● しゃりしゃりと口の中を転がる黄緑色の粒は、今切り取ったばかりのシャインマスカットの房からもいだものだ。 皮ごと食べられるその白ぶどうの甘さと酸味のバランスは最高で、切り取ったばかりだというのも美味しさを際立たせている。 「美味しいです」 「そりゃ、良かった」 少女がぶどう狩り農園のスタッフに声をかける。返された言葉は満面の笑みと共にあった。 掌の中にある黄緑色の粒達を作り出すにはどれだけの時間を費やすのだろう。 頭上を見上げれば秋口の空。――色を増したアザー・ブルーの大空に名残を惜しむ夏の雲。 それを覆い隠す様にぶら下がっているのはぶどうの大房達だ。 ひとつひとつ丁寧に白い袋を付けられて収穫の時を待っている。 「あれは何故付いているんですか?」 「ああ、あれは雨風を避ける為だねぇ。元気に育つ様に付けてるんだよ。こっちもお食べ」 「わぁ、ありがとうございます」 ぱくり。ぱくり。 手渡されたぶどうはピオーネという品種のものだ。巨峰とマスカット系を交配させたもので巨峰よりも香りが強い。 ガリッ。 「――!!!」 「そっちは種があるから……って遅かったね」 ぶどうの甘酸っぱさの匂いの中に焦げたバニラの匂いが混ざる。 後ろを振り返ると見知らぬ男が木製のベンチに腰掛けて携帯灰皿に煙草の灰を落としていた。 「あ……。ここで吸っちゃ、ダメ。お姉ちゃん居る」 「え? あぁ、すみません」 風向きの関係で少女の元に届いた煙。それを気にして農園の小さな男の子が喫煙所で煙草を吸っていた男に声を掛けたのだろう。男は残っていた煙草を消して携帯灰皿の中へ押し込む。 きっと、小さな男の子が大人の男に声を掛けるのには相当な勇気が必要であったはずだ。 それでも少女の為に振り絞った声。――その心溢れる優しさに少女は「ありがとう」と礼を言った。 照れくさそうに隠れてしまった男の子に手を振ってぶどう農園を出発する。 ● 「ぶどう狩りに行きませんか」 そんな夢を見たから。 『碧色の便り』海音寺 なぎさ (nBNE000244)は、そう述べるとそっとストールの襟元を寄せた。 そういえばそんな季節である。 恐怖神話、過去での戦いに続いてキースの来襲と、福利厚生を挟んだとは言え、気を休める暇もあまりないリベリスタ達である。 山梨県の勝沼では、今ぶどうの収穫が真っ盛りという事らしい。 もぎたてを食べられる他、スイーツや軽食を食べられるカフェ等もあり、賑わっている。 「たまにはいいかな」 そんなのも。 「行ってみるか、山梨」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年09月27日(土)23:04 |
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● 「もぐぞーーーーっ!!!」 テテロ男子の元気いっぱいの声がアザー・ブルーの大空に響き渡る。空には未だ夏の雲が在れども、頬を撫でる風は少し肌寒いぐらいの爽やかさだ。 「くだもの狩りなんて初めてだよっ! 姉さんや妹達にも持って帰らないとなっ!」 果物は切り取った瞬間から鮮度が落ちていくものだ。ミストは素早い動きで全種類のぶどうを収穫していく。しかも、それを3房ずつだ。 「ふふふっ喜ぶ顔が目に浮かぶぜっ」 白い歯を見せて笑うミストの前方で金の髪がふわりと揺れる。 三郎太を撫でる風は少し冷気を帯びて秋が広がっていくのを感じた。 大好きな人へ秋の味覚をプレゼントしたいから。ぶどうの房達をじっと見つめる三郎太。 この日のために資料を集めて勉強していたのだ。 様々な品種から美味しい物を選りすぐり、ハサミをパチンと入れていく。 「喜んで頂けるといいのですが……」 彼女の好きなフルーツは何か聞いておけば良かっただろうか。 けれど、この美味しいぶどうならきっと喜んでくれるはずだ。 雷音と虎鐵は案内板に張られた写真と手書きの文字と睨めっこしていた。 「品目だけみるとまじですげぇな……」 「品種がある分、色とりどりで、目にも楽しいな。