● 「あー、やっぱりだめかー」 術式を紡ごうとした手を残念そうに眺めているのはビフロンスだ。 分かり切っていたことではあるのだが、『ゲーティア』の拘束力は絶対である。その持ち主であるキースが明白なルールを決めた以上、如何な魔神とは言え、抗うことは難しい。むしろ、下手に破ろうものならダメージを受けるのはビフロンス自身の方だろう。 キースは今回、一般人への無意味な危害を明確に禁じている。ビフロンスが死霊術のために人を殺すこともその範疇にある。ネクロマンサーであるならば、大きな痛手と言えよう。 「さて、おいらとしてはどうするべきかな?」 ここでビフロンスは首を傾げる。 ビフロンスがキースに手を貸す理由を端的に言うのなら、「楽しいから」に他ならない。加えて、今までは細かいことも言われなかったので、得意の死霊術の材料を「現地調達」することでほぼノーリスクのまま楽しみを享受できた。 しかし、今回はそうもいかない。 ここで他の魔神であれば、細かい策謀を巡らす所だ。しかしその点、ビフロンスの思考は極めてシンプルだった。「現地調達」が叶わないなら、既にあるものを使えば良い。 「だったら、おいらも本気を出しちゃうよ!」 ビフロンスは死を弄ぶ芸術家だ。 彼が死霊術を凝らした作品の危険度は、「現地調達」した即興の作品とは比べ物になるまい。 地獄の伯爵は鼻歌を交えながら、ボトム・チャンネルに地獄をもたらす作品の選定を始めるのだった。 ● 次第に暑さの引いてきた9月のある日。リベリスタ達はアークのブリーフィングルームに集められる。そして、リベリスタ達に対して、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は事件の説明を始めた。 「これで全員だな。それじゃ、説明を始めるか。あんた達にお願いしたいのは、かなり厄介な件になる。すでに聞いているかもしれないな、『魔神王』キース・ソロモンからの通達があった」 その名を聞いて、場に集まっていたリベリスタ達に衝撃が走る。 『厳かなる歪夜十三使徒』第五位キース・ソロモンは、神秘の世界にも知られた武闘派だ。魔術書『ゲーティア』を用いて数多くの魔神を使役する危険なフィクサードとして知られている。過去、アークとも交戦したことがあり、激闘の末に追い返した相手でもある。 そのキース・ソロモンから9月10日に攻撃を仕掛けると一方的な通告が届けられたのだ。彼の性格や、情勢、諸情報を総合的に判断するに、アークはこれが確実な事実と認識している。実際、事件は起きてしまった。 「去年の交戦以降、キースは世界各地で修業を積んでいたらしい。ま、あの手の奴の考えることは簡単だわな。奴の目的は再戦だ」 キースは前回のアークとの戦いでの敗戦――実際は引き分けなのだが、彼はそう呼んでいる――を糧に、この一年日本を除く世界各地での修行を繰り返していたらしい。世界各国の組織からキースに纏わる面倒事を聞いてはいたが、彼らしく大きな被害は出ていないらしいから、アークへの助力要請は無かった。 そして、この報である。 今回はアークがキースの要請に応える限りは一般人への被害を出さない事を約束した。前回の事件では一部魔神の判断で被害が出た局面も多かったが、今回はさせないと明言している。もっとも、彼は悪逆非道の男という訳ではないが、それ相応にフィクサードである。彼も、彼の使役するソロモンの魔神達も、圧倒的な異能の持ち主だ。彼の望みが叶わないとなれば何をしてくるかは分からない。 「以前よりもキースが強くなっている分、魔神達もより力を引き出せるようになっている。そう簡単にはいかないだろうが、任せられるのはあんた達しかいねぇ」 そこまで言うと、守生は端末を操作して地図と現地の画像を表示する。現れたのは都内の港湾地区にあるテレビ局だ。 「ここに現れた魔神はビフロンス。去年のキース戦でも姿を見せたことのある魔神で、危険度はかなり高い奴だ」 ビフロンスとは、キースに仕える72柱の魔神の一柱。二十六の軍団を率いる序列四十六番の地獄の伯爵だ。かつて、アークがバロックナイツ第十位『福音の指揮者』ケイオス・“コンダクター”・カントーリオと戦った際に姿を見せた魔神でもある。 