●光陰矢の如し 「お嬢ももう十七か……」 独り、三高平の夜景を眺め、『相模の蝮』蝮原咬兵(nBNE000020)は呟いた。幼い幼い少女であったのがつい先日のような気がする。彼女が革醒し、自らと共にアークへ身を寄せる事となったのもそうだ。 いや、もっと記憶を辿れば――まだまだ若くて馬鹿だった頃、見上げた太陽の嫌味な暑さも、つい先日だったような、そんな、気がするのだ。 つい先日の様な。そして、随分昔の様な。あっという間の様な。長かった様な。激動、とか、波乱万丈、とか、多分そういった言葉が当てはまるんだろう。 アークに来てから本当に色々あった。 中でも驚きを隠せないのは、1999年8月13日――R-typeを撃退した、過去を遡ったあの日。 思いを馳せる。かつて己がアークと敵対し戦った日からはもう信じられないほど、アークは強くなった。 思いを馳せる。お嬢も十七、しばしもすれば成人となり、仁蝮組の立派な首領になるだろう。 思いを馳せる――革醒者であるが、己は加齢が止まっていない。 おそらくは。 己はこれから年月と共に弱くなり、周りは年月と共に強くなるのだろう。 嬉しくもある。だが完全にそうかと言われれば答えは「否」であり。 ……どうしようもなく己は人間だったのだと再認識した。苦笑を一つ、紫煙と共に。 そんな中、ふと思いついた事がある。我ながら馬鹿馬鹿しい、が、悪くは無い筈だ。乗ってくる者もいるだろう。ならば、と咬兵は踵を返した――そこに、『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ (nBNE000209) が居たではないか。困った表情を浮かべていた。 「申し訳ございませんが、駄目ですぞ」 と、機械の指でバッテン印。 「……は? 何がだ」 「蝮原様、貴方、アークのリベリスタを数人誘ってちょっと派手に喧嘩でもすっかーとか思ってますよね?」 「……。これだからフォーチュナは」 「ええ、すみませんねぇ。そんな未来が見えましたもので……蝮原様のお気持ちも分かるのですが、今尚、日本の情勢は不安定で……『閉じない穴』の制御状態も悪化していると聞きます。いつ、何が起こってもおかしくない」 「ほう。ケガしちゃ危ないってか、そういうのは子供に言う台詞だぜ」 「いけませんか? 相手が子供だろうが大人だろうが、大事な人達を心配をするのは。 それに――私の未来視が正確ならば、まぁ貴方の目論む『喧嘩』とやらで当然重傷者が出るでしょうね。そして、雪花様もお困りになる事でしょうな。『仲良くしなさい』と」 「重傷までしなけりゃいいんだな?」 「ですがそれでは、『お互いを気遣いあう生温い喧嘩』は、今回貴方は望んでいない。しかし良い方法がありまして」 それは、とメルクリィが人差し指を立てる。 「アーク技術によるヴァーチャル空間です。そこならば、現実的な被害は出ませんし、貴方が望んでいるような『思うがままの思いっきりな喧嘩』が出来ます。……如何でしょうか?」 「嫌だ、と言ったら?」 「困りますぞ!」 「は、は。冗談だよ。もう好い加減、誰かを困らせてばっかっつーのは卒業してぇしな」 いいさ。咬兵はメルクリィの目を見やる。 「案内しろよ」 ●闘争に理由は必要か 咬兵に声をかけられたリベリスタはヴァーチャル世界にて目を醒ます。 そこは廃ビルの広々とした一階――知っているものは知っている、『時村の矢』と名付けられた作戦の、咬兵とアークの奇妙な運命の現場となった場所に良く良く似ていた。 すぐ近くには咬兵が立っている。彼の手に、そしてリベリスタの手にも武器は無い。そして今、ここに居る全員は神秘の力も使えない。