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<アーク傭兵隊>TALPAROID-SEMIFINAL

●トゥルパを生かしてはならぬ
 中国西蔵、日本表記におけるチベット自治区。
 豪奢な建築で有名な白居寺から更に南へ下った、ある山中の寺にて。
 本来ならアジアの色彩豊かで落ち着きある彫刻が並ぶ筈の部屋が、病的な色に塗りつぶされていた。
 部屋の内装がビビットピンクに統一されていたのだ。
「るんるん、るんたった」
 黒とビビットピンクしかない以上きわまる部屋の窓に、少女が一人腰掛けている。外を眺めては厚底ブーツを振っていた。服装はまたもビビットピンクのフリルドレス。気の狂ったデザイナーが徹夜明けに仕上げたようなヒステリックな小物を大量に身につけた、それはそれはサイケデリックな少女であった。
「るんたら、るんたら、るんたった」
 鼻歌を歌いながら外を見ている。
 外には一人の高僧が縄で吊るされている。
「やめるのだニマ・チョクシー。おまえは生命の和を乱そうとしている」
「あぁらぁ……さぁすがセンセイ。今から死んじゃうって時にも私にお説教しちゃうだなんて、トキメクぅー」
 足をぶらぶらさせるニマ・チョクシー。
 高僧は真剣なまなざしで言った。
「トゥルパに自己認識可能なまでの生命力をあたえてはならぬ。勝手に振る舞い、人民を惑わすぞ。チベットだけではない、いずれは世界のバランスすら危ぶまれる。崩界の危機なるぞ……!」
「ヤダぁ、センセイったら難しいことばつかってぇ。ニマはね? 偶像一個生み出すのに高僧一人が必要って構図が非生産的だって言ってるの。センセイだって、うんうんおまじないしてるだけじゃつまらないでしょう? だからホォラ、こんな仕掛けを用意したんじゃない」
 手を翳す。
 高僧が示すとおりに眼下を見やると、ぐつぐつと煮えた極彩色の釜があった。
 ゆっくりとロープが下ろされる。
「やめろ、やめるんだニマ・チョクシー! おまえは、おまえとてただの……あっ、ぐああああああああああああ!」
 全身が釜へつかってすぐに、ぷかりと頭蓋骨が浮き上がった。一つだけでは無い。周囲には無数の、大量の、沢山の頭蓋骨が浮き上がっていた。
 釜の周囲から大量の蒸気が沸きだし、それらは人型のぐねぐねした物体へと収縮していく。
 一つや二つではない。
 何十という数で、それは形を成し、個々の意志をもち、ケタケタと笑いながら歩き出した。
「アァン、もう……」
 ニマ・チョクシーは身体をくねりとねじり、恍惚に微笑んだ。
「世界が壊れる、カ・イ・カ・ン!」

●量産型タルパロイド
 チベットに広がる広大な山々はその美しさを喪っていた。
 ありていに言って、地獄である。
「康馬県、江孜県、どちらも連絡が途絶えておる。なんとしてもここ白朗県であのバケモノどもを止めねばならぬ……」
 老人が壁にかけられた槍をとり、庭に繋いだ馬へと飛び乗った。
 先祖伝来の力がこもった槍と鎧である。これを用いて彼らは様々な侵略者を追い払ってきたのだ。今回もそのひとつになると思っていたが……。
『長老、たすっ……たすけ……たすけてくれええええええ!』
 トランシーバーでの通信が入った。
 千里眼を使うと、遠くで血まみれになった男が這いずっているのが見えた。
 既に足はなく、全身に銃で撃たれたような傷がある。それでも死なないのは、彼が一族最強のリベリスタだからだ。
 千発の銃弾をはじき返し、千人の敵を薙ぎ払うという彼の武勲は一族でも有名だ。それがこの有様である。
「おまえっ……おまえほどのやつが、なぜ……!」
 顔を上げる。
 遠くに見える軍勢が、腕利きのリベリスタたちを次々に屠っていく光景が見えた。
 敵は無貌、無色、無形の人型。手にサーベルと軽機関銃を持っている……いや違う、腕がそのまま銃や剣に変わっているのだ。身体はぐねぐねとねじ曲がり、槍でついてもついた部分だけに穴が開き、まるで水や粘土をついたようにしか通じない。
 それどころか。
『あっああ、うああああああああああああ!』
 兵隊は倒した敵を食らうのだ。腹を大顎に変え、噛み砕いて飲み込むという形でだ。
 飲み込まれた後はころんと卵を産み落とし、それがまた新たな兵隊へと変わる。
「敵を食らい、増えているのか……!? なんだ、あのバケモノは……」
 老人は恐怖にかられ、味方に撤退の合図を出し、一目散にその場から逃げ出した。
「日本だ! 日本に連絡をとれ! アークという組織を頼るのだ! 我らが生き残る道は……他に無い!」

●SOS
 チベット自治区のリベリスタ組織から救援要請があった。
 チベット江孜県を中心に大量のエリューションフォースが発生。無差別殺人を行ないつつ拡大しているという。
 調査に特化した現地リベリスタの情報によれば、主犯はニマ・チョクシー。新しく建造した『鮮血寺』という要塞めいた建物を拠点とし、『量産型タルパロイド』を製造、派兵している。
 アークはこれをうけて、危機にあるチベットリベリスタ勢力を支援すると共に、鮮血寺へ少数精鋭による突撃作戦を決行することとなった。
 フォーチュナはこう語る。
「このためメンバーは支援部隊と突撃部隊の二班に分かれることになります。人数配分等については資料を参照してください。まずは、『タルパロイド』について説明しましょう」

 アークはかつてタルパロイドの研究者である八幡縊吊博士とその補助研究員たちを吸収及び接収している。八幡博士はアークがタルパロイドを兵器転用するつもりだと考えて積極協力をしてくれなかったが、アーク独自の研究によっていくつかの実態は把握できていた。
「タルパロイドとは、脳内に特定の自律思考領域を確保した人間が副次的に整形することのできるエリューションフォースだとされています。具体的にはタルパシードというアーティファクトを媒介に疑似人格を持った強力な影人を作成する能力と言っていいでしょう。こうして作成されるものを簡略化してタルパロイド、または『人工生霊』と呼びます」
 自律思考領域については研究が完了しており、ブレイン・イン・ラヴァーで代用が可能とされている。というより、八幡博士がこれを用いて高僧のトゥルパ秘術を代用していたのだそうだ。
 実体化に関しても白幡神社の崩界阻止計画の一旦として再現済みであり、安定運用が可能とみられている。
「ニマ・チョクシーが作成した量産型タルパロイドとは、高僧の思念だけを大量に並列運用し、タルパシード無しで最低限の人格を持ったエリューションフォースを大量生産するというものです。これらは『殺意』という感情だけで突き動かされており、人間を殺すという習性だけで動いています。そのうえ他人の殺意を吸収して増える性質も持ち、大変危険なエリューションだとみていいでしょう。我々が動く価値は充分にあります」

 さて、今回の作戦はチベット軍支援部隊と鮮血寺突撃部隊の二班に分かれて行動する。
 それぞれについて説明しよう。
 『チベット軍支援部隊』の役割は文字通りチベットのリベリスタチームを支援するのが役割だ。
 ナイトメアダウン改変によって優秀なリベリスタが残存したとはいえ、もともと争いの少ない土地である。兵の練度は残念ながら少ない。そして即席の混合軍であるだけに統率もとりずらく、ここはリベリスタのメッカであるアークに全権を託そうという内容で合意したそうだ。
 アークは現チームから2~4名を派遣。白朗県に整えられた広大なフィールドを舞台に集団戦を指揮することになる。
 敵兵100。味方70。この戦力差をアークリベリスタの力でひっくり返すのだ。
 『鮮血寺突撃部隊』はうってかわって少数精鋭だ。
 ここは防御が硬く、半端な兵隊を増やすほど不利になる。なので『殺しても死なない』でおなじみのアークが少数精鋭で突っ込むのが得策なのだ。
 段取りとしては上空から高速輸送機で突入。量産型タルパロイドは当然のこと、アークリベリスタ約一人分の戦闘力を有する純正タルパロイドが守護するアジトを攻略する。建物内は入り組んでおり、そこかしこにタルパロイドがあふれている。突入も派手になるので、倒すことよりも突っ切ることを念頭においた方がいいだろう。
 そして塔最上階に君臨するニマ・チョクシーを倒すことが最終目的となる。
「厳しい任務ですが、これまで数々の困難に打ち勝ってきた皆さんなら、きっと乗り越えられるでしょう。ご武運を!」



