● キーワードを先に並べておく。 善意の第三者だった『チェコリベリスタ組織』。 かつてアザーバイド被害にあったウクライナカルパチア山脈の『古集落』。 人体感染型アザーバイド『エズニプサス』。 誤解と狂気による抗争『カルパチア事件』。 文佳がかつて所属していた日本の『小組織』。 リベリスタが次々に暗殺される『ウロボロス事件』。 アークがかつて請け負った『テレザ討伐依頼』。 これらのキーワードが、ある日。 ひとつに集まる。 全ての想いと、うらはらに。 ● 月草・文佳(BNE005014)が呼び出されたのは古いバーだった。 どこかオシャレな店である。 まあ文佳が勝手にそう思っただけで、店はここら一帯の中ではごく普通のものだった。 そう思えないのは、ここが文化遺産の町リヴィウだからだ。 東ヨーロッパ。ウクライナの都市リヴィウ。文化遺産に指定されるほど美しい町並みをもち、観光地としても有名だ。 そんな町の一角で、文佳は一人時計をちらちらと眺めていた。 やがて。 彼女の向かいに一人の男が座る。老人だ。片手は無く、目も眼帯がなされている。 「遅いじゃないの。こっそり会いたいなんていうから抜けてきたのに」 背もたれによりかかって言う文佳。 老人は笑いもせずにビールを注文した。 「観光にでも来たか」 「観光以外で来ないでしょ」 「フン……昔は同じ釜の飯を食った間柄だというのに、ワシに会いに来たんじゃあなかったか」 「ま、予定が空けば挨拶しに行ってもよかったわよ。もっとも、外国くんだりに移り住んでると知っていればの話だけど?」 口ぶりから察することができようか。 彼は文佳がかつて所属していた日本の小組織。そのメンバーだった人間である。つい数ヶ月前のアザーバイド事件で壊滅してからは引退し、こちらに移り住んだそうだが……。 「理由はある。『ウロボロス事件』を追っていたら、この国に行き着いたんじゃ」 「…………」 グラスを持つ文佳の手が止まった。 ウロボロス事件。 かつて日本を騒がせたリベリスタ暗殺事件である。 必ず蛇輪のマークを死体に刻んでいくことから名付けられた事件で、文佳の組織も少なからず被害者が出ていた。死者が、出ていたのだ。 その事件はアークに丸投げしたことで解決を見たと聞いたが……。 「事件の、手がかりが?」 「犯人が分かった」 そう言って。 老人は写真を机に置いた。 文佳の手が、完全に止まる。 呼吸すら、止まったかも知れない。 その写真は。 そこに映っていたのは。 「テレザ・ファルスキー。今はアークに飼われているそうだ」 数秒の沈黙ののち。彼は言った。 「奴を見つけ出し、仲間の仇をとってほしい」 ● 文佳が観光できた、というのは嘘ではない。 現に彼女は数人の女友達と連れだって、オシャレな服やらガイドブックやらをバッグに詰め込んでここウクライナへ来ていたのだ。 まあこの時期にウクライナに行くなんて危なっかしい話だが、それを平気で実行できるのが彼女たちでありリベリスタである。むしろ旅費が安くて助かるわってなもんだ。 が、そこに一人。明らかに巻き込まれた奴がいた。 「なあおい。なんだってオレがあんたらの女子会に付き合わなきゃならねえんだ。どう考えたっておかしいだろがよ」 ウィリアム・ヘンリー・ボニー(BNE000556)は甘ったるいコーラを手に、分かりやすく悪態をついて見せた。 そんな彼に対しておだやかな笑みを返すテレザ・ファルスキー(BNE004875)。 「あら嫌ですわ。女性ばかりの旅行でもしもがあったら大変じゃありませんか。男性のボディーガードがなくては、おちおち海外旅行もできませんもの」 「なァにがおちおちだ。海外だろうが宇宙だろうが異世界だろうが平気で行けるくせしてよ」 「宇宙は……まだ行ってませんわねえ」 テレザは清らかな白いつば広帽子を被り、上品に笑った。 途端。 帽子が飛んだ。 銃声と共にだ。 ウィリアムは彼女を路地裏へと蹴り飛ばし、銃声のした方へと素早く銃を抜く。 