●蜘蛛の糸は首吊りロープ 随分と微睡んで居た気がします。空はきんきらと黄金色でした。水は輝く虹色で砂糖よりも甘く。そこに夜は来ない。いつまでもお日様が空で優しく光っています。いつもの光景。見慣れた風景なのだと……思う、筈ではある。随分と微睡んでいた。柔らかい芝生の上で。手を伸ばせば真ん丸に熟した果実がある。指が口が果汁に塗れるのも厭わずに空腹を満たすべく貪っていた。甘い。甘い。腹いっぱいになると眠くなる。周りの皆もそうしているじゃあないか。何もおかしくは無い、誰も彼も満たされていて幸せで幸福で幸せで……これ以上に何があると言うのか。平和でした。全員笑顔で満場一致で。ここでは何もしなくって良い。頑張らなくても認められる。存在を許される。そこに罪は無いのです。救われている。極楽とは正に。極めて楽。母の胎内の様な。揺り篭の中の様な。赤子の様に何もしなくても慈しまれる。愛されている。安心と安寧。何も考えなくて良いのだ……何も……煩わしい事など……。頭を動かす必要はない、理解をする必要は無い。ただ在れば良い。ここは居心地が好い。暖かく、優しく、充足していて、これ以上に何があると言うのか。随分と、再度微睡む。 ●随分と前 「予知によるとこの辺りか。……あってるよな?」 深い藪を掻き分けながら、『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)は仲間へと振り返った。 「あってる。……あの、随分とシンプルなブリーフィングが正確ならばな?」 シンプルイズベストとはよく言ったものだ、と『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は木の枝を潜りつつちょっと毒を吐く。 彼女の言う通り、ブリーフィングは非常に簡潔なものだった。 アザーバイドと思しき存在の来訪を察知した。 敵性か友好性か、どんな存在なのか等の詳細は不明。 というのも、アザーバイドが未来視を阻害する魔術力場を展開しているからだ。 不明な事ばかりなこのアザーバイドを調査して欲しい。 「以上だ……って、無茶言ってくれるわね」 「でもでもっ、だからこそミミルノたちは『えらばれしせいえいぶたい』なのっ!」 やれやれと肩を竦めた『星辰セレマ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)に、元気一杯のドヤ顔で『くまびすはさぽけいっ!!』テテロ ミミルノ(BNE003881)が胸を張った。 「まぁ、血腥い事にならなければ良いですね」 不要な暴力はやめておくべきだと『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)が常通りの無表情で言う。それとは対照的に『十三代目紅椿』依代 椿(BNE000728)は何処かワクワクとした様子だった。 「謎だらけなんて、逆に楽しみになってくるわ」 彼女の愛するオカルトというモノも謎で構成されているようなものだ。どんな怪奇が待ち受けているのか、想像が膨らむ。 リベリスタ達は深い藪の中を延々と歩いていた。 八幡の藪知らず、という単語を思い出させる。神隠しでも起こりそうだ。なんて誰かが冗句めいて言って―― 藪が唐突に開ける。 黄金の空、虹色の水が流れる川、あちこちに熟した果実が生った木が生え、甘い香りに満ち、布団の中の様に暖かい。靄がかっていて遠くの方までは見えなかった。 何処かで見た、極楽浄土とやらの景色に似ている気がする。 ここは一体……。 そう思ったのを最後に、蕩ける様な眠気でリベリスタの思考は途切れた。 ●間隙 このままでは駄目だと不意に思った。 食い、飲み、微睡む事が常識のこの場所にこれ以上いてはいけない。危うくこれが常識だと思考が終わるところであった。 