神秘の道具に頼る事も出来ない。 ――そのままの、純粋な、チンケな意地や立場や過去や未来や自分を構成する外的なあれやこれやをかなぐり捨てた『生』のままで、思いっきり、悔いがないよう、力の限り、完膚なきまでに、剥き出しの力をぶつけ合いたい。 喧嘩が、したい。 そう、咬兵は言った。 今やここにいるのは『相模の蝮』ではない、ただの男、ただただ喧嘩がしたいだけの、一人の男。 それはこの場に居る誰もが同じである。 誰も彼も、今ここにおいては、誰でもない。 ただの。ちっぽけな。がむしゃらな。滅茶苦茶な。純粋な。 ――人間だ。 「始めようぜ。……俺達の『喧嘩』を」 男一匹、喧嘩上等、推して参る。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年10月24日(金)22:23 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●名も無き闘争 そこにいるのは彼であり誰でもない男だった。 そんな彼に、『元・剣林』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)は「よぉ」と呼びかける。「咬兵」と名前を呼んだ。 「珍しいじゃねぇか、おもいっきし喧嘩したいとかよ……それにここは……随分と懐かしい場所じゃねぇか」 広い廃墟空間をぐるりと見渡す。記憶と変わりない場所だった。己と彼はここで出会い、そしてここで握手を交わしたのだと、虎鐵は記憶を辿る。 「あれから三年も経っちまったのかよ」 ああ懐かしい、だなんて。あの時の己はまるで弱かった。彼と肩を並べてはいたが、圧倒的な力量差があった。 だが、今は違う。 「あの時からよ……俺は強くなったぜ? 色んな出来事もあった」 俺は咬兵を越えなければいけねぇよな?そう言い、構える拳。今日はこれが、虎鐵の刃。 「テメェを越えて……今度こそ肩を並べてやるよ」 「言ったな? 嘘ぉ吐くんじゃねぇぞ」 不敵に笑む無頼。その様子に『無銘』布都 仕上(BNE005091)は「ハハッ」と思わず笑みを零す。 相模の蝮が喧嘩をご希望とは、そんな面白そうな話を聞いて黙っていられる訳がない! (不満って言えば其れが生身のガチじゃないって事っすけど、流石にそりゃー駄目っすよね) 咬兵は強い。そして負けず劣らずリベリスタも強い。それが滅茶苦茶に喧嘩なんかしたら、被害は甚大なものになるだろう。そうなったら大変だ。仕上ちゃんまだまだ楽しみたいですしぃ。 「さてさて、蝮原さんはうち等とのタイマンをご希望っすか? それともお前ら全員超敵なっ! ってー感じの乱戦がイイっすか? 仕上ちゃんとしてはどっちでもイイっすよ」 「あ? まどろっこしい。全員纏めてかかってきな、俺ぁ……強ぇぞ?」 「……ハハッ、魅力的じゃないっすか!」 御託を並べるのはこの辺で。『破壊者』ランディ・益母(BNE001403)を始め、一同が身構えた。 さぁ、もう、これからは、熱烈的にやり合うのみ。 楽しい楽しい喧嘩の始まりだ。 (実はボク、喧嘩なんてした事ないんだ) 故に、『愛情のフェアリー・ローズ』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は正直どうしてここに来たのか自分でも分からなかった。 だけど、咬兵が心からそれを望んでいるのならば。 「――ボクは、蝮原さんの為に全力で『喧嘩』するよ!」 もてる限りの速度。黒い髪とドレスを翻し躍り出る。 流れる景色、最中にアンジェリカは一瞬横を見てハッとした表情を作る。