● 白衣を着た医者が、兵隊の頭をショットガンで吹き飛ばして言った。 「ヒト治療すんのになんで他人の許可が要るねんオマエェ」 鶴日部・学(つるかべ・まなぶ)。 またの名を、『悪の人道医師』。 ● 『鶴日部と人権のために行動する医師の集い』、略称――ツルカベGPH。 医療の進んでいない地域を訪れ、予防注射や重病患者の治療を行なう団体であり、中でも最も知られている活動は紛争地帯などにおもむき争いの被害を受けた市民を治療することである。 こうした人々は人道医師団体などと呼ばれ、多くのスポンサーによって運営されている。 鶴日部学はこの団体のリーダーであり、活動の内容を記したレポートやテレビ放送などで世界的な知名度を保っている。 それゆえ金を余らせた資産家や大企業などがスポンサーにつき、善意の肩代わりをさせるという状況が生まれていた。 ……というのが、表に向けた顔である。 「ほれ見てみい、金箔の扇子や。偉い職人さんが作りはったシロモノやでオマエ。一本で五百万はするんやでェ」 「は、はあ……」 カンボジアの貧民街にかまえた即席テントの中で、鶴日部は金ぴかの扇子を開いていた。 相手は現地の担当官である。国から派遣されている彼は、『恵まれない人々に医療の手を』とかいうお題目をむげに断わることができないからテキトーにあしらっておけと命令されてここにいる。 つまり国の使いっ走りである。 で、どうせ意識高い系のお医者様が独善的なご高説を垂れるんだろうと思ったら、まさかの金持ち自慢をされて面食らっているところである。 まあよくある話だ。慈善団体には金が集まる。善行のフリをしてマネーロンダリングができるからだ。当然そういうヤカラを理解している別のヤカラが混じり込む。慈善事業はえてして金を囲んでのマイムマイムになりがちだ。 「治療はされないんですか?」 「アホぬかせオマエェ。わしがそんな手際良く手当する顔に見えるんかいオマエ」 鶴日部は日本で言う古狸である。太った腹にたるんだ顔。眼鏡と垂れ目と隈があいまってそれこそ狸が化けているようにすら見えた。 「じゃあ、なぜこちらに来たんです?」 「治療して帰るからに決まっとるやろオマエ。ワシゃスポンサーから貰ろぉた銭を懐に入れとるけどな、次も同じ額入れたかったら実績残して帰らなあかんのやオマエ」 「はあ……」 「よっしゃ、お利口な部下たちが仕事しとる間に散歩でもしよか!」 背伸びをして立ち上がる鶴日部。 慌ててついていくと、テントのすぐ外でひとだかりができていた。 よく見ると『ツルカベGPH』の医師たちと国の兵隊がモメている様子だった。 関わりたくないが、これも仕事である。 「兵隊さんたち、僕はこういうものですが、何かありましたか」 国の使いっ走りという身分を明かして事情を聞く。 すると兵隊は横柄な態度でつばを吐き捨てた。 「あんた責任者か。こいつらに言ってやれ。俺らはここのガキどもをオモチャの国に連れて行くから邪魔するなってな」 「はあ……」 兵隊は幼い少女の腕を掴み、近くに止めたワゴン車に押し込もうとしているところだった。 バッジを見ると所属の部分が奇妙なマークになっている。 知識だけはある係員は、うへえと苦々しい顔になった。 彼らは『ジャスティス』。 カンボジアの政府が新たに創設したフィクサードチームである。国内でおこる事件をE能力によって強制的に解決することを目的としている。 今回はどうやら、『恵まれない子供たちに豊かな教育を』という名目で貧民街の犯罪者予備軍をかき集め、塀の中でゆっくりと殺すのが目的らしい。 つい先月まで国が飼っていた『ジャッジメント』というリベリスタ組織が使い物にならなくなったので、代わりに彼らが飼われているという状態でもある。 係員が使いっ走りどうしだなと思っていると、にらみ合っていた医師が兵隊へと組み付いた。 「この子は下痢の症状に見舞われているんです。治療をしなくては――」 「ははは! 