●夢も見ずに眠るのと似ている 三高平近郊の何処にでもあるような町。夕暮れも終わりかけの黄昏時。周囲はひとけも無く、遠巻きに人々の日常の音が聞こえてくる程度である。 『元・兇姫の懐刀』スタンリー・マツダ (nBNE000605)は何の変哲も無い橋の上で、何の変哲も無い川と景色を眺めていた。 いつものビシリとした燕尾服ではない。ラフな、その辺の日本人が近所のコンビニに買い物に行く時のような、眼鏡も付け忘れた、髪も適当に崩したままの状態だった。相変わらず痩せていて、けれど睡眠ばっかりとっているのでクマだけはマシになってはいる……でも雰囲気が不健康そうである。ハッキリ言って生気がない。 スタンリーに表情は無く、ボンヤリとした眼差しにもまた生気や力は感じられない。溜息も吐く事も無い。ただただ医療用の輸血パックに刺したストローから、ズズズと音を立てて血を飲んでいる。 「……」 あれから随分――随分と経った様な気もするし、あっという間だった様な気もする。 悲願だった六道紫杏の抹殺は達成された。 憎きモリアーティもこの世から消え去った。 復讐は成った。 精神を蝕む狂気からもようやっと回復した。 人生の目標をクリアしてしまった。 ゴールしてしまった。 激しい想いであったからこそ、ゴールの向こう側に辿り着いた途端の虚脱感が凄まじい。 溜息だけは不思議と出てこない。飲み終わったストローから口を離す。ポイ捨てしようかと思ったけど何となくやめておいた。柵に乗せた腕に顎を置く。前髪が視界に入る。 一体誰が、彼をかの恐るべき『兇姫の懐刀』――道具然と粛々と殺しを行ってきたあの『スタンリー』その人であると判別できるであろうか。 それはスタンリー自身が良く分かっている。温くなったものだと思う。 だが友ができた。居場所ができた。もう道具扱いされる事も、こき使われる事もない。美味い飯に何時間でも眠れる環境、頼もしい味方。平和で充実していて満ち足りている。これでいい、これでいいのだ。俺は幸せだ。生まれてきて良かった。そう思える。胸を張ってそう言える。誰かは馬鹿にするかもしれない。漫然と何もせず怠惰に過ごすなど人間ではないと言われるかもしれない。人生の目標を持て、やる気出せと言われるかもしれない。それでもいい。俺の幸せは俺のものだ。誰に貶されたところで俺は確かに幸せなのだから。何も間違ってはいないだろう。 これでいい。 これでいいんだ……平穏な人生。 そうだ俺はこれを求めていた筈だったんだ。もう平穏じゃないか、もういいじゃないか、もう頑張らなくっても……もういいじゃないか。これ以上何を求める必要がある? それじゃもう帰って寝よう。 と思ったのだが。 あそこにいるのは……エリューションだ。 やっつけないといけないな。というか立場的にはアーク所属だし……なんて、俺も思うようになったんだなぁ、しみじみする。つい前までフィクサードだったのにな。 今ではこの世界を護りたいと思う。大切な人のいる、この世界を。 「――もしもし、アークですか? 私です、スタンリーです」 取り出したのは携帯電話、繋げた先はアーク本部。 「増援に来て頂きたいのです。……はい? 並みのエリューションならお前一人でも出来るですって? ああそれなんですけどね。はい、ええ。装備を丸ごと、持ってくるの忘れてました。はい。え? ちゃんと持ってろって、……貴方は近所のコンビニ行くのにもフル装備フルメイク身形はビッチリガッチリ余所行きのオシャレ服でお出かけになるのですか? ……言い訳は止せ? チッ…… 畏まりました。え? 舌打ち? してませんよ。えぇホントホント。雑音じゃないですかね」 そこまで言ったところで、携帯電話がエリューションの攻撃に吹っ飛ばされてぶっ壊れた。 つー。つー。つー。 ●あのクソメガネ 「本当にどうしょうもねぇ人ですなスタンリー様は!」 全くもう、と『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)はぷりぷり怒りながらいつもの事務椅子に座していた。 「という訳でして、皆々様にはスタンリー様を助けに行って頂きますぞ。彼は装備も何も持っていない状態なので……ハイ、そうですな、ここにあるのがスタンリー様の装備一式です」 巨大メスとスーツと眼鏡と手袋と。 「これを彼に届けて、そして敵性エリューションを討伐して下さい。任務内容だけなら非常にシンプルです……が、スタンリー様がね。