● 「沖縄って良いよね……」 「ああ、綺麗な所だと思う」 アーク本部の広いエントランスに備え付けられたソファへ座っているのは設楽 悠里(BNE001610)と新城・拓真(BNE000644)の二人だった。悠里が手に持っているパンフレットは沖縄のエメラルドグリーンの海を収めた旅行雑誌だろう。 「何見てるの?」 掛けられた少女らしい可憐な声に二人が顔を上げれば、紫色の瞳でこちらを見つめるシュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)。 「沖縄のパンフレットだよ。行きたいなーって思ってさ」 「ふぅん?」 悠里から寄越された雑誌をシュスカが受け取ると全面に青い海が広がる。 広げられていたのは沖縄本島のページだ。 「あら、素敵な海ね」 パラパラと捲っていくと次々に飛び込んでくる見目麗しい色彩。 「お! これ、ウマそうじゃん!」 シュスカの背後から開いていたページの食べ物を指さしたのは御厨・夏栖斗(BNE000004)である。ついでに指先が指し示す先はラフテーだった。 「こっちも良いと思うけど」 星川・天乃(BNE000016)が開いているのは沖縄料理の雑誌。彼女の好みはジーマーミ豆腐か。或いはグルクンのから揚げだろうか。しかし、彼女は何時の間に現れたのだろう。 「ム? 何々、沖縄料理か? オレは美味しいものなら何でもいいな!」 にっかり笑顔のさっぱり頭部。焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)が見せる微笑みはその場の空気を清涼な物に変えてしまう気がするから不思議である。 「釣りとかは出来るだろうか?」 拓真の問いに関連ページを捲るシュスカ。この地域では船に乗っての海釣りやシュノーケリング、ダイビングも盛んな様だ。エメラルドの海には色鮮やかな魚も多い。 「出来るみたいよ」 「海釣りかー。舟はなー。船酔いがなー。死ねるなー」 怪訝な顔でソファに腰掛けるのは宮部乃宮 火車(BNE001845)。 「でも、この時期だともう寒いのかな?」 三高平の朝夕は既に肌寒く、今、此処に集まっているメンバーも殆どが長袖だった。 「いや……」 其処に割って入る一人の男。そう、アークの守護神こと新田・快(BNE000439)その人である。 彼に掛かれば全国津々浦々の美味しい食べ物や飲み物が網羅出来るはずだ。 「一応時期的には、沖縄ならまだ海で遊べるね。いっそ離島まで足を伸ばしたほうが、綺麗な海や釣り、スキューバみたいなマリンレジャーを楽しめるかな」 「泡盛。くふふふふ」 「この時期に海で遊べて、温泉はないがオーシャンビューの露天風呂ならあって、泡盛の酒蔵がある……導き出される結論は一つ」 「――――石垣島とか、どうだろう?」 水牛が引くキャリアに揺られながら白い鉢巻と手袋をしたサングラスの兄ちゃんが弾いてくれる三味線の音はそれだけで楽しくなってくるだろう。 アジュール・ブルーの空にはアジサシが舞っている。 海まで続く鍾乳洞にシュノーケリングに最適な青の洞窟は言うまでもなく美しい。 船の底が透明になっている遊覧船、マングローブの木々、サンゴ礁と白い砂浜。 料理は近海で取れるマグロやアカジン、グルクンから。豚肉を使った煮物にソーキソバ。 サーターアンダギーは忘れてはならない。 泡盛の酒造もあるだろう。焼き物の絵付けをすることも出来るだろう。 昨年、新しく出来た空港を使えば東京から空路で行ける所も旅行という観点からでは点数が大きい。 「石垣島いいね!」 「何をしようかな?」 「釣りか……」 「露天風呂もいいと思うぞ。でも、まだ泳げるんだっけか」 集まったメンバーの表情が一様に笑みに変わっていく。 気分はもう既に沖縄へと向かっているのだ。善は急げ。今から準備をすればいいだろうか。 