● 水底(ボトム)で、彼はゆっくりと目を覚ました。 「――」 微睡みから抜け出すように、銀の色をした巨体――我々の知るジンベイザメに酷似した姿――を僅かに震わせる。 有り体に言えば彼、フォルネウスは退屈していた。何しろ話し相手も用意されないまま、ここに陣取りアークと対決しろ、と主であるキース・ソロモンに置いて行かれたのだ。 フォルネウスの周囲には何体かの配下が周回軌道を描いて泳いでいるが、彼らではフォルネウスの退屈を紛らわせる程の有意義な対話は望めない。 そもそも普段、キースは弁論を交わすために彼を召喚するのだが、今回は事情が違うようだ。 「野獣などと呼ばれている癖に、なんとも人間らしい行動を取るものだ」 あるいは野獣だからこそ、か。 思考を潤滑油に、頭中の歯車の挙動を滑らかにしていく。 一年前の九月十日、聞くところによると主はアークというリベリスタ組織に敗れたらしい。引き分けであったという話も聞いたが、あの男のことだ、そうは言わないだろう。 そして来たる今年の九月十日、主はその日に再戦を希望する旨をアークへ通告したのだ。わざわざちょうど一年後を選んでくるあたり、主の再戦への想いには並々ならぬ物を感じる。 アークが通告を反故にしようものなら、主はあらゆる手段を辞さないはずだ。 実際、アークが再戦に応じる限りは決して一般人に手を出すなと釘を刺された。それは裏を返せば通告に応じなければ一般人への無差別攻撃もあり得る、ということになる。 「そこまでして、彼らとの勝負に拘るか我が主よ」 独りごちるも応える相手、いや応えられる相手がここにはいない。 黙したまま、相変わらず観賞魚のように自身の周りを泳ぎ回る配下達の姿を眺め、フォルネウスは嘆息した。 主が張り巡らせた外界との繋がりを遮断する結界の内部は、静寂に包まれている。 ここに存在出来るのはフォルネウス、彼の主たるキース・ソロモン。そして、 「……アークか」 退屈が凌げるのであれば、誰であろうと問題はない。それに、主以外の人間と言葉を交わすのは久方ぶりだ。 「何か、得られるものはあるだろうか」 これまでも極稀にフォルネウスを呼び出せた者はいたが、彼が悪魔故に、召喚者が脆弱故に、およそ会話というものに進展した試しがない。 フォルネウスの言葉に動かされ、ある者は愛していた者を殺めて発狂し、ある者は彼の言葉に耐えられずその存在を維持できなかった。 だから、キース・ソロモンに出逢った時のフォルネウスの喜びは、かつてない程のものだった。 「あの時の喜びを、また得られるだろうか」 それが判るまで、あと僅か。 それまでは思考の海に身を預けていよう。 来るべき時に、満足の行く言葉(のろい)を投げ掛けられるように。 「……時に主よ。我をこの水族館に配置したのは、我が外観故か?」 フォルネウスの問いに応える者は、まだ、いない。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:力水 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年09月28日(日)23:01 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●対話 九月十日。 普段と何ら変わる事なく、その日はやってきた。 八月が終わり、それでも残暑がまだまだ続くだろうと覚悟していた人々を裏切るように、所謂“秋らしい”気候が九月を迎えた街を包み込んでいる。 日中はまだしも、夕方を過ぎて夜ともなると肌寒ささえ感じる。しかもそれが海に程近い開けた場所ならば、尚更だ。 「ひさしぶりだな、海遊館。