下記よりログインしてください。
ログインID(メールアドレス)

パスワード
















リンクについて
二次創作/画像・文章の
二次使用について
BNE利用規約
課金利用規約
お問い合わせ

ツイッターでも情報公開中です。
follow Chocolop_PBW at http://twitter.com






うたかたのゆめ

●みえないどこかでなにかがみてる
 In the dark blue sky you keep,
 And often through my curtains peep,
 For you never shut your eye,
 Till the sun is in the sky.

 (マザーグース「Twinkle, twinkle, little star」より)


●ゆめみるせかいはだれのもの?
 愉しいよ、愉しいよ。
 怖がらないで遊びにおいで。
 遊ぼうよ、遊ぼうよ。
 ここにはおもちゃが沢山あるよ。
 おいしいケーキを食べながら、みんなで仲良く遊ぼうよ。

 あれあれ、どうして逃げ出すの。
 怯えたお顔を浮かべてさ。
 ここは愉快で楽しいお部屋、みんな君のお友達だよ。
 並んでいるごちそうだって、みんなみんな君の物。

 腕の取れたお人形、髪の毛引っこ抜かれてさ。痛くて痛くて堪らないから、君のそれを分けてほしいな。
 足を抜かれた縫い包み、怖くて怖くて震えてたんだ。君も引っこ抜かれたら、あの子の気持ちが分かるかな?
 ケーキの中には首がたくさん、紅茶の中には目玉がぷかぷか。
 愉快な茶会の相手はだあれ?

 遊ぼうよ、遊ぼうよ。
 ここは愉快で楽しいお部屋。
 みんなで仲良く遊ぼうよ――。


●むじゃきなあくいにふみつぶされた
 子供が何の理由も無く、手にした玩具を壊す事がある。
 例えばそれは人形であったり、縫い包みであったり。機関車模型の事もあれば、自動車を模した玩具の事もある。
 人形の腕を引っこ抜き、縫い包みの縫い目を引き裂く。車両や自動車は簡単に放り投げられて、そのうち動く事もままならないほど見る影もなく歪んでしまう。
 それが悪意かどうかといえば、大人が使う意味での悪意では無い。
 無垢で無邪気で、後先考えない感情の捌け口。好奇心。大人はそれを悪意とは思わないし、当の子供達も、それが悪意であるとは思わないだろう。
 潰したケーキに叱られる事はあっても、二度と与えられない訳でもない。目の前の欲に素直な小さな人々は、その無邪気さでもってして、潰れたケーキを悪意無く排除する。
 無論、それが『くまびすはさぽけいっ!!』テテロ ミミルノ(BNE003881)に合致するとは限らない。
 可愛い物、美味しい物を好む少女にとって、気に入りさえすればそれらも愛しむべき物だ。幼少期はまだしもとして、今の彼女にとって好ましい物は好ましい。それを甚振る理由は無い。
 唯一つ問題があるとすれば、誰にも認められない被害者達にとって、彼女もまた『自分達を痛め付けた子供達』と等しく幼さを残す容姿だった事だ。
 そして、目覚めた“彼”は知っている。誰が一番、自分達を疎ましがるかを。


「おひさま?」
 どういう経緯かは分からないけれど、気付いたら冷蔵庫の中、食べようとしたシュークリームの上に乗っかっていた封筒を開いてミミルノは首を傾げた。
 中に入っていたのは、太陽の形をした分厚いカードが一枚。表にも裏にも、何かメッセージが書かれている訳ではない。敢えて言うなら封筒の裏に、赤黒いスカーフだかマフラーだかを首に巻き付けた茶色の熊の絵が描かれていたっきりだ。
 差し出し人は見当も付かないし、カードにだってまるで見覚えはないけれど、封筒には確かに『テテロ・ミミルノさマ』と書かれている。
「うーん……?」
 当たり前のように置かれていた所為で特に警戒心も無く開いてしまったけれど、送り先の間違いか何か別の意味があるのかもしれない。
 誰かに尋ねてみようかな……とそこまで思った所で、ミミルノはふわぁ、と大きな欠伸を零した。日差しの所為か、何だか急に眠くなってきた気がする。
「おひるねしてから……そーだんしよっと」
 カードを封筒に戻してまた欠伸をし、一眠りしようとふらふらと歩き出す。――そこで、彼女の記憶は途切れた。