これはアザーバイドの仕業に違いない。 アザーバイドの目的など分からないが、亜空間か何かにいつの間にか閉じ込められたのだろう。周囲を見渡した。敵意や殺気やそういうものも異形の姿も確認できない。ただ、さっきまでの自分のように甘い果実を食い甘い水を飲み眠り続ける人間がチラホラと柔らかい草の上に寝そべっているのが見えるだけ。幸せそうだ――否、そう思ってはいけない、いけないのだ、羨んではいけない、自分もそうしたいなどと、望んではいけないのだろう。それは限界まで三大欲求を我慢するほど苦しみを伴うが、敢えて苦痛を選ばねばならないのだ。 頭が働く今の内に思考する。どうすれば脱出できる? ここは亜空間である事はほぼ間違いない。 ならば、この亜空間を、この異常な世界を壊せば脱出できる、……かもしれない。 思い返せ。 自分達は世界を壊されるのを防ぐ存在。 では、どうすれば世界は壊れる? 危ういバランスと表面上の常識・秩序で成り立った『出来損ないのパンケーキ』を台無しにするのはいつもどんな存在か? それは勿論――…… |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:EASY | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年10月02日(木)22:39 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●それは、傷付いた小鳥を拾い上げてお家で治療してあげるアレである 完全充足幸福空間。 それ以外にどんな言葉が当てはまるだろうか。 (えぇなぁ……) 果実は美味しいし水も美味しいし、芝生は柔らかで心地よくて、周りも平和でのんびりしてて、争いなんて欠片も無くて――『十三代目紅椿』依代 椿(BNE000728)は芝生でゴロゴロしながら、目覚めと眠りの狭間にいた。 「お、ぉょ~~~~ここはとってもきもちがいいのだ! さむくもなくてあつくもなくてきもちいかぜがふいいてて~~」 ごろんごろんじたんばたん。『くまびすはさぽけいっ!!』テテロ ミミルノ(BNE003881)もすっかり『環境に適応』し、お腹を出して「ふがー」と鼻提灯をつけている。 「ずっとここでごろごろしてればしあわせな~の~だ~」 「ねむいしもう食べられない……」 『星辰セレマ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)も例に漏れない。綻ぶ花々の中で丸くなり、夢現。まるで天国みたいだ。怠惰に過ごしても認め、許され、愛されているなんて、最高。 (神様があたしにくれたご褒美かしら……?) ここでこうしていると、自然と力が抜けてくる。 何もしたくはない、何も考えたくはない――何も考えなくて、良い。 ボンヤリと開けた目で、『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)は金色の空を仰いだ。 (なんて幸せで、なんて恐ろしい場所なんだ……) 恐ろしいと考えることさえ、最早どうでもいい。 心地良い―― 心地良い事を心地悪いと感じる事など可笑しいじゃないか。 それは極々自然な事。 心地良いのは好きだ、『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)は朧な脳で思う。朝の二度寝の至福、この微睡は正にそれ。 ここにいれば、もう何も耐える必要も悩む必要も無い。それはとても楽な事で、きっと楽な生き方で。 …… ……――。 虚ろになってゆく意識。 幸せな意識。 その中で横たわったまま『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は目を開いている。