●佐田家の一室 「明日は定休日だし、好きなだけ付き合うけど……本当にそれだけでいいの?」 『まだまだ修行中』佐田 健一(nBNE000270)は、みたらし団子を頬張る少女のおかっぱ頭をしげしげと見つめた。黒々とした髪の上に皿はない。脱着式のそれはヒダのついた赤いスカートの上に置かれている。 本人の申告によれば、彼女は河童だった。妖怪、いや、アザーバイドである。 ちなみに彼女が出てきた穴は、いまも鈴虫のなく佐田家の庭でぽっかりと口を開けている。 「宿題、かぁ。それにしても向こうの夏休みは長いんだね。羨ましいよ」 河童少女は片方の頬を膨らませたまま、前髪を揺らした。お茶で団子を飲み下すと、黒目がちの大きな目を健一へ向けた。 「長くないよ。短いの。それに、うちらのは夏じゃなくて秋休み」 健一は、へえ、と気の抜けた返事をしてから胡坐を解いた。立ち上がって庭に面した戸を閉めに行く。 あちらの世界がこちらの世界と異なっていたとしても別に驚くことじゃない。夏休みがなくて秋休みがある世界があったてもいいじゃないか。 戸に手を掛けて見上げた夜空には、銀盆のような月がぽつんと浮かんでいた。 しみじみと。覚醒してからこの手のことに動じなくなったと思う。夏に聞く怪談話が好きだったのに、今じゃちっとも楽しめない。どうしても、その時リベリスタがいたら、なんてことを考えてしまうのだ。 「じゃあ、今夜はもうお休み。その巻物を観察日記で埋めようと思ったら、あっちこっち見て回らないとね」 河童少女は素直に頷いた。木のテーブルを部屋の隅へ移動させると、皿から亀の甲羅のような寝具一式を取りだして広げた。 どうやら皿に見えるものは頭に装着する『幻想纏い』のようなものらしい。 「おやすみ」 健一は明かりを消して、部屋を出た。 ●佐田家の廊下 「……ということで、ちょっと傍をうろうろするけどいいかな? こっちのことは気にしないで普段通りに……あ、うん。フェイトはあるよ。大丈夫。宿題が終わったらすぐ帰るって」 受話器を置いて、ため息をつく。柱に掛けられた時計を見た。もう9時過ぎだ。これ以降の電話はいくらなんでも非常識だろう。 「ま、まあ、あの子が帰った後で事情を説明してもいいか」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年11月06日(木)22:36 |
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■メイン参加者 12人■ | |||||
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●三高平市、06:00 日が昇る前に店を出た健一たちは、三高平市郊外のある資材置き場までてくてく歩いてやって来ていた。いまふたりは資材置き場の隅に建てられたガレージの裏手にいる。 良い具合にさびれた感がただようこのガレージこそが、コヨーテ・バッドフェローの住処、別称『犬小屋』であった。 「あ、こら。取って食べちゃ駄目」 健一は河童少女の手を引いて止めた。 ちょうど収穫時になった唐辛子の艶やかな赤い実が、朝日を返す葉の上によく映えて美しい。唐辛子は鑑賞用ではなく食用だった。 知らずにがぶりといけば舌が痺れる、唇が腫れる。 脇に申し訳程度、鑑賞用の、これもまた唐辛子が植えられていた。果実が黄色く色づく『花祭り』だ。 河童少女はするりと巻物を広げると、筆をとって隅に唐辛子たちを描きいれた。赤と黄と緑がバランスよく揃っていかにも秋らしい絵だ。 唐辛子は辛いもの大好きコヨーテが食べるために栽培しているのだろう。もしかしたら『花祭り』は間違って植えられた……のかもしれない。 突如発せられた水音へ顔を向けると、キラキラと光る粒が空を舞っていた。ばしゃ、ばしゃ、と水は何かに当たって四方に飛び散っている。 「……寒ィ! 最近一気に寒くなったなッ!」 角からひょいと顔をだすと、コヨーテが水浴びをしていた。 タイヤが外されたクラシック・カーの後部座席にライダースジャケットとレザーパンツ、愛用の赤いマフラーを残し、朝日を受けながら水を浴びて立つ男はパンツ一丁。 