● 『試してみなよ』 『もう試した?』 『疲れがね、すぅーっと取れるんですよ』 『売ってる人、見かけたことあるよ……買ってないよ、怖くってさ』 『効くよ、すごぉく効くよ……』 『最初はさ、栄養剤のつもりで使ったんだ、それなのに』 『……うちじゃ扱わねぇよ、“リーフ”なんてクソッタレなもん』 『あいつ、急に暴れ出して! そしたら、そしたらッ!』 『白衣だ、白衣の女だよ。名は確か――』 『――七草先生? はい、とても素敵な華道の先生でしたけど、それが何か?』 『あんな、あんな事になるだなんて! 知ってりゃ手ェ出さねぇよ“リーフ”なんて!』 『……リーフが危険? いえ、私は愛用させてもらってますけど、ただの栄養剤ですよ』 『“作用”は約90%の確率で生じます。非適合者にとっては、ただの疲労回復や自己治癒の向上、それに軽度の精神高揚にアルコール程度の中毒性があります』 『あの娘はいつも魔導書を片っ端から買ってくよ、食料品でも買いだめするように』 『ヒイラギだっけ、そーいやあいつ急に学校にツラ見せなくなったな……』 『そして“副作用”は――革醒です』 『植物が! きゅ、急に植物の蔦が迫ってきて、それで!』 『ユキちゃん、急に転校しちゃったんだよね』 『貴方も試してみませんか? 徹夜明けにいいんですよ、コレ。遠慮する、そうですか』 『これは破界器ではありません。寄生型の、植物エリューションなのです』 『そうだよヒイラギだよ! た、助けてくれよ! 俺も、俺も使っちまったんだ!』 『まだ試してないの?』 ●作戦会議 1/2 「――あの人は今、隔離されています」 作戦司令部第三会議室。 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は真剣な眼差しで一同に説明する。 『悪狐』九品寺 佐幽(nBNE000247)と連絡がつかなかった件についてだ。 「隔離? 一体どうして……」 「さゆさゆー! さゆさゆー!」 「……説明は、ちゃんとしてくれるんだろうな」 リベリスタ一同の質問に、和泉は面を伏せる。 一寸、思索の時を要した後、和泉は「……解りました」と重苦しく返事した。 ●ヒトツキツネ 和泉の見せてくれた一枚の家族写真に、九品寺 佐幽は映っていた。 されとて、狐の面ではない。 長い黒髪に着物の麗人――未だ革醒していなかった頃の九品寺 佐幽である。 神社を背に、甚兵衛を着た男、千歳飴をかじる童女の三人家族が仲睦まじく笑っている。 ――そう、笑っている。 この頃の佐幽はごく普通に笑っていたのだ。 「約十年前の写真だそうです。我々も、彼女の経歴のすべてを把握しているわけではありませんが、この頃の彼女はまだ一般人であったそうです」 次の写真にスライドする。 月明かりの注ぐ冷たいコンクリートの上に固まりきらぬ鮮血の海、横たわるのは――。 狐の躯だ。 半獣半人。歪にも妖しく美しく入り混じった金毛一尾の狐が上下真っ二つに臓物を晒す。 「“狐憑き事件”です。これはEフォース:フェーズ2『ヒトツキツネ』の亡骸です」 「Eフォース? ビーストではなく?」 「はい、この『ヒトツキツネ』は“人に憑く”性質の、狐憑きの概念がEフォース化したような極めて厄介な寄生種でした」 「もしかしてさゆさゆ死んじゃったのー!?」 勘違いからの叫び声に一同が状況を説明する中、和泉は神妙に眼鏡を爛々と輝かせる。 「――ある意味、九品寺 佐幽という人間はここで死にました」 「えー!?」 「あ、たとえですからね! たとえ!」 あわてて訂正すると、和泉は再び続ける。 「九品寺一家はこの事件における、被害者です。『ヒトツキツネ』は寄生した宿主を革醒させ、ノーフェイス化して手駒にするのです。最初に寄生されたのは九品寺家の一人娘、次に佐幽さん、最後の宿主は――」 「旦那、か」 「――はい。