●『幻想少女』 人呼んで人形館。 広大な洋館に所狭しと人形を集めたコレクターが失踪したのは、もう何年前のことだろうか。住む人もなく荒れた屋敷に、色鮮やかな衣装に身を纏った少女人形たちだけが、なまめかしい姿態を横たえている。 「やっぱり気味悪ぃな、ここ」 「ばっか、ロリコンのコレクション拝み放題じゃんか」 そんな洋館に忍び込んだのは二人の少年。夏休みの冒険譚か、それとも手ごろな肝試しか。彼らが気楽な会話をしながら屋敷を徘徊するのも、安全だ、と判っているからだ。 いや。 心のどこかに不安がないわけではない。喋る人形アグネス。いつからか、近所の子供達の間で囁かれるようになった怪談話。曰く、その美しい人形は甲高い声で喋る。曰く、その洋風人形は空を飛んで逃げるものを追いかけてくる。曰く、その青い瞳の人形は目にした者を虜にして離さない――。 「こんにちは、お客様方。わたし、アグネスっていうの」 心臓が、どくんと跳ねた。 壁をびっしりと人形の陳列棚が埋める、八角形の部屋。その中央に据えられた椅子に座る、ドレスに身を包んだ青い瞳の少女人形。少年達の凍りついた視線を受けた瞬間、その人形は眩く輝いて。 「だ、誰だお前!」 光がはじける。瞬間、灼ける視界。咄嗟に目を閉じた少年達が目にしたのは、しなやかな裸身を晒した人間の少女。 いや、彼らがもし落ち着いていれば、輪郭がぼやけ、身体もぼんやりと透けていたことに気付いただろう。だが、それは少年達には酷な要求というものだ。 「もう名乗ったじゃない、お客様。わたし、アグネス」 引き攣った顔の少年達を見てころころと笑い、少女は名乗る。最初から怯えていた少年が、腰を抜かしてへたり込んだ。 「た、助けて……」 「嫌よ。せっかく、こんなところに遊びに来てくれたんですもの」 にべもない言葉を返す少女に、もう一人の少年は恐怖を押し殺して立ち向かう。そうだ、これはどこかの暇な外人が仕組んだ悪戯だ――。 「へ、へへ、わかってんだぜ、手品の種はお見通しだ!」 「……もう、物分りの悪いお客様。ちゃんとおもてなししてあげるっていうのに」 足ががたがた震える。アレは、何か違うものだ。そんなことは判ってる。けれど、そんな馬鹿なこと、あるワケがないだろう? 「ほ、本当に幽霊だって言うのなら――」 勇気を絞り出す少年。惜しむらくは、彼が勇気の使い道を間違っていたこと。一分一秒でも早くこの場から逃げることが、たった一つの可能性だったというのに。 「かかってこいよ、アグネス!」 その日、二人の少年が姿を消した。 懸命の捜索にも関わらず、その行方は杳として知れない……。 ●『万華鏡』 「古い人形が意志を持って動き出す。ただそれだけの、よくある話」 確かによくある話ではあるが、『実在する話』となると穏やかではない。ましてや、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が『視えた』というのなら。 「つまりはエリューション・フォース退治。けど、結構強い。傾けられた情念の強さが、そのままエリューションの力になっているみたいだから」 それほどの情熱を傾けた持ち主は、おそらく最初の犠牲者となったのだろう。今は誰も住んでいない人形だらけの洋館で、ソレは新たな犠牲者を待っている。 「フェーズは2、自分のことをアグネスって呼んでる。もう、人形であることを通り越して、半ば受肉しているみたい」 人形はもともと人の形を模したもの。その人形が真に人の形を得たというのは、笑えない冗談というものだろう。 「空間にも作用できる、強力なエリューション。既に、部屋自体が神秘の塊みたいになってる。その中でなら、派手でいやらしい攻撃が出来るみたい」 まるで首を挿げ替えて遊ぶ人形遊びみたいに、唐突で、理不尽な。特に、見る者を惑わす魅了の力には気をつけて、と警告するイヴの声に、真剣な色が混じる。 「もちろん、屋敷を燃やすとか、そういうのはダメ。リベリスタはご近所の平和を守る正義の味方だから」 お土産はいらないよ、と締めくくるイヴ。どうやら呪いの人形はノーサンキューらしい。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月可染 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月21日(日)21:33 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 想像の埒外にあるものを、言葉だけで想像する事は難しい。 