ちっさい時はめっちゃ通ってたんだよな」 日が暮れ始め、ぽつぽつと火を灯し始めた街灯に照らされた道を行く幾つかの人影がある。 その内の一人、『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)が感慨深げにそう言った。 「詳しいわけではありませんが、此方は観光スポットだという事は存じております」 『月虚』東海道・葵(BNE004950)の涼しげな目に、徐々にその大きさを現し始めた建物が映る。 彼らが今居るのは、大阪市は港区。そして目指すは日本有数の水族館として、そして観光名所としても有名な海遊館だ。 建物自体がライトアップされているらしく、遠目からでもその独特な姿が見て取れる。 「水族館で可愛いサメを眺める。これがデートなら、素敵な思い出になったかもしれませんね」 こっちです、と『グラファイトの黒』山田・珍粘(BNE002078)が皆を誘導する。 しかし海遊館前の広場へ上がる大きな階段へ珍粘、いや那由他が足をかけたその時。 ぞ、と彼女の体に悪寒に似たものが走った。 (これは、いえ、これが――) 振り返れば、同じように階段を上り始めた仲間達も気付いているようだ。キース・ソロモンが張ったという結界、その内部に入ったのだ。 それでも、彼らに引き返すという選択肢は無い。 周囲の景色に変化は無いものの、唐突に消え去った人間の気配。 そしてその代わりに満ちるのは、リベリスタ達を過敏にさせる異界の気配だ。 『来たか、待ちかねたぞ』 上空から声が落ちてくる。 そこには、飛ぶでも無く羽ばたくでも無く、泳ぐように中空に身を委ねる巨躯の姿があった。 「――序列30番、魔神フォルネウス」 呟くように、『番拳』伊呂波 壱和(BNE003773)がその名を唱える。 心がすくみそうになるのは、何もその巨体のせいだけではない。 圧倒的な異質。まともに生きていれば対峙する事すらあり得ない存在が、すぐ目の前にいるのだ。 自分を保つように、壱和は思わず拳を握りしめる。だがそんな彼女の隣で、聞き慣れた声がした。 「空中を泳ぐっていうのは、ゆったりしていていいわね。でもまあ……そんな余裕は直ぐに無くなるでしょうけれどね?」 そうフォルネウスに言葉を投げた『揺蕩う想い』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)が、壱和の拳にそっと手を添える。 我に返ったように壱和がシュスタイナが見るが、彼女はフォルネウスを見上げたまま。 それでも、繋がった手から感じる心強さに押されるように壱和は深く息を吸い、普段の自分を取り戻していく。 「サメだぁ~あーあー!! でっかいぞー☆」 「……サメ、ですねえ」 今にもフォルネウスに駆け寄らんばかりに無邪気な声をあげる『Eyes on Sight』メリュジーヌ・シズウェル(BNE001185)と、感心するように彼を見上げる『夢追いの刃』御陵 柚架(BNE004857)。二人の反応に違いはあるが、興味津々という点に関しては同様のようだ。 「このサイズの生き物が空を飛んでるっつーのはなかなか壮観だな」 「海に行ったときでも、これ程のは見れませんでしたよ。流石は魔神」 不敵な笑みを浮かべる『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)の隣では、フォルネウスを検分するように眺める『桃源郷』シィン・アーパーウィル(BNE004479)の姿がある。 そんなリベリスタ達各々の反応を、当のフォルネウスはじっと見つめていた。それは決してリベリスタ達を見下すようなものではなく、彼らの自分に対する反応を楽しんでいる。