どうやらここ最近ずっと……モヤモヤ? しておられるようで。いつもに増して生気がないというか。ちょっと蹴っ飛ばすなりして元気付けてあげて下さいな」 よろしくお願いしますね、とフォーチュナは微笑んだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年10月10日(金)22:20 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●日本の夏は暑かった 跳び下がる。片膝を突いた。熱傷と外傷。熱いし痛い。逃げようか、と脳裏を過ぎるが、救援を呼んだのに逃げるのも格好悪いか、いや、命には代えられないし、そうだ、あと30秒だけ―― 等、スタンリーが思ったその時だった。 目の前に突如と現れた、小さな背中。 「こんにちは、スタンリー様。丸焦げてなくて一安心です」 ちょっとだけ振り返って微笑んだその少女の名前を、スタンリーは知っていた。『もそもそそ』荒苦那・まお(BNE003202)。彼女の名前を男が呼ぶ前に、まおは掌に収束した衝撃波の玉を前方へぽーんと投擲する。 と、それにタイミングを合わせて放られた神秘閃光弾が激しい光と音でEエレメント『ハシケシン』達を強烈に怯ませる。動けぬそれらのど真ん中、炸裂するインパクトボールがハシケシン達を暴風雨の如く吹っ飛ばした。 「――御機嫌よう。そしてお待たせしました、スタンリーさん。アーク配達便から装備のデリバリーです」 衝撃の余韻に金の髪を靡かせて。『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)がスタンリーへ振り返る。 「先ずは装備を受け取ってください、其れまでは此方で受け持ちます」 「動けますか? 動けるなら、タランテラさんのところへ」 スタンリーに手を貸して立ち上がらせながら、『蜜蜂卿』メリッサ・グランツェ(BNE004834)。「マツダさんとは初対面ですが、およその話は聞いています」と一言挨拶を入れる。 それに対してスタンリーは「あ、はい……」と活力が無い。 (スタンリーさん、顔を合わせていない間に何というか……) ミリィは何とも言えない気持ちになったが、今は話よりも先に敵を倒す事が先決か。 「任務開始。さぁ、戦場を奏でましょう」 いつもの台詞。指揮棒『果て無き理想』をその手に、ミリィは戦場へと向き直った。 メリッサも前に出、細剣『Tempero au Eterneco』をその手に構えた。アークにも様々な人がいるが、彼は燃え尽きた状態なのだろうか――そう、彼女が思った瞬間。 「『本当にどうしょうもねぇクズですな病弱様は!』って言わせてたぞ さっさと下がれ」 ドフッ、と。『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)のローキックが割と容赦なくスタンリーを蹴っ飛ばした。 ぐふっ、と。スタンリーが何かを言い返そうとした時にはもう、火車は拳に炎を灯して手近なハシケシンに業炎撃を叩っ込んでいた。 「所詮アスファルトぉ! どんな高熱んなってようと! 最終的には蒸発四散だバカヤロウ!」 炎が効かない?近寄れば熱くてヤバイ?そんなもので火車が躊躇するなど天地がひっくり返っても有り得ない。彼が立つ場所はいつだって最前衛、がっちりばっちり敵のド真ん前だ。 一連の様子に『ピンクの害獣』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)は思わず「あはは」と笑みを零す。スタンリーの名を呼びながら、投げ寄越すのは彼の装備一式だ。 「世界の前に自分を守りなさいよ。これだからほっとけないんだから」 「どうも。……色々とお手数をおかけ致しましたね、すみません」 「丸腰で敵に遭遇したのは自業自得だけど、普通なら撤退してもいい状況よね。でも逃げなかったのは上々、もう立派なリベリスタね」 えらいえらい。そう言うと、無言のままなんとも言えない表情で視線を逸らすスタンリー。 「またそんな顔してー。ほら、天使の歌で癒してあげる」 んん、と咳払いを一つ。冷たい空気に吹き荒れる熱風、喉には最悪のコンディションだが…… (あの肉の洞窟よりはマシか) 一間を置いて。届け、秋空の高みまで。謳う詠唱、空より澄んだファルセットを響かせて。 「ひとけが無い内にお着替えしちゃって下さい。