● 「おい、山田! お前また給食残すのか!」 「だって……」 とある小学校の昼休み、それはよくある光景だった。 山田少年は納豆が嫌いなのだ。 しかし、この新任の先生は残すなと強く命じる。 ――本当に、よくある光景だった。 「いいな、今日は食べるまで帰っちゃダメだ」 この一言が、悲劇を呼び込むまでは。 ● 「……正直に言えば、今回の任務、臭いがきつい。 苦手な人は、対策をきちんとしておくように」 開口一番、微妙な警告したのは『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)である。 「2ヶ月前、学校の中で突然行方不明になった少年がいた。 名前は山田君。最後に彼を見たのは小学校の担任、田山先生」 「待ってくれ。説明の途中でどっちがどっちか混乱してきそうなんだが」 リベリスタの、ある意味当然ながら結構失礼な疑問に、イヴは少し首を傾げる。 「……じゃあ、センセイって呼ぶね。 山田君は、センセイが少し目を離した間に現れたアザーバイドに食べられてしまった」 既に救えないのだと、そう告げる。 「じゃあ、今度の任務はアザーバイド退治なんだな?」 早合点したリベリスタの顔をじっと見つめて首を振るイヴ。 「アザーバイドは既に倒された。 みんなの仕事は、アザーバイドに食べられた山田君がエリューション化したのを倒すこと」 「……随分と後味の悪そうな仕事だ」 椅子に深く座りなおしたのを見て、イヴが目を閉じる。 「アザーバイドに納豆と一緒に食べられた山田君は、納豆のE・ゴーレムを操るE・フォースになった」 「…………」 何人かのリベリスタが席を立とうとするのを、イヴは目で制す。 「山田君はセンセイを恨んで、センセイを納豆で窒息死させようとしてる。 ……夏場だし、2ヶ月かけてちまちま集められた納豆。 納豆好きでも、かなりキツイ臭いになってるから、気をつけてね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月22日(月)22:45 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 「好き嫌いって、難しいな。俺も食えるようになるまで時間が掛かったし…… 山田君の気持ちは良くわかるが、先生の言い分もわかる」 難しい顔をして唸る『血に目覚めた者』陽渡・守夜(BNE001348)。 食感が微妙なはんぺんなどの練り物類が苦手だったと彼は言う。 ――違うと思うんだ、それは。飲み込もうと思ったら飲み込めるじゃないか、練り物は。納豆は、口の中に残るんだよねばねばが。給食につきものの牛乳ではねばつきが更にひどくなるばっかりで、一度口に入れたら進むも戻るもイバラの道なんだよ! ――とかいう、納豆が苦手なスタッフによる主張は、とりあえず放置された。 校舎の階段を駆け上がるに連れて、異様なソレが襲い来る。 ソレ――すなわち、尋常ではない程の納豆臭。 「心頭滅却すれば、ニオイも……、おえっぷ」 鼻の頭を直撃する様な強烈な臭気に、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が呻く。 なんという凄まじき納豆スメル。ちょっとマジ勘弁して。 納豆はイマイチ苦手な舞姫は誰に言い訳をしているのか、言葉を続ける。 「いやほら、わたし欧州の血を引いてますし! 外人さん、みんな納豆嫌いですよね?」 日本生まれの日本育ちであることを今は隠してそう主張する舞姫。いっつわるあがき。 「悪臭、ブレイクフィアーで消せないかな」 ちょっと泣きそうな声で『寝る寝る寝るね』内薙・智夫(BNE001581)が願望を口にする。無駄な事は本人にも分かっていたが、それでも言わずにはいれなかった。智夫にしたって納豆は普段、普通に食べる。 だがこれは。本来は目に見えないはずの臭い。それがまるで、空気の色を納豆色に染めてうずを巻いているような錯覚すら覚えるのだ。 そもそも25mプール一杯の量とか、夏場2ヶ月かけて集めたとか。 嫌 な 予 感 し か し な い 。 「……拙者持病の腹痛が出たので帰りたいでござる」 あうあうと逃避しようとする智夫の、くるりと踵を返し方向転換した先にはしかし、無情にも『節制なる癒し手』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)が。 