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:八重紅友禅  
■難易度:VERY HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年10月05日(日)23:06
 八重紅友禅でございます
 細かいところを補足します。よく読んでね☆

●チベット軍支援部隊
 兵力は雑魚クラスだけど敵を取り込んで増える性質のある『量産型タルパロイド』の軍勢と、大体が雑魚クラスのチベットリベリスタ軍が戦っています。
 このまま行くとかなりの命が失われることになるでしょう。
 あなたの力で戦場を切り開くのです。
 戦場の広さはキロ単位。よほど固まらないと支援スキルが届かないくらいですが、それだけに集団線のスキルが活きてきます。支援特化大活躍パートです。
 勿論単体での戦力が高いキャラクターも活躍できます。単体でガーッと突っ込んでバーッ倒してザーッと逃げてくればそれなりの兵力を潰せるからです。とはいえ自分がやられたら大変なので、深入りは禁物です。
 全体的に戦いの様相がザックリするので、奇襲奇策は頭から外して置いてください。この手のバトルは奇策に頼らなきゃいけない事態そのものが負けみたいなとこあるので。
 指揮プレイが特に思いつかなければ『固まって突撃』『開いて防衛』『槍のように貫通』の三つを使い分ければそれなりに機能します。あとは地力頼りです。
 このパートには2~4人派遣できます。当然派遣した分だけ戦力がガッツリ増えるので、チベットの民を救える人数見積もりがガッツリ増えます。

●鮮血寺突撃部隊
 アジトへの突撃です。ミサイルかってくらいの勢いで輸送機を突っ込ませます。その役目をまっとうするためだけにサポ子さんをつけときます。輸送機がゾンビゲームにおけるヘリコプターくらいにすぐ沈むからです。
 皆さんを運べるのは中央塔までです。あとは内部が入り組んだエリアを抜け、塔を上り、最上階のニマ・チョクシーを倒す流れになります。
 このとき外を飛んで最上階まで行かないのは、周囲をタルパイドがめっちゃ飛び回っているからです。外で集中砲火を食らったら流石に死にます。
 ちなみに途中で『ここは任せて先に行け作戦』をとるとニマ・チョクシー戦で追走組の襲撃を受けずに済みます。これフリです。
 ※開放要素
 ・このチームは今回に限りタルパシードを持って行くことができます。使用可能シードは『ギィエ』のみです。起動にはブレイン・イン・ラヴァーの活性が必要です。戦闘は影人、ロールは式神使役に準拠します。
 ・このチームは今回に限り八幡博士を同行できます。彼を動向させた場合『チョクスム』を起動できます。

 このシナリオの結果次第でこのシリーズの終了方法が大幅に変化します。
 どう変化するのかは、正直これを書いている人間にすら分かりません。
 つまり、あなた次第です。

参加NPC
補助員 サポ子 (nBNE000245)
 


■メイン参加者 10人■
ナイトバロン覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
ハイジーニアスインヤンマスター
四条・理央(BNE000319)
サイバーアダムクロスイージス
新田・快(BNE000439)
ハイジーニアスデュランダル
楠神 風斗(BNE001434)
ハイジーニアスダークナイト
山田・珍粘(BNE002078)
ハイジーニアススターサジタリー
結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)
ハイジーニアスクリミナルスタア
晦 烏(BNE002858)
ハイジーニアスダークナイト
蓬莱 惟(BNE003468)
ハイフュリエミステラン
シィン・アーパーウィル(BNE004479)
ノワールオルールインヤンマスター
赤禰 諭(BNE004571)

