●女子高生のウワサ 「ねぇ、知ってる? 自分と同じ顔をした人間ってこの世に3人いるんだって」 「知ってる知ってるー。あれでしょ?もし出会っちゃったら死んじゃうってヤツ」 「そそ、何て言ったっけ? まぁいいや、この前死んじゃった2組の陽子ちゃんってさ、どうも会っちゃったらしいんだよね」 「えっ、ほんと? まじで?」 「マジマジ、最初は気にしてなかったみたいだけどさ、死ぬ前日なんか色々調べたせいですごい真っ青だったよ」 「あー、なんだか様子がおかしかったもんね、怯えてたって言うかさぁ。いつも回り気にしてたよね、そう言うことだったんだねー」 ざわざわ、がやがや、きゃははっ 「でもさ、本人が死んじゃった後ってどうなるんだろうね?」 「さぁ? 消えちゃうんじゃないの?」 「見たことが無いからわかんないよね。でもさー、次の獲物をさがしてうろうろしてるとか考えると怖いくない?」 「ちょっと、怖い事言わないでよね。あたしはまだ死にたくないんだからさ」 「ごめんごめん、怖い話嫌いだった?」 「そんなこと無いけど……実際死んじゃってる人がいるんだから怖いよ」 くすくす 「まーそんな気にしないほうがいいよ、病気とかで死んだのかもしれないし」 「何で死んだか分かってないんだっけ?」 「そそ、まぁ分かってても教えないのかもしれないけど」 「あーやめやめ! やな気分になっちゃった。気晴らしにカラオケにでも行こうよ」 「おっ、いいねー。2割引券期限近いから今日使っちゃおう」 「さんせー! よーし、新曲覚えたから披露してあげるよ。ところで……」 にこっ 「あそこにいる人達、うちらに似てない?」 ●ブリーフィング 「自分の死に様を見ることになるかも知れんが、引き受けてくれるか?」 ポリポリと鉛筆で頭を掻きながら『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は集まったリベリスタ達に資料を配り始めた。中には最近都内にある女子高で変死を遂げる生徒がぽつぽつと現れてちょっとした騒動になっている旨が記されている、調査の結果どうも神秘が関係しているらしい。 「今回の相手は強いかもしれないし弱いかもしれない、全て君達次第なんだ。なにせ相手の全てをそっくりそのままコピーしちまうなかなかロックな奴だからな。聞いたことあるだろう? ドッペルゲンガー」 神秘としては結構ポピュラーな部類に入る現象だ、小説や演劇などそれが描かれている作品は少なくない。 医学者が研究対象としている例もある。 「こいつはれっきとした神秘的脅威だ、件の女子高生変死事件は全てこいつの仕業だと確認が取れている。なかなかショッキングな死に方をしているらしい、まぁ思春期真っ盛りの女子高生にゃちょっとみせられないわな」 リベリスタの中にも思春期真っ盛りはいるのだが……どうやらそちらの気配りは少々欠如しているらしい。 「コピーされるのはまさに全てだ、容姿から武器、スキルに付与されているシードに至るまで全て。もう一人の自分が出来上がるわけだな。厄介なのは化けている間は事象の共有が発生する点だ」 事象の共有? 「要はドッペルゲンガーが怪我をすれば本人も怪我をするとか、そんな感じだな。怪我だけじゃないみたいだが」 それじゃ倒したらこっちも死んじゃうじゃないですかと、一人のリベリスタが不満を表した。しかし伸暁はどこ吹く風。 「一般人ならそうだろうがリベリスタにはフェイトがある、そういう事態にはなるまいよ。まぁ痛い思いをするのは変わらんが。なぁに、自分の相手をするなんて滅多に無いチャンスだ、楽しんで来い!」 ブーイングの中伸暁は満面の笑みを浮かべて宣言するのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ほし | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年11月02日(日)22:48 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 「夜の学校ってなんだか不思議な感じなのです!」 昼は大勢の若い女性で姦しい場所なのだが、今は人の気配は感じられなかった。 