……ま、まおは見ないので大丈夫です」 そっと目を逸らしたまおはスタンリーの着替えを邪魔させない為にも敵の目前、熱気に怯まずその手からは獲物を絡め取る蜘蛛の糸。致命的に、絶命的に、何重にも、何重にも、縛り上げて指先一つの自由すらも赦さない。 まぁ、なんのかんの言うのは後だ。味方に前を任せ、スタンリーは手早く着替えを始める。 それを一応デリカシーとして視界には納めず、一体のハシケシンの前に立った『舞蝶』斬風 糾華(BNE000390)は語りかける。 「定めた終りを経た時、何を次と見るか……幸せに成りたかった私が幸せを見出した時、私は続く事を願った。幸せの継続をね……ふふ、贅沢な願い。終わりの無い闘争だわ」 指先に告死の蝶。それをふわり、揺蕩わせ。刹那には見るも鮮やかな蝶の乱舞が戦場を包み込んだ。美しい見た目とは裏腹に、触れば唯では済まない弾幕が断続的にハシケシンへ襲い掛かる。 その最中、蝶々達の真ん中で、糾華は言葉を続けた。 「スタンリーさんは何を見たいのかしら? 命は終わってないのに、ここでの退場は勿体無いわよ?」 「何時までも腑抜けてないでシャキっとして下さい。シャキっと。スーツを着ても其れでは締まるものも締まらないでしょう?」 そう言ったのはミリィだ。話しながらも彼女が戦場へ向ける超集中力は欠片も落ちない。盤面を支配する最高の知力、そして数多の戦いを潜り抜けた経験が、それに裏打ちされた技術が、『戦場を奏でる』事において究極的な力を発揮する。 「戦いだけが全てではない。ですが、私達と動く事で見えてくる物もあるでしょう」 言葉を続けながら。正に今、この空間はミリィという『戦奏者』によって思うが侭に奏でられていると言っても過言ではないだろう。タクトの一振りで皆へ絶え間なく効率化の指示を送りつつも、聖なる光でエリューションを薙ぎ払う。 「目標達成めでてぇなぁ、平和ってのは何よりだ」 平穏無事は何より尊い。振り下ろされたハシケシンの灼熱の拳を往なし、そのまま火車はカウンターの拳を叩きつける。 走れば疲れるときもあるだろう、一時でも満足感に浸るのも良いだろう。それを否定したりはしない。 けれど、だ。 「ま……次の走り出しはすぐあんだ」 「私は現状でもいいと思うの。神、空にしろしめす なべて世はこともなし――でも、それって本当に幸せ?」 ウーニャは言う。不幸でない事と幸せは必ずしもイコールでは繋がらない、と。 微笑んで言う。だから私は貪欲に求め続けるの、と。欲しいものが分からないって、欲しいものが手に入らないよりも不幸だと思うから。 「目標をクリアしてしまった? 何バカなこと言ってんの。まだスタートラインにも届いてないよ、今まで助走どころか全力で後退してたようなもんなんだから」 手にした魔力の道化札。それを、ハシケシンへ投げ付ける。 「よかったら私も一緒に探してあげる」 「そうですよ、全てはこれからです。今度は自分の意思でリベリスタを始めてみませんか?」 メリッサの機械化した腕の機構が熱を帯び、激しく唸り、猛烈な速度で剣を突き出す。構え、突く、単調なれど、故に無駄は一切無く洗練された美しさすら感じさせる。その一突は音速を超えてソニックブームを起こすほど、暴風の様な衝撃波がハシケシン達の動きを縫い止める。 「平穏は脅かされるもの。それを自分の手で守る事は、新たな目標になりませんか?」 永遠の平和など有り得ない。故に自分達リベリスタが居る。そしてリベリスタの行う事は、崩界因子の排除だ。火を吹いたハシケシンから一歩飛び退き、メリッサは剣を構える。 「相手が並のエリューションだろうと、それが油断していい理由にはなりませんね」 「そうね。でも、大丈夫よ。これくらいならば、心に余裕を持って戦いましょう」 警戒も余裕も戦場には必要だ。糾華が今一度放つ蝶弾幕がハシケシン達に襲い掛かる。 状況はリベリスタの圧倒的有利。まあ、エリューションは問題ないだろう。問題は…… (ピリオドの向こう側なのよね、スタンリーさんにとって) 糾華は思う。六道紫杏は終わり、裏で糸引いていたモリアーティも消失し。 バロックナイツやフィクサードやエリューション事件も、スタンリーから言わせてみれば「知った事ではない」のだろう――が、神秘事件が起きれば対処する、リベリスタサイドであるからそこはちゃんとする。 (うん、偉いと思うわ。律儀というか、根っこは真面目なのよね) うん。なんて言うか、凄くわかる。だからこそ、糾華はスタンリーへ言葉を放った。 