目を潤ませて、じっと見上げてくるのである。 「これもお仕事。是非是非、最期……こほん、最後まで御一緒して下さいまし……」 「若月さん、今何か間違えなかった?」 「はて……何のことでしょうか?」 ● 『無理矢理食べさせて! 嫌だって言ったのに! この鬼! 鬼ッ、鬼ィィッ!』 E・フォース、かつて山田と呼ばれた少年の成れの果ての叫びが聞こえてくる。 その恨みの矛先である田山センセイが、ヒィと喉の奥で悲鳴を上げ、腰を抜かして尻餅をつく。 『お前も食べろおおおおお!!』 半透明の姿で自分を睨む少年の姿に、センセイは這い逃げるだけの気力も失ってしまった。 彼に向け、呪いの篭った納豆が土砂の如く殺到する。 「残されたせいで食い殺された事より、納豆を食べる事を強要された事の方が許せないんだ……」 しかしその身に納豆が届く事はない。少し呆れを含んだ声で呟いた『さくらさくら』桜田 国子(BNE002102)がその身を持って庇ったからである。 まるで状況のつかめていないセンセイの様子をちらりと見て、国子は少し複雑な顔をした。 (好き嫌いで残されるなんて……私この先生苦手かも……。そりゃ好き嫌いは良くないけどさ……) 「でも、これだけの納豆を集めたってことは山田くんは納豆嫌い克服したのかな?」 「山田……? 本当に、山田なのか、これが……?」 姿に見覚えはあった。それでも、何かの間違いじゃないかと思っていた。 少年が姿をくらましてからはや2ヶ月。その間矢面に立つ事になったのは、当然このセンセイである。 がだ、起きたことから考えるに、彼の自業自得だと言い切るには少しだけ難があった。 ――安全なはずの校内で、まさか突然食べられるなど、誰がどうして想像できるだろう? 「あれから、お前、どこに行ってたんだ? それは……死んでしまったってことなのか?」 呆然とした表情だが、それでも目の前の事態を理解しようとするセンセイ。 放っておけば、また彼は襲われることになるだろう。 先ほど庇って納豆を受けた腕を見れば、ヌルリヌルリと這いずる粘液の感触に鳥肌が立つのを禁じえない物の、威力はさほどでもない。元より納豆が好きな分、悪臭もまだ耐えられる。これならばセンセイを逃がすまでは守り切れるだろう――そう判断した国子はもう一人、教師の避難誘導を買って出た『朧蛇』アンリエッタ・アン・アナン(BNE001934)に目配せを送る。 「立てますか?」 目配せに頷いたアナンがセンセイの手を引き、二人を国子が守る形で彼らは脱出を開始する。 『待てえ!』 勿論それを黙って見ているエリューション達ではない。 だが、それを許すリベリスタ達でもないのだ。 「山田君の想いは悲しいけれど……人の命が奪われることを見過ごすなんて出来ない!」 まず納豆の塊の前に立ち塞がったのは舞姫。ギアを上げた身体能力は疾風の速さで納豆の海を翻弄する。 「居残りをさせられて辛かったでしょう。もう苦しまなくて良いようにして上げますね」 同じく反応速度のギアを上げた自称那由他・エカテリーナ――本名『残念な』山田・珍粘(BNE002078)は、E・フォースの前に立ち塞がり、ハンカチで鼻を抑えつつも虚ろな視線で見据え、下手な動きを許さない。そのハンカチには香水がしっかりと染み込ませてあった。――先に鼻を馬鹿にしてしまおうという作戦。それは非常に奏功しており、彼女はこの圧倒的な悪臭空間にもほとんど動じていない。 その後衛ではシエルが己の魔力を体内で循環させ仲間の治癒に備えている。布陣は完成しつつあった。 「納豆なんて、アタシのチェインライトニングで相殺してやるわよ!」 そんな戦場を『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)の放った魔法の雷撃が駆け巡る。ほんの一時ながら、死した少年の怨嗟も納豆の臭気も押し返す雷に、少年の視線がはじめてセンセイ以外に向けられた。 『お前も納豆塗れにしてやろうかあ!』 杏に向かって吼えた少年の全身から放たれたのはまるでギャロッププレイ――気糸を放ち対象を締め上げる技のように見えた。だが、違う。ジャージに包まれた杏の成熟した身体を縛り上げる糸は、粘性が余りに高く柔らかい。お陰で見た目は気糸に酷似しようとも、肝心の拘束力が無い。威力も低い。 「……納豆だわ、これ」 そう、それは納豆のネバネバだった。 