この写真の亡骸は『ヒトツキツネ』に憑かれたまま捕殺された九品寺 佑馬でもありました。凶暴に暴れ回り、討伐に赴いたリベリスタ側にも死者が出ています。“合理的に考えて”宿主ごと葬る他に当時、術はなかったそうです」 合理的に。 常々、佐幽は一般の犠牲者よりも作戦の成功やリベリスタの安全を重視した作戦を提案する傾向にある。その理由がここにあるのかもしれない。 「この『ヒトツキツネ』討伐直後、ノーフェイスである九品寺家の二人は逃走しました。即座に追撃をかける余裕がなく、捜索に手間取ったリベリスタの一団は彼女らを取り逃がしてしまったのです。 ――その最大の理由が“逃し屋”でした」 逃し屋。 以前『火継Awakenig』(ID:3825)の報告書にもみられたキーワードだ。 ノーフェイスを匿い、保護する輩だ。ノーフェイスには運命を得る可能性がある。されとて、ただ可能性のみを信じてノーフェイスを野放しにできる道理もない。一般に「小を捨て大を救う」リベリスタはノーフェイスを原則、討伐する。 その真逆の論理で「大を捨て小を救う」とでも言わんばかりに逃し屋はフェーズ進行の危険性を省みず、あるいは利得のために故意に無視してノーフェイスを補佐するのだ。 「逃し屋に匿われた九品寺母娘は運命を得ることに成功したそうです。その後、九品寺 佐幽はそのまま逃し屋に身を寄せ、専属フォーチュナーとして活動――多くの事件に関与したとされています。それが彼女の“大罪”だとか」 ――そして捕まり長年幽閉された末、監視つきでアークのフォーチュナーの任に就く。 これが今に至る経緯だという。 「――ということは今、彼女が隔離されている理由は?」 「はい」 和泉は厳かに首肯した。 「今回の依頼は“逃し屋”が大きく関与しているのです」 ●サンドイッチ 貪る。 貪り喰らっている。 少年――柊 明日(ひいらぎ あけび)は寝不足の疲労感が露わになった胡乱な眼差しで、ぼうっと少女の食事風景を観察していた。 暗いアパートの一室に響く、紙きれの千切り破ける咀嚼音。 少女は本を食べている。 「あむ、あむ、はむ」 サンドイッチでもかじるように、ちみちみと美味しげに。 異常だ。 何もかも、異常だ。 セーラー服の中学生――高校男子の柊よりも幼く華奢な少女に今、柊は匿われている。 記憶がフラッシュバックする。 友人と一緒に興味本位で口にした薬……“リーフ”が運命の分かれ道だった。 最初は何事もなかった。“作用”は確かに正常に働いていて、説明通りに清々しい気分だった。夜通し遊んでも眠くもならず、疲れもしない。学校の成績すら上向いた。 リーフの服用は二週間、いや、もっと続いた。 次第になれきっていく自分に気づきもせず、毎日がすこぶる楽しかった。 あの運命の夜までは。 『ユキはね、白山羊のユキ。逃し屋さんだよ』 何日が過ぎたのか。柊はカラダの異変、その回復の兆しは未だみえぬままユキと同棲を続けていた。ユキは時おり出かけては食料と魔導書とやらを持ち帰り、食事を共にする。 「ねえ、食べてみる?」 むじゃきにもユキに猥本を差し出されて、柊は本物のサンドイッチを喉にひっかけた。 「あのなぁッ!」 「えへへ、ユキの冗談おいしかった?」 なに考えてるんだ、コイツは。 いや、もしかして元気づけようとしているのだろうか。柊は年下の保護者の気遣いに、彼女の強さと自分の不甲斐なさを痛感させられた。 「……お前、なんで俺を匿ってるんだよ」 「だって九品寺さんの命令だもん」 「逃し屋の元締めか?」 「うん、ちょっと違うけどだいたい合ってる? 九品寺さんはね、家族を失って路頭に迷ってたユキを拾ってくれた家族同然の恩人だよ」 「……そっか」 柊はサンドイッチを無理やり、喉に詰めた。 満たされない。 食べた気がしない。味はする、けれども不自然なまでに喉が乾くような枯渇感がある。 