瞬きもせずに空を見ている。目を閉じたくない。閉じたら今度こそ終わりなんだろう。何が終わるのか――或いは自分。 (ああ、面倒なものだな。餓えも乾きも眠気も全て満たすのも) 血管に鉛が流れているかの様だ。放棄するのに何故残るのか。快楽中枢だけを何故刺激し続けるのか。 足りない足らない物足りない―― 抗う快楽が。 逆らい得る情報量が。 脳を動かす快楽が。 煩わしい。思考を勝手にコントロールされるのが。 興醒めだ。怠惰も何も強制されるのが。 「こんなものが『楽園』、か」 しょうもない。 鼻で笑うのも面倒なほどしょうもない。 「頭を動かすことも理解することもないか、それは私が求めるもので日常だ。そうあれかしと私の形は私が決める」 『見ている』のだろうモノへ彼女は語る。曲げられる気など端から無い、と。 (いや、例外が1人ぐらいは居るけどな?) ユーヌの細い指を飾る『愛の誓い』がキラリと輝いた。そうだ、彼のいない場所が楽園である筈がない。 「さっさと帰らないとな……さて」 小型護身用拳銃(おもちゃもどき)を手に持った。銃口を自分の腹に押し付ける。眠気も乾きも耐えられないなら、 「邪魔だ」 取り除いてしまえばいい。腹がなければ食べる気にもならない筈だ。銃声。 「……?」 目を閉じたままのフツが、僅かに眉根を寄せた。 (オレに呼びかけるのは、誰だ) 微かな声。少女の声。殺そう。殺そう。そう呼んでいる。 (ああ、深緋……お前なのか) 聞きなれた声。いつもいつも「殺そう」と……、 ……『いつも』? いつもって、なんだったっけ。 オレは、いつも。 いつも深緋を振るって、仲間と一緒に、戦って、歌って……。 何の為に? ――……為、だ。 この世界の、為だ。 この世界の、自分の周りの大切な人の、為だ。 「変なもんに無理やり寝かされるんじゃなく、幸せを押し付けられるんじゃなく! 避けられない不幸の中で、幸せくらい、自分で選ぶためだ!」 叫んで、起き上がって。アザーバイドからすれば好意なのかもしれない。可哀想、助けてあげないと、と思ったのかもしれない。人知を超えた何かなのかもしれない。 だが大きなお世話だ。自分は自分の足で立って、歩ける。暖かな巣箱も餌も要らない。 「一方的な好意だけじゃ、愛は成り立たないんだぜ」 フツはマイク代わりの魔槍深緋を地面に突き立て、愛用の琵琶をその手に持ち。歌ってやる。BoZのボーカルBuddaの歌唱力を魅せつけてやる。 「このイカれた世界をぶっ壊す、歌のバクダンになってやる! 今日はソロでいくぜ、聞いてくれ――【大呪封バクダン】」 ♪ 享受一日 完全な世界 君は泣かないし みんな寝る 人をとらえた 癒やしの押し売り なんとかできるのは フツ and Ark (遺影!)ひい・ふう・みい(You waku do ite na!) 戒の呪縛ダン ブッダ託宣 克己をしてくれ! 眠っている この世界のお前達に! 壊の呪縛ダン ブッダ拡散 腹くくってくれ! 群れ痴態 人達のボケッ頭(とう)に! 今 行動 手合わせ 祓うべきは 夢に落とし騙す 浄土(jyoudo)! ♪ 一方で、ミミルノは相変わらずポンポン丸出しのまま寝息を立てていた。そういえば何しにここに来たんだっけ、なんだっけ、うーん、いまいち思い出せないしどーでーもいいやー。 「おねーちゃんやミストやミミミルノもくればいいのに~……あれ、おねーちゃんってだれだっけ……?」 朧になりゆく頭の中。大事な事も靄の中。 甘い果実をむしゃむしゃ食べて、眠たくなったら瞼を閉じる。また眠ろう。無になって。 そうなる筈だったのだが。 「ん~~~~……? ん~~~~~~~~……?」 微かに聞こえてくる琵琶の音、強い声。 眠い眼を擦って見遣る。そこには、 「……!? ボーズなのだっ!!!」 