●禍人来たり 灰色のマントに深紅の房をつけた緑の帽子。全身緑の服は時代かかり、現代において違和感を与える悪目立ちしたもの。 男は荒い波を眺めていた。港に停泊する船舶は上下に激しく揺れ、船上で作業する人々の行動を阻害していたのだが……船のマストから周囲を見渡す男にはその影響はない。 それもそのはず。見れば羽根もないのにその足は宙を浮いている。 異常なのは、船上にいる人々は普通の一般人であるにも関わらず、宙に浮く彼に目もくれない。まるで見えてなどいないように。 しばらくして男は口を開いた。音は何も聞こえなかったが――周囲からいくつもの鳥の鳴き声が響き渡る。それら一つひとつに頷くと、周囲で鳥の飛び立つ音。報告を終えて再び情報収集に戻ったのだ。 「……アークはまだ現れないようだ」 舞い散る黒い羽根を見送って呟いた言葉が彼の目的を物語る。 「焦ってもしょうがないッスよ。まぁ今日中にはくるっしょ」 重く響く男の声に対し、返された声は気楽さを滲ませた甲高い女のもの。マストにもたれてあくびをかみ殺すその肌は褐色で、男と似たような碧の服装をした若い女だ。 周囲の動物の目を掻い潜って近づくことは不可能だろうと笑う女に、男は周囲の各所を指で示した。 「遅れればこれらの地点に魔弾を撃ち込む。爆発が招く惨事は周囲に広がり二次災害を勃発、海の汚染は十年は消えんだろう。産業は停滞し港の生み出す経済効果の消滅は多くの者の生活を圧迫させる。責任の追及、賠償問題が巻き起こす混乱は長期的なものになり、人々の困窮、憎悪の渦が連鎖する……その様は現代の戦争と言えるだろうな」 「相変わらず考えることが暗いッスね師匠」 半眼の女に、男は抑揚なく返した。 「俺が戦乱を望むのではない。戦乱を招く存在であることがこの魔神バルバトスに定められているだけだ」 「わけわかんねッス」 女を無視し、魔神を名乗った男が桟橋へ赴く。そこには人より一回り大きい揺らめく具象……E・フォースともアザーバイドともつかない獣の様な存在が4つ。この大型船舶を戦場と定め、突入口となる桟橋を守る、バルバトスの従える異界の精霊たちだ。 一目で強力な存在であるとわかるその風貌。桟橋という目立つ場所にあるその姿も一般人には見えていないらしい。彼らを知覚しているのはその主たる2人だけだ。 「結局こっちに召還できたのは師匠の精霊だけッスね」 軍団を従えるはずの自分たちが寂しいことだと嘆くこの女も魔神であるならば。ソロモン72柱の序列8位、魔人バルバトスを師匠と仰ぐなら当て嵌まるのは1人しかいない。 序列14位、魔神レライエ――必中の射手として三本の矢を撃ち分ける闘争と勝利を司る魔神。その師匠である『魔弾公爵バルバトス』共々、射撃手として比類なき腕を持つ魔神だ。 「こちらでは向こうほど力を発揮できんからな」 強力な力を持つ魔神でもそうなのだ。部下たちでは具現するのも一苦労、精霊たちもずいぶん力を制限されている。 「ま、あたしら魔神が2人も揃えば人間なんかにゃ負けないッスがね」 得意げなレライエと共に、魔神が揃ってこの場に現れたのは珍しいことだ。今日この日各地に出現したはずの他の魔神は、それぞれ部下は連れていても魔神と肩を並べてはいないだろう。 この2人が一緒にいるのは師弟関係である故なのは勿論だが、単純に戦闘スタイルの問題でもある。 軍団戦を得意とし、部下に自分の身を守らせながら戦略級の魔弾を放つバルバトスにとって、部下のいない戦闘は真価を発揮できない。それはレライエにも同じことが言える。強力な魔神と言えど、向き不向きはあるのだ。もっとも、部下の代わりを勤めるには魔神という存在は大きすぎるのではあるが。 バルバトスは今日幾度目かになる結界の張り直しを行った。その強力な結界が周囲の風景と彼らを切り離し、本来地形を歪めるほどに強烈な魔神の影響力を抑えている。アークが現れたらこの結界に招いてしまえば、同様に周囲へ影響を与えることはなくなるだろう。戦乱の誘発は自身の存在意義だが、壊すなというキース・ソロモンに逆らうつもりはない。アークが現れなければ別の話であるが。 バルバトスとしてはどちらでもいいのだ。戦乱を招く性質上、戦闘を楽しまないわけはないのだから。 そうして魔神たちは時を待つ。楽しい戦乱の始まりを―― 「あー暇ッスね……もう一周水族館回ってきていいッスか? ペンギン可愛いッス」 「無論、却下だ」 ●愚者来たり 九月十日は特別な日である。去年は特別であった。今年も特別になるだろう。 「今年も来やがりましたヨあの金髪イケメン」 脳筋乙と口にして『廃テンション↑↑Girl』ロイヤー・東谷山(nBNE000227)が気だるげにモニター画面を操作する。各地に点在するマーカーが、キース・ソロモンの使役する魔神を現すのだという。 バロックナイツの1人であり、重度のバトルマニアでもある彼は昨年もアークとのバトルを望み各地を襲った。 この場合の各地とは人質である。日本中の重要拠点に居座り、破壊されたくなくば追い払ってみろと挑発する。実に脳筋。全くもって脳筋。 そのキース・ソロモンから今年も行くねと一方的な通告が届けられた以上、アークはその挑戦を受けなくてはならない。なにせ国が人質なのだから。 「前回の戦いから一年。キースは世界各地を巡り修行を繰り返していたそうデス」 世界各国の組織からキースが現れたという情報は連続していた――被害の規模は小さく、荒修行の強行軍ゆえ救援要請もその暇すらなかったわけだが。 そしてキースはアークとの再戦を望み、この特別な日に最挑戦を申し込んできた。アークが要請に応える限りは一般人への被害を出さない事を約束して。 「前回は一部被害が出た局面もありましたが、今回はさせないと明言していマス。