一度だけ、試しに本をかじってみたがユキと同じ体質でもないらしい。 ――心当たりがひとつ、ある。 「リーフ……」 日毎に衝動が蘇る。強く、激しくなってきていることがわかる。 すでに一度、発作的にユキを傷つけてしまった。その時の記憶はない。しかし癒えきれぬユキの手傷を見れば、察しはついた。 次また自我を失った時、なにが起こり、何を失うかはもはや柊には予測できない。 自殺でもするべきか? まだ何も成し遂げていない白紙同然の人生の終わりになど、柊は納得できそうもない。 「なぁ、白山羊の」 「なあに?」 「手遅れになった時は俺を……殺すのか?」 ユキはハードカバーの背表紙を噛み砕き、咀嚼してから悠長に答えた。 「そういうの、割り切れないとダメなのかな?」 白山羊の瞳は虚空を見つめる。 ●作戦会議 2/2 「今回の任務は、Eビースト:フェーズ2『寄生リーフⅡ』並びにフェーズ1『寄生リーフⅠ』の駆除、そしてノーフェイスの撃滅です」 和泉は万華鏡観測や諜報部の情報を元に、立体映像資料を表示する。 舞台は、夜の繁華街だ。 「見敵必殺。今回は戦闘だけでなく、標的の探索と隠密行動が求められます。夜の繁華街、表通りでの全力交戦などはなるべく控えてください。駆除対象の正確な個数や所在は残念ながらわかりません。今回は応急処置として“リーフ”の売買が行われていた市街地を中心に、皆さんでリーフの宿主を探してください」 深呼吸。 「リーフの宿主はノーフェイスに革醒している可能性があります。原則としてノーフェイスは撃滅処分と致します」 和泉は力強く言葉する。 理不尽だらけのこの世界を、それでも守り抜いていく決意を以って。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カモメのジョナサン | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年09月27日(土)23:10 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●Ⅰ 雑踏を行く。 千差万別の人々が往来する夜の繁華街を、彼女は行く。 『狐のお姉さん』月草・文佳(BNE005014)は人混みにまぎれて、注意深く、獲物を探していた。文佳は青と白の巫女装束『都鳥』の上に冬物のロングコートを羽織っている。ネオン光の反射に、その瞳は妖しく輝いてみえた。 ――見つけた。 挙動不審な者たちをそれとなく『解析』し続けた結果、その女を発見した。 年は二十代後半頃か、会社帰りのOLといったいでたちの黒縁眼鏡の女だ。酒気を帯びた様子もないというのに、時折、足取りがフラついていた。 標的はタクシーを拾い、どこかへ移動しようとしていた。おそらく自宅だろう。 『獲物を見つけたわ。標的は一人、誰か合流できる?』 『俺に任せろ』 AFを通じて応援を頼み、文佳は追跡をはじめた。例え、相手がタクシーだろうと繁華街では信号待ちも多く、混雑のために移動もかなり遅い。車両番号を瞬間記憶している以上、逃しはしない。 女が降車したのは高層マンションの玄関だ。タクシーの運転手は心配の言葉を掛けて見送るが、女は不機嫌に荒々しくドアを閉じるのみだった。 文佳は瞬時に配置を把握する。独身女性も安心と謳うセキュリティ付の自宅――防犯カメラも稼働しており、少々面倒だ。 女は認証用のカードキーをかざす。が、扉が正常に開かない。 「故障? なんだって、こんな最悪の日に……!」 長い黒髪を神経質に掻き毟り、女は異常な苛立ちをみせる。 文佳は瞬時にカードの記述を記憶していた。彼女の名は、後藤 すみれ。これから倒すノーフェイスが、確固とした人間であったことを嫌でも認識させられてしまう。 「割り切っているつもりだけれどね『倒すのがお仕事』って」 物陰に身を隠して文佳は小刀『ほおづき』を漆塗りの鞘から抜き、来る一瞬に備える。 