水着はもう衣替えで奥の方に仕舞ってしまった。あれは取り出さねば。 キャリーバックはお土産も積めるように大きめが良いだろうか。 お土産の定番はちんすこうだが、紅芋タルトも捨てがたい。サトウキビは美味しい。 楽しみで仕方がない。 「あの……」 ワイワイと団欒を楽しんでいたメンバーの背後に立っていたのは海音寺 なぎさ(nBNE000244) だった。 (嫌だ! このタイミングで仕事だなんて) 「お話中、申し訳ないのですが、皆さんブリーフィングルームまでお願いします」 助けを求めるように周りのモブリスタを見遣るメンバーだったが、誰一人として視線を合わせてくれない。 絶望。 ああ、ここから逃げ出したい。 けれど観念したようになぎさと視線を合わせるメンバー。 「は、い……行きます」 しかして。 天乃がこっそり持って来ていた沖縄の雑誌が役に立つのはここから数分先の話である。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:EASY | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年10月26日(日)21:06 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「海だー! 青いぞー!」 「海だーッ!」 広がる碧の海原は『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)と『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)の視界を夏の色で包み込んでいた。 「夏休みよもう一度! って感じだね」 「良い慰安旅行になれば良いな」 「せっかくだしおもいっきり楽しんでいこう!」 アーク本部のエントランスでフォーチュナに話しかけられた時に落胆の表情を見せていた彼等の顔は、清々しいまでの笑顔である。普段は難しい顔をしている事が多い『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)ですら相棒の『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)と同じように嬉しげに笑う。 「慰安旅行、か……身体を休める、のも大切な事。さすがに、少し疲れてきたから、ね」 黒い髪を風に靡かせて『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)は伏し目がちの瞳でエメラルドグリーンの海を見つめている。世界が終息へ向かっていくかの如く戦闘に戦闘を重ねていく彼等には一時の休息もまた戦いと同じぐらい必要な事だろう。 「こほん」 小さな咳をしたのは『揺蕩う想い』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)だ。押えている指先の下に楽しみを隠し切れない唇がある。楽しみじゃないなんて嘘だ。とても楽しみである。 沖縄といえば中学校の修学旅行以来だと『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)は懐かしんでいた。その時と変わらぬ美しさに目を細める火車。今年の夏は楽しむ余裕すら無かったから。 (夏の忘れ形見……ってな気分で楽しませて貰いましょーかね) 「シー……だっけ? 近くにいるのかしら。一緒に楽しめたらいいのにね」 「せっかくだから、君も一緒に楽しみなよ。僕らのこと気になるんだろ?」 夏栖斗とシュスカの視界の端にふわりと妖精が駆け抜けた気がする。返事と言う事だろうか。 「いやぁ穏やかだねぇ~!」 水牛に引かれたキャリアに揺られているのは火車だ。