咬兵が釣られる事を狙った行為だった、が――ぐわん、と視界が揺れた。落ち――いつの間に壁際にいたんだろう?違う、地面――殴り倒されたのだ。横っ面に容赦なく叩き込まれた大きな拳に。 「っ……!」 「小細工が俺に通用すると思うなよ、こちとら汚ぇ喧嘩なら死ぬほどしてきたんだ」 本来の咬兵ならば少女を殴るのに躊躇があったかもしれない。だが今の彼は、『相模の蝮』ではない。或いは汚い裏路地のチンピラ、或いは名も無き喧嘩師なのだから。 だから躊躇しない。油断すればやられるし、情けをかければ噛み付かれるし、裏路地じゃどんな手段も喧嘩になるのだから。 アンジェリカの顔面を踏み潰そうとする足を、少女はバネの様に跳ね起きて回避する。屈んだ体勢のそのまま、思い切り飛び上がった。頭突きだ。堅い衝撃、咬兵の頭が仰け反る。 「ボクの体格で蝮原さんと勝負するなら、『頭を使わないと』ね」 目が合った。互いに鼻血。笑んでいる。咬兵の手が着地前のアンジェリカの顔面を掴む。 「ッらァ!」 力の限り、投げ飛ばした先には『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)。純粋に30kg前後の物体を全力投球された様なものだ。 されど火車は踏み止まる。後退させられたその分で助走をつけて、拳を思い切り振り被る。 「テメェが売った! オレ等が買った! 喧嘩だケンカ! トコトンやんぞぉ!」 「上等だ、コテンパンにぶっ潰してやるよガキが!」 「おうよテメェーかかってこいやオラァ!」 話をしに来たんじゃない。喧嘩しに来た。だから体の赴くままに。勘のクソも回避の『か』も無くぶん殴る。交差した拳がそれぞれの横面を捉える。 火車はそのまま咬兵の襟首を掴んだ。徹底的に殴ったらぁと反対側の手で繰り出したパンチは、咬兵が額の一番堅い箇所で受け止めた。直後、紛う事なき『ヤクザ蹴り』が火車の腹部に突き刺さる。 「ぐぶぉッ……」 競り上がる胃液―― (いい歳こいてみっともねぇ……とか、まぁそういうこっちゃねぇんだ) 火車に咬兵をぶん殴る理由はない、意地を比べる間柄でもない、腕を試す必要もない。だが喧嘩するなら盛り上がらなければならない。 (……そういや確か一辺も、こっちゃあ勝っちゃあ居なかったっけなぁ……?) ――飲み下す。 「っぶ……ハハ、ぎゃはははは! 根比べでオレに勝てると微塵でも思うなよおっさん!」 「負けて泣きべそかくんじゃねぇぞ?」 「ならオッサンを血涙でるまでブチノメシテあげるっすよ!!」 そう言って、咬兵の目の前に仕上が躍り出る。 「――今はまだ何も無い。故に無銘。布都の仕上。さぁ、派手な喧嘩を押っ始めるっすよ!」 技が使えぬなら、今まで培った技術を今この瞬間に出し切るだけ。振りぬかれた拳を手で払い往なし、袖を掴み、懐に潜り込んで投げ飛ばす。咬兵の巨体が宙を舞う。壁へ。激突。瞬間、仕上の顔へ叩き付けられた衝撃――壊れた壁の破片、石の塊を投げられたのだ。 「ハハッ!」 どろっと額から流れる血、それを舐め上げ仕上は走る。今この場に汚いとか卑怯なんて言葉はないのだ。殴って、殴られて、蹴って、蹴られて。ブチノメス。それだけだ。貴賎などない。 走った勢いの仕上の跳び蹴り。だが空を切る。彼女の眼前、迫るのは肘鉄。ぐしゃ。一瞬のブラックアウト、しかし仕上は顔面を血に塗れさせながらも目を見開いて立ち上がる。 「ハハッ、やっぱ楽しいっすね。闘争ってのは、こうでなくちゃーいけないっすよねぇ?」 「……っくく、そうかもな」 剥き出しの闘争心。無頼が吊り上げた口角から蝮の牙が覗いた。 随分と楽しそうじゃねぇか、虎鐵は思う。