集中を重ね、襲撃のタイミングを図る。 「私の、邪魔を、しないでっ!」 怒気を露わにするや否や、すみれはヒール靴を高々と掲げ、尋常でない威力の前蹴りによって強化ガラス製の扉を叩き壊した。 「帰らなきゃ、家に……帰って」 すみれはくつくつと笑い、フラフラと体を揺らして幽鬼の足取りで進む。限界だ。 跳躍した。 文佳は天井ギリギリの高さまで跳ぶことで“角度”を得る。ほおづきの刃は煌めく魔法陣を刻み、黒狐の銀弾が高らかに獣の咆哮をあげた。 一閃。 回避すべく後方へ跳んだ標的のド真ん中を、銀弾は追いすがって貫いていた。壮絶な威力を誇るがために、銀弾は大理石製の床を軽々と貫いて底が見えない穴を作る。もし水平発射していれば、何をどう壊していたかも定かではない。 が、だ。 一撃必殺とはならず、すみれは表現しがたい奇声をあげて突進してきた。右半身に大穴が開けられている筈なのに、既に傷口を異常な速度で植物の蔦が覆い隠そうとしている。 「この自己修復力……!」 「帰ル……帰ラせテ!」 緑樹の怪腕が突如、右の風穴から射出された。腕状に絡まった蔦がすみれの腕を捕らえ、さらに十数条の触手が次々に文佳を締め上げようと殺到する。窮地だ。 轟音、唸らせて。 鉄馬――疾風迅雷セイバリアンに跨り質実剛剣グランセイバーを抜剣した黒鉄の鉄人『疾風怒濤フルメタルセイヴァー』鋼・剛毅(BNE003594)がマンション玄関を突破した。 「デストロオオオオオイ!!!」 剛剣一断。 緑樹の怪腕ごと、すみれの“上下”を真っ二つに泣き別れにする。それでも尚、再生を試みようと胴体が再結合しようと触手を伸ばす。 「ひか、り……」 剛毅はブレーキング痕を残して急ターンを決め、さらに上半分を縦一文字に切り上げる。一瞬遅れて、触手から開放されたすみれもまた下半身をほおづきによって切り裂いた。 「ふん……赤い血どころか青臭い汁しか出んとはな」 剛毅は愛剣の汚れを振り払い、悪態をつく。 「鉄分が足りんのだ、鉄分が」 その言葉に、いかな想念が込められていただろうか。 電子の妖精によって防犯カメラや電子ロックを操作していた剛毅は、ある事実を知っていたはずだ。後藤すみれが一児の母であることを。であればこそ、さらなる悲劇を招かぬ為に、愛娘を守るためにもすみれを今ここで討たねばならなかった。 もとより、経験浅からぬ文佳もまた割り切れる側の人間だ。 『事後処理をお願いするわ。場所は――』 今夜は長くなりそうだ。昇りかけの夜月を見上げて、文佳はほおづきを鞘に収めた。 ●Ⅱ 『また、こういう仕事か。僕の苦手なものだ』 『アカシック・セクレタリー』サマエル・サーペンタリウス(BNE002537)の本音だ。 文佳の報告を確認した時、改めてサマエルは憂鬱な仕事と必然性にそう想った。 面会室。 九品寺佐幽に常日頃のポーカーフェイスでサマエルの質問に応じていた。 「私は本件の担当フォーチュナーではございません。万華鏡なしの予知で知る得ることなど限られます。一般人へのリーフの浸透とて、噂の刑事さんの報告を待った方が早い」 『ウワサの刑事』柴崎 遥平(BNE005033)のことであろう。 裏社会と表社会の双方に精通したコネクションを有する彼の手腕を、佐幽は高く評価していた。彼ならばリーフの売人と接触して顧客情報を得ることも容易く、また警察機構などの情報網を活用することで顧客情報を元に使用者の特定や携帯電話の位置情報を引き出すことさえできる。この事件において彼ほどの適材も居ないと佐幽は太鼓判を押す。 そうやってのらりくらり質問をかわす佐幽に、サマエルは真剣な眼差しで改めて問う。 「気持ちはわかる。でも、気持ちは力じゃないから。お願い」 「……さうですね」 佐幽は口許を手で隠して考える素振りをみせ、まっすぐな猛禽類の瞳を見つめ返す。 