「たまんねーな、これだけ並んでると」 顔を引き攣らせる雪白 音羽(BNE000194)。視界には、壁に棚にずらりと並んだ人形の大群。まさに、見ると聞くとでは大違いであった。 「人形の怪談はよく聞くけどな、ほんとに居るとなると不気味だわな」 「不気味なのは~、数だけじゃありませんけどね~」 趣味が悪いって言ったら~、ぐさっと来る人がいるかもですね~。そう呟くユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)に悪気はなかったのだが……思わず胸を押さえた男がいたようないないような。 「ビスクドールのビスクというのは、ビスケットと同じ『二度焼いてある』という意味らしいですよ」 ひときわ目立つ陶器人形をまじまじと見ながら、『錆びない心《ステンレス》』鈴懸 躑躅子(BNE000133)が豆知識を披露する。 「頭部を作るのに二回焼きを入れるみたいですね」 手にした辞書をめくりつつ、興味深げな躑躅子。だが、覗き込んだ『寝る寝る寝るね』内薙・智夫(BNE001581)は、不気味なものを見たという顔で目を逸らした。アンティークドールは、女性陣には人気だが、男性陣にはまた別の見方があるらしい。 「僕はこっちの方がいいかなぁ」 視線の先には擬人化した動物の人形。元の持ち主の守備範囲の広さに智夫は内心感謝して――ナースキャップを被った兎の少女を見つけ、またげんなりとした表情を見せる。 「動くとなれば怖いけれど……放ってはおけないよね」 雛人形からどこかの部族の祭儀人形、果ては戦隊物に至るまで。集められたありとあらゆる人形が、硝子玉の目で彼らを見つめていた。慣れっこの筈のリベリスタ達ですら、その視線の圧力にどこか怯んでしまう。 だが、そんなプレッシャーをものともしない男がいた。 「YES! YESYESYES!」 まさかの美少女フィギュアを前に、涎を垂らさんばかりの『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)が気合を入れる。以前から彼を知る者は、予想通りの展開に頭を抱えていた。もちろん、今日が初対面の者は、遠巻きに見ているだけである。 「YES! ロリータ! いかなる強大な敵であろうとも、俺達は負けてはいけない! 立ち上がれ勇者達よ!」 「一緒にしないで欲しいッスね」 ネジの飛んだ雄叫びを冷たくあしらうフルプレートの騎士。もっとも、彼女――『守護者の剣』イーシェ・ルー(BNE002142)の口調は、文字面ほど冷たくはないのだが。 「にしても、生き人形なんて禍々しいにも程があるッスね」 真夏の怪談にはふさわしい相手ッス、とフルフェイスのイーシェはくぐもった笑い声を上げる。 「情念の強さを力とした、ですか……」 『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)が見つめる先には、重厚な木扉。廊下の最奥に設けられたこの扉こそが、戦場への最後の扉に違いない。首にかけた聖十字を無意識に触るカルナ。 (――ですが) 勝たなければならない、と彼女は静かに決意する。 「弓弦さん?」 と、傍に立つ少女に目を向けたカルナが、気遣うように声をかけた。『桃花月の弓師』堂前 弓弦(BNE002725)、カルナよりも年少のこの少女は、その名の通り引き絞った弦のように張り詰めていて。 「ご心配なく。私は、皆さんが敵を討つ為の援護役です」 そう言い切る弓道着の少女の肩は、だが硬く強張っていた。それを見て取り、有翼の聖女はこれが弓弦の初陣であることを思い出す。 「……はい、頼りにしていますよ」 柔らかく微笑んでみせるカルナに、少しでもお役に立てるのならこれほど嬉しい事はありません、と弓弦は生真面目な礼を返した。 「うーん、位置によっては大丈夫そうだけれど、でも一人だね」 眉根を寄せる智夫。壁を使って後衛を守ることを考えていた一行だったが、隠れたい人数に比べ、目隠しとなる袖壁はあまりにも狭い。 「く――ぅっ」 そこに陣取ることになったカルナが、自らの身に神気の矢を射込む。