● あーあー、しくじったしくじった、盛大にやらかした。 ここ数年で目まぐるしく上書きされては書き換えられる勢力図の間を縫ってうまくやってきた、つもりだったのだが。弱小と見くびっていた連中の地力を測り間違えるとはいやはや、元から既に自分は引き際だったに違いない。まあ死ぬ時は死ぬもんだ。未練はあるが助けは来ないだろう。 このまま下手に痛みを長引かせるより自分で終わらせた方が楽かも知れない。 見付かって嬲り殺しにされるのもごめんだ。幸いまだ腕は動くし、自分の頭ブチ抜くくらいは――。 「おじちゃん、死んじゃうの?」 聞こえた声にぎょっとして顔を上げれば、そこにはぬいぐるみを抱いた少女がいた。 血塗れの自分を見ても怯える素振りはなく、興味深げに瞬いている。 「……そろそろ死ぬかなぁ」 「救急車呼ぼうか?」 「いや、生き残ってどうなる事もないからほっといて」 「死にたいの?」 「積極的に死にたい訳じゃないけど死ぬ以外にねぇなぁ。お嬢ちゃんも逃げないと殺され、」 「ふーん。じゃあおじちゃんの体、ミルコにくれる?」 「……は?」 意味不明な言葉によくよく少女を観察すれば、何の事はない運命の加護を得たご同類。そりゃ血塗れでも怯まない訳だ。バラしてのお遊び目的だか死体愛好だか他の何かだかは知らないが、この年で随分と歪んでしまったもので。 「いいけどさ、あんまイイ事じゃないぜ、ミルコちゃん」 哀れみを込めた視線を向ければ、少女は何かを察したのか少しむくれた。 「ミルコはりるりじゃないよ。ミルコはこっち」 目の前に突きつけられたのはクマのぬいぐるみだ。何を言い出すのかとふすりと息を漏らせば、クマはぐぱりと顎を開いた。 え。何すんの。 大きく開いたクマの口の中は、真っ暗だった。 ● 「はい、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンが秋の訪れとは特に関係ない案件をお伝えしますので聞いてくださいね。見た目だけは割とファンシーですよ」 薄く笑って『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)が映したモニターには、二人と一体。 「りるりという少女と、彼女と仲良くなったアザーバイドの『ミルコ』は自分達の『活動』に必要な人間の体を求めていました。はい、そこでこの安生という男です」 明るく笑う少女とクマのぬいぐるみ、そして煙草をくわえた人相の宜しくない中年の男。 聞けば、安生は小規模フィクサード組織をまとめていた男らしい。 「別のフィクサード組織と抗争になって敗れ、死に掛けていた所でりるりと出会い……同意かどうか微妙な返答をしたお陰で、ミルコと精神を入れ替えられて今はぬいぐるみの中に入っています」 切り替わった画面。ぽてぽて歩いたぬいぐるみが銃を掴……もうとしてトリガーに手が掛からず、しばしもたもたしていた後に苛立ったようにぶん投げた。これの中身が安生なのか。 そして笑って拾い上げたのが、安生……の姿をしたミルコなのだろう。 「彼女らの『活動』は『悪いヤツ』を殺す事。今回は戦う相手がフィクサードだからまだいいんですけれど、りるりは神秘世界の知識が乏しいです。この状態で他のリベリスタやフィクサードと遭遇した場合、無闇な交戦や悪用の恐れがあります」 何しろ基準が神秘をほとんど知らない少女の『悪いヤツ』だ。ノーフェイスやアザーバイドを討伐せんとするリベリスタと敵対するかも知れないし、外面がいいフィクサードに丸め込まれてしまう危険性も否めない。 それに何より。 「ミルコはフェイトを持っていません。友好的だろうがこの世界に害意がなかろうがそろそろお引取り頂かないと具合が悪い。