●作戦背景 鴨川の奥地にあるマジル氏の別荘に、彼が過去におかした資産家殺害の証拠となる拳銃が保管されている。 予め警告を受けていたマジル・ジットは買収したヤクザフィクサードと部下の警官を配置して別荘に立てこもり、外部からの侵入を常に警戒している。 密偵を使った調査によれば、監視カメラは数十台。そのほかに千里眼及び瞬間記憶能力者、幻想殺し能力者を配置しあらゆる人間の接近を感知し、いつでも兵を放てるようにしてあるという。 兵の練度は中の下。モチベーションも低い。しかしマジル自身の戦闘能力が高いため、証拠の押収は難しいものと思われる。 彼らは勘も鋭く調査能力も高い。実力行使による強行突入が望ましいが、高い練度を要する。 ●秩序の守護者、公安零課 「おやまぁ。マジルの坊や、まだ生きてたのかい」 タブレット端末をのぞいて、三尋木凛子は呟いた。芸能ニュースの片隅でも見ているような口ぶりである。 が、彼女が見ているのはニュースどころかオカルト雑誌にすら載ることの無い秘中の秘。知るだけで消されかねない国家の極秘情報である。 突き返された端末を手に、眼鏡の男が頷いた。 「いやあまったく、しぶとい男ですねえ」 男は非常に落ち着いた振る舞いをしてはいるが、こう見えて警察官僚。日本警察組織の中でもかなり強い権力を持った人間である。 名は白京地・恐司(しろきょうち・きょうじ)。 恐司はそれこそ芸能ニュースでも語るような口調で言った。 「十・十十(まじる・じっと)。元三尋木連合会員で現在は公安零課の協力員です。彼の指揮する公安零課には、三尋木さんも随分と手を焼いたんじゃありませんか?」 「ああ……黒鴉会のことかい」 彼の口ぶりに、凛子は直属の組織が『E能力警察官』に取り押さえられていることを思い出した。 公安零課とは、十五年前エリューション犯罪の隠蔽と抹消を目的に発足した『存在しないことになっている組織』である。 しかし昨今では発端のマジルの暴走が目立ちはじめ、警察の不祥事隠蔽や公安の点数稼ぎばかりをするようになっていった。 別に不祥事の隠蔽くらいどこの誰でもやっている(と彼らは思っている)ので気にしないが、公安局員が検挙率を上げるためだけにヤクザ組織を実質的に買収し、わざと犯罪を起こさせて捕まえるという行為を繰り返している。 そのメインターゲットとして使われているのが元三尋木参加組織の『黒鴉会』である。 経緯を要約すると、千葉炎上事件のあおりを受けて前組長と組の資金をごっそり奪われ、存続不可能となったところを警察組織に買収されたのだ。 「元部下のことですし、気になりませんか?」 「昔の男は忘れる主義だからねぇ……」 冗談のように言ってから、凛子は足を組み替えた。 「三尋木はあたしが自分のために自分の力で立ち上げた組織さ。あたしの、あたしによる、あたしのための組織。その過程で部下がヘマをやって、自分自身を苦しめてるってんなら、そりゃあまさしく自業自得なんじゃないのかい?」 「彼らもあなたの融資を目当てに近づいていましたし、自業自得と言えばそうなんですが……」 恐司は少し前のことを思い出しながら、凛子に語って聞かせた。 ウィークエンドカフェ。週末にしか開いていないという奇妙なカフェで、店内にはいつもR&Bのレコードがかかっている。 その日もそうだった。恐司はカウンターに腰掛け、隣に座るマジルへと視線を向けた。 「零課の活動が目に余っていますよ。ヤクザに拳銃や麻薬所持をでっちあげさせるだけならまだしも、政治家の犯罪や汚職までヤクザのせいにするのはやり過ぎでは?」 「ヤクザのせいだなんて、人聞きがわるい」 マジルは人の良さそうな顔で笑う。 「彼らはれっきとした犯罪者です。しかしエリューション犯罪は法廷で認めることができない。なら誰かがその罪を償わせる必要があるんじゃありませんか」 「それが他ならぬ警察の仕事だと?」 「ええ。国家に縛られ、操り人形にされるという苦痛。刑務所でのお勤めと一緒です。その上で、国家の秩序を守っていくことができるのですから……はは、一石二鳥というやつですよ」 「たしかに。