苦痛を押し殺し、彼女は大丈夫です、と頷いた。 「オーケイ、それじゃ……いくッスよ!」 扉を蹴り開けたイーシェを先頭に雪崩れ込む一同。彼らが目にしたのは、部屋の六面を埋め尽くす人形と、中央に置かれた椅子、そしてそれに座る青い目のビスクドール。 「――あら、お客様ね」 突如、ドールがふわりと舞い上がり、ドレスの裾を翻した。瞬間、眩い光が部屋に満ち、リベリスタ達の視界を奪う。何秒かの後、目を開けた彼らの前に姿を現したのは、しなやかな裸身を晒した少女の姿だった。 ――こんにちは、お客様方。わたし、アグネスっていうの。 「こんにちは、アタシイーシェって言うッスよ。アンタの相手をしにきた……ッス!」 鎧の重さを感じさせない白銀の斬撃。それをふわりとかわし、青い目の少女はくすりと笑う。 「だめよお客様、そんな風にネガティブで冴えないことしてちゃ」 そんなに危ない遊びは、縛って封じて、雁字搦めに禁止しないと。そうほくそ笑む少女に彼らは何を思ったか――。 「「来いよアグネス、人形なんて捨ててかかって来い!」ッス」 期せずして唱和する竜一とイーシェ。同時に、少女アグネスの青い目がてらりと輝いた。 ● 「皆、確かに敵はかくも強大だ。だが怯むんじゃない!」 それぞれの流儀で戦いの準備を整えるリベリスタ達。ある者は闘気で全身を満たし、またある者は魔力を汲み上げ、練って循環させる。そんな仲間達を尻目に飛び出したのは、この男、竜一だった。 「俺達の合言葉は――」 直刀と曲刀、二振りの刃に輝きが宿る。ぐん、と踏み出して、左右から斬撃を浴びせる竜一。光を受けてサングラスが煌く。 「アグにゃんぺろぺろぺろぺろ」 「くすくす。おいたはいけないわよ、お客様」 横殴りの刃は、確かな手応えでアグネスの『肉』を裂き――だが、彼女は構いもせず、変態的な奇声を発する竜一を抱きしめる。 どくん、と。何かが抜け落ちた感覚。 その接触は僅かな時間。だが、彼から『奪った』何かは、彼女の傷を埋めていた。そして、がたり、と何かが動く音。見れば、ずらり並んだ人形から、マトリョーシカと陶器の兵隊が浮かび上がって宙を舞う。 「痛いですね~」 ユーフォリアを襲ったロシア人形は、彼女の頭を強かに殴りつけ、注意をそらそうとした。すんでの所で身を返し、直撃を免れるユーフォリア。 「アグネスちゃんといい……不健全な持ち主の人形は皆ろくでもないですね!」 だが、もう一方の陶器の兵隊は、躑躅子の後頭部を直撃していた。なおも飛び回る人形を睨みつめる彼女の目に、常ならぬ炎が燃える。 「こ……の!」 白いチューブの束が跳ねる。生身の腕に握り締めた無骨なる得物を力任せに叩きつければ、ただの一撃で崩れ去る陶器人形。 「アグネスちゃんと戦う人の邪魔はさせませんよ~」 危ない呼び方だが気にしてはいけない。 ユーフォリアの指が、引っ掛けた輪をくるりと回した。勢いをつけた刃が指先から解き放たれ、風切り音を立てて空間を分割する――その軌跡上のマトリョーシカ人形もろともに。 「それにしても、脆いものですね~」 どうやら本当にただの人形程度の耐久力らしい。倒しきれない堅さでなくてよかった、と彼女は安堵の息を漏らした。 「うん、本当にそうだね」 ほっとしたように応じる智夫。彼らクロスイージスが放つことの出来る、邪なるものを退ける光。その出番がなかったことを確認し、彼は小さな符を竜一へと投げつけた。 (……けど) 戦場を俯瞰していた彼だからこそ、その意味に気付く。可憐にして妖艶たるアグネス。彼女の領域に足を踏み入れている限り、彼女は誰であってもその動きを縛ることができるのだ、ということに。 攻防は続く。 「主よ、悪しきものと戦う戦士達に、恩寵を賜らんことを――」 カルナの敬虔な祈り。柔らかな風が、弓弦を包んでその傷を癒す。 誰も倒れさせはしない――それが癒し手たる彼女の矜持。彼女は戦っていた。癒しの力という最大の武器を手に、彼女は最前線で戦っていた。その凛として立つ姿を目にして、誰が彼女を守られるだけの存在と言えるだろう。 だが、それでも戦況はじわじわと悪化していた。智夫がバックアップに回ってなお、アグネスという暴風はリベリスタ達を弄ぶ。 (……父様) 唇を噛む弓弦。悔しかった。貴重な癒し手が何度も後衛の自分を助ける理由を、彼女自身が一番判っていた。血の滲む鍛錬を経てなお――足りない。 (それでも) すっ、と目を瞑る。