デスので、遠慮なくぶっ飛ばしてやってくだサーイ」 異界の魔神は簡単に死ぬ存在ではない。が、強力であっても無敵ではない。力をつけたのはお互い様だ。喧嘩を制して戻って来いと微笑んで。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年09月28日(日)23:16 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●閉ざされた世界でおもちゃは歌う 風の音。波の音。人の音。絶え間なく注ぐ音の世界。世界は色と音で出来ている。自分の色を持ち、自分の音を放つ。それが人が世界に在るということ。 目を閉じて、内に含んだ音を外に出す。呟きは風に溶けて、祈りが世界を回りだす。 『お父様、お母様。どうかわたしたちを、護って』 音は色を持って浸透する。身体に溶けたそれが温かな……自身の背を支える温もりとなって。 そっと『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)が閉じていた目を開ける。視界に飛び込んだ世界は白と黒。それが全て、線で構築された歪な世界。風景から切り離された『どこか』で対峙する、彼らの死闘の始まりを知覚する者はいないのだ。 視線の先で力ある存在――魔神がたたずむ。それを中心とした特殊結界に飲み込まれた感覚に小さく頭を振り、淑子は柔らかく笑みを浮かべた。 ――迷惑なお話ね。ほんとうに、困った方。 戦乱を呼び起こす者。闘争を望む者。ならば自分たちだけでやればいい。生を望む者にとっては多大な迷惑、必要ない痛み。 瞳に宿る輝きは意思。父母を想う祈りを終えて、強く灯る意思の輝き。華奢なその全身よりも長大な大斧を一振りして突きつけて。 「さあ、命懸けのおままごとをはじめましょう」 内に灯った光がもれ出すように、祈りに包まれた身体は色を放つ。この不確かな世界で、確かなものを示すように。 「祈りは捧げ終わったようだな」 腕を組み指先でリズムを刻んで律儀に待っていた魔神が息を吐く。かの者の結界に取り込まれ世界から切り離されたリベリスタたちを眺め、「せいぜい楽しませろ」と抑揚なく口にする。 そこにはさほどの感慨はない。闘争を尊び死合を喜びとする彼らは魔神。小さく脆弱であると信ずる人間との戦いがさほど期待できると思ってはいない。せめて一時の楽しみをもたらす、おもちゃ程度にはなってくれと願い。 ――キース・ソロモン、このおもちゃが本当に面白いというのか? あれも人ではあるが特殊な例だ。あれほどの存在が面白いと言うならば期待もできようか……まぁやってみなければ始まらん。 「ではお前たちの存在を、俺たちに示すがいい」 自分たちの存在を高めるように強化を付与していくリベリスタたちを眺め、魔神バルバトスもまた自身の精霊たちに魔力のこもった言霊で指示を出し。 ……そして闘争の幕が開ける。 バルバトスと並び宙に漂う女魔神、レライエがあくびを噛み殺して眼下に広がる風景を眺める。リベリスタたちは飛び出さず、陸地に残って隊列を組んだ。桟橋を挟んで陸と船、船の中央に位置する魔神たちから距離を取った形だ。その心算は……妥当と言えよう。桟橋を押さえる精霊たちを攻略すると同時に、魔神を相手取る理由はないのだから。 「はっ、あたしらを退屈させたら承知しないッスよ?」 だからと、魔神が大人しく待つ道理もない。船の中央から陸の端までが交戦可能距離(30m以内)であるならば、桟橋の長さは大したものではないのだ。桟橋の精霊たちに射撃を届かせられる距離ならば、船の端まで近づけば長射程の狙撃は可能だろう。勿論攻撃手段は制限されてしまうが……狙った場所を必ず穿つと謳われるこのレライエには関係のない話。 戦場を真っ先に動いた影は一つ。華やかな金をたなびかせ、赤纏うスキュラは仲間と軸をずらして陸を蹴る。だがその太刀は真っ先に敵を斬る為には振るわれず、気を引くように動き踏み込む機を油断なく待っている。精霊をおびき寄せて一気に仕留める腹か。 バルバトスが弟子に無言で指し示す。心得たと矢を番えるレライエの瞳が獰猛に形を変えて。レライエより速く反応できるのはこの戦場ではただ1人のようだ。先手を打たれる危険は速めに潰しておくのは悪くない。さてこの場はどの矢が最適か…… ――音がした。 油断といえば油断。魔神が人間相手にそれをするなと言うのは酷ではあるが……取り落とした矢に視線を落とし、ついで自身の濡れた手を見やって、最後に視線を正面に向ける。 二丁の拳銃を両の掌で弄び、口元を軽く歪めた『ザ・レフトハンド』ウィリアム・ヘンリー・ボニー(BNE000556)は魔神を恐れることなく真っ直ぐに見返した。 飛ぶ鳥を落とすほどに高めた集中力は、2つの銃弾を狙いを違えることなく撃ち込んで。ウィリアムはそのまま魔神の赤く染まった弓の引き手をくいと銃口で指し示す。 「レライエ、とやら。出て来た理由は解るだろう?」 悪戯小僧の笑みを浮かべて手招き一つ。余裕ともおちょくりとも取れる挑発行為にもレライエはただ静かに見返していた。 1人だけではなかった。この戦場においてレライエの先手を取れるもう1人。ウィリアムのその行動について考えていた。 ……とどのつまり、レライエの動きは初めから読まれていたということだ。ちっぽけな人間に、その思惑ごと読み取られ。自分を手玉に取るべくご丁寧に挑発まで飛ばしてくれたと。そういうことか。 「きひ」 故に。 「きひひひひ! 面白いじゃねぇッスか人間がよぉ!」 瞳孔を開いて魔人レライエが歓迎を示す。顔を覆った血塗られた手がその美しい顔を赤く染め。