また、去年の戦いの際には北海道の五稜郭に現れた。幸い、リベリスタ達の活躍によって被害の拡大を防ぐことは出来たが、それでも少なからぬ被害者が出ている。 「キースの命令のお陰で一般人にはまだ手を出しちゃいない。だけど、放置出来る相手じゃない」 現在、ビフロンスはテレビ局内に結界を作成し、その中に眷属を連れて潜んでいる。 テレビ局の人々は事実上の人質であり、キースが許可を出せばビフロンスは喜び勇んで人々を虐殺していくことだろう。 「いざって時に備えてそこの人達を避難させたいのはやまやまだが、変にキースを刺激するわけにもいかない。だからこの場合、一番被害を少なく出来る可能性が高いのは少数精鋭によるビフロンスの撃破……つまり、あんた達の出番ってわけだ」 場所は敵の用意した決闘場。 加えてビフロンスは死霊術で現地の人々を利用できない分、自身が改造を施した強力なアンデッドを使役しているのだという。決して条件が良いとは言えない。ビフロンス自身とて死体使役能力を抜きにしても、高い魔力を持った存在である。操る眷属が少なければ、「死体を移動させる」能力も十全に使いこなすことも可能なはずだ。 それでも、過去すら乗り越えてきたリベリスタ達なら戦える。 キースが修行を行った以上に、リベリスタ達は激闘を越えてきたのだ。 説明を終えた守生の顔はいつも以上に険しい。敵は紛れも無い強敵であり、状況は極めて困難である。だから、あえて強く意志を持ち、いつものように振舞う。 「あんた達に任せる。無事に帰って来いよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年09月28日(日)23:07 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 視界に映るのは清潔な印象を与えるテレビ局の景色だ。埠頭に存在する近未来的な造形の建物からは、とてもそこに地獄への入り口が存在することなど感じられない。だが、『尽きせぬ祈り』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は知っている。 この建物の中には、まさしく地獄よりの使者が存在することを。 この平和な景色も、ほんのわずかでも邪悪の気まぐれが起きれば崩れてしまうことを。 その時、アリステアの視界はそれを認識した。人々の首筋に兇悪なナイフを振り下ろす瞬間を心待ちにしている魔物の存在をだ。 ほんの一瞬だけ思い返すのは、大切な人の姿。 自分を待つ人がいても、自分は死地に赴かねばならない。次は『自分の番』かも知れないのだ。 「行ってきます」 簡単な言葉だけを口にして、アリステアはアクセス・ファンタズムを握り締めるのだった。 ● 悪魔という非現実的な存在がこれ程似合わない場所もそう多くはあるまい。 特徴的な外見の建物の中に入ったリベリスタ達は、一瞬奇妙な酩酊感を味わう。それが消えた時、リベリスタ達の目の前には1つの異形が姿を現した。 「はろ~、リベリスタのみんな。元気そうで何よりだよ」 リベリスタ達はそれが資料で確認した通り、「見た目通りの存在ではない」ことを知る。 あの「終わらない夜」に出会った者達は、あの時以上の力を発していることを確信した。 (……魔神、か) 『八咫烏』雑賀・龍治(BNE002797)は獲物を視界に収めて、それがそう簡単に終わる狩りでなさそうだと改めて判断を下す。先にも気配を探っていたが、気配をそう簡単に教えてくれなかったのも当然。 物語に名を連ねる悪魔の名前は伊達ではない。少なくとも、伝承に伝えられるだけの強大な敵だ。 (自ら負った任務とはいえ、夢物語の中の存在と相対するとは……) しかし、その事実こそが逆に龍治の心を滾らせる。 考えてみればこれ程の好機、そうそう転がっているものではない。 (この腕は伝承の存在をも穿てるのか、試させてもらうとしよう) 過去、多くの強敵を穿った弾丸は、今ここにビフロンスを射程に入れた。 そんな龍治の横に並ぶようにして、『銀狼のオクルス』草臥・木蓮(BNE002229)はにへりと笑う。彼女の指に嵌められた銀の指輪が軽く輝きを放ったかのように見えた。 