾きだされてしまったから、彼女がより強力な力を以って妹を殺す前に……。
 けれど、邪魔をするのは私たちが安全を確保するべき一般人の妹なの。面倒な話しでしょうけれど、ここでアーティファクトが登場よ」
 ノーフェイスに化した姉が妹を殺す前に、殺すのがリベリスタの仕事なのだとしたら、姉妹の絆以上に愛してしまった妹はそれを許容するのだろうか。答えは否だろう。
 妹はアーティファクトを手に入れた――手に入れて、しまった。そのアーティファクトは『願いを叶えるもの』なのだという。妹が願ったのは姿を変えてしまった姉が元の姉に戻ります様にと言う物だ。
「願いが簡単に叶うアーティファクトがあるならば私だって欲しいわ。そうな都合のいいものなんてないものね。妹が手にしたアーティファクトは『正しく願いを叶える効果』はなかった。それに、現状で一般人である彼女が持っていて良いものではないと思うわ」
 切なげに眉を寄せ、世恋は残酷だけれど、と息を吐く。
「倒すのは簡単なのよ? ……私の予知ではね、妹さんはこのままお姉さんと一緒だと革醒してしまうの」
「それは、」
「幸か不幸か、妹さんはフェイトを得る。姉が得られなかったものを得て、死ぬことも出来なくなる。
 そうなったら革醒者である彼女とフェーズの進んだノーフェイスと闘うことになる。時間との勝負かもしれないし、言葉のかけ方次第では革醒者になった方が良いのかもしれないし……そこは皆にお任せかしら?」
 兎に角、と世恋は言葉を切った。やるべきは世界を護るためにノーフェイスを狩ることだと世恋は言う。
「目の前から、愛しい人を奪われた時、人ってどうなるんでしょうね……。
 出来るだけ、その心の傷が大きくならない様に、言葉を掛けてあげられたら、いいのだけど」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:椿しいな  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 6人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年11月05日(水)22:38
こんにちは、椿です。
心情しませんか。ひとつの恋に終わりをあたえてあげてください。

●成功条件
 ・ノーフェイス『しづる』と配下のエリューションの撃破
 ・『あーてぃふぁくと?』の確保又は破壊

●場所情報
 時刻は夜。姉妹の住むマンションの一室。二人で住んでいるようです。
 突入時明かりは付いていません。足場は特に不自由はありません。
 突入時、しづるがちづるの首を絞めて居ますがあまり強い力ではないようなので、直ぐに引きはがせば命に別状はありません。
 あまり騒がしくすると近隣住民が確認しにくる可能性もありますので、配慮が必要になるかと思われます。

●ノーフェイス『橿原しづる』
 暗視的能力は持っています。怯えるちづるの双子の姉。長い黒髪に大きな瞳の少女ですが蜘蛛の様な脚が生え、外見が変化しつつあります。
 ちづるの事に関しては『とても優しい妹』だと認識しています。恋愛感情に関しては不明です。
 ターン経過でフェーズが上昇する可能性が在り、フェーズ1程度のエリューションを使役し始めて居ます。意志の疎通は可能ですが、大体自我を喪い掛けて居ます。

攻撃方法
 ・トラップネスト
 ・暗黒
 ・ピンポイント・スペシャリティ
 ・フラッシュバン   +その他、殴る蹴る等の単純な体術

●配下のエリューション・フォース×10
 ふよふよしてます。フェーズ1。しづるの指揮に従います。基本的にその場のしづる以外を攻撃する傾向にあるようです。

●『橿原ちづる』
 肝の据わった一般人です。しづると共に戦場に15T存在することで革醒する可能性が在ると世恋は予知しています。こちらは革醒した場合はフェイトを得ることでしょう。
 しづるの双子の妹で、しづるへと恋愛感情を抱いています。短い黒髪の少女。
 姉を護るために二人でマンションに閉じこもって居ました。アーティファクトを使用し、願いをかなえるのだと奮闘しています。
 現状一般人である為戦闘能力は皆無。姉に恋をしている為に懸命に姉を庇おうとします。

●『あーてぃふぁくと?』
 ちづるの手にしたアーティファクト。鋏の形をした小さなものですが、持ち手の部分が白と黒に分かれています。ちづるは良く解って居ない様ですが、『現状』一般人である彼女が持っていて良いものではないようです。また、正しく願いが叶えられる代物でもないようです。