聞いたか、下痢だってよ! ビチグソにはビチグソがお似合いだな!」 「こういった国では下痢による死亡はとても多いんです。軽視していては命にかかわるかもしれません。せめて健康診断だけでもさせてください」 「はあ?」 兵隊は半笑いのまま、医師の膝に銃撃を加えた。 足を抱えて倒れる医師。 それを他の兵隊たちは手を叩いて笑った。 「だれがそんな許可出したんだよ。テメェらは勝手にうちの国に入ってきて勝手にお医者さんゴッコしてるだけだろうが。金にもならない乞食のガキなんかに聴診器当ててよ、仕事の邪魔なんだよ」 倒れた医師につばを吐き捨てる兵隊。 その肩に、人の手が置かれた。 「おうオマエェ」 半笑いで振り返る兵隊。 ガシャンという音。 次の瞬間。 兵隊の頭がショットガンで吹っ飛んだ。 「ヒト治療すんのになんで他人の許可が要るねんオマエェ」 係員は驚いてひっくり返った。 なぜならショットガンを発射したのが、鶴日部だったからである。 「オマエこそ邪魔するんやない。オマエが邪魔したらな、ワシが金を着服できんようになるんや。欲しかった骨董品も買えんようになる。ンなもん、天地が許してもワシが許さへんでオマエェ」 「な――き、貴様……!」 その場の兵隊たちが銃を構える。 だが鶴日部はいまだに余裕そうだった。 なぜなら。 「ええんかオマエ。今日ここに来とるんはワシらだけやない。アークもおるんやで」 ● あなたはアークのリベリスタだ。 アークは先日より三尋木からの合同作戦を提案されており、その一環としてあなたは国外派遣チームに選ばれていた。 三尋木系フィクサードと協力し、国外で起きているエリューション事件の解決にあたるというものだ。 万華鏡によって最強のリベリスタ組織になりつつあるアークだが、その影響力はまだ国内だけのものだ。海外まで万華鏡の範囲を伸ばせない以上、よそからの要請でも無い限りは直接的な介入は出来ずにいる。 だがこうして三尋木のもつ人的ネットワークと高い諜報能力を利用すれば海外での事件にも詳しく対応することができた。 中には敵の罠かもしれないと考える者もいたが、三尋木自身がこの協力体制に反発する組織を粛正して回っていることから一応の信用を置いてはいる。というより、この程度の罠を作ったところでアークにたいしたダメージはない。反感や恨みを買うデメリットも考えればまずやらないことである。 それでもアークはあくまでリベリスタの意見を尊重したいからと、あなたに『敵対』か『友好』かの選択肢を与えてきた。 あなたが三尋木派と友好関係を築くならそれでいいし。敵対関係を築くならそれでもいい。 状況によっては現地で三尋木フィクサードを直接攻撃し、撃破もしくは殺害してもよいとも言われている。 まあ、とにかく。 鶴日部たちと共にカンボジアのアンコールワット裏貧民街にいたあなたは銃声を聞きつけ、仲間と共に現場に駆けつけることになる。 国が雇った民間軍事組織と医師団による戦闘にでくわすだろう。 その時あなたがどんな判断をするか。 今後の未来において、それは重要な選択肢になるだろう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年10月15日(水)22:41 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●善か悪かを決められるのは、自分以外になにもない。 時間を大きく遡り、日本カンボジア間の飛行機内。 『生還者』酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)はエコノミーシートにどっしりと腰を下ろしたまま前を見据えていた。 「しない善よりする偽善。横領目的であっても、行動しないよりよほど善性活動だ。