● 日本には、『三尋木』というフィクサード組織が存在する。 かつて主流七派と呼ばれたうちの一角だったそれが、過日、リベリスタ組織として巨大なものとなったアークへと、一時的な協力体制を申しいれた。 極東の空白地域と呼ばれたフィクサードたちの楽園――それが過去のものであると見切った三尋木には、日本での活動に異議を見いだせなくなりつつあったのだ。 彼らの多くが高い諜報能力を持っていることは、今や隠し立てされていることではない。それは、三尋木所属している『Spelunker』梓・六月も同じことだった。 「……それで。ジュンちゃんは、どうするんっスか」 所蔵しているアーティファクトについてのレポートをまとめていた六月に、彼の部下が声をかける。 「だから、ちゃんを付けるなと……。まあいい。俺の肚は決まっている。わかっているだろう」 「電話一本で無茶を言ってくる人に対して、どうしてそこまでするっスかね……」 「電話一本も頂ける立場まで這い上がれたというだけだ。そして俺はあの方に従うと決めている」 犬は忠義深いというだろう、特に俺のようなのは。六月はそう言うと己の耳を示した。 ジャーマンシェパードの耳と尻尾。これが彼の感情を隠す障害になっているのは間違いなく、皮肉げな物言いと裏腹に強く立ち上がった耳と尻尾は、己の判断を誇っているのが見て取れた。 出世の出来ない男だと、部下――壱藤・仁鷹は軽く瞑目した。 正直者が馬鹿を見る、そんなのは世の常だ。それでもこの六月という男は、愚直に上に従ってきた。 無理難題にも従うことで、六月自身の忠誠を示してきた。 だが。 「――じゃあ、ここでジャイアントなサヨナラっスね」 仁鷹は努めて何時も通りのおちゃらけた口調でそう言うと、たった今まで上司だった男の腹に鉄の拳――文字通りの意味で――を食い込ませた。六月は、戦闘を全く得意としない。戦場に在る時は、今まで、仁鷹たちが護っていた。 声もなく崩れ落ちた六月に意識がないことを確認すると、仁鷹は困ったように笑った。 「ダメなんっスよ、オレ。どうしても、リベリスタとは仲良くなれねっス」 ● 以上の、万華鏡で得た情報。 そこまでを説明して、『まやかし占い』揚羽 菫(nBNE000243)はリベリスタたちを見回した。 「面倒な話で、すまないとは思うがね。 この件に関してどうしたいかを、皆に任せたいと思う」 「随分曖昧で、話が見えてこないんだが」 どうしろというんだ。そう続けたリベリスタに、菫は肩をすくませる。 「どうしろと言われても。 三尋木の申し出も、状況も、知っての通り。ここまでの話に嘘は何一つない。 あいつらの中で、この一時協力に反発するのを切って捨てたり潰したりしてるのも、事実。 ――反発した以上、この壱藤ってのも、三尋木としちゃ潰す対象になるわけだ」 写真に映る、気の抜けた、些かチャラい笑顔の青年。 それを示して、菫はもう一度リベリスタたちを見回した。 「……もう一度言う。この件に関して、どうしたいかを皆に任せたい。 壱藤は、三尋木としちゃ潰すのが確定してる対象だ。 それじゃこの部屋にどうして、本来三尋木の中で処理するべき話が上がってると思う?」 別の写真の男――六月という名の、眉間に皺が走る濃い目の顔の男を示し、菫は続ける。 「仕事としての形式は、『三尋木から離反した小規模フィクサード組織の討伐の為、彼らから情報を得た』と考えてもらったらだいたい間違いない。この、六月を含む三尋木のフィクサードたちもまた、同じ目的で同じ場所で行動することになる。 三尋木側としちゃ、アークと合同での反対勢力つぶしは首領殿の命令だ。違えることはないだろう。 