そんな風だった。 「御機嫌よう、異界の魔神よ。今宵、私達が貴方のお相手をさせて頂きましょう」 警戒の色を纏いつつも、恭しく一礼をした『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)に一礼を返しつつ、ようやくフォルネウスが言葉を紡いだ。 『そう畏まる必要はない、少女よ。しかしやはり、他者との邂逅は良いものだ』 「わたくしとしましては、鑑賞用の魚が喋り出すと少なからず煩わしさを感じるのですが」 葵の辛辣とも取れる言葉にフォルネウスは苦笑を返す。 『言葉を交わすのに、姿形などは些末な問題に過ぎぬ。 本来ならば、このまま唯々言葉を交わし続けられれば良かったのだが……しかしそれでは我が主の意志に背く事になる』 虚空に、幾つもの細波が立つ。その中から現れたのはフォルネウスの配下達だ。 リベリスタ達が一斉に身構える。それに応じるように、その巨体には似つかわしくない機敏さでフォルネウスがリベリスタ達へと向き直った。 『来るがいい、水底の子らよ。せめて、戦いの中で生まれる言葉を楽しみにするとしよう』 「じゃあ、今から魅了してくるのかにゃー?」 魔神フォルネウスが持つ能力の一つ、愛憎相克。その情報はリベリスタ達全員の知る所だが、メリュジーヌはそれについてどこか悪戯っぽく問い掛けた。 『……我が能力は不変。いつからもいつまでも無い。我が性として常に在り続ける。故に』 問うたメリュジーヌの武器を持つ手が、仲間の方へとぐるりと動いた。 「――ありゃ?」 『すでに諸君等は、我が能力の渦中に在る』 静寂に包まれていた戦場に戦いの音が響く。戦端は、同士討ちの引き金によって開かれた。 ●開幕 「全く、容赦ありませんね」 極めて悪い状況から動き始めた戦場を、那由他は駆けていた。絶対者たる彼女に元より魅了は通じない。故に事前の作戦通り、フォルネウス配下のノコギリザメの元へと真っ直ぐに向かっていた。 しかし、リベリスタ達の作戦は現状、十分に機能していない。それはフォルネウスの“不朽の愛”に魅了された者が半数にも上っていたからだ。 「避けて下さい!」 その内の一人、ミリィが自らの武器を味方へと構える。思い通りにならない体を必死に抑えようとしているためか、その声は苦しげだ。 「魅了された人の意識はそのままに隣人に手を掛けさせる、ですか。これは確かに狂ってしまいそうです」 嘆息する那由他にも容赦なく仲間達の刃が向けられる。さらに、フォルネウスが次の動きを作ろうとしていた。 「来るぜ、気を付けろ!」 魅了から逃れ、那由他と同じくノコギリザメの一体へと肉薄していた夏栖斗を含めた全てのリベリスタ達へ、フォルネウスから幾筋もの魔力の導線が伸びる。 『――凍てつけ』 フォルネウスの言葉に従い、導線を伝うように放たれた幾筋もの極大の冷気がリベリスタ達の武具に厚い魔力の霜を纏わせ、彼ら自身をも凍えさせる。 ほぼ全てのリベリスタ達に命中したそれは、彼らの体力を大きくえぐり取った。もしフォルネウスが再度の攻撃の機会を得る事が出来ていれば、膝を付く者が出てきていたかも知れない程だった。 「やってくれるな! だがまだまだこれからだ、すぐに終わらせちゃつまんねえだろ!」 二人目の絶対者、エルヴィンが拳を打ち鳴らすと同時に強大な術式を顕現させる。 デウス・エクス・マキナ。 その力がリベリスタ達を苦しめる冷気や魅了などを根絶し、傷をも癒す。 『ほう……』 フォルネウスがその様子に感嘆する中、魅了を受けていたリベリスタ達が次々と復帰していく。 「助かりました! もう1つ、此方も!」 