できれば、いろいろなのを食べ比べてみたいが、食べきれるだろうか?」 虎鐵は売られていたワインに視線をやって……あまり飲まないし今日は雷音の為にぶどう狩りをしようと畑の中に入った。 「虎鐵は白ぶどうと赤ぶどうどっちが好きなのだ?」 大きな粒を実らせたぶどうを選びハサミを入れる雷音。虎鐵も高い場所のぶどうを採りながら相方の籠をひょいと覗き込む。 「うん、ピオーネに赤嶺、シャインマスカットと少し贅沢をしてみた。一緒に味見をしよう」 「雷音……その、あれだ」 いつもどおりの不器用さでぶどうをねだる虎鐵を愛おしく眺める雷音。 「仕方がないな。知っているか? ぶどうは上のほうが甘くなるから、下から順番に食べるほうがいいのだが」 マラカイト・グリーンの瞳を持った少女は迷うこと無く一番甘い部分を彼の口に。 「せっかくだから一番甘い部分を食べるのだ」 ころりと転がる粒は甘く。雷音の優しさの様に広がって尚甘く。 「久しぶりの果物狩りですぅ♪」 赤青の瞳を輝かせてふさふさの尻尾を振り回しているのは櫻子。大好きな果物と大好きな恋人に囲まれて幸せである。 片方の手には籐籠を持って、空いた指先は櫻霞と共に。 「櫻霞様はどの葡萄がお好きですにゃ?」 「葡萄の種類か。特筆する程の好みはないが、強いて言うならマスカットだ」 「櫻子は巨峰が一番大好きですぅ♪」 涼しげな櫻霞と華やかな櫻子の間に流れる時間は幸せの栞そのもの。 「櫻霞様、あーんして下さい♪」 一番美味しそうな巨峰を手にとって丁寧に剥いた一粒を恋人の口の中へ。 「流石というべきか、純粋に美味いな」 代わりに櫻霞はシャインマスカットを櫻子の口元へやると、彼女の頬は桃色に染まる。 「皮の渋みも少ないしそのままでも十分料理に使えるだろう」 籐籠の重みは櫻子の白肌に食い込む程にまでなった。お腹もお土産もいっぱいだ。 「荷物持ちぐらいはやらせろ、その分料理はお前の領分だ」 「はいっ♪ 櫻霞様、お家に帰ったらこれでコンポートを作りましょうね」 尻尾を振りながら籠ごと抱きついた櫻子をしっかりと抱きとめて櫻霞は彼女の頭を撫でる。 「今回も期待させてもらうとしよう」 彼女の料理は美味しい。待ち遠しい時間はその忙しそうに動く尻尾を眺めていれば、あっと言う間に過ぎていくだろう。 あたたかみのあるグレーのストールが少し冷たい風に揺れる。 「身につけてきてくださったんですね。すごく、よく似合っています」 三千が送ったプレゼントはミュゼーヌの二十歳の誕生日を祝ってのもの。青いスカートとのバランスも良く、いつもより大人っぽく見える。しかし、彼女の内心は初めてのぶどう狩りにそわそわしていた。 「わぁ……まるで、ペリドットやロードライトの宝飾店みたい」 食卓に並べられるのとはまた違った瑞々しさ、新鮮さにオリオンブルーの瞳を輝かせるミュゼーヌ。 「それはシャインマスカット、ですね。糖度が高い、高級ブドウです」 「ふふ、流石は三千さん。さっと見分けられるなんて、知識も豊富なのね」 彼女の問いにすぐに答えられるように三千はこっそりと勉強していたのだ。 「えっと、それは皮ごと食べられるのですよ」 「へぇ、それはお手軽だわ」 軽く水洗いしたロザリオ・ビアンコを差し出しながらミュゼーヌの掌の上に乗せる。ころりと口の中に転がった粒を噛むとしゃりっと粒が弾けた。 「んん、瑞々しくって、甘い」 あふれる果汁は程よい甘さで素直に美味しいと感じられる。 「こんなに美味しいんだもの、帰りにワインも買って行きたいわ」 「ミュゼーヌさんはもう大人ですものね。僕も大人になって一緒にワインを飲めるときを楽しみにしています」 共にグラスを傾けられるのは来年。けれど、遠くはない。 「初めてのお酒、先に飲ませてもらうわね」 ミュゼーヌの大人びた微笑みに心が跳ねた。 「うおおおお! 高級ぶどうを食いまくるぞぉ!」 竜一の雄叫びが静かな農園に響き渡る。その隣に居るのは秋風に長い黒髪を揺らしたユーヌだ。 彼女は小さい。前へ倣えで腰に手を当てる役目だ。