「おう、遠慮なくいこうぜ龍治」 木蓮の言葉も相手が魔神という強大なアザーバイドであることを考えれば、些か大きすぎる軽口と思うものも多いだろう。しかし、彼女自身にしてみれば別に軽口とも思ってはいない。 自分の横に龍治がいるのなら、それだけでどんな強敵にも立ち向かえるのだから。 「は、は、は。威勢がいいねえ。キース様があんたらを気に入った理由が分かるよ」 ビフロンスはやって来たリベリスタ達に攻撃を仕掛ける様子は無い。むしろ、陽気そうに笑っており、戦いを控えているようには見えない。もちろん、実力を考えれば事実上の臨戦態勢なのだろうし、観察しているという意味合いもあるのだろう。 しかし、『ラック・アンラック』禍原・福松(BNE003517)の判断は違っていた。 (契約によって行動を縛られるのは人間も魔神も変わらんという事か) そもそも、戦いを仕掛けたのはキース・ソロモンである。故にその流儀に従わざるを得ないのだ。 思わず肩を竦めて、苦笑を浮かべる福松。 「魔神というのも中々大変みたいだな、ビフロンス」 「まったくだよねー。おいらとしては、出来立ての奴で暴れたかったんだけどさー」 (前みたいに現地調達されないだけマシ……なのかな) 陽気な表情を浮かべながら碌でもないことをくっちゃべるビフロンスを見て、『大魔法少女マジカル☆ふたば』羽柴・双葉(BNE003837)は眉を顰める。 キースの気まぐれで惨劇には至らなかったものの、ビフロンスが本質的に邪悪な魔神であることに違いは無い。双葉の見た所、状況さえ許せば目の前の魔神は喜んで殺戮を始めることだろう。 そんなことは、まがりなりにも魔法少女を名乗る身としては許せるものではない。 と、真面目な顔を双葉がいずまいを正した時だった。 「相手はビフロンスたんね、きゃわあああ!! 美少年!?? 感じさせてね、エクスタシー!」 頬を紅潮させ、明らかに興奮した面持ちで叫んだのは『骸』黄桜・魅零(BNE003845)だった。 魅零は元々、一般常識から逸脱した所のある少女だ。それからしたら、相手が少々蝋で身をよろっていたり、そもそも人間でなかったりすること位、大したことではないのかも知れない。 「嬉しいねぇ。でも、そんなんで戦えるの?」 「大丈夫! いっくよー、キースの挑戦受ける受ける!」 言葉と共に魅零はすらりと大業物を抜き放つ。見ての通り残念な所もある彼女は、同時に戦いを好むバトルマニアでもある。相手を気に入ったことと、戦うことに矛盾は無いのだ。 リベリスタ達が臨戦態勢に入ったことを見て、ビフロンスの気配も変わった。 魔神の持つ燭台に火が灯ると、その周りにどこからともなく鎧を纏った骸骨の戦士が姿を現す。 「いつ気が変わるかわかったものじゃないし、しっかり止めさせてもらうよ」 「困るねー、これだけが楽しみで来たんだからさー」 「まあ、いいさ。同情はしよう、理解はせんがな」 双葉はワンドをくるくると回している。 福松は手の中にある黄金の銃を握り、その感触を確かめた。 「おー、死体人形が相手ですか」 『桃源郷』シィン・アーパーウィル(BNE004479)がどこか感心したような声を上げる。 『アクスミラージュ』中山・真咲(BNE004687)はと言うと、愛用の三日月斧を手にしながら珍しく怪訝な表情を浮かべていた。 彼女が見ているのは現れた屍人達だ。 死んだあとまで利用され、操られ、道具として扱われるひと達だ。 嫌悪感、怒り、憐憫。 そうしたものが綯い交ぜになって、真咲の胸にこみ上げてくる。 気持ち悪い。 (……ボクもひとを殺してるから、偉そうには言えないけどさ) 胸の中に渦巻く感情を晴らすべく、斧を手に演武を行う。 闘志を高める戦場(いくさば)の舞い。 そして、殺意を研ぎ澄ます戦士の儀式だ。 「……ボクがみんなを開放してあげる。そして、こんな事をするヤツに、思い知らせてあげる」 「細部は異なりますが、基本的に同意見ですね」 『月虚』東海道・葵(BNE004950)の周囲で何かが煌めいた。 それは極細の糸、怜悧な美貌を持つ彼女を象徴するような美しさと鋭さを備えた危険な武器だ。 「わたくしの世界は坊ちゃまの為に。