●秋風の吹くアークビル前で 秋分の日。 一年の間で昼と夜の時間が一緒の日、というのが一般的なイメージだろう。 「春分秋分の日から前後三日をあわせた七日間を彼岸という。有り体に言えば死者に感謝をする日だと思ってくれ」 『菊に杯』九条・徹(nBNE000200)はそう説明する。正確にいえば、祖先に感謝をする日である。が、彼岸に墓参りは日本文化の一つといえよう。 「ヒガン?」 「ラ・ル・カーナにはない言葉か。こいつも説明が大雑把ですまないが、修行して行くことのできる煩悩のない世界だとか」 「酒ばっかり飲んでいる人にはいけない世界でござね」 うるせ、と一言呟き『クノイチフュリエ』リシェナ・ミスカルフォ(nBNE000256)の頭をはたく徹。ぼうりょくはんたーい、と叫ぶフュリエを無視するかのように、徹はリベリスタに向き直る。 「要するに墓参りって言うか死者を弔ってやろうっていうヤツだ。人の死とかに色々思うのがあるやつはいるんじゃねぇか? 背負い込みすぎると大変だからな。軽くここらで吐き出しちまうってのもありだ」 徹が目を向けるのは広場にある黒いオブジェ。かつて慰霊碑として建てた(正確には金を出して建ててもらった)ものだ。そこにはなにも埋まっていない。ただ祈るために作られた偶像。そこに何かを祈るのは偽善かもしれないけど。 それでも、祈ることに――思うことに意味はあるのだ。 「趣旨はわかったけど……なんで私がそれを手伝ってるのよ」 頬を膨らませて『突撃鉄球れでぃ』水無瀬 夕子 (nBNE000279) は椅子を運ぶ。普段から鉄球を扱って戦う彼女は、椅子などを軽々と運んでいた。 「近くにたまたまいただけだ。どうせ暇なんだろう?」 「ああ、もう! どうせ彼岸なんて親戚で集まってお酒飲むだけなんでしょう!」 「まぁ、確かに俺は飲むがな」 酒瓶を持ってきて悪びれなく徹は笑う。酒を飲む機会あれば飲む。もしかしたら、酒を飲むためにこういう機会を作っているのかもしれない。 「死に真っ向から向き合うのは辛いからな。飲んで弔うのも一つの手って事だ。何をしたって死人は蘇らえらねぇ。生きてる人間にできるのは、生きることだけなんだよ。 ま、気が向いたら参加してくれや」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年10月05日(日)22:56 |
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■メイン参加者 13人■ | |||||
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● 死は一瞬にして永遠。喪われた者は二度と戻らない。 時が悲しみを癒すというが、悲しみが消えることはない。日々の営みで心の隙間が埋まるあっても、そこに目を向ければ悲しみは蘇る。 故に、それを見る時は酒を飲むのだと徹は言う。 「死者を悼み、生き残った事に乾杯だな」 「ああ、死んじまえば酒は飲めないからな」 ウラジミールはそんな徹の側に座り、ウォッカをグラスに注ぐ。徹の御猪口にかつんと乾杯し、一気に中の液体を飲み干した。 静かに酒を酌み交わす。言葉なく死者を弔い、生を謳歌する。心の隙間は消えることはないけど、共に戦う仲間がいれば乗り越えられる。 ウラジミールの喉を、熱い液体が通過した。 「思えば色々あったもんだ」 小梢はカレーを食べていた。もぐもぐ。 感慨に耽ることとおなかがすくことは別の現象だ。悩みがあろうがなかろうが、おなかはすくし辛いものを食べたくなる。 カレーの辛さが口の中に広がり、そしてかみ締めたご飯と野菜が甘みを伴った液体を生む。さらに旨味がしみこんだ肉汁がじわぁ、と広がり味を増幅させる。 「うん。美味しい」 死者の冥福を祈りながら小梢はカレーを食べる。もぐもぐ。 守夜は冥福を祈るではなく、祖霊を弔い今生きていることに感謝していた。生と死が隣り合わせのリベリスタ。下手をすれば弔われていたのは自分かもしれないのだ。 (そういえば大叔父のスティーブから手紙が来たんだっけ) 死んだと思っていた大叔父から手紙が着ていたことを思い出す守夜。正確にはナイトメアダウンにより死亡していたのだが、歴史介入により生きていることになったのである。 今年からその大叔父のことを祈らずにすむのはいいことだ。そう思いながら守夜はジュースを口にした。 ● 焼香を上げる。献花する。祈りを捧げる。 死者の弔い方は様々だ。それは純粋に文化の違いもあるが、死者に対する思いの違いもあった。 (……) 快は無言で祈りを捧げていた。アーク稼動当初から、同じクロスイージスとして共に戦ってきた同僚への祈り。 彼は一人の少女を救うために、自らの命をかけて運命を捻じ曲げた。その結果少女は助かり、彼は命を落とした。 (ちょっと無責任だぜ……そこで死んでちゃ、誰も守れないっていうのに) もうその盾が誰かを守ることはない。だが、同じ守り手として自分がそうならないという保証はどこにもない。 快は静かにスコッチをグラスに注ぐ。乾杯は、あの世に行ってから。まだ遠い未来に。 「初めて此処へ来た時は温羅騒動の時期だったか」 結唯は慰霊碑を見上げて口を開く。思えばあれから二年と半年。アークのリベリスタとして長く戦いに携わってきた。 それは同時に沢山の死を見てきたことを意味する。それは奪ってきた命でもあり、共に戦った同胞でもある。助けられた命もあったのかもしれない。どこまで行ったところで武器を持つ以上は殺しあうことなのだ。 生きたいと思った者を、助けることができなかったこともある。 (私が出来るのは、その生への希望を私の血肉として生かし続ける事。それが奴らへのせめてもの弔いだろう) 頬に秋風を受けて、結唯は目を閉じる。 「弔う数が減るというのは、奇妙な気持ちだな」 伊吹は慰霊碑を見ながらそんなことを思う。 先のナイトメアダウン介入事変により、『組織が滅びなかったこと』になった伊吹はナイトメアダウンで死亡した者たちと『再会』していた。死んだと受け入れて人生を歩んでいた彼からすれば、実に奇妙だといわざるを得まい。 (やはりお前は墓の下か) 伊吹はワタリガラスの羽を持つ少年のことを思い出す。組織壊滅がなければ少年が日本にくることもなく、死んでないのでは……という思いがあった。だが、そうはならなかった。少年は別の理由でアークに来、そして戦いの中力尽きた。 (うまくはいかないものだな) 伊吹は酒盃を供え、そして自分でも飲む。それが彼の弔い。 「リシェナ、隣いいか?」 小雷は祈るリシェナの隣に足を運ぶ。普段の彼女からは想像がつかないぐらいに静かに祈っていた。 「同胞のことを考えていたのか」 「……そうでござる」 伝聞ではあるが、ラ・ル・カーナのことは小雷も聞いていた。バイデンに襲われるフュリエ。多くの姉妹がバイデンにより殺されたという。リシェナは死んでいった姉妹達の為に祈っていたのだ。 (こういう時なんと声をかけるべきなのだろう) 家族を失う悲しさは小雷も知っている。生みの親や、フィクサードによって施設ごと燃やされた血の繋がらない弟達、散っていった仲間達。その悲しみは理解できる。 それでも、リシェナには暗い顔をしないでいて欲しい。小雷は祈る彼女の姿を見て強く思う。 「生きることが最大の弔いだ。だからお前には長く生きて欲しい」 小雷の言葉に小さく頷くリシェナ。雨は降れど、晴れは近い。 「これが日本の風習なのね。自分がこんな事するなんて思ってもみなかったけど」 イーゼリットは妹のイーリスと一緒に姉を弔っていた。 (あの人の好きだった花なんて、ぜんぜん知らないけど) 献花し、目を閉じるイーゼリット。それに倣うようにイーリスも目を閉じる。 イーゼリットは姉のことを思いだす。ラトニャの戦いで命を失った姉。その犠牲がなければ被害は大きくなっていたかもしれない。リベリスタとして世界を守るために散って言ったのだ。それを誉れと呼ぶものもいるだろう。 (別に。神様なんて信じてないし、祈りたいとも思わないけど。あの人の事なんて大嫌いだったのに) だがそんな誉れは些事だ。イーゼリットにとって大事なことは、姉が死んだという事実。