復帰したシィンがさらにグリーン・ノアで回復を重ねた。 「最初から大盤振る舞いで御座いますね」 手にした鋼の糸を振るい、葵がノコギリサメの一体を幻影の中で翻弄し、切り裂いた。 しかし、 「シュスカさん! シィンさん!」 そこに壱和の声が飛ぶ。 「この……!!」 見れば、シュスタイナが明らかに敵ではない者を狙っている。 その手に持った杖が、回復行動を終えたばかりのシィンへと向けられていた。 時を待たず、杖の先端から四色の魔光が迸る。 「っ……! しつこい愛は嫌われますよ、フォルネウス!」 壱和の声掛けもあり、咄嗟に反応したシィンに大きなダメージは無い。 さらに那由他の放ったブレイクイービルが、今度こそ偽りの愛を拭い去る。 「うおぅ、けっこーキツキツです?」 前衛と後衛の間に立つ柚架が心配げな表情を見せる。そこに配下の一体を追う夏栖斗が並び立った。 「じゃあしっかりしないとダメだな! ユズ、カッコいとこみせっから期待してて!」 「気合いれるのはいーですケド、遅いならおいていきますよっ!」 夏栖斗が打ち鳴らしたトンファーの音を合図に、二人は各々の標的を狙う。 柚架が近くの街灯の柱を足がかりに、葵が足止めしている配下へ強襲を仕掛ければ、夏栖斗の打撃が離れて宙を泳ぐ別の配下の腹へと突き刺さった。 (手早く配下を片付けて魔神を叩かなければ……あの同士討ちは危険です) ミリィがタクトを構える。先程は不覚を取ったが、現状、彼女が仲間達に伝える戦況の推移は彼らの動きを高めている。 「さぁ、戦場を奏でましょう」 タクトの一振りで生み出した聖なる光が、彼女の敵を焼き払う。その衝撃に、フォルネウスを含む全ての敵が動きを鈍らせた。 その隙を、メリュジーヌは逃さなかった。 「ちまちま一気に削っちゃうにゃあ~☆」 彼女の全身から放たれた気糸が、動きの鈍った敵達へと殺到し、貫いていく。 「ねーねーサメさん。あなたが人間の知識に浸かる目的は、もしかして誰かの役にたつため?」 その様子を満足げに見ながら、メリュジーヌはフォルネウスへ声を投げた。 『そう――かもしれぬな、少女よ。我は魔神故に頂点に立ち、頂点であるが故に独りだ。 ……人恋しい、とでも言うのだろうか』 「なーんだ、案外悪魔さんって、あたしたちなのね」 目を細めるメリュジーヌの口元に浮かぶのは笑みの形。 言葉を交わしながらも、戦いは続く。 配下のサメ達が撃つ水流や、頭に付いたノコギリによる斬撃に続けて、フォルネウスが海神の息吹をリベリスタ達に叩き付ける。 のたうち回る蛇のように荒れ狂う烈風が地上にいる者達へ襲いかかり、後衛で低空飛行をしていたシュスタイナにも喰らい付く。神秘に秀でた彼女ですら、風に裂かれた彼女の黒い翼からは幾枚かの羽根が散り、白い肌に赤い色が走った。 風の余波に砕かれた広場の舗装が、紙吹雪のように軽々と舞い上がる。現実世界に影響は出ないとわかってはいても、全く気に留めない、とする事は難しい。 一瞬奪われた視線を敵へと戻しつつ、適切な位置へ移動したシィンが戦場に緑色のオーロラを降り注がせる。 「魔神相手にも譲りませんよ、ここは自分の領域です」 仲間達が再び力を取り戻したのを確認すると、その色違いの双眸で前線に視線を送った。 前線では、前衛のリベリスタと配下の戦いが続いている。 配下のノコギリザメのうち一体が細かく軌道を変えながら戦場を泳ぐ。その後ろを、鋼の糸を棚引かせながら葵が追う。エルヴィンから得た翼の加護で低空飛行を行い、時折軽く地面を蹴る事で軌道を変えている。配下と比べれば大振りの軌跡だ。 だが彼らが向かう先に、別の配下とそれと戦う夏栖斗の姿が見えた。このままでは彼の元に敵を送り込む事になる。 