その際、フィクサードなんて許せないとしてこいつらもろとも潰したり殺したり、しても構わない。 小規模フィクサード組織を壊滅させた後、改めて敵対し戦闘を仕掛けることも問題ない。 ……そのあたりも含めた、『三尋木と敵対するかどうか』も、皆に任せると言っているんだ。 全員で足並み揃えろとは言わん。どう思うか、感じるかは個々人の問題だろうからな。 ただ最終的にはおそらく、全ての態度が三尋木側にとっての判断材料になるだろうことは間違いない」 憂鬱そうな表情でそう告げたかと思うと、菫はぱっと表情を和らげる。 「それはそれとして、潰せるフィクサード組織が目の前にあるのにおめおめと逃すわけにはいかん。この三尋木の幹部たちを先に倒したとしても、その上で壱藤たちの方も潰してくれ。 そのあたりはまったく、いつもどおりの仕事だろ?」 随分と気楽に言ってくれる。重荷を背負わされたリベリスタたちは、そう菫を睨んだ。 ● 「銃弾の雨の中、傘を差さずに踊る人間がいてもいい。自由とは、そういうことだ」 「それ、傘差してても死ぬっスよね?」 物陰から突然かけられた言葉に、しかし仁鷹は驚くことなく軽口を返す。追っ手がかかる事は、分かっていたから。 「だが、お前がやろうとしている事はつまりそう言う事だ」 厳しい言葉に、内心の焦りを表に出さぬよう心を砕く。 物陰から現れたのは知己。『Bless you』草野・花子――可愛らしい見目に反し、六月の部下の中でもダントツの武闘派だ。追っ手としては最悪の相手と言える。 「いやー、そうでもないっすよ? 現場の強みってヤツで、ジュンちゃんじゃなくて俺に付いて来てくれるってヤツもいるっすから。ワンチャンあるっすよ」 事情はそれぞれだが、リベリスタとの恭順だけは受け入れられない。仁鷹の思い浮かべた顔が皆、そう考えている事だけは共通してる。 「ほう、それはご機嫌だな。……で、それはかの箱舟の軍勢を打破せしめるほどの大戦力か?」 「はは……花ちゃん、意地悪っスよ」 答えられない。そんな訳は無いと誰よりも自分が知っていたから。 主流七派の一つだった裏野部全軍と渡り合ってみせたアークと、三尋木の組織内の隅の隅の一部署に過ぎぬ組織からすらもはみ出た自分達が挑む。 自分がどれだけ無謀な事をしているのか、分からぬ筈もなかった。 「……それでなくても。 六月ちゃんが目を覚ませば、どれくらいがオレに付いてきたかとかは、わかると思うんで。 多分、それをアークに伝えられちゃ、こっちは潰されるだけかなーとは思っちゃいるんっスけど。 でも、やんなきゃなんねえっス。 フェイトがないからってだけで、泣いてる女の子ひとり、こころ抉って殺すのがリベリスタなら」 仁鷹は目を閉じ、ゆっくりと首を振った。 「……オレは、そんなのは許せないだけっスから」 「まるでカミカゼ特攻だな。意地と矜持と義務感だけで、ミキサーの刃に飛び込む果物の如しだ」 肩を竦めた少女がつむぐ言葉は相変わらず少なからず難解だが、それでも言わんとしている事は明解だった。愚かだと、そう言っているのだ。 「……だから止めに来た。って事っスか?」 声が掠れるのを抑えられない。 自分は戦う事も逃げる事も得意では無い。勝算は低いだろう。 けれど、諦める訳には行かない。懐の中の得物を探る。 「は、何故だ?」 だからこそ、本気でキョトンとしたその愛らしい少女の顔に思わず絶句した。 「……い、いや。だって花ちゃん、俺を始末して来いって言われて来たんでしょ?」 「いいや」 即答だ。けれど、その言葉に直ぐもう一言が被せられた。 「だがお前、俺がお前に従うつもりで来たと考えてるなら、それは酷い思い違いだぞ?」 理解するのに2秒ほど要した。 