●八幡博士、タルパロイド、チベット。
 革醒改造輸送機MOBU六号、機内。
 その奥に一人の老人が腰掛けていた。
 八幡縊吊博士。アークが知る中では最もタルパロイドという技術について詳しい人間である。
 戦闘における有用性と多様性をもつ技術の流用を危ぶみ、アークはつい昨日まで彼を拘束・監禁し続けていた。むろんこれらの技術が他組織に流れないことを危ぶんでのものだが、彼がフィクサードでもリベリスタでもないどっちつかずの存在であることもまた、危険の一要因となっていた。
 今回の依頼同行も、専門家による知識が依頼に有効であるという判断から参加したリベリスタたちが選択したものである。未だ、彼は敵でも味方でもない。
 こうして拘束を解かれた今もなお、アークでも高純度の実力をもつリベリスタに囲まれている状態にあった。
 そのうちの一人、『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)がこんな風に問いかけた。
「博士、これまで僕らが戦ってきたチョクスム、トゥ、デェン、ギィエ、そしてニマ・チョクシー。これらがチベット数字で6~8、13~14番を表わしてて、言っちゃえばナンバリングだっていうのはもう知ってることなんだけど。他には何人存在しているの」
 ふむ、と唸る八幡博士。彼に応える義務は無いが、ここまで付き合っておきながらダンマリをする意味も無いようで、重々しく口を開いた。
「少なくとも13体の完成形までは確認しておる。当然、製造過程で失敗して破棄・破壊したものも沢山ある。小数点以下のデッドナンバーじゃが、そこまで話す必要がありそうか?」
「いや……」
 首をひねる『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)。
 八幡博士からは、研究内容を盗まれないように注意して喋る様子がうかがえた。まあ彼らが善意で八幡博士を保護しているとはいえ、タルパロイド技術を『便利な兵器』として見ている人間がアークにいないわけではない……と思う。ちょっと数えただけで片手が埋まるほどだ。
 アークというのは個人主義の組織である。アークを左右するような政治的判断は常に所属するリベリスタたちに託されていた。別に彼らはアークに忠誠を誓っているわけでも、アークに深い弱みを握られているわけでもない。自由意志による自由判断である。それゆえ過去何度かこじれたことがあったが、なんだかんだでここまでやってきた。それもこれも、全員の間に崩界阻止と一般人保護という共通目標があったからである。
「…………」
 『不滅の剣』楠神 風斗(BNE001434)もまた、そんな一般人保護を目標にこの土地までやってきている。
 今回の事件は、ニマ・チョクシーがチベットの僧たちをサクリファイスにして量産型タルパロイドを大量に作成。人間を見つけ次第殺害し、新たなタルパロイドに再利用するという悪魔のような凶行が発端となっている。
 もし量産型タルパロイドが人口密集地へ入り込んだなら、この世の地獄が生まれることは必然である。
「いざとなったら……」
 いつものように。
 いつものように、顔も知らない他人のために死のうとする彼、楠神風斗である。
 だが変化はあったようで、すぐに首を振った。
「いや、生きて帰る。勝って帰るんだ」
「あらまあ、ずいぶん日和ったんですねえ風斗さん」
「……」
 『桃源郷』シィン・アーパーウィル(BNE004479)がへらへらとした顔で問いかけてきたものだから、風斗はじっとりとした目で睨んだ。
「イヤですねえ、そんな目で見て。『自分』のことは殺さないで下さいよ? なんて――また例のおっぱいの大きい彼女のことでも考えていたんですか?」
「またってなんだ。俺はそんなんじゃない」
「恥ずかしがることないじゃないですか。乳信仰は人類規模であるんですよ」
「そんな基準じゃないって言ってるんだ」
「そうでしたね。同じ巨乳のシスターさんは見事にフりましたしね」
 風斗の視線が殺人的なものになった。
 口笛を吹いて上を向くシィン。気圧の問題でうまくふけないはずなのに、なぜか朗々と聞こえた。
 それを合図にしたかのように、『足らずの』晦 烏(BNE002858)がコートのボタンを閉じ始めた。
「おいおいシィン君、若者からかってる場合じゃ無いぜ。そろそろ降下時間のはずだ」
「違いますよ、死亡フラグを追ってあげてたんですよ」
 丁度、機内にアナウンスが流れた。チベット軍との合流地点にまもなく到着するので、降下準備を始めてくれという内容である。補助員 サポ子 (nBNE000245)からのものだが、こちらからは表情はおろか姿すら見えない。
「そんじゃ、先に行くぜ。帰ったら一杯やろうや」
「それも、死亡フラグじゃありませんでしたっけ?」
 ロングコートにスーツというフォーマルな烏とは対照的に『影人マイスター』赤禰 諭(BNE004571)は家からそのまま着てきたような和風の服装に身を包んでいた。
 このまま降下すれば風の抵抗がとんでもないことになるだろうが、その辺りはリベリスタである彼らの背中に翼の加護が付与され、同時に輸送機の扉が開いた。
 諭は予め用意していた大型の鳥と式神をそれぞれ空に放つと、自らもまた大空へと飛び立った。
「ゴミの大軍が、うじゃうじゃと」
 この高さからはよく見える。
 四条・理央(BNE000319)も輸送機から顔を覗かせ、例の『軍隊』を見た。
 量産型タルパロイドの群れが、満ちる潮のようにじわじわとこちらへ迫ってくる。
 彼らの任務は大打撃を受けて壊滅寸前のチベットリベリスタ軍を指揮し、量産型タルパロイドの進軍を食い止めることである。ちらりと仲間のほうを振り返る。
「ボクたちは万全を期すつもりだよ。でも時間を無限に稼げるわけじゃない。可能な限り早く、可及的確実に量産型タルパロイドの発信源を絶ってね。よろしくね」
 そうとだけ言い残して、理央は輸送機から飛び立った。
 四人の救世主が、チベットの大地へと下りていく。
 ――その一方。
「プレッシャーをかけてくれますねえ」
 『グラファイトの黒』山田・珍粘(BNE002078)が、なぜかわくわくとした顔で輸送機の扉を閉めた。
 すぐにアナウンスが流れる。これより量産型タルパロイドの上空を移動するという内容である。できるだけ迂回はするが、アークの到着を察知されていたら砦の防御を完全に固められてしまう恐れもある。飛行形態になって襲ってくるであろうタルパロイドの攻撃をできるだけかわしつつ、全速力で砦へ突入するという、とのことだ。
「よく、ゾンビ映画でヘリコプターが根源的な施設に乗り付けようとすると、大抵……」
 爆発音がした。
 と同時に機内が470度ほど回転した。
「あ、やはり」
 機内の照明が赤く染まり、危険を知らせるであろうブザー音が鳴り響いている。
 山田珍粘こと自称那由他は、壁際の固定ベルトにしっかりと自分を固定しながらぼやいた。
「脳内嫁の性能テストに付き合うって話から、まさかこんな大事に発展するとは……わからないものですね」
 彼女の言うとおり、八幡博士がタルパロイドなる人工生霊の性能テストをしたいとアークに言ってきたのがコトの始まりだった。
 当初は八幡博士まで襲いかかってきたらどうしようか(もといヤっちゃおうか)くらいのスタンスで対応していたが、いつの間にかアークにこっそり協力していて、いつの間にか地下施設を作っていて、それがいつの間にか襲われ、助けに行ってみたらもっと沢山のタルパロイドがあると知り、やがてチベットという国を巻き込んだ大事件に発展したのだ。
「しかし、ニマは何がしたいんでしょうね? これまでの情報によれば、彼女もタルパロイドのひとつということでしたけれど」
 今更な余談だが、チベットの土地で名を受けたニマ・チョクシーは『ニマ・チョクシー』で一単語であり、ニマと呼ぶのは山田珍粘を『珍』と呼ぶようなものである。そう考えると暴挙以外の何物でもないが、カズちゃんだのフーちゃんだのという呼び方だと思えば愛嬌もあろうというものだった。
 上下左右に揺さぶられながらも余裕で腕組みをする『ナイトオブファンタズマ』蓬莱 惟(BNE003468)。
「タルパロイドは人間の思想が生み出したもの。今回で言えば『ブレイン・イン・ラヴァー』による第二人格の実体化だ。だがここまでの積極性と独自性をもった事件をおこすとなれば……もうそれは人間としか言えないのではないか?」
 彼女は既に戦闘態勢に入っていた。輸送機が空中分解してもいいように翼の加護もされている。
 だが閉じられた箱の中で揺さぶられるというのは、人間に少なくないストレスを与えるものだ。同年代の少女であれば、おびえてもいい状況だ。
 ふと、惟がいうところの『同年代の少女』を見てみた。
「夢の新技術キタアアアアアアアアああああついに脳内お兄ちゃんが実体化お兄ちゃんになる時が来たんだよお兄ちゃん嬉しいね嬉しいよね虎美も嬉しいよお兄ちゃんねえお兄ちゃん虎美知ってるんだお兄ちゃんがベヨネッタ2の予約をこっそりしてたこともその予約に紛れてエロゲを買おうとしていたことも参考書のカバーの下にエロ本隠していることも知ってるんだよだって虎美の脳内お兄ちゃんと現実のお兄ちゃんは同じものなんだからねえそんな脳内お兄ちゃんが現実になったら現実のお兄ちゃんと言える筈だよねそうだよそうそうお兄ちゃんは今日名実ともに虎美のものになるんだやったあもうこれで二十歳になったばかりの彼女に酒を飲ませていやらしいことをしようとするお兄ちゃんを零のフェイタルフレームみたいな顔で見ることも無くなるんだねだってお兄ちゃんは二人になるんだもんお兄ちゃんがどこの誰といちゃいちゃしようと子供作ろうと孫作ろうと虎美のお兄ちゃんはお兄ちゃんはお兄ちゃんはお兄ちゃんはお兄ちゃんはお兄ちゃんはお兄ちゃんはああああはははっはははははははあはははははははは!」
 『狂気的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)がすごく嬉しそうだった。
 むしろこちらの方がストレスだった。
 というのも、アークが以前回収したタルパシードを今作戦において一時的に利用できるから、である。
 説明が重複するので端的に述べるが、このタルパシードでタルパロイドを作成できる。そのためには脳内の特殊領域である『ブレイン・イン・ラヴァー』の活性が必要になり、それらのスキルが得意な(特異な?)二人が、この作戦に駆けつけている。
 ちなみにタルパシードを持ってきた紅い事務員がギィエとデェンを間違えて書類を作っていたが、お気になさらないで欲しい。
 今回はそれらを区別するためにアークが借り受けているシードを『タルパシード甲』と呼称することにする。
 と、虎美が脳内でチベット旅行を始めていたところで、アナウンスが流れた。
「今から不時着――いえ、突入します。近くのものに『つかまらないで』ください」
 途端、虎美たちは凄まじい衝撃と何かの建物へと突っ込んだ。
 その直後、自らを固定していた椅子ごと輸送機の外へと射出されたのだった。

●チベット軍支援指揮作戦・壱
 誇りと信念をもって中国への自治権を張り続けてきたチベット各部族にとって、一族の戦士が死ぬと言うことは歴史が死ぬのと同じ意味を持つ。
 量産型タルパロイドなどという人ならぬものに蹂躙されたとあって、一時は一般の女子供に至るまでが武器をとって抵抗する空気までできていた……が、それは天から舞い降りた四人の英雄たちによって収束した。
 文字通りともいえるし、そうでないとも言える。
 彼らは天から降ってきたし、シィンに至っては直立姿勢のままオーロラを纏いながらゆっくりと下りてきた。武器を手に彼女を仰ぎ見る者たちも相まって宗教画さながらであった。
 だが彼らチベット部族長たちの心中にあったものは、神様や精霊への感謝をある意味超えるものだった。
 キリスト密教徒のようなナリをした烏などはどこからともなくバイクを取り出し、日本語が堪能な通訳を通して『命を大事にして、無理をするな』と伝令を出した。
 自分にとって一円たりとも利益にならない他人のために、『ここはまかせろ』と言っているのだ。
 当然それだけではない。
 理央と諭は現地につくなりすぐさま影人を大量に生産し始めた。
 何より恐ろしいのは、彼らの作る影人の戦闘能力がずば抜けて高いということだ。
 インスタントチャージあたりで手伝おうとするも全く不要で、シィンの放っている緑色のオーロラに触れているだけで必要以上に回復できるのだそうだ。
 戦士のひとりなど、彼ら四人だけで異形の軍隊など吹き飛ばせるのではないかなどと言い出す始末である。
「随分――」
 十体以上の影人を作り出したところで理央は汗をぬぐった。
「期待されちゃったね。だからって、犠牲者をゼロにできるわけじゃないんだけど」
「人は弱ったときほど他人を頼りたくなるものですよ。藁にも縋りたい人が救命ボートを投げられればこうもなります」
 シニカルな顔をして、諭は空を見上げた。
「偵察に出した式神たちから連絡が入りました。そろそろ衝突です」
「うん……」
 遠くに目をこらすと、砂と煙に紛れ、ごちゃごちゃとした色合いの人形たちがやってくるのが見えた。歩き方はアンバランスで、SF作品にでてくる失敗作の人造人間のようである。そのくせテンポは気持ち悪いくらいに一定だった。
 タルパロイドたちの足並みが止まる。
 壁のようにまっすぐに、海のようにぎっしりと、異形の群れが並んでいる。
 対するこちら側は、翼を広げた鳥のように大きく、そして鋭く並んでいた。
 鳥のくちばしに当たるのが、晦烏である。
 バイクのハンドルを握り、ショットガンを天に翳した。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ……ってな」
「なんです、それは」
 伝令係兼通訳係が問いかけてくる。
 烏は肩をすくめて。
「日本人のお約束だよ」
 と言った。
 そのすぐ後ろで、シィンが馬に乗っていた。乗ると言うか、くらの上に浮いていた。
 馬に据えていた拡声器を手に取り、後方のチベット軍に向けてスイッチを押した。
「この戦いでは、全ての功はあなたたちが得て、全ての咎は自分が受けます。故に、全てを託しなさい」
 後方の軍をまとめる長たちの代表が同じように拡声器を手に取る。
「我々はそれを信仰と呼ぶ。今よりあなたがたは戦の神だ。神のために生き、死に、戦うことを誓う。さあ、号令を」
 シィン・アーパーウィル。
 晦烏。
 四条理央。
 赤禰諭。
 四人の戦士にして英雄にして戦の神は、天に向かって吠えた。
「進め」