「逃し屋のことでよければ、お話しませう」 淡々と佐幽は物語る。 「逃し屋にも善悪の基準があります。一般人の犠牲を厭わず利益のために動く者もいれば、その逆も然り。――母親としては後者であることを娘に望みます。そう考えた場合、心身に異常をきたしたノーフェイスを雑踏に野放しにはできない。増殖抑止の為にも、保護下にある標的は一般人と接触しがたい隔絶された結界付の施設と考えるべきかと」 サマエルは他にも幾つか情報を聞き出すことに成功した。 「……そういえば、カドーって、もしかして目立つんじゃないかな。……自然に入り込めそうなところ、どこだろう」 「華道教室か、お嬢様学校の講師役でもやっているのでは?」 「食え、腹、減ってるだろ」 「いただきます」 柴崎の持参したカツ丼に遠慮なく箸をつけ、佐幽は堪能している。 「お好きですね、貴方も」 「面会は、刑事の仕事だろ」 「そばつゆの利いた老舗蕎麦屋のカツ丼――流石ですね」 「……で、まだ言ってない事がああるなら、教えてくれ。次に繋がるかもしれん」 「さうですね、手土産も気に入りましたし」 佐幽は看守の許可を貰い、筆記用具を借りて事細かな説明をはじめた。 それは表と裏の人脈を駆使して既にかなりの情報を得ていた柴崎の辿り着いた謎を、ひとつの確信に導くに足るものだった。 「やはり営利目的ではない、か」 柴崎は刑事手帳を開き、メモと見比べながら思索する。 「通常、薬物の売人は“金を得るために”高額で中毒性の高いドラッグを売る。一方、『リーフ』は表向き栄養剤で価格も著しく安いし中毒性も低い。さらに金の流れもどこかに誘導されている節がない。 七草六花という狂人がただ被害者を拡大するために行っている可能性もあるが――、金銭とは異なる“何か”を得ようとしているとみていいだろうな」 AF起動、文佳の分析結果と遺体の解剖結果を確認する。 「生命力の抽出……革醒者のエナジーが狙い、か」 黒幕の狙いはわかった。 それでも、今優先すべきは標的の撃滅だ。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、である。 「俺は行く。娘さんに……伝言はあるか?」 「いえ、何も」 ●Ⅲ 「“リーフ”って知りません?」 『銀の腕』一条 佐里(BNE004113)の選んだ調査方法は“潜入”だ。 女子高の制服に着替えて、素行の悪そうな同年代の人を探して話を聞く。多少のリスクは覚悟して、佐里は接触を図る。 「詳しく知ってそうな人を探しているんです」 「え~、でっも~まゆゆどうしよっかなー?」 絵に描いたような“あっ軽い”ギャル、自称まゆゆは迷う素振りを見せながらもスマートフォンを片手で常にいじり、空いた片手でくるくる茶髪をイジっている。 「おっけー、まゆゆについてき? き?」 「は、はい」 独特なテンションに困惑しつつ案内されたのは、とあるカラオケボックスの一室だ。 「HEY! リーダー、まゆゆごちゅーもんのリベリスタ一名デリバってきたよー☆」 「あ、貴方は……!」 直感した。 この人物こそ逃し屋の首魁、九品寺 佑美その人だと。 理由は一目瞭然、その外見は佐幽の黒狐版といっていい。背丈こそ一回り小さいものの、銀髪に黒毛のビーストハーフ:狐。気品のある顔立ちもそっくりだ。その容姿に、まゆゆと同じ平凡な女子制服という組み合わせは少々異様である。 まゆゆが隣りに座って「褒めて」とねだると、佑美はくしゃくしゃ髪を撫でてやった。 「やぁ、よく来てくれたね」 人懐っこい笑顔。その朗らかな雰囲気は友好的な反面、底の見えぬ恐ろしさがある。 敵前で悠長にハニートーストを頬張る余裕は、どこか母親譲りだ。 「なぜ、私の正体を見破ったんですか?」 「まゆゆ、ド派手なバイクで走ってるメタルなヒーローの写メを友達に貰ってぇ~☆」 「……は?」 高笑いしながら街中を爆走する黒騎士に、軽い殺意が湧く。 