救助活動をする者が利益を得ると考えれば必然でもある……今回は、協力しよう」 「まあ、三尋木がリベリスタ寄りのスタンスに移るというのであれば、私も」 隣で、『朱蛇』テレザ・ファルスキー(BNE004875)が優雅にコーヒーに口をつけた。 「元フィクサードが信用できないなんて……私の口から言えませんでしょうし」 「リベリスタだけどヤクザもんっていうのもしるしね」 そのまた横で、『謳紡ぎのムルゲン』水守 せおり(BNE004984)がぐっと背伸びをした。 「てか、うちの実家だけどさ」 「アークにいるとヤクザが何なんかたまにわかんなくなるよな」 ベーグルを頬張りつつぼやく『さすらいの遊び人』ブレス・ダブルクロス(BNE003169)。 「まっ、昨日の敵は今日の友ってことでいいんじゃねぇの? 俺はそういう政治とか興味ねーし」 「あっでもヤクザのシマ争いって考えるとさ、中国に移ったくらいでオワリにはなんないよね」 イヤホンをしてコマンドー見てた『SHOGO』靖邦・Z・翔護(BNE003820)が会話に入ってきた。 「まあ三尋木全体はともかく、鶴日部さんには興味あるかな。マネーロンダリングが目的なら別に自分で現地に行く必要なくない? それもカンボジアとかモロじゃん」 「偽善の悪行か、偽悪の善行か……僕は、蜂須賀はどちらでもいい。神秘を用いる悪でなければ、捨て置く。そうでなければ……」 『剛刃断魔』蜂須賀 臣(BNE005030)はチョコレートをぱきりと噛み砕き、今ファーストクラスにふんぞりかえっているであろう鶴日部学の方角を睨んだ。 「斬る」 時を戻す。 具体的には、鶴日部学が秘密治安維持部隊ジャスティスの頭をショットガンで吹き飛ばした辺りまで、である。 「テェメェ……お国に喧嘩売って無事に帰れると思ってんのか、アァ?」 銃やナイフを構えたジャスティスの隊員が鶴日部を囲む。 その一方で、下っ端のジャスティス隊員が少女の足を掴んで砂利道を引きずっていた。 「おい、さっさと来いゴミガキ! わめくんじゃねえ!」 泣き叫ぶ子供がよほど嫌いなのか、隊員は少女の顔をブーツのつま先で蹴りつけた。 髪を掴んで引っ張り上げようとした、その時。 「お――まえらああああぁぁああああああああああアッ!!」 巨大な真空斬撃や、もしくは弾幕が隊員の男を襲った。 男は不意に吹き飛ばされ、テントの一部をなぎ倒す形で転がった。 顔を上げてあっけにとられる。なぜなら、自分を含むジャスティス隊員全員が吹き飛ばされたからだ。 嵐でも起こったのか? そうではない。 「そういうの……そういうのムカつくんだよね……ムカつくんだよ……私の中の『お姉ちゃん』がさあ……!」 刀をざりざりと引きずって、せおりが歩いてやってきた。 彼女だけではない。 等間隔横並びに六名。雷慈慟たちがそろい踏みで現われた。 戦闘装備を展開し、肩から大きな鳥を飛び立たせる雷慈慟。 「非戦闘員は即時撤退。動けぬ者には手を貸せ。今は自分たちの身を守ってくれ」 顔にひどいアザをおった少女は医師の一人に抱えられ、慌ただしく逃げていく。 戦闘区域に一般人や非戦闘員が居なくなったのを見計らって、ブレスと臣が同時に剣を構えた。 「そんじゃ早速、ぶちかましますかねっと」 「『剛刃断魔』、参る」 ジャスティス側とて雑魚ではない。コンバットナイフを引き抜き、すぐさま彼らに襲いかかった。 「アークの野良犬が! よその国に首突っ込んでんじゃねえ!」 ナイフがブレスたちへ繰り出される。流石に狙いが正確だ。頸動脈ぶった切りのコースである。 が、彼らの間に雷慈慟が身体ごと割り込んだ。 雷慈慟の周囲に展開したシールドがナイフを物理的に押し止める。 臣はシールド群の下をサイドスライディングでくぐり抜け、相手の手首を迷わず切断。返す刀で首を撥ねた。 「チェストォ!」 仲間の首が突然飛んだことに慌てたジャスティス隊員はライフルを取り出して乱射する。だが先程突っ込んできたはずのブレスの姿が見えない。 どこだ。