このレライエへの挑戦だ。思惑に乗ってやらねば闘争の魔神の名が廃る! 狂ったような叫びを上げて、キレた表情を見せる魔神にウィリアムも歓迎の笑みを浮かべ。 「やろうぜ。来な」 レライエめがけて銃口を向ける。敵は強大、だからどうした。 「ウィリアム・ヘンリー・ボニー。お前さんと撃ち合う者の名前だ。覚えときな」 名乗りを上げて射手は構える。身を隠す場所はなく、身体を晒しての穿ちあい。生存重視といきたい所だがそれをやっちゃあ誇りに悖ると強気に笑い。 「迷惑な隣神相手に決死行と行こうじゃねえか!」 豪快な2つの笑いが海を渡る。その一部始終を眺め、弟子が最早命令に耳を傾けることはないだろうと理解しバルバトスが深くため息を吐いた。 ●弓引く音が世界を穿ち 海上に響く楽しげな声に、それでよいと獰猛に牙を剥き出す。そうとも、喧嘩は単純明快、ただ衝動に身を任せ楽しむもの。真っ先に陸を駆けて牽制の動きを行う『狂乱姫』紅涙・真珠郎(BNE004921)は眼前の面々を眺めるとすぐに呆れた表情を見せる。揃いも揃って仏頂面、表情のない精霊たちは勿論、その奥で帽子を深く被る魔神に対して口の端を吊り上げた。 「何じゃ、ヌシら。折角の喧嘩じゃ。もっと面白そうなツラをするがいい。特にそこの男」 指を突きつけられたバルバトスは無言であったが、真珠郎は特に気分を害することなく鷹揚に頷いた。 「まぁ、よい。すぐに愉快な顔面に変えてやろう。物理的に」 ぴくりと肩を震わせた魔神を楽しげに見やり、赤の幻想種は再びその身を衝き動かす。豊かな金の髪が、赤いドレスの裾が翻り視界を染めて……横に抜けた途端に姿を現した魔銃の火線が視界を焼く! それは運命の魔弾。女神の名を冠するその弾丸は、愚直に真っ直ぐに敵を貫く。哀れな獲物を必然の運命に誘うように―― ――純粋に勝負できるのはありがたい。 桟橋を守り縦に並ぶ水と風の精霊が魔弾に圧倒され、その存在の一部を空気に溶けさせた。その様子に目もくれず、真珠郎の派手な赤のドレスとは対称的なシスター服に身を包む乙女のオレンジの瞳が真っ直ぐにバルバトスを――魔弾公爵を捉える。 「同じ射手としてすごく興味を惹かれる。勝って、その名を越えたい」 真珠朗と並んで、この場において強者との邂逅を最大限に楽しまんとする『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)が魔銃を構えなおし魔神へと突きつけた。お前との戦いこそ本意であると知らしめて。 対し、苦笑と呼べるほどではなかったがバルバトスが小さく頬を動かした。 「気が早いな。俺に挑む権利を未だ勝ち取っていないというのに」 眉を寄せるのと同時に怒りのこもった唸りが耳に届く。 「……強いな。さすがは軍団を指揮する魔弾公爵の部下か」 その存在は強靭強固。豊富な生命力は運命の一撃を持ってしても削れたのは1割に届かない。そしてその怒りは杏樹へと真っ直ぐに注がれて。ゆらりと鈍重ながら、自身の属性を紡ぎ高めていく。 だが、遅い。放たれる前からその観察眼で動きを捉える。精度はあまく、自分ならまず当たらない。掠めたところで杏樹へは、本来精霊たちが持っている状態の異常を引き起こすような効果は発揮できないだろう。 故に壁。強力な威力を誇る魔神が、自分に敵を近づかせないための生きた防壁。それならそれで構わない。どの道回避を不得手とする仲間を狙う可能性もある以上、放置するわけにもいかない。とりあえずは自分に狙いをつけさせたなら、効果は十分なのだから。 戦場は瞬くうちに乱戦の体を成す。次弾の狙いをつける杏樹の身体を遮るように、真珠朗が前に立ち鼻をひくつかせた。戦場に響く銃声が銃雨となって降り注ぎ、目まぐるしく駆け回る人の姿、その匂い。それらを嗅ぎ分けて敵味方の位置を自らに叩き込んで。 「ここ、じゃな」 銘無き刀を地に、人斬りの刃を虚空に向け。桟橋の外で飛び出さんとする精霊たちを待ち構える。わずかな迷いもなく、戦場の匂いに確信を持って、先を見据えて真珠朗は刃を振るう。 シャランと音をたて槍が鳴る。穂先に念を集中させて、込められた気を細く長く伸ばしていく。自らの神経を注いで、練り上げた糸を自在に紡ぐのは『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)の……いや、彼とその相棒深緋の得意とするところだ。 魔槍深緋を介して高められた封縛の念。糸は折り重なって強靭さを増し。鞭のようにしなやかに自在にフツの意思に応じていく。そうしながら、フツは桟橋に陣を張る目標に目をやった。 防衛ラインを張る精霊たちを相手に桟橋上で戦うのは不利でしかない。そこで足を止めれば魔弾公爵バルバトスから一方的な攻撃を受けることになるからだ。軍団を呑み喰らう銃弾を全員が受け続ければすぐに壊滅してしまうだろう。 ならば射程外まで引き寄せればいい。集団戦を得意とする魔神が相手なら、集団戦をさせなければよい。それだけの話。 仲間たちがまずは優先度の高い精霊を引き寄せ殲滅するだろう。決死の覚悟で魔神を抑える者もいる。ならばフツの役目は…… 「行くぜ深緋!」 深緋を振り回して気の鞭を伸ばす。桟橋の上空で円を描いた鞭は、怒りに任せ動き出そうとしていた前列の精霊たちを分断し取り囲んだ。火と風、二つの精霊が戸惑い引き千切らんとするも、しなやかな気の鞭はフツの意のままに敵を捕らえ締め上げて。 優先度の低い精霊を封縛し引き剥がす。それがこの場でのフツの役目。相棒と2人、定めた作戦に従事して。 フツの念の強さならば、異界で実力を発揮できない精霊では抗うことは不可能だろう。だがフツの表情は重く、わずかな焦りすら滲ませていた。 