だから―― 「俺がだっこして持ち上げてあげよう! 肩車でもいいよ!」 「別に持ち上げて貰わなくても脚立なりでも良いんだが」 彼は背が高いから高い場所にあるぶどうも取りやすいだろう。何よりしっくりくるはずだから。 「では抱っこして貰うかな」 「ユーヌたん! 抱っこ! 俺、ユーヌたん抱っこするよ!」 ひょいと持ち上げられた小さな身体。いつもより近い位置に顔がある。 「脇腹とかふとももとかおいしいです。ぺろぺろ」 籠の中にはユーヌが切り取ったぶどう達。 「ユーヌたんは、ぶどうの皮を剥く派? 皮ごと派?」 「ん、剥く派だが別にそのままでも構わないが。抱えたままでは剥きにくいだろう?」 ポジションは腕の中をキープしたままである。 「はい、あーん!」 竜一はユーヌの話を聞いていない。 「ん……ふむ、美味しいな」 「俺にもたべさせて! 皮剥いて!」 丁寧に皮を剥いたぶどうを竜一の口の中に入れるユーヌ。 「むふふふ! うまうま!」 「まったく、指を舐めても美味しくないだろうに」 ユーヌは徐ろに果汁の付いた指先を竜一の頬へと付ける。 「おや、手が滑って頬に当ててしまった。舐め取らないといけないな?」 ほんのりと色づく唇が竜一の頬へ落ちた。 「すっかり涼しくなりましたね」 「ほんの少し前には海に行ったばっかりなのにね」 南の島での夏を終えて、一息つけばそこには秋の風。紫月の髪を揺らして涼しげに遊ぶ。 「聞いた事の無い種類の物も沢山、種があるものは気をつけて食べませんと」 二人共ぶどう狩りは初めて。 「僕もぶどう狩りは初めてだよ。白ぶどう、赤ぶどうくらいしか知らなかったんだけど、意外とあるんだね、種類」 広大な農園の敷地内に立てられた案内板の前で悩む紫月と夏栖斗の姿。 「やっぱ甘いのがいいよね。ガイドブックみるかぎりじゃ、甲斐路っていうのが深みのある甘さってあったけど」 どれにしようかと房達を眺めつつ、紫月はシャインマスカットの粒を手にとった。 「あら――」 溢れだす果汁を舌で転がせば甘く瑞々しい。 「御厨さんも一粒食べてみます?」 「?! はい、いだだきます! 喜んで!」 「こっちの甲斐路も美味しいよ! ……お返しにあーんしたほうがいい?」 「それでは一粒いただきますね」 お互い少しばかり頬を染めながら口に含んだ秋の実りを楽しむ。 ふと、紫金の瞳達が眼下に広がる町並みへ向けられた。人々や自然が息衝く光景。 日常。それが尊いものだと彼等は知っているから。 「お付き合いありがとうございました、御厨さん」 「僕も誘ってもらって嬉しかったよ」 綺麗な彩りを甘い実りを、こんな平和を守らねばと夏栖斗は心に誓う。 「いろんな種類の子がいるから、迷っちゃうね」 優しげなリリィの声にうんうんと頷くルナの元気な表情は微笑ましい彩りだ。 「ぶどう一つでこんなに沢山の子達が居るなんて、ビックリだよっ!」 ムーンシャイン・ブルーの瞳を輝かせながらルナは声を上げる。 「お姉ちゃんは、どれが食べてみたい?」 「え、私? うーん、うーん。どの子も美味しそうで決めるのに悩んじゃう。あ、あの子とかどうかな?」 彼女が指さしたのは大きな粒を付けたシャインマスカット。 リリィはそれを一粒取って口の中へ。 「んー。甘くて美味しい……♪ 大事にされてるのが、よく伝わってくるね。みんな楽しそう」 フィリエである彼女達はぶどうの気持ちが分かるのだろう。 「私も食べ頃なぶどうを採って、採って……と、届かない?」 ルナは必至に手を伸ばすが後ちょっとの所で指先が空を切るのだ。 「う、うぅーっ!」 「抱っこする?」 「……って、だ……抱っこ!?」 流石に80歳児のルナとしては年下の妹にだっこしてもらうのは気が引ける。しかし―― 「しょ、しょうがないよね。リリィちゃんが言うんだもん」 一緒のものを食べたいという想いは二人共同じだから。 リリィはルナを抱えてぶどうの元へ。抱えられた姉は黄緑色のぶどうを一口。 「……美味しい」 「ね?」 普段とは違う目線、ルナがより側に居る事を感じられる。 