エメラルドの浅瀬をトコトコ、ユラユラ。 風情があるとはこの事だろうか。 「役得役得♪ そうだよなぁ たまにはこんな仕事もアリだよなぁ ガハハ!」 火車が桟橋を見遣れば、釣具を持った拓真と悠里、それにシュスカが船に乗り込もうとしていた。 「お~い! 晩に食える美味ぇ~ヤツ! じゃんじゃか釣れよぉ?」 「美味しいのが釣れるといいんだけどね」 「あぁ、勿論だ。大物を釣って来て見せよう」 火車の声に応えた悠里。そして拓真は自信ありげに拳を高く上げる。 「そうだな! カジキだな!」 ハードル高っか! カジキといえば長い吻を持つ全長4m以上にもなる魚だ。しかも水中最速である。 「いや、無理むりムリ!」 火車の笑顔に悠里が首を横に振る。しかし、拓真は拳を上げたまま。 「ちょっと、拓真、その拳を降ろしなさいよ! カジキは無理だって!」 「調理して貰える様に今のうちに頼んでおくか」 悠里、拓真、シュスカの三人を乗せた船がゆっくりと出発して行った。 海釣り班を見送った火車はキャリアを降りてシーカヤックに乗り込む。 「どうヤんだこれー おいカズト 教えろやい」 「火車きゅんちょいまって、僕もシーカヤック初めてだっつーの! 快、説明よろしく!」 初めて持つパドルと船体のバランスの取りづらさに慣れない2人は快に救いの手を求めた。 「左右のペダルが舵になってて、踏んだほうに曲がる。パドルは両手で∞の字を掻くように漕ぐんだ」 「……パドルを斜め後方にひいていって……とりあえずやってみたらいけるよな!」 火車と夏栖斗は息を合わせてゆっくりと沖へと漕ぎ出す。 「ふっくんもいける?」 振り返った夏栖斗の視線の先には、真新しいサングラスとアロハシャツに身を包んだ『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)が居た。褐色の頭は陽光に照らされて後光を帯びる。 「やばい、ふっくん超カッコイイ!」 ● 天乃は一人鍾乳洞に足を踏み入れていた。未だ戦闘の傷が治りきらないから、海水に浸かるのは避けたのだが。こんな余暇とも言える時間にさえ修練を怠らない彼女は生粋のバトルマニアなのだろう。 「必要になるかもしれない、し……慣れておく、事に越した事は無い」 海まで続く道を歩きこっちに来れなかった皆の為に写真を取りつつ足の裏で感触を楽しむ。 青い海の音がすれば直ぐそこに波打つ岩。潮風に黒髪が揺れた。 次に天乃が向かったのは物産店。 ソーキソバや金色の缶に青いラベルのランチョンミート。泡盛とマンゴーのリキュールにサーターアンダギー。 コーンドビーフのハッシュ詰めにはゴーヤチャンプルーに入れるレシピが記されている。本土では豚バラ肉が一般的だが、どんな味わいになるのだろうか。 ドラゴンフルーツは鮮やかな紅色。食感は独特。他の物と合わせれば引き立て合いそうだ。 これは本部へのお土産にしよう。 「それと、もう一つ……」 この島には日本最小とも言われる蒸留所がある。機械を使わない手作りの製法で作られた昔ながらの味だという。石垣島に来たからには行きたいと思っていた場所である。 そこでお酒を買って―― 「新田、に自慢してあげよう」 天乃は少しだけ嬉しそうに大きな瞳を細めた。 一方其の頃。海亀と戯れながら快がシーカヤックで海釣り班の船へと追いついた。 「ところで、拓真海釣りしたことあるの?」 「川釣りは何度かした事はあるんだが、海は初めてだ。今から楽しみだな」 「船で釣るのは僕も初めてかなー。海釣りは堤防とかでしたことあるけどね」 果たしてカジキは素人に釣れる魚なのだろうか。 拓真は餌を針につけて海へと投げ込み、悠里は撒き餌をまいて釣り針を垂らす。 「シュスカちゃんもやってみる?」 その光景を彼等の背後で目にしていたシュスカはプルプルと身体を震わせた。 