 どうぞ、よろしくお願いします。
参加NPC
 


■メイン参加者 6人■
ハイジーニアスソードミラージュ
須賀 義衛郎(BNE000465)
アウトサイドスターサジタリー
桐月院・七海(BNE001250)
ハイジーニアスインヤンマスター
小雪・綺沙羅(BNE003284)
ハイフュリエミステラン
シンシア・ノルン(BNE004349)
ノワールオルールインヤンマスター
赤禰 諭(BNE004571)
ハイジーニアスクリミナルスタア
城山 銀次(BNE004850)


 彼女は言う、『これは悲劇』なのだと。
 彼は――『悪漢無頼』城山 銀次(BNE004850)は言う、『これは何て事無い現実』なのだと。

 明かりもつかないマンションの一室。フローリングに白い肢体を投げ出して、虚ろな眸を天井に向ける少女は唇だけで笑って見せる。少女に馬乗りになった異形は彼女の首を締めながら「あゝ」と呟いた。同じ顔の、少しだけ違う髪型の、全く違った肢体の少女二人。身体を投げ出した橿原ちづるはこれが異形――『姉』との二人だけの空間の様に思えて、なんて、耽美なのかと唇だけで不格好に笑って見せた。
「ちーちゃん」
 囁く声に、目を伏せて二人で幸せになる夢を見る。そんなちづるの上に振る閃光が馬乗りになって居た橿原しづるの身体を酷く痙攣させた。長い黒髪にその背格好からは想像もつかぬ程の怜悧な眸を少女に向けた『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)の指先がキーボードの上を踊り続ける。
「そのまま絞め続けたらそいつ死んでたんだけど、分かってた?」
 大げさな程に咳込むちづるの上でのろのろと身を起こし、動けないのだと痙攣するしづるの眼前へと躍り出た『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)が暁を思わす魔力を纏わせた切っ先を少女二人を『引き裂く』様に突きだした。
 リベリスタにとって、この場に居るのはエリューションを使役するノーフェイスとその血縁者の一般人。場数を踏んできた彼らにとっては何て事無い『良くある事件』の一つなのだろうが、正常な判断能力を有している一般人にはそうはいかない。介入者に対して、異形と化した愛しい姉を殺しに来た悪しき者だと判断されたのは未だ幸いか。
「あなたが、ちづるさん?」
 確かめるように、『樹海の異邦人』シンシア・ノルン(BNE004349)が告げる。引きはがす様に降り注いだ焔の雨にしづるが食器棚へとその背を打ちつける。フローリングに叩きつけられた皿やフォークの雨を受け、「しづる」と姉を呼んだちづるの前で、彼女はケタケタと笑っていた。
(神秘化さえしなければ、フェイトさえ得られれば……今迄通りの生活が出来たかも知れないのに)
 理不尽なものだと唇を引き結ぶシンシアを睨みつけ、今にも殴りかからん勢いを持ったちづるを見据え銀次がこれまたノーフェイスにも負けぬ笑みを浮かべてけたけたと笑いだす。無銘と名付けられた刃を据えて両足に力を込めた銀二が周囲へと好戦的な眸を向ける。
「おうおう、正しく悲劇よなァ。しかし、こんなコトは有り触れた良くある話って奴だ」
 何処か小馬鹿にした様に告げる彼へとしづるがピクリと反応し背に生やした蜘蛛を思わす無数の腕を蠢かせる。周囲を漂うエリューションも一丸となって銀次へと襲い掛かった。アッパーユアハート。的確な挑発に惹かれるエリューション達にちづるが「そっちに行っては駄目」と声を荒げる。
「しづるのことは、私が救ってあげる、だから――」
「強いなあ。あの時そうであったなら自分は……」
 詰まらない事かと首を振った『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)が雷を爪弾く。周囲を弾幕の様に降り注ぐ矢の衝撃に思わず肩を竦めたちづるは七海の言葉にぎょっとした様に彼を見詰めている。強いとは何なのか、姉を護れずに野たれ時ぬ憐れな自分の事なのか。
「……どうも、未来からきた人命救助隊アークです」
「何処が人命救助よ。殺人鬼!」
 吼える少女を阻む様に地面を踏みしめて。『影人マイスター』赤禰 諭(BNE004571)が影を召喚する。彼が連れた動物や式は外の見張りに徹しているのだろう。義衛郎の展開した強結界が在る以上、保険なのだと諭は唇だけで笑って見せた。
「殺人鬼。成程、三途の川が満員御礼なのは我々が殺人鬼だからですか。
 麗しい姉妹愛の終わりは殺人鬼によって齎される、ですか? 砂糖細工の様な繊細な恋愛の終わりにはぴったりだ」
 くつくつと咽喉を鳴らして笑った諭が重火器を下ろす。狭いフロアに、付けられた明かりの下、眩しげに眸を細めたちづるが『あーてぃふぁくと』と呼んだ鋏を構えて彼を睨みつけている。
「美しい愛情だって言うなら二人の世界で終わらせてよ?
 砂糖菓子は脆くて、触れば直ぐに壊れちゃう。それくらい言わずとも……」
「麗しい姉妹愛も砂糖菓子は脆く崩れて何も残らない。……いえ、砂糖細工の方が蟻が寄ってくるだけマシですね」