……皆さんには、安生の組織がなくなった事で伸張しそうなフィクサード組織の撃退と、アザーバイド『ミルコ』の送還をお願いします」 そう告げて、フォーチュナはひらりと手を振った。 ● 『うわヤだ俺が俺じゃないのに動いてる気持ち悪い』 「まーまー、悪くはねぇだろ。おっさんの体は俺が有効活用するからさあ」 『自分におっさんって言われるのすげえムカつく。そんな死に掛けどうやって使うんだよ』 「じゃーん、俺実はこの体の心臓打ち抜かれても頭砕かれても動けまーす」 『それ見てて俺が痛いわっていうか完全に死ぬわ』 「すごーい! でもミルコ、その体が使えなくなったらミルコはどうなるの?」 「ミルコね、使えなくなったら一旦お家に帰るの」 『お嬢ちゃんさらっと俺の体使い潰すな』 「そんなの寂しーい!」 「でも何と、りるりが使った魔法のアイテムでまた帰ってこられます! 一週間くらい置いてね!」 「やったー! これで安心ね!」 『聞けよ。お前ら何なの』 「うーんとね、りるりとミルコはね」 「……悪いヤツぶっ殺し隊?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年10月30日(木)22:15 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 視線の先は遥か彼方まで闇に染まり、小さな海鳴りが耳に届く。あまりに頼りなく思える光に微かに照らし出される人影を、『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)の目は捉えていた。 「随分殺気立ってる。探しやすくて何より」 「全員同じ場所に?」 「何人かは高い場所から見下ろしてる。肉眼に頼ってるみたいだから、目立つ事しなきゃ気付かれにくいとは思うよ」 「なるほど。では不足なく潰していきましょう」 『蜜蜂卿』メリッサ・グランツェ(BNE004834)の新緑の瞳は一度瞬いて、暗闇をも射抜く視線は綺沙羅が指差した先へと。更に翼の加護を施そうとした綺沙羅に『境界の戦女医』氷河・凛子(BNE003330)が柔らかに微笑んで、その役目を請け負った。 「翼を与え賜え」 祈りの様な囁きに答えて背に下りた翼に、『少女には向かない職業』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)と『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)が勝手を知った同士、一瞬目を合わせ音もなく走り出す。背の翼を指先で撫でて、『聖闇の堕天使』七海 紫月(BNE004712)もそれに続いた。 いたぞ、見付けた、という怒声に続く罵声。 実際のところは彼らが探し当てたというより、彼女らが姿を現しただけなのだが。 「おい、何だあのガキ」 「知らねぇよ、構わないから殺っちまえ」 「……ふーん。ねぇミルコ、やっぱこいつら悪いヤツだ」 「OKOK、じゃあぶっ殺し隊、活動と行こうか」 『本当に大丈夫なんだろうな……』 ぬいぐるみの安生には答えず男たちの言葉に目を細めたりるりに、安生の姿をしたミルコが笑えば一触即発の雰囲気は戦闘態勢へと切り替わり――。 「色々事情は分かるけど、女の子をいじめちゃダメよ?」 「……えっ?」 両者の間に割り込むように突如出現した金髪の可憐な少女……の姿をした『星辰セレマ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)の刃は、血飛沫すらも置き去りにしてフィクサードを切り刻んだ。呆気にとられたように見つめてくる少女に老獪な彼は微笑み、前に立つ。 「こんばんは、りるりちゃん、ミルコさん。わたしはアークの舞姫。