「お姉ちゃんの顔が近いのは、不思議な気分」 もう少しこのままで。とリリィは腕の中の重みを嬉しく思うのだった。 那由他となぎさはぶどう畑の中に籠を持って入り込んでいた。 「さあ、どのブドウを食べてみたいですか? 取って上げます」 「えっと、じゃあシャインマスカットと甲斐路を」 パチンとハサミを入れて籠の中へ収め、椅子のあるゆったりとした場所へと移動する。 「あれ? 那由他さんの分は良いんですか?」 「ふふ、私は貴女の喜ぶ顔を見れれば幸せなんです」 でも……と海色の瞳が困った色を見せた。 「貴女は葡萄を食べてお腹が一杯、私も幸せで胸が一杯。お互いに素敵な関係なのですよ」 三日月の唇で優しげに微笑む那由他。 「だから……葡萄を食べて笑ってくれるだけで充分なんだよ、なぎさ?」 エメラルドグリーンの瞳がなぎさを捕らえる。 呼び捨てにされる事が無いから何だか心がむず痒くなる少女。 「まあ、私も一通りは食べ比べをさせてはもらいますけどね」 「あ、はい! あ、わわ!」 立ち上がろうとした瞬間、那由他に抱きしめられてなぎさはバランスを崩した。 「そう言えば今年もこうして貴女を抱き締める事が出来たんですねえ。どうです、誕生日での約束は果たせましたか?」 儚い小さな約束。来年も一緒にと願った一言。覚えていてくれたのかと。 「はい……ありがとうございます」 嬉しさと同時に、染み出す不安。来年はあるだろうか。 さて、私はこの子の父親をどうしたいんでしょう? 生かす? 殺す? あるいは…… きっとどれを選んでも楽しいんでしょうね。ふふふ ● オータム・ナルの香りが糾華とリンシードの前でふわりと広がる。 「こういう所のカフェって結構美味しい物が多かったりするのよね」 紅茶の蒸らし時間に相方を見遣れば何処か遠くを見ていた。 「山梨から見る富士山は静岡とどう違うのでしょうか……」 この席の位置からでは生憎富士山は確認出来ない。ならば―― 「ここで休憩と買い物したら、後でお散歩行きましょ?」 何時もとは違う場所から見る富士山はきっと新鮮だろう。 糾華が頼んだのは紅茶とモンブラン。リンシードは糾華が食べたいであろうぶどうゼリーにパンプキンパイ。飲み物は桃ジュース。 「お姉様にもっと笑ってと言われて、色々頑張ってみたのですが……」 引きつった笑みを浮かべながら糾華の顔を見つめるリンシード。 「そうして真面目に受け止めて努力するのは貴女の良い姿勢ね」 「ぐぅ……難しいですね、笑顔……」 「でも、笑顔の練習ね……」 「お待たせ致しました」 糾華の言葉を遮ったのは給仕の声だ。運ばれてきたケーキを一掬いしてリンシードは相方の口の中へ。 「はい、姉様……あーん」 「あーん……」 「……ふふっ、美味しいですか?」 「ええ、とても美味しいし甘かったわ」 ――ケーキの味も、貴女の笑顔も。 思わずこぼれた糾華の笑みにリンシードが眉毛を下げる。 「むっ……どうしましたお姉様、何笑ってるんですか……私の顔に何かついてます……?」 リンシード自身がそれに気づくまで内緒。練習なんてしなくても――糾華はアティック・ローズの瞳で優しく微笑んだ。 カフェのテラス席は丘の上に作られており、そこから見える景色は何時もと違う富士山の顔と山々に囲まれた山梨の町並み。三高平よりも少し自然の色が多いだろうか。 【ワイン】を楽しみにここまでやって来たシンシア、快、悠里の3人は広いテーブルに座っている。 「ワイン飲むよ! といっても、ワインの事よく知らないんですよね……」 シンシアが青銀の瞳で見つめるメニューにはワインの種類が沢山書かれていた。 「山梨のワインといえば、今や世界でもトップクラスの評価を受けているものもあるからね。色んな種類も増えて、選ぶ楽しみも加わったな」 「そんなに有名なんだ。知らなかったなぁ」 山梨のワインと言えば、甘口のフルーティな白というイメージが強いかもしれないが。 「最近は色々な種類が増えたね」 そのどれもレベルが高いと聞いている。ここは皆でボトルをシェアして、色々飲み比べたい所だ。 