●ようこそヨウコソ、ゆめのなか
『オハヨウ、こんにちは、こんばんワ』
 まるでネジの狂った喋る玩具のような、耳障りな声だった。不快感をもたらす声に眉を寄せ、ミミルノはのそりと身体を起こす。
「あれ? ここ……どこ?」
『ココは“寂しがり夜空ノ為の家”』
 尋ねた言葉に答えが返る。きょとんと瞬いた緑の目に映ったのは、何だか絵本の中のようなお茶会の会場だった。
 ピンクの壁紙とピンクの絨毯。壁際の棚やソファには沢山の縫い包みが並び、ドレスを着た人形が、給仕の途中で止まったかのように部屋のあちこちに佇んでいる。
 今の今まで突っ伏して眠っていたらしい白いクロスの掛かったテーブルは、呆れる程に横に長かった。そこかしこに皿に盛られた色鮮やかなケーキや型抜きされたクッキー、花柄のティーポットが可愛らしく並んでいる。
『どうぞ、ドウゾ。お茶はソコ、お菓子はソッチ』
 そう耳障りに勧めたのは、大きな焦げ茶のテディベアだった。何処かで見た気がして、ミミルノは正面の縫い包みを見ながら首を捻る。
「あっ! さっきのふーとーのくまさんっ!」
 首に巻かれた赤黒いスカーフを見て、もう一度テディベアを見て漸く記憶が繋がった。ぱっと立ち上がって指をさしたミミルノに、テディベアは答えない。
 少しだけ首を傾げたまま微動だにしないぬいぐるみに、居心地が悪くなってミミルノはテーブルを見回した。
 花とハートが競い合うような柄のカップの中には、紅茶だろうか、ルビー色の飲み物がほかほかと湯気を立てている。フォークの添えられた皿の上には、ピンクと白のクリームで飾られたケーキが一切れ置かれて――そう、唯のケーキの一切れだ。それなのに……此方をじっとを見詰めているように思えるのは何故だろう?
 座る事を忘れたようなミミルノに、まるで痺れを切らしたようだった。
 皿から猫型のクッキーを一枚取ったテディベアが、無造作に薄い焼き菓子を割る。首と頭を切り分けるように砕いた瞬間、その断面から真っ赤な液体がぼたぼたと滴り始めた。
 反射的に足を引き掛けてバランスを崩し、ちらりと見たカップの中。赤黒い液体の中で真っ白な目玉がぎょろりとミミルノを見上げている。
「ひゃっ」
 足元をもつれさせた拍子に、ミミルノは椅子の上に座り込んでいた。慌ててカップを見直したけれど、目玉なんて何処にも無い。相変わらず、ルビー色の温かそうな液体が湛えられているだけだ。テディベアの方を見ても、猫のクッキーは二つに割られているだけだった。
『ヨウコソ、ミミるノ。――“オンナノコ”』
 密やかに歓迎するテディベアの背後、カーテンの閉ざされた窓の脇に、見覚えのある太陽のカードがぶら下げられていた。窓を挟んで反対側には、短い文章のようなものが額縁に入って飾られている。
 くりんと大きな作り物の目玉が、心成しか不気味な静けさでミミルノを見詰めていた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:猫弥七  
■難易度:EASY ■ リクエストシナリオ
■参加人数制限: 6人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年10月20日(月)22:55
 御機嫌よう、猫弥七です。リクエスト有難うございます。
 可愛らしい、けれどそれだけではない『何か』と夢の中のお話です。
 それでは今回も、どうぞよろしくお願いします。


■成功条件
・エリューション全ての撃破
・『寂しがり夜空の為の家』からの脱出

■場所
・『寂しがり夜空の為の家』
 ピンクの壁紙と絨毯の敷かれた、小ぢんまりとした夢の中の屋敷です。
 玄関ホールと6つの個室、茶会が行われているホールしかありません。それぞれの個室には沢山の縫い包みや人形が並んだり飾られています。
 玄関扉は固く閉ざされて開く事は出来ません。また、窓も茶会が催されているホールにだけ、分厚いカーテンが閉め切られた物が一つあるだけで、外には夜空が広がっています。
 窓の横には破界器である『傲岸な夢売り』と、マザーグース「Twinkle, twinkle, little star」の第四節の英文が、額に入って飾られています。
 『家』の中では幻想纏いによる通話は不可能ですが、覚醒者としての能力は問題無く使えるようです。