歌うフツの声、姿。ハッと我に返る。依頼の事を思い出す。 しまった――ここを抜け出さないと! (でもここって天国みたいなのだ……) 「ううっ、だめだめっ」 ぶるぶるぶるっと首を振る。 (でもめんどくさいし眠たいのだ……) 「だめ、帰らないとっ!」 ぱちーんと両手で叩いて、気合い注入。起き上がる。 「めがさめたのだっ!! ミミルノもライブたのしむのだーーっ!」 力一杯声を張り上げ、ライブ会場へ猛ダッシュ。意識を保つ為にも、熱狂的顧客として目の前のライブに超集中。 手拍子をして、ぴょんぴょん飛び跳ね、合いの手を入れ、エル・バーストブレイクの激しい火花で温度も空気も熱くする。熱い爆音を轟かせる。 「へいっ! へいっ!」 動けば汗がでる。息も上がる。けれどそれが心地良い、ダラダラするのも嫌いじゃないが、一生懸命なのも楽しいのだ! 「いえーーーい!!!」 ひたすらひたすら、ミミルノは炎を撒いて飛び跳ね続けた。フツの歌声に合わせて、力一杯力の限り。ライブは続く。想いを乗せて。 は、と。 エレオノーラは眼を醒ました。 ちょっと待てあたし、ここで余生を送る前に頭動かすのよ。そう言い聞かせ、上体を起こす。 「一体『誰が』認めて許して愛するというの?」 そう、自分達は――アザーバイドの調査に来たのだ。いけない、危うく忘れる所だった。 (誘惑に呑まれるなんて、あたしにあるまじき行いだわ) ドレスを払い、立ち上がる。喉も渇くしお腹も空くし眠いけれど、エレオノーラはこの感覚を知っていた。 幸せな家族という偽りの箱庭が壊れ、国を追われ、逃げ続けたあの時と同じ―― 「……要らないのよ、誰かに用意された楽園なんて」 噛み殺す様に吐き捨てた。周囲を見渡す。数秒前の自分の様に、幸福に全てを放棄した仲間が見える。 「皆起きて、ごろごろしちゃだめよ」 ひとりひとり、頬を叩く。虚ろなその目に言葉が届くと信じて、耳元で声を張る。 「大体藪の中歩いていきなりこんな所に出くわすなんてありえないでしょ。現実を見て!」 椿の胸倉を掴んで無理矢理上体を起こした。けれど彼女の目は何も見てはいない。ぼんやり、幸せそうな笑みを浮かべた口元から涎が垂れている。 本人は幸せなのだろう。だがゾッとする光景だ、とエレオノーラは背筋が薄ら寒くなる。飽和した幸福に全てを放棄した人間はまるで、まるで、自分とは異なる存在になってしまった様な。『違う』というのは斯くも恐ろしいのか。異質感、異物感、違和感、そして何より恐ろしいのが、自分も『そう』だったという事実。 「ほら、なんて顔してるのよ。女の子でしょ!」 エレオノーラはハンカチを取り出すと、態と荒っぽく椿の顔を拭う。「うぅ」と、ようやっと反応があった。 「うー……なんやぁ、うちはずーっと此処でごろごろして、のんびり過ごしたいんよぉ……」 目を擦りながら、椿はエレオノーラから逃れるように寝返りを打つ。むにゃむにゃと微睡んでゆく。 「此処は誰も苦しんでへんし、誰も泣いてへんし、誰も怒ってへんし、誰も落ち込んでへんし……。あの子も此処に来ればえぇのになぁ……そしたら、辛いことも無く幸せに過ごせ……」 あの子? (あの子って……えと……) 靄がかった記憶を漁る。思い浮かぶ金の髪、赤い目、白い翼。 あの子の、大事な大事な自分の娘の、名前は。 「……そうや、マリアや」 ボンヤリと、けれど確かに、椿は呟いた。 (おかしいな、いつもやったらアレと並んでずーっと頭に浮かんで……) アレ? (あかん、なんか頭がはっきりせん……そうや、組や。色々問題山積みやし、そういや最近も三尋木と……あれ、何でうちこんな大事な事忘れかけて……) あれ? あれ? そういえば。 昔、何かで読んだ事がある――凄く心地よい空間に、人を引き込んで飲み込んで、 ……養分。 「っ!!」 あかん、このままやとあかん!! 