●詠月を奏でる キース・ソロモン、と。 口にした『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)の表情は何処か重苦しいものだ。 「世界中で、キースによる戦闘被害が幾つか報告されていたわ。そこまで大きな物でも無かったから……アークにはあまり救援も来なかったのだけど。まあ、何度か魔神の存在を確認した事はあったけれどね」 大きな桃色の瞳は言葉を選ぶ様に資料の文字をなぞっている。R-typeを撃退し、夏のバカンスも終わったばかり――だと言うのに、相も変わらず敵は待ってはくれない物だ。 「そんなキース……歪夜の使徒であるキース・ソロモンから挑戦状が叩きつけられたわ。 昨年の9月10日、彼の友人であるケイオスや同窓の徒であるジャック、リヒャルトを打ち破ったアークに戦闘狂であるキースが興味を持って挑戦状を叩きつけてきたのは憶えて居るかしら? あの時の戦果は丁度引き分け……だけど、キースには勝ちと負けしかないのかしら? それを敗北だと判断した様なのよ」 勝敗が付かなかった事も敗北の一種なのだろうか。 その敗北から鍛錬を行うと世界中の至る所で『鍛錬』と言う名の事件を起こしていたらしいと世恋は資料を捲りながら言う。其々の場所でリベリスタ達が撃退を行うなどしていたそうだが、真の狙いは『アークのリベリスタとの再戦』だったというわけだ。 「まあ、キースは話せばわかる方なのかしら? 紳士的に此方を待ってくれるそうだわ。 アークが彼の要請に――彼と、彼の連れる魔神たちの要請に応える限りは一般人への被害もない。前回は魔神達によった被害もあったけれど、キースはそれも固く禁じている。つまりは、私たちは、一般人を人質に取られている……ということね」 唇を噛み締めて。紳士的だと言っても相手はフィクサードである事には変わりがない。 整ったかんばせの金の獅子の事を思い浮かべ、世恋は肩を竦める。 「皆に相手をお願いしたいのは序列67番のアムドゥシアス。一言で言えば、音楽家の馬よ」 端的に、纏め過ぎであった。 「馬――失礼、アムドゥシアスは音楽家。彼は世界の音楽家に手を貸したとも噂される事もあるし、芸術に対しては酷く敏感で、友好的……。ある程度は話せば分かってくれるタイプ、かしらね」 あとは女性が好きなの。ユニコーンだし、と付け加える世恋の微妙な表情と言ったらない。どの様な意味であるのかは彼女はあえて口に出さなかったようだ。 「人に被害を及ぼす及ぼさないは私達次第というのも憎たらしいわよね。 ……幾ら芸術に好意的な馬だからと言っても魔神。彼に暴れられたら堪ったもんじゃないわ。 これに応えなければ、何をされるかは解らない。避けては、通れぬ道よね……」 資料を机に叩きつけ、子供の様なかんばせに浮かべたのは真摯な色、只、それだけ。 「ロマンチックな物言いだけど、芸術的なモノが好きだと言うならば此方は戦いの技量で芸術を見せれば良いのよ。こちらの戦いを、魅せて、見せましょう? ……どうか、よろしくね」 ●寝覚月の境に 残暑と呼ぼうにも酷暑であった今夏の熱気は覚めやらぬ。 極東の地たる日本の蒸し暑さに頭を振った一頭の馬は後ろ足で地面をトン、と蹴る。 己よりも獣の様な『主』に伴い、この地に訪れるのも『二度目』。それも同じ日の事だ。 暦の動きは早い。一頭の馬――『彼』にとっては居眠りをする様な僅かな時間であれど、この世界に生きる人間からすれば一年と言う長い暦を全うな路を歩んできた事であろう。 それは、『主』も同じなのだろう。 引き分け――それでも『主』は敗北と呼び、大層悔しがっていたが――後、『主』がとった行動は何とも彼らしいものだった。この日本以外の場所で鍛錬を重ね、彼は敗北を喫した相手であるアークへと一方的な宣戦布告を通告したのだ。 「いやはや……腹を空かせた獣の様だと言うのは正にこの事ですな。 主――キース・ソロモンはやんちゃな子供の様で……それでいて、芸術をよく理解している。 引き分けだと甘んじず敗北と受け止め、それを糧にすることは武と言う芸術ではありませんか!」 トン、と蹴った脚が人間のものへと変化していく。 見る見るうちに聖獣から人間の姿へと化した『彼』は手にしたタクトを振るい上げくつくつと咽喉を鳴らす。 「いやはや、彼は芸術品でしょうな。その精神性はこのアムドゥシアスを以っても認めざるを得ない。 ……しかし。 主に関してはかの稀代の音楽家(ケイオス)を見捨てた事には未だに理解に苦しむものだ。 嗚呼、惜しい人を亡くしたものですな。音楽は芸術、そして至高――あの演奏を、聞かれたでしょう? 才能と言う華が美しく咲き誇るか否かなど、そうなってからでないと分からない!」 彼の踵が煉瓦を張った床を蹴る。