貴方の様な残り滓、わたくしの世界にはいりません。死体などおぞましい」 葵は嫌悪感を隠そうともしない。 相手が強大な魔神であろうとお構いなしに、言葉の棘を叩きつける。 「夏の時期で幽霊が蔓延るのであれば笑って見過ごせますがもう残暑。季節はずれも甚だしい……お帰り頂けますか?」 「そんなこと言わないでよ~。せっかくとっておきの持ってきたんだからさぁ」 「大分趣向を凝らした人形劇な事でして」 丁寧な言葉遣いで表情も変えずに告げるシィン。 その顔の裏では、慎重に魔神を探っていた。相手はへらへら笑って見えるが、実際のところ油断は少ない。人間達を見下してはいるが、決して侮っていない。そんな、厄介な相手。 シィンは自分に寄り添ってくれたアークのために戦う。だから、こいつがいくら手強くても、逃げることは出来ない。 「まぁ自分には合わないので火葬させて頂きたいですがねぇ」 「季節が秋なら、芸術の秋って言うらしいよ? だから、もっと楽しもうよー」 「芸術なんて往々にして理解されない事もある、ということで。こちらが勝手に、演目の変更をさせていただきましょうか」 シィンの言葉に屍人達が武器を構える。 応じるように『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)は聖別された二丁拳銃をビフロンスに向けた。 「序列46位、26の軍団を総べる者よ。 生ある者総てが平等に行き着く先、死も生同様尊いのです。 両方の冒涜である死霊術は、最も赦し難いもののひとつ」 既にリリの心を縛る『信仰』は存在しない。信じるのは己の心の中の『神』。 だからこそ、目の前の魔神を看過することは出来ない。死を汚す術を振るうビフロンスの存在を赦すことは出来ないのだ。 「戦意は十分みたいだね、それじゃあ……」 「木漏れ日浴びて育つ清らかな新緑――大魔法少女マジカル☆ふたば参上!」 ビフロンスが戦いの開始を告げるのに割り込むようにして、双葉がポーズと口上を決める。ここで敵に出番を譲ってやる義理は無い。 そして、シィンは虚を突かれて残念そうなビフロンスに向けて、笑みを放ち宣言する。 「それでは幕を開けましょう」 すると、リリは祈りを始めた。自分の信じる生き方のために。 真咲もまた祈る。これから命を奪うために。 「――さあ、『お祈り』を始めましょう」 「イタダキマス」 ● 敵の数は多く、質も高い。ましてや、屍人達に士気という言葉は存在しない以上、奇策による逆転も厳しい。少数精鋭による一点突破と言えば聞こえは良いが、実際のところは寡兵による背水の陣だ。 不利は十分承知。 それでも、護るべき世界のためにリベリスタ達は屍人へ立ち向かう。 「紅き血の織り成す黒鎖の響き。 其が奏でし葬送曲。 我が血よ、黒き流れとなり疾く走れ……いけっ、戒めの鎖!」 双葉の詠唱に従って、彼女の血が黒鎖となって屍人達を拘束していく。 組み上げるだけでも相当な技術を要するそのスキルを、双葉は刹那の間に組み上げてしまう。しかし、彼女の底無しの技量はここに留まらない。 「我願うは星辰の一欠片 その煌めきを以て戦鎚と成す 指し示す導きのままに敵を打ち、討ち、滅ぼせ!」 双葉の命じるままに、鉄槌の星が屍人を砕いていく。 神秘の世界にマグメイガスは多かれど、瞬時にこれ程の極大魔術の詠唱を行ってしまえる術者など、そうそういるものではない。 「どれだけバラバラにしたら動かなくなるか、試してあげる!」 打打打打打打打打 動きを止められた屍人を真咲の射撃が狙い撃つ。 いや、狙うというのは正しい表現ではあるまい。 打打打打打打打打 打打打打打打打打 当たるを幸いと、物量で押す攻撃だ。 蜂の襲撃を思わせるその攻撃は、止むことが無い。 屍人との戦いは自身の心との戦い。死を恐れ、魂が屈した時にリベリスタ達は敗北を迎える。 しかし、真咲にそのような恐れは無い。 自分が倒れるその瞬間まで、無邪気な表情で戦いを繰り広げるのだろう。 「なるほどねー。そう来るかー。やるねー」 リベリスタ達の陣形を見て、ビフロンスは感心したように唸る。 リベリスタ達は壁を背として、後ろを取られないよう戦線を維持していた。ビフロンスはチェスで言うなら、何処にでも駒を配置できる力を有している。