 『くまびすはさぽけいっ!!』テテロ ミミルノ(BNE003881)は茶会のホール、彼女以外のリベリスタは玄関ホールが行動開始地点になります。

■エリューション
・『ちょん切られシザー』:フェーズ2
 もっさりとした、高さ1メートル程もある大きな焦げ茶のテディベアです。機械掛かった耳障りな声で喋り、首に赤黒いスカーフを巻き付けています。
 スキルを有さずとも意思の疎通は可能ですが、気紛れな性格の為に会話が成立する保証はありません。
 茶会のホストを名乗り、ホールの主人の席に座って茶会を勧めようとしていますが、気分が害されるごとに茶会で奇妙な事が起こり始めます。
 リベリスタに敵意も好意も持っていない様子ですが、戦闘になると腹の中から巨大な銀色の鋏を抜き出し、襲い掛かってきます。

・『お役に立てないコワレモノ』:フェーズ1×6体
 縫い包みや人形の姿をしたエリューションですが、全て何処かしら壊れているようです。
 『家』の各部屋に1体ずつ隠れており、リベリスタ達に襲い掛かります。ただし積極性は個体によって異なるようです。

■アーティファクト『傲岸な夢売り』
 近くにいる者に強い睡魔を呼び起させ、夢の中に閉じ込める破界器です。
 片面に太陽の絵が描いてあり、その形に添ってカットされたカードの形状をしています。
 現在は『シザー』の能力が加わり、眠った者を『寂しがり夜空の為の家』へと強制的に送り込みます。
 また、『シザー』を討伐した後に夢の中の破界器を破壊すれば『寂しがり夜空の為の家』も同様に壊れ、その際館の何処に居ても強制的に現実に戻されるようです。

■『家』に住まうダレカたち:フェーズ1相当
 『家』に飾られた人形や縫い包み、玩具、絵画達です。
 延々とリベリスタ達の後を追い掛ける物、襲い掛かる物、逃げ回る物や何もしない物等、反応は様々で一貫性はありません。
 どれもフェーズ1相当ですが攻撃力は乏しい物が殆どで、スキルを介しても意思の疎通は不可能です。
 『家』に付随する存在である為、討伐された場合は同じ数だけ、限界無く出現し続けます。
参加NPC
 


■メイン参加者 6人■
アウトサイドナイトクリーク
犬束・うさぎ(BNE000189)
ノワールオルールクリミナルスタア
依代 椿(BNE000728)
サイバーアダムインヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
アークエンジェインヤンマスター
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
アークエンジェソードミラージュ
エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)

テテロ ミミルノ(BNE003881)


「壊してゴミにされ、ゴミとして捨てられりゃ、そりゃ恨みますよね」
 それが、『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)の感想だ。彼女の周りには人形が、縫い包みが、玩具達が何処からともなく聞こえる陽気な音楽に乗って、愉快に踊り回っている。
 そんな奇怪な部屋の住人達など見向きもせずに、うさぎの視線はただ一点を向いていた。
 幼い少女が母親の真似をして、寝かし付けたり背負ったり、子守歌を歌ったりする。そんな幼い少女の人形だった。
 作り物の目玉は片方が外れ、片腕は引き抜かれてもう一方の手に握られている。
 足の一本は後ろ向きに嵌め直され、塗装は剥がれているが、うさぎの攻撃によってそうなったのではない。彼女は最初から、そんな姿でうさぎを出迎えた。
『イジメル?』
「……そうですね」
 必要なら、とは答えなかった。
 肩の上で、ぐるうりと人形の首が回る。
『コワスノ?』
「あぁ……」
 三日月形のタンブリンに似た得物を握り直し、彼女は頷く。
 異質な空間に口を引き結んで歩み寄り、後退る人形に肉薄し見下ろして身を屈めた。
 うさぎの唇が開き、賑やかさに紛れた声が零される。瞬間、硝子の目玉がぎゅるりと回転して彼女を見上げた。
『――ァ、』
 人形のにっこりと微笑んだ口からか、それとも別の何処かからか。
 小さな音が漏れ、徐々に太く広く広がっていく。
『ァァアアァアアア!!』
 後方へと飛び退ったうさぎを追うように、人形の周囲からクッションが浮かび上がり襲い掛かる。
 それらを躱し、或いは切り付ける事で回避しながら、彼女は人形を見た。
「ビンゴだ」
 冷静な口調と共に、彼女の脳内でカウントが終わる。同時に。
 人形が悲鳴を発した気がしたが、それを呑み込む爆音に邪魔をされて確信は無かった。
「……焼却炉や埋立地よりは、ハッピーエンドじゃないですか」
 皮肉でも無く呟くうさぎの口調は暗い。今一度人形へと近付き、しゃがみ込んだ。
 人形の頭は半分程が欠け、一つだけ残っていた硝子玉の目が転がり落ちる。拾い上げようと伸ばした手の下で、柔らかなカーペットに落ちた筈の偽物の眼球は呆気無く砕けた。
 大きな欠片と粉に変わってしまった硝子に手を止め、拾う事を諦めてうさぎは人形だけを抱き上げる。
 周囲では未だ、住人達が愉しげに踊っていた。