聞こえて来るのは少女の華やかな笑い声でも吹奏楽部の音楽でもなく、秋を感じさせる虫の声。 なまじ普段活気のある場所から人の気配がなくなるというのは、寂しさを倍増させてしまうように感じられた。 しかし普段とは違う状況にシーヴ・ビルト(BNE004713)は少しわくわくとした感情を覚えてしまっている。悪いことをしてしまうときの後ろめたいけれど、それ以上のドキドキが混ざった不思議な感覚に気分が高揚するのを感じた。 「目が動く音楽室の肖像とか走り回る人体模型なんかもいるともっと楽しいかもしれないですっ」 「それはちょっと、勘弁願いたいな」 『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)はシーヴの何気ない一言に苦笑する、そこまで行けばもはやホラーだ。 「迷信、都市伝説。思春期の少女らしいといえばらしいと言えるかね。まぁ神秘が絡むとろくなことにならないんだが」 迷信は起こらないからこそ大事にならない、世にある迷信が全て実在したら自分たちは休む暇も無いだろう。 犠牲者は出ているが今更それをどうこう言うつもりはない。己は粛々と迷信を無に返すことが仕事だ、予定外のホラー展開はちょっと、困る。 普段と違う慣れない場所に『悪漢無頼』城山 銀次(BNE004850)は少々戸惑いを覚えていた、相手にしてきた多くは筋骨逞しい男性、そんなところとは全く無縁の場所なのだ。 そんな学現代社会のごく標準的な施設を前に『茨の冠』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)の胸に去来する感情が少々複雑なのはその生い立ち故か。彼女にとって物を学ぶ場所というのはその罪の始まりの場所でもあった。何も知らない無垢な子供を育てる教育機関。何も疑うことなくここに通える普通の学生に覚える感情は嫉妬か、羨望か。 「どうした、何か見つけたのか?」 「いえ……」 思わず銃を握る手に力が篭ったのを見られたのか声をかけてきた小雷にあいまいな返事を返す。 「そうか、何か見つけたらすぐに知らせてくれ。なにせ相手は見境なしに人を襲う通り魔みたいなやつだからな」 小雷は固く鍛えられた拳を握る、いくつ物修羅場を潜り抜け、今を掴み取った両の掌。 迷うことはたくさんあった。善と悪、そこには数え切れない葛藤もある。それでも己の信念と決意を持って突き進んで今の自分がある。そういう意味では今回の相手は明らかな悪、自分の拳を振るうに何の迷いもなかった。大勢の少女たちの笑顔はその双肩にかかっているのだから。 目的に対しまっすぐに向き合う小雷の様子にリリは少しだけ気持ちが軽くなるのを感じた。 「ドッペルゲンガー、出会うと死んでしまうという化物。以前戦ったものと似ているようですが、どうしたものか」 対象を殺すためにわざわざ対象に成りすます。回りくどいやり口だと『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)は思った。あえて己を見せ付けることで恐怖を演出すると言うのであれば尚更趣味が悪い。 「まぁバケモノの趣味なんて考えるだけ無駄なんでしょうけど。完全にコピーするというのなら少し面白くはありますね」 さて、自分はどんな「バケモノ」なのか、それを見るのもまた一興だろう。 万全を期すために義衛郎の強結界と小雷の結界が展開され、辺りは意識から切り離された空間となる。 「さて、自分退治と行きましょうか」 ゆらり 人の気配に敏感な二つの影がぐにゃりと曲がりその単純な造詣を変化させた。 ● 「わわっ、私がもう一人いるのですっ!」 勢いよく飛び出したシーヴの目が捕らえたのは寸分たがわぬ自分と義衛郎。偽者の二人は何もかもがそっくりだ、まるで鏡の中から出てきたかのよう。 「俺がいる、これは確かに思った以上にやりにくいかもしれないな」 そっくりさんや物真似とは次元の違う精巧なその鏡像は見るものの心を激しく揺さぶる。双子でさえまったく同じということはないのだからこれは異常だ。 鏡像は笑みを浮かべているがそこに本当の喜の感情はない。笑顔という表情が張り付いているだけだ。 それが返って不気味さを引き立たせている。 「これはまた。思った以上にそっくりですね。