その理由は視線の先にある。 フツと同時に動き出したバルバトスのためだ。2人は全く同じ速度でもってこの戦場で力を振るう。 多くを巻き込み行動を封じるフツ、多くを巻き込み呑み喰らうバルバトス。戦場のキーパーソンは同じタイミングで機を見極め駆け抜けるのだ。 誰を狙うのか。船舶から出ないとしても最低限の移動で魔弾を撃ち放つことは可能だろう。対してリベリスタも同ラインには並ばないようにして、貫通の魔弾への対策はしてある。だからと、放置していいような威力ではないのだ。桁外れの魔弾がどこに飛ぶか。それはフツのみならずこの場の誰もが注視していた。 果たして魔弾の穿つ先は……それはこの戦闘が始まる前から決まっていた。 船舶へと近づくリベリスタたちを黒き鳥が捉える。多数の眷属たちの視野が、感覚が、様々な方面からリベリスタたちを観測する。その装備、立ち振る舞いから読み取ったもの、それら全てが感覚を疎通させるバルバトスへと届けられ。 始まる前から決まっていた。魔弾の力がもっとも効果的に現れる者。物理の装甲が高くはなく、回避を得手としない者―― 「如月!」 フツが精霊を縛すると同時に言葉を飛ばす。それは同時に魔弾公爵と謳われる魔神が魔弾を撃ち放ったことをも表して。 貫く魔弾。生命奪う魔弾。戦乱を呼び起こすとされる魔弾公爵の、その名を代表する殺戮の魔弾。その脅威に晒された時、癒し手としてこの戦場にあった如月・真人(BNE003358)は自身の癒しの力を、大いなる意思の支えを持って練り上げていた。言葉に顔を上げた時、致死の魔弾はすぐ眼前に迫っている。 けれど。超がつくほどに弱気で怖がりな真人は、今日のこの時においては怯え竦むことをしなかった。恐怖によって集中した癒しの術式を霧散させることはなく、丹念に練り上げた力を大切に包み込む。この力を仲間に届けることが自身の役目なら、今はそれだけに集中する。集中できる。 なぜなら―― 空気を切り裂き、全てを呑み喰らい突き進む魔弾が構えられた盾を穿つ。その衝撃は肉を切り裂き、大気を真っ赤な色で染め上げた。 それでも彼は倒れない。仲間を護らんとする意思を支えた盾は砕かれず、故にその侠気は砕かれない。暴虐な暴風に晒されてなお侠気を一層強固なものに磨き上げて、『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)は溜め込んだ息を深く吐き出した。 「こちらの世界では力を完全に発揮できない……それでこの威力か。まったく、驚異としか言いようがないな」 恐るべき威力を誇る一撃に、深い傷を残しながらも義弘はそれを顔に出してもいない。ただ苦笑を浮かべて盾を構え直す。それは彼がどれだけの傷を負おうと立ち続ける決意を表して、自身に定めた鋼の意思としてその身に纏う。魔弾の直撃を受けて決意を込めた聖骸闘衣が解けたとしても、その意思までは砕けはしない。 魔神との決戦。油断無く仲間と連携し、全力で戦わなければ勝てない。戦いの前にそう口にして義弘は自身の役目を定めた。 「俺の役目は、真人の兄さんをガードする事だ」 魔弾公爵、必中の射手。2人の魔神を相手取るために、唯一の癒し手である真人の護衛を買って出た。その恐るべき力を身に受けても、その決意は僅かたりとも色を変えない。それが侠気、それが祭義弘という男だ。 「魔神台風上陸ですか……出来るなら二度と来て欲しくない台風ですね」 強力な魔神の暴風を眼前にして、義弘にその身を庇われた真人が冷や汗を流して呟いた。 強靭な肉体を誇る義弘の体力を、盾で完全な直撃を避けてすら実に3割近く消し飛ばしたバルバトスの魔弾。穿たれたのが真人の身体であったなら、完全な直撃を避けれず体力の9割を失う一撃であったのは想像に難くない。 だからこそ安心を覚える。義弘さんがいてくれれば自分に攻撃は及ばない。その傷を癒し守り続ければ、自分の役目を長く維持して仲間を守り続けれるのだ。 事前に神秘の魔力を遮断する五芒星をその身に刻んだ真人にとって、脅威となるのはバルバトスの魔弾のみ。前衛を回復範囲に収めながら、じりじりと後ろへ下がっていく。回復に専念するためにも、敵とは離れておくにこしたことはない。 一方、仲間に不安な面持ちを見せないようにしながら、義弘は自身の傷を探る。 深手というだけではない。傷を蝕む魔力が、癒しの影響を阻害している。連続で銃弾を受け続ければ厳しい状況に追い込まれるだろう。これは所謂タイミングの妙。バルバトスの銃弾が放たれてすぐに真人の癒しの力が発現するため、万が一その回復が阻害によって届かなければ危険な状態に追い込まれるかもしれない。戦場を支配する危険な魔神がバルバトスだけではなく、ウィリアムが必中の射手レライエにロックオンされている現状、必ず癒しが義弘に届けられるとは限らないならば尚更に。 「……気合い入れていかなきゃな」 だからと泣き言など口にする義弘ではない。歯を食いしばって、戦って、守り抜くために。決意の咆哮をあげて魔弾公爵と対峙する。 「バルバトス! アークの盾・祭義弘をてめえらの矢で打ち抜けると思ってんのかコラァ! くたばれゴラァ!」 「罪なき一般人を人質に取るなど許せませんわ! そんな卑劣なことなどしなくても悪を見逃すわたくしたちではありませんわよ! 往生なさいおーっほっほっほ!」 帽子を深く被り直しいらっとした表情を隠す魔神バルバトスに、『縞パンマイスター竜』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)と椎橋 瑠璃(BNE005050)が一般人に被害を出させぬよう挑発を繰り返す。義弘自身も苦笑を見せていたがそれはともかく。 