三十八口径リボルバー式拳銃である。 左のホルスターにももう一丁あるが、そちらは留め具を外して手をかけているだけだ。この先どちらに抜いたものか分からない。 が、一方だけは確実だった。 「おい、おい何だ! 銃でも暴発したってのかい!」 「お前は……ウィリアム・H・ボニーだな?」 「そうだが、だったら何だよ」 「やはりそうか。仲間の仇だ、死んで貰う」 途端、軽機関銃の弾が彼を襲った。 冗談ではない。 名前を言っただけで命を狙われる覚えは……いや、なくはないが、彼らは初めて見た相手だ。知らん。ウクライナに来たのだって初めてだ。 建物の影でしりもちをついていたテレザを素早く助け起こすと、ウィリアムはそのまま裏路地へ向けて走り出した。 「逃げるぞ! やっかいな連中がいる!」 「はあ、お相手は……え?」 テレザは目を丸くした。 テレザという女が目を丸くするということ自体珍しいが、そんなことに構っている暇はない。ウィリアムは彼女の手を引いて走る。 後ろから、こんな声が聞こえた。 「あいつ……まだテレザを連れていやがる! 殺せ、両方だ! 両方殺せ!」 ● 明覚 すず(BNE004811)は付き合いのいい女である。 友達がフリウォーでレベル上げたいと言えばクエストに付き合うし、合コンに人数が足らんと言われれば飯食うだけのために参加したりもする。だから『ウクライナ旅行がしたいナ☆』と言われれば行くのだった。 が、そのうちの文佳が『じゃ、私ちょっと用事あるから』と出て行って以来帰ってこない。 テレザとウィリアムにちょっとした買い出しを頼んだら今度はこの二人も帰ってこなくなった。 「え、なんで!? ウクライナって隣のコンビニまで五時間とかかかる町なん? なんでなん!?」 すずはそう叫んでホテルを飛び出し、一番近い店を目指して歩き始めた。まあなんかトラブルでも起きてるんやろーみたいな気持ちで、助けに行こうとしたのだ。付き合いのいい女である。だが付き合いというのは、良すぎるのも問題だ。 「明覚さん? あ、やっぱり! 明覚さんじゃありませんか!」 車が突然目の前でとまり、若い女性リベリスタが飛び出してきた。 誰だこいつ。 そして手を掴んでぶんぶん上下に振った後、ちぎれんばかりの笑顔で言った。 「覚えていませんか? ほら、『エズニプサス』の討伐作戦でご一緒した……」 「あ、あーあー! あんたかー! 大きくなったねー! 他の人らは元気?」 ナチュラルに返しているように見えるが、すずはこの女のことは一切思い出していない。すごく嬉しそうにするから、『あんた誰?』とは聞きづらかったのだ。どうやら現地人っぽい。厳密にはチェコの人間で、彼女の胸元にはチェコの国旗が描かれていた。 「元気かって……い、いや、明覚さん、それはブラックジョークすぎますよ……」 どん引きした顔で言われた。 必死に取り繕うすず。 「あっ、ごめんごめん! 現地の言葉まだ慣れてなくて」 「ですよね。明覚さん日本の方ですし……あっ、そうだ。丁度今『カルパチア事件』の犯人を追っている所なんです。14年降りに、とうとう見つけたんですよ。当時の共犯者も一緒です。どうですか、よかったら力を貸していただけませんか……?」 「え、それは、えと……」 上目遣いに言われ、すずは固まった。 「ですよね。明覚さんはプロ中のプロですし、いまもお仕事お忙しいんでしょう……?」 「えっ、いやっ、ちゃうよ? 観光中だし」 「ほんとですか!?」 女の顔がパッと輝いた。 「じゃあ、早速行きましょう。明覚さんが居れば心強いですよ! なんといっても『ナイトメアダウンを無傷で乗り越えた』明覚すずですから!」 「ホワイ!?」 いやあたし瀕死の重傷でしたがな。 車に引っ張り込まれながら、すずは彼女を二度見した。 が、驚きは終わらない。 「一緒に、テレザ・ファルスキーとウィリアム・H・ボニーを倒しましょう!」 ● 雪白 桐(BNE000185)と神谷 小夜(BNE001462)は仲良しである。 