彼を探して視線を回すと、横から回り込む形でブレスに後ろをとられていたことに気づいた。 「ぐっ――」 「鈍いんだよ」 起動済みの閃光手榴弾をパスしてくる。慌てて受け取った途端、激しい音と光をまき散らした。 そこへ、ここぞとばかりに飛び込んでいくテレザ。 革ベルトからナイフを抜き一人の胸に突き立て、反対側に銃を向けて乱射。 それらは全て暗黒瘴気を伴って隊員たちの身体を深刻なまでにむしばんだ。 「一般人の子供を傷付けるなど許さない……と、申し上げておきましょうか」 「おー、ええ仕事するやないかオマエ」 テレザのすぐそばで隊員の肩が吹き飛んだ。 見ると、鶴日部がにこにことした恵比寿顔でショットガンをリロードしていた。 彼の横について、飛びかかってくる隊員めがけて銃を流し打ちする翔護。 「やあおじさん、今日はオレ達とヒーローぶっちゃおうぜ」 「ええなあ。後でビデオにとって……あー、あかん。部下が機材持って逃げてもうたわ」 はげ上がった額をぺちぺちと叩く鶴日部。 しかし空いた手でジャスティス隊員の腹に零距離ショットガンをかましていた。 「まあそう言わずに。はい、キャッシュからのパニッシュ!」 翔護はいつもの笑顔で、弾幕をばらまきにかかった。 ●戦うことに理由が無いとしたら ジャスティスという組織にとって、勝利や敗北にさしたる価値はない。 彼らが一般人に対してほぼ絶対的な強制力を持っていることが重要なのであって、他国の組織が介入したことで人的被害が出ようが神秘勝負に負けようが知ったことでは無い。少なくとも出資者にして管理者であるカンボジア政府はどうでもいいと思っている。こいつらが全員死んだとしても代わりを用意するだけだからだ。 が、彼ら個人はそうではない。 死んだら終わり。バックアップもフォローもなく切り捨てられる身である。 「俺たちが、無関係な外国人どもに、潰されるだと?」 部下数人が瞬く間に撃破されたことで、リーダーの男は焦っていた。 サングラスにオールバックの隊員が声をかけてくる。 「リーダー、ここで退くべきじゃないか?」 「馬鹿野郎。楽しくなってきた所じゃねえか。もっと遊んでいこうぜ」 赤髪の男が笑いながら懐に手を入れた。 きつい目つきの男もバックパックに手を伸ばす。 「第一、よそからしゃしゃり出てきた連中が調子に乗るというのが気に喰わん。撤退するなら多少のダメージを与えてからだ」 「……仕方ないな。奥の手だ」 四人の隊員はそれぞれバックパックに仕込んだスイッチを押し込み、特殊な武装を起動させた。 背部に装着された機械から奇妙な正十二面体が浮かび上がり、青白く発光した。 「なんや!? わしらの調べにない兵器やでオマエェ!」 糸目を僅かに開く鶴日部。その直後、アサルトライフルから発射されたエネルギーが彼に直撃。もんどりうって転倒した。 追撃を警戒して間に割り込む雷慈慟。 「鶴日部医師! ……ジャスティスキャノンか!?」 「にしたって威力がやべぇだろ!」 ブレスは乱数機動でジグザクに走りながらガンブレードによる射撃を開始。 赤髪の男が彼の弾を次々とナイフでたたき落としながら突っ込んできた。 「なんだァ今のは! パーティー用のクラッカーかなんかかァ!?」 人間くらい軽く切断できるようなコンバットナイフを繰り出してくる。 咄嗟にブレードで防御をはかる……が、防御を押しのける形でブレスの肩が盛大に切断された。 「――やっべ。けどな!」 ブレスは剣の柄を握り込むと、強引にぶん回した。 「こいつ、戦鬼烈風陣だと!?」 「懐に入ったくらいでどうにかなるほど、俺は甘くねーっての!」 直後、襟首を掴んで引っ張られる。 さっきまで頭のあった場所をエネルギーライフルの弾が通過した。 そのまま後方へ放り投げられる。 「ここはお任せくださいな」 前へ出たテレザが赤髪めがけてナイフを繰り出す。同じく繰り出されたナイフとぶつかり合い、火花が飛び散った。 腕をクロスするようにして横合いのサングラス男へと射撃。 