 例えるならかくれんぼなのだろう。
 犬や猫の縫い包みが戸棚の陰から顔を出して、『十三代目紅椿』依代 椿(BNE000728)と目が合う度に逃げていく。そうしてまた、別の障害物の陰からそろっと顔を出すのだ。
 一体や二体ではない。部屋のそこかしこで、玩具姿の住人達が遊んでいる。
「ちょっとミミルノさんと一緒に恐怖体験したい気持ちも無いこと無いけど……さっさと解決してまった方が良さそうやね」
 水色の壁に沿って無数に並ぶ人形や縫い包みを見回して、椿は不気味さに小さく身震いした。
「明るいとえぇけど、薄暗いとまさにホラーやね……襲われるようならわかりやすくてえぇんやけどなぁ」
 いっそ全ての人形や縫い包みを巻き添えに、と思った所で椿の視線が一点に止まる。オレンジ色の瞳に見詰められた先で、薄ピンクの布で出来た猫がそっと、くるりと後ろを向いた。
 尻尾の垂れるピンクの背中に、椿は唇の両端を下げる。
「やる気無いやろ……」
 見付かった為か、跳ね上がったピンクの猫が恐る恐る振り返った。
『……燃ヤス?』
「は?」
 端的な言葉に縫い包みが何を言いたいのか理解しかね、椿が首を捻る。
 攻撃してくるでもなくおどおどとした猫が、尻尾を伸ばして椿を差し、次いで自分の背中を差す。
 動作を繰り返しながら、猫はもう一度尋ねた。
『燃ヤス?』
 何を、と。
 そう聞き掛けた所で、漸く気付いて椿は口に銜えたタバコのフィルターに歯を立てた。
「……縫い包みに根性焼とは良い趣味やな。火事になっても可笑しゅう無いやん」
 ピンク色の布地の所々に空いた焼け焦げの跡を睨んで呟く。
 そちらに気を取られて返事を遅らせたのが原因か、それとも最初から椿を敵と認識していたのか。数歩後退った猫の縫い包みが、両手を自身の頬に押し当てて。
『キャアアアア燃ヤサレルウウウウ!!!』
「えっ。火ぃ着いてへんってかちょ――逃げんなー!!」
 甲高い悲鳴を上げた猫の縫い包みが、一目散に逃げていく。慌てて耳を塞ぐ椿を振り返りもしない。
「待ちぃ……って、お前は邪魔やよ!?」
 追い掛けようとした所で、部屋の住人らしき小さな犬の縫い包みに足元へと纏わり付かれた。無視されたのが詰まらなかったのか、一丁前に襲っているつもりなのか。
 そうこうしている間に大分離れた距離まで逃げた猫が、柱の陰からひょこっと顔を出す。
「あ、遊ばれとる……っ」
 猫の縫い包みの態度を見て、足元で邪魔をする小犬を抱きかかえてから猫の縫い包みを追い掛ける。視線の先でぴょんと飛び跳ねた猫が、また逃げ出した。
 そんな一人と一体、ついでに腕に抱かれたもう一体を見上げながら、部屋の住人達は顔を見合わせて肩を竦めていた。