政治家に幼い女性を強姦する趣味があったり、警察官がパチンコ店からみかじめをとっているなんて話が世に出れば国家の信頼はガタ落ちでしょう。しかもそれらがエリューション能力などという非常識なパワーによって行なわれていると知ったら、日本は大混乱になる……という建前でしょう?」 「ははは、建前だなんてとんでもない」 マジルははにかんだように笑う。 対して恐司はぴくりとも笑わなかった。 正直に言って恐司にとって日本の政治や市民の混乱はさしたる問題ではなく、それによって彼の趣味が妨げられることが何よりの問題だったからだ。 そんな彼に、マジルは笑顔のままで言う。 「あなただって、政治家の弱みを握って強請を繰り返しているでしょう」 「さあなんのことでしょう?」 「メロンの箱に五百万」 「さあなんのことでしょうねえ?」 「まあ見逃しましょう。あなたの強請は一般のものだ。エリューション犯罪じゃない。しかしそのネタを三尋木から買うのはいただけませんねえ。あそこはロクな組織じゃありませんよ」 「あなたが言いますか」 グラスを置いて、恐司は前だけを見た。 呟くように言う。 「『アーク』」 「……は?」 マジルの表情が固まった。 「私自身は動けません。あなたにネタを握られている以上はね。しかし……アークがこれをかぎつけたらどうなるんでしょう。彼らは、政治的取引が通じない連中ですからねえ」 「は、はは。まさか……主流七派に肩入れしているあなたが、アークにコネを持てるはずがない。悪い冗談ですね」 「ええまったく、悪い冗談です」 ●アーク・三尋木合同作戦 三尋木がアークに対し一時協力体制を申し入れてきたというニュースに、アークは僅かに沸き立っていた。 お友達になるチャンスだの、首を並べて撥ねるべきだの、お互いの主張がそこかしこでぶつかっている。当ブリーフィングルームでも、そんなやりとりは交わされていた。 「三尋木は体制に反対する下部組織の切り捨てや吸収を独自に行なっているようなので、一応の信頼はできるでしょう。高い神秘諜報能力も魅力的と言えば魅力的ですし……」 そこまで説明して、フォーチュナは画面に顔写真を写しだした。 「今回の作戦は先程説明した通り、汚職警官の別荘に突入し、証拠の拳銃を奪取することです。これによって彼を社会的に封殺するのが狙いのようですが、我々にはあまり関係無い話ですね。気にするべきは敵の練度と屋敷の間取りです」 そう言って、屋敷の間取り図を表示した。 コピーだとか、推察による図ではない。その屋敷が建設される時に書いた図面そのものである。 それに加え、配置されているフィクサードの数、位置、おおまかな練度、武装、顔写真と名前、所属に至るまですべて……。 すべて正確に記されていた。 「情報提供者は三尋木連合所属の警察官僚、白京地・恐司。今回の作戦にも同行しますが、戦闘能力は低いので安全圏までの同行となります」 ふうんと聞き流していた何人かが、ふとあることに気づいた。 『白京地・恐司をどうするのか?』という疑問である。 フォーチュナはそれを受け、こっくりと頷いた。 「お任せします。三尋木は協力体制を申し入れてきましたが、それを受けなければならない義務はありませんし、強制する権利はありません。皆さんが判断して、決めてください」 つまり、この事件において三尋木に対して『友好的に接するか、敵対するか』の選択ができるということである。 敵対する場合は、現地で彼を殺害してもよいとまで、彼は言った。 「この判断が三尋木との決着にあたって重要な選択になります。よくお考えください。以上です」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年10月15日(水)22:40 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●善悪同居 『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)はろくに考えを口にしない。 だから、彼女が何を考えているのか正確に知っている人間はいない。