咬兵へと踏み込みながら。 拳一つ。それだけでいい。虎鐵は元剣林、戦いからは逃げられない。 「嬉しいなぁおい? テメェと殴り合えるって事がよ!」 力一杯、右ストレート。スキルは無いが技術はある。これまで、ずっとずっと、前衛火力<デュランダル>として積み上げられてきた確かな経験が。 殴られた勢いに下がる咬兵は、踏み止まり地面を蹴り顔面を狙って殴り返してくる――虎鐵は防御姿勢を取った。が、寸前で止まる拳、フェイントか!虎鐵が反応した直後、ノーガードの胴へ叩きつけられる回し蹴り。 しかしその時、咬兵が大きく転倒する。蹴りの為に片足立ちになった瞬間、アンジェリカがその脚を思い切りローキックで払い飛ばしたのだ。更にそこへ叩き込まれる少女のローリングソバットが、咬兵の頭を派手に揺らした。 「ボク、蝮原さんがずっとボクを見守ってくれてたの知ってるよ。いつも優しくしてくれて、助けてくれて、すごく嬉しかった。 だから今日は絶対勝つよ。勝ってボクが初めて会った頃よりずっと強くなったって事を証明するんだ。それがきっと蝮原さんに対しての恩返しになるよね」 「……いいぜ。言ったからにゃ、やりきれよ?」 ゆらり、立ち上がる男。小さなアンジェリカにはその威圧感も相俟って尚更大きく感じた。刹那には迫る拳――アンジェリカは寧ろ前に出る。力が乗り切らぬ所で受ければまだ被害は軽減できる。 衝撃。痛い。揺れる。でも。諦めない。絶対に。絶対諦めない。絶対勝つ。 「っっ……うあァアアアアッ!!!」 声を張り上げ、意志を張り上げ、地面を踏み締め、飛び上がるアッパーカット。更に虎鐵の逆襲の拳が咬兵にタタラを踏ませる。 ぜー。ハァ。流石の咬兵も肩で息をしている。血だらけだ。僅かに蹌踉めいた気がした。それでも上等だと声を大に一同へ襲い掛かる。或いは力の限り迎撃する。 そう、そうでなくっちゃ。簡単に倒れるのなんて許せない。血達磨の仕上は笑う。純粋闘争。強者との死闘。少女は駆ける。武の頂へ。振り返る事はせず。 「何の為にこの場があると思ってんだ。そんなモノじゃツマンネーだろ!」 ご覧よ、まだまだ手足が動くのだから! 「おいおいおい……俺の体よ……こんな所で倒れちゃいけねぇよ……剣林としてそしてアークとして戦ってきた意地を見せやがれ!!」 揺れる視界を、感覚のない足を叱咤して。虎鐵は自身の右手を左手でぐっと握り込み、硬い拳の形にする。 (友人としても精一杯戦わねぇと。それに……こんな戦い早く終わらせたらもったいねぇだろ?) ありったけの力を、拳に込めて。 踏み込んだ。 堅く、重く――虎徹の鉄拳が咬兵を殴り飛ばす。 「おい! 聴け咬兵!!」 地面に転がった咬兵へ、虎鐵は肩で息をしながら裂けた唇で言い放つ。 「いいか! 喧嘩や戦いや強さに年齢とかそういうのは関係ねぇんだよ! 漢だったら体が動かなくなるまで戦ってやれよ! 老いとかそんなもん気にしてんじゃねぇぞ! 糞が!!」 その言葉に。 咬兵は跳ね起き、牙を剥き出して怒声を張り上げた。 「やかましィ! 老いねぇ奴が好き勝手言うんじゃねぇボケがッ!!」 生々しい心を吐露すれば。 咬兵だって虎鐵の様な加齢の止まった体になりたかった。虎鐵の言う通り、老いなど気にせずいつまでも力一杯戦いたかった。だがそれは無理なのだ。戦いたくても、いつかは老いて鈍る体に歯痒さを覚えるだろう。心についてこない体に悔しさを覚えるだろう。分かっている。この世には気合ではどうしようもない事が存在する。分かっている。分かっているからこそ、今、今!いつか来るその時に「もっと戦いたかった」なんて後悔したくないから、今を足掻きたいのだ! 