2人に並び双頭鎌を構えた『カインドオブマジック』鳳 黎子(BNE003921)もまた、軽やかな笑みを浮かべて魔神を見やった。 「神やら邪神と遊んできたばかり。今更魔神くらいでは我々を驚かすには役不足というものです」 きっぱりと言い放ち、来なさいと得物を構える黎子……は前衛に立ってちょこんと待機中。 「私の攻撃は届きませんので!」 きりっと宣言する黎子。さすが不条理を条理とするカジノロワイヤル使い。 脱力し掛けていた魔神がふいに部下たる精霊に指示を飛ばす。とめろと、一言。 その言葉を待たず竜一が街灯を蹴って奥へと回り込む。足場を自在に操る身軽さを持って宙に舞えば、その姿を掻き消す大きな翼が視界を埋め尽くした。 両の手の鉄扇を緩やかに広げ、優雅に空を舞う翼持つ者。舞い躍る自身の理想たる闘衣を重ね、身についた日本舞踊で宙を刻み、瑠璃が視線を掻き集めて指先を振るう。 指先で鉄扇が音を立て、純白の翼を象る意思の閃光が水の精霊を叩き打った。もっとも防御に秀でた精霊に対し瑠璃の命中技量では、その特性である意思を乱し怒りに囚われる力は発揮されない。真っ先に打ち倒すべきと判断した水の精霊は、射撃として水の魔力を打ち出すすべを持つ。故におびき寄せようとしても、桟橋からその身を動かさず射撃で対抗してくるだろう。それはたとえ瑠璃が意思を乱す閃光で挑発に成功していたとしても変わらない。 だが。 にこりと口元を緩めて瑠璃が翼を翻す。視界を遮っていた大きな翼が動き、その背後にいたはずの竜一の姿はすでにない。可能ならば惹きつけられるに越したことはないのだろうが、仲間と共にある以上はそれだけが全てではない。例えば仲間の動きを助ける、囮であるとかも必要になるのだ。高い防御と機動力、空にあって多くの目を引くその姿は確かな存在感を示し。 黎子が作り、瑠璃が繋いだ大きな隙。それを掴んだ竜一はすでに桟橋を大きく迂回して。 「まずは一つ!」 重ねた二刀。中心に生み出された気の集合体。戦神の加護を抱いて、気を吐き練り上げた全力のエネルギー弾が竜一の気迫と共に撃ち出された。狙いは当然水の精霊。中心を穿たれ、その身ごと薙ぎ飛ばす究極の意思。 爆風を纏って吹き飛ばされる精霊が、水を打ち出してなんとか空中で停止する。その位置を把握する前に…… 「うーん、やっぱり我ながら幸運ですね」 双頭鎌が音を立てる。来ると予想していたわけではないが、来ればよいと思えばそうなる。水の精霊が急ぎ振り返れば、黎子が、その腕の振るう鎌が眼前に迫り。 「寄ってきてくれたからには逃がしません。油断もしてあげませんよ。それなりの戦いをするまでです」 最後まで繋がった連携を抱いて、精霊を捉えて黎子が死神のカードを引き当てる。鎌は強固なはずの精霊の身体を容易く切り裂いて。 ●広がる穴の先を見る 銃声は二発。狙いはぶれこそするものの、大幅に逸れることなく矢を持つ手を撃ち抜いていく。 息を吐くも束の間、脳裏でウィリアムの第六感が激しく警鐘を打ち鳴らす。慌てて動かして手の甲を避け、腕に突き刺さった矢弾を口の端を持ち上げて見やる。 こちらが手を狙って射撃を始めてから、魔神レライエも必ず同箇所を狙ってくる。 「なんともわかりやすい負けず嫌いだな」 苦笑を滲ませて魔法の矢弾が消滅するのを見守っていたウィリアムが、突如その表情を苦悶へと変える。身体中に火がついたように熱い。幻覚か、あるいは未来の幻視か。全身の皮膚が爛れ腐り落ちる有様が視界を覆い。 苦痛と悲鳴を飲み込む。すでにわかっていたことだ。レライエが傷口を操る魔神であることなど。 故に耐える。耐えようがないと思える苦痛なれど。耐えようがないと思える恐怖なれど。 1人ではないとわかっているからだ。 神秘の発現を感じて、ほっと息を吐く。傍に立つ淑子が柔らかく微笑んだ。後衛の前の立ち、華奢な身体をウォーガードに押し包むこの少女は仲間に安心を与えるすべを知っている。あるいは無意識に、誰かの支えであれと心の奥深いところに根付いているのか。 精霊を牽制し後衛を護りながら、仲間が受ける状態異常の治癒を続ける淑子。魔神レライエがそれを得意とする射手である限り、その支援と優しさは仲間を大きく助けて。 その様子に舌打ちを見せながら、レライエが口を嫌みに動かす。 「壊疽は避けてるようッスがね。あたしの矢を受け続けて耐えられるとは思えないッス」 狙いを違わず射抜く腕前。それは当然装甲の薄い部分を抉る技量でもある。一矢に最大限の効果を載せる必中の射手に狙われ続け、耐えられるとは思えない……のだが。 「そいつの答えは簡単だ。軽すぎるんだよお前さんの弓は」 その言葉にウィリアムが軽く返した。そしてそれを証明するかのごとく、大いなる意思を伴う癒しの光が届けられ。 一矢にて受けたダメージの9割を癒す真人の祈り。それを届けた真人はすぐに新たなる癒しの祈りを紡ぎだした。傷つく者が1人ではない以上、誰にどの術式を届けるかを迷いなく一瞬で判断しなければならないのだ。 恐らくウィリアムに対し最大の威力を発揮しているレライエの弓。それを受けても真人の回復が間に合っている以上、簡単に倒されることは現状ではない。故に軽すぎると口にした。もっとも、回復のランクを落とせばすぐに窮地に陥ってしまうほどの脆い安心ではあるのだが。 だが、挑発を受けたレライエの表情を見れば、その挑発が効果を発揮したことはすぐにわかる。 「……この分なら、マギウス・ペンタグラムの再展開はしなくてもよさそうですね」 その逆鱗を読み取って、顔を引き攣らせて真人が呟いた。魔神の怒りの向け先が自分でなくて良かったと心底思う。その肩を叩き、サポートを頼むぜとウィリアムが笑う。 一発か、それとも二発か。