「いけませんね」 視界の端に街灯が映る。咄嗟の判断で葵は地面を蹴り、街灯と垂直になるような体勢でその頂上付近に足から着地した。 衝撃に街灯の光源が頭を垂れる。そして街灯が元に戻ろうとする反動で初速を得ると、葵は一気に宙を駆けた。 目指すは夏栖斗達のいる場所だ。 「――失礼します」 弾丸のように飛び降り、夏栖斗に辿り着こうとしていた配下の眼前に着地。それと同時に生み出した残像と共に、その場の敵全てを過たずに引き裂いた。 さらに隙を見せた敵を押し返し、再び足止めの体勢を整える。 「お邪魔致しました」 「おっけーおっけー。凄いことするなあ」 葵の謝罪に、夏栖斗が笑顔で返す。 そこに那由他の放った暗黒の一つが飛来し、配下達に取り憑き蝕んでいく。 「もう一踏ん張り!」 地を蹴り宙を駆ける柚架がソードエアリアルでとうとう配下のノコギリザメ一体にトドメを刺した。勢いをそのままに、彼女のナイフが別のノコギリザメを切り裂く。 「頂きます!」 柚架が作った傷口を射貫いたミリィの眼光が、対象の活動を永久に停止させた。 撃破数二体、そして。 「コイツで、三体目!」 夏栖斗が至近距離で放った衝撃が、最後のノコギリザメを撃ち貫く。身をよじらせて消えていくその向こうにフォルネウスの姿があった。 配下を貫いた衝撃はそのままフォルネウスへと走るが、 『!!』 転がるように、フォルネウスはそれを躱した。 「そう上手くはいかないか?」 『この体は本体ではないが、痛みを感じぬわけではない。無駄な被弾は避けるものだ』 そうあくまで落ち着いた雰囲気を崩さない彼に、しかし突然の痛みが届く。 メリュジーヌのピンポイント・スペシャリティが再び敵全体へ放たれ、それが命中したのだ。 「無駄な被弾は――なんつったっけ?」 ニヤリと笑みを浮かべるエルヴィンの言葉に応じるように、残されたシュモクサメ型の配下の攻撃と共に再び冷気の導線がリベリスタ達を狙って駆け抜ける。 シュスタイナとシィンを庇うように配置された壱和の影人が、その一撃で掻き消えた。 フォルネウスの攻撃を身に受けつつも仲間達の様子を確認するエルヴィンの目に、幾つかの不自然な動きが映る。それは戦闘開始後に見た光景によく似ていて、 「今度はやらせねえ!」 自らの役割を果たすべく展開されたエルヴィンの力が魔神の魅了を祓い、リベリスタ達を立ち上がらせる。 それでも、呪いにも似た魔神の力を完璧に拭い去るのは難しい。 今度はシィンが、メリュジーヌと壱和に攻撃を放ってしまう。強力な重力場が、二人の体を地面へと押さえつけるが、那由他の放ったブレイクイービルが先程に続いて再び全ての魅了を消し去った。 休む間もなく、リベリスタ達が残ったシュモクザメ型配下の撃破に動く。複数体へ一度に攻撃を行える者が多くいた為に、すでに配下達にはかなりのダメージが蓄積されていた。 葵のイクリプスが一体を葬ると、飛行により広い視野を得たシュスタイナのエアリアルフェザードが上空から残りの二体を魔力の渦に飲み込み、その中で配下達は全滅を迎えた。 「さあ、これで開けたわ」 残るはフォルネウス、ただ一体のみだ。 シュスタイナが続けざまの攻撃を放てば、前に出てきた柚架が舞うように体を回転させつつソニックエッジを叩き込む。 そして二人の攻撃の隙間からフォルネウスを捉えたミリィのアブソリュート・ゼロが、宙を泳ぐ巨体を穿った。 『――』 それでも、見る物を圧倒するフォルネウスの姿に、大きな異変は見られない。 「全力を、尽くしましょう」 失った影人を補充した壱和の言葉に、リベリスタ達が頷いた。 ●論戦 どれ程の時間が経っただろうか。 だが外とは断絶された空間で戦い、目まぐるしく動き回るリベリスタ達にそれを確認する余裕は、無い。 