 狭い室内のあちらとこちら。壁に掛けられていたカレンダーがずり落ちて、薙ぎ倒された椅子が視界に入る。あまり荒らさぬ様にと考える諭は、その実、荒れた所で自分にはあまり影響は無いのですがと常の通りの表情で告げていた事を仲間達は知って居た。
「強いなぁ……本当に、」
 自分なら如何した事だろう。強引な程に引きはがされた少女二人の間にはリベリスタが立ちはだかる。
 七海なればこういう時に如何した事だろうか。親近感が募らせたのは己よりも強く、何よりも己に似たこのケースで少女が生きながらえて欲しいと言う願い。きっと『ちづる』は死んでも良いのだろう。双子の片割れ、何よりも愛しいと感じた相手が――『しづる』が死んでしまうのならば。
(それは、きっと同じ……)
 自分だって、死んでも良かった。絞められた首の感触を思い返す様に七海は目を伏せて弓を引く。
 短期決戦を挑む様に、焔を降らせる諭と綺沙羅の眼前を風の様なスピードで走り行く義衛郎が刃を振り翳す。
「妹さんへ何か言伝があれば、預かっておこうか」
「――……」
 ちらり、と視線を向けたしづるが何かを呟いた。唇だけで微かに告げた言葉に義衛郎が視線を逸らす。
「それが、答えなんでしょうか」
「ちーちゃんは、わたしのいちばん、だから」
 ぎこちなく笑ったノーフェイスの指先から糸が吐き出される。まるで蜘蛛の如き攻撃を咄嗟に裂けた義衛郎が振り仰げば周囲を囲っていた筈のエリューションが怒りに任せ後方へと飛び込んでいた。
「おっと、千客万来ですね。どうやら色男が一人いるだけで違うらしい」
「カカッ、モテるのも悪かねェが、こいつらはちとお断りだな」
 周囲のエリューションが全て銀次を襲い往く。その隙を狙った様に降り注いだ矢の中に反抗的に手を伸ばしたのは誰でもない、この場で唯一『被害者』だと言われる少女だった。
「どうして! 何でしづるが死ななくちゃいけないの!?」
「お姉さんは病気みたいなものだけど……病気じゃないよ。神秘化しちゃってるんだ。
 お姉さんは、明らかに普通じゃないでしょ? こうなったら二種類の人間に分かれちゃう。
 ――この世界にいて良い人と。いけない人。運命に愛された人と、愛されていない人」
 淡々と、説得の心算で吐き出した言葉にちづるが瞳を見開いた。理不尽な話しなのだと唇を戦慄かせた彼女が鋏を握りしめたままシンシアの許へと走る。
「だから、運命に愛されなかったお姉さんがこの世界に居ると、比喩でも何でもなく、滅びちゃうんだ。
 この世界を護るために、私たちはお姉さんを殺す。だからね、何か伝えたい事があったら……」
「その言葉に『はい、そうですか。仕方ないですね』って返す『妹』が何処に居るの!?
 その言葉に『残念だけど、諦めるね』って言える『片思い』って存在するの!?」
 吼える少女へ視線を向けてシンシアが咄嗟に取る防御姿勢。しかし、激昂する少女には言い訳も何もない。この仕事が綺沙羅達にとって『普通』のことであっても、理解してくれとは言いにくいだろう。
 エリューションを薙ぎ倒す焔を放ちながら「片思い」の単語に反応した様に綺沙羅が顔を上げる。指先は絶えずキーボードを叩くが、その動きも最早『K2』と呼ばれた時代の如く慣れ親しんでいる。
「恋愛なんてよく分かんないけど。キサ達には『今』しかない。
 シンシアが言った様にキサ達には護らなくちゃいけないものがある。だからここに来た……。
 でもね、『今』しかないのはキサ達だけじゃない。しづるとちづるだってそう。だから、『後回し』にしていい『思い』なんてない」
 好きだと伝える事が出来ない妹の事を『砂糖菓子の如き恋愛』と称した諭は傍迷惑だとせせら笑う。
 人知れずこそ思ひそめしか。
 思いを隠す事が何よりも必要だったはずのちづるにとって、大きな誤算は姉が異形に化した事だったのかもしれない。何にせよ、やることは何時も通りなのだと『速効』目指して降り注いだ焔の雨にちづるが喉の底から低く滲みだ出す声を上げる。
「やめて、殺さないでッ」
「ハイと応えてあげられるほどにこの場は優しくはありませんからね」
 重火器を背負い上げ、増える影人を薙ぎ倒さんとするちづるへと視線を送り諭が肩を竦める。
 うう、と声を漏らすしづるの黒き瘴気が義衛郎と銀次を襲い、同時に傷つけられた身体を庇う様に蜘蛛の足が蠢いている。
「『運命』ってのは残酷だ、世界は甘くも美しくもねェのさ」