何処まで耐えられるかと思っていたレライエとの狙撃戦は、理想の形を作ったリベリスタ側に有利に動いていた。 レライエの神秘の矢弾は、その後すぐに動く淑子の浄化によってその効果を失い。確実に回復が届く状態で真人の癒しが紡がれる。 「後は、状況が動くまで持ち堪えるってな」 遠目を活性化して魔神たちの動きを探る。気休めであれ、流れを掴むことは先手を取らせない重要なことだ。 「ええ、護って見せるわ」 その前に立ち、堅守の構えを見せて淑子が決意を口にする。 一方で、義弘は苦戦を見せていた。バルバトスの魔弾は深く身を抉り、癒しを寄せ付けぬ呪いの傷跡を残す。寵愛を受けた高度な癒しであればその呪いも跳ね除けようが、ウィリアムがレライエに狙われ続けている以上はその回復の手を止めるわけにはいかない。 結果、この戦場でもっともその身に傷を溜め込んでいくことになる。もっとも本人はそれを当然のことだと受け止めているようだが。 バルバトスは常に全体の驚異となり、レライエや精霊たちですらその特殊な攻撃は油断ならない。 「だからこそ回復手を守る事は勝利に繋がる。盾を名乗るだけの働きをさせてもらうつもりだ」 その身こそ盾。義弘は最後まで真人の前でその銃弾を受け続ける覚悟を見せて。 その左右から光が飛ぶ。前衛の元へ押し飛ばされてリベリスタたちの集中攻撃を受ける水の精霊、その後方に位置する他の精霊たちの動きを食い止めんと放たれた意思の光だ。 一つはしなやかな鞭へと変化してフツの意のままに敵を縛る。その奥の土の精霊へと焼きつく意思を叩き込めば、その攻撃目標を自身へと向けさせて瑠璃が笑う。 「邪魔はさせないぜ」 「どうぞ、わたくしの舞踏を御覧遊ばせ」 2人の進撃は止まらない。深緋が、双鉄扇が甲高い音を立てる。精霊を押したて、引き寄せ、バルバトスとの射線に落とし込む。2人がタイミングを合わせてバルバトスを見やった。精霊を壁にして魔弾の射線を限定させて、表情に苦いものを浮かべた魔神に対し、ほがらかに高らかに笑みを見せ。 「いくらでも立ち回って見せますわ」 翼を羽ばたかせて瑠璃が再び舞い躍る。 振るわれるのは二振りの刃。けれど高速で振るわれるその残滓、幻影さえも含めたなら、力を制限された精霊に見切るすべなど欠片もない。 「……ので、さっさと潰れるがよいぞ」 にいと口元を歪めて真珠郎の斬閃が水の精霊の生命力を斬り飛ばす。苦しみながら形成し飛ばした水の魔力弾は、杏樹の腕に装着された小型の盾によって押し止められた。 「銃と盾。これが私のスタイル。簡単に潰される気はないぞ」 物事全てを小刻みに感じさせるほどに、集中力を極限まで高めた杏樹がその隙の逃そうはずもない。反撃の銃弾が精霊を下から穿ち押し上げれば、宙にとどまった精霊は直ちに地面へと叩きつけられる。街灯を駆け上がり空から奇襲した竜一の双剣によってだ。 それでも精霊は持ち堪える。制限された具現化を全て強固な肉体へと変換した精霊たちは、簡単には滅びることはなく……けれど。 「連撃に耐えられるほどでもないってな」 着地した竜一が一言呟いて横へと飛ぶ。その背後から姿を現した大鎌が、黎子がわずかな笑みを浮かべて――一閃! 「さあ、攻撃に転じますよ!」 存在力を霧散させて異界へと送還された残滓に目もくれず、いよいよ桟橋へと雪崩れ込む。 ●世界の外を知りそして リベリスタが一斉に動き出す。その動きを読み取り、バルバトスが軍勢に指示を出した。ただちに桟橋を固めんとする精霊たち。 火の精霊が拳を振り上げて纏った炎を前面に押し流す。その渦から、飛び出した黒い影。炎の影響を微塵も受けず、泳ぐようにして掴みかかる。 「その程度の火では私は消せませんよ。私は幻影の魔法使いなのですからね」 黎子はそう笑って大鎌を振るう。 「おっと暴れても無駄だぜ。動けないだろうお前さん」 しなやかに強靭に。封縛の念で縛り付けられた風の精霊はその身を震わせる以外に何も出来ず。フツは油断なくその念を高め紡いでいく。 戦線を押し上げて突入する。未だ船上に位置する魔神レライエを目標とすれば、仲間の侵攻を助ける為にフツはここにあるのだ。なにせ桟橋の道を開けるために飛行で海上に漂う徹底振りである。 足元を駆け抜ける仲間を見送り、頼んだぜと口にして。 船上へ躍りこまんとするリベリスタ目掛け、土の精霊が土塊を放り投げる。 それを宙で叩き落し、優雅に2つの鉄扇を広げる少女。 「おいでなさい。お相手いたしますわ」 瑠璃が土の精霊と対峙して妨害を食い止める。偶然ながら、瑠璃は対峙し抑える精霊とかなり似通った能力を誇っているのだが、その応用力は大きく違う。 注意を引き付けるとその翼で海上に舞い桟橋を開けさせる判断力も、精霊をブロックしながらも味方に浄化を施して支援する柔軟性も、大きな差となって優位を生み出して。 「よーし行くぜ!」 仲間に先んじて船舶の外壁を蹴る。竜一は混雑する桟橋を避け、海から駆け上って桟橋とは逆の側からレライエの元へと飛び込んだ。気を高め、二刀を重ねた中心に再び光が灯り……撃ち放つ! まともに叩き込まれ、ウィリアムとの交戦で狂気ともいえる感覚に囚われていたレライエはなんとか正気を取り戻して、押し流されながらも宙へと逃れる。 バルバトスの攻撃範囲に仲間の多くを入れないよう心がけ、レライエを桟橋へと薙ぎ飛ばして安全に包囲させる心算だった竜一にとっては面白くない結果ではあるが、全てが上手くいくとは初めから思っていないさと嘯いて。飛行の高度を上げて安全圏を得ようとするレライエに再び歩を進める。 戦線は各地に広がった。より忙しくなることを理解して、真人が全体へと癒しの息吹を紡ぎ放つ。回復量としては少し心配の残る結果だが、怪我人が増えている以上は最善の行動である。 