テーブルに並んだのはポテトにから揚げ。玉ねぎとケーパーを飾り、酢とレモンに塩コショウを合わせたマスのスモーク。 地元のソーセージに、いくらかのチーズだ。 「じゃ、かんぱーい!」 まずは一杯目。軽やかに酸味を残したロゼ。 「あ、すごく美味しいなこれ」 悠里の喉を駆け下りる爽やかな酸味は脂っこい軽食との相性がいい。 せっかくだから次は軽やかな赤と、芳醇な赤を飲み比べてみよう。 日本の土壌では土の香りが淡白になりがちな為か、様々な工夫が施されている様だ。そのためか、辛口で腰の強いものや芳醇なワインも出てきている。 合わせるならその土地の食べ物とのマリアージュを楽しみたい所である。 「うん、軽やかな赤ワイン。肉料理から、ソースを使うような魚料理まで幅広く合わせて楽しめそうだな」 ここでマスのスモークだ。海のない山梨では淡水の魚料理がある。 「ありだな」 ワインと言えばチーズがメジャーだが、この地方ではミルクの香りが豊かでフレッシュなものが多いようだ。これを合わせてもいいだろう。 他には、意外と和食と良く合うらしい。この地方であれば、鳥もつ煮の様な甘辛い味付けの料理になるだろうか。 後は皮ごと蒸した八幡芋をぺロリと向いて芥子醤油で頂く。水も綺麗だから蕎麦掻なんてのも捨てがたい。甲州と言えば馬刺しなんかもいいだろうか。 この地方では老人達が晩酌に『ぶどう酒』と呼んで楽しんでいるようだ。 なるほど、これは『地酒』のようなものなのだ。 さてシンシアだが、正直ワインの事にはそれほど詳しくないが、酒護神たる快がいれば色々教えてもらうことも出来そうだ。 シンシアは植物園の中に喫茶店を持っているが、そこでワインを提供してもいいかもしれないなんて思うのだ。山梨のワインなら三高平とも近いから相性も良さそうだが。 『いけないいけない』 お店の事はひとまず置いておいて、せっかくの機会なのだから今を楽しまなければ。 「お、これ試してみてよ。蜂蜜みたいな甘さで、まるで貴腐ワインみたいなデザートワインだ」 最後は甘口の白だ。ドイツやカナダのアイスワインや、フランスの貴腐ワインの様に、とろける様な舌触りが心地よい。 「こういうワインに合うおつまみってなんだろう?」 シンシアの疑問。塩辛い軽食は先ほどのワインで良いのであろうが―― 「甘酸っぱい採れたての葡萄と合わせるなら、こういうのがいいんじゃないかな」 なるほど。これはそのままデザートワインとして頂いていい訳である。 まだテーブルにある塩辛い軽食類を合わせてもいい。デザートなのだから当然スイーツと合わせても構わないだろう。 後は、お土産でも。 可愛らしいクッキーでも買ってみようか。 「こういう所で作られるスイーツとか少し興味があったんだよな」 カフェの店内、見晴らしの良い窓際の席に猛とリセリアは居た。ぶどう狩りの合間の休憩。 「ぶどうでワインも作ってるんですね、ここ」 お酒のメニューをじっと見つめるリセリア。飲むにはまだ少し年齢が足りない。 ワイン意外にも豊富なメニュー。ここはやはりぶどうで纏めてみよう。 「えっと……私はぶどうのシフォンケーキと、ぶどうジュースを」 「それじゃあ、俺は……」 テーブルに並んだのは、こんもりと巨峰が飾られたパフェ。それからシェルパティーだ。 夏積みのダージリン葉が泳ぐ透明なポットには、甘く煮切ったワインが加えられ、ぶどうの果肉が沈んでいる。 甘くフレッシュな味わいは、ヒマラヤで暮らす人々の疲れを癒す一杯だ。 「お、美味しいなこれ。リセリアもちょっと食べてみな」 「流石に、それは恥ずかしいのですが……」 差し出されたスプーンの上には薫り高いぶどうのシャーベット。 美味しそうなスイーツを無碍にするのは勿体無い。小さく口を開けてそれを誘い込めば少ししゃりしゃりと清涼なグラニテに近い食感、これにも巨峰が使われているのだろう。 舌で味わいつつもアメジストの瞳は猛を怒ったように見つめていた。 「ははは、リセリアは可愛いな」 恥ずかしさで染まる頬もその瞳も、全部が愛おしい。 