だからこそ、付け入る隙を与えない戦術を整えてきた。 もちろん、逃げ場などどこにもない。リベリスタ達は窮鼠そのものの状況だ。おまけに固まれば範囲攻撃を使ってくれと言うようなもの。留意はしているが、限界はある。 たとえばこのように。 「でも、それは良い的だよねー」 「覚悟の上だ」 ビフロンスの放つ炎弾がリベリスタ達の身を焦がす。 革醒者でも燃え尽きてしまう程に強烈な炎の中で、それでも龍治の集中力を乱していなかった。 その鋭い眼光が捉えるのは、戦場に在る有象無象の屍人達。いずれも動きは機敏で、個々に異なる動きを取っている。 龍治はその全ての動きを『狙って』いた。 「的の数がやたらと多い……が、複数に当てる芸当は得手としていてな。 さあ、回避してみせろ」 龍治が引き金を引くと、業火が矢となって屍人達を狙い撃つ。 その一撃一撃が精確無比に、狙った場所に突き刺さる。屍人の反応が遅いのではない。むしろ、一流の技量を持つリベリスタにも匹敵する戦士達である。 つまり、龍治の攻撃が精確すぎるのだ。 回避しろという方が無理な話である。 しかし、まだ戦いは始まったばかりだ。屍人達もその身を修復しながらリベリスタ達へと襲い掛かってくる。 呪いを帯びた刃をいなしながら、リリは再び祈りの言葉を紡ぐ。 「制圧せよ、圧倒せよ。絶え間なく紡ぐ弾幕(いのり)の聖域にて」 屍人達を追いかけるように放たれた魔弾が、戦場を覆い尽くす。 数の不足も戦力の不利も、リリは十分承知している。ならば、攻撃を限界まで出し尽くすことによって、一刻も早く戦力差を埋めるしかない。 「総ての彷徨える魂に救済を」 リリの言葉と共に、弾丸が屍人の身を貫いた。 そして、圧倒される騎士に向かって、葵は鋼糸を放つ。 反応速度を自身の限界にまで高める。今の葵には戦場に散る血飛沫の形まで見えていた。 「死体を扱う等只のお人形遊びとは何も変わらない。一人上手じゃ悲しいだけではありませんか」 葵の姿が複数にぶれて行く。 あまりの速度に残像が残ったように見えているのだ。その全てが手近な屍人に攻撃を仕掛ける。 「尤もわたくしも主のお人形ではありますが……物云わぬ人形よりは多少マシでしょう」 再び葵の姿が1つの像に集束していく。 すると、時を同じくして屍人達の肉体が爆ぜた。 ● 「ほ~。やってくれるじゃない。それじゃあ、もうちょっと来てもらっても大丈夫だよね~」 ビフロンスの燭台が瞬くと、再び何処からか死体が現れる。 異世界からビフロンスが死体を呼び出したのだ。 屍人達の動きを封じてもなお、状況は互角よりも悪い。リベリスタ達の全力攻撃を以ってしても、屍人達は動きを緩める気配すら見せない。伊達に相手はビフロンスの『自信作』を名乗っていないということか。 しかし、死霊の呪いがリベリスタ達から戦う力を奪おうとした時、戦場の空気が書き換わる。 「さあ『死』を払いましょう、ここはもう自分の領域なのですから」 シィンの言葉と共に、場を覆っていた『死』の気配が払われ、緑色のオーロラが広がって行く。 フィアキィがもたらすその輝きは、リベリスタ達の傷を癒やし、再び戦う力を与える。 暖かい光の中でアリステアが思い出すのは、かつて戦った強敵『楽団』だ。 「楽団を思い出すね。何かすっごく遠い昔の出来事のようだよ」 『楽団』もまた、ネクロマンシーを用いるフィクサードの集団だった。そして、彼らの卑劣な戦術は、リベリスタ達の死体すら戦力として利用していた。 「また、亡くなった方の身体を玩具にする人が相手なの? ひとの身体は道具じゃないのよ? 許せないよね」 アリステアに出来ることなど、傷ついた者を癒やすことだけだ。如何に彼女が怒りを燃やそうとも、その怒りでは何1つ傷つけることも出来ない。 しかし、その力はリベリスタ達を戦場に繋ぎ止める、大きな力となる。 「訪れるべきそれは、穏やかなものでないといけません」 シィンも迫る死に対して屈することは無い。いずれ死がやって来るとしても、魔神のもたらす気まぐれなものなど許しはしないのだ。 そして、再び力を得たリベリスタ達は死の運命を打ち砕くために、魔神に挑みかかる。 もっとも、福松の中にそう言った気負いといったものは見られない。 