セイギの味方……かな?」 間髪を入れずに滑り込んだ舞姫が告げれば、呻きのような声を漏らしたのはぬいぐるみに入った安生。流石に小さいとはいえ国内でフィクサード組織を率いていた以上、アークの名に聞き覚えがないはずがない。 「悪いヤツらに囲まれてるようですね。一緒にやっつけちゃいましょう!」 「ヘイヘーイ! こんな深夜に寄って集って子供とその他二名襲うとかどんな了見っすか? お天道様が許してもこの仕上ちゃんが許さないぜいぜい! ……なんちゃって」 舞姫に続き、おどけて煽るような言葉と共に手招いた『無銘』布都 仕上(BNE005091)にりるりが目を向けている隙に、メリッサは安生へと語り掛ける。 「アーク、といえば分かるでしょう。自殺願望があるなら構いませんが、死にたくないならその身体を守る事をお勧めします」 『……それは遠回しな殺害予告か?』 「安生さん、貴方ならアークの目的はご存じですよね?」 『まあ、俺はアンタらに好かれるような事してないからな――』 「いえ。わたしたちは、貴方も助けたい。協力してください」 重ねた舞姫の言葉を信じたかどうかは分からない。けれどこの場で二勢力を相手取って勝つ自信は安生にはあるまい。彼にとってはりるりとミルコの力量も未知数なのである。 「……おじちゃん、この人たち知ってるの?」 りるりの問い。リベリスタの視線を受けながら、安生はやや迷ったが言葉を口にした。 『……あー、俺らよりよっぽど「セカイノミカタ」ってやつだ』 「ふーん」 りるりの善悪の基準が分からない故か、多少言葉を選んだ言い方を安生はしたものの、りるりはその辺りのささやかな機微には気付くことなく笑う。 「じゃあ、悪いヤツじゃないんだね?」 「うむ。おじちゃん達も悪いヤツぶっ殺し隊に入れて欲しいのだ」 「え?」 伊吹を見る目は疑念よりは期待の大きいものだから、あまり難しい事はなさそうだが……なるほど、この少女は良くも悪くも疑いが少ない。悪と断じたならば躊躇わず、救いの手は味方だと思う事だろう。 瞬いて己を見上げてくるりるりに、伊吹は極力柔らかい口調で語り掛けた。 「ああ、りるりは隊長だから守るのだ」 「ほんと? でも大丈夫よ、りるりもミルコも強いんだから!」 明るく告げるりるりを憂うのは、皆の様子を見ている凛子。戦争が泥沼化する場合の多くは、正義や悪と言った二元論ではなく生きる人々の愛や憎悪だと知っているから、無邪気に悪を殺すと言い放つ少女の裏側が見えてしまう。 「りるりさん。りるりさんから見て悪いヤツであろうとも、その人たちには縁や繋がりがあります」 例え悪だとしても。仮に自分の側が悪と呼ばれる側だったとしても、人の心はそれで納得できるわけではない。ましてや一方的にそう認定されたとしたならば、どれだけ恨みを買うかも分からない。 「悪と断じるということは、相手のすべてと戦う覚悟があるということですか?」 「つまり、悪いヤツは全部殺せばいいんでしょ。りるり出来るよ」 客観的なものさしは存在しても、絶対のものさしは存在しない。凜子の言葉は、それを知る大人の正論だったが――感情で動いている子供のりるりは、いとも容易く肯定した。 「ね、ミルコ、たくさん殺そうね!」 「厚い信頼痛み入りますってやつ? 任せてよりるり」 ミルコが軽く手を挙げれば、安生のものであるその姿に一斉に視線と殺意が向いた。異世界の客人は頓着した様子もなく血を刷いた唇で笑い、人では奏でられぬ神経を逆撫でするような衝撃波によってより一層己に注意を向かせる。怒りのままにフィクサードがミルコに攻撃しようとしたそのタイミング、眩い閃光が周囲を灼いた。 「面白いくらいに注意力不足だね」 様子を伺っていた綺沙羅が、横合いから仕掛けたフラッシュバンは見事にフィクサードの密集地点に着弾し、視界を遮る。 