さすがバケモノ、あ、失礼。義衛郎さんがバケモノというわけでは」 「わかってるさ、こいつは確かにバケモノだ」 レイチェルがバトルオブクェーサーで仲間の能力を底上げする。思わず口をついてしまった言葉に義衛郎は特に気にする様子もない。これだけ似ていれば確かにそう思うのも仕方がない。 しかし感じ方はやはり人それぞれ。 「ねぇねぇ、もう一人の私。何か喋ってよっ」 シーヴは気持ちが悪いという感情よりも好奇心のほうがだいぶ強いのだろう。近寄るのはちょっぴり勇気がいるけれどこんな面白い機会なんてそうはない。 「おーっ、私と同じ姿っ! なんだか鏡みたい、はーいっ!」 鏡写しのような自分に片手を上げて元気よく手を上げる。それに応えるように鏡像はにこにこと手を上げると、手にした銃のグリップを思いっきりシーヴの頭打ちつける。ガツッとした鈍い音、そしてまるで目から花火が飛ぶような衝撃がシーヴを突如襲う。 「いってぇ!」 なぜか殴られた訳でもない小雷が声を上げるほど痛そうな音だった。 ほとんど鉄の塊の銃で頭を殴られ蹲るシーヴに、義衛郎の鏡像が追い討ちをかけようと剣気を纏った刀を振り上げる。 「させません」 リリの凛とした声に重なり合う二つの銃声、瞬きひとつの時間も置かずに火花を散らせながら偽者の刀身が弾き飛ぶ。構えた銃、紫煙のうっすら立ち上る隙間から見せる瞳は冷やかに相手を観察している。 「もーっ! いきなりひどいっ!」 頭を押さえて涙目になりながらシーヴは立ち上がる。いくら自分に似ていてもぜんぜん違うと頭を殴られて悟った。自分はものすごく痛いのにそんなそぶりを見せないのもまた腹立たしい。 仕返しをしてやりたい気持ちは山々だったがシーヴは一旦距離を取る、ここにいるのはいずれもアークの実力者。鏡像と同じダメージを受けてしまってはたんこぶどころで済むものではない。 「オレも距離を取りたいのは山々だがそういう訳にもいかないか」 神秘には慣れているとはいえこれは女子高生が怖がるのも納得だと義衛郎は感じる。 「さて、オレに変化した事が正解だったかどうか答え合わせと行こうか」 ザリ、と砂を踏み義衛郎が跳躍する、剣気を纏った刀が鍔迫り合いをすると思われたが。 「なんてな、やはり面と向かって自分と対決というのは趣味ではないようだ。馬鹿正直に相手をすると思ったか?」 してやったりと口元が歪む、自分の太刀筋は嫌でも体に染み付いている。前髪数本を犠牲にしながら鏡像の刃を掻い潜るとそのまま後方へと走り抜けた。 追いかけてくると思われた鏡像は再びぶれ始めた、また誰かに変身するつもりだ。 「させるかよ!」 義衛郎に隠れるように追走していた小雷が、別の人物に変身しかけている鏡像に襲い掛かる。 輪郭がはっきりしてくるとそれは……毎朝、鏡を覗くと見える顔だった。 「よう、俺」 小雷は自分にそっくりな鏡像に声をかけた。小雷は自分に変身してくれることを望んでいたのかもしれない、自分の力を感じるチャンスなんて滅多に無いのだ。 全身に力が漲る、腕の筋肉繊維が隅々まで緊張し膨れ上がる。震脚でグラウンドを力強く踏みしめると地揺れともに砂埃が舞った。 「遠慮は要らない、こっちもしない。お前も俺なら自分の実力を試してみたいだろう?」 小雷は片手を相手に向けると指をくいっと曲げて見せた。 「来いよ、大人しくしてたら褒めてくれるなんて習わなかったよな」 挑発に乗ったのか、風を切り唸る豪腕は破壊力を追求した証。まったく同じ速度で繰り出された二つの拳がクロスする。肉をきらせてなんとやら、きしむ頬骨、口の中が切れて鉄さびの味が口の中に広がる。頭部への衝撃に視界がぶれるのが分かった。 「ッてぇ……だが、眠るにはまだ早い!」 自分が傷つくことなどお構いなし、傷つくことなど厭わない攻めの乱打。これこそが小雷の真骨頂、ただひたすら前へ、前へ。 力と技を尽くした武の競演、実力は伯仲。しかし拳に秘められた想いが違う。 「偽者は偽者か、お前拳からは何も感じられない。俺の信念までは写し取れなかったようだな」 ただ人を殺すための希薄な存在に、小雷は負ける気はしなかった。 小雷は吼える、自分自身に負けられない、まして抜け殻のような奴になんて。 「お前の拳は何のためにあるんだぁっ!」 想いの強さが、力になる。 