地団太を踏むかのように見えるその姿は馬であれば何ら違和感も感じなかったのだろうが、二足で歩きまわる獣へと姿を変えた魔神の行う行為にして些か、幼稚な様にも見える。 彼らにとって時間とはほんの些細な転寝だ。そんな転寝で稀代の音楽家を亡くした損失が覚めるのであれば、彼の音楽の才能は『神にも劣った』者だったに違いない。しかし、現に、『冷めて』はいない。未だに覚めやらぬ損失に対する落胆はアムドゥシアスがキースに対して抱く信頼関係にも罅を入れたままだった。 彼はこの世界にキースの手にした媒体によって呼びだされている。自身が主に危害を加える事は出来ないだろうし、現状で、危害を加える心算もない。彼に対しての不信感がアムドゥシアスにはあれど、新たな芸術に触れられるのならばこの世界に顕現するきかっけをくれるキースに感謝を抱かぬ訳ではなかった。 「戦こそも芸術であると私は考える……さて、諸君は『芸術』をこのアムドゥシアスに見せてはくれますかな」 何処か、伺う様に。それでいて、楽しみであるかのように、魔神は語る。 「さあ、このアムドゥシアスの素晴らしき『演奏』をとくとご覧あれ――!!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年09月28日(日)23:09 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● ぴん――、 張りつめた空気が『普段』と違う事はとうの昔に解っていた。 まだ暑さも残る9月10日。夏が去りつつあるが、日差しは和らぐ気配を感じさせない。この場所に踏み入れるまでに感じていた気だるげな暑さから一転し、感じた肌寒さに唇を一直線に引き結んだ『蜜蜂卿』メリッサ・グランツェ(BNE004834)は「魔神」と小さく囁いた。 大阪市。その中央部分に位置する中之島。五月ならばメリッサの故郷である薔薇の街に負けず劣らずの美しい薔薇園を持つ公園があり、数々の歴史的建築物を所有するこの場所にリベリスタ達が訪れるきっかけになったのがその『魔神』だった。 魔神率いる『魔神王』たるキース・ソロモンが所属する集団『バロックナイツ』。厳かなる歪夜の使徒と称される世界の最高峰の集団とアークのリベリスタ達は刃を交えてきた。使徒達との死線を潜り抜けた集団など、世界でも異例だ。それこそ、『破壊者』ランディ・益母(BNE001403)に言わせれば『胡散臭い』塔の魔女と手を組んでいるという事実自体が異例中の異例なのだろうが。 「ジャック・ザ・リッパー、ケイオス・“コンダクター”・カントーリオ、ジェームズ・モリアーティにリヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイター、ラトニャ・ル・テップ……それからアシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアと来ちゃ、市場も大賑わいって奴だ」 「それで、今回は『魔神王』ですか。出向してきて戦いに身を投じて感じます。異質、だと」 その怜悧な瞳に宿した不機嫌さは常のメリッサの想いを露わしているのかもしれない。表情から読み取れる不愉快の文字に思わず笑みを漏らすランディは「魔神なぁ」と一人ごちる。 彼が足を踏み入れたこの空間こそが『魔神王』が用意した舞台の一つなのだと言うから居心地が悪い。 「うん、ところで、その『魔神王』は処女かい?」 「さあ……。冥土の土産でなら教えてくれるんじゃないですかねぇ」 素っ頓狂な事を聞くものだ、と普通ならば言う所だろうが『トーレトス』螺子巻 言裏(BNE004974)のこの文言は一種の口癖の様なものだろう。聞かずとも本能で察知できそうな雰囲気がするのが言裏の怖い所だ。 答えはしたものの言裏の言葉に興味もなさそうな『影人マイスター』赤禰 諭(BNE004571)は専らこの空間を作成した魔神その物に意識を向けて居るのだろうか。この場所が静かであろうとも、人気がなかろうとも戦場であることには違いない。 違和感を覚えるほどに一般人が居ないのはキースの命により魔神達が張り巡らせた結界の内側に足を踏み入れたからだ。この場所も結界内なのであろうが、リベリスタ達が中央公会堂へと辿りつくまでの間に何の攻撃もしないのがこの空間を形作った魔神の流儀だろう。 「魔神……ですか。そして、相手はユニコーン……妙薬と噂されていますね……」 ふと、何かに思い至ったかの様に『紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)は囁いた。 彼女の声音を聞き逃す事無く、親戚筋である『語り部』汐崎・沙希(BNE001579)は肩を竦めて見せる。叔母