 明るく照らされている筈なのに、印象としては何故か薄暗い部屋だった。
 何処からともなく楽しげな音楽が流れ、部屋の住人達がまるで子犬のようにじゃれ合っている。
 パステルカラーの壁紙も、並び置かれた縫い包みや人形達も、部屋の雰囲気を壊さぬメルヘン具合だ。
 しかし、居心地が悪い。そう感じるのは果たして己が男だからだろうかと、『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)は首を捻る。
「……いや、違うな。ここが、子供に似ているからだ」
 思うままにおもちゃを壊し、気に入らない食べ物をグチャグチャにして、悪意なく虫を殺す。そんな、子供だから許された時期だと。いかにも子供らしい精神に満ちている場所だからだと、そう思った。
 何処までも無邪気で純粋でありながら、だからこそ悪質に踏み躙ってきた世界だった。
 そうだ、部屋の中央に蹲る、塗装の剥げかけたセルロイドの人形。
 足のもげたそれをじっと見詰めて、フツは僅かに眉間へと皺を刻んだ。
 それを見た事があると思った所為かもしれない。或いは、フツが子供の頃に彼自身の手で壁にぶつけ、足をもぎ取った人形ではないのかとまで疑う。
 もしそうだというのなら、人形が自分を恨んでいるのではないか、とも。
 そこまで考えた所で、フツはふっと肩の力を抜いた。落ち着け、と自身に言い聞かせる。
「恨むなら恨め」
 それは、日頃から彼が口にしてきた言葉だ。
 敵と対峙する度に。人であれ物であれ、敵とみなした者を踏み越えていく度に。――屠る度に。
 ならば。
「『今更』だ」
 魔槍深緋。そう名を持つ得物を強く握り、冷ややかな感触に冷静さを取り戻す。
 ぐらりと身体を揺らすようにして、蹲っていた人形が身体を起こす。それに見覚えがあるかどうかなど、今となっては何の意味も持たない。
 作り物の両目が真っ直ぐにフツを見上げていた。嫌悪や恨みを読み取るには、あまりにも乾いた双眸だった。
 失った片足は戻らない。立ち上がる事は困難なのか、這うようにしてフツを見詰める。
「お前が……あのときの人形で、オレを恨んでいるのだとして」
 それならそれでいい。
 思いながら、手にした槍を握り直した。
 恨みを持つ人形なら、その恨みが己に向かうなら。
「他の人を傷付けるんじゃなく、オレの目の前に出てきてくれたのなら。――オレが倒せる」
 責任、と。そう思っているのかもしれなかった。
 目の前に這う人形には、それだけの懐かしさと記憶を抱く。
 子供の頃に求められなかった罰を、今になって差し出されている気さえした。


 陽気で、メルヘン。
 そんな様子で玩具達ははしゃぎ回り、『星辰セレマ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)の周囲を駆けていく。
「普段ならミミルノちゃんも喜びそうな場所なのだけど……」
 呟いて、そっと溜息を零した。
 愉快に楽しむには、性質の悪い場所でもあるのだ。握る得物を斜に振るい、牙の並び立つ口を切り捨ててまた一体。ダレカを切り裂いてから、エレオノーラは肩を竦める。
 ホールでは今も、茶会は開かれているのだろう。幼い仲間を思い出して、そっと紺色の双眸を細める。
「大人はお茶会にそのまま呼んでくれないなんて、ちょっと意地悪よ」
 呟いて、足を止めた。
 縫い包みの群れの中、一つだけ不自然に惨めなものがあった。
 見付かった事で隠れるのを諦めたのか、王冠を被った薄っぺらなテディベアの縫い包みが、纏うドレスの裾を開いて上品に一礼する。もっともそんなドレスもボロボロに裂けて、ベージュの肌には落書きやインクの染みが実に歪な印象を抱かせた。
 縫い目の解れや布で出来た身体の裂け目からは、薄汚れて潰れた綿が見えている。
 エレオノーラが身体をそちらに向けるのとほぼ同時に、テディベアの周囲の縫い包み達が不自然な動きでぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。
 跳ねるというよりも、跳ねさせられているといった方が正解なのだろう。それぞれが不自然にバウンドしたかと思えば、まるで投げ付けるようにしてエレオノーラ目掛けて飛んでくる。
 ダメージと呼ぶほどの威力も無いが、彼女の視界を一瞬でも塞ぐには十分だ。
 縫い包みの群れに紛れ込んだテディベアがそれらの隙間から飛び出してくるのを目視して、握る両刃のナイフを横薙ぎに引く。振るわれたテディベアの腕と交差して、茶色い身体が跳ね飛んだ。
 痛みを感じているのかも分からない動きでぴょんと飛び起きた縫い包みを眺め、幼い少女の姿をした女は再び双眸を細める。
「……壊れたままで、繕ったりしてくれる人は居ないのかしら」
 彼女のナイフに寄るものか、それとも元々のものか。布地を裂いて現れる綿を認めて、また飛び掛かってくる気配に構え直しながら。
 密やかに、エレオノーラは呟く。
「あたしが子供の頃は、お母様から裁縫の練習で教わりながら繕ったりしたものだけどね」
 彼女の呟きに答えるものは、無かった。