鍛え抜かれた背筋と引き締まったヒップが素敵……と異世界の少女が思うかどうかは別として、なかなかワイルドな光景だ。なんだかアメリカの荒野っぽい。ここ、日本だよな? 健一がそんなことをぼんやり考えていると、コヨーテがくしゃみした。 「なんでココお湯でねェんだ……」 それは君がガス会社と契約してないから。 「カゼとかひいたコトねェけど、マジでカゼひきそォだぜ」 大丈夫。君には唐辛子があるじゃないか。 「そろそろ銭湯とかにした方イイんかなァ……」 いや、それならもっと早いうちから銭湯に切り替えようよ。 河童少女はもくもくと紙の上で筆を滑らせ、赤と黄色の唐辛子の上にホース片手に水を浴びるコヨーテの姿を描き込んでいた。コヨーテの肩のあたりから出でいる放射線は朝日を現しているのだろう。 水道の蛇口をきゅっとひねって水をとめると、コヨーテはガレージに入っていった。 健一たちも移動する。 ビールケースを積み上げて、ガレージに開けられた小さな明り取り窓から中をのぞき込んだ。 コヨーテは冷蔵庫から出した炭酸水をコップに入れると、そこへブラックペッパーとタバスコを混ぜこんだ。 「いただきまーすッ!」 コップを傾けたコヨーテは刺激的な飲み物を一気に飲み干した。 ウゲっと健一が奇妙な音を吐いた。 「……くゥ、眼ェ覚めたッ! 体乾いたら服着て走ってくっかーッ!」 いや、タオルで拭こうよ。この時期、自然乾燥を待っていたら風邪ひくよ。 「あッ、出る前に、裏の唐辛子に水やって来よッ」 あ、まずい。いや、別にかち合ったところで事情を話せば問題はないはずなのだが、なぜだか健一は慌てた。 河童少女の腰に腕を回すとひょい、と一抱え。一目散に駆けだした。 その拍子に筆が滑り、コヨーテのギザギザ歯の隙間からピューと激辛ドリンクが噴き出したようになってしまったのは、ひとつご愛嬌ということで。 ●三高平市、06:30 さて、コヨーテのガレージから離れるとこ30分。健一たちは次のモデルを探して住宅街を歩いていた。 あるところからは出汁の利いた味噌汁のいい匂いが、あるところからは入れたてのコーヒーのいい匂いが漂ってくる。丁度朝ごはんの時間だ。 腹が減ったな、とぼやく健一の前を三毛猫が横切った。ひょいっとジャンプすると、針金フェンスの破れ目に体をくぐらせた。止める間もなく河童少女が猫を追いかけてフェンスをよじ登る。無論、健一も後を追った。 フェンスの向こうは団地だった。 猫を追う河童少女を追いかけて、健一は3街区の6号棟へ向かった。 「起きろ、朝だぞ?」 こ、この声は……。 やっとの思いで捕まえた少女を腕に抱えて顔を上げるとそこはベランダで、仕切り板の隙間から寝室らしき部屋が覗き見えた。 ガラスの向こうにユーヌ・プロメースが立っていた。やたら黒っぽいメタルバンドのポスターを背景に、白いエプロン姿がまぶしく浮かび上がって見える。 ユーヌが視線を落とす先はベッドで、こんもりとした塊――むにゃむにゃと寝言を言いながら寝返りをうつ結城 ”Dragon” 竜一がいた。 (あ、ここ。竜一くんの……って、あれ?) たしか、アークの個人データに記載された竜一の住所は「なのはな荘511号室」だったはず。そこで竜一は2人の男とともに共同生活を送っていることになっているのだが……。 (え、どういうこと。ここはプロメースさんの家?) それにしては部屋の壁に張られたポスターがらしくない。どう見ても男の部屋だ。 健一は首を傾げた。 力が緩んだ隙に河童少女は健一の腕の中から逃れ、膝の上に巻物をするりと広げる。滑る筆が描き出し始めたのは、竜一に覆いかぶさるようにして体を揺するユーヌだ。エプロンの隙間から白い谷間が……ゲフンゲフン。 「そこはその、あのお兄ちゃんのニヤケ顔でうまいこと誤魔化しなさい。描いちゃダメ」 ユーヌからは死角になって見えていないようだが、揺すられる竜一の口の端がわずかに上がっていた。揺れが大きくなればなるほど口が緩んでいく。 (あ、こいつ寝たふりしているな) なんて羨ましい。いや、けしからん。 「反応なし、か」 ユーヌは体を起こすと顎に細い指をあてて考え込んだ。次の手は腹に乗るか、踏むか。または目覚めのキスか? 「ふむ。