「来ます!」 ミリィが自分に向けられた冷気を白亜の指揮棒で食い止め、受け流す。侵食するように纏わり付いてくる魔霜を振り落とすとフォルネウスに攻撃を放った。 仲間達もそれぞれで攻撃を防ぎきり、なんとか持ち堪えている。回復も、魅了を全く受け付けないエルヴィンと那由他を筆頭に、体力回復と同時に魔力も補填してくれるシィンがいるのが心強い。 また、魅了を回復できずに味方が暴走したとしても、それに対処する仲間達がいる。 防ぎ、癒し、食い止め、そして放つ。そのリズムはリベリスタ達を確実に勝利へと導いている。 しかし。相手は単なる敵ではない。魔神と呼ばれる存在である。 例え戦闘に積極的でなかったとしても、その有り様が、彼に仇成す者に牙を剥く。 『お――!!』 フォルネウスが動く。巨躯をしならせ、膂力を蓄え、リベリスタ達へと突っ込んでくる。 柚架が構える。だが彼女の行動はその突撃に対してではない。フォルネウスの口に膨大な魔力が終息している。それは息吹の前段階だ。 まもなく、魔神の口から魔力の渦が放たれる。リベリスタ達を巻き込んで進むそれは、強大ではあるが既知の攻撃だ。 しかし問題はフォルネウスが移動して撃った事にある。彼の放った攻撃の先、そこには攻撃に必要な距離ギリギリを保っていたメリュジーヌの姿がある。 魔神の攻撃が、届く。僅かに反応の遅れた彼女の姿が渦の先端に弾き飛ばされた。 「っ!!」 だが彼女は荒れた地面の舗装に躓きそうになりながらも、運命の力を纏い、ゆっくりと立ち上がる。 「――お姉ちゃん、悪魔さんからもっと色々聞いてみたいにゃ。良かったら、お茶飲み友達にでもなんにゃい?☆」 『何……?』 立ち上がった後だというのに微笑みさえ浮かべたメリュジーヌの表情に、フォルネウスが驚いたように身じろぎ、動きを止めた。 「何れ憎しみに転化する愛を持ち、そして真にヒトに伝える術がない。故に、他者から向けられた事の無い暖かさに弱いのかもしれませんね」 ミリィが分析する間にも、彼は戸惑ったままだ。 「悪いですが、動かないのならば狙わせて貰いますよ」 シィンのエル・グラヴィティがフォルネウスに覆い被さるように発生し、彼を地上へと引き摺り落とす。 『!!』 ようやく我に返ったフォルネウスが重力域から脱するように頭を天に向けて泳ぎ、抜けようとする。 しかし夏栖斗のアッパーユアハートが、挑発と共にフォルネウスの注意を夏栖斗へと強引に向けさせた。 「おいおい、初めて優しくされたからってビビるなよ!」 挑発的な笑みに怒りを感じたのか、フォルネウスの巨体が再び地上へと向かう。さらに冷気の雨が彼の周囲から地上へと降り注いだ。 「うぁっ……!!」 「壱和さん!」 周囲に配置した影人を砕かれつつ、壱和自身もとうとう膝を付く。その下へシュスタイナが飛び、駆け寄って手を取った。 「っ、大丈夫です。もう少し、頑張らないといけませんしね」 運命の輝きが壱和の魂と体を奮い立たせていく。 その様子に安堵の表情を見せたシュスタイナが、壱和の手を握る。脳裏に浮かぶのは壱和との思い出だ。 「一緒に夜の水族館で遊んだ事、こんな時だけど思い出したわ。楽しかったわ」 「はい。楽しかったです♪ また一緒に行って、スタンプ押しましょう」 手の甲に残したあの時の印は消えていても、共に過ごした時間は色褪せることは無い。 立ち上がり、再び飛び立った二人を迎えるように、仲間達が展開した回復の光が戦場を照らす。 「っと、派手にやってくれたな!」 フォルネウスを誘うように飛びつつ、夏栖斗は共に行く柚架に目配せをした。 柚架が頷きを返すと同時に、二人は一気に減速をかけた。