「悲劇、なのでしょうか? 君を黄泉へ送るのが、巫女であるうちの仕事です」 「同情を禁じえないが、仕事はきっちりやるぜ」 少し唖然とした杏を背後に『シャーマニックプリンセス』緋袴 雅(BNE001966)と守夜が、オーラを纏った銃弾と凍て付く力を纏った拳とをそれぞれ叩き込む。少年の姿のE・フォースは身を捩って苦しむが、怨嗟の念はまだ尽きず消滅には至らない。 「糸ひいてるっ」 一方、自己強化を使わないがゆえに誰よりも先んじて納豆の海に突っ込んだ智夫は、血涙を流しそうになりつつ全身の膂力をバネにしてガンガン押し込んで納豆の進撃を阻んでいた。 舞姫と智夫の二人で。 「なんで射撃スキル持ってないんだよ、わたし! あーもー、どうにでもなれー!!」 「こんな時に限って遠距離スキルを活性化し忘れてるとか……あたしって、ほんとバカ」 うん、君たちは泣いていい。 智夫はなぜかどこかの青い魔法少女っぽいこと言ってるけども泣いていい。 「よせてはかえす納豆の海をもくもくとメガクラッシュで押し返すだけのお仕事なんだよー」 そこにマスク装着済みの『黄道大火の幼き伴星』小崎・岬(BNE002119)が参戦する。 彼女は宣言通り、吹き飛ばしの威力を持つ一撃をもって納豆の海を押し返し始めた。 「逃げて、今日起きたこと全部忘れて!」 また、教室の外では、センセイに国子がそう叫び、仲間に加勢するべく踵を返している。 後を任されたアンリエッタもまた、彼をある程度離れた位置まで誘導した後に戻ってくるだろう。 『畜生! 邪魔するなよ! あいつが悪いんだ! 納豆が悪いんだ!』 追い詰められた山田少年の叫びが響き渡る。 『くそう、皆嫌いだ! 納豆にやられて! 死んじまええええ!!』 それが合図だったのだろう。 主人である少年に忠実な納豆ゴーレムは、命に従い己の出来る最大の技を開放した。 ざっぱーん、というより、ねっばーん。 そんな感じの音をたてつつ、教室中を納豆の奔流が飲み込んだ。 阿鼻叫喚と粘液、そして腐った豆が荒れ狂う。 「和食派なめんじゃないわよ! 朝食はご飯に納豆に味噌汁だって決まってるんだから! どっちが強いか、力比べと行こうじゃないの!」 その中、意気を喪わぬ杏の叫びと雷撃が荒れ狂う。 だが、納豆の量はただただ膨大。神話に伝わる大洪水の如く、全てを飲み込み、押し流した。 ネバネバと。 ● 死屍累々。 その言葉がこれほど相応しい状況もそうはあるまい。 納豆の洪水が引いた後、満遍なく納豆塗れになった教室内では誰一人の例外なく全ての者が納豆に塗れてうずくまっていた。 そう、誰一人の例外なく。なぜかE・フォースもそこに含まれていた。 と言うか何やら痙攣までしている。 ――お前も喰らうんかい。 誰もが内心で突っ込んだが、しかしこれはチャンスでもある。 納豆塗れで満身創痍の山田少年のE・フォースは、後一歩で力尽きるように見えた。 「彼が納豆を操っているのだとすれば、彼を倒してしまえば納豆は少なくても頭脳的な動きはしなくなるでしょう」 ヨロヨロと立ち上がった雅が機関銃を構える。 そんな彼を睨み返し、何とか起き上がるE・フォース。 「山田君? 私……キウイが嫌いでした」 その睨み合いを割る様に、シエルの言葉が教室内に響いた。 折り良く納豆の洪水の後に戻ってきた為、一人綺麗な身のアンリエッタに庇い寄り添われたフライエンジェの少女は、一歩だけ前に踏み出し、少年の気持ちを少しでも受け止めたいと、そんな願いを篭めて言葉を紡ぐ。 「もし同じ齢で同じ場所に居たら一緒に居残りしていたかも……。 そうだったら……お友達になってくれましたか?」 怨嗟であれ、全て受け止めたい。 そう態度で示す少女を前に、少年の成れの果ては……一瞬だけ目を逸らし。 向き直った後、シエルめがけ真っ直ぐに掌を向けた。 「!」 全ては一瞬。 アンリエッタがシエルを背後に庇い、雅のエネルギー球を溜めた一撃が吹き飛ばす。それでも尚手を下ろさないE・フォースの身を、追いすがった国子と那由他が鏡写しの如き左右からの連撃で砕いた。 「……お前、まさかわざと」 音もなく崩れて行くE・フォースの身を見、守夜がふと呟いた。 言われて見れば確かに、山田少年の攻撃は全身からの納豆粘糸。掌を向ける必要なんか無かった筈だ。 慌てて見返しても、少年の姿は最早塵と消え、もう誰にも真相は分からない。 