「餌付けるとか絶対出来ないし。虫でしょ?」 一歩後ずさったシュスカに快が声を掛ける。 「虫苦手なら、こっちを試してみる?」 「なぁに? これ」 少女の手の中に青年が差し出したのは、魚の形をした金属性のルアー、メタルジグだった。 触り難い餌での釣りは遠慮したいが、これならシュスカでも大丈夫だろう。 「釣ってみてもいいかしら」 「もちろん!」 「……釣れなくても笑わないでね?」 初めての釣り、しかも海釣りだ。きちんと引き上げる事が出来るかも分からない。 「大丈夫だよ。拓真が大物を釣ってくれるしさ! 楽しめれば良いんだよ」 「任せろ!」 青の海原に少女と青年たちの笑い声が響きあう。 ―― ―――― 「うおおお、海すげー綺麗だ! アレだな、依頼で海に入るのとは全然違うな!」 青の洞窟に来たフツと夏栖斗、火車は眼下に広がるターコイズの色彩に目を見張った。 「んじゃ、ちょっと写真とってくる! 沖縄自慢に綺麗な風景いっぱいとってこようぜ!」 夏栖斗とフツは防水カメラを片手に海の中へと潜っていく。 シーカヤックの上で波に揺られながら洞窟の中で浮かんでいる火車。 「青の洞窟な~ スゲーよなぁ ……何でこう 綺麗になんだろな?」 本来なら上から来るであろう光が船の下から此方を照らしている。 太陽の光が限られた隙間から入り込んで白い海底に反射し、海中を通って瞳の中に海の色を届けるのだ。海の中の洞窟等、限定された場所でしか見られない現象は神秘的で美しい。 この景色を残しておきたいから、火車はデジカメのボタンをパシャリと押した。 宝石の様な色合いをもっと感じていたい。火車はゴーグルを取り出して水面に顔を着ける。 「おぉ~…… やったぜ」 火車が覗きこんだ海中。少し離れた所には夏栖斗とフツの姿が見えた。 「(すっげー、めっちゃ青! 亀! でっけえ! 魚ちけー! すっげー)」 はしゃぐ夏栖斗の声は聞こえなくとも十分伝わってくる。 「御厨、あっち行こうぜ! すげー魚いる! あれあれ、フィッシュボールってやつ! 想像以上にでけえ!亀もでけえええ! 油断してるとエサとられるぞ!」 「(うおおお! きたー! 俺、亀と一緒に泳いでるぅ!)」 中々に楽しそうである。 「底まで透き通っていて魚も見えるな。やはり沖縄の海は一味違う」 拓真の声に悠里が応えた。2人の竿に掛かった魚はまだ一匹も居ない。 だがしかし―― 「フィィィッシュッ! 此奴はデカいぞ、中々の奴だ!」 「そんな、まさかのカジキ!?」 「あら、どうしたの?」 拓真の竿がぐんとしなり巻き上げる糸も重い。無理に引っ張れば何処かしらに歪が生じてしまう。 「勝負だ! そう簡単に逃がさんぞ……!」 くわっと黒曜石の瞳を見開いた拓真。 「っとと、かかった! こっちも結構大きそうだ!」 悠里の竿にも魚が食いついた様だ。次第に船体の士気が上がっていく。 さりとて、快の釣り上げた魚は、シイラ、カンパチ、ローニンアジ。 「新田さん、すごいわね」 「次はミーバイでも狙ってみようかな」 快の後ろで拓真と悠里がグルクンを釣り上げた。これを餌にまた大物を狙う手も有りだろう。 本番はここからだ。 「まだ、終わらんよ……」 ● アラゴン・オレンジの太陽が西の空へと沈んで行く。黄昏時の空は橙と薄紫のグラデーション。 ほんの数分見惚れていただけで、辺りは群青の色彩に染まる時刻。一日の内で最も色の多い空が見れる。 「こういう時日本に産まれて良かったと思うね」 「さっぱりしてから頂く美味い飯がサイコー! だしな」 その夕焼け空を眺めながら悠里と火車は温泉に浸かっていた。勿論、他の男性陣も居る。 「結局皆揃っちゃうわけだ、拓真はのぼせんなよ! んで、釣りはどうだった?」 「皆、結構釣れたよ」 夏栖斗の問いに快が口を開く。海釣りのメンバー全員で大漁と言ってもいいほど釣り上げた魚は今頃厨房のまな板の上だろうか。 