 周囲に存在するエリューションが燃え尽きていく。綺麗さっぱり未練すら残さぬ様にとは諭の言葉だ。 圧倒的な火力を持ったインヤンマスターの二人の許で、弓を引く七海の力も相まって時間制限としてちづるが力を手に入れる事が無い様にと短期決戦に特化する彼女たちに回復と言う手合いはあまりに存在していない。強いて言うならばシンシアが後方からサポートし、いざという時に綺沙羅が癒しを送る程度であろうか。
 しかし、それでもだ。そこまでの徹底的な戦闘になれば、しづるというノーフェイスは太刀打ちできなかった。周囲のエリューションすら消し去るその火力の中、刃を突きつけた義衛郎が地面を踏みしめる。
 一歩、踏みしめたそこへと投擲された光りを避ける。身体を逸らしたその瞬間にまるで騙し打ち。幻惑が襲い行き、降る焔がしづるの身体を燃やし続ける。
 あっさりと消し去られる姉の生きた証に力なき少女が慟哭する。アーティファクトと呼ばれた友人伝手に手に入れた鋏を何度も何度もフローリングの床に付き立てながらどうすればいいか分からないと錯乱する様に。
「ねえ、それは何処で手に入れたの?」
「貰ったの……友達が、これを使えば幸せになれるよって」
 唇だけで笑ったちづるがふらりと立ち上がる。綺沙羅の「そう」という言葉から、この手にした鋏が本物なのだと気付いたかのように、両足に力を込める。
『……ぃ、ぉぃ。聞こえるか? 主様』
 脳裏に直接響くのは誰のものでもないものに聞こえた。七海によるアーティファクトを装ったハイテレパス。その響きを受け取ったちづるにはあまりに神秘に対する知識は無い。イレギュラーを装った『あーてぃふぁくと』による語りかけに、少女はじっと鋏を見詰めた。
『俺だよ、いま大事そうに抱えてる俺様だよッ! 今の状況をどうにかしたぁーくないかぁ?
 さあ主様! 今こそ俺様を壊して最後の願いを叶えちまえなよぉ!』
「お遊びは、終わった?」
 唇の端がつり上がる。七海がとりたかった行動は『アーティファクト』が如何に危険であるのかを示したかった。それだけのことだろう。
 突如として現れ、愛しい姉を手に掛けんとするリベリスタ達が訪れ、このタイミングで壊せと乞うアーティファクトに聡明な少女が不信感を募らせない訳がなかったのだ。姉を護る為なら何だってしただろう。叶う訳のない相手と知りながらも、目の前の相手を殺す位の事は。
 地面を踏みしめる。少女がぐん、と近づくその手元を撃ち抜いて、七海は「運が悪かったんです」と囁いた。
 降り注いだ焔の雨に、綺沙羅が怜悧な眸を細めて「あんたは」と呼んだ。只、無意味なまでにその手に武器をする意味を理解できないと眉を顰めながら。
「都合のいい奇跡なんて起こらない。救うってどうやって救うの?
 キサ性質が来なければしづるはちづるを殺して居たし、一時的にキサ達を退けたとしても結果はかわらない」
「あれは、錯乱してたのよ」
 戦慄く唇に綺沙羅は「そう」と目を伏せる。しづるとちづるというアンバランスな姉妹の結末を綺沙羅はフォーチュナの目を通さずとも理解してしまっていた。ノーフェイスと化した彼女の姉には最早人間としての自我は――
「妹を殺して本当の化け物になりたいか、命を捧げて姉を化け物にしたいか。
 妹の生を望んで人として死ぬのか、姉の人としての尊厳を護りたいのか。
 最後に伝えたい事は、ないのか。決めろ。時間は無い。『あんた達』には『今』しかない」
 降り注ぐ焔に、手を伸ばすちづるを抑えつけた影人のそれに少女がもがく。タイムリミットは後少しなのだと理解しているからこそ、彼女の勝手を許す事も出来なくて。
「殺さない、で……!」
「貴女の手にした玩具で救いが来るかなんて無様な問いはもうしないでしょう。
 都合のいい物語等ある筈がないものです。ああ、求めるのは否定しませんが……周りに迷惑さえなければ、ですが」
 諭の言葉にちづるがアーティファクトを握りしめる指先へと力を込める。
 その答えにYesを返せない事を綺沙羅は知って居た。答えが出ても結局は彼女は『革醒者』を知らず、『神秘』にすら触れた事のない只の、少女なのだから。少女が少女である事が罪だと言う様に諭は肩を竦める。
 煌めいた切っ先が義衛郎のものだと気付いた時、ちづるが声を上げ、立ち上がる。しかして、最後に振り翳されたのは彼の刃ではない。
「あゝ」と姉の声が聞こえ、顔を上げたその向こう側、銀次の無銘が深く彼女の胸に突き刺さって居るのが見えた。
「あ……」
「愛してる、一番の妹と言ってましたよ」
「なん……」
 掠れた声に、続いたのは――絶叫。


