●秋風の中、霊園に向かう 「それはまた季節はずれだなあ」 青年はもう一人の青年に言った。 「まあ、確かにだいぶ涼しくはなったけどさ。でも、噂を聞くんだよ」 誰かに聞かれる心配はない。なのに、相手は意味ありげに声を落とした。暗い道にぽつんとおかれた街灯に、夏の名残りの虫が集まっていた。 二人は話しながら、もうすでに霊園の入口まで来ている。 「暑さ寒さも彼岸まで、っていうのに肝だめしかよ」 学生風の青年は見た目によらず古風な言葉を口にした。 「幽霊じゃなくてゾンビ、ってのが外国っぽいだろ。どうせなんかの見間違えだろうけど、見てみたいしさ」 「それにしても、なんでゾンビ? 前からそんな噂あったっけ?」 季節はずれ、と言った青年も逆らわずに奥へと一緒に進んで行く。 霊園はかなり広い。奥近くまで行くと、広場のような場所に出た。椅子やベンチなどがある。そのすぐ近くの建物の影は、休憩所なのだろう。 「幽霊見物に来た奴らがなにかに襲われて大けがしたんだってさ。逃げるのに必死でよく見なかったけど、絶対ゾンビだって言って……」 ん?と彼は首をかしげた。なにかの気配がする。 ゾンビ? いやまさか。 しかし、暗がりを透かして見ても、なにも見えない。 その時、足元で草をかき分ける音が聞こえた。視線を落とし、眼を凝らした。 人間よりも低い影で、四足だった。なんだ、やっぱり犬かなんかだったんじゃないか。 「野良犬だよ。でも危ないから気をつけ――」 言葉は最後まで紡がれず、頭に何者かの顎がかかった。一瞬後、赤い液体が飛び散る。 残った青年は声にならない悲鳴をあげた。まるでスローモーションのような遅さで向けた背中に、それが襲いかかる。 その後は、生き物の声は聞こえず、なにかを引き裂く湿った音が響くのみ。 ● 「エリューション・ビーストね」 真白イヴ(nBNE000001)はブリーフィングルームに集まった顔を見渡した。 「ある広い霊園に住みついた野犬がエリューション化したのね。そのエリューション・ビーストが、肝だめしに来た青年二人を殺してしまう。……それは元は飼い犬で、捨てられて恨みを抱いていたの」 彼女は予知した事件を語り始めた。 「その近辺には、もともと幽霊の噂が囁かれていたの。エリューション・ビーストが現れる前は幽霊見物に来る人がいても、なにごともなかった。飼い主に捨てられたことはかわいそうだけど……。死者が眠る場所に居ついたのも、悲しみからかもしれない」 イヴは端末のキーボードを叩いた。 「敵はエリューション・ビースト。フェーズ2、戦士級ね。今見せた映像はまだ起こっていない出来事だけど、そのままにしておくと本当に犠牲者が出ることはわかるよね?」 集まったリベリスタはそれぞれうなずいた。 「エリューションは1体だけだけど、手強いわ。かなり闘争的な個体よ。武器は爪と牙。 飛びかかってくることもあるから、後衛だからといって油断はできないわ。攻撃力は高いけど、物理攻撃だけになる。夜目も効くから、戦闘が夜になっても気をつけて」 まだ幼さを残す彼女は、少し疲れているように見えた。 「敵は素早い。予知した情報も元に先手を取られないようにしてね。――そして、どうか無事に、エリューションを斃して帰ってきて」 彼女は両手を胸に当てた。それは少し祈っているように見えた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:和泉 あきね | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年10月13日(月)22:05 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「恐怖の対象なのに見たいと思ってしまう……という心理は、何と言いますか。不思議な感じがしますわね」 『陽だまりの小さな花』アガーテ・イェルダール(BNE004397)のおっとりとした呟きは、夜風に溶けた。リベリスタたちはエリューション・ビーストがいると言われた霊園の中から、外をうかがっていた。 「ボトムに来てから色々なお化けや幽霊を見てきたけどぉ……全部エリューションだったんだよねぇ……」 『夜行灯篭』リリス・フィーロ(BNE004323)が半分眠気の溶けた声で言う。 「……そういうことを考えると、一般の人の肝だめしってすごい危険だと思うんだけどぉ~、アークとしてそのあたりの対策は立てないのかなぁ……?」 その隣で、シェラザード・ミストール(BNE004427)は五感を研ぎ澄ませていた。なにかを聞き取るようにじっと眉をひそめている。やがて表情をふとゆるめると、 「もうすぐそこの道路に現れます。カメリア、アルシェイラ、お願いしますね」 「じゃ、ちょっと行ってくるね」 カメリア・アルブス(BNE004402)が彼らの方へ向かう。