 手にした得物は過たず、小振りな玩具を吹き飛ばした。
 プラスチック製品を落とした時のような音を聞きながら、少女は微かに目を細める。
「やれやれ自己満足極まりないな。楽しませる気のないお茶会ほど苦痛なものは無い」
 不愉快を込めて呟いた『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)の前で、車輪の外れた玩具が悲鳴のように軋んだ。
 それがコワレモノであるかどうかは、ユーヌにとってどうでも良い話なのだ。見付からなければ部屋ごと潰せば良い。そして実際に、そうした手段により彼女が対峙した一体目のコワレモノは、姿すら見たのかどうかすら知れない。
 ユーヌの隙を喰らう為に隠れていたのか、ただ怯えて隠れていたのか。その辺りは定かではないが、銃口から鞭のようにしなり放たれた一撃は、部屋の住人達をも諸共に壊し尽くした。
「まぁ、正しいお茶会を教育してやる義理もない。――産廃らしく纏めてゴミと捨てるがお似合いだな」
 淡々と吐き捨てた言葉の下で、今しも崩れ落ちそうな車両の形をした玩具が身体を軋ませた。
 瞳すら揺らさないまま玩具を見下ろし、判決を下すかのように無造作に符を放つ。無数の鳥と変じたそれが、やはり表情を持たない様子でコワレモノへと襲い掛かるのを眺め、ユーヌは漸く踵を返した。
 床の其処此処で遊ぶ、やはり玩具の姿をした住人達を無造作に跨ぎ、部屋の入口へと戻る。
 鳥の姿と変わった符の威力を疑わない顔で、足にぶつかってきた小さな人形を取り上げて見下ろした。
「整ったのが嫌いだというのだから、改装してやろうと思っただけなんだが。此処の流儀に従ったまでだ、文句を言われる筋もあるまい?」
 さながら問いかけるように言葉にすると、摘み上げた人形が分かったような分かっていないような、そんな曖昧な態度で首を傾げた。
 微かに溜めた息を吐き出して、人形を床へと戻す。作り物らしさも露わな髪を揺らして仲間達の元へと駆けていく姿を少し見送っただけで視線を剥がし、肩越しに振り返った。
 勇ましく襲い掛かってきた玩具も、既に軋む音すら立ててはいなかった。役目を終えて消えてしまった式の舞っていた場所、玩具の転がっていた場所を暫し眺めてから、今度こそ部屋を後にする。
「ミミルノが退屈に殺されては大変だからな。急ぐに越した事はない」
 退屈と称したメルヘンにして中身の無い世界の中でひっそりと吐き捨て、ユーヌはもう振り返る事も、一瞥する事も無く歩き出したのだった。