「大丈夫ですか義弘さん」 身に刻まれた負傷に対する十分な癒しとはとても言えない状態である。が、義弘が身を盾にすることに泣き言など言うものか。 「心配ないさ。それより真人の兄さん、前に出るぞ」 行けるな? と問われれば、激戦に近づくことに対し真人はわずかに息を飲む。けれど言葉の意味を理解している。戦線が押し上がった以上、場所によっては癒しが届かなくなる危険があるのだ。 「……行きましょう」 勇気を振り絞り、決意を瞳に宿した真人に義弘が笑いかけた。しっかり護るさと背を叩き。 踏み進むべき前方へと視線を向ける。船上で宙に漂う2人の魔神。一度押し進んだからには退くことはもはや不可能だ。 ここからは素早い打倒、短期決戦を心がけねばならない。 「バルバトス、レライエは比較的近接戦闘に弱いとの情報だから、なんとか機会を作って決めに行きたい所だが……」 空に位置する敵を引き摺り下ろすのは容易くない。そう呟いた義弘の目が、驚きに見開かれた。 頭上に作られた影に、レライエの表情が驚愕に歪む。街灯、壁面、船舶のマスト。足を掛け踏み蹴って空へ高みへと駆け上り。 楽しげな声を漏らして真珠郎の影が上空からレライエに覆い重なる。首筋に食い込んだ人斬りの刃。斬り落とせずとも派手な飛沫を甲板にぶちまけて。 激怒の形相と苦悶の声。その二つを笑んで聞き流して足を掛ける。魔人レライエのその身体に。 「ではの」 「糞人間がぁ! ぶっ殺してやる!」 口汚い叫びは甲板に叩き落される轟音に掻き消された。 「があぁぁ! 全員ぶっ殺してやる!」 情報どおりの脆い身体。多大な生命力を誇る精霊とは比べ物にならないそれは、レライエの最大の弱点なのだろう。首筋から噴き出す血に全身を赤く染めながら、怒りが収まらぬとばかりに矢を番える。 勿論楽な相手ではない。その弓の腕前はすでにリベリスタの身体で大いに示されている。 ――だからこそ、抑えきる意義を知るってな。 重い腕を持ち上げてウィリアムが狙いをつける。いよいよ傷は深く、これ以上は持ちそうにない。だが仲間がレライエへと殺到するまでの時間を稼いだのだ。ベストは尽くしたと言えるだろう。 銃声が響きレライエの中心部が赤く染まる。ついで、胸を貫く矢弾にウィリアムの身体が血に沈んだ。 戦場に情報が交差する。後方から戦況を見渡していた淑子がそれに気付き注意を呼びかける。 観察眼を持って瞬時に理解した杏樹が状況の変動を周囲に伝えて飛び出した。 もっとも気にしていたのは敵の位置。戦場が桟橋へと切り替わった時から、いよいよ動き出したバルバトス! 「近づいてくる、注意しろ」 そう口にするのに反して自身は前へ。こうなった以上、一手でも早くレライエを撃ち落すことが一番だ。 だが周囲を爆撃の様な轟音が押し包む。バルバトスの壊乱、牽制であろうが足を止めるには十分な威力を見せ付けて。 回復も行えるレライエに落ち着きを取り戻す時間を与えてしまっては不利になる。リベリスタたちがそう判断した、その瞬間に誰よりも先に飛び出したのは淑子だ。 「あと一息……これで!」 大斧を振り回してレライエを捉える。一撃は重く鋭く、遠心力が増幅させた破壊力がレライエの骨にみしみしと悲鳴を上げさせて。 最早この世界に具現化し続けるには無理が出てきている。それがどうしたと奇声を上げ、異界に返還させられる前に道連れにしてやるよと矢を振り上げて…… その手が撃ち抜かれた。間の抜けた声を響かせてぽかんと視線を動かす。 「煙草の火ィ、忘れちまったなァ」 ウィリアムがにやりと笑みを浮かべていた。意義を知ればこそ、運命を消耗してでもあと一手を選んだのだ。 続くレライエの絶叫は最早意味をなさない。バルバトスが生み出した爆風に今度こそ意識を落としながら、ウィリアムに満足げに笑みを浮かべられてしまえば完全な勝ち逃げだ。 「……注意が散漫すぎるな」 そして、そんな隙を見逃すほどこの戦場は甘くはない。 「模倣した技だけど、アイツはこの技を使う時に言ってたな。『私の弾丸は避けられない』」 魔弾の射手の意地がある。その矜持は技に使われるような自分を良しとはしない。 魔銃を構えた杏樹が、すぐ傍で大戦斧を振り上げんとする淑子が、その姿を見れば自らの運命をおおいに悟って。 「……いつか。いつかいつか絶対に皆殺しにしてやるッス!」 異界での存在力を霧散させ、消滅していったレライエに。 「相変わらず考えることが暗い奴だ」 バルバトスが薄く笑みを浮かべた。 ●やがておもちゃは人になる 「認めよう。お前たちは強者だ」 無表情だった男はなりを潜め、愉悦の表情を浮かべるバルバトス。これが魔神でなければただの負け惜しみであるのだが……無傷の男は十分以上に能力を秘めて中央に浮かぶ。 「では楽しもうか戦争を。肉を切り裂き血を沸かす闘争を」 戦線が動き、全員が傷つき始めている。故に、軍団を呑み喰らう魔神の脅威が引き立てられるのだ。 「お招きいただいてありがとう」 そんな中で。静かに響く声がした。 「……社交辞令よ? 魔神というのは、誰も彼も戦争が大好きなのね。理解に苦しむわ」 そっとバルバトスへと進み出た淑子の言葉に、怒るでもなくバルバトスが耳を傾ける。 「伺っても良いかしら。戦争の、何がそんなに楽しいの?」 大戦斧を構え、淑子のよく通る声が海に響く。魔神は僅かに肩を竦めて見せ、口にした。 「俺が戦乱を望むのではない。戦乱を招く存在であることがこの魔神バルバトスに定められているだけだ」 「わけがわからないわ」 にっこりと微笑んで駆け出した。自分の使命を、断ち切ることへと新たに定めて。 銃雨が船上に巻き起こる。飛行を行う魔神が、いよいよ動きに制限をつけないと定めれば、ほぼ全てのリベリスタをその銃弾の範囲へと封じ込めて。