「罠、ですか」 「わたし達は逃し屋、殺し屋じゃなし。日本の秩序を守るリベリスタの皆さんのことは応援しています。わたしの仲間も皆、貴方たちの“正しさ”は理解しているのです」 飄々として語り、口許の蜂蜜をぺろりと舐める佑美の態度。 佐里は物怖じせず、鋭い眼差しでねめつける。 「同情はしますが、ノーフェイスを救う手立てはない」 「確率はさておき、運命を得る可能性はゼロじゃなし」 「彼らは薬物の手を出したのだから、自業自得ですよ」 「罪を罰するにも量刑は大事です。重すぎても軽すぎても理不尽でしょう」 ああ言えばこう言う。佑美なりに確固とした信念がある以上、議論は平行線を辿る。 佐里は相手のペースに乗らないよう気を取り直して、今すべき事を考える。 冷静に。 努めて冷静に。 「情報を提供してください。応援、しているのですよね?」 「いいですよ、貴方の度胸に免じて。勿論、一定の見返りはおねがいしますが」 「……! 一体、どういう風の吹き回しですか」 「ひとつ、わたし達も仲間を無闇に危険に晒したくはない。ふたつ、“彼”と“彼女”には残された時間が少なすぎる。みっつ、わたし達は保護対象のうち3名の運命獲得という一定の成果を挙げました。そして最後に――」 凄むでもなく、あくまで微笑って。 「七草六花の罪を罰してほしい、そう願っているのです」 『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)の下に、新たな連絡が届く。 廃テナントで待っていた佐里、サマエルと合流、三人は逃し屋の少女の案内で暗がりの中を進む。 「なぎさ。お迎え、きたよ」 ブラウン管テレビが明滅する狭い部屋の片隅、毛布を被り体育座りする少女がひとり。 「死なせて、ください」 震える声で、少女は懇願する。 「死ねなかったんです。こんな体になって、誰にも相談できなくて、パパやママも心配させたくなくて、家出して。最初は手首を切りました。流れ出るのは血ではなくて、青い液体。十数階から飛び降り自殺を計っても、今こうして生きている。死のうとするたびに“痛い”ってカラダは悲鳴をあげるんです。ココロでは死にたがっているのに……。 まゆらさんに出逢って、色々教えてもらって、運命を得ることがあるかもしれないっていう希望をもらって、今までどうにか耐えてきました。 でも、ダメでした。もう、時間が無いんです。わたしがわたしで居られるうちに――」 自業自得。 そう切り捨てるには、少々酷過ぎた。 「ソレがきみの選んだ道かい?」 「……はい」 陽乃羽刃切が、閃赤敷設刻印が、魔弓『雷』が、三者の得物が一点を狙い澄ます。 「――きみの署名を省く」 せめて苦しむ間もなく、一瞬にしてその命脈を断つために。 「運命を等しく誰でも得ることができれば、こんなに苦労しない訳だけど」 七海の炎矢は跡形もなく亡骸を灰に還す。 愕然と膝をつき、嗚咽が交じるほど号泣する逃し屋の少女まゆら。 「解って……ぐすっ、解ってるから……もう、どっか行ってよ……」 次の現場に合流すべく、長居はできない。 後ろ髪を引かれる想いで、三者はその場を後にするしかなかった。 「……あり、がとう」 遠く背後から聴こえてきた掠れ声を、梟の耳は聞き逃さなかった。 ●Ⅳ ノーフェイスには“経験”や“知識”がない。 革醒は正体不明の病を患うに等しく、医者にかかることもできない。生半可に調べても対処方法はわからない。自分が何者になってしまったのか、それすら教えては貰えない。 即ち、孤独なのだ。 サーチ&デストロイ。 狩る者と狩られる者の明瞭なソレは対等の戦いではなく、狩猟に他ならない。 多くの場合、“標的”は何も事情を知らないまま思い悩み、自我の崩壊と身体の異常に直面しながら光明もなくもがく他ない。即ち、徒党を組むことも仲間と群れることも大半がままならず、後藤すみれのケースのように各個撃破されていった。 