茨姫ならキスで起きて楽で良い」 いうやいなや、布団の上に乗っかると、ユーヌは目蓋を伏せた。柔らかそうな唇をうっすらと開き、竜一の顔へと近づける。 お姫様、ピーンチ! そいつは茨姫ならぬ桃色狼ですぞー! 健一の心の絶叫が聞こえたわけではないだろうが、ユーヌは竜一が体を起こす前に身を引いていた。 逞しい腕が空をかき抱く。 「おや、起きてたならキスはいらないな?」 不満げに唇を尖らせる竜一。 ふふふ、と笑うユーヌ。 狸寝入りが分かりやすいやつ、とパジャマの膝に乗るなり、竜一の頬に軽くキスをした。 (く~、朝からもう……くわぁぁ!) ふたりの甘い関係を見せつけられて健一のHPがガリガリ削れていく。 河童少女は巻物にこれでもかと恋人たちの周りにハートのマークを描き込んでいく。 「続きはまた後でな」 ユーヌは竜一の腕を引っ張ってベッドから立たせると、取った手に指を絡ませてキッチンらしき部屋へと移動していった。 さて、結城家今朝の献立は――ガラスに阻まれて分からない。 残念。 しばらくしてベランダに続く部屋に戻ってきたふたりはそそくさと着替えを始めた。 竜一がエプロンを外すユーヌの後ろから三高平大学付属高校の制服を着せにかかる。 (……って、高校生か!) 健一は手で額を打った。パシッと、いい音がさわやかな朝の空に響く。 これはいかん。いかんだろ。世間が赦してもオレが許さんぞ。 鼻息荒く立ち上がった健一の袖を河童少女が引いた。 「お前さん、野暮だね」 「いやいや、野暮とかそういう問題じゃないよ。これは」 いいから座れ、とおかっぱ頭。その後ろでは、竜一がユーヌをぎゅっと抱きしめていた。すりすりと頬ずりをして、ちゅっちゅっと……まあ、お熱いことで。 ふたり揃って部屋を出た後で、ドアが開く音がした。 「さて、では行って来る」 「いってらっしゃい」 どうやら先にユーヌが学校へ向かったようだ。 ややあって竜一が寝室に戻ってきた。ん、とひとつ伸びをして、 「俺も、そろそろ大学の講義に出かけよう」 のんびりと着替え始めた。 竜一、本日の授業は2コマ目のようだ。 「じゃあ、オレたちも行こうか。せっかくだから三高平の学校へ行ってみよう」 健一は河童少女を連れて団地を後にした。 ●三高平市、10:00 三高平大学と付属の小中高は市内のほぼ中央にある。その敷地は広大で、毎年迷子・行方不明者の捜索依頼がでるとかでないとか……。 「どれが学校?」と河童少女。 「ん? 見える範囲、全部学校だよ。大学から小学校まで。べらぼうな生徒数だからね」 他の街の学校へ通う者もごく僅かにいるが、三高平市に住まう子供たちの学校といえばここなのだ。ひとつひとつの箱が巨大であるのも同然。 健一は学校事務局へ顔を出して構内見学の許可を取ることにした。 「ああ。それなら小学校の体育館へ行くといいですよ。ちょうど市立交響楽団を招いて特別授業をやっていますから」 職員にお礼を言って事務局を出て歩くこと5分。赤いかまぼこ型の屋根の下から、クラッシック音楽が聞こえて来た。 体育館の中に入り、授業の邪魔にならないように足音を忍ばせて歩いく。少女のために写生の場所を探していると―― 「あ! 和菓子屋さんなのだ! おーい、なのだ」 大声で呼ばわったのはチコーリア・プンタレッラだった。こら、と叱る先生を無視して嬉しそうに手を振っている。 そのまま小休憩になったらしく、チコーリアが四角いクッションを手にこちらへ駆けて来た。 「その子、誰ですか?」 「この子は異世界からボトム見学に……と、チコちゃん、授業中!」 「もう休憩だから大丈夫なのだ」 悪びれる様子もなく、チコーリアは河童少女へ向きなおる。 「チッチなのだ。カッパちゃん、ヨロシクなのだ」 もう音楽鑑賞は終わりかい、と聞くとチコーリアは首を縦に振った。 「でも、このあといろんな楽器の体験授業があるのだ。カッパちゃんも一緒に受けるといいのだ」 小中学校のブラスバンド部には置かれていないような楽器を、好意で演奏させてもらえるという。 「チコはファゴットやりたいのだ」 健一の頭の中で警告ランプが回りだした。 まさか。 確認しようとしたところで休憩時間が終わり、チコーリアが河童少女の手を引いて先生のところへ戻って行く。仕方なく健一もチコーリアのクラスの輪に加わった。 