友人だからこそ咬兵は虎鐵に爆発的な怒りを見せた。その拳で力のままに殴り飛ばした。 瞬間、咬兵の視界が痛みで閉じる――状況を理解する前に脳天に響いたのは、砂かけで目潰しを行った火車の強烈な頭突きだった。 「喧嘩らしい 惚れ惚れするような手 ……だろ?」 悪い笑みを浮かべる火車の手には破れた服の切れ端があった。咬兵が反撃体制を取る前に、その背に組み付き布で首を絞め上げる。 「ッくは……!」 視界が黒く塗られてゆく。しかしそれが完全に黒くなる前に、咬兵は後頭部の頭突きを火車に叩ッ込んだ。絞首が緩まった瞬間、振り向き様の横薙ぎ手刀が火車の即頭部を薙ぎ飛ばした。 脳が揺れる。星が散る。舌の上には鉄の味。 この感覚、火車はよぉく知っている。 落ちる様な――ギリギリで瀬戸際で崖っぷち。 そうだ、いつも意識が途切れる寸前の。 みっともねぇ――いつも。いつも。己の貧弱さが原因で、これまで何度ぶっ倒されたか?いつも。いつも。皆目見当つきやしない。 ただ、一つだけ解っている事がある。 「何度でも立ちゃ良いんだよ……! テメェをぶっ倒すまで 何度でもなぁ!」 鮮烈さを取り戻す意識。食い縛った歯は血に赤い。この火は消えない。この火は消せない。負けて気分の良い奴が居るか。勝てんと挑まん奴に用はねぇ! 咆哮。鼓膜を魂を揺さぶるほどの。 「意地でも、意地でも、ブチノメス!!」 仕上の表情は少女のそれではない、修羅のそれ。 (今回の戦いはオッサンが持ち込んだモンだ、なら最後まで立ってりゃ不満だろ) ブチノメシテやらねーと、溜まったモノを洗い流せない筈だから。 恐ろしく、荒々しくも、優しき修羅のその拳は、隕石の如く速く強く。 容赦はしない。唸る、呻る、螺旋を描き。 撃ち抜いた。側頭。咬兵大きな体が、ぐらっと揺らぐ。 そこへ、踏み込んだのは火車だった。手足が折れ朽ちようとも殴ってやるという覚悟、勝利への渇望。テメェも意地を見せてみろ。既に拳は振り上げられている。 「――ナメんじゃあねぇえええッ!!」 限界という極限はとうに超えている。咬兵は尚も、定まらぬ焦点のまま踏み止まって拳の迎撃を行わんとした。 だが。 その動きが、鈍る。止まる。 虎鐵の激しい拳で体力を削られていたからでもあり、そして……殴られ倒されたアンジェリカが、それでも意識を繋ぎ留め、這ったまま咬兵の脚にしがみついて噛み付いたからである。 諦めない、諦めない。その強い意志が、少女の小さな体を突き動かしたのだ。 (蝮原さんを超える事が蝮原さんが喜んでくれる一番の事だって……信じてるから!) 「……ッッ!!!」 完全に体勢を崩された咬兵の目が見開かれる。 そこに、 火車の、 拳が、 「何が何でも…… 勝つんだよ! オレは! コレが! オレの自慢の! 拳だぁぁあッ!」 ――迫 っ て、 …… ●名も無き闘争EX は、と咬兵は目を醒ました。 一瞬、何も思い出せなかった。 そして、全て思い出す。理解する。 それから仰向けに倒れていた事に気が付いた。 その視界を、ニタッと笑う『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)が覗き込んでいる。 「面白えじゃねえか。大人ぶってても、中身はアタシらと変わんねえって事か」 立てよオッサン。そう言われ、咬兵は自分の体に傷一つない事を知った。 「てめっ……」 「あー。アタシの命令で名古屋のニーサンにそうさせた」 ――聞こえてんだろ? マムシのオッサンの体力全快にしてくれよ。 瀬恋がそう言ったのは、咬兵が遂に倒れ伏してからだった。 複数人でボコるってのは、必要ねえならやりたかねえんでな。そういう訳で彼女は待っていたのだ。 