「オレ達のやる事は変わらん」 不必要なドラマは必要無い。 ただ、リベリスタとして与えられた使命を果たすだけの話だ。 「敵対者を撃破し、要救助者を救う……それだけだ」 怨念を込めた刃が福松に向かって振り下ろされる。一度切られただけで幾重にも重なった呪いが襲い掛かってくるのが分かる。しかし、まだ傷は浅い。十分に耐えきれるレベルだ。 福松は目深にかぶった帽子の下で凄みのある笑みを浮かべると、抜き撃ちから反撃を開始する。 神速の連射が屍人に打ち込まれると、さすがに敵も後ずさった。 魅零もまた、この苦境にあって自らの死を恐れてはいない。元より痛みを感じない性質ではあるのだが、それ以上にバトルマニアとしての血が騒ぐのだ。 「ビフロンスたん超きゃわわ、楽団の時からお疲れ様だよねぇ。そんな有名人……いやいや有名神と遊べて黄桜ラッキーだよね! こりゃ負けらんないですねえ」 屍人に負けじと得物に呪いを纏わせ、目の前にいる敵を叩き斬る。 相手に呪いが通じるかどうかは些細な問題だ。闇さえ喰らうダークナイトが、そう簡単に負けを認めてやるわけにはいかないのである。 上位世界の存在ですらも、死の運命さえもリベリスタ達を止めることは出来ないのだ。 不敵な笑みを浮かべて物言わぬ屍人達に立ち向かうリベリスタ達。たとえ戦力に劣ろうとも、魂では決して負けていない。 そんなリベリスタの気勢に虚を突かれたのか、屍人の1人が前衛の守りを突破しようと動き出す。 「お前ら俺様を無視してくなんて勿体無いことするな」 しかし、それを黙って許す木蓮ではない。 淡い輝きを帯びた木蓮が自動小銃を屍人達に向ける。この銃口を向けられたものは、撃ち抜かれて壊されるしかない。 「弾のおかわりを好きなだけ用意してあるのにさ!」 木蓮の叫びと共に、弾丸が嵐のように解き放たれる。 戦場は一変、蜂の巣を突いたかのような騒ぎになった。 そして、その嵐が止んだ時、木蓮は確かに少女の姿をした屍人を破壊したことを確認した。 「記憶を撃ち抜き壊す」、銃に与えられた名のままに。 ● 屍人達の一角を崩したことで、リベリスタ達は勝利に通じる一石を投じることになった。 今倒れたのは、屍人達の補修を行う能力を持つ魔人形。 ビフロンスによる召喚が止まることこそないものの、敵の補給路の1つを封じたことで戦況は大きく好転した。 リリの弾丸が屍人達を薙ぎ払い、福松は確実なトドメの弾丸を叩き込む。 双葉の黒鎖が屍人を束縛すれば、真咲の斧が振り下ろされる。 皆の戦いを支えるのはアリステアとシィンだ。 龍治は恋人の身を案じながらも、火縄銃を手放さなかった。 そんな激戦の最中、魅零は屍人と刃を交えながらビフロンスに話しかける。 「ね、ビフロンスたんお話しよ☆ 私黄桜魅零って言います! あとで握手してください、魔神きゃっこいい☆」 「へえ、余裕あるねぇ~。キミが死んでからのんびりでも構わないんじゃない? こっちも本気だし」 魅零が刃を振るうと、ビフロンスの放った炎弾が切り裂かれる。2つに分かれた炎は彼女を傷つける事無く壁を焼くのみだ。 普段はオバケの類を苦手とする魅零だが、この場は話が違う。自分に攻撃が来るというなら、その分周りの負担は減る。それに、自分自身がそれ程柔な性質だと思ってもいない。 何よりも、これ程楽しい戦いを捨てて逃げる等、魅零には耐えられないのだ。 「そっちが本気で来るなら、こっちもちゃんと本気を出さないとね!! 楽団とはくらべものにならない死体、厄介だけど素敵! 黄桜ぞくぞくしちゃうの、貴方のとっておき沢山見せてよ」 死地に在って陽気な表情を浮かべているのは魅零だけではない。木蓮もまた、自動小銃を構えながら微笑んでいた。 「ビフロンス、お前から見たキースってどんな奴だ?」 「付き合いやすい契約者かな~。キミたちと同じで、人間としては楽しい奴だよね~」 その答えを得て、木蓮は我が意を得たりとばかりに相好を崩す。 確かにヤバい相手だが、こいつは自分に近い所もある。 何故なら、 「あいつの……面白い敵に出会ったキースの見ている世界は、楽しい事で溢れてるんだろうなって思う もしそういう主を楽しいって好ましく思っているなら……」 自分だって戦いを楽しむ所がある。