先生の話が終わると、生徒たちはそれぞれが興味のある楽器のところへ向かっていった。 「やあ、はじめまして。ファゴット担当の古川です」 「よろしくお願いしますのだ」 チコーリアと河童少女は揃ってぺこり、と頭を下げた。 「ファゴットは人間の声に例えると男性オペラ歌手のバリトン・テノールのような甘い音色でメロディーを奏でることもできるんだよ」と講師。 実際にファゴットは伸びやかな音色を持ち、更にはまるで嘆くような、悲鳴にも似た音色を出すことができる。 「その音色は死者をも蘇えらせる、と言われるほど神秘的なんだ」 「チコ、知っているのだ! クる――もがもが……」 健一は慌ててチコーリアの口を塞いだ。 妙な顔をする講師に引きつった笑顔を向ける。 「さ、さっそく音を聞かせてください」 危ないあぶない。ファゴットをやりたいというのは、やはりあのフィクサードの影響か。 過去何度かクルト・ヴィーデンとは依頼で顔合わせをしているようだが、そう言えばそれらの依頼でクルトはフィクサードらしき悪事を働いていない。健一もそうだが、ケイオスの楽団が三高平に攻め込んだ時、チコーリアはまだ覚醒していなかった。 とはいえ、改心した様子もないからにはリベリスタとしてなれ合っていい相手ではないのだ。あとで注意しておこう。 楽器を実際に吹いてみることになった。 目を輝かせたチコーリアが楽器を受け取ると、河童少女は巻物を広げて筆を取った。 リードを付け替えていざ―― やはり、というか、そうそう簡単にいい音はでない。講師から指導を受けて何度か吹かしているうちに恰好だけは様にはなってきたけれど、チコーリアはいたって不満のようだった。 「あうう……クルトさんみたいに上手く吹けないのだ」 「クルト? まさかあの“楽団”の……」 ひぃー。 なんとかその場を言いつくろって丸く収めると、健一は少女たちを両脇に抱えて別の楽器を見に行った。 ●三高平市、12:00 授業が終わって昼休み。 健一たちは教室に戻るチコーリアと別れて、昼食を取るべく大学のカフェテリアへ向かった。 大学と高校の間に広がる中庭を歩いていると、見事に紅葉した大きな木の下あたりから、スパイスの効いた、カレーのなんともいい匂いが漂ってきた。 木漏れ日が作るまだら影の下に移動式カレーの屋台があった。 屋台の手前で奇妙なコスプレ(腹にカレーと書かれている黄色い……パン?)をした春津見・小梢が折り畳み式のテーブルの上にクロスをかけている。 開店を前に小梢は緊張しているようだ。メガネの奥の目が尖って見えた。 とにかく昼メシはカレーに決めた。この匂い、無視しがたい。たとえ空腹でなくとも、スルーできなかっただろう。 「いいよね、カレーで」 河童少女の了解を得て歩きだす。と、その時―― ドドドドドッ 地響きに振り返ってみれば、砂塵が舞い上がる中を男たちがすごい形相で駆けてくるではないか。 「いただきます」 (え、いただきます? なんで、いただきます?) 背後で小梢の声を聞いたあとから中庭を出るまでの間、健一にはまったく記憶がない。 気がついたときには正門近くのベンチで横になっていた。 体を起こした健一に、河童少女が巻物を広げて見せる。 「妖怪カレー配り。描いた。次に行こう」 ●三高平市、15:00 健一は腕時計を見て愕然とした。3時間も気を失っていたのか。道理で腹の鳴りがすごいわけだ。 さて、食事はどうしたものかと思案していると、奥州一悟がクラスメートと連れ立って正門へ歩いていくのが見えた。 とりあえず後をつけていく。 ほどなく、一悟たちは学校からそう離れていないところにあるハンバーガーショップへ入っていった。 (校則違反じゃないのか?) 制服を着たままであれば、学校帰りであることは一目瞭然。なのに……。 自分の時代とは違うということなのか。それとも三高平大学付属高校の校則がおおらかなのか。 支払いを済ませると、一悟たちはハンバーガー2つとポテト、それに炭酸飲料のLサイズが置かれたトレーを手に窓際のカウンター席へ移動していった。 「あれ、食べたい」 河童少女がせがまれて、健一もレジに並んだ。 一悟たちの姿がよく見えて、なおかつ巻物が広げられる4人席に座った。