が、何を考えそうかということなら、よく分かった。 ほぼ初対面の『無銘』布都 仕上(BNE005091)にすら、である。 「なんすかなんすか、ドライな殺意が丸出しっすよ? よっぽど公安のマジルとやらが気になるんすかぁ?」 「…………」 だんまりである。仕上は前方のクラッシュパッドに足を乗っけて喉を鳴らした。 サツに殴り込みだなんて、こんな面白い話は無い。 まことアークは自由な組織だ。 そんな彼女のすぐ後ろ。『十三代目紅椿』依代 椿(BNE000728)は後部座席に身体を納めつつ、隣の男へ視線を送った。 「なあ恐司さん。三尋木連合に加盟しとった紅椿のこと、知らん?」 「なんでも知っていますよ。なんなら、彼の性癖について教えましょうか?」 「やめーや」 三尋木の協力者、白京地・恐司。 冗談だとしてもろくでもないことを言う。 椿は僅かに身を乗り出した。 「今後おつきあいするんやったら、今回の三尋木についての情報……すこしくらい教えてくれてもええんやない?」 「いいですよ。アークの重要機密と交換しましょう。あなたは何を出せます?」 「…………」 さすがは主流七派きっての非戦闘派、三尋木の幹部である。会話だけで致命傷を与えようとしてくる。 「さて、ここでいいでしょう。下ろしてください」 「……なんだと?」 「言ったでしょう。僕は戦闘は苦手なんです」 恐司は眼鏡のつるをつまんで、首を傾げた。 「あなたに睨まれただけで死ぬ自信がある」 一方、目的の別荘を挟んだ反対側。 『ウワサの刑事』柴崎 遥平(BNE005033)はしかめた顔で車のハンドルを握っていた。 助手席には『ラック・アンラック』禍原 福松(BNE003517)。居眠りのふりをして、千里眼による偵察をしかけていた。 外の連中は別荘周辺をうろついているだけだ。無理矢理働いている感がある。 中にはスーツを着た男が数人。マジルの部下たちだ。くつろいでいる風だが、よく見ると隙が無い。 そしてマジル・ジット。 彼はリビングの中央であぐらをかいたまま、『こちら』を見た。 「――!」 びくりと身体を震わせる福松。 「オゥどうした。やべェもんでも見たかい」 後ろの席から『悪漢無頼』城山 銀次(BNE004850)が身を乗り出してくる。 福松は首を振った。 「マジルのやつ、千里眼かなにか持ってたか?」 「資料にゃ無えな」 「アタリをつけたってのかよ……」 遥平がハンドルを握ったまま前をにらんだ。 「そういう刑事(デカ)はたまにいる。理屈を超えたところでモノを見抜くんだ」 マジルもまた熟練の刑事だということか。 「だが、使いどころはそこじゃねえだろう――つうわけで、突っ込むぞ!」 視界が開ける。 遥平はフロントガラスを吹き飛ばしながら、ハイマナバーストを発射。 車を止めようと前へ出てきた黒鴉会構成員を撥ね上げながら、遥平のセダンは別荘の裏口へと突入した。 ●真偽両在 蜂の巣をつつくとはまさにこのことで、遥平の車両が突っ込んだ別荘は激しい空気に包まれていた。 「あっちはうまく突っ込んだみたいやな」 回れ右をして帰れと言ってきた見回り組の額を銃で吹き飛ばしつつ、椿は車を降りた。 「しっかしあのマジルさん生きとったんやな。本来なら『十五年前』に死んどるはずやったから……歴史改変がおきとるわけやな」 椿はゆっくりと門から正面玄関までのエリアを歩きながら、左右から襲いかかろうとする黒鴉会構成員たちを射撃していく。足や腹を絶対絞首で撃たれた連中が次々に倒れ、無力化されていった。 「お、扉っすね。蹴破りいいすか? いいすか!?」 仕上が目をキラキラさせて玄関の前に立った。 答えを聞く前に回し蹴りを繰り出し、玄関の扉を内側に吹き飛ばした。 日本の家屋は消防法の手前オール外開きなのだが、折りたたんで引っぺがせば内も外も一緒だった。 玄関へ踏みいると同時に真上からワイヤーが飛び、仕上の首にかかった。 更に家具の影に隠れていた男が長ドスを繰り出してくる。 突入に対する奇襲である。 が。 「せっ」 ワイヤごと無理矢理引っ張ることで相手は壁に叩き付けられ、そのままめりこんで動かなくなった。