「後で土産物屋にも寄って帰るか、お酒とかだったら送っても大丈夫かね」 「まあ、養父はワインとか好きですから、大丈夫だと思います」 養父や姉の好み。考えた事も無かったけれど機会があれば今度聞いてみようか。 「そこのフルーツたくさんのロールケーキ一本丸ごとくださいっ!」 テテロ男子の元気な声が再び聞こえる。両手に満杯のぶどうはお土産用。 お腹がすいたし目の前のケーキの誘惑には耐えられなかったミスト。 「ふぉーーーこうやってまるまる一本食べるの、夢だったんだよねっ!!!」 巨峰にマスカット、桃やサクランボが乗ったケーキに目を輝かせる。 それをぺろりと平らげて満腹になったテテロ男子は姉や妹達のお土産を持って三高平へと帰っていく。 ● ぶどう農園というものは丘の斜面を利用して作られる事が多い。何故なら其のほうが日照時間を調整しやすいし水はけも良いからだ。 ということは、大抵が上り坂になっており足腰への負担も大きくなる。 「こうやってゆっくりするのもいいですね」 疲れを癒やすように足湯に浸かっているのは【秋味】の3人だ。壱和はうんっと伸びをする。 「足湯は初めてだが、これはこれで面白いな」 脚からじんわりと温められる感覚と上半身の肌を冷やしていく涼しい風に、カルラは興味深そうに足元の湯を見つめた。 「ジュースも貰って来たのよ。こっちも良かったら」 シュスタイナが持ってきたのは軽く水洗いしたぶどうと腰掛けに乗せられた桃とぶどうのジュース。 「秋はやっぱり、ボクは味覚の秋ですね。シュスカさんとカルラさんは、どんな秋でしょう」 ぶどうを頬張りながら壱和は笑みを零す。 ――秋か。読書(技術学習)……運動(戦闘訓練)……うん、普段の事だ。カルラはそれらを口に出すのをやめた。 「園芸や料理かね、季節ものを扱って楽しいのは」 「秋は……そうねぇ。今年は読書の秋にしたいわね。秋の夜長にゆったりと」 「ハロウィンもあるし、南瓜とか使ってみるか。あ、シュスタイナは読書だったな」 「も、勿論この季節にしか食べられないものは頂くわよ」 ぶどう農園に来たからにはぶどうを堪能しなくてはとシュスカは思うのだ。 「こっちも甘くて美味しいですよ」 壱和はカルラとシュスカにシャインマスカットを差し出す。 無垢な笑顔と言葉を体現する尻尾で差し出されれば、たとえ『この場で「あーん」は恥ずかしくない?』とか思っていても貰い受ける他ない。 「頂きます」 シュスカは口の中に転がった深い香りと溢れる甘さに美味しいと声を上げた。 隣を見遣れば未だそのままの状態で固まっているカルラが見える。 (壱和さんは可愛いけれど、カルラさんもの様子も可愛いわね、これ) 「カルラさん。壱和さん待ってるわよ?」 「え、ちょ、待っ」 尻尾をブンブン振り回して待機している壱和。 周りをキョロキョロと見回して誰もいない事を確認したカルラは壱和の指先を噛まない様にじっと見つめてぱくりと口の中へ。 ふうと一息ついて、舌で味わう美味しさに酔いしれる。 しかし、肘をつつく者があった。 「ね。カルラさん。勿論壱和さんにお返ししなきゃよね? あーん、の」 「いやいやいや……」 「美味しいは一緒に感じたいです」 そわそわと期待の眼差しを向けられたカルラは観念したように一粒のぶどうをもぎ取って―― 「先日のお詫びとお礼……です」 足湯に浸かりながらアイスクリームを差し出すリリとそれを受け取る劫。 「そんな事もあったか」 思う所は様々なれど、何でも無さそうに劫は言葉を返す。 秋の爽やかな風がリリの髪を揺らして遊んでいた。 「何が好きで何を幸せと思うか、空っぽの私という器に何を入れるか。自分で確り決めていかなければなりませんよね」 指標を無くした羊は何処へ向かえば良いのだろう。それすら『少女』には分からない。 「……自分が例え何であろうと一己の人間だ。最後に決めるのは自分で、他は選択肢を広める為の要素でしか無いんだから」 俯いて足元を流れる湯の中の自分を見つめるリリ。 私と似た所のある貴方は、何をどう選び、何が好きで何が幸せか。