孤独な怪物たちの断末魔が夜に響く。 七海の炎矢が屍を滅す。 サマエルの刃脚が蔦を断つ。 剛毅の魔剣が首を刎ねる。 佐里の軌跡が赤印を刻む。 そして何より、文佳の索敵と柴崎の捜査は残酷なまでに迅速に標的を炙り出してゆく。 当初目標の10体を遥かに越えて、20体をすでに撃滅していた。それは喜ぶべきことではない。想定以上に、被害は拡大していた証拠だ。 適時『なんでも屋』を自称する文佳は自他に治癒と充填を行い、一同は最後の目標地点に合流する。寄生リーフIIの宿主――柊 明日の下だ。 「……白山羊のユキです、九品寺さんに案内するよう、頼まれています」 拒絶しつつも従順に命令に従う姿勢を見せ、逃し屋の少女ユキはマンションを案内する。 足取りは重い。 短い間とはいえ、柊のことを守るために一緒に暮らし、世話役として働いてきたのだ。 「九品寺さんは大切な家族も同然だもん……仕方、ないよ」 月明かりの差す屋上で、柊 明日はサンドイッチを咀嚼していた。 「柊 明日だね」 柴崎は短銃『LAWMANS' 2.5インチリボルバー』の銃把をしかと握り、狙い定めた。 「刑事さん、逮捕礼状はあるの?」 「無い。今、俺はアークのリベリスタとして立っているからだ」 「……そう」 包み紙を放り捨て、最後の一欠を口にする。 「紙切れを食ってるみたいなんだ。……俺は、どこで間違ったんだろうな」 一同、臨戦態勢。 「……運命に愛された手前らに何もせず嬲り殺されるほど、俺は行儀よくないぜ」 矢を番い、七海は弦を引き絞る。 「精々、八つ当たりするといいよ」 突進。 否、月光を背に跳躍し凄絶な勢いで七海の肩を毒手が切り裂いていた。速い。死毒が瞬時にまわり、軽い目眩を起こしたが為に反撃の弾幕結界が掠りもせずに空回り。 無論、柊の毒手は心臓を狙っていた。運が悪ければ避け残っていただろう。 しかし、一対一ならさておき、一対六の優位を覆すほどの執念が柊にあるだろうか。 『大天使の吐息』 ほおづきを月光の下に掲げ、煌めく夜風が七海の怪我を癒し、解毒する。神力に特化した文佳の回復力は凄まじい。 『ルーンシールド』 柴崎は前衛として立ち塞がり、物理攻撃を無力化する月影の盾を展開した。 「ぐっ!」 予備知識のない柊は渾身の毒手を繰り出した結果、一切の手傷を与えられなかったという衝撃に動揺した。これが決定打に繋がった。 「ぐがぁぁぁぁぁぁっ!」 一瞬の隙を突き、佐里は赤い剣閃を刻印した。精神の不安定な柊に、混乱を誘発させるパーフェクトプランは自傷を招かせた。 正気を失い、植物化した己が怪腕に恐れ慄き、牙を向いて食い千切る。青い血潮を流し、それがまた高速の自己修復によって元通りになるさまに柊は錯乱の極地へ。 「殲滅殲滅っ! ふははははは、苦しんで死ねぃ!」 剛毅は不死の紋様を鎧に纏い、絶望の闇、悪意の剣閃によって暴虐非道なまでに幾度となく柊を斬り伏せた。不幸なことに、それでもまだ柊は立ち上がる。 憎悪にまみれた柊の眼光を、サマエルの脚刃が容赦なく切り裂く。 「……もう、言葉も届かないかな」 倒立、死神の鎌の如き横薙ぎの脚撃が喉笛を切り裂く。それでもなお、動く。 銀弾が貫く。 最期は核――体内の寄生リーフⅡを撃ち貫かれることでようやく柊は絶命した。 人間としての原型など、損傷と修復を繰り返すうちに失っていた。 『灰だけでもいい、持ち帰って遺族に渡してきてほしい』 そう佑美に命ぜられたとユキは告げ、一同は多くは語らず、火葬を手伝った。 煙は昇る。 黎明の陽もまた昇る。 それでも明日はやってくる。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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