不運を撒き散らす呪詛が自身の生命線になると共に、その恐るべき威力を叩き込む。 「痛い! これは酷いですよ!」 「こいつは思った以上だな」 多を巻き込む銃弾が体力の半分近くを削り取る。前衛で身を張っていた黎子やフツが一気に危険な状態となり、多くのリベリスタを焦らせる。 だからとやることが変わるわけでもない。いや、より一層の戦意を漲らせて飛び掛る! 船の側面から飛び出した2人の剣士。竜一と真珠朗、総数4振りの刃が左右より迫る! その一撃一撃が深く食い込むと、鼻を鳴らして腕を広げる。レライエほどではないとしても、それ以上に避ける技量のないバルバトスもまた、この戦場では短期決戦しか狙えないのだ。 故に来る。魔弾公爵の最大の力が。リベリスタたちの集中砲火を受けながら、リベリスタが多く集まった場所へと飛び込んで……解き放つ! 粉塵。跡形も残さぬよう叩き込まれた全力の衝撃波。 「――ぐっ!」 その衝撃に義弘の身体が船外へと薙ぎ飛ばされる。同様に周囲にいた多くのリベリスタが陸上へと叩きつけられ、その運命を消耗させて。 船に残るのはぎりぎり範囲の外にあったもの、そして義弘に庇われた真人だ。 「あ……」 バルバトスは癒し手を潰すことを初めから重視していた。それを長く妨害していた義弘を弾き飛ばし、今、魔弾を持って目的を成そうとする。真人は小さく唇を噛み締めて、最後まで抗わんと勇気を振るい起こし…… 魔弾は扇にて弾かれる。軍団を呑み喰らう魔神に対して、相手を呑み連ねる舞踏にて、瑠璃は魔弾の一撃すら舞踏に組み込むようにして威力を削ぎ落とした。 「わたくしがある限り、悪が栄えることなどありえませんわ!」 真人を庇い、優雅に強気に笑みを撒く。魔神の苦々しい表情と、対照的な感謝の笑顔を浮かべ、得た時間が真人が仲間を癒す力となって。 「魔弾公爵。今日はその名を打ち倒す栄誉を授かりに来た。勝負!」 幾度も目にした魔弾の動き。観察を続け記憶したその動きを模倣すれば、盾で受け流すことも不可能ではない。傷ついた仲間に代わり、杏樹もまた前に立ち銃口を向ける。 「まったく、冷静な振りして自分の部下を消滅させるとか完全にキレてるじゃないですか。零点」 バルバトスの粉塵によって全ての精霊が破壊され、ようやく手の開いた黎子が斬りかかる。 「散々撃たれたお礼をさせてもらいますよ」 「兇鳥対決といこうじゃあねえか。喰らえ、深緋!」 共に運命を消耗させられたフツと並び、一気にしとめんと刃を重ね。次はないとわかっていればこそ、全力を持って相手をすると覚悟を決めて。 「逆境こそ、大番狂わせこそ私の真髄。強大な敵を打ち破るから私は幻影の魔法使いなのです!」 「よーし、じゃあオレも張り切らないとな!」 私がいるから大丈夫。そう笑う黎子に頷いて、フツもまた意思貫く魔槍を振るって。 ここでバルバトスにも焦りが出ていた。必殺の猛威を振るった粉塵だが、効果は何もそれだけではないのだ。衝撃に動きを止めるはずの力が誰一人に対しても発揮されていない……その瞬間、バルバトスは悟った。 「お前の仕業か小娘!」 バルバトスの魔弾が淑子を穿つ。味方の前に立ちその意気を鼓舞し、全ての仲間を包み込んだ浄化の力。彼女は戦場を支える戦乙女。 「戦争など……起こさせません」 粉塵にて運命を消耗し、それでも支えようと膝を折らなかった。連続する攻撃についに力尽きても、その意思は決して折れることはなく。 「終わりよバルバトス。わたしたちの勝ちです」 柔らかな微笑が仲間に祝福を与える。この戦場で誰よりも強く祈りを紡いだ。その意思が世界に色を与え。 「はい、もう誰も倒させません。僕の力を全力で使って」 祈りに真人が決意で答える。仲間の背を押す、その力を誇りに思って。 それほどのつもりで挑まなければ勝てないんだろうさ。倒れた仲間を想い、その意思を継ぎ、戦場に復帰した義弘がメイスをかち鳴らす。 「……侠気の盾の姿、魔神達にも見せつけてやろうじゃないか」 自身の役目は護ること。そしてそれは、何も身体だけのことではない。その祈りを護らんと、仲間と共に魔神へ向かう。仲間を護る為に、僅かな隙をも見せるつもりはない。 「超感覚でずいぶんこちらの動きを見切ってたみたいだが」 痛む手足を気にもかけず、竜一が飄々と二刀を構え。 「タイミングを合わせた全員の攻撃に対応できるか興味あるな」 にっと音を立てた笑いに、魔神は何も答えない。 ただ。 「銃は剣よりも強し。なるほど道理じゃ。じゃが道理が常にまかり通るとは限らない」 その身は射手。軍団を指揮し、それらに守られる後衛の主。今、傷だらけのこの身体が攻撃に耐えうるかなど、当の魔神がよく理解しているだろう。 真珠郎は悠々と近づいた。相手の正面に立ち、実に楽しげに言葉を吐く。 「ではボコボコにして財宝の隠し場所を聞き出すとしよう。何ならヌシの銃でもよいぞ。寄越せ」 それは魔神バルバトスにまつわる有名な逸話である。 「このバルバトスの逸話をよく知っているな。だがその話は財宝を手にした者の財産こそ次の暴かれる財宝になるという、欲に塗れた者の悲惨な末路を歌う教訓めいたものなのだがな」 「一向に構わんぞ。ヌシをここで仕留めれば財宝を暴くこともできまいて」 一矢報わんと放った言葉をそう返されては何も言うことはない。 魔弾公爵は静かに受け入れた。 この敗北を……そして、人間がどれほど面白い存在であるかを。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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