●鮮血寺突入作戦・壱
 時間をやや遡り、輸送機がタルパロイド軍の発信源でもある鮮血寺へと到着した頃。
「今から不時着――いえ、突入します。近くのものに『つかまらないで』ください」
 輸送機の運転手は一通りのアナウンスをしたあと、鮮血寺の外壁をギリギリの高さで通過。ハンドルを金属棒で固定した。
 機体は既に限界値を超えている。今は飛んでいると言うより斜め向きに落ちている状態だ。
 が、ここで離脱すれば突入直前に食い止められてしまう。
 野外でリベリスタたちを放出すれば、大量のタルパロイドに囲まれた状態からのスタートだ。いかな彼らと言えど大きな被害は免れない。
 ……と、そこまでのことを一瞬で考えて、運転手は喜んで自らを運転席に固定。建物の中で最ももろい部分を推し当て、機体をまるごと突っ込んだ。
 衝突と同時に緊急離脱装置を起動。これは運転手のものではなく、乗員のためのものである。
 運転手はどうなるかと言えば――。

 広いホールのような場所に飛び出した楠神風斗は、壁に激突する前に椅子から離脱。飛行能力を使って空中ブレーキをかけつつ、最終的には地面に両足と剣でもって着陸した。
 足下でタイルが引きはがされ、砕けて飛び散っていく。
 ふと見れば、輸送機は石造りの外壁を破壊して建物内に滑り込んでいる状態だった。
 これ以上飛び続けるのは無理だろう。
 運転席に駆け寄り、中を覗く。
「じゃあ補助員さん、また後……で……」
 運転席の窓を、太い鉄骨が貫通していた。
 鉄骨は風斗たちが乗っていたエリアまで通っている。当然運転席に座っていた人間は、人間の原型ごと喪っていることだろう。
「あ、あ……」
「振り返っている暇はなさそうですよ」
 山田珍粘こと那由他が、槍を手にホールの入り口へかけだした。
 入り口からは何体かのタルパロイドが沸きだし、輸送機が突入した穴からも飛行状態のタルパロイドが入り込んできている。
 幸いすべて量産型だ……が、外には身の丈10メートルはあろうかという巨大なタルパロイドが中を覗き込んでいた。あの異様さ、間違いなく『純正品』だろう。
 まだアークが確認していない10体のうちの一つである。
「立ち止まっている余裕もなさそうだ。一気呵成に責めるぞ」
 惟は盾のポケットから魔剣を引き抜くと、ホール入り口のタルパロイド立ちに向けて横一文字に剣を振った。
 剣の軌跡が闇となり、闇が波となり、波がまた闇となり、タルパロイドたちを飲み込んでいく。
 そこへ素早く飛び込み、那由他は槍を握った。
 握り、接近し、通り過ぎ、背を向けたままブレーキをかける。
 無視された形となったタルパロイドたちが振り返り、今こそ彼女を仕留めようと腕を剣の形に変え――ようと思った時には腕が既に切り落とされていた。
「突っ込め!」
 ほぼ完全に無力化されたタルパロイドたちへ、新田快が体当たりを仕掛けた。
 ドミノ倒しになるタルパロイドを踏みつけながら通路へと飛び出していく。
 風斗もまたその後ろに続き、脇から出てきたタルパロイドを剣でもって返り討ちにした。
 すぐそばに真っ白い虎が現われた。驚くことは無い。タルパロイド第十三非検体こと、チョクスムである。
 チョクスムには八幡博士が跨がり、拳銃を握っている。あまり慣れた手つきではないようだが。
「この寺は元々かなり広い。そこへもって要塞化するために手を加えているようじゃ。内部構造がすぐにでも分かればいいんじゃが……」
「大丈夫、壁の位置だけはなんとか見えた!」
 タルパロイドを殴り倒しながら、御厨夏栖斗が横を併走した。
「見えたじゃと?」
「正確には『聞こえた』だけどさ」
 とんとんと自分の耳を叩く夏栖斗。集音装置によって空気の通り方を把握したのだ。ただでさえ突入の際に轟音を立てていたので、集中すればあるある程度の範囲は把握することが出来る。
 あとは目で見て確かめれば、まあなんとかというところだ。
 快が飛んでくる銃弾を盾で弾きながら振り向いた。
「ニマ・チョクシーの位置は」
「そこまでは分からない。こいつら、話し声が無いんだ。まるでテレパシーか何かでやりとりしてるみたいに」
「ま、上に向かって行けば間違いないだろ」
「だね」
 強行突入をして良かったのは、防御壁付近や建物のそばを守っていたタルパロイドたちを一時的にスルーできたことである。こちらは中心に向かって突き進むので、悠長に休憩でもしないかぎりは追いつかれないだろう。問題になるのは内部に常駐したタルパロイドたちが時間稼ぎを仕掛けた場合である。
 だが雑魚が相手なら、問題は無い。
「次元を超えて――出てきて、お兄ちゃん!」
 タルパシードを宙へ放り投げる虎美。シードの周囲に予め集積しておいたエリューションフォースが拡散、疑似身体を形成した。
 回収時は有名なサイボーグ映画の二作目を思わせるような人型液体金属だったが、今回は根本から違う。微妙に金属めいた特徴は残したものの、それはまさしく『結城虎美のお兄ちゃん』だった。
 絵師に何十万積んだんだろうと思うような圧倒的な美化が成されていたことを覗いてはお兄ちゃんそのものである。
 お兄ちゃんは群がるタルパロイドをバラの花びらを散らしながら無駄に華麗な動きで蹴散らすと、後光を浴びながら振り返った。
「虎美は、俺が守る!」
「うんお兄ちゃん!」
 が、ここで一つの問題が起きた。
「あと彼女も守る! ひいては結婚して家庭を持ち、時村のコネでいい会社に入って子や孫たちに楽な暮らしをさせるんだ」
「ん、あ……れ……?」
 片目を押さえる虎美。
 これはあくまで都市伝説程度の話だと思って聞いて欲しいのだが。
 独身が長すぎた女性が理想の彼氏を妄想し、理想の彼氏と生活する自分を毎日のように空想し続けた結果、理想の彼氏が勝手に自分へ語りかけてくるようになったという事例が存在する。
 E能力者はこれを任意で行なうことができるが、一般技術でこれを獲得するのは簡単なことではない。
 そんな特別な技術だからさぞかしスペシャルでワンダフルなことなのだろうと思いがちだが、そうで無いこともある。というより、『そうでないほう』が一般的なのだ。
 その女性の例で言えば、理想の彼氏は家からろくにでれないストレスを彼女へと発散するようになり、酒や煙草におぼれ、酷い暴力をふるい、それでも別れたくないからといって女が誰も居ない部屋に向かって大泣きするという事案に発展したのだった。
 空想が現実に顕現するということはつまり、自らの手を離れるということだ。
 それがどのように振る舞うかを、自らの任意で決定できない。
 厳密に……ごくごく厳密に言えば、本人が本来的に望んでいることを本能的自己防衛の一環として行なっているものでもあるので、ある意味いいことなのだが。
「虎美。お前もいい人を見つけ、暖かい家庭を持つんだぞ」
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
 自分の中にいたお兄ちゃんが離れちゃう。と、虎美は発作的に叫んだ。血を吐きながらだったので一言たりとも言語として成り立たなかったが、そう叫んだ。
 が、次の瞬間。
「待て、虎美が望んでいるのは俺との家庭じゃないのか?」
 お兄ちゃんの肩から小さなお兄ちゃんが生えてきた。
 逆側の肩からも生えてくる。
 と言うかそこら中から大量に生えてきた。
「だが日本は一夫一妻制。たとえ法から逃れたとしても世間の目は冷たいぞ」
「そこほら、俺だし」
「そんなことよりバンドやらない?」
「俺は彼女も好きだが、妹も好きだ」
「ツインテのロリが好きだ」
「自販機でパンツ買えるっておまえ言ったじゃん。あれ嘘だったの?」
「妹が悲しむのはよくないだろ。そこはもう世間か妹かで選ぶくらいでさ」
「いやいっそ全部を選択するっていうのはどうだろう」
「後ろめたいことがないなら彼女だって受け入れてくれるかもしれないぞ」
「――以上、会議の結果妹萌えと彼女萌えは別なので競合しないという結論になりました」
「いーやったあああああああああああああ!」
 結城虎美。空想を空想によって制御するという、人類がまだたどり着いちゃいけない領域へ既に踏み込んでいた。
「…………」
「…………」
「…………」
 その様子を見ていた先頭集団は、若干乾いた目でお互いを見た。
「ねえ、タルパロイドってああいう使い方でいいの?」
「厳密には間違っておらんのじゃが……あのレベルでの顕現は初めて見たのう。斬新なもんをみた」
「美化された小さい知り合いが大量に飛び交ってる光景って、想像してたよりクるものがあるよね……」
 このように。鮮血寺突入作戦の序盤は、おおむね順調に進んでいた。