「おお! すごいじゃん!」 「そっちはどうだったんだ? 青の洞窟に行ったんだろう?」 「うん! もう魚とか亀とか凄かったよな、ふっくん!」 「そうだなぁ。海の色も綺麗だったし。写真あるから後でみようぜ!」 碧い波間に泳ぐ海の住人たちを思い出せば、目の前にその光景が映し出される。それ程までに鮮烈な碧。 ワイワイと声の響く隣の露天風呂から聞こえてくるのは男性陣のものだ。 「賑やかね……」 シュスカはくすりと笑って群青の空を見上げる。 そこに居るであろう妖精に手を伸ばしたら、その先に一番星を見つけた。 「そろそろ上がってご飯にしましょう」 遊んだ後は美味しいご飯。楽しみだと少女の頬に笑みが浮かぶ。 「星川はどんなお土産を買ったんだ?」 「ドラゴンフルーツ、とか。お酒も、買ったよ」 夕食を待つ間、フツは物産店に寄っていた天乃に話しかけた。 (女子がどんな買いものするかって興味あるよな) やはり、本部へのお土産となると個包装されたお菓子が定番であろう。それをあえてのドラゴンフルーツ。 三高平ではあまりお目にかかれない南国の果物はきっと喜ばれる。サーターアンダギーと紅芋タルトも忘れてはならない。あれは美味しいものだ。 「新城達は魚釣りしてたんだよな。どんな魚が出てくるか楽しみだぜ」 「うん。僕もどんな感じになるのか楽しみだよ。美味しいといいな」 浴衣姿の悠里がフツに振り返った。拓真はまだ風呂から上がってきていない。 「このあたりで釣れる魚って、やっぱちょい熱帯だから、色鮮やかな感じだったりするのかね。見た目は派手だけど味はウマイって言うよな」 「美味しいのかしらね?」 シュスカが可愛らしく小首を傾げる。 並んだ夕食は豪華なもので、本州ではあまり見られない彩りの料理が置かれた。 (すげぇ見た事も聞いた事も無い飯ばっか! 慌てて無いオレは取り敢えずソーセージでビールを……いや! きっと新田が素晴らしき泡盛――伝説の古酒をオレに教えてくれるんだ) 火車は期待の眼差しを向けて快を見遣る。 新田・快は悩んでいた。乾杯はどのお酒でしようか。やはりここは古酒からか。 「泡盛を三年以上寝かせたモノを古酒(クースー)と言うんだ。 濃い琥珀色、バニラや黒糖のような香りが立ち、よりまろやかに味わい深く変化した美酒になる」 「おぉー、じゃあ僕もそれにしようかな」 料理の写真をパシャリと撮っているのはフツだ。食べる前に撮っておいて帰ったら恋人や友人に見せるのだ。 「いざ! かんぱーい!」 「「「乾杯ー!!!」」」 「くー、やっぱお酒は美味しいなぁ!」 「悠里も快も早速かよ! 飲み過ぎんなよ!」 オフェリア色のカラカラからお猪口に注がれた泡盛は乾杯の一口で2人のお腹の中へと消えて行ったのだろう。琉球ガラスで作られた酒器は見た目も美しい。舌を転がる古酒は酒器の繊細さに対して力強い熱を持つ。 単純に度数が高いだけならば飲みづらいお酒もあるだろう。 しかし、このお酒は舌にビロードを敷いたかの如くゆったりと滑り落ちていくのだ。 (こういう時、大人っていいなって思うの。お酒飲んでみたいなぁ) シュスカは至極美味しそうにお酒を煽る大人達を羨ましげに見つめている。少女の心は身体より先に大人へと近づいて行くのだろう。しかして、まだもう少しだけ早い。 「未成年の私達はこれね」 「おう! 俺はシークァーサー入りだぜ!」 「僕はトロピカルなやつにしてみた!」 未成年同士改めてグラスをリンと鳴らし、シュスカはこくりとパイナップル・エードを飲んだ。ミキサーに掛けたパイナップルの甘酸っぱさは喉に引っかからない程度にさっぱりとしていて美味しい。 ロンググラスで飲むとカクテル気分が味わえるから嬉しくもある。 カラカラと広間の戸が開き入ってきたのは浴衣姿で顔を火照らせた拓真。 「すまん、すまん。