が、仲良しだからって相手の何もかもを知っているわけではない。 だから、突っ込んだ質問をすることもある。 このように。 「小夜さんって、テレザさんとの間に壁ありません?」 「ンんッ!?」 バームクーヘンを口いっぱいにほおばった小夜は、桐の一言に思いっきりむせた。 文佳やすずやテレザやウィリアム、計四人がごっそり出て行ったまま戻ってこないホテル内で、おやつでも食べましょーといってダラけていた間のことである。 「な、なにを急に。私そんなよそよそしい態度してましたっけ?」 「いや……表面的には無いんですけど。精神的な見えない壁みたいな何かが、こう……」 曖昧さに曖昧さをかぶせた表現だ。 小夜は小さく息をついた。 「まあ、昔、ちょっとありまして」 小夜はこれでも経験豊かなリベリスタである。 アークに所属して長いし、色んな依頼を受けたりもした。 その中の一つに、リベリスタを暗殺してまわるフィクサードの事件というものがあった。 小夜は持ち前の支援スキルでこれにあたり、仲間たちとの協力もあって事件を解決させた。 その結果として、フィクサードの身柄を確保。説得の末アークの協力者として更正(リベリスタ化)させたことがある。 その元フィクサードというのが……。 「テレザさんだったんです」 「ほう……」 世にも無感情な『ほう』を唱える桐。 だから何なの、とでも言いたげなトーンである。 「いや、それだけですよ。あの人は色々変なところはありますけど、根は悪い人じゃないですし」 「それは知ってますよ。一緒にカラオケとか行きましたもん」 元フィクサードとも平気でカラオケ行けちゃうところがアークのすごいところである。 まあさておき。 「ま、折角ですしテレザさん帰ってきたらそのことをサカナに一杯やりますか」 「もはやいぢめですよそれ」 ため息をつく小夜。 と、そこで。 小夜と桐。二人のAFにメールが届いた。 『テレザ・ファルスキーの行動に不審な点あり。彼女を監視し、トラブルがあればこれを解決せよ。手段は問わない。アークより』 「……」 「……」 二人は顔を見合わせた。 このメールは、テレザ以外の全員に送信された。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:EASY | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年09月29日(月)22:03 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●信じているから、どうでもいい。 風土という言葉を最も直感的に感じるのは、その土地の風を肌に受けたときである。 温度、強さ、感触、臭い、そして色。 故郷と全てが違う。 そんな風が、『局地戦支援用狐巫女型ドジっ娘』神谷 小夜(BNE001462)の首を撫でていった。 靡く髪をそのままに、小夜は自らの手元に目を落とした。手にはレモンが一個。 「テレザさんは、不器用なんですよ」 私が言うのも変ですがと前置きして、小夜はそんなことを話し出した。 「いつも拘束服を着ているじゃないですか。最初は趣味かと思ったんです。デスメタルバンドのディープなファンだとか。だからほんのさわりの気持ちでなぜそんな服を着ているんですかと聞いたら、なんて答えたと思います?」 レモンが手の中で回る。 「あの人。自分がまたフィクサードになったときに捕縛(おもちかえり)しやすいようにですわって。そう言っていました。私もまたまたご冗談をって笑ったんですけど……今思えば本気の言葉だったのかもしれませんね」 小夜はレモンを口に近づけ、息を吸い込んだ。 今自分たちに求められていることを頭の中で反芻する。 『テレザ・ファルスキーの行動に不審な点あり。彼女を監視し、トラブルがあればこれを解決せよ。手段は問わない。アークより』 もしかしたら今回は、あの拘束服のお世話になるのだろうか。 