●チベット軍支援式作戦・弐
 戦争をしておいて誰も傷つかず悲しまないことなんでない。
 これが誰の台詞だったのか、シィンはよく覚えていない。記憶していない。
 だが実感として、人間の集団と集団が殺し合いによって決着をつけようとした場合、何もしなければお互いが致命的なまでに摩耗し、最後は誰も何も残らないというのが現実である。
 殺し合いによってどちらかが生き残るためのルールが戦争であり、そうなった以上殺さなければ死ぬのみだ。
 そして今、チベット軍とタルパロイド軍の間で行なっているのは戦争でもなんでもない。ただの殺し合いである。
 お互いに潰れ、削れ、壊れていく戦いである。
 当然チベットの戦士たちはそれを深く承知していたし、死ぬ覚悟だってしていた。
 だからこそ本来部外者であるはずのアークという巨大な第三者に全てを、命を託したのだ。
「本来なら、この流れで半分くらいは死んで然るべきなんですけどね……」
 自分の髪の毛をくるくると指で巻きながら、シィンは馬上で呟いた。
 放たれた魔力は軌跡を描いて飛び遠方で戦っているタルパロイドたちを巻き込んで巨大な竜巻が起こった。膨大な熱をはらんだ竜巻である。
 タルパロイドが千切れてまき散らされていく。
 散ったそばから再構築をはじめるので、殺しても殺した気がしない。
 が、作戦自体はかなり有効に進んでいた。
 理央と諭の作成した影人は当初攻撃のためのものと思われていたが、実際の用途は囮であり盾であった。
 チベット軍の先頭になるように配置し、前進しながらタルパロイドを攻撃。
 攻撃の威力が圧倒的に違うことと、これが今も尚継続して生産され続けていることを察したタルパロイドたちは影人の集中攻撃を開始した。
 ちなみに一番手っ取り早いのは諭や理央を直接攻撃して二度と生産できないようにすることだ。今回リベリスタたちがタルパロイドの大本を潰すために鮮血寺に突入しているのと同じ理屈である。
 が、ここまでいくつもの場数を踏んできた理央たちそんな愚かなことをするはずはない。
 影人に自らを庇わせてダメージを逃がし、その一方で諭の高火力による朱雀招来でもって次々と薙ぎ払っていった。
 これに慌てたのはタルパロイドたちで、一刻も早くこの『増加する驚異』を絶たねばならぬとチベット軍先頭にして中央のシィンたちへと戦力を集中させてきた。
 まあそこをゾンビ映画のラッシュシーンのように打ち払い続けていれば楽だったのだが、相手はタルパロイド。一糸乱れぬ動きで群体そのものを槍のような隊列に変え、両サイドで防御を固めながら中央の兵でもって断固とした突破攻撃を仕掛けてきた。
 寄せ集めの軍で、尚且つ訓練もしていないチベット軍にはあまりに手痛い攻撃である。
 諭の式神からそんな連絡を受けて、烏はバイクのアクセルをひねった。
「さて、出番かね」
 烏がショットガンの水平打ちをしながらタルパロイド軍の正面へと突っ込んでいった。
 周囲には理央の影人がついている。
 ちなみに影人には理央型と諭型があり、理央型は防御に、諭型は射撃攻撃に秀でている。
 が、当然タルパロイド軍も影人を沢山作ったくらいでどうにかなるような軍勢ではない。チベット軍の力を借りなくてはならない。
「一人で当たるな。最低三人以上で庇い合え、軽傷で下がって、重傷を負ったら即座に逃げろ。くれぐれも『戦って死のう』とは思うなよ。いいな?」
 烏はそばについていたチベット軍の戦士に声をかけた。しっかりと頷き、それぞれ馬で左右へと分かれていった。
 タルパロイドの攻撃から逃げるため、ではない。
「四条さん、赤禰さん。両翼頼みます」
「任せて置いて」
「ここをしくじったら、我々もおしまいですしね」
 理央と諭はそれぞれ馬へと飛び乗った。指揮官を移動させるための騎手があやつる馬である。それぞれの馬は蹄をならして左右へ大きく広がっていく。
 それぞれの隊は長く伸び、矢のように鋭く責め立てるタルパロイド軍の両脇を抜けるように広がっていく。
 囲い込みだ。
 その意図を察したタルパロイド軍は即座に防御陣形に転換。急いで後退しつつ、囲いから逃げようとする。
 余談だが、この規模の集団戦において『上に逃げる』は自殺行為である。単独で戦ってばかりいるとなんとなくその手がよさそうに思えるが、相手も相手で飛ぶことができる上、一度空に上がってしまうとお互いに打撃が通りにくくなり、結果的により追い詰められた陣形になってしまうのだ。
「さ、撃ちまくってください。できるだけ後方のを。できるだけ邪魔になるように。やつらは鉛玉を食べるのがお似合いです」
 薄笑いを浮かべ、影人に攻撃指示を出す諭。
 交戦状態に入ってからはスキルを朱雀に切り替えていたので数はだいぶ減ったが、打撃力まで落ちたわけでは無い。それに序盤の間でチベット軍のダメージを大幅に軽減していたおかげで、タルパロイド軍を牽制しつつ移動するのに最適な人員が残ったのだった。
 一方で理央側は継続して影人を作り続けていた。比較的防御の厚い影人を相手に向かって前側へと押し出すように配置しているので、彼女の隊がタルパロイドの攻撃によって千切れたり、はじけたりすることは無かった。
 最終的には理央隊が若干多めに回り込む形でタルパロイド軍を囲うことに成功。
 が、ここからだ。
 一番ひどいのも、一番つらいのも、一番人が死ぬのも、ここからである。
 タルパロイドの群れに飛び込む構えをとりながら、烏は低く唸った。
「始めるぜ――総攻撃だ!」
 ここからの命令はまさに『戦って死ね』。
 腕がとれても仲間が死んでもひるまず進み、敵を一人残らず殺し尽くす。
 味方の死体ごと敵をすりつぶし、食らい尽くす。
 烏はバイクごとジャンプし、タルパロイドの群れへと突入。
 空中でバイクから離脱すると、ショットガンを辺り構わずぶっ放しまくった。
 対するタルパロイドも恐ろしいもので、この窮地にありながら冷静に『突破しやすい穴』を見つけて集中攻撃を開始。
 シィンの居る中央エリアのチベット戦士たちが次々とすりつぶされていった。
 理央も影人を追加生産し続けるが、接触面がここまで広がってしまうともう間に合わない。
 次々と首が飛び、次々と血肉臓物骨脳漿が飛び荒び、シィンはたちまち赤黒く染まった。
「シィンさん、仲間が――仲間が――!」
「退却は許可しません。空いた穴は鶴翼の先端を縮めて包囲を続行。回復と攻撃にだけ集中してください。力尽きた仲間は肉体ごと破壊。タルパロイ化を防いでください。あなたは――」
 顔にかかった血だか肉だかを指で払い、シィンは落ち着いた口調で述べた。
 もしここで『誰も死なせたくないんです』などと言って引き下がろうものなら、タルパロイドたちはここぞとばかりに盾になった者たちを襲っただろう。折角作った包囲網はめちゃくちゃに粉砕され。まるで割れた水風船のように跡形も無く壊れてしまうだろう。包囲の先端にいた人間たちは撤退が間に合わず、タルパロイドに喰われたろう。続々と増える敵から逃げ切ることが出来ず、多くの仲間が連鎖的に喰われていっただろう。
 やがてアークのリベリスタたちでも手に負えなくなり、その場から撤退。あとは人里へなだれ込んだタルパロイド軍を里もろとも広域破壊兵器で吹き飛ばすしかなかった。億単位の負債を国へつけることになるだろう。数え切れない死が訪れ、不幸と憎しみと八つ当たりの連鎖を生んだだろう。
 が、それは。
「ここで勇敢に死になさい」
 この一言で、防がれた。
 戦士たちは仲間の死体を踏み、仲間の血肉を浴び、千切れた腕すら武器として、タルパロイドに食らいついた。
 一匹たりとも逃すまい。
 我が死と苦しみは、この地を踏む後生の誰かが笑い話と共に知ればいい。なんなら日本お得意のふざけた美少女化とやらをすればいいだろう。
 なんでもいい。どうでもいい。
 だが決して、一匹たりとも逃さない。
 ここで全部殺し、死んでやる。
 みんなのために、死んでやる。