アイツも同じだ。 「へへー、芸術家だけどお前もある意味戦馬鹿だな?」 流れる血が目の中に入って、木蓮の視界を朱に染める。それでもなんてことは無い。 この程度で乱れるような技量は持ち合わせちゃいないと、気にせず引き金を引いた。 「まったく……お喋りに興じている場合ですか?」 ため息をつきながら、葵はバックステップで屍人の斬撃を躱す。もっとも、彼女の怪我も決して浅くは無い。着ている服も戦闘用に調整されている代物だが、煤ですっかり汚れてしまっている。 しかし、完璧主義の葵の鉄面皮はそのようなもので崩れはしない。 「わたくしは主の教育上に悪い存在を妥協せずに掃除致しますから、それがメイドの仕事でしょう? 信念だけは強く持っております故」 冷静な表情で目の前の屍人に、手を差し向ける葵。 すると、屍人を支える魔力が葵に吸い取られていき、ようやく屍人の騎士が1人崩れ去る。 視界の開けた先にいるのは、魔神ビフロンス。 「それでは趣味の悪いお坊ちゃま、ごめん遊ばせ?」 ● 幾度、星が戦場を砕いたことだろう。 幾度、炎が戦う者達の身体を焼いたことだろう。 その景色は、阿鼻叫喚の地獄そのものだ。もし、このテレビ局そのものが戦場となっていたら、どれだけの被害が出ていたか知れたものではない。 そんな地獄の中で、リベリスタ達は立ち続けた。抗い続けた。 敵の数が尽きることは無い。それでも、地獄の伯爵の周囲を護る駒は数を減らしていた。既にチェックメイトの瞬間は近づきつつあった。 「役者は烏合、台本は即興、予定は未定でお先は真っ暗。ですが、起こる全てが『生きて』いますよ?」 魔神の炎で身を焦がしながら、シィンは意識を必死に繋ぎ止める。 そう、自分はまだ死んではいない。生きている限り、全てを変えることが出来る。 自分の運命の炎が燃えて行くのを感じながら、シィンは風と炎に呼びかける。それはボトム・チャンネルで彼女が学んだ新たな業。 シィンに起きた変化を証明するものの1つだ。 福松の怪我だって、決して浅くは無い。もはや、反射で体を動かしているようなものだ。 そんな福松の第六感が敵の位置が変化したのを告げた。ビフロンスの切り札、死体移動だ。戦線の乱れに容赦なく切り込んできたのだ。 だが、ネタの割れた手品に拍手を送る義理など無い。 「とくと見な。屑星の煌きをッ!!」 現れた魔剣が屍人を吹き飛ばし、そのまま壁に叩きつけた。屍人が壁に貼り付けにされたまま動かなくなったのを見て、福松はようやく膝をつく。 ビフロンスの目から、一瞬ふざけた気配が消える。 魔神と言えど、不死の存在ではない。現世に存在する肉体を破壊されれば、本体も大きく傷つくのだ。 しかし、それ以上にアリステアは本気だった。 「私は、誰一人として喪うのはいや」 高位存在の力を呼び込み、アリステアは癒しの力を顕現させる。 自分自身が傷つくのは怖くない。だけど、人が傷つくのを見ていられる程、強くない。ましてや、生命の尊厳さえ奪う相手との戦いなのだ。そんな戦いで誰かを失いたくは無い。 その想いが、エゴに満ちた魔神との差だ。 着実に、着実に、魔神との間に存在した絶望的な差は消えて行った。 「死を汚す者へ、神殺しの魔弾を」 リリの手から真っ直ぐ放たれた魔弾は、苛烈な貫通力を持ってビフロンスの胸を穿つ。 堅牢な城門であっても、突き崩さんばかりの一撃に魔神もたじろぐ。もちろん、魔神からの反撃もあった。しかし、銀の指輪がわずかばかりの加護を与えてリリは間一髪のところで耐え凌ぐ。魔術の素養があればこそであるのだが、彼女は祈りの形で感謝を表す。 「Amen」 祈りを終えるとスッと、リリは後ろを振り向いて仲間達を促した。 「幸い、今回は補給が潤沢だったのでな」 戦いが始まってから一瞬たりと集中を切らず、龍治は淡々と引き金を引く。その身は既に満身創痍と言っても良いだろう。ボロボロの身体を引きずり、それでも針の孔をも通すような精密射撃で、稀代の大物を狙い撃つ。 狩人にとっては自身の運命を捧げる価値のある戦いだ。 ビフロンスの手足がちぎれ飛ぶ。 あちらこそ痛みを意に介するような存在でも無かろうが。そして、動きを遅くした魔神を見て、横で銃を並べる恋人に語りかける。 