彼女はこんな事態になっている今でさえ、あの服を着ているだろうか。 場合によってはあの服すら必要なくなるかもしれないのに。 「……」 無心でレモンを皮のまま囓る。しぶきが弾け、胸をつんざくような酸味が走った。 殺人。 別に今に始まったことじゃない。 直接手をかけなかっただけだ。殺人幇助なら、沢山やってきた。 自分が今までやったことをお巡りさんに包み隠さず話したなら、懲役が何十年になることか分からない。 殺したくは無いけれど、殺すしか無い。 今回はどうなるだろう。 「……って」 小夜は顔を上げ、キッと振り向いた。 「私の話、聞いてますか!?」 「聞いてます聞いてます。それはおいしそうですね」 完全に聞いていない返事をして、雪白 桐(BNE000185)は振り返った。鳥の串焼きをくわえて。 小夜はどんよりとした顔をした。 「雪白さんは、どうなんです」 「え、美味しいですけど。このワケのわからない香辛料がかかってるところが特に……」 「味のことを聞いてるんじゃないんです」 「レモンならいりませんよ。全部あげますって」 「レモンのことでもないんですっ!」 小夜は小脇に抱えた紙袋を揺すった。中には大量にレモンが入っている。桐が軽く愛想を振りまいただけで大量にくれたものだ。売れ残りだからと言って袋いっぱいにくれたが、とりようによっては嫌がらせのようなチョイスである。 桐は鶏肉をもぐもぐとやりつつ串を振った。 「テレザさんのことでしょう? 別に大丈夫でしょう。ウィリアムさんも一緒ですから」 そう言ってポケットからAFを取り出した。仲間に一斉送信したメールが全てエラーで帰ってきた旨が表示されている。 「この通り謎のジャミングもかかっていますし?」 「いえ、その……ジャミングに安心できる要素がないんですけど……」 「すずさんはショタでも見つけて遊んでるんでしょうし、文佳さんは逢い引きか何かでしょう。テレザさんはウィリアムさんとしっ……いやないか、それはないですね、うん」 分かっているのにはぐらかす。そういう顔をして、桐は串焼きを食べきった。 「お土産はこれにしますか。美味しいもの探しとかないとすずさん機嫌悪くしますしねえ」 「雪白さん……」 「分かってますよ。過去のしがらみを考えるに、テレザさん絡みでしょうけど……それこそ大丈夫じゃないですか? あの女傑たちが追い詰められるとか、そうないでしょう」 桐は親指を軽く舐めて、遠くの空を眺めた。 一方その頃。 チェコのリベリスタ組織。便宜上ハーチェク1と表記されているリベリスタたちはウクライナの路上を自動車でゆっくりと走行していた。 助手席の男が何かを見つけ、運転手に声をかけた。 「見ろ、左側」 言われたとおりに見てみると、建物の影から二本の足がにょっきりと生えている。酔っ払いでも倒れているのかと思ったが、近づくにつれて運転手の顔色が変わった。同じハーチェク1のメンバーだったからだ。 それも銃殺死体。 銃殺死体である。 「くそっ、路肩に止めろ!」 急いで車をとめ、助手席の男は死体に駆け寄った。胸から下がったタグを確認して、顔に怒りを滲ませる。 「テレザの奴だ。あのアマ……また仲間を殺しやがった……」 タグを握る手に血が滲む。 瞬間。背後で銃声がした。 それも二発。 慌てて振り返ると、運転席の男が額から血を吹いて絶命していた。 「あっ、相棒!」 何が起こった。 訳も分からず車に飛びつく。 そして、助手席の足下に身を屈めていた女と目が合った。 『朱蛇』テレザ・ファルスキー(BNE004875)、である。 「おやまあ、お久しぶりですわね『御同郷』」 銃声。 男は後頭部から脳漿をまき散らし、路上へ仰向けに倒れた。 テレザはずりずりと助手席に座りなおし、運転席側へ合図を出した。 「友釣りご苦労様、ボニーさん。車の運転はできまして?」 