 被害はひどいものだった。
 ……というのは、シィン、理央、諭、烏のアークリベリスタ四人に限った話である。
 全員見事に負傷。尽きた影人にかわって矢面にたった烏や、敵から最も集中攻撃を受けたエリアにいたシィンはひどい重傷をおった。
 だが。
「一匹残らず……やったな」
 後衛テントの中で、烏は大の字に横たわっていた。
 そばには理央が倒れている。シィンに至っては暫く意識が戻らず、駆けつけていたヒーラーたちが治療に当たっていた。
 包帯だらけの理央が起き上がる。
「ボクたちが矢面にたったおかげで、チベット軍の犠牲は少なくてすんだ。勿論死人も出たし、重傷を負った人も沢山いた。それでも……思いつく限り一番いい形で解決できたと思うよ」
 水をちびちびと飲みながら、理央は安堵のため息をついた。
 と、そこへ。
「安心するのはまだ早いですよ」
 テントのカーテンを開け、諭が入ってきた。
 彼も彼でけっこうな怪我をしていたが、表情には出ていない。
 指で空を示して言う。
「空に出したままにしていた偵察が新たなタルパロイド軍をとらえました。最初の軍と同じ程度の数です」
「……それって」
「復活しているんです。タルパロイドが」
 純正品もそうだったが、タルパロイドは核となるシードが生きている限り何度でも復活ができる。
 核の無い量産型タルパロイドはさすがにその場で復活というわけにはいかないようだが、遠く離れた中継地点で徐々に再形成をはかり、今は再形成の途中であるという。
「今の戦力でまた潰しきることはできないでしょう。ですが連中はまだ復活途中。この段階で大本を絶つことが出来れば、被害は未然に防ぐことが出来ます」
「でも絶てなかった場合は……」
「あー、そういう場合も考えなきゃならんよな……」
 理央の呟きに、烏は頭をおさえた。
 復活途中のタルパロイドたちを潰すべく、再び軍を率いなくてはならない。
 烏たちはもう動けないので、今度こそチベット軍の犠牲はひどいものになるだろう。
「突入班次第ってわけか」
「ええ。あっちが美味くやってくれれば万事OK。逆にこちらはもう最大限までやりましたから……」
「あとは待つのみ、ですね」
 テントの裏からシィンが這い出てくる。
 意識が戻ったらしい。
 シィンはうっすらと笑った。
「さてさて、おきまりの展開になってきましたよ。どうします、『そちら』の皆さん」

●鮮血寺突入作戦・弐
「量産型が復活してるって?」
 諭たちからの連絡を受けて、夏栖斗は顔を青くした。
 彼らの活躍によってチベットの人的被害が最小限に収まったという話を聞いた直後だったので、感情のアップダウンは激しい。
『まだ復活途中のようですが、そちらで根本を絶つことが出来なかった場合、チベットの長たちは戦士を再結集して特攻作戦を行なう模様です。時間はあまり残されていませんよ』
「……」
 ニマ・チョクシーと『釜』の破壊にタイムリミットが追加された。夏栖斗の頭の中で、赤いデジタルタイマーがコンマ以下二桁までの表示でカウントダウンを始める。
 仲間へそのことを手短かに伝えると、風斗がにらむような目で八幡博士を見た。
「博士、例の釜は」
「そんなおっそろしいモンを実験したことはないから確証をもっては言えんが、あれが巨大なタルパシード代わりになっているとすれば、神秘エネルギーによる破壊で復活効果を打ち消せるかもしれん。既に生まれてしまったぶんは暴走してしまうかもしれんが、これ以上発生することはなくなるじゃろう」
「ならやることは一つだ。釜を目指して一直線に進むぞ」
「いや、そう簡単にはいかないみたいですよ?」
 中庭のような場所に出たところで、那由他が足を止めていた。
 何をやっているんだと声をかけようとしたところで、彼女だけでなく快や惟、虎美たちまで立ち止まっているのに気づいた。
 そして遅ればせながら。本当に遅ればせながら、目の前にあるものが『敵』だということに気づいた。
 巨大な岩。巨大な壁。巨大な機械。
 そんな表現がぴったりくるようなそれは――戦車だった。
「VIII号超重戦車、通称マウス」
 勿論そんなお化け兵器がこんな場所に配備されているはずはない。
 砲がこちらを向いた。
「『純正』です、全員伏せて!」
 那由他の呼びかけに応じて虎美たちは屋内へと駆け戻り、壁の後ろへと飛び込んだ。
 その直後、全員は壁もろとも吹き飛んだ。
 直撃を受けたのは虎美である。元々防御の弱い彼女は爆風に煽られ、反対側の壁に激突。『お兄ちゃん』にキャッチされはしたものの、全身いたるところの骨が酷く壊れていた。
「お、お兄ちゃ……」
 虎美の意識といっしょに、『お兄ちゃん』が徐々に消えていく。
 最後には、気絶した虎美とタルパシードだけがその場に転がった。
「仕方ない。ここは俺が食い止める」
 快が笑って言った。
 言うやいなや、マウスの砲台に飛びついて無理矢理押さえつけ始めた。
「お先に。そいつは火力と防御が高いので気をつけて」
 その上を飛び越えていく那由他
「敵の頭を叩いてすぐに戻ってきます。どうかご無事で!」
 同じく戦車を駆け上がって乗り越えていく風斗。
「絶対に死ぬなよ!」
 最後に戦車を飛び越えて、夏栖斗がびしりと指を突きつけてきた。
「らいよんに怒られる」
「ああ、任せろ。足止めは俺の得意分野だ」
 夏栖斗の顔が少し崩れた。
 快がそう言って何度倒れたか知れない。成功も多い彼だが、怪我もまた多い。彼の残存フェイトからは、彼の死期がそう遠くないことがうかがい知れるのだ。
「任せろ」
 重ねるようにもう一度言った快に、夏栖斗はそれ以上なにも言わなかった。
 背を向けて走り出す。
 途端、マウスの形状が変化。丸みを帯びたおもちゃのアヒルのような戦車に変化した。大きさはだいぶ違うが、いかにも堅くて強そうだ。
「戦車を中心とした形状変化。資料に載っていたタルパロイドで間違いないな」
 後ろで声がして、快は振り向いた。
 惟が剣を構えて立っている。
「一緒にここに残るのか、蓬莱さん?」
「どうやら追いつかれそうなんでな」
 両腕や腹から大量の銃器を突きだしたものと、全身を炎に変えたもの、それに加えて両腕を石の槌に変えたものがそれぞれ追いかけてくるのが見えた。それぞれンガ、ニー、チーとナンバリングされているタルパロイドである。
 鮮血寺の外を守っていたタルパロイドの殆どを呼び寄せたのだろう。
「なら丁度いい。全部俺が引き受ける!」
 快はアッパーユアハートを起動。その場の全タルパロイドの意識にリンクし、強制的に攻撃対象を切り替えにかかる。
 大量の量産型が飛びかかり、四方八方から長い槍が貫通した。
「ぐ……!」
 耐える。この程度快にとってはかすり傷だ。
 そこへ戦車の砲撃が浴びせられた。
 さすがにただでは済まない。
 皮膚が千切れて飛んでいくのが実感できた。
「もう少し持ちこたえられるか。これができるだけ敵の数を減らしてみる」
「できるだけって一体どうやって」
 言いかけて、快は言葉を閉ざした。
 惟が惟でないことに気づいたのだ。
 と言うより、人間ではない。
 タルパロイド甲。先刻まで虎美が持っていたものである。タルパ惟とでも呼ぼうか。
 では本物の惟はどこにいるのかと言えば……。
「蓬来さん……その、大丈夫なのか?」
「大丈夫。大丈夫よ。ひとりでも戦える」
 慣れない手つきで剣を持ち、惟は後続のタルパロイドたちへと身構えていた。
 そんな彼女の横をすり抜けるようにタルパ惟が飛び出し、金の剣を振り込んだ。
 炎のニーが上下二分割される。その後ろから大量の銃撃を浴びせられるが、タルパ惟は銀の盾を顕現。銃撃を一発残らず弾いて見せた。
 その様子を、惟本人は戸惑ったような表情で見守っている。
「蓬来さん……?」
 戦車の砲撃に耐えながら、快もまた現状に戸惑っていた。
 この場に博士がいたならしてくれたであろう解説を、今しておこう。
 惟が顕現させたタルパロイドは、お察しの通り『惟そのもの』である。普段から表層に顕わしている理想の騎士像であり、彼女を長い間支えてきた砦である。
 ダブルキャストとブレイン・イン・ラヴァーの同時起動によって強固な人格と高い現実性を獲得したタルパ惟は通常のタルパロイドをゆうに上回る性能を発揮していた。
 が、それによってあらゆる意味で理想の騎士像を剥奪された惟本人は今、無防備と言ってもいい状態にある。
「…………」
 タルパ惟が石槌のチーを闇の中におぼれさせながら、心配そうに振り返る。
「大丈夫か」
「……」
「これは、何かの間違いで騎士になった者だ。だがいくつもの経験を経て、『間違ってよかった』と思っている。何が本当で、何が現実か、それすら曖昧なまま、色々なものを先送りにしてきて――良かったと、思っている。おかげでこれは、一番守りたい人を守れた」
「……」
「勝手なことを言ってすまない。だが貴様が……いや『私』がこれ自身であることをふまえて、もう一つだけ言わせて貰う」
 戦車の砲撃を受け続けた快が、苦しげに唸った。
「蓬来さん、早く! こっちは長く持ちそうにない!」
「これも私も、既に騎士だ」
 身体は勝手に動いていた。
 ずっとやってきたことなのだ。動き方は身体が知っている。
 あとは心が、魂が動けばいいだけだった。
 惟は自らの闇を最大まで膨張させ、魔剣に込めて撃ち放った。
 闇は銃器のンガの腹を破壊。大きな穴をあけ、仰向けに倒れさせた。
 三体のタルパロイドがそれぞれ地面に転がって落ちる。惟はそれを急いで拾い集めた。
 回収していくことはできるが、使用はまだ無理だろう。このタルパシード甲にしても博士たちが何日もかけて調整したものなのだ。
「新田!」
「えっ、なんだろうその壁のある呼び方!」
 気さくな笑顔で振り向く快。
 が、彼の右腕は既になく、盾を片腕だけで支えている状態だった。
 こういうときに爽やかに笑えるのが、守護神の守護神たるゆえんである。
「腕、大丈夫?」
「リベリスタの腕くらい何本でも生えてくるって」
 三本以上生えて貰ってはこまる。
 が、量産型の攻撃を一手に引き受け、虎美や惟たちをダブルカバーリングで庇護し続けるという荒行のようなことをしたうえでこの冗談が言えるのだ。たいした物である。
 そして惟たちは、戦車型タルパロイド・トゥーへと構えた。
 構えた時に、怖気が走った。
 そうだ。
 背後からずしんずしんと響く、ありえないほど巨大な足音を聞いたからだ。
 おそるおそる振り返る。
 そこには。
 身の丈10メートルの巨人、九番目のタルパロイド・グウが立っていた。