躊躇うメルクリィは「嫌だっつーなら戻った時に肩のアレ叩き割るぞ」と脅し、そして、今に至る。 「なぁ、わかるよな? 舐めんなって事さ」 ヴァーチャルなのがちっとばかし不満だけど、メルクリィを泣かす訳にもいかないので我慢するとしよう。言葉の終わりにはもう、瀬恋は踏み込んでいた。 決して咬兵を侮っている訳ではない。 分かっている。全快した咬兵と戦えば、先ず己が負ける事を。 (だからどうしたんだよ、だからってハンデつけて貰って戦えってか?) 冗談じゃねえよ。 己の拳が届く前に顔面へ叩き下ろされた衝撃。 ごん、と頭蓋骨の中で脳が揺れて、感じたのは地面の冷たさと血の生温さと。 それもごく一瞬。すぐにまた瀬恋は立ち上がり、挑みかかる。 ――アタシは坂本瀬恋だ。 勝つ可能性が低いんならその可能性をぶんどりゃいいだけの話だ! 「アンタとヤりあうのも何度目だ? もういちいち覚えてねえけどよ」 「回数なんざ問題じゃねぇ、必要なのは『今』だ」 「はっ。……それもそーだな!」 言葉と攻防。振り抜いた拳が躱された、ので瀬恋はそのまま前のめりに地面に両手をつき、バネの要領で後方に回り込まんとした咬兵へドロップキックを食らわせる。足首を掴まれた。地面に思い切り顔面から叩きつけられる。 「ぶはッ……」 更にぐいと引っ張られる感覚。また持ち上げられたその時、瀬恋は叩きつけられた時に掴んだ砂を咬兵の顔へ投げつけた。刹那の怯み、緩み、反対の足で咬兵の手を蹴って脱出、空中、回転して踵落とし。 「ほんっと『砂』にゃ嫌な思いさせられてばっかだなオッサン!」 「く、っふはは。我ながら嫌になるぜ!」 技術も何も関係ない、形にもこだわらない、お綺麗な喧嘩なんざ似合わない。 瀬恋は口内に溜まった血を吹きかけて再度目潰しを試みた。が、それは咬兵が脱ぎ払った外套で防がれ、そのまま逆に目隠しされてしまう。その直後には瀬恋にぶつかる重い拳。が、彼女は咬兵の拳を殴られながらも受け止めた。両手で握る手首。そのまま瀬恋は彼の腕を引っ張りながら体ごと回転させ、咬兵の腕をへし折った。ぺきゃりと骨が反対側を向く音。くぐもった男の苦痛の声。 「いつか、なんてつまらねえ事ぁ言わねえ。今日ここで超えてやるよ、蝮原咬兵ぇ!!」 いつも通りの全力で。どんな手段を取ろうとも。手足が動かなくなろうとも。 右手一つ。拳一つ。込めた力。十分だ。 最後に勝負を決めるんなら、この拳以外にはあり得ねえ! 「アタシが勝ぁぁぁぁぁつ!!」 拳と拳。瀬恋の目に映る大きな拳。 ああ、でっけぇな。 そう思って、―― ●名も無き闘争end 咬兵倒れている。 立っているのは瀬恋――だった。今まさに彼女も倒れた。 「なめやがって」と少女は言う。「なめてねぇさ」と男は笑う。 アイツがやったんだから俺がやったって問題ないだろ? と。咬兵は瀬恋が倒れる度に立ち上がらせた。 咬兵を、倒すまで。 「あー」 咬兵はごろんと仰向けになった。 「畜生」 くつくつ笑う。 「やっぱよ、負けるのって悔しいなぁ」 その傍ら、虎鐵は問うた。「満足か?」と。彼は笑って答えた。「教えねぇ」と楽しげに笑いつつ。 「蝮原さん!」 そんな咬兵にアンジェリカがぼふっと抱きついた。 「今までありがとう。これからも見守っていて」 「そうだなぁ」 咬兵は大きな手でアンジェリカを優しく撫で、それから長い吐息の後に。 「――そうだな」 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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