まだ、貴方の事を全然知らなくて――知りたいと思う。 止まっていた『少女』の心は外へと向けられる。 得る知識に遅すぎるという事はない。たった一度の人生。 悩む時間があれば前へ瞳を向けろと。広がる世界は様々な色に満ち溢れている。 「動き回るよりは、こうやってのんびりする方がお好き……ではないでしょうか?」 「そういうのは五月蝿いのが居たから全部任せてた。俺は何時も巻き込まれてたよ」 彼が見ているのは誰だろうか。 「今、私は楽しくて幸せですよ」 空っぽだった器に一つの色を入れて。それが同じ色なら嬉しいと。 「……そっか、なら良いさ」 劫自身が助けられた様に、リリも助けることが出来ただろうか。 「このご恩は忘れません。本当に、有難うございました」 前へ進もう。何も知らなかった『少女』はもう居ないのだから。 カフェの隣に設置された足湯を涼しげな風が吹き抜けて行く。 「すっかり秋ね。まだ青い木々ももうすぐ色づいてくるのかな」 イーゼリットは足湯に浸かりながらシャインマスカットの粒を口の中へ入れる。 皮を破って弾ける粒と溢れだす果汁。香る味わいに甘さが舌を転がった。 「ぶどうって甘いのね。余り気にして食べたことなんてなかったけど」 ぼうっと取り留めのない事を考えてしまう。 どこに行っても温泉があるのは日本の良い所だとか。少し肌寒いだとか。 けれど、何を思い悩んでもいなくなった人は帰ってこない。 死んでしまったものは戻らない。 それを平然と、何事も『無かった』様に振る舞うあの怪物の顔なんて見たくない。 分かりきった事なのに。 溢れる思考は留めなく。 「足湯だあああ!」 バシャーン! 「!?」 イーゼリットの隣に勢い良く突っ込んできたのはフツだ。 「足湯って、足しかお湯に浸かってないのになんで全身暖かいんだろうな。お前さん知ってる?」 「え、と。脚には大きな血管があるからかしら」 「あー、頭寒足熱ってやつか! 物知りだなァ」 彼女の物思いを吹き飛ばす快活な声は、何故だか一種の安らぎに感じられる。 「おーい! カフェもいいけど足湯もいいぜー! お土産買い終わったらこっち来て一緒に入ろうぜー!」 「後で行くー!」 フツの声に応えたのはテラスで【ワイン】を飲んでいる3人だろうか。糾華やリンシードも此方を気にしている様だ。 「引越しでもしようかな」 ぽつりと漏れたイーゼリットの小さな声。 「ふむ?」 「大学の寮はちょっと本が入りきらないと思うけど、研究室で書き物して、学生に講義して」 ――誰もいない家に帰るの。素敵でしょ。 足湯から上がったフツが向かったのはお土産コーナーだ。 山梨まで来たのだから此処にしか無いものを買っていく方が面白い。 「おみやげ! みるのです!! なんと! オリーブオイルなのです!!」 この声はイーゼリットの妹であるイーリスのもの。 「あひるにはこの黒蜜ときなこの餅」 「きなこと黒蜜のもち! すきなのです」 足湯で会った姉とは全く違う元気さでお土産ものを物色している。 「これは! もみかんの携帯電話につけるやつなのです!!! かうのです」 鉱石コーナーに居るフツの方へ大きな声が段々と近づいて来た。 「石! いろいろないろの石! つかみどりなのです!! おもしろいのです!!!」 「BoZのみんなにはなんか原石でいいな。オレたちはバンドとして、まだまだ原石みたいなもんだからさ――」 「はい!!!」 オリーブオイルにストラップ、様々な石と、砂利を真似たチョコレートをカップに大量に詰め込んでレジへと向かうイーリス。 「おかね、ないのです。ねーやんのかばん、あずかっているのです。 このなかの財布でしはらうのです!」 なんと! ● ぶどう畑が見渡せる高台まで登ってきたのは光介となぎさだ。 「吹きあげる風、気持ち良いですね」 「はい!」 上から見渡せば緑色の絨毯の下に白い袋が揺れていて綺麗だった。 隣の少女を見れば手を合わせて暖を取っている様に見える。 「肌寒かったですか? カーディガン、ボクが羽織ってきたものでよければ使ってください」 「あ、すみません。