「オレが馬にしか乗れないナリに見えるのかよ」 運転席のドアが開き、『ザ・レフトハンド』ウィリアム・ヘンリー・ボニー(BNE000556)が姿を見せた。 運転席の男を道路に放り投げ、代わりに運転席へ座る。 「あーあー、車内がべっとべとだよ。なんだって人間ってのは頭一つ撃っただけでこうも飛び散っちまうかね」 苦虫を噛み潰した顔でウィリアムは車のエンジンをかけ直した。 なんだか軽々しいエンジン音がする。 「日本車かよ。慣れねえな……テレザ、あんたは車の運転できねえのかい」 「私が護送車以外に乗るナリに見えまして?」 「違いねえや。ま、男と女がいりゃあ自然と運転席と助手席は埋まるもんだよな」 アクセルを踏むと、車はゆっくりと動き出した。 運転する姿を横目で見るテレザ。 「ずいぶん、手慣れていますのね」 「何がよ」 「他人の車を奪うことに」 ウィリアムは唇の片端だけを上げて笑った。 「他にも色々得意だぜ。自販機から小銭を取り出す方法とか、トランプでイカサマする方法とか、飛行機にタダで乗り込む方法とかな。まあ一番得意なのっつぅと……」 嘘か本当か分からない口調だ。 やや口調を変え、低く重い声で言う。 「オレに銃を向けた奴をぶっ殺すことだ」 「そのようで」 即答である。 テレザとウィリアムは追っ手をある程度まいたあとで、わざと足跡をちらつかせて二人だけをおびき出し、縄で拘束したあと所属と目的とその他色々を問い詰めた。勿論『死にたくなければ情報を言え!』なんて中学生みたいなことはしない。 別々の場所に隔離して『二人に今から同じ質問をして、先に喋った方を解放します。残った方は全身でこの遊びをしたあとで殺します』と言いながら足の指の付け根をナイフで順番にえぐっていったまでである。 それでも喋らなかったので、なんて仲間想いな人たちでしょうと言って両方殺害。あとは車確保のために友釣りの餌とした。 外道過ぎると言われるかもしれないが、殺されそうになっている人間が窮地を乗り切るには当然の抵抗である。 やられたからやったまで。 ウィリアム風に言うと『銃を向けた奴を撃っただけ』である。 テレザは血なまぐさい風を浴びながら言った。 「今までもこんなことを?」 「さあな」 「相手がリベリスタでも?」 「……何が言いてぇんだよ」 「リベリスタに命を狙われるような覚えはございますか、と」 「ある、と言ったらどうするよ」 一瞬目が合う。 ウィリアムは片手で煙草を取り出し、口にくわえた。 テレザがどうぞとジェスチャーするので、ジッポライターで火をつける。 「ま、善い悪いヌキにして人殺しの商売さ。ぶっ殺した奴がクソがつくほどの悪人でも、親兄弟からは恨まれるもんさ。そいつがリベリスタかどうかなんて知らねえよ。とはいえ……今回の連中は知らねえな。名前を一方的に知られてたつーことは……」 「先代がらみでしょう」 「は?」 「先代にお世話になりましたから」 「あー……あー、そうか。はいはい」 曖昧にコトを濁して頷くウィリアム。 テレザはなびく髪を押さえた。 「で、お前さんはどうしたい」 「先代がらみとはいえ、直接無関係な殿方を巻き込むのは女が廃ります。なので、流れに身を任せて捕まってみるのはナシということで」 「なるほど、そりゃいい女だ」 バックミラーを見る。 ワゴン車が後ろに見えた。 フロントガラス越しの血走った目が、ウィリアムたちを見ていた。 テレザとウィリアムは同時に銃を抜き。 「それじゃあ、ま」 「叩きのめしましょうか」 同時に振り向き、同時に銃を乱射した。 『もうだめ駄狐いつ』明覚 すず(BNE004811)はオネショタ趣味の女である。なので、初対面の相手に無理矢理ワゴン車に引っ張り込まれるという犯罪めいたことに出くわしても、隣にうら若い美少年が座っているだけでうんうんいいよいいよと言えてしまうのだった。 が、今現在ニコニコしているのは彼女の趣味のせいばかりではない。 「そうだっけ、あたしそんなに強かった?」 「またまたご謙遜を。明覚すずと言えば稀代の妖狐じゃありませんか。