急速に覚醒した椿は慌てて飛び起きる。心臓が早打っていた。冷や汗がどっと出てくる。正直、立ち上がるのですら億劫で、気を抜いたら倒れそうで、喉は渇くし空腹で胃が痛むけれど、ここで流されたらもう二度と『帰れない』気がする。 さっきまではあんなに幸せだった『あの感覚』が、今では『自分がおかしくなっていく感覚』に思えて――酷く酷く気味が悪い。 幸せだった筈なのに、 「怖いなあ」 怖い。怖い。大の字に空を見詰めるうさぎは何度もうわ言の様に呟いていた。 この感覚に覚えがある。 昔、ただ幸せだったあの頃。洗脳されて、でも思考も感情もあって――なのに設定された項目、例えば罪悪感とか倫理観とか、そういう事だけ暗示で鍵がかけられていて。靄がかかって、その内どうでも良い事だとそれ自体を忘れて、認識自体できなくなって、遂にはちょっとチリチリする程度になって、 (……あれは、楽でしたね) 覚えている。そうして楽な方に流されてる内にどうなったのか。全部手遅れになった。 欠片なりとも逆らえば、何か変えれたかも知れないのに! 「怖い」 怖いです。怖い。怖いのだ。怖ろしい。微睡んでいる間に物事は進んでゆく。 「怖い」 世界は待ってくれない。全てが手遅れになる。自分だけを取り残して。 「怖い」 死んでしまう。手遅れになる。彼や彼女が死んでしまう。自分がノンビリしてる間に。 「本当に、怖い」 泣き出したい位に。 「怖い!」 心を埋め尽くす。頭を埋め尽くす。感情。叫んだ。悲鳴。怖い。怖い。嫌だ。嫌だ。駄々っ子の様に叫び散らした。頭を抱えた指に力を込めて、そのまま顔を掻き毟る。ぐちぐちぶちりと皮膚が組織が削げ落ちる。無理な力で爪が割れる、剥がれ落ちる。切れた唇で我武者羅に叫んで、手に噛み付き、地面に頭を打ち付け、刃武器『11人の鬼』を自らの腹に突き刺し横に振り抜いた。角度がずらされ並ぶ11刃は、傷口がより広くズタズタになる為に。 ぜぇ、はぁ。今一度空を仰いだ。もう空は金色じゃない。赤い色、血の色、血の流れ込む目玉の色。 それでも怖い。 まだ怖い。 歯の根が震える。 どうしたら良い? 恐怖を紛らわせるには。 食べる? 飲む? 否――暴れるのだ! 「何時もは異物を潰して回るが、異物になるというのは面白い」 この世界を壊すには、まるで病原菌の様にこの世界を蝕んでやれば良いのだ。ユーヌが人の悪い笑みを浮かべる。印を結べば、式符・影人が彼女の傍に現れた。 穏やかな世界を望むのならば荒してやろう。世界の果てのその向こうまで。 「さて、この世界になれた果ては、生存本能すら無くすかどうか……何、腕の一本や二本ぐらいなくてもこの世界なら必要ないだろう?」 古くからいる人間は最終的にどうなるか?意外と古代から延々とそこらに保存されてたりして。そんな好奇心もある。 銃を撃つ。影人に暴れさせる。 「今回は悪い事しても平気よね、きっと」 エレオノーラも同様。灰色のナイフHaze Rosaliaを構え、時を刻む氷の刃で周囲を薙いだ。柔らかい芝生を抉る。甘い実が生る木を倒す。虹色の川も崩して、土砂で汚く澱ませた。 横目にフツのソロライブを見遣る。あれが終わる頃には壊せればいいのだけど。 「あたしはまだあの世にいく年じゃないしあの世も神もないし。あとお酒のない世界なんてありえないわ!」 何だか段々腹が立ってきた。馬鹿にされていた様にも思える。刃を握る手に力が篭る。どんな誘惑が来ても、自分を抓ってでも『嫌』を叩きつけてやる。『正気』になってみせる。 そうだ、この世界は異質だ。否定してやる。壊してやる。有りっ丈。 「うらぁ!」 神秘銃器Retributionの引き金を引き、黒いオーラを纏う椿は神代の怪物の如く世界を侵攻する。周囲一切合財を凶悪な猛威で薙ぎ払う。意地でも自我を保つ為に。反動の痛みが、他とは違う痛みが、己の意識を繋いでくれる。 