そして彼女が何を言わんとしているのかが分かった気がして、更に少し混乱する。 「それともう一つ。お前はそれよりもっと巨大な間違いを犯している」 花子は、仁鷹がどれだけ無謀な事をしているのか分かっている。 それの勝算がどれほど低いかを完全に理解している。 「間違い……っスか?」 「ああ、お前らしからぬ酷いミステイク。或いは、酷いミステイクだ」 けれど、その上で少女はこう言うのだ。 そう言うのが、好きなんだよ。と。 「そんなイカレた馬鹿騒ぎに、何故友人の俺を誘わない!」 そう言えばこいつは馬鹿だった。自分と同じ位に。 そう言えばこいつは良い奴だった。約束一つ守れなかった自分なんかよりずっと。 仁鷹は思わず破顔した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年10月22日(水)22:22 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 6人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 「此処が、日本橋っすか! ――あ、先輩先輩! 後で適当に見て回ってイイっすかね!?」 声を上げて『無銘』布都 仕上(BNE005091)はあたりを見回す。比較されることも多い秋葉原と違い、大阪の日本橋は休日だろうと車が走るため、人の数そのものは混雑というほど多くはない――大通りは。ひとたび細い道を抜けると、そのあたりはカオスと化す。駐車場には痛車が鎮座し、車と人と自転車とがおおまかに己の行きたい方向へ混然と動き、動線というものがまるで考慮されない看板がそれに拍車をかける。コスプレ的なメイド服風味の女性たちが数名の塊を作って通りがかりにチラシを渡しているのが結構な頻度で見かけられ、今もそれを渡された六月は無言で受け取ると一瞥もせずポケットに捩じ込んだ。 「こちらの方針は、やつらの生け捕りだ。そのために協力してもらうぞ。 そちらからの『協力体制の申し入れ』は、そういうことなんだろう?」 「……ふむ」 周囲を見回す男の視界は、千里を見通せるもの――ではあったが。人の多さに辟易した表情で、小声で睨みを効かせる『はみ出るぞ!』結城 "Dragon" 竜一(BNE000210)を振り返った。 「結城。すまないが、この人混みでは千里眼はあまり役に立たんぞ。 昔来た時は大通りに歩道橋があったから、もう少し探しやすいかと思っていたんだが」 「……とりあえずは、二手にわかれて探すしかないか」 六月はそう言ったが、実際のところ、高所からでもあまり結果は変わらなかっただろう。竜一も幻想殺しで周囲を見回していたが、がしがしと包帯を巻いた右腕で髪をかいた。オタクの街だの呼ばれていても、ミナミの入口である難波にも隣接した人混みであるということを、少々甘く見すぎていたのかもしれない。 「壱藤たちは、現場で殺人を犯した者以外は生かして捕縛。 それが今回の俺たちの作戦方針だ。ぜひそちらにも手伝っていただきたい」 「……元同僚には違いないけど、仕方ないのはわかってる。むしろ捕縛を選択肢に入れてくれて嬉しいよ。 何かあったら連絡はすぐ取れるんだね? そっちは――目立つから、すぐわかるか」 「目立つ?」 麻友に確認という名の釘を刺した『不滅の剣』楠神 風斗(BNE001434)が首を傾げる。さっきから通行人の目がたまに風斗をチラ見していくのは、確かに気になっていた。 「いいから、胸を張ってなさい。何かのコスプレだと思わせておけば大丈夫だから」 風斗の髪と右眼を見て、『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)が小声で指摘した。