カレーが食べたかったなと思いつつハンバーガーにかぶりつき、後ろで交わされる会話に耳を澄ませる。 最新のゲームとか、サッカーチームの順位とか、かわいい女の子の話とか、たわいもない話題で盛り上がっていた。 一悟たちの年齢であれば、将来のこととか進路の話が出てもおかしくはないのだが……。 (まあ、当然か) ふと、テーブルの上に目を戻すと、河童少女はすでに食事を終えて窓ガラスに写る一悟たちの姿を描き始めていた。 よほどお腹が空いていたのだろう。やたらとハンバーガーがでかい。一悟の顔よりもハンバーカーの方がでかい。ハンバーガーにかぶりつく、というよりもハンバーガーにかぶりつかれているような感じだ。 「へぇ。おまえ、アニソンなんか聞いてんのかよ」 笑い混じりの声に思わず顔を向けると、窓を介して一悟と目があった。片目を瞑ってこちらの存在に気づいていることを伝えてくる。パチ。 「ま、オレも聞いているんだけどなw」 パチ、パチ。 本人はさりげないつもりのようだが不自然極まりない。案の定、「お前もかよ。で、なんのアピールだ、それ」と友達から突っ込まれていた。 そのまま好きなアニメの話題に移るかと思っていたら、一転して一悟の雰囲気が暗くなった。ずずっ、とストローでジュースをすすり上げると卒業後の進路についてぼそぼそと語りだす。 一悟は一悟なりに将来のことをちゃんと考えていた。ただ、彼は普通の高校生じゃない。なんらかのきっかけで覚醒し、特別な力を得て人々のために戦うリベリスタなのだ。大学へ進学するにせよ就職するにせよ、ごく普通の高校生たちが悩んでいるような選択に加えて、生死にかかわる非常にシビアな選択を常々迫られている。 「考えてみればフィクサードたちと死ぬか生きるかで戦っているほうが変なんだけどさ、いまじゃそっちが日常っうか、普通になっちまったな……」 一悟の横に座るクラスメートは覚醒者ではない。おそらくアーク職員か、家族に覚醒者がいるかのどちらかだろう。一悟と一緒にしんみりする。 可哀想な子供たちだと健一は思った。 覚醒したばかりに経験しなくてもいいことを体験し、知らなくてもいい苦しみや哀しみを知ってしまった。悪いことばかりではないだろうが、それでも……。 「えへへ。なんか柄にもねぇこと言っちまった。な、気分直しにゲーセン行こうぜ!」 トレーを持って席を立った一悟たちを見送ってから、健一たちも店を出た。 ●三高平市、16:15 「なんか、食べた気にならないなぁ」 健一は胃のあたりをさすりながら、河童少女の手を引いて繁華街を歩いていた。 胃だけじゃなくて頭の中もモヤモヤしている。 「おやつ食べたい」 おやつ、と言われて健一の頭の中に一軒の店が浮かんだ。凝ったトッピングの美味しいパンケーキを出すことで近頃評判の店だ。北欧風の可愛らしく、けれど甘すぎることのないお洒落な内外装とインテリアをしており、若い男性の間でも大変ウケている。 この『若い男性』という名詞が曲者で、大抵の場合は『美しい』という形容詞で飾られていた。 お洒落な店でハンサムな男の子たちが優雅にお茶をしているとなれば、頭に『腐』がつく女子がわんさと寄ってくる。 それ故、美しくない30手前のオッサン1人では大変入りづらく、今日まで視察をためらっていたのだ。 健一は皿型アーティファクトを頭に乗せた少女を見下ろした。 よし、この子がどうしても、というなら仕方がない。いや、まだ言っていないがきっと言う。オープンテラスでお茶する美少年たちに微笑みかけられれば、異世界の少女だってきっと―― 「今日は大学が3コマもあってつっかれたー。帰りに甘いものでも食べてこっかな~」 はう、この声は! 羽柴 壱也だった。 健一はとっさに背の高い鉢植えの影に隠れた。 「ネタの宝庫カフェ! ほら、来た来た」、とはしゃいだ声を上げながら、壱也が横を通り過ぎていく。 よくよく考えてみれば、健一と壱也は直接顔を合わせたことがない。だから隠れる必要はないのだが、まかり間違ってそっちに趣味があると思われると困る、というかイヤだ。 「最近は高校生ぐらいの男の子も二人でカフェとか来るんだよねー」 壱也はいそいそとカバンから小ぶりのノートを取りだした。 どうやらホモカフェ、いやいや、パンケーキの店に入るらしい。 (きょうも偵察は諦めよう) 健一が踵を返しかけたそのとき、河童少女が壱也の後ろにくっついて店へ入っていった。スキップしながら。 やはりお前も頭に『腐』がついたか! ドアの前でウロウロしていると、中から河童少女に手招きされた。仕方ない。覚悟を決めて入る。冷たい視線by腐女子の攻撃に耐えながら席に着く。 店内は満席だった。 幸いにもアーク関係者は壱也だけだった。その壱也はすぐ隣の、中庭に面した席に座っていた。スケジュールを書いているとみせかけて、サラサラと手帳に『ネタ』を書き込んでいる。パンケーキを食べつつ人間チェックに余念がない。 「知ってる人でも通らないかなあ」 ドキッ。 健一は顔を反らした。 「このパンケーキも彼氏と食べたらもっとおいしいんだろうなあ」 壱也のため息があまりにもせつなく聞こえたので、こっそり横目で隣の様子をうかがう。すると……。 「『それ、ちょっとほしいな』『いいよ、はい、あーん』『あーん』『おいしい?』『おいしっ』」 一通り独り芝居を打つと、急にハッとして 「うわああああ。今の誰にも見られてませんように!」 和菓子屋は見た。見てしまった。 河童少女は描いた。 フルーツと生クリームとチョコで飾られたパンケーキを前にして、エア彼氏相手にヤンヤンきゅんきゅん(はあと)している壱也の姿を。 ●三高平市、18:00 夜。日暮れたあとの三高平。仕事帰りのサラリーマンでにぎわう商店街。 河童少女とともにぼーっと道を歩いていると、健一は見覚えのあるがっしりとした肩の男とすれ違った。振り返ってみれば、それはランディ・益母で、横に喜多川・旭を連れていた。 仲睦まじく手を繋いでいる。それぞれ反対側の手には買い物袋。大学へ彼女を迎えに行った帰り道に買い物をしている、といったところか。 ランディが持つビニール袋の中身はかぼちゃのようだ。そのほかにも赤や黄色といった秋色の野菜たちがうっすらと透けて見えており、量もたっぷりと入っているのが分かった。 「今日のメニューはハンバーグと秋野菜サラダと、かぼちゃポタージュ!」 「そうか。それは楽しみだな」とランディが旭の頭をポンポンする。そのまま腕を肩に回して抱き寄せた。 「あ、卵が切れている。そこのスーパーに寄ってから帰ろう」 うん、と言って旭がランディの腰を抱く。 ぴったりと体を寄せあうカップル。そのままスーパーの中へ入っていった。 またも熱々ぶりを見せつけられた健一は面白くない。 他へ行こうと河童少女にいうと、きっぱり拒否された。 「え~。面白くないよ、カップルなら朝描いたじゃん。さっきも……エアだけど」 何が気になったのか、と河童少女に聞くとかぼちゃポタージュと答えた。どうやらランディの自宅まで押しかけて行くつもりらしい。 さすがに恋人たちの食卓に乱入するのは、と健一が渋ると、少女は皿型アーティファクトから小さな羽虫と小型モニターのようなものを取りだした。健一が行かないのなら独りでも行くと言って聞かない。 「しょうがないなぁ」 健一たちはスーパーから出てきたカップルのあとを追った。 たぶん、というか100%ランディたちには尾行がばれているだろう。彼らはアークでもトップグループに入るリベリスタなのだ。分からないはずがない。 こちらの事情を察したわけではないだろうが、知らないふりをしてくれているのがありがたかった。 ランディたちはゆっくりと夜の散歩を楽しんで帰宅した。 旭はエプロンに袖を通すと、早速キッチンに立った。 テーブルで新聞を広げてみる恋人にちらりと視線を向けてから、よし、と気合を入れて腕まくりする。 (らんでぃさんのがお料理上手だけど、おいしいって食べてくれるんだもん。だからがんばるの) カボチャはキレイにくりぬいてポタージュの器に。チーズをかぼちゃお化けの形に切り抜いて、こんがり焼けたハンバーグの上に。お化けの形に切った赤と黄色のパプリカでサラダを飾って出来上がり。 食卓の上はすっかりハロウィンだ。それを見た河童少女も楽しそうに絵を描いている。 「おー♪ すごいな。おいしそうだけど食べるのがもったいないぐらいだよ」 「食べてたべて」 「じゃあ、いただきます。……ん、今日はどんな事があった?」 「今日はねー。