「この美しき夜の帳の下に幕引きとなさい!」 白く染まった視界に身動きの取れない男らに向けて、紫月がほんの淡い光を帯びた刃にて苦痛を刻み込む。様子に怯むこともなく目を輝かせるりるりに、彼女は内心小さく苦笑した。悪いヤツならば殺す。りるりの主張は明確だが極端だ。一般的な倫理観においてすら、善悪はそこまではっきりしていないということにまでは思い至れないのだろう。 だが、それらについて語るにはまず――目の前の存在を片付けよう。 ● 「ふざけんな、アークの連中には関係ねえだろ、人の事情に首突っ込んでくんじゃねえ!」 「構うな、安生は確実に殺しとけ!」 想定外の闖入者に高木側のフィクサードはやや浮き足だったものの、目の前にターゲットである安生(ミルコ)がいるとなれば即時撤退するほどに潔くはない様子だ。 「生憎こちらも無意味に首突っ込むほど暇じゃないの。痛い思いをしたくなければ早めに諦めた方が得よ?」 「舐めやがって――!?」 語り掛けるエレオノーラに攻撃を仕掛けようとした前の数人が、ふわりと靡いた金髪に意識を囚われる。間近に迫ったかの如く見えた姿に仰け反るも、先の立ち位置からエレオノーラは変わることなく……ただ、溢れ零れた血だけが彼の刃を伝って落ちた。 優れた戦闘技術を目の当たりにし、対抗すべく守りを疎かにした彼らの横を軽やかに駆け上がり、コンテナの上で構えていた射手に向け、メリッサは微かな呼気と共に銃弾が壁を穿つかの如く抉るような連続攻撃を繰り出す。 呻く相手から注意は離さず視線で背後を向くが、りるりはこちらを既にほとんど警戒していないようだった。 「すごーい、りるりも頑張るねっ!」 笑いながら放つ葬操曲が、エレオノーラの一撃を喰らった者達を飲み込んでいく。 その先に、このメンバーのリーダーである高木を見付け、仕上は唇を上げた。 「高木ちゃーん。仕上ちゃんが殴るまで勝手に逝ったら許さないっすよ」 「生意気な口きくんじゃねぇよガキ」 「はいその調子、有象無象じゃ仕上ちゃんマジつまんな……おっと」 冗談っすよ冗談。イイコイイコ。 りるりに向けてそんなポーズを取ってみせながらも、仕上の腕は炎を纏い、味方から少し離れた固まりへを燃え上がらせる。 『ほんっと、どうなってんんだか……』 ある意味この場で一番置いてけぼりにされている男、安生もそんな呟きを残しながらぬいぐるみの体で黒い八つ首を解き放った。その正体不明のぬいぐるみにはフィクサード側も戸惑っている様子だったが……舞姫の見る限り、ぬいぐるみ自体の耐久度はそこまで高くなさそうだ。 「安生さん、あんまり無理して前に出ないように」 『うおっ』 ぬいぐるみだから軽いそれを片手で引き寄せた舞姫だが、安生の方もぬいぐるみの体でのバランスなど取りなれているはずもない。結果。 「ちょっと! どこ触ってるんですか!!」 『好きで触った訳じゃねぇよ嬢ちゃん前見えねえんだよ!』 「ぬいぐるみなんだから大人しく抱かれててください!」 『無茶言うな!』 「……舞姫、そなたが壊さぬようにな」 ぬいぐるみ相手に賑やかに喋っているようにも見える舞姫に伊吹は一応声を掛け、ただ目線は鋭くメリッサが一撃を放った相手へと。放った乾坤圏はコンテナの跳ね返りをも利用し、前後から酷く打ち据えた。 「ま、これも仕事だからね」 綺沙羅の指先から舞い現れたのは、周囲を赤々と照らす朱雀。仕上の炎で一度焼かれた連中が、再び丹念に炙られていく。 当然ながら、合間にフィクサードの攻撃も絶えず飛んできてはいるのだが……。 「癒しがあるからこそ、痛みがより甘美なものとなる……闇と光の二律背反ですわあ!」 誰かに攻撃が集中すれば、攻撃に回っていた紫月も癒しの風を戦場に呼び寄せた。