矢を番えた指先に意識を集中する。瞼の裏に映す、必中のビジョン――。 「果たします、私の役目を」 目を見開く。放たれる矢。ひゅん、と弦の鳴る音が部屋に響き、その鏃が宙に浮かぶ少女の肩を穿つ。びぃぃぃん、と余韻の鳴動。残心を示す彼女は、まるで咲き誇る竜胆の花のように凛として美しい。 「くっ、面倒だな」 前衛達から生気を奪い取っていたアグネスが、蟲惑的な青い瞳を音羽に向ける。途端、彼の身体が内側から突っ張ったように強張った。宙を舞う木彫り人形が、部屋の入り口を背にした智夫を襲い、その意識を逸らす。 「いい加減に……!」 その時、怒れる声が背後から響いた。壁越しに隠れていたカルナを、『廊下の』人形が襲ったのだということに気が付くには、リベリスタ達にも多少の時間が必要だった。 人形そのものは魔法の矢の一撃で消し飛ぶ程度のもの。だが、不安は的中していたのだ。ある時は迫る前衛を足止めし、ある時は後衛をかき乱して回復の手を遅らせるように、リベリスタ達の打ち手を一手、二手と遅延させ、有利な場を築いていく――それこそが、アグネスの真の強みなのだから。 「革醒というのはどうしてこう……厄介なことが多いのでしょうね」 躑躅子が放つ神々しい光が、音羽の呪縛を解き、智夫に冷静な思考を取り戻させる。 「いい加減にするッスよ、アグネスちゃん!」 危ない呼び方だが(略)。だがイーシェがその声に込めた裂帛の気合は、裸身の少女が放つ妖気を真っ二つに切り裂いて身体に迫る。 「これが騎士の剣……ッス!」 白刃が胴を薙ぐ。確かな手応え、少女の薄い胸に鮮やかな血花が咲いて。 「動く人形って玩具もあるがな、アグネス」 音羽の小手に凝集した光が、目まぐるしく色を変えて明滅する。短く詠唱。広げた掌から放たれた強い光が、アグネスを捉えた。 「玩具というには、お前は動き過ぎだ!」 毒々しい光が、三度、四度と追い討ちをかける。それは音羽が練り上げた、純粋な魔力の奔流。妖艶に舞う少女はかろうじて直撃を免れたものの、ダメージはかなりのものだ。 「お客様方、ちょっと乱暴すぎじゃありませんこと?」 それでもアグネスはリベリスタ達を笑いかける。瞬間、部屋の温度が酷く下がったように感じられた。そして彼らを襲う脱力感。幻想の少女は、歌うように口上を囀る。 「この館は人形の館。遊戯と想像力と、ごっこ遊びの世界。お客様方も、一緒に遊びましょう?」 ● 「本当に可愛らしいですね~。一緒に遊びたくなりますよ~」 冗談交じりのユーフォリアの台詞は、余裕かそれとも強がりか。だがいずれにせよ、彼女の操るチャクラムの鋭さに変わりはない。 「ですが~、アークが気付いた以上はこれまでです~」 疾るホイールは、半ば受肉した幻影を切り裂いていく。 アグネスの攻撃は皆に等しく降り注いでいた。だが、幸いにも抑え込む前衛陣はまだ崩れてはいない。故に、後衛が後衛として立ち回る余地が残されていた。 「内緒にしてたけど、怪談とか、あまり得意じゃないんだよねぇ」 神秘と怪異は紙一重。だが、リベリスタとして経験を積んだ智夫でも、深く意識に刷り込まれた苦手意識は拭えないらしい。その視線の先には、イーシェに纏わり付く人形。 「光あれ! ……なんてね」 口調こそとぼけてはいるものの、その根底には確固たる意思。智夫が手にした魔道書が放った清冽な光が、アグネスを巻き込んで人形を焼き尽くす。 「愛情を注がれた人形が命を得る……とだけ聞けば、まるでおとぎ話のようですけれど」 躑躅子が再び大きく一歩を踏み込んだ。遅れて、首から下げたロケットが跳ねる。手にした得物は、打撃力をシンプルに伝える幅広で肉厚の剣。その凶器を、彼女は力任せに少女へと叩きつける。 「被害者をこれ以上出すわけにはいきませんから!」 普段物静かな躑躅子が露にした戦意。そう、今こそ守るための力を振るう時なのだから。 「みんな、変態行為も程々にするんだ!」 むしろ変態はお前だ、というツッコミは、幸いにしてリベリスタ達の胸のうちで呟かれただけに留まった。紹介するまでもなく竜一である。 「俺は自重しないけどなぺろぺろ」 「くすくす。こういう時ってどう言えばいいのかしら。このロリコンどもめ?」 「……『ども』とか言わないでくれ」 音羽のツッコミは残念ながら省みられることがない。 サングラス型カメラは人類の歴史に残る発明だと言わざるを得ない竜一。