繰り出されたドスは、なんか面倒くさいという理由で無理矢理拳を叩き付け、ドスごと相手の身体をへし折った。 「なんすかコイツ。相手が貧弱でツマンナイんすけど!」 「口より手を動かせ」 横をすり抜け、一目散へリビングへ走る結唯。一部作業を簡略化させた魔術を発動。別荘を中心に特殊な魔術陣地を作成した。 他の誰がどう考えているかは知らないが。 この時点で、結唯はマジルを殺害することを決定していた。 一方こちらは遥平のセダン。 門を無理矢理突き破り、何人か撥ねつつ裏口まで横付けした。 追いかけてくる外回り組に牽制射撃をしかけつつ建物へ突入。 直線になった通路めがけ、遥平は銃を構えた。 「頭を下げてろ、ぶち込む!」 シルバーバレットが通路上を蹂躙しながら突っ切っていく。何人かは脇の部屋に飛び込むことで回避したが、それが出来なかった連中は見るも無惨なものである。 「次はこっちだ」 福松は全力で階段の前まで走り込み、階段から駆け下りてくる連中めがけてB-SNRを乱射。転げ落ちてくる相手を押しのけ、後続の遥平たちに手招きした。 「こいつァ楽だ。そんじゃァ……切り込みは任せて貰おうかね」 刀を納めたまま廊下まで駆け込む銀次。 奥から三段ロッドを展開した構成員が襲いかかってくる。 狭い場所での接触である。避けようはない。 ロッドを刀の鞘で受け止め、流れるように腹に拳を打ち込む。 そのまま払いのけ、更に前進。 階段上にいた構成員が下がりながら銃撃をしかけてきた。弾が銀次の顔半分をえぐっていく。だが無視だ。構っていたら本丸を逃す。 福松と遥平はそれぞれ目配せをして、牽制射撃をしながら目的リビングまで走った。 ●虚実同梱 リビングダイニング一体型フロアの中央に、マジルはいた。 コンセントに偽装した部分を破壊し、ビニールと新聞紙で包まれた拳銃を引っ張り出しているところである。 「そこまでっす!」 護衛の構成員をサッカーボールのように蹴飛ばしながら、仕上が部屋に突入してきた。 反対側からは銀次が入ってくる。 部屋の中には公安の刑事が二人。それに加えてマジルがいた。 吹き抜けになっているエリアから構成員の男が何人か飛び込んでくる。 「こいつの出番だな」 銀次はニヤリと笑ってアッパーユアハートを展開。周囲の人間の意識を無理矢理自分に結びつけた。 具体的には、何丁かの銃が一斉に自分を向いたのだ。当然火も噴く。 「ぐおっ……!」 一発は刀で払いのけるが、二発目が肩に命中。腕ごと刀が飛んでいく。 気合いとフェイトで踏みとどまるが、三発目から五発目にかけてが全て身体にめり込み、銀次はそのばに崩れ落ちた。 が、それでいい。 短い時間ではあるが、ほとんどの攻撃を自分一人に集中できた。 ということはつまり。 「隙だらけだぜ、お前ら」 構成員たちに向けて福松と遥平がそれぞれ銃を乱射し、腕やら頭やらをものの見事に吹き飛ばした。 更に後方の廊下から外回り組が駆け込んできたので、福松は振り向きざまに剣星招来を発動。 狭い廊下を突っ切っていった魔剣が構成員たちをずたずたにしていった。 片手を廊下に、銃をマジルに向けて構える福松。 その反対側からは、椿が銃を構えてゆっくり入ってきた。 「どぉもどぉも、お久しぶりやね」 椿はそばの公安刑事に向けて銃撃をしかけた。弾は足首に命中。それだけならどうと言うことは無いが、浸食した呪力が彼を無理矢理膝をつかせた。 丁度いい高さまで下がってきた頭へ銃をつきつけ、更に銃撃。綺麗なフローリングを血の海に変えた。 「元気にしとったようでなによりや」 「ええまあ……長いこと、痔に悩まされましたがねえ」 マジルはと言えば、人の良さそうな顔で笑った。証拠品の銃は腕に抱え、別の銃を懐から抜いた。 狙いはぴったり椿の額。 彼は『部位狙いで足や手を狙う』などという生やさしいことはしない。部位狙いができるなら脳味噌を狙う。当然だ。生かす気が無いならそれが最強なのだ。 が、その狙いはすんでの所でそれた。 仕上の蹴りがマジルの銃を打ったからである。 