幻視をまとわぬ異様な色彩も、この街でならごまかせなくもないだろう。 竜一とともに別の方向へと歩いて行く三尋木のフィクサードたちの中でも、六月は長めの上着と帽子で獣化部分を隠しているが――たまに尻尾が覗いている。隠しきれていない人々を見ながら、自分の羽が幻視に隠れているのを確認して、『パラドクス・コンプレックス』織戸 離為(BNE005075)が軽く肩をすくめた。 「アークも上司さんも見過ごせないのは分かる。 もう少し穏当に足抜け出来なかったのかな……フリーとか死にそうだけど」 「己の意地の為に何もかも投げ出す、か。 オレは思い切った事をやれない性質だから、少々羨ましくはあるね」 できれば広い場所で戦えないものかと、時折人払いの結界を展開していた『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)が離為に言葉を返し――はっとした表情で振り返る。 他のリベリスタたちも、同様だ。 破裂音に近い音――恐らく銃声――が、確かに聞こえた。 遅れて続く悲鳴。野次馬顔をした人々をかき分け、音の中心へとリベリスタたちは走りだす。 「まっ、仕上ちゃんは今じゃしがないアークの下っ端ですし? 面白い連中と戦えりゃ其れで楽しいから構わないっすけどね!」 軽い調子で、仕上がそう呟く。既に動いてしまったことに、何を言っても仕方がないのが現実。 ならば今は、できることをするだけだ。 ――駆けつけた店の中にまず見えたのは、水色の髪をした頭を踏みつける花子の姿だった。 「玩具の銃だと思うのなら、さて、こいつはどうなるかな」 床に残る銃痕。それだけではまだ事態を甘く見た野次馬たちを前にして――花子の外見のせいもあるが、彼女をなだめようとする者は思いの外多かった――足元の頭部に向けて躊躇なく発砲する花子。今度こそ、野次馬の殆んどが事態を把握し、あるものは泡を食って、あるものは腰を抜かせて床を這って狭い入口に殺到する。しかし、一番大きな悲鳴を上げたのは仁鷹だった。 「なんてことするっスか花ちゃぁああん! 限定ぽか波さん等身大陶器製フィギュアが……!」 「デモンストレーション。 最大限の結果を上げるための犠牲は惜しまない――それが俺の流儀、あるいは、俺の流儀だ」 「……開きましたよ! あまり金額はないみたいですが」 花子の足元で砕け散る陶器片が、さっきま花子が踏みつけていた頭部らしい。やりとりに若干の脱力は否めないが、その向こうでは詩織がレジを叩き割り、徹矢が商品棚の硝子を砕いている。 「厳禁より、物の方が高額い物は多いかもしれない。レアカードとかならまだ――」 「見つかった――全員、一箇所にいる!」 竜一は幻想纏から聞こえたやりとりに、踵を返す。他のリベリスタたちと別行動を取ったのはついさっきなのだから、急げばすぐ合流できるはずだ。 壱藤たちは金目の物を物色しながら、店内で何かを待つような素振りを見せている――間違いなく、アークを、だろう。店内から出てくる様子のない仁鷹たちに対し、風斗が入口に足をかけた。 威嚇するかのように、見えやすい位置で銃を下げたままの花子が、ほうと楽しげに呟いて目を細める。 「『Bless you』草野花子だな。俺の名は楠神風斗。 アークのデュランダル! 名高き銃使いのお前に、決闘を申し込みたい!」 「チッチッチ、BOY……ここが荒野の真ん中なら喜んでお受けしたんだがな」 花子は舌を鳴らす。 「生憎、ここは既にパーティ会場だ。アークはだいたい、何人か徒党を組んでいるものだろう? 