大嫌いといいながらも彼岸に足を運び、姉のことを思う。 イーゼリットの頬をぬらす一筋の涙が、全てを雄弁に語っていた。 (だいねーやん……はいぱー馬です号……) イーリスも静かに喪った者の名を心で呼んでいた。 (ネクロノミコンの燃料になっただいねーやん……おやすみなさい。ばさしになったはいぱー馬です号……おいしかったです) イーリスの心はイーゼリットと違い悲しみはなかった。あるがままを受け入れ、自らの一部にする。それもまた弔い。例え命尽き果てたとしても、それを受け継ぐものがいればそれは死なない。受け継ぐものと共に、生き続けるのだ。 イーリスは死者を受け入れ、歩いていく。 「一年はあっという間だったな。……君に報告したいことがある」 雷音は慰霊碑に手を合わせて亡き友に語りかける。親友がなくなってから一年。様々な事件があった。友が隣にいないことに耐え切れない日々もあった。嘘だと受け入れられないこともあった。 「ボクはいろいろ変わったのだ。君にそれを伝えたらなんと言ってくれただろうか」 だが、今こうして手を合わせることができる。死が隣り合わせのリベリスタだが、死そのものに慣れた人間は少ない。 「奇遇だな。朱鷺島君」 祈る雷音に声をかけるのは、朔。雷音が弔っている相手の姉である。朔自身は慰霊に来たのはない。たまたま通りかかり、そして妹の為に祈る雷音を見かけたのだ。 「彼女が、冴が『此処』にはいないことはわかっているのだが、彼女がアークにいたことを忘れたくなくてここにきた」 「そうか。冴は幸せものだな」 雷音の言葉に朔は目を閉じる。脳裏に浮かぶのは妹の記憶。命を失い突如引き継がれた戦いの記憶。パーソナリティの欠片。 「『雷音さんと友人になれて嬉しかった。それが伝えられないのが未練だ』……アレが最後に想った事だよ」 「え?」 妹の記憶の最奥。あるいは心の根幹。そこにある言葉を、伝えたかったものに告げる。 「ボクは……」 言葉にならないとはまさにこのことだろう。朔の言葉に涙を流す雷音。 「言いたいことがあるならうちに来給え。墓がある。アレも喜ぶだろう」 言って朔は踵を返す。秋風は静かに二人の髪を薙いでいた。 ● 慰霊碑とは離れた場所で夏栖斗と竜一が立っていた。 「なあ、カズト。お前は、昔の自分より、成長してるのか? 俺たちは、強くなっているのか?」 「……そりゃ、昔に比べたら僕もお前も強くなってるよ」 竜一の言葉に疑問符を浮かべながら答える夏栖斗。その答えに歯をかみ締める竜一。 「強くなってるなら、なんで犠牲が出る!」」 竜一の拳が握られる。そのまま夏栖斗の頬に拳を叩きつけた。 「何するんだよ!?」 突然の一撃に面食らう夏栖斗だが、竜一はお構い無しに拳を振るう。 「なんで、慰霊碑なんてもんが必要なんだよ! あんなもんが必要ない世界を作りたいんじゃねえのかよ!」 竜一の怒りを夏栖斗は理解していた。理解してしまった。どれだけ拳を鍛えても、どれだけ力をつけても。助けられない命がある。覆せない悲劇がある。 理想は高く、優しい心持った竜一。それゆえの怒り。誰も死なせない為に戦ってきたのに。なのに現実はそうもいかなくて。 だから夏栖斗は拳を握る。それは殴られたことにではなく、 「強くなるだけで、なんでも出来ると思うなや!」 夏栖斗自身もまた同じ怒りを持っているから。同じ憤りを感じるもの同士、拳をぶつけ合う。 「犠牲をゼロにできないことくらいわかってる。それでもゼロに近づけるために必死になってんだよ、お前も僕も!」 二人はただ拳を振るう。真に痛いのは殴られた頬ではなく、非情な現実と心の傷。 そして彼岸も明ける。 生きているものは明日を生きる為に帰路につく。死者を思い、前に進むこともまた弔い。新たな日々を過ごすことは、生者の義務だ。 さぁ、新たな一日の始まりだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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