 扉の向こう側は、さながら人形相手の茶会ご豪勢にした雰囲気だった。
「2人でお茶会より沢山の方が楽しくないかしら。それとも、大人はお呼びでない?」
 そう微笑んだエレオノーラを見上げて、『ちょん切られシザー』は、かっくりと首を傾げた。ボタンの目で見上げ、傾げた方の手で頭を支える。
 『ちょん切られシザー』と対峙する仲間達の脇を抜け、椿がシザーの向かいの椅子に座る『くまびすはさぽけいっ!!』テテロ ミミルノ(BNE003881)の肩を叩いた。
「お疲れさんやったなぁ、ミミルノさん」
「つばきー!」
 労わられて安心したのか、顔をくしゃりとさせたミミルノが椿に飛び付く。
「クッキーがとことこにげてくし、ポットがしゅっしゅっておこったのだっ」
「う、うん……?」
 しがみ付いたミミルノの頭を撫でながら、椿が首を捻った。
 何があったのかは分からないが、おおよそ茶会の最中に何かしら奇妙な事が怒ったのだろうとしか思うしかない。
「お茶会擬きは楽しめたか?」
「たのしくないのだっ」
 顔を上げて言い切ったミミルノへ、尋ねたユーヌは静かに頷く。
「ああ、楽しめてないなら正常だ。不細工不作法不調法……楽しむ余地など何処にもない」
 睨む様子にも似た双眸がシザーを捉え、冷ややかに見詰めた。その視線を真っ直ぐに見返しながら、エリューションは微動だにしない。
 そんな中でうさぎが、あるものを抱いていた腕を広げた。そんな彼女自身の姿も、怪盗がその身を数多に化けるのと同じように、凛と大人として変じている。
 スキルによる一時的な姿とは言えど、長い髪を艶やかに揺らした女は無造作に、腕に抱いた玩具を投げ捨てた。
「あーあ壊しちゃって。仕方がない、これはもう捨てましょう」
 それは、幼い女の子を模した人形を激昂させたのと同じ言葉だ。
 放り投げた人形が無様に跳ねた。手足も欠け、何よりも顔を半分欠けさせた人形が床に転がる。
 此処で、初めてシザーが動いた。椅子から降りると人形の元へと向かう。壊れた玩具の頭を労わるようにぽんぽんと撫でて、部屋の隅のソファへと運んでいく態度には、うさぎの言葉に激昂す素振りは見えなかった。
「……駄目か」
 まるで動じていない気配に、うさぎが小さく呟いた。その言葉に反応したように、テディベアが振り返る。
『君ハ。壊スノが楽しクテ壊シた?』
「………………」
『違う。ウン、だかラ。仕方ナい。敵だもノ』
 平静と、縫い包みは答えた。
 それは自分が狩られる立場の“物”であると、そう理解しているような声だった。そして、互いの立場を分かつ言葉だった。
 ユーヌの銃が掲げられ、過たずに銃声を轟かせて縫い包みの首を撃ち抜く。だが――それが起こったのは攻撃の為だけでは無かった。
 スカーフの上。刃物に寄るらしき切断面で、真っ白な綿が、もくもくと広がる。
『ちょん切られ。ちょん切られシザー。ちょん切られ“た”シザー』
 肩の上から落っこちて、床の上で転がったテディベアの頭は、無表情にそう言った。
『“面白イから、ちょん切っちゃえ”。だかラ、ちょん切られシザー』
 テディベアが両手を伸ばし、床に転がる頭を拾って肩の上に乗せ直して腹の内に手を突っ込んだ。
 ずるりと引き出した、大きな鋏を両手で握り、シザーは歌うように言う。
『遊ぼう、遊ぼウ』
「遊ぶのか? ……いや、分かってて言ってるのか」
 尋ね返したフツが、答えられるより早くそう結論を出した。その通り、というように茶色いテディベアは大きく頷く。

 だって玩具は何時だって、遊んだ時に壊されて。
 遊んだ後に捨てられるのだからと、耳障りな声でシザーは笑ったのだった。



 シザーが背にして座っていた窓を開くと、そこにあったのは星空を描いたただの絵だった。
「夢も夜も何時かは終わる。歌の通り、太陽がお空に昇れば……」
 そう呟いて、うさぎはふとエレオノーラの手にする破界器の片割れを見た。
 描かれた星空と、描かれた太陽。窓の脇に掛けられた唄。何かが繋がり掛けた気はしたものの、それは線を結ばずに解けてしまう。
「面白いAFやけど、今回みたいなことが一般人にあったら困るしなぁ」
「そうね。それに、沈んだ太陽はまた昇るもの」
 椿の言葉に頷いて、エレオノーラが破界器を稚い両手で包むように握った。
「だから、おやすみなさい」
 破られた破界器は、裂け目からきらきらと砂のような粒に変わった。音もなく解けて崩れ落ち、風も無い部屋の中をふわりと漂って開け放たれた扉を出ていく。
 そうして破界器を皮切りに、溶け始めた天井は部屋をほろほろと崩し始める。
 ただし、それをリベリスタ達が最後まで見届ける事は無かった。――部屋が消える頃には、彼らもまた、現実へと覚めていたのだから。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お待たせ致しました、夢に見る玩具の世界のお届けです。
 壊れた玩具と、壊された玩具。
 そうしたものに囲まれると、ひょっとしたらとても恐ろしいのではないかと思いました。
 子供の頃に何の悪意も無く壊した玩具は何だったのか。
 ともあれこのような結末となりましたが、如何でしたでしょうか。お気に召して頂ける内容となっておりましたら幸いです。

 ご参加下さいました皆様には、大変に有難うございました。
 またいずれ、異なるシナリオでお目に掛かれる機会を楽しみにしております。