サングラス男は紙一重で銃撃を回避し、ライフルによる射撃を連射してきた。 手首に直撃。跳ね上げられる腕。 「貰ったァ!」 続いて赤髪のナイフがテレザの胸に突き刺さった。先程のコンバットナイフではない。人間を殺すことのみを目的に作られたという殺人特化型ナイフである。柄の部分から血が噴き出し、テレザの身体がぐらついた。 「トドメ――」 「させるかオマエェ!」 飛び込んできた鶴日部が赤髪に掴みかかり、もつれ合って転がった。 「鶴日部医師!」 「オマエはそこの二人下がらせェ! 情報不足はワシのミスや、責任とらせてもらうでオマエェ!」 「っ……承知した!」 雷慈慟はテレザとブレスを引っ張り戻し、赤髪たちから遠ざけた。 と、そこへ。 「おっと待ちな。いいとこ取りは許されねえぜ」 声に気づいて振り向くと、きつい目つきの男が一般人の少年を掴んでぶら下げていた。 そして、これみよがしに腕を本来とは逆の方向に折り曲げた。 「アアッ――!!」 「一人差し出せ。さもなくばこの子供が一生サッカーの出来ない身体になるぞ」 「…………」 テレザから手を離す雷慈慟。 相手がニヤリと笑ったその瞬間、彼の腕を弾丸が貫通した。 思わず少年から手が離れる。 「な――!」 銃声のした方を見ると、翔護が奇妙なポーズで銃を構えていた。 「人質とったらこうなるのがセオリーだよね。酒呑ちゃんヨロシク!」 「無論!」 地面に手を叩き付ける雷慈慟。すると男の周囲に展開式装甲が飛びつき、彼を拘束した。 そして。 背後に臣が急速に接近した。 刀を繰り出し、首へと食い込ませる。 切断……しない。ギリギリのところで止めた。 ひゅーひゅーと気管から息が漏れ、男は自らの喉をかきむしった。 「カンボジア政府に伝えろ。神秘の力をもって一般人を害するなら、アークはいざしらず蜂須賀が貴様らを殲滅するとな」 言い切ってから、相手の首を握力だけでへし折った。 「チッ! テメェに何ができるんだよ!」 「何が? なんだろうね、なんだろうねえ……!」 せおりが両目をぎらつかせ、リーダーの男へと突っ込んだ。 ライフルを細かく乱射して牽制するが、せおりはそれを避けもしない。 体中を鉛だらけにしながら、刀を強引に叩き付けた。 斬るというより、殴るに近い。 「モノみたいに、ペットみたいに扱われる子供の気持ちが、お前にわかるかよ!」 「ンなもん知るかよ!」 ナイフがせおりに突き刺さるが、ダメージを無視して殴りつける。 「汚い大人にひんむかれて、首輪つけられて――キミも売り飛ばされれば気持ちがわかるか!?」 思い切り殴り飛ばされ、リーダーの男は地面を転がった。 「チッ……こんなもんか。退くぞお前ら!」 「ンだよ楽しいとこだったのによ!」 赤髪やサングラスもまた撤退を開始。 他の隊員たちも牽制射撃をかけながら一斉に撤退を始めた。 「許さないから……あんなやつ……」 せおりは追いかけようとして一歩踏み出し、バランスを崩して転倒した。 それを、鶴日部は黙って受け止めた。 笑って両手を挙げる翔護。 「状況終了。お片付けしよっか」 「……せやな」 ●自分のしたいことをするのなら 長い夢をまたいで、せおりはうっすらと目を開けた。夢の内容は覚えていない。 「めちゃくちゃに暴れちゃった……傷だらけに、なっちゃったかな」 服の裾をめくってみる。 ……が、傷跡らしいものは何も無かった。 なにも。 いや、そんな筈は無い。 先程ナイフが刺さった場所だ。それだけじゃなく、もっと、もっと……。 「よう、その様子だと元気そうだな。コーヒー飲むか」 銀のカップでコーヒーを飲みながら、ブレスがせおりのそばまでやってきた。 「ねえ、私の傷……」 「それな。鶴日部のおっさんがやったみたいぜ」 「そっか。お金いるかな」 「いや」 自分も同じく治療されたらしく、ブレスは肩をぐるりと回して言った。 