 銀次は、知っていた。へたり込んだ少女の目の前で歯を毀れさせたアーティファクトを拾い上げ、「お嬢ちゃん」と銀次はどんな言葉をかけられないのかを知って居たのかもしれない。
「かくて希望は潰え、恋物語は砂糖菓子の様に崩れ落ちたのだ……ってか。
 甘い少女同士のお伽噺にゃ、上出来だ。だがよ、目の前で奪われちゃ『まとも』じゃあいられんさ。
 ……俺にゃ方向性を示す事しかできねェさ」
「……どうしたら、いいのよ。私にはアンタ達みたいな力もなければ、しづるさえ居なくなった。
 残されたらどうすればいいの? 行き場を失くして――……お強いですねと莫迦にされればいいの?」
 少女の言葉に、目深に掛かる前髪を押さえつけた七海が眸を逸らす。圧倒的な火力と共に、見せつけられた結末は『姉の死』と『取り残される妹』の図、只、それだけだ。
「待っててやるからよ、いつでも俺を、この城山の銀次を殺しにきな」
 人は、熱をもっているのならば死にはしない。神秘の力を手に入れる事が無かった少女でも、何時しかそうなる時が来るのかもしれない。殺伐としているのかもしれない、しかし、復讐と言う言葉が生きる希望になるのならそれが最上なのかもしれないと銀次は唇だけで告げた。
 ぴくり、と少女の指先が震える。汗が滲んだ掌が気持ちが悪いとスカートを握りしめるちづるの傍らで義衛郎は困った様に肩を竦める。
 目の前から愛しい人を奪われた時、復讐せずに居られなかったのは義衛郎だって同じ。世界は何時だって残酷に何かを奪い去る事を彼は、痛いほどに知って居た。『神秘』というヴェールに隠されているのは只の残酷さに他ならないのだと。
「お姉さんのを手に掛けたのは、オレだよ。さて、どうしたい」
 銀次の示した方向性に、改めてかけられる問いに。ちづるは「アンタは」と唇を震わせた。姉を殺した相手を殺人者と罵った自分に、その咎しか残されないのかと少女はじ、と義衛郎を、銀次を見詰めた。
「貴女には死んでほしくない。自分も、似たような経験をしました。
 あの人は素敵な人でしたが、人間ではなくなってしまった。助けたかった――けれど、状況は悪くなるばかり。それでも、今でもあの人の事が好きです。貴女の気持ちを知れば知るほどに、その想いは尊いと分かるから……死んでほしくない」
 七海の言葉に憎悪を孕んだ瞳を向けたちづるが唇を噛み締める。生きる意味たる片割れを失った己には、如何する事も出来ないと、言う様に。
「怨みたければ恨んで結構。思い出を美化して惜しんで懐かしみ、好きに浸りなさい。
 結果は変わりませんが、意味は好きに取れるものです。止めやしませんし否定もしません」
「絶対に殺しにいってあげる――待ってなさい、今に、私は……!」
 マンションの一室の、荒れた部屋で座りこんだ少女が声を荒げる。扉に手をかけた銀次は振り仰ぎ、「待っててやるよ」と囁いた。
 へたりこんだ少女が俯き、其の侭、崩れていく一連の流れを見詰めた後、義衛郎は、そっと扉を閉じた。
「……ちゃんと、二人は悪夢から醒めたのかな」
 囁くシンシアの言葉に、綺沙羅は小さく首を傾げて、口元だけで笑っていた。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お疲れさまでした。
 破滅のお話しでした。短期決戦に向いた良い作戦であったと思います。

 ご参加有難うございました。また、別のお話しでお会いできます事をお祈りして。