まるで宙を駆けるような華麗なフォームで繰り出された蹴りはむしろ、側頭部を狙った肘打ちへの布石でしかない。 マジルの片手が蛇のようにしなり仕上の腕を跳ね上げる。 同時に空中へ放られる証拠品。 空中をコマのように回転しながらも、仕上は目をぎらりと光らせた。 「アンタ……強いっすねぇ!」 両腕を竜巻のように振り回しながら怒濤の連打を繰り出す仕上。 マジルはそんな彼女の腹に改造スタンガンを押し当て、スイッチを押した。 当然ただのスタンガンではない。神秘性の呪縛が流れ込み、仕上は顔から地面へ落ちる。 宙に放られた証拠品をキャッチし、マジルは周囲を見回した。 マジル一人。手練れの敵に囲まれている。 「まさか……本当にアークが証拠品を奪いに来るとは思いませんでした。いつから、三尋木のお友達になったんです?」 「そんな関係になったことはない」 銃を向ける結唯。 マジルは証拠品に銃を突きつけた。 「目的はコレでしょう?」 「……」 「銃を下ろしてくださいよ。恐くてたまりません」 言われたとおりに銃を下ろす結唯。 マジルの肩がわずかに下り――たその瞬間二人の間に殺意の塊が交差した。 結唯のサングラスが砕け散る。 と同時にマジルの手から証拠品が飛んだ。 同時に駆け出す。 結唯は証拠品へ飛びつき、マジルは窓へと飛んだ。 「――ッ!」 窓ガラスを突き破り、マジルが野外へ飛び出していく。 「待ちやがれ!」 「いえ、追う必要はありませんよ」 駆け出そうとする福松を、二階からの声が止めた。 はたと見上げると、そこには白京地恐司が立っていた。 ●曖昧模糊 「零課は神秘対策班です。高い魔術知識を有する人員もいるでしょう。マジルのように用心深い人間なら尚のこと、逃げる足や人員は何重にも隠し持っているはず」 ソファにどっかりと腰掛ける恐司。 向かいのソファでは、銀次が傷の手当てをしていた。 手当と言っても痛みを引かせるためのあれこれであって、最終的にはフェイト頼りである。 「本人に逃げられちまったが、そいつァいいのかい?」 「ええ、日本の警察は優秀ですから。知っていますか? 今年の検挙率は殺人事件だけでも103%あるんですよ」 「十割越えかよ。伝説のバッターみてェだなオイ」 「万華鏡なんていう玩具にかまけていると、実感しづらいことでしょうがね」 白京地恐司。隙を見ては嫌みをいう男である。 「ま、そういう組織とツナギをつけられるんなら万々歳だ。山城組は歓迎するぜ」 「うちもええよ。紅椿組はまあ……元をたどればアレやし。知り合いもそれなりにおるしな。敵対もせんし、友好関係も築かんクチや」 煙草の煙を吐きながら、椿は天井を見上げた。 「エッ? これってヤクザと警察が癒着する系の話だったんすか? さっすがアーク、社会の闇を呼吸してるっすねえ」 仕上は大きなテレビに映ったアニメ映画をみながら両足をばたばたさせていた。 最後の最後で身体を動かせたのがよほど嬉しかったらしい。 もっと言えば、マジルを逃がしたことでより『深刻な形で』バトルができるであろうことが嬉しいのだろうか。 「ほら、証拠品だ」 結唯が恐司へと包みを投げた。 恐司は懐から検査キットを取り出し、手早く銃のグリップから指紋を採取。その他色々な証拠を押さえ、記録していった。この辺はさすが刑事と言うべきか、凄まじく手際がいい。 その様子を見ながら結唯はぼやくように言った。 「しかし……なぜ奴は自分の弱みになるようなシロモノを大事にとっておいたんだ? さっさと壊すなりすればよいものを」 「もしくは指紋を綺麗に拭き取って証拠能力をなくすとか、ですね」 「よほど大切なものだったのか?」 「なら隠したりせずに持ち歩くでしょう。これが『マジル・ジットを失墜させうるに十分な証拠である』ということが……カギなんじゃないですか?」 「……どういうことだ?」 それまで様子見をしていた福松が眉をしかめて言った。 「三尋木連合総会クーデター事件は起こるべくして起こりました。マジルはあそこでクーデターを起こすよう仕向けられ、殺されるシナリオだったのです……が」 「アークの介入が起きた」 「我々がパラドクスゲートと呼んでいる穴をつかってね。