「どうにもやりにくいですね、思ったより厄介です」 レイチェルは離れた所から攻撃を放ちながらこの戦闘の難しさを実感していた。相手は自分が傷つこうがお構いなし。変身した人間を殺すには、あえて攻撃を受けてもいいのだから始末が悪い。単純に相手の手数が増えているようなものだ。 「おっと、今度は私ですか。どうやら戦況に応じて有利に進めるような変身はしないようですね。それとも殺しやすい人物を選んでるんでしょうか?」 今レイチェルは相手の影響下にはいない、確実に殺すのなら自分に近い相手を選ぶはず。 「まぁ、私は殺しやすいでしょうね。でも分かってます? それって自分が殺されやすいって事なんですよ? そんな密集した場所にいて大丈夫なんですか?」 「どっかーん! 逃げられないよ!」 シーヴがレイチェルの鏡像の胸にむにゅっと銃口を埋める。減衰なしの0距離射撃で放たれたエネルギーは肋骨も肺もすべて押し潰す破壊力で鏡像を吹き飛ばした。レイチェルに痛みは無い、しかし胸がべっこりとへこむのを目の当たりにして気持ちが悪くなった。 「容赦なく叩き込んでくれますね……」 少し引きつった口元、柔らかそうなその頬に汗が一筋流れ落ちていった。 リリは恐れていた、ドッペゲンガーが自分に姿を変えるのを。今は仲間に変身しているために心の奥底に潜む物を見なくて済む、できればこのまま終わってほしい。 しかし神秘は意地が悪い、そんなのは分かっていたはずなのに。 「っ……!」 何度目かの変身が始まった。できの悪い粘土細工が精巧なものへと変わっていく。 青く、蒼く、そして暗い。 リリは全身の毛穴が一気に開いたように感じた、悪魔がいる。 数多の命を奪い、あるはずだったであろう幸せを奪い、祝福という名の枷に絡め取られた哀れな悪魔が。 その悪魔のことは何でも知っている、何をしてきたか、どうやって生きてきたか。 悪魔の名前は、リリ・シュヴァイヤー。 自分の姿をした悪魔が、シーヴへと銃口を向けた。鏡像はありったけの呪いを込めて、引き金を引く。 あぁ、なんという歪んだ笑みなのだろうか。 「やめて! その銃は裁きの銃。その人は邪悪じゃないっ!」 悲痛な声は、自分のよく知る銃声にかき消された。 ● 白いドレスに咲く真紅の大輪の花、シーヴの華奢な体がくの字に折れる。ドレスの中の白い脚を伝って流れ落ちる命の雫が足元に水たまりを作った。 「ああぁっ……!」 リリの顔から血の気が引いていく、これは何度も見た光景。しかし今回違うのはそれを客観的に見せられているという点である。 自分がどういう風に銃を打ち、殺したか。 普段は見れない自分の凶行を見せ付けられ、リリは動けなくなった。 「ドッペルゲンガーは人を殺す、しかしこういう殺し方もあるとは」 硬直するリリの様子にレイチェルは唸った。意図しての行動かは分からないが肉体的に頑強なリベリスタにとってはむしろこちらの方が効果的にも思える。 どうするか、本来後衛のリリまで前衛で戦っている現状この状態は非常にまずい。自分もいつでも動けるようにレイチェルは己の身に呪いとも呼べるほどの勝利への強欲な感情を奮い立たせる。 「だめだ、リリ、自分に負けるんじゃない!」 小雷は激を飛ばしつつシーヴを庇うように前に出る。拳で対する相手としては相性は最悪に近いが怯んでいる暇はない。 「だい、じょうぶ、ほら、私はまだまだ元気!」 蹲っていたシーヴが立ち上がる。打たれた場所はまだまだ痛いし両の手のひらは自分の血液で真っ赤に染まっていたが、偽者が自分を撃ってしまった事でショックを受けているのを感じ取り努めて明るく振舞った。 「あれはリリさんじゃないよ、だってあんな顔しないもん」 リリは小雷へ向かって引き金を引く偽者の顔を見た。 嗤っている。楽しそう、おかしい、そんな笑いではなく、ただ嗤っている。自分は引き金を引く時はあんな顔をしているだろうか? 「そう、ですね。あれは私じゃない」 あんなのが自分であってたまるか。リリの顔に生気が戻ってくる、銃を構えて駆け出した。 「さぁお祈りを――いえ。貴女に祈りはいらない、祈りは救われるべきだった命に捧げられるもの」 たった一つの言葉でいい。 「消え、ろ――!」 もう目は逸らさない、相手を逃がさぬよう、自らの罪から眼を背けぬように。 