しかし、地味ながらも彼の果たした役目は大きい。文字通り身体で、アグネスの動きを封じ続けてきたのだから。 だが、自己再生をもってしても、ダメージは澱のように降り積もる。カルナや智夫がフル回転できる状況であれば、回復の手が足りたかもしれないが……。 「そろそろおやすみなさい」 何度目かの死の抱擁が、竜一を包む。冷たい感覚が、身体の芯に染み込んでいく――。 「ぐ、ハードディスクを、消してくれ……誰か……」 「それはともかく、後は任せてくださいね~」 ついに崩れ落ちる竜一。その穴を塞がんと前に出るユーフォリア。気を失った竜一を後方へ引き摺ろうとする弓弦を援護すべく、音羽が拳に意識を集中させる。 「後は任せとけよ。――わくわくしてんだ」 異なる四つの魔力を同時に練り上げるのは、見かけほど簡単ではない。繊細で慎重なテクニックがあって、はじめて強力な切り札となる。そして、音羽はそれだけの実力者だった。 「これで……どうだ!」 四条の光線がつるべ撃ちにアグネスへと突き刺さった。禍々しい光が一瞬アグネスを包んだかと思うと、びくん、と少女はその裸身を強張らせる。 それは僅かの間だけアグネスの動きを止めただけのこと。だが、体勢を立て直すため、それは値千金とも呼ぶべき時間だったのだ。 戦いは、終着へと近づいていく。 「負けるつもりはありません。想いの強さでは」 この世界を守るため、消えてください、と。そう言い切るカルナは、既に身を隠すことをやめていた。 智夫が据えつけた手鏡と、彼がつぶさに送る状況報告は、確かに一定の情報を与えていたのだが……瞬時の判断をするには、安全圏から身を晒すことも厭わない。それが、彼女の在り方だった。 「そんなに頑張らなくてもいいのに。全ては夢現、あなたの痛みも、全ては夢のこと」 アグネスが手を振れば、カルナの傷――その大半は、室外での自傷――が消えていく。はっと見れば、先ほど治癒したばかりの弓弦の肌が裂け、苦痛に顔を歪めていた。 「そんな……!」 人形が舞い、リベリスタ達の足を止める。そして、彼らを嘲笑うかのように、あるいは心底嬉しそうに、裸身の少女は酷く厭らしい笑みを浮かべた。 「ねぇ、お客様。綺麗なままだから、わたし達は存在していられるの」 「――そうですね、アグネスさん」 カルナの外見に変化はない。だが、何が起こったかは自明だった。エリューションに追従するような揶揄など、彼女は口にしない。 「待ちなさい!」 鋭い声と共に躑躅子が退魔の光を浴びせた。しかし、清浄なる光はカルナを蝕む妖気を祓うには及ばない。彼女が高く掲げた聖書から、熱量を伴った閃光が溢れ出る。 「ああっ!」 不運だったのは、弓弦が先にカルナのダメージを肩代わりしていたこと、そして、それを癒すべき者達が全て手を割かれ、後手に回ってしまったことだった。強力な神気に灼かれ、限界を超えて倒れ伏す彼女。だが。 「……負け……ません……!」 ぐ、と弓弦は立ち上がってみせる。それはさながら不屈の象徴たるカミツレの如く、彼女は運命を手繰り寄せる。 「想いは、汚させません!」 見てしまったから。カルナの頬に伝う一筋の涙を。異端とされながらも信仰を貫いた心優しき者の書が、仲間を撃つ事に使われた悔しさを。 (修行の成果を、どうか……!) しなやかな桃木の弓を引き絞り、無心に放った。尾羽がひゅんと空気を震わせる。その一矢は、アグネスの美しい顔を狙い過たず射抜いて。 「アンタがどのように生まれ、どんな有様を晒してきたかは興味はねぇッス」 いつの間にか、イーシェは兜を脱ぎ捨てていた。日に焼けた金の髪が背に流れる。 「けど、人に仇なすというのなら、アタシはソイツを否定するッス!」 彼女の剣が纏うのは、稲妻のようにばちばちと弾ける闘気。それは彼女の正義か、それとも仇為す者への怒りか。 大きく振りかぶる。プレッシャー。一瞬の視線の交錯。そして、一気に振り下ろす――! 「アタシは『守護する者が振るう剣』ッスから!」 「――お客様、でも――」 正義ごっこは大変よ、と少女は笑って、掻き消すように姿を消す。 「……怪談は終わりッス。後はアタシの伝説の礎になるッスよ」 後に残されたのは、両断されたビスクドール。後は朽ち果てていくだけのそれが、いまや人形館の怪談の全てだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|