急に動きを止めた二人に反応できず、フォルネウスが凄まじい勢いで彼らを追い抜こうとするその一瞬。 夏栖斗と柚架がフォルネウスの背に捕まった。手に感じるのはザラザラとした触感。どうやら姿だけでなく、触り心地もサメらしい。 「ユズ、ロデオは得意?」 フォルネウスの背に捕まった夏栖斗が柚架に問う。 「ロデオは落ち着かないからニガテですよ」 「そっか、じゃあ少し大人しくして貰おうか!」 二人が放った一撃が、衝撃音と共に宙を行くフォルネウスの姿を大きくくの字型に折った。 フォルネウスの動きが止まる。推進力を失った巨体が沈み込むように静かに落下を始めた。 だがその身からはまだ活力が失われていない。故にリベリスタ達は追撃に出た。 「エネルギー、充填っ☆」 メリュジーヌが仲間達の魔力を補填する。力が漲るのを受けて葵がフォルネウスに肉薄した。 「小さな翼でもこの様に優雅に泳げるものです。乙女の嗜みですね。では次の方どうぞ」 「大体、多種多様な人間の萌え……もとい好みとか理解出来ているんですか? 出来てないなら、勉強して出直して来てください」 葵がイクリプスを叩き込めば、那由他が呪いに塗れた槍で穿ち、フォルネウスを更に地上へと落としていく。 「例え相手が魔神だって!」 壱和の結ぶ印から生じた影がフォルネウスを覆い尽くす。さらに、彼がその身に帯びた呪いが破壊の力となって炸裂した。 「もう一手行きます!」 続けざまに壱和が放った呪印がフォルネウスを束縛する。身動きを封じられたまま、ついにフォルネウスは地に堕ちた。 「シィンさん!」 「はい、では皆さん少し離れて下さいね」 右手に炎、左手に風を生み出したシィンがフォルネウスに向けて両手を翳す。 膨大な二つの力の奔流が、彼女の手中で一つとなる。その力の名を、フーラカンの激昂という。 「貴方の専門から外れてるので、介入はお断りしておきますよ」 そう言って放った一つの光点がフォルネウスに接触した瞬間、周囲に張られた結界をも突き破らんとする勢いでフォルネウスを中心に、巨大な業火の渦が立ち上った。 『――』 「異界の魔神よ。貴方の退屈を紛らわす事は、出来ましたか?」 束縛が焼け落ち、横たわったままフォルネウスが僅かに頭をもたげる。 ミリィの問いに彼は小さく答えた。 『そう、だな。主の言いつけは守れなかったが、良い経験が出来た』 フォルネウスの小さな瞳がメリュジーヌを捉える。 どこか、名残惜しそうな表情が垣間見えたような気がした。 『次があれば、存分に語り合いたいものだ。偽りを生まない、本物の、言葉、で――』 炎の渦が消失するとほぼ同時に、フォルネウスの体が天に吸い込まれるように昇っていく。 その姿が見えなくなるほどに小さくなった後、微かに、何かが弾けたような光が見えた。 直後、ひらり、ひらりと、綿のようなものがリベリスタ達の頭上から降り注ぐ。 それはまるで、スノーグローブの中でたゆたう雪のようで。 「んー……?」 メリュジーヌが落ちてきたそれを手に取るが、間を置かずにそれは消えてしまう。 気付けば、息苦しさを感じさせていた結界は消え、荒れに荒れていた周囲の景色も元通りになっていた。 空から舞い落ちていた雪のような何かもいつの間にか止み、初めから何も起こっていなかったかのように辺りは静けさに包まれている。 九月十日。一年越しにキース・ソロモンが引き起こした事件の一端は、リベリスタ達の勝利で終わりを告げたのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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