「うん、いつものリリさんに戻ったね!」 自分を取り戻したリリに向かってシーヴは偽者には決して真似の出来ない花のような笑みを浮かべた。 銃声が広いグラウンドに響く、敵味方入り乱れて計6丁の大合奏。 実力者同士の戦いは無傷という訳には行かない、特にリリは相手の分のダメージも体に刻んでいるせいで消耗が激しい。 しかしそれでも良かった、体に刻まれる痛みが少しだけ心を軽くしてくれる。今となっては自分に変身していて良かったとリリは思った、自分にならば躊躇することなく引き金を引ける。 波状攻撃を嫌がったのか鏡像がその場を離れようと初めて後退の挙動を見せた。 「逃がさないのですっ!」 驚異的な身のこなしでシーヴは鏡像の背後を取ると2つの銃で強烈に押し出した。激しい衝撃で鏡像はバランスを崩す。 「今です! 私は気にせずにここで確実に!」 小雷は腰を深く落とした、呼吸を整えその右手に全ての力を集中させる。 「すまない」 口の中で一言小さく詫びの言葉を呟くとに渾身の土砕掌を打ち込んだ。 女性の柔な身体にこの一撃はあまりに重い。 「うっ、く、っぷ」 リリの喉が鳴る、腹の中を素手でぐちゃぐちゃと掻き回されるような激痛に両腕で自分を抱きしめるようして身体をくねらせた。 喉が焼ける、潰れた内臓から競りあがってくる血と胃液が混ざったものが桃色の唇を割って溢れ出した。 二人のリリは同時に倒れる、まるで鏡に映った出来事のように。 「わー、リリさんっ! ちょっとやり過ぎ!」 「お、俺だって迷ったんだよ!」 騒々しい二人のやり取りをうつろな意識で聞きながらリリは静かに意識を手放した、せめて今の苦しみが自分が手にかけてきた人達の癒しになればいいと思いながら。 いつか、鏡像ではなく自分が裁かれる日が来るのだろうか? 「おや、お帰りですか? まだ誰も死んではいませんよ?」 再び義衛郎の姿を取ったドッペルゲンガーがあらぬ方向へと駆け出したのをレイチェルは見逃さなかった。 赤く光る二つの瞳としなやかな黒猫を思わせるその動きはどんな獲物も捕らえて放さない、気配を消そうとも猫の爪は深く迅く、相手を確実に仕留めるまで。 「やれやれ、自分の無様な姿を見るというのはあまり気持ちのいいものじゃないな」 ヒタリ その首筋に当てられるのは義衛郎の死を運ぶ刃。自分の刀で薄皮一枚裂かれたのを義衛郎も感じる。 「そろそろ迷信に帰ってもらおうか、いつまでもその姿でいられるのはいささか気分が悪いんでね」 「離れたほうがいいんじゃないですか? ダメージもらっちゃいますよ?」 「まぁ、死にはしないさ」 その後、死ぬほど痛い目にあってやはり離れておけばよかったと義衛郎はちょっとだけ後悔した。 「ほら、やっぱり」 首を押さえて蹲る義衛郎を見てやれやれとレイチェルはため息をついた。 「みっしょんこんぷりーと、ああぅ、でも疲れたのです!」 いえーいと小雷にぱちんと手を合わせた後、へろへろとシーヴはへたり込んだ。今回は精神的にもなんだか疲れた気がする、まぁ、確かに面白かったのだけど。 「確かに疲れた、だが何も守るものの無い拳が軽いことが分かったのは収穫だったな」 自分の鏡像と相対した小雷ははっきりとそれを感じ取った。本気や情とでも言おうか、精神論だと言えばそれまでだが後ろにいる人達を思えばこそ限界を超えて立っていられるのもまた事実。自分は間違っていなかったと確信を持つことが出来た。 「また、こういうのが出て来ますかね」 「どうだろう、案外珍しく無いのかも知れないな。そうでなければ昔からの語り草になっていないだろうし」 「……確かに」 なぜドッペルゲンガーが存在するのか義衛郎は考えてみる。もう一人の自分に会いたい、きっかけはそんな些細な事なのかも知れない。いろいろ忙しい現代社会、ちょっと代わってもらいたいなんて思う人もいるだろう。勤務している相談窓口にもいろいろなものに追い立てられ、疲れた人は来る。 「それで毎回借り出されたら、たまらないな」 これ以上自分に会いたいと思う人が増えないよう義衛郎は思わず月を仰ぐのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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