「貴方、燃え尽き症候群なのよ。やりきっちゃったもんね。それに関しては急いで答えださなくても良い気もするし、目標を探す手間を掛けるのも人生には必要でしょう? だから、死なない程度で気を抜きましょう? だって、折角知り合ったのだから、知人友人が居なくなってしまうのは、凄く悲しいわ」 「平穏な生活を否定する訳ではありません。私自身、平穏を得る為に戦っている訳ですからね」 ミリィの口調は柔らかい。 「ただ、貴方を其処で終わらせないで下さい。無理に戦えという訳ではありません。動いていれば、自ずと見えてくる物もある――私自身がそうでしたから」 それから、一間。 「――そうですね」 皆の言葉に、スタンリーはそう一言。前髪越しの視界。 「ままならないものですね。こういう時……うまく言葉が出てこないのですよ。嗚呼、本当、受け取ってばっかだなー俺スッゲェかっこわりぃよなー……」 あー。深い溜息、素の口調、片手で覆う顔。 「でも、まぁ、なんだ。頑張ってみますよ、私なりに」 覆った手でそのまま髪を掻き上げて。眼鏡をかければいつもの視界だ。大型メスを握り直す。今、自分は、ここに居る。 後方より、前衛へと駆けて来る足音。 火車は盛大に溜息を吐いた。 (なんか知らんが病弱はガキ共に人気でもあんのか?) 余裕ある時くらいは面倒みたろ。という訳でハシケシンからの攻撃が少女達に及びそうであれば火車は自らの体を盾にする、そもそも真正面で自分がターゲットになるよう立ち回る。 (……本来こういう役は病弱の役だろ! フザケんな!) 子守役は趣味じゃない、八つ当たり気味にハシケシンを殴り飛ばし、横目にスタンリーを見遣る。 「ヤる気ねぇなら帰って良いぞ?」 「じゃあ交通費下さい」 「生憎サイフを忘れてなぁ?」 冗句応酬。口元には笑み。火車の横合いから突き出されたメスが、ハシケシンを斬り貫く。大きく蹌踉めいた それの頭部にまおがひょいと降り立った。動きは蜘蛛そのもの、バランスを崩す事は決してない。 瞬間、ハシケシンがボウッと全身に火を纏った。が、その炎はまおを苛みこそすれど『絶対者』に火を点ける事は出来ない。 「あちち……でもヘッチャラです、まおは丸焦げになったことがあるので」 言下、しゅるりと絡み付く蜘蛛の糸がハシケシンを呪縛した。 「皆様、攻撃しちゃって下さい。あ、まおを巻き込んで攻撃しちゃっても大丈夫です」 「ご安心を。私の剣は、敵を斃す為の剣ですから」 仲間を傷付ける事はしない、と。メリッサは既に構えていた。灼熱がジリジリと少女の身を焼く、汗が伝う、が、蜜蜂卿の眼差しは彼女の持つ剣の如く真っ直ぐ揺るぐ事は無く。油断なく、驕ることも無く。 ミリィの指揮で普段以上に動きは効率化されている。が、普通の人々が過ごす平穏は、自分達からすれば些細な綻びからでも崩れるのだ。 「蜂の一刺しと甘く見れば、後悔しますよ」 切っ先にのみ集中させる破壊のオーラ。刹那に繰り出すのは、刹那すら超える速度の雪崩の如き連続刺突。一瞬の不意を永遠に近い後悔へ。それはハシケシンのみを激しく穿ち、砕き、貫き徹す。 「おみごとです、とまおは思いました」 破片の中で飛び降りながら、まおはぱちぱちと拍手を。 「もう夏は過ぎ去ったというのに酷い熱気ですね。暑いのは嫌いですが寒いのも寒いでちょっと嫌です……コホン。早々に退場願いましょうか」 さてさて。残るハシケシン達も満身創痍。ミリィの神気閃光が煌く。光の中、リベリスタは攻撃を緩めない。その中にはスタンリーも居た。もう最初の様な無気力さは無い。今日この時に、少しでも何かを得たのなら幸いだと――少女は思った。 「少し鈍った?」 スタンリーのサイコダウナーで蹌踉めいたハシケシンと間合いを詰めつ、糾華はスタンリーに悪戯っぽく笑いかけた。 「貴方がお強くなられたのですよ、斬風様」 「それはどうも」 言葉の終わりに糾華の姿が五重になる。ドレスをひらりと蝶の如く、その姿は華麗にして軽やか、その攻撃は熾烈にして致命的、そして断続的。踊る踊る告死の翅、廻る残酷な舞踏会。粉微塵に頽れ落ちたお相手にスカート摘んでさよなら一つ。 残りは二体、熱いのも随分マシになったものだがまだ暑い。揺らめいた陽炎――それは火車の足元より立ち上る熱気。 全く、楽しい夏も終って秋という時にコイツ等は。 「さぁ~ぁソロソロ終わらせようや! 残暑はオレで間に合ってんでよ!」 まるで地面を滑る様に。