「魔神であろうと遠慮は要らんぞ、木蓮。その弾丸で磨り潰してしまえ」 「おう! 俺様の全てを一発一発に込めてやる!」 魔術の知識が十分で無い木蓮に、銀の指輪の加護は薄かった。 しかし、そんなことはどうでも良い話だ。 この指輪に宿っている本当の加護はそんな程度のものではない。それ以上のものに自分は守られているのだ。 木蓮の弾丸は、ビフロンスを守ろうとする死体ごと呑み込んでいく。 既にビフロンスを護る屍人は烏合の衆しか残っていない。もはや相手をするまでも無いとばかりに、ビフロンスへを包囲し、集中攻撃を仕掛けるリベリスタ達。 ビフロンスは魔神達の中では、直接戦闘力の高いタイプではない。どちらかと言えば、眷属を用いることにその強さはある。それでも、相手は魔神とまで呼ばれる強大なアザーバイド。リベリスタ達の中には限界を迎えて倒れる者も出てくる。 しかし、その死闘の中で一層目を輝かせているのは魅零だった。 「どんどんいくよ!」 ビフロンスの背後から呪いを帯びた刃で刺し貫く。 ビフロンスの死体移動も、この状況では有効に働かせることが出来ない。 傷口から呪いが広がり、ビフロンスの身体が石へと変じて行く。 通常ならば勝利を確信する場面だが、魅零はまだ戦いが終わらないことを確信していた。まだまだ楽しみ終わっていない。 すると、案の定すぐさま呪いを破り、ビフロンスは次なる屍人を呼び出す。終わることの無い消耗戦。しかも、敵の戦力はほぼ尽きることが無い。 それでも、魔法少女は諦めない。 「魔を以って法と成し、 法を以って陣と成す。 描く陣にて敵を打ち倒さん」 さしもの双葉にも疲労の陰が見えてきた。しかし、それをも華やかなオーラで消し飛ばし、次なる呪文を紡ぐ。その意志が通じたのか、彼女の鎖は確かに魔神の身体を拘束した。 「灰は灰に、塵は塵に、ってね」 双葉がそっと優しげな目を向けたのは、黒鎖に呑み込まれていく屍人達。中には粉々に砕かれ、灰と燃え尽きた者もある。彼らは所詮利用されていたに過ぎない者達だ。それを思えば、安らかに眠りを願わずにはいられない。 「まさか……ここまでやるとはねー」 ビフロンスの口調は相変わらずだが、さすがに余裕は消えている。 動きを封じられたビフロンスの前に立つ葵は無表情だ。あえて言うなら、普段と違うのは全身の怪我位のものだ。もっとも、彼女にしてみれば、相手が魔神だろうとそこらに現れたエリューションだろうと違いは無いのだろう。 「異界の存在だろうが神であろうがわたくしの知らぬ事。坊ちゃまが生きる世界へ危害を加えるならば、莫迦らしい正義を盾にわたくしは貴方を殺しましょう」 葵が放ったのは無造作な一撃。 しかし、その一撃は悪夢めいた幻影を生み出して、見た目以上の一打を魔神に与える。 その幻影から目を覚ましたビフロンスと最初に目を合わせたのは、無邪気にニコニコ笑う真咲だった。 「一度自分も死体になってみるといいんじゃないかな、死体の気持ちがわかるかもしれないよ?」 「そうだねー。それじゃあ、殺してもらっちゃおっか」 残念そうに眼を閉じるビフロンス。敗北を認めるのも魔神なりの礼儀か。 そして、漆黒の三日月斧が兇悪に光を放つ。 「お人形遊びは終わりだよ。君もお人形みたいにバラバラにしてあげる!」 斬斬斬斬斬斬斬斬斬 斬斬斬斬斬斬斬斬斬 斬斬斬斬斬斬斬斬斬 一瞬の間に無数の剣閃が奔った。 それは千の斬撃のようでもあり、一撃のようにも見える。 ただ1つ確かなことは、真咲の持つ三日月斧『スキュラ』がビフロンスの肉体を、完膚なきまでに破壊し尽くしたということだった。 「ゴチソウサマ」 ● 気付けばリベリスタ達はテレビ局の外にいた。 建物の中では今日も忙しそうに、人々は日常を過ごしている。彼らは知るまい、ほんの薄皮一枚隔てた場所で死闘が繰り広げられていたことを。 だが、誰に知られずとも良い。 リベリスタ達は確かに人々を守ったという誇りを胸に、アークへと帰投するのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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