肩を弾ませ周囲を見れば、皆がそれぞれ抗っている。 「せやな、この世界の異物となれば、世界そのものを壊せるかもしれへんな……」 見える全てを破壊しながら、血を流す痛みに耐えながら、椿は踏み締める足に力を込めた。 (こんな苦痛、娘に会えなくなる恐怖に比べれば……やね) 飢えも渇きも大いに結構、生きてる証拠。 我慢の分の苛々は八つ当たりで解消しよう。 「全部壊してやる」 うさぎは自分の生命力から作り出した『ハッピーエンド』の死の爆弾を撒き散らす。辺りで次々と破壊が起きる。更に11人の鬼を振るい、草木を粉微塵に切り刻む。が、その辺で寝転がっている人は軽く蹴っ飛ばしたり優しくゲシゲシする程度で勘弁してやろう。 壊してやるとうさぎの意思に沿って、甘い楽園が壊れてゆく。ずっと欲しかった楽園、戻りたかった楽園。駆ければ流れる、赤い視界。 (でも、それは駄目だ。本当は駄目なんだ) 知ってた。知ってたけど、 「こうして前に出されると最高に胸糞悪ぇ!!」 善意なのかもしれない。だからこそタチが悪い。悪びれない感じがイラッとくる。安易にハイドウゾ、だなんて、馬鹿にしやがって。 可哀想、助けなきゃ、と思うって事は、こちらを弱者だと、見下しているって事だ。 快楽を押しつけてくるなら塗りつぶせ。 「私が欲しいのはそんなチンケなものじゃない」 ユーヌが求めるのは探求心。悉く。塗りつぶす。変えたいのなら変えさせろ。ツマラナイなら噛み砕く。 「此処はお前の楽園で私の楽園ではない。所詮、痴呆患者の寄り合い所帯……肉の塊を生産してるだけの施設に過ぎない」 変化が無いのは死体と同じだ。何もしないのは死体と同じだ。眠るだけなら死体と同じだ。愚鈍、愚鈍、愚かで鈍い、ここはとてもツマラナイ。 ぱん、と響いた銃声。 破壊が続く。それを助長する様に、激しい歌声が喝采と共に響いて行く。 その瞬間、リベリスタは奇妙な感覚を覚えた。誰かの感情――困った様な。決して敵意は無い。悪意も無い。善意だけが在る。 例えるなら、拾った子猫がミルクを吐き戻した時の様な。 例えるなら、飼っている小鳥が自傷し始めた時の様な。 愛しているのに、大事にしているのに、何故。 ここにいれば安全で幸せなのに。 どうしてそんなオカシイ事を。 外の世界は大変だよ。苦しい事が沢山あるよ。危険だよ。 助けてあげたいのに。何故、何故。 「楽園はあたしの内にある。あたしがあたしで居られる、仲間達がいる大事な世界が」 ハッキリと、エレオノーラは言い放った。フツの歌声と共にナイフを静かに、振り上げて。 「……さようなら。ここはあたしには必要ないわ」 振り下ろした瞬間、世界がガシャンと割れて壊れた。 ●おかえり 目が覚めたら藪の中。 「……帰ってこれた、のか?」 「そうみたいね」 フツの声に、起き上がったエレオノーラが周囲を見渡した。「居る?」と呼べば、「おはようございます私は元気です」とうさぎが片手を上げて応えた。グロッキーな血だらけで。でも無表情。 疲弊した者はうさぎだけではない。ので、 「ここはミミルノにおまかせるのだっ!」 ミミルノが両手を広げれば、新緑色のオーロラがリベリスタの心と体に力を満たした。 椿は一息吐く。本当に、やれやれ、だ。 「なんか、しばらくはダラダラしとうないわ……はよ帰りたい」 「さっさと帰りたいのは同感だが……」 応えたユーヌが向こう側を指差す。そこかしこに気を失った人間が倒れている。あの狂った楽園から脱け出せた者の様だ。 さて、リベリスタとして、もう少し仕事が残っているようだ……。 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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