あの時だって実体化した強力なエズニプサスを相手にたった一人で――」 話しぶりからして随分誇張が混じっているようだが、警戒されていないのは確かなようだ。 すずとしては当初、顔の忘れた知り合いに話を合わせながら徐々に思い出すというありがちなスタンスをとろうとしていたが、アークからのメールやテレザの話を聞くにつれ考えを変えた。 どうもなんだか、色々とねじれているようだ。 とはいえ『ナイトメアダウンになんかした影響でなんかがどうにかなったんやな』くらいの大雑把な理解である。 そして一番正直な気持ちが『なんやタイプスリップって。面倒くさい設定やなあ』である。 で、最終的にとった対応というのが。 「そのテレザとウィリアム? うちの組織にいるんだよね」 というものであった。 ショタリスタ(すずが脳内に名付けた)が目を丸くする。 「あの魔女が!? 危険です、今すぐ処分するべきですよ! 『ウロボロス事件』のことだって知っていたでしょう?」 「勿論。でも単独犯にしてはうまくやり過ぎてる気がしてね、泳がせてたの」 「そんなお考えが……すみません、出過ぎたことを言って」 うん、と頷く。 今は昼行灯をふっている場合ではない。 すずはポケットの中で相手に見えないようにメールを打った。縦読みで『話をあわせて』という意味のメールである。……が、これがエラーで相手に届いていないことは気づいていない。 「と言うことは、協力してくれるんですよね?」 「当たり前じゃない。あたしに任せといて」 すずは胸をむにんと叩いて言った。 言った途端、車のフロントガラスが吹き飛んだ。 ついでに運転席と助手席の人間の頭が吹き飛んだ。 「あいつら、撃ってきた!」 「え、なんで!?」 ハッとして身を乗り出すすず。 慌ててハンドルを握り込み、暴走を防ぐ。 そして、こちらに銃を向け、なおも撃ってくるテレザとウィリアムを目撃した。 『話あわせてとは言ったけど、殺しにかかってくれとまでは言ってない!』 タイヤが音を立ててはじけ飛ぶ。撃たれたら困るとこから順に撃ってやがる。 「う――わっ!」 激しく蛇行するワゴン車。 ショタリスタも例の少女リベリスタも車内にしがみつくので精一杯だ。 すずは覚悟を決め、片手で印を結んだ。 「死なないでよー? 頼むよー!?」 陰陽・極縛陣。途端にテレザたちの手元が狂い、車がスピンを始める。 あらぬ方向へ突っ込んだ車は、オシャレな喫茶店へと回転しながら突っ込み、真っ白いテラス席のテーブル類をまるごと薙ぎ払いながら店内へとめり込んだのだった。 その喫茶店というのが……。 『狐のお姉さん』月草・文佳(BNE005014)は普通の女である。 普通に大酒を飲み、普通に厄介ごとを起こし、普通に男や女と付き合い、普通に仕事をこなし、普通に戦闘をし、普通に人を殺し、普通に人を殺され、普通に恨みを買い、普通に恨みを抱く、ごくごく普通のリベリスタである。 だから。 「仲間の仇、ね……」 半分まで手をつけたスパゲッティボロネーゼを前に、ぴらぴらとテレザの写真を振る。 優先順位を考えてみる。 第一位。アークの仲間を失いたくない。 「んー、テレザさんを殺すのはナシかなあ。アークで仲間殺しなんてお仕事なくしそうだし」 第二位。リベリスタとして筋は通したい。 「でもアークがフィクサードを飼ってるなんて思われたら対外的にマズいわよねえ」 第三位………………。 「まっ。仲間が死ぬなんて今に始まったことじゃない、か」 文佳はテレザの写真をくしゃくしゃにしてポケットにしまった。 仲間にバレたらまずい。後でトイレにでも流しておこう。 では早速シミュレーションだ。 テレザは現地のリベリスタから報復をうけて殺害される。 自分はその場に居合わせたが力及ばず止められなかった。 「ああいや、それじゃあちょっとあんまりかな」 急な戦闘に見舞われ、力が出し切れずテレザを逃がしてしまう。 逃がした先でテレザが生きているか殺されているかは分からない。 