まさか未来から邪魔が入るとは思いませんでしたよ、我々も」 「『我々も』だと?」 「ええ。マジルが零課を組織するのは三尋木にとって不都合だったので、都合のよい人間に指揮をさせるつもりでした。で、今とっているこの指紋は『当時の』証拠です」 指紋を記録したシートを翳して恐司は言った。 「読めたぜ。当時の事件がねじ曲げられたものだということを証明するアイテムとして、その証拠は活用される筈だった。謀略によって三尋木連合から蹴落とされたマジルの切り札だった……ってわけか。同時に自分を社会的に抹殺する諸刃の剣でもあるがな」 煙草を灰皿に押しつけ、遥平は立ち上がった。 懐から銃を抜き、恐司の頭に押しつける。 椿が慌てて立ち上がった。 「なにしとるん!?」 「その証拠は俺が持って行く。お前は警察やめて上海へ飛べや」 場に緊張が走る。 銀次はもしものために刀に手をかけ、仕上はいつでも飛び上がれるように身を整えた。 「あと、お前のコネクションは俺によこせ」 「はあ!? コネて、金庫の鍵やないんよ!? そうほいほい渡せるわけないやろ!」 「あんたは黙っててくれ」 椿に一度銃を向けてから、遥平は鋭い眼光で睨んだ。 「断わったら……そうだな、お前を殺して俺も警察やめるわ」 「んな無茶苦茶な」 「黙ってろって言ってるだろ、ん?」 首をこきりと鳴らす遥平。 「ヤクザは社会の必要悪かもしれん。けど俺は刑事なんでな」 「ほう……」 「つまりィ……?」 結唯と銀次がそれぞれ殺意のある目で立ち上がった。 「お、お前ら……っ!」 福松だけがどうしていいか分からないという顔で仲間の顔を見回していた。 緊張の糸がからまる。 からまり。 もつれ。 そして。 「馬鹿ですねえ、あなたは」 恐司が自ら引き裂いた。 懐から携帯電話を取り出す。 通話状態である。 「殺人未遂と恐喝の証拠をとりました。あなたは県警を追われるでしょう。僕を殺せず、クビになるんです」 「どうかな。殺せはするぜ」 「お前も道連れだがな」 遥平が銃の安全装置を外す――と同時に側頭部に結唯の銃が当てられた。 「白京地がその証拠を使えば、マジルを確実に追い詰められるんだな? その後は?」 「権力を失った彼に価値はありません。ご随意に」 「……ということだ。この糸を逃すわけにはいかん」 更に、銀次の刀が遥平の喉元に当てられる。 「つうかよォ……『日本から出てけ』はともかく『コネもよこせ』は欲張りすぎじゃねえか、アンタ。正直言って、危ねえぜ」 「まあまあ、ここは殺し合いはナシでいこ? な?」 椿が目をカッと開き、全員撃ち殺せる位置から銃を構えた。 仕上は今からパーティーかなという顔でわくわくしている。 福松に至ってはもうどうにでもなれの顔だ。 こんな中で、どう考えても一番先に死ぬであろう恐司が、ぱんと手を叩いた。 「じゃあこうしましょう。コネクションは差し上げます。僕の名前を出せば僕の権力を代行できる。どうです? 魅力的でしょう」 「……」 「ただし、柴崎遥平くん。君の周辺人物には監視をつけます。その上で『気まぐれに』邪魔をするよう命じておきますね」 「なんだ、そりゃあ?」 「君が警察のコネを使って何かしようとした場合、ランダムで状況を悪化させます。保護の指示を暗殺指示にすり替えるとかね。この命令は僕が死んでも有効です。どうです? まだ僕を殺したいですか?」 「…………」 額に当てられた銃口をつかみ、心臓部へと移動させる。 そして空いた額を、遥平の額へぶつけた。 「『命ごとき』を交渉材料にした時点で、きみは負けたんですよ。ここは民主主義の法治国家です。僕が死んでも、代わりはいるんですよ」 笑って。 「マジルのようにね」 この後、迎えの車に乗って恐司は帰って行った。 マジル・ジットが追い詰められるのは、時間の問題のようだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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