君は確かにメインディッシュに相応しいかもしれないが、フルコースを前に一皿だけで満足できるか?」 全員揃って、かかってこい。 花子は暗にそう宣言したのだ。 ● 仕上は義衛郎に目線で合図すると、店内に踏み込む。彼女を先頭に、他のリベリスタたちも続いた。 「一応言っておくっすけど堅気に手ー出したら慈悲無くブチコロっすよ? まっ、仕上ちゃんホントは戦えればドッチでも良いっすけどね」 「ひとを傷つけるのは、好きじゃないんっスよ。や、ホントホント」 店をぐるりと見ればまだ逃げきれていない人の姿がすぐに見つかる。仕上の警告に軽い声で応じた仁鷹が、両腕を絡めるように上げると「序々立ち!」と叫ぶ――同時に仕上の心中に、異様な怒りが湧いた。腹立たしさのままに、仁鷹へと掌打を叩き込む。 「覇界闘士っスか――!」 天敵とも言える相手に、仁鷹はまともに顔色を悪くしながら徹矢をその背に庇う。 「回復手を攻める、受k――違った、守る。定石よね、お互いに!」 詩織が一声、楽しそうに笑うと迷いなく棚をなぎ倒しながらアンナに駆け寄り、セーラー襟を掴んで地面に叩きつける。アンナは仁鷹と交戦したことがある。仁鷹とつるむ程度の仲の詩織が、そのときの資料を見ていてもおかしくはなかった。掴まれる前にアンナも、誰かの背中に隠れようかとしたが――床に頭を打ちつけながら、誰が誰を抑えるか、誰を庇うか、そのあたりひどく曖昧だったことを思い出した。 「ここで戦闘は、分が悪いかな……」 揺るぎない絶対の精神は、怒りを受けない。戦場を変えることもできなさそうだと判断して義衛郎は呟く。若緑の拵えから無造作に刀身を抜くと、た、たんと床を蹴り天井を蹴り、徹矢を切り抜かんとする。その刃が金属質な音を立てて、仁鷹の腕で止まった。 「やらせはせん、やらせはせんっス!」 ネタを入れずにはいられないのか、と怒りに任せて突っ込みたいのを抑え、風斗は破壊神の如き戦気をその身に纏わせる。生み出された戦意は、怒りをかき消すに十分だ。 「メインディッシュがいらないとは、一言も言ってないぜ!」 その風斗の前で、花子がリボルバーを構えると、薬莢を棄てたかと思うと即座に装填し、幾度も銃爪を引いた。魔力を宿した無数の弾丸が全方位に撒き散らされ、圧倒的物量でリベリスタたちを縫い止める。 ぎょっとした顔で、起き上がったアンナは精神の動揺を跳ね除け革醒していない人物の姿を探す。まだ逃げきれていないのが数名いたはずだ――いた。肉塊にもなっていないことに安堵し、詠唱を開始する。 ここに来る前、大阪に来た直後に、六月と少し、話をしていたのだ。 仁鷹たちが六月を殴る以外の敵対行為を「まだ」行っていないうちに、と。 『アークはこれから、壱藤たちを殴ってでも止めに行く。 ――上手く収まったらでいい。三尋木に対する背信の制裁は、抑えてやれないものかな』 『……俺の腹については、後から泣くまで説教する』 無表情にでも、六月は頷いたのだ。アークとして殺すとなれば、こんな虚しい話、あってたまるか。 離為は絶対的自負で世界法則を捻じ曲げる。怒りという法則も今の離為には無意味だ。 「どうしても精神に干渉されると、苛々して殺したくなるから……うん、殺さないように努力しよう」 物的被害は出ているが――逃げようとしている一般人の素振りを見る限り、仁鷹は彼らを敵とみなしていない。あちらに無差別に暴れまわるつもりがない以上、こちらが殺しにかかるのはどうもフェアじゃない。 徹矢が、自分の前に立つ仁鷹に清風を喚んで傷を塞ぐ。 「ひ、ひィっ!」 腰が抜けたまま這って出た男――店内に残っていた最後の一般人をまたぐような格好で、竜一たちが店内に雪崩れ込む。 