彼女の後ろをさりげなく『夜明けの光裂く』アルシェイラ・クヴォイトゥル(BNE004365)がついて行く。 皆が見守る中、彼女たちが近寄ると早くもテンプテーションが威力を発揮し、青年たちは彼女に微笑みかけた。カメリアの、月光に映える白っぽい髪と焼けた肌のアンバランスな魅力も功を奏したのだろう。 アルシェイラはそっとカメリアの後ろから、二人の青年を凝視した。 青年たちは、カメリアと談笑しながらも、アルシェイラの瞳に囚われる。 「――なにも興味を引くようなものがなかったから、今から帰るんだよね」 アルシェイラの呟きと同じことを言いながら、青年たちが上機嫌な様子で去りかけている。その様子を見て、『物理では殴らない』セリカ・アレイン(BNE004962)が、ぱちん! と指を鳴らす。その瞬間、空気がふわりと揺らぎ、結界が張られたのが感じられた。 「幽霊のフリをして追い出す必要はなかったですわね」 アガーテは念のため用意してきた、幽霊扮装用の白いシーツをそっと茂みに押し込んだ。 「犬さん犬さんどこですかー?」 シーヴ・ビルト(BNE004713)のカンテラが神秘の光をあたりに投げかける。 カメリアとアルシェイラの帰って来る足音が近づいてきたころ、 「あ……あそこにいるねえ……」 あくび混じりに、リリスが灯りの先を指差す。言葉どおり、都会では見ることがない大きさの、四足の姿が光にあらわに浮かび上がっていた。 「犬の不意打ちは警戒した方がいいかも。――なんだかこっちのほうが肝試だめしっぽいよね」 アルシェイラの警告に、八人は素早く静かに散開する。 ● 一対一でエリューション・ビーストに張りつくのは、シーヴだ。 「突撃ごーごーっ」 彼女が前に飛び出すと、巨犬は驚いたように振り向いた。 残りの七人は、シーヴと敵を囲むように後ろでひかえる。 「さて、エリューションを凍りつかせてあげましょう」 レスティナ・ミリール(BNE00506)は分厚い魔術書を抱え直す。 「エクスィスの加護を!」 レスティナがシーヴへと腕を差し伸べる。世界樹の護りの光に、シーヴは包まれた。 「星よ!」 セリカが朗々と呪文を紡ぎあげた一瞬後、リベリスタとその敵以外には見えない星の欠片が降り注ぐ。結界内に爆裂音が響き渡り、セリカが呼び出した星々は、エリューションのみを的確に叩きのめした。 ほとばしる光が消える間もなく、シェラザードは呪いを込めた弾丸を打ち出す。見た目の負傷以上に痛みをともなうのか、獣は怯えたような表情を浮かべた。 「精一杯がんばらせていただきますね。――行っておいで」 アガーテは柔らかく微笑を浮かべる。彼女のフィアキィが、凍りつく冷たい光をともなって巨大な犬にまとわりつく。たちまち、エリューションを覆う毛に白く霜がおりた。犬は激しく胴体を震わせたが、冷たい氷が離れることはない。 カメリアとリリスは、まわりの『気』を取りこむために、のびやかに四肢を広げた。 「これで眠気が消えたのでえ……これからがんがん行くのですぅ~」 変わらずのんびりした口調ながら、リリスの瞳は輝きを増していた。カメリアの薄く筋肉の乗った肢体がさらに引き締まって見える。 アルシェイラはセリカに向かって包み込むようなしぐさをした。 「シーヴさんの次に、火力の高いセリカさんが狙われそうよね……」 アルシェイラの詠唱の動作が完結した。小さく張りつめる音とともに、セリカを護る力場が完成する。 シーヴは長い銃身を旋回させ始めた。 「くるくるまわってーっ、どっかーんっ!」 たちまち激しい烈風が舞い上がる。『怒りの日』と名付けられた銃にふさわしい、猛々しい風だ。 それに巻き込まれた犬のエリューションの甲高い悲鳴が響く。汚れた毛が舞う。悲鳴も毛も結界の外に出ることはない。 毛皮を凍らせ、心身を蝕む呪いを受け、早くもエリューションの敗色は濃かった。 それでも一声吠え、獣は牙を剥いた。眼の前で対峙している、シーヴに。 唸り声とともに、シーヴをあぎとに掛ける。 エリューションの牙を受けたのは、世界樹の守護のオーラ。シーヴにはかすり傷ひとつついていない。 レスティナはシェラザードにもエクスィスの護りを与える。 巨犬は口を歪めた。虚ろな眼からは殺意しか感じられない。 セリカが再び燃える星を雨あられと降らせる。無数の星の欠片と閃光で、結界内はなにも見えなくなるくらいだ。 怯む敵に、シェラザードの弾丸が貫き、アガーテとカメリアの氷の精霊が踊るように襲い掛かった。 「死者の眠る霊園で、人を襲おうとするなんて……」 アルシェイラの掌から光がほとばしる。光の珠はエリューションを打ち、輝きが砕け散る。 リリスは指輪を敵へと向ける。さっきまでの気だるげな様子とは打って変わって、素早く弾を繰り出した。 犬は後じさりする。 「逃げられてはやっかいですね」 レスティナの示唆に、シーヴの後ろで控えていた仲間たちがじりじりと囲みを絞るように前に出た。 