うんこれだ。これで行こう。 ということでまずは。 「お姉さん、ウィスキーか何かある?」 メニュー表を指さして酒類を注文しようとした、その時。 喫茶店の壁が吹っ飛んだ。 テーブルやらジュース瓶やらグラスやらボロネーゼやらが同じ方向に吹き飛び、視界の右から左へと流れていく。 文佳は条件反射でテーブルを反対方向へ蹴倒し、影に隠れて回復詠唱を開始。詠唱が終わる寸前くらいに、思い切りテーブルに突き飛ばされた。正確には、テーブルの向こうにあった自動車に突き飛ばされたのだ。 バーカウンターに身体をぶつけ、向こう側へと転がり落ちる。 これ幸いとカウンター越しに覗き込むと、車からテレザとウィリアムが完全戦闘態勢で下りてきたのが見えた。 『え、なに、もうバレた?』 その直後、別方向からワゴン車が突っ込んでくる。この国には車のブレーキを踏んだらいけない法律でもあるんだろうか。 と思っていたら、ワゴン車からすずが転がり出てきた。 リベリスタらしき少年少女も一緒にである。 「追い詰めたぞ、魔女め! 仲間の仇をうってやる!」 長剣を抜くリベリスタたち。 すずも即座に影人を生成。影人がテレザへと殴りかかっていく。 「あーうん、なんとなく分かってきた。分かってきたかな、うん」 文佳はカウンターから上半身をのりだし。 「テレザさん、ウィリアムさん!」 「あらまあ」 「丁度いい、手を――」 こちらをむく二人。 文佳は。 「恨みっこなしでお願いしますね?」 強烈な魔法弾を生成。ウィリアムの肩口めがけて発射した。 「がっ――!?」 吹き飛ぶ。 当然である。 威力四桁。命中精度二百台の魔弾である。E能力者でも、人によっては即死する。 恐ろしいのは、文佳はこれで手を抜いているつもりだということだ。 自動車のフロントに叩き付けられたウィリアムを、すずが直接押さえつけにかかった。 手を伸ばしたテレザの腕は、すずの影人ががっしりと掴んでいる。 「さすがです、すずさん! トドメを!」 「待って待って。殺す前に連れ帰って情報を聞き出さないと――」 「何を言ってるんです、殺すのは今しかありません! あなたができないなら僕たちが!」 長剣が、高速でテレザへと迫った。 止めるものはいない。 止まるものもいない。 剣はテレザの胸に突き刺さり、車のドアに突き刺さり、根元までずぶりと埋まり、串刺しになった。 「ぁ――」 命の炎が消えゆく気配がする。 その時。 聞き慣れた詠唱があった。 文佳のもの? ではない。 「皆さん、そこまでです!」 ドアを勢いよく開き、小夜が現われた。 同時にデウスエクスマキナを展開。 ウィリアムやテレザの傷は勿論、銃撃戦のあおりをくっていたすずたちの傷も癒えていく。 直後、彼女の脇を駆け抜けた桐が少年にアルティメットキャノンを発射。少年は窓を破って屋外へと吹き飛ばされていった。 「状況は……わかりませんが、テレザさんはアークの一員です。アークは所属した者の過去を問いません。もし危害を加えるならば、私たちは全力で阻止します。幸い、解決の手段は問われていませんしね」 「……」 全員の視線が交差し、交差し、交差した。 そして。 「……わかりました」 少女リベリスタが剣を捨て、両手を挙げて数歩後ろにさがる。 窓にしがみつく少年リベリスタ。 「待って、あいつは」 「「今はリベリスタです」」 小夜と桐の声が重なった。 「……はい」 少年は、苦しげに目を背けた。 後日談、ではないが。 すずが『あたしが責任持つから』と言ってテレザを拘束。小脇に抱えて帰ってきた。 「随分、巻き込んでしまいましたね」 「いやいや」 こんな何とは無い会話で、この話は終わる。 彼女たちの間に、それ以上のことは必要ないだろうから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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