「竹田に、中里――姐さん、ジュンちゃん」 僅かに目を伏せて、仁鷹は袂を分かった顔ぶれを見回す。狭い店内だが、顔が見えないほどではなく。倒れた棚を踏めば、身動きを取れないということはない。 「お前……!」 「壱藤ぃ!」 怒りに気を取られて、中里が拳を振りぬき、竹田が荒れ狂う闘気を溜めた特殊警棒を振り回すが、仁鷹はそれを当然の顔で受ける。麻友と六月は、姿こそ見せたが仁鷹の方を一瞥もしなかった。 「昨日の同僚、今日は敵ってか!」 仁鷹の敵意を確認し、竜一もまた、戦気で怒りをかき消す。 「悲しいけど、これって反逆なのよね!」 「……さっきから、どっちも死ぬ前のセリフだったな?」 死ぬ気か? と問うた花子に、仁鷹がまさか、と返した。 「花ちゃんこそ、逃げて普通の女の子に戻ってもいいんっスよ?」 「――仕上ちゃんの相手しながら他人の心配とか超余裕っすね? ハハッ、イイっすよ。―そんな事出来ない位にぶっ飛ばしてやるっすから。」 再び掌打を繰り出す仕上の、その一撃に仁鷹は苦悶の表情を浮かべる。 「ヤワな相手だったら、さっきの一発でいけるかと思ったんだけど」 詩織はアンナの頑健さに感心の声を上げ、こちらも掌打に切り替える。参ったな、と呟いて義衛郎はもう一度壁を蹴り、徹矢に斬りかかろうとして仁鷹に遮られる。少しの焦りを浮かべて、風斗は圧倒的威力の――しかし何者をも殺すことのない一撃を乗せ、白銀の剣を振り下ろした。 「他者の痛みを理解できるのなら、犯罪行為で迷惑をかけるな! せめて相手は選べ!」 「性急だなBOY。童貞か、あるいは……童貞か?」 妙にオヤジ臭い発言をしつつも、花子は再度魔力を帯びた弾幕を広げる。 詩織からアンナを引き剥がすようなかたちで、膨張した筋肉から湯気を上げた竜一が二刀でもって切り込む。麻痺を受けつけぬ身だが痛みがないわけではない。アンナは一度咳き込むと、詠唱を続けた。 できれば距離を取って戦いたかったんだけど、と。30mなど望むべくもない店内の壁に背を預け、離為は憎悪の鎖を編み出す。 「二人とも他人の心の痛みが分かる人なのに、こんな事になるなんて酷いね――だけど、有罪」 離為に逆らう愚かさが罪と断罪し、徹矢に首に鎖を巻きつけようとする。だが、鎖ににゅっと首を差し出し、巻きつかれたのはやはり仁鷹。そこに、竹田と中里が続いて殴りかかった。放っておけば致命に至りそうな鎖を、徹矢が大いなる存在に呼びかけて取り除くのを、仁鷹はにっと笑って受け入れた。 もう一度仕上が掌打を仁鷹に叩き込み、詩織の土砕掌がアンナをえぐる。義衛郎は今度は徹矢を狙わず、詩織へと斬りかかったが――徹矢が無傷な以上、そのうち治療がされるはずだ。風斗のBroken Syncに、花子がむせるように血を吐きながらも撃ち放った弾幕世界に、アンナが膝をつきかける。 ――焦れったい。 リベリスタを包む焦燥に、アンナの声が響いた。 「もうちょっと――できた!」 瞬時に、空気の色が変わる。 陣地作成。 これで、人的・物的被害をこれ以上気にしないで済む――何より、アンナが回復に回れる。 形成は逆転したのだ。 ● 技の応酬――といえば聞こえは良いが、戦いのプロたるリベリスタ、フィクサードたちにとって、つまり後の戦いなど、同じことの繰り返しなのだ。拳を、剣を振りかざし、叩き込み、それを癒やす者がいて――たまに庇う者がいる。それが最初に崩れるのはどこかと言えば、はじめからどこか自暴自棄な色が見えた仁鷹たちの方だったのは、自明の理だろう。 業火を纏った腕で殴りかかった詩織はただ、握りしめた拳のぶつけ先が欲しいだけだった。燃え盛る焔は流したことにも気づいていなかった涙を蒸発させ――竜一の刀に受けた反撃の破壊力に、何かに縋るような表情を浮かべてから倒れこんだ。 