ただ、少年が最期に断末魔の一つも上げなかった事だけは、事実。 「そっち終わったなら手伝ってー!?」 どこか神妙な空気を割った智夫(納豆塗れ)の叫びが全員を正気に返し、リベリスタ達は慌てて残るE・ゴーレムに向き直った。と言うか再認識した。 そして絶句した。 ──何この大惨事。 先ほどの納豆の大洪水により、納豆ゴーレムを形作る納豆は教室中に満遍なく撒き散らされた。 つまり、今やE・ゴーレムの身体は教室中に広がっていたのである。 足の踏み場も天井も壁も全部納豆ゴーレム。まだ生きてる。ウネウネ動いてる。 薄く広がった分その威力こそ目に見えて下がっているがその代わり、倒し切るまでが、そしてその後の掃除が異様に面倒なのは火を見るより――いや、敢えて言おう。 確定的に明らかだった。 「……とりあえずチェインライトニングで」 唯一この惨状と相性の良いスキルを持つ杏の、気を取り直すような何時もの調子の呟きに、仲間達の羨望の視線が集まった事は言うまでもない。 ● ピクリとも動かなくなった納豆を前に、リベリスタの仕事はまだ終わらない。 「……では、拙者はこれでっ!」 ともおはにげだした! しかしまわりこまれた! 「とうそうするはいぼくしゅぎしゃはだあれ?」 そう言って笑う岬の目が、笑っていない。 「アハハ当然ですよねー。誰だろう、逃げるとか言ってるの。 女の子も頑張ってるのに男の子がやらないとか犯罪ですよねー。 納豆頑張って片付けます」 くるりと前言翻し、キリッとか言う効果音が付きそうな勢いの智夫。 「うわー、あしがすべっちゃった、ごめんなさーい!」 舞姫さん、すっごいイイ笑顔で国子さんに転んだふりタックル。 「洗剤とかでねばねばとれるでしょうか……? きっと姫ちんにも報いが訪れると、願っておきます……」 「ああ、耐え難い臭気にさらされて、判断力が鈍ってしまったのです! それゆえの悲劇! 決して、自分だけ納豆まみれになってるのが悔しいとか、そんなんじゃないです。ええ」 髪にまで付いた納豆を取りながら呟く国子、本音駄々漏れで笑って逃げる舞姫。 その逃走経路が、 「じゃ~ん、酢~水~。これをかけると納豆のネバネバが取れやすくなるそうですよ? 試しに使ってみましょう」 「わあっ!?」 ていっとばかりにペットボトル入りの酢水をぶちまけた那由他の前だったのは、たぶん運命のいたずら。 「まあ素敵、こんなに綺麗にとれるだなんて~(棒読み)」 うん、納豆は落ちた。納豆は。 「浄化します。君の魂に安らぎあれ」 その一方で、雅は舞いつつ、祝詞を唱え、神楽鈴を振って何やらやっている。 神道的には色々不思議なことをやっているのだが――まあ、男だけど巫女だったりするあたり、彼の信じる宗派はかなり自由なのだろう。おそらく。 汚れていない納豆を見つけ、手にとった納豆未経験のアンリエッタを、智夫を時々監視していた岬が目ざとく注意する。 「アンリちゃん、ダメだよ!」 「あ……はい」 素直に手を下ろすアンリエッタに、しかし岬は、 「痛みすぎた納豆は糸引かなくなるんだよねー。 だから、そこは食べちゃダメ」 おいしい部分を教えてあげたようである。 さて、納豆を地道に片付けていったは良いが。 「すごい量よね、どうしようかしら」 杏は思案する。 「……プールに戻しちゃおうかしら。 プールに戻しちゃいましょう」 え、ちょっと杏さん。 「警察にでも通報しましょうか、学校のプールに納豆をなみなみ注ぎ込まれていて異臭が酷い、何とかして欲しいとかなんとか。そうすればあとは公的な機関が処理するでしょう?」 たしかにそうですけど。 なんだかんだで片付け完了したのは、夕方のことだったり。 もちろん、廃棄方法はアークが一任されました。 「……地域の方々や警察がおいしく頂いていれば面白かったのに」 面白いかもですが、いたんでるとこも多いですから! むしろプールに入れた時点で全部食べられないですから!! 「さ、帰って丼に入れたほかほかのご飯に卵と混ぜた納豆をかけて、鰹節とちりめんをまぶした物をのりで巻いて食べようかしらね」 「「「「ええっ!?」」」」 杏のその発言に、他の全員が一斉に目を剥いた。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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