綺麗な秋晴れだったからお昼休み屋上いったの。紙飛行機飛ばしたらセンセの頭に墜落しちゃった…しっぱい><」 今日の出来事を報告しながら、味の評価を待つ旭はさぞかしドキドキしていることだろう。うっすら赤く上気した顔が心臓の高鳴りを雄弁に物語っている。 「うまい! すごくおいしいよ、旭。味、飾りつけともに5つ星だ」 親指を立てたランディに、旭の顔がへにゃりと笑み崩れた。 そんな頭をくしゃっと撫でて、「今日も美味しかったぞ、毎日有難うな」とランディ。 食器を下げるついでに旭の後ろへ周り、腰を抱き寄せると少し意地悪い声で 「今日一緒に風呂浴びないか? 後で腕枕してやるから」 「ふわ…! い、いっしょ、に…? うでまくら…(そわ」 モニターでその様子を見ていた健一は鼻血を出した。 「大好きだぞ、旭」 「……うん。しあわせ。らんでぃさん、だいすき」 これ以上は子供には刺激が強すぎる。あまりの熱々ぶりにいたたまれなくなったこともあり、健一は続きも描くといって聞かない少女を無理やり抱え上げてランディ家を後にした。 ●三高平市、19:55 「ちっ、くしょ~。みんな幸せそうでいいね!」 酒だ、酒。酒を飲まずにいられますかっていうの。 嫉妬のあまり保護すべき児童を連れ歩いていることなどコロッと忘れて、健一は酒屋へ向かっていた。たしかこの近くに新田酒店があったはずだ。 看板を見つけてあった、あったと喜んでいると、やけに暗い雰囲気を纏った女性がひとり、シャッターのおりかかった店へ入っていく。星川・天乃だった。やはり暗い顔の新田・快の出迎えを受けて奥へ姿を消す。 シャッターが下ろされ、看板の照明が消えた。 確か閉店は22時だったはず。周りの飲食店の要望に応えるため、新田酒店は任務中を除き夜遅くまで店を開けている、と誰かに聞いたことがある。 なにかあったのだろうか。 新田酒店の前を通りすぎた時にはもう、ヤケ酒を求める気持ちはきれいに消え失せていた。 ただ、ふたりの様子がどうにも気になって、河童少女に先ほどのアーティファクト一組をもう一度出してほしいと頼んだ。 路地へ入り込むと、表に出されたままのビールケースをひっくり返して即席の椅子とテーブルを作り、モニターを置いて羽虫を飛ばした。 「――すまない。俺はあの夜……君を見捨てる決断をした」 羽虫がいきなり重い言葉を捉えて送ってきた。しん、とした静けさの奥で時を刻む秒針の微かな音がしていた。 「分かってたはずだったんだ。あの時君なら一人で敵に挑むだろうってことが。それなのに俺は……君を、助けられなかった」 ごめん、と続く言葉は聞こえなかった。膝に落とした快の拳が白い。 「責められる、のはむしろ私、だから」 ほどなく発せられた天乃の声はとてもとても小さかった。目の前に座る快を壊してしまわないように、そっと。 ここに至ってようやく健一はふたりが何について話し合っているのか悟った。 ――『全葬事件』 イタリアで起こった劇団絡みの依頼だ。健一はまだ報告書に目を通していなかったが、かなり厳しい戦いだったと聞く。 天乃が生き残ったのは偶然だ。政治的な意図が絡み、彼女は敵に「生かして帰された」。 「私は、自分のやりたい事、を任務より優先し…新田、もするべき事、を貫いた。それだけの、事」 「……それでも俺は、自分を許せないよ」 防げた筈だと快は唇を噛む。彼女の孤立を。見捨てる事になる事態そのものを、と。 ううん、と天乃は首を一振りすると、快の傍ににじり寄った。そっと固められた拳を手に取り胸に引き寄せる。 「だから、今のままでいい。今は救えないかもしれない。それでも、いつか届くと夢見て必死に手を延ばし……今救える人間だけでも救う」 そんな新田、が好きだから―― 天乃は哀しみに染まった瞳を伏せた。 「本当、は姿を消してしまえれば、良かった…んだけどね」 「バ、バカなことをいうな! そんなことになったら、俺は……俺は……」 ふと口をついて出てしまった言葉に、快が弾かれたように顔を上げた。 天乃の頬を一滴の涙が伝い落ちた。 何を言っても今は彼を苦しめてしまう。何をしても彼を苦しめてしまう。あの日の出来事は、いつまでも2人の間に残ることだろう。 だけど―― 「しな、い。