 山のように群がる量産型タルパロイドが一斉にはじけ飛んだ。
 まるで霧が晴れるように、雨が上がるように、三人のリベリスタがゲートを潜って現われる。
 一人は楠神風斗。ここまでの間にかなり暖まったようで、全身に赤いレイラインが浮かんでいる。
 もう一人は山田こと那由他。悠然とした足取りではあるが、全身からは底知れない闇がわき上がっていた。
 最後の一人は御厨夏栖斗。棍を構え、正面をにらむ。
「ご機嫌麗しゅう、ニマ」
「ご機嫌よろしく、日本のいい子ちゃんたちぃ」
 片手を翳し、指を波のごとくなめらかに、手招くような仕草をする。
 ニマ・チョクシー。
 この大事件の首謀者にして主犯格。そのうえでの、単独犯である。
 彼女は『釜』の前に立ち塞がるようにして立っていた。
 ビビットピンクのドレス。ビビットピンクの傘。ビビットピンクの眼帯。とろんとした顔で首を傾げる。
「こぉんな所までニマを追いかけて来ちゃうなんて――いやぁん、想われすぎて火照っちゃう」
「ニマ・チョクシー。もうこんなことはやめろ。世界を壊したとて、自分のものにはならんぞ」
 三人の後ろから、八幡博士が声をかけた。
 これからの戦いではまず身体がもたないだろうと、今は透明な繭の中に籠もっている。チョクスムが変形したものである。
 那由他は透明な繭を見た。
 この状態で表情や気持ちはうかがい知れない。
 だがなぜだろう。これまで確認したタルパロイドは戦車やパワードスーツ、液体金属や銃器といった戦争を象徴のようなモチーフばかりだったのに、なぜチョクスムだけは虫や動植物といった生命由来のモチーフばかりを集めたのだろう。
「もうよせ。お前のやっていることに意味は無い」
「あぁらぁ……ほざくわねおじさま?」
 ニマ・チョクシーの手元でタルパシードが発光。エネルギーを集め、パワードスーツになって彼女へと装着された。
 相手のパワーアップを大人しく待つような義理は無い。夏栖斗はすかさず真空斬撃を放ち、彼女の武装ごとはじき飛ばそうと――した所へ、上空から剣と盾が降ってきた。
 それぞれが壁となり、夏栖斗の攻撃を阻む。阻む、というより、庇うといったほうが正しい。
 つまり。
「スム、シィ。とってもいい子」
 ニマ・チョクシーはそれぞれを両手に握ると、ジェット噴射によって宙に浮き上がった。
「もう、もうしょうがないの。どうしようもないのよ。『私』が言うの。早く死にたいって言うの。『全人類』が死にたいって、終わらせちゃいたいって言うのよ! どうしようもないのォ!」
 ニマ・チョクシーが一直線に突っ込んでくる。
 風斗は咄嗟に剣を構え、防御をはかる――が、彼の剣が途中で真っ二つにへし折れた。
「なッ――!?」
 武器破壊とは違う。弱体、虚弱、無力といった弱体化系BSが一度に大量に押しつけられたのだ。
 ニマ・チョクシーひとりと戦っているようで、実質的には相手は四人。パワードスーツから飛び出したミサイルが風斗の眼前で爆発し、彼を思いきり吹き飛ばす。
 が、それでもまだ攻撃はやまない。ジェット噴射で急速に接近し、風斗に盾を用いた体当たりをしかけた。後方の壁を突き破り、上空へと突き上げられる。
「生きていても嫌なことばかりなの! 幸せになろうねとか夢を持とうねとか希望があるよとか言っていないと生きていけないくらいに悪いことばかりなの! 肉体は勝手に死んでいくし知能と言語を獲得したせいでお互いを殺し合うし、仲良くしようと言いながらご飯は仲良しさんたちで独り占めにするし、もうやっていられないの、限界なの! 『人類』は早く終わりになっちゃいたいの! 『私』がそう言ってきかないの!」
 やがて風斗は空中で開放された。
 急速なターンで攻撃目標を変えるニマ・チョクシー。
 次の狙いは那由他だ。
「敵が複数扱いなら……」
 那由他は槍を水平に構えると、ニマ・チョクシーへと自分から飛び込んだ。
 身体が交差する。
 ニマの攻撃を先手で遮るつもり……だったが、ダメージを食らったのはむしろ那由他の方だった。
 全身から血を吹き出し、空中で失速。墜落する。
「――」
 落ちながら相手の能力を計算する。
 那由他が先程放ったのは複数攻撃である。それが目立ったダメージにならなかったということは、盾型タルパロイドが味方への攻撃を庇ったということだ。ダブルカバーリングなんてアークくらいしか使えないようなスキルだが、『盾』は同じかそれ以上の固有スキルを有していることになる。
 そのうえ強力な攻撃反射とBS無効系の能力も持っているときている。おそらく防衛性能もかなりのものだろう。
 強力な攻撃と防御と機動力を備えた彼女を、いかに突破したものか。
「ニマ……」
 夏栖斗は顔をしかめた。
 最初、ニマ・チョクシーはタルパロイドの完成形だと思った。
 自我を獲得したアンドロイドや、神様に心を貰った操り人形や、泣いたり笑ったりするクッキーのような、そんなステキでちゃらけたお話なんだろうと、思っていた。
 逆だ。
 逆だったのだ。
 ニマ・チョクシーに込められたのは全人類分の人格シミュレーションパターンであり、ニマ・チョクシーというエミュレーターの中であらゆる人格が自らを主張し続け、反発しあい、争い、殺し合い、奪い合い、そうやって獲得した安寧のなかで退屈し、批難し合い、戯れでつぶし合い、自殺を繰り返し、そうやって生まれた憎しみでまた反発し合い、争い、殺し合う。それを延々繰り返してきたのだ。そんな中で、あるひとつの精神的自己防衛として、チョクシーは『ニマ』という個人を作成したのだ。只管に独善的で、只管にワガママで、ヒステリックで貪欲で、そして破滅的な個人を、全人類を反転させることで作成したのだ。
「でも、だめだよ」
 地面すれすれを飛ぶニマに殴りかかる。
 盾が間に挟まったが、構うことは無い。力業で突き抜けるしかないのだ。
「白黒!」
「分かってる!」
 空中で体勢をたてなおした風斗が重力を乗せた剣をニマへと叩き込む。
 素早くスライドした盾がはさまるが、盾に微妙に亀裂がはしっているのがわかった。
 そのまま夏栖斗と風斗のエネルギーを押し込む。盾はしだいにひび割れ、そして砕け散った。
「シィ! よく――も!」
 『剣』を振り回すニマ。が、その腕が知らぬうちに切り取られ、空中を回転していた。
 剣も同様にである。
 気づけば那由他が背後に立ち、ニマに槍を押し当ててている。
「チョクスム、縛れ」
「了解しました、博士」
 静かに述べた博士に応じて、薔薇の花に変形したチョクスムが大量にいばらのつるを伸ばし、ニマの身体を拘束しにかかる。
 そして。
 夏栖斗の、風斗の、そして山田珍粘の打撃が一斉に叩き込まれた。
「あっ、あァ……あふれ、ちゃうっ……!」
 天を仰ぎ、口を手で覆うニマ。
 そうして。
 全人類(ニマ)型タルパロイド・チョクシーはタルパシードへとかえったのだった。