ミルコや安生、りるりも回復に含めていれば、誰もがそう簡単には倒れなくなる。 その癒しが致命により届かなかったとしても――。 「私が傷つけ、私が癒やす」 最後に控えた凜子が呼ぶのは、戦況を覆す絶対なる存在(デウス・エクス・マキナ)。 全員がアークの精鋭と言って差し支えない面子に、異世界の客人たるミルコと、アークには及ばずとも強化されたりるり。そしてまあ役に立たなくもない程度のぬいぐるみ安生が加われば、数の利さえも早々にフィクサードからは失われた。 高所にいたはずの一人が遠くへと逃げ去るのを綺沙羅は察知するが、浮かべる感情の色からして舞い戻って仕掛けてくる事はあるまい。となれば後残るのは、ほんの数人と高木だけである。 もう、あちらも敗北は避けられないと理解できるはずだ。 だからこそ舞姫は、囁くように高木に告げる。 「退いて頂けませんか? 『フィクサードの』安生は、わたしが始末します」 殺すとは言っていない。彼が再びフィクサードとして立ち上がる事のないよう、説得なりなんなりをするつもりだ。けれど――。 「ダメだよ、逃がしたら。悪いやつは殺さないと」 りるりの声。舞姫の背後から雪崩れて来たのは、呪いの黒鎖。 舌打ちと共に銃口を向けようとした高木を、間合いを詰めた仕上はにやっと笑って見上げる。 「三下よりはマシっすけど、満足にゃ遠いっすね。――じゃ、この辺で」 目にも留まらぬ速さで繰り出された掌底打ちの衝撃は高木の体内を駆け巡り……仕上が軽く押せばなす術もなくその場に崩れ落ちた。 ● 後は怯んだ取り巻きを、メリッサが踊るような軽やかな動きで生み出した烈風で叩きつければそれで終い。 「ねえ死んだ? ちゃんと殺さないと、悪いやつは――」 「はいはい、今のうちからそんな考えでは楽しいことを見つけられなくなってしまいますよ、りるりちゃん?」 詰め寄ろうとするりるりの背後から目隠しをするように手を当てた紫月がそう告げれば、少女はむっとしたように彼女を見上げる。 そんなりるりに笑い、諭すように紫月は続けた。 「悪い人にはお仕置きが必要ですけれど、それはそれ専門の人たちがいるのです、お姉ちゃん達に任せておきなさいな」 「りるりとミルコだって、ちゃんとできるもん」 「いいえ。りるりさん、ミルコさんはここに長くはいられないんです」 「え?」 「え?」 気付けば自分に目線を合わせるように屈んでくれていたメリッサにりるりが瞬けば、年下の少女にも分かり易いように言葉を選んで彼女は告げる。運命に愛されなければ、この世界では敵になってしまうのだと。 りるりと同じように問い返したミルコにも、エレオノーラは目を細めて口を開いた。 「害意が無いのは分かってる。でも、世界は運命の加護が無い存在に優しくない。……安定を欠いた世界になれば、貴方がこの世界にとって悪いヤツになってしまうの」 「何、ミルコ用が済んだらお払い箱ってやつ?」 ヒトの中に納まった、ヒトではない存在が瞳に浮かべるいろは、流石のエレオノーラにも分からない。けれど激昂や悪意のこもったものではないのは分かるから、くすりと笑ってそうねと冗談のように返す。 「これ以上留まられるのはこの世界にとって『悪い事』。『良い奴』のまま自分の世界に帰ってくれるとお互いに気分も良いと思うんだけど」 「まあねえ。別にミルコも暴れたい訳じゃないし」 綺沙羅の言葉に肩を竦めたミルコの言葉は真実なのだろう。見知らぬ世界の子供に付き合い物騒なことを行う存在ではあるが、必要以上に暴れたがっている印象は受けなかった。 体を乗っ取るという行為は恐ろしい気がするものであったから――紫月はそれがまだ幸いだったか、と思う。 「……ミルコ、いられないの?」 「そう。でないと、悪いヤツがどんどん増えてしまうの」 噛み砕くように告げる舞姫に、りるりは口を噤んだ。 