アークで、決着をつける事が多すぎる、から」 「ああ。お互いにな」 ふたりは手と手を重ね、額を寄せあった。 ●三高平市、21:00 「おい! そこで何をしている!」 健一は文字通りビールケースの上から飛び上がった。 モニターに集中していたために、人が来たことにまったく気づかなかったのだ。 「あ、いや……その……」 河童少女を自分の後ろに隠しながら、しどろもどろ、声の主に言い訳をする。向けられた懐中電灯明かりがまぶしくて、男の顔は見えない。 「……たく。何やっているの、佐田さん」 すっと懐中電灯が下げられた。 目が闇になれて見えてきたのは斜堂・影継の顔。 「な、なんだ。影継くんじゃないか」 「なんだ、じゃないだろ。なんだ、じゃ」 影継は単車(よく戦闘で壊すため今年5台目)で市内巡回中に、エリューションを連れた男が市内をうろつきまわっているという話を聞きつけ、探し回っていたという。 いくら三高平市が特殊といっても、エリューションに自由気ままに歩き回られるのは問題だ。エリューションを連れている男が、アーク要人を狙うフィクサードではないという保証もない。 だから影継と自警団の仲間たちは当初、かなり本気で謎の二人連れを探していた。が、AF経由で情報が入るたびに謎の男は謎ではなくなった。 「もしや、その男というのは……フォーチュナの佐田健一か」、となったらしい。 とにかく、通報が複数自警団に入ったことからも、早々に健一を捕まえて事情を聞かなくてはならない。さりとて一度気が抜けてしまうともう駄目で、のんびりムードの捜査となった。 そうして市内の警邏がてら夕食をとる店を見繕いながら走っていると、新田酒店横の路地にうずくまる健一たちを発見したという次第だ。 「その子は……河童? エリューションか?」 「いや。アザーバイドだよ。うちの庭に穴をあけてやってきたんだ。あ、フェイトはあるから」 見ればわかるよ、と影継は苦笑した。 つられて健一も笑う。 笑ったら腹がなった。 「飯は? まだなら一緒に食べないか? さっきいい店を見つけたんだ」 影継は実家を出て以来、自炊はせず、孤独に外食をとる生活を続けている。おごるよ、と気軽に言えるのは、斜堂家がかなりの金持だからだ。加えて、トップクラスのリベリスタとしての稼ぎも相当なもの。 健一は素直に好意を受けることにした。 連れていかれた店はなかなかいい雰囲気の小料理屋で、子供ずれにも関わらず美人の女将は嫌な顔ひとつせず座敷へ通してくれた。 さすが。いい店を見つけるね、と褒めると、 「いや。適当に見つけた店に入るやり方を続けているが、最近は海外で同じことをして酷い店に当たったりもしている」 と、酌をしながら言う。 「欧州はイメージに反して食事情が微妙だった」 影継はその反省から外食レビューサイトをよく見ており、自身でも三高平市内にある店のレビューを投稿していた。 「で、ふたりの今日一日はどんな感じだったんだ?」 河童少女が影継に見せるためにそそくさと畳の上に巻物を広げた。 「お、これはコヨーテだな。こっちは……ユーヌと竜一か? それからチコ、一悟、壱也点…は何をやってんだ、これ?」 「あははは。それ、見なかったことにしといて。本人も知られたくないだろうから」 そのあとにハロウィンの食卓を囲むランディと旭、額をくっつけ手を取りあう快と天乃のカップルの絵が続いている。そして―― いつの間に描いたのだろう。 巻物の終わりには影継(めつさ男前)と健一(なんか適当)が描き加えられていた。 「うん。よく描けているじゃないか。きっと先生に褒められるよ」 頬を赤くした河童少女が、影継に筆を差し出した。 「じゃあ、花まる、ここに描いて頂戴。よくできましたって」 「え? オレが描いていいのか?」 こくこくと頷く少女。 「大学の課題もこんな感じで点が取れれば楽なのだが。帰ったら海外出張中に溜まった分をやってしまわないとな」 大きな花まるを貰った河童少女は、大満足で自分の世界へ帰っていった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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