「治療費をとったら人道医師団体じゃなくなるから、いらないとさ」 仮設医療テントはジャスティスの介入などなかったかのようにすっかり元通りに組み直され、中では子供たちの検診や予防注射が行なわれていた。 が、そこで働いているのは鶴日部の部下にあたる医師たちである。 鶴日部がいるのは隣のテントだ。 「……」 臣は、そのテントへと向かっていた。 「蜂須賀少年。お前も来たか」 背後から声をかけられた。雷慈慟だ。 「ええ。彼に言いそびれたことがあるので」 テントの前に立つ。 カーテンごしに鶴日部のシルエットがあった。大柄ででっぷりとした、信楽焼の狸みたいなシルエットである。 「三尋木の者。言いたいことがある」 「なんやオマエ、今手が離せんからそのまま言えやオマエ」 「貴様らが悪事を働こうと、神秘を介さないなら蜂須賀は関知しない。だが神秘をもって行なうならば、地の果てまでも追い詰める」 横では、雷慈慟が黙って臣の言葉を聞いていた。 続ける。 「はっきりと言っておく。それが善行であろうとも、神秘の力を一般に用いたならばそれは悪だ」 「……そうかい。もう入ってええで」 臣は黙ってテントのカーテンをめくる。 そこには白衣を着た鶴日部と……少年少女がひとりずついた。影に隠れてわからなかったようだ。 先程腕をへし折られた少年と、顔に大きなアザをつけられた少女である。 しかし少年の腕に折られたような跡はなく、少女の顔も綺麗なものだ。 「貴様……神秘の力を使ったな」 「オマエの理屈でいうとわしは悪や。せやけどオマエ、わしに言わせればンなもん知ったことやないで」 子供たちが『ありがとうおじさん』と言ってテントを出て行く。 鶴日部は臣の顔を見た。 「わしはフィクサードで、三尋木で、くっそガメつい悪党なんやで」 その後、『人道医師鶴日部によるカンボジアでの奮闘劇』なる自作ドキュメントドラマの撮影に若干付き合わされた。 カンボジアで流行っている病や、こころない人々による虐待の跡。アンコールワットの裏街に未だ点在する『児童施設』の実態や、そこで蔓延する病などをまざまざと見せつけたものである。 誰が見ても顔をしかめ、場合によってはトラウマになるような映像をスタッフたちは真剣な顔で撮影していた。 内容的には鶴日部がそれらを解説しながら、治療を行なうふりをしてみせるというものなのだが……。 「やぁおじさんお疲れ。にしても随分ひどいやらせ映像だよね」 休憩中の鶴日部に、翔護がミネラルウォーターを渡しながら言った。ぶしつけな言い方だが、鶴日部は恵比寿だか狸だかのだるんとした顔を崩さない。 「そりゃそっか。医師団の活動って予防注射とか検診とか、病気にきくお薬配ったりとかだもんね」 ボトルを半分ほど飲み干し。 「一生残りそうな火傷や骨折なんか治しちゃったら、それどころじゃないか」 「なにが言いたいんや」 「一般人に神秘医療なんて振りまいてたらヤバいよ? フィクサードまっしぐらじゃん」 「フィクサードがフィクサードしとってなにが悪いんや」 「いや悪いこと100%でしょ。いちご100%も真っ青でしょ」 「そうですわ、鶴日部先生」 さりげない調子で会話に入ってくるテレザ。 「アークには生真面目なかたもいらっしゃいますから、真面目な医師として改心したフリ……なんてことをしておくと、心証がよくなりますわよ?」 「ケッ、『真面目なお医者さん』になるくらいなら死んだ方がマシやでオマエ」 先程治療した子供が駆け寄ってくる。 野に生えていた花を差し出され、鶴日部はそれを受け取った。 「わしはわしの好きなことだけやって暮らすんや。よその事情なんか知ったことやないでオマエェ」 この日撮影したフィルムは、世界中に配布される。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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