一気にハシケシンへ間合いを詰めた火車がダッシュの勢いのまま左拳を振り被る。赤い赤い、夕陽よりも赤い、灼熱の一撃。鬼の拳。ハシケシンのど真ん中、文字通り殴り飛ばす。地面に叩きつけられたそれがバラバラに砕け散る。 残り一体。 にはもう、ウーニャが狙いを定めていた。指先に、不吉を齎す道化の嘲笑。さよならを告げる薄紅の唇。 「夏の名残よ、嘘になれ」 一閃。 戦場を真っ直ぐに縫ったカードが、ハシケシンを撃ち砕く。 ●これからと、これから 「スタンリー様、ご連絡してもらってありがとうございます」 任務終了後、まおはスタンリーへぺこりと頭を下げた。 「大切な場所を守るお手伝いをしてくれて、ありがとうございます。まおは、とっても嬉しいです。守りたいものがあるから戦えるスタンリー様は、素敵な人です」 「礼を言うべきなのはこちらですよ、まお様」 跪いて視線の位置を合わせてきたスタンリーはそう微笑みかける。まおも釣られる様に笑みを咲かせた、が、「でも」と言葉を続ける。 「危なかったら直ぐに退かないと駄目だとまおは思いました。スタンリー様が死んじゃったら、まおは……悲しいです。無理はめっです」 「……承知致しました、仰せの儘に」 「あ、そうそう、ちっちゃいAFがあったら忘れ物しなくて大丈夫でしょうか」 「そうですね。持ち易いように改造なりして、普段から幻想纏いは持ち歩くことをお奨めします。緊急の対応も可能ですから」 と、会話に顔を覗かせたのはメリッサである。スタンリーの方へきりりと視線を向けると、 「まおさんの仰った通り、装備なしでも立ち止まった姿は尊敬しますが、無茶は禁物です」 「驕りはいけませんね。このぐらいなら何とかなる、など……私も鈍ったものです」 「身体を動かすのが一番ですよ。モヤモヤも晴れますし。お暇なら、朝の鍛錬をご一緒しますか? 丁度、朝稽古の相手を探していたところです」 是非とも。 と、スタンリーが頷きかけたその瞬間。 「ねぇー、これからみんなでどこか遊びに行かない?」 スタンリーの背中をぽふぽふしつつ、ウーニャが。 「ごはん食べて、スタンリーの新しい携帯見て、カラオケ行ってー……あ、スタンリーは拒否権なしだからね」 「は、……え?」 「おー行くべ行くべー」 半ば蹴っ飛ばす様にスタンリーを進ませ、火車は彼の横に並んだ。 「おう『病弱』スタンリー オメェに一つ 執務を申し付けてやらぁ」 「……何です?」 「オレぁこの先、上位チャンネル全て潰して、全チャンネルから優位性を奪い取る。そうすりゃ初めて大団円、崩界なんてクソ下らん現象も発生せんし、突如エリューションなんてモンも産まれん」 何の心配も不安もない、本当の日常の爆誕。途方も無い、途轍もない、とんでもない話だ。けれど火車の目に、ふざけている色など欠片も無く。 横目に見遣る火車の赤い眼差し。不敵に笑む。 「このオレが……手伝わせてヤるよ スタンリー 精々今まで以上に働けよ?」 目的を達成すれば、今度こそ本当の意味で平穏無事に寝ていられる。「悪くねぇ話だろ?」と火車の言葉に、「そう言う話、大好きですよ」とスタンリーも口角を擡げる。 「私でよければ何なりと、宮部乃宮様のお好きな様に使って下さいまし」 「言ったな? じゃメシお前のオゴリで」 「えっ」 「さっき言ったじゃんかよ サイフ忘れたって」 「あれ冗談じゃなかったんですか」 「え?」 「えっ?」 「あら、スタンリーさん奢ってくれるの? 太っ腹ね。……痩せているけれど」 悪乗りした糾華が冗句と共にニコッと微笑み、 「お? おぉ、ありがとうございます! 流石ですね!」 なんだか良く分からないミリィもニコッと微笑んだ。 この後、ヤケになったスタンリーがめっちゃ良い店奢ってくれました。 カラオケは「ひ、人前で歌うなんて」と恥らったが火車に「オラ歌えや」とタンバリンでどつかれたので洋楽を一曲だけ歌った。 そして今、彼の携帯電話はアクセスファンタズムに改造が施された上、リベリスタ達の名前が電話帳に載っている。 引き篭もりがちだったが、最近ではよくアークへ顔を出すようになったようだ。 因みに幾分かクマもマシになって少し体重も増えたとは本人談である。多分、他人から見れば誤差の範囲だろうが。 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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