けれどすぐ、顔を上げて大きく笑う。 「そう。じゃあミルコ、大丈夫だよ。りるり一人でも殺せるから。もっと悪いヤツ倒すから」 「……ほんとに?」 それは異世界の住人であるミルコが不自然に気付くほどの空元気であったから……舞姫はりるりに向けてにこりと首を傾げた。 「ね、りるりちゃん。じゃあこれからは、おねえちゃんと『悪いヤツぶっ殺し隊』をやろ?」 「……え?」 「いいっすね。悪いヤツぶっ殺しに、うち等と一緒に来ないっすか?」 ぐっと拳を握って見せる仕上を、りるりはぼんやり見返す。 「まあ、ぶっ殺し隊はともかく一回アークに来てみるのもいいんじゃない」 瞬くりるりに、綺沙羅も重ねた。一番自分と近しく思える外見の彼女にりるりが向けるのは、期待と不安の目。 「あんたが倒したいのは『悪い奴』。けど、善悪なんて見方一つで変わる」 「そんなの見れば……」 「一見良い奴に見える悪党なんてごまんといる。信念を貫きたいなら、知る事も必要だよ」 「…………」 大人びた様子で紡がれる言葉に、りるりは小さく俯いて、屈むメリッサと目を合わせる。 「望むなら力を鍛えれます。学校へも通えます。翼を隠す必要もありません。もし一人が怖いなら、一緒に来ませんか?」 「そうそう、ミルコは来れないけどその分うち等が一緒に居てやれる。りるりの力になってやるっすから」 「あ……」 見回す。勧誘の言葉自体は掛けない者も、りるりに任せるように見詰めているから――少女は小さく、こくりと頷いた。 「と、いう事だ。りるりは我らが保護する故、彼女の為にも聞き分けてはくれまいか。後は我々に任せてほしい」 「ミルコドキドキしたわ。まあ、でも同族のあんたらのがいいんだろうねえ。りるりを宜しく頼むよ?」 「うむ。後は安生の体も戻してやってほしい。これではあまり可愛くないからな……」 『……ありがたいっちゃありがたいが、可愛かったら可なのかっていう事は聞かないでおくわ……』 ついでの如く、ただ忘れずに付け加えられた伊吹の言葉に、ある意味最初から最後まで物理的にも振り回されっぱなしだった安生が呻きのような声を返す。 ミルコがぬいぐるみを持ち上げ――後はほんの一瞬。 ぬいぐるみを抱き上げていた安生が、地面に崩れ落ちた。……どうやら体の傷は大体塞がっても、並の革醒者では動ける状態ではなかったらしい。 「まあ言っておくが、手荒な事はしたくない故、穏便に頼む」 「……仲間は死んで自分も死に掛け、おまけにアンタらはアークときてる。これで手荒に出来る方法があるんなら俺が教えて欲しい」 「それだけ喋れるならば大丈夫ですね」 一応様子を見に来た凜子がくすりと笑えば、安生はようやく脱力したように息を吐いた。 『じゃあなりるり。達者で暮らすんだぞ。……って言うんだったか?』 「ふふ。よく出来ました。――暇潰しだったとして、あなたのお陰で彼女は寂しい思いをしなくて済んだのかも知れませんね」 「……うん。ばいばい。ミルコ」 りるりに抱き上げられたぬいぐるみ、ミルコの頭を紫月は撫でる。開かれた林檎の鏡面が淡く光ったと同時、文字通り命を宿していたように見えたぬいぐるみの目が、単なる黒いボタンに変わる。 心細そうな目をしたりるりと向き合って、メリッサは一つ、伝えたかった言葉を口にした。 「――大丈夫。貴方は一人じゃない」 「……うん」 メリッサの手に、小さな指の感触。 その手は、もう温かさを感じられないかも知れないけれど――包めば握り返してくる感覚は、確かに昔あったその感覚と一緒だった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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