 これで終わり。
 ……となれば話は早いのだが。
「博士、釜を壊すにはどうすればいい。殴ればいいのか?」
「おおむね間違っておらんが……全力で暫く殴り続ければよかろう。再利用の予定も研究材料にするつもりもないんじゃろう?」
「こんなことがまた起こってたまりますか」
 那由他と風斗は武器を構え、釜へと意識を集中させる。
 と、その時。
 地響きがおこった。
 ずしんずしんと、巨人が歩く音がした。
 振り返るとそこには、身の丈30メートルにもなったタルパロイドが存在していた。
「なにあれ……」
「離れろ、潰されるぞ!」
 驚いている暇は無い。
 駆け込んできた快の呼びかけに応じて、夏栖斗たちはその場から走って離脱した。
 巨大タルパロイドは腕を伸ばして釜を掴むと、あり得ないほど口を開けてばくんと飲み込んでしまった。
「あれは……」
 よく見ると、周囲に存在していた量産型が全て巨大タルパロイドに吸収されていく。
「味方を吸って大きくなっているのか……?」
「というより、合体してるんだ」
 満身創痍の快が、惟に支えられながら言った。
「それはどういう……」
「私が説明するわ。後続のタルパロイドや戦車型タルパロイドを倒した所で、ヤツが来たの。最初は10メートル程度だったけど、後からやってきた腕や足単体のタルパロイドとくっついて、あの有様よ」
「変形合体って、なんか行くところまでいった感じがし――ってコレどうしたのその口調!」
 夏栖斗が惟を二度見した。
 真顔で無視をする惟。
「あの、つっこみどころは色々置いておいて……気になることがひとつあるんですけど」
「なんだ?」
「虎美さんどうしました?」
「……」
「……」
 皆は顔を見合わせた。
 そして。
「ごめんなさい。『これ』に逃げる時間を稼いで貰っていたんだけど、結城をつれてくる余裕が……」
「置いてきたのか!? そんなのはダメだ、俺が行――!」
「やめ――」
 熱くなった風斗が駆け戻ろうとして、それを仲間が『やめろ無理だ』といって押さえるというおきまりのパターンをやろうとした――その時。

「みんな、待たせたな」

 腕組みをした巨大な人間が、地面からせりあがって現われた。
 全身を光と闇の装備で固め、神に靡くポニーテイルと鋭い目。
 彼の肩には、同じポーズで仁王立ちする虎美の姿があった。
 両目を瞑り、どこまでも届くような声で言う。
「世界が絶望に満ちたとき。地球が闇に包まれたとき。全ての人の心に宿る光がある」
 両目がうっすらと開く。
 目には光が。
 光と希望が。
 希望と夢が満ちていた。
「超理想幻想――ドラゴンナイト!」
 巨大タルパロイドが拳を叩き込んでくる。
 それを、巨大お兄ちゃん騎士は片手で受け止めた。
 すかさず顔面へパンチを繰り出す。巨大タルパロイドはその一発だけで転倒した。
「「…………」」
「「…………」」
「「…………」」
 真顔かつ無言でその光景を見上げる一同。
「暴力の象徴よ、殺意の使者よ……この世界からいなくなれ!」
 巨大お兄ちゃん騎士は妙にキメたポーズをとると、光と闇が混じったビームを放ち、巨大タルパロイドに直撃させた。大きな爆発とともに消滅するタルパロイド。
 巨大お兄ちゃん騎士はこくんと頷くと、大きな空を見上げた。そして両手を広げると、妙なかけ声と共に空へと飛び立ち、やがて宇宙へと飛び去っていった……ように見えた。
「みんな! お兄ちゃんがやっつけてくれたよ!」
 視線を地面に戻すと、そこには元気に駆け回る虎美の姿が。
 手にはタルパシード甲がしっかり握られていた。
 理屈だけを述べるならブレイン・イン・ラヴァーとブレイン・イン・ハーレムとダブルキャストを人生を賭けるレベルの純度で濃縮し、そのうえでかけあわせた結果とんでもないことになったのだが……なんでこうなったのかと言われたら『奇跡が起きたから』としか言いようがなかった。というか八幡博士がさっきから「ありえん……ありえん……」しか言っていなかった。

●チベット作戦、終了。
 こうして、アークリベリスタたちによるチベットでの作戦は終了した。
 チベットの戦士たちはアークの功績をたたえ、高名な寺院に彼らの像をたてることにした。自分が像になるとか嫌すぎると言った烏たちによって、最終的に『超理想幻想ドラゴンナイトの像』がたってしまったことは、ほんとうに申し訳ないと思っている。
 事件によって命を落とした僧や戦士たちの弔いを終え、彼らは日本へ帰国することにした。
 そんな中で、八幡博士が好奇心に駆られた顔で『兵器じゃないならアークに協力してもいいんじゃよ』と言いながらチラチラ見てくるようになったのも、申し訳ないと思う。
 だがおおむね。
 アークによって、一つの国が救われた。
 これは紛れもない事実であり、歴史である。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 想定していた成功ラインを大幅に乗り越え、レベルの高いプレイング力によって様々な被害が押さえられました。
 成功の更に上、大成功として判定……しようと思いましたが、さすがにやり過ぎやんと白いタルパロイドさんが言ったので、大成功に近い成功という判定にしました。
 お疲れ様でした。

 今回の事件は現地でちょっとした伝説として残ります。
 このことが後の、いわゆるラストの事件につながることになるでしょう。