肩で息をする花子は、もういつ意識を失ってもおかしくないような有り様だった。まったく、馬鹿騒ぎに手を貸すのはどうしてこうも命がけなんだ? 楽しげに、本当に楽しげに、今も自分を切り裂いた風斗を見る。もとより、仁鷹についてきた手前、命など惜しいと思っていない――ただひとつあるとするなら、これでもう、戦いという華を愛でられぬことだけか。花子は銃を一層ゆっくりと構えて、笑う。 精密な、歯車の間すら縫えそうな精密な射撃は、風斗の胸で輝くアーク騎士槍勲章に直撃した。 「運が、良いと良いな(Bless you)……BOY」 そう呟くと、花子は華奢な身に相応しい酷く軽い音を立てて倒れた。 残るは仁鷹と徹矢だが――仁鷹は護るしか知らず、徹矢は癒やすしか知らない。 見下ろすような角度で、アンナは仁鷹を見た。 「……アンタの感想は正しいわよ」 唐突に言われた言葉に、仁鷹はきょとんとした目をアンナに向ける。 「リベリスタは確かにノーフェイスを殺すわ。もっと多くの人間が死ぬから。 でも、殺す相手だからって、何もしなくて良い訳じゃない。生かすことは出来なくても、何かの救いを。それが本来私達がやるべきことだ。……しくじったのよ。あの時は。上手くやれなくて、ごめん」 「いや、アンナちゃんが謝ることじゃ――」 「だからっつって玉砕同然で邪魔しに来る奴がいるかあ! 人手たんないのよ! 無理してっから細かい気配りとか雑になんのよ! 六月も言ってたでしょがリソースは有限だって! こんな理不尽やってらんないのはこっちだって同じだ馬鹿ァ! 少しでもマシにしたいなら手伝えよ!」 何故か慌てた仁鷹に、一転アンナは叱咤をいれ――その様子に、仁鷹は笑い出した。 「ははは……敵わねっス、そういうアネゴ肌なひとには」 気の抜けた顔の男の腹に、仕上の土砕掌が食い込む。 「どんなに鍛えても中身は一緒。変わらない。だから――これで十分」 重い音をたて、仁鷹は倒れ伏す。 徹矢は皮肉げな笑みを浮かべた。 「正しいのは君たちだ。それを知らなかった訳じゃないさ。でも、ね」 漏れる呟きとともに、中型の魔法陣が展開される。まだ戦うのか、と警戒したリベリスタを前に、だが射出された魔力矢は徹矢自身を撃ち抜こうと、 「……アンナ、あまり責任背負い込むなよ?」 ど、という音。徹矢に向けられた魔力矢をその背に受けたのは、風斗だった。 ● 「三尋木的には、裏切り者は処罰せざるを得ないだろう。 なら死なさないためには、協力者であるアークの要求に従った、ということにしといた方が良いだろう」 「その後の身の振り方は連中次第。できればフィクサード業からは手を引いてほしいが……」 「すいませんね、うちの若い子達が無理を言いまして」 「こちらこそ、手間をかけさせて済まなかった」 アークへと連行する、と言い出した竜一と風斗を抑えて、義衛郎が間に入る。連れ帰ると言い出すかと思われたが、六月は異論ないようだった。実のところ、その処遇に一番不満そうな顔をしていたのは麻友だ。 「ノーフェイスでもフィクサードでも、場合によっちゃ一般人でも。 自分たちも、割りと躊躇なく殺してきただろうに……」 野次馬が集まる前に店から離れる、その最後尾で離為は、店を振り返り、空を仰ぎ見た。 (無害化できるから? 必要性がないから? ……違うか、世界が平穏であれば良かったなんて、呪いじみた願いだよね) 電線だらけの、細く高い雑居ビルの隙間から覗く空は、それでも青く、誰にも平等に空だった。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|