「えへへ、みんなと狩り! 狩り~!」 シーヴは巨犬の懐に入り込んだ。歌うように言いながら、渾身の力を放つ。 エリューションはデュランダルの力をまともに受けた。きゃん、と悲鳴を響かせ、のけぞる。 獣はひどく弱っていた。リベリスタたちの直接の攻撃だけでなく、呪いの力、凍れる力がエリューションから力を奪っていった。それでもまだなにかに突き動かされているように、眼はぎらぎらと光っている。 立ちふさがっているシーヴに、飛びかかった。禍々しい爪が黄色く光る。彼女の肩に胸に、何度も切りかかった。しかし、さっきと同じだ。小さく光が飛び交い、彼女は傷を負わない。 「レスティナさんのバリアを貰えば百人力なのです!」 シーヴは笑顔は闘いの中には似つかわしくないほどで、無邪気にレスティナに感謝を伝えた。そしてまた敵に向き合う。金の瞳が燃え上がる。 ● すでに勝ったも同然だ。知性のない獣の頭では、立て直すことはかなわないだろう。 しかし、八人のフュリエとハイフュリエたちは、油断はしない。気を引き締めるようにそれぞれ手の武器を握り締めた。 世界樹の守護が仲間を護り、星が降り、魔力と呪いの弾丸が獣を貫く。カメリアの色とりどりの下着がなまめかしく乱舞して、敵の力を奪っていく。 獣のうなり声からは反撃の意思が感じられた。しかし、フィアキィたちの凍れる力で動くことができない。かろうじて攻撃を避けようとするが、リベリスタたちの狙いは外れない。 なすすべもなく、反撃もできないエリューションに、レスティナもアガーテとカメリアとともに氷のフィアキィを送り出す。 「凍らせるのは好きでも、肝が冷えるのは嫌いなんです、わたし」 獣は体をこわばらせていた。まだ顔を上げてはいるが、犬の眼は恐怖をたたえて美しい姉妹たちを見つめている。 攻勢に転じられない敵に、さらに距離を詰めていく。レスティナからの世界樹の加護を得たシェラザードとリリスもまた、シーヴと並んで挟み込むように位置を取った。 それを合図に攻撃ラッシュをかけた。 「もうそろそろ終わりだよ!」 カメリアの射撃が肩に命中した直後、獣が跳躍した。体中から血を流し、息も絶え絶えのそれのどこにそんな力が残っていたのか。 「逃がさないよっ! その怒りを、関係のない人にぶつけるわけにはいかないから!」 アルシェイラの手から、激しく燃え盛る炎がいくつもエリューションに降り注ぎ、さらに爆発した。 獣は高く吠えた。バックファイアに跳ね返される寸前、セリカをその爪に掛けた。しかし、セリカの身は堅牢な力場に覆われている。かろうじてするどい爪をかすらせることができたのか、できなかったのか。 眼の前に飛んできたエリューションの体に、リリスは立て続けに弾丸を打ちこんだ。 それが、この獣が受けた苦痛の最後となった。 ● 後方にいたリベリスタも近寄り、地面に長々と横たわる巨犬を見下ろした。 痙攣する体、まだ命は絶えてはいない。しかし、すぐにその火は消えてしまうだろう。 アガーテが傍らにしゃがみこんだ。金の髪が月にやさしく光る。 「……元は捨てられた犬でしたのね……」 声は痛ましく沈んでいた。言い終わると獣の頭を抱え、抱き締めた。 犬は、あたたかな色のアガーテの髪にかすかに顔を近づけた。力なく鼻を鳴らすと、そのまま動かなくなった。 「せめて最後は優しく、温かな思い出を……」 彼女は数回、少し毛の抜けた犬の頭を撫でると地面に横たえた。 「結局、ゾンビってどこから出た話だったんだろぉ……?」 リリスの声は、また睡魔に溶けそうだ。エリューションと対峙していた時の激烈さの片鱗もない。 「ここを出るのは、ちょっと待ちましょう」 さっきから五感をあたりに飛ばしていたシェラザードが言った。 「近くを人が何人か通っていますわ。……話の内容から、この霊園に用があるわけではなさそうですが、彼らが通り過ぎてから帰ることにしましょう」 「コスプレ撮影会ですよーえへへー、……とかって誤魔化せないかな?」 セリカがまんざら冗談でもない様子で提案する。 顔を見合わせる姉妹たちに、 「それじゃあ、帰る前にちょっと散歩かな」 あたりを見回しながらカメリアがのびやかに言う。 「これだけ木のあるところってひさしぶりな気がするし」 「そうですね、ラ・ル・カーナの姉妹が集まったことですし」 シェラザードが同意すると、皆はうなずいた。 「ミッションコンプリートだねっ」 シーヴが無邪気にハイタッチの仕草をするのに、皆も笑顔で応える。 冴え冴えと白い月は、まだ高いところでフュリエの姉妹たちの美しい姿を照らしていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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