良いんですか? ありがとうございます」 光介の暖かさがそのまま肩に乗せられたみたいで心地よい。 今日、この日に特別な何かがあるわけでない。けれど。 「普通に、一緒の時間を過ごしたかったんです」 日常が幸せだと思えるのは不幸な事なのだろうか。否、尊いものだと知っているのだ。 だから、今ある絆を確かめたい。『普通の時間』の大切さ、相手が自分を見ていてくれる安心感。 この前に迫っている決着の時、それを予感している自分がいるから。 きっと、フォーチュナである、なぎさも感じているのだろう。 海色の瞳が心配そうに光介のホリゾン・ブルーを見つめていた。 どんな形で終わるにせよ、その後は―― 貴方といまの関係性でいられなくなるかもしれないから。傍にいたくても。 「なぎささんと過ごせて……よかったです」 今日も。これまでも。本当にどうもありがとう。 「光介さん」 なぎさの声が光介の耳に届く。 「来年もぶどう狩り、一緒に行ってくれませんか?」 失うことの怖さを心に刻みつけている光介となぎさだからこそ、其の言葉の重さを理解出来る。 その問いに光介は―― 「やはり自然に囲まれていると、落ち着くな。それに良い景色だ」 「空気が違いますね。山の近辺、自然が豊富なだけはあります」 日照時間が長く斜面の多い場所というのは日本でも限られているだろう。滅多に見る機会も無いぶどう畑に拓真と悠月は目を細める。 ぶどう畑を縫うように作られた遊歩道をゆっくり登り、眼下の景色と空気を吸い込んだ。 「空気が綺麗ですね。遠くが良く視える」 「富士山もよく見えるな、何れ登ってみたい気もするが……散歩感覚とはいかないだろうし」 改めてになるかと呟いた拓真。 「……確か、桃子さんが何度か富士登りを企てていたような気もしましたけど」 そんな事も有ったような。 「大きい山だ、まるで……あの人の様に」 過去へと飛んだ先に居たのは自身が追い求めて縋った祖父であった。 「……弦真様の事ですか」 ――今までは山の全貌が見えず、登っていた様な物だったが。 今は違う、確かに俺は……あの人の生き様を見届ける事が出来た。 運命の悪戯とも云うべき逢瀬だった。 けれど、再び逢えた事は彼にとって転機だったのだろう。 吹っ切れた――のでしょうか。 悠月から見て危ういという見解は変わらず、初めて会った時からずっと彼の心は繊細で脆い。 その歪さを疾うの昔に受け入れた悠月が殊更に変わる事はない。 「悠月、君を愛してる。苦労をかけると思うが……共に、道を歩んでくれ」 「はい、喜んで。――愛しています、拓真さん」 柔らかな肩を抱きしめ、唇に熱を落とす。 ――俺が此処まで来れたのも、きっと君がいてくれたからだ。 だから、これからも。ずっと…… 最近少し忙しかった遥平は、骨休めに足を延ばしていた。 ぶどうは狩ってない。そういうのではないのだ。 わざわざ煙草一服の為に出向くというのは、ノンスモーカーには分からないかもしれない。 場所はぶどう狩りに近いとは言え、ここは水も空気も綺麗な山奥だ。 そんな空気が美味い所で吸う一本は、格別なものなのだ。 葉巻なんかは柄ではないから、このくらいがちょうどいい。 カチリ、と。火がつかない。 良い気分だったのにライターがガス切れだ。 「よお、誰か火ィ貸してくれ」 「あ、いいですよ」 同じく喫煙所にいた青年がライターを差し出す。 煙草に火が灯る。 ゆっくりと吸い込む。 肺に満ちたニコチンとタールがゆっくりと身体を駆け巡り、とりとめない思考がクリアブルーに澄んで往く。 「ふー……」 吐き出した紫煙は木々の間から空へと還り――それは大人が唯一ため息を赦された場所なのかもしれない。 もう一つ息を吐いて。 秋の始まりを告げる風とぶどう畑の緑、アザー・ブルーの空にゆっくりと目を細めた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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