温泉が気に入ってしまってついな」 「大丈夫? のぼせてない?」 悠里の隣に座った拓真はいい笑顔で「いい湯だった」と応える。 「確か……このラフテー……というのが美味しいと聞いたな」 一口食べてから、ご飯を入れる。肉から染み出す出汁と肉汁。こってりとした美味しさが堪らない。 「……美味い、このゴーヤチャンプルーも中々」 苦さの中の牛肉とゴーヤの食感。舌が敏感な子供には少々刺激が強すぎるだろうか。 「あ、シュスカ、ゴーヤ苦いけど食べれる?」 「ゴーヤ? 食べれるのよ? ……苦いけど」 苦味を忌避するのは人間の本能である。自然界において苦味の強すぎる食べ物は中毒を起こしやすいからだ。学習によってそれを大丈夫だと脳が判断すれば自然と食べれるようになる。 シュスカの舌がゴーヤは苦手で珈琲が大丈夫なのは摂取した量にも寄るのだろう。 「メシだーッ!」 釣ってきた魚を出してもらい、快は顔を綻ばせる。調理方法は新鮮な刺身にバター焼きでも良いだろう。 シュスカや悠里も刺身をぱくりと頬張る。 ソーキソバにジューシー、海ぶどうとフーチャンプルー、ラフテーと定番メニューは外せない。 「新田教授…… その酒に合う肴はどうなんのよ?」 快が注いでいる泡盛に合う料理とは。 「ヤギを抑えておきたいね」 山羊の刺身や、山羊汁。癖のある独特の獣感。沖縄の裏グルメ。 「これだけ個性的な山羊なら、泡盛や古酒と正面からぶつかっても負けない。お互いの強烈な個性がお互いを高めあうのさ」 「流石詳しいね。僕にわかるのはこれが美味しいって事ぐらいだよ」 「天乃はしっかり食えよ! んでしっかり英気を養っとけよ。そういえば買い物はいいものあった? 意外と女の子らしいんだって失礼か」 「これ、とか」 差し出したボトルは蒸留所で手に入れた泡盛だ。対面に座る快に見せつけるように高らかに掲げてみる。 海にはない大人の楽しみ方だろう。表情の薄い天乃の口元が少しだけ笑みへと変わった。 そして、料理へと向き直った彼女が所望したのは豚足やミミガー。 夏栖斗と共に豚さんありがとうとぺろりと平らげる。 「イラブチャーって鱗青いのに刺身になったら普通の色なんだな」 しかし、イラブチャーだと分かる程度には青い鱗を見ることが出来る。不思議な感覚。 火車は夏栖斗の言葉に頷くと刺身で舌鼓を打った。 「この刺し身は美味いな。きっと名立たる釣人(つりんちゅ)が揚げたんだろう……」 ● 「……そう言えば、前も一緒に温泉に入ったっけ」 背中を流し終えた天乃とシュスカは露天風呂でヘレニック・ブルーの夜空を眺めていた。 星空の下の温泉もまた良いものだ。 「星川さん、傷は大丈夫?」 「うん、へいき」 「良かった」 少女たちの優しげな声が微かに聞こえる中、快はこっそり古酒を露天風呂へと持ち込んでいた。 上には宝石箱の星空と遠くに見える漁火は煌めいて見惚れてしまう。 一頻り古酒の味を楽しんだあと、外で待ち構えていた天乃と共に夜風の当たる場所へと来た快。 お昼間に手に入れた泡盛を差し出して天乃は言葉を渡す。 「彼女の事、どうなった?」 飾り気もない純粋な言葉。そこにどの様な感情が込められていたのか分からない。 けれど、快からの返事を聞いた天乃は「良かった」と呟いて踵を返した。 悠里や拓真他の皆も、布団の中で夢現。波に揺られている感覚のまま眠りにつく。 「シーちゃんも楽しめたのかな? そうだったら僕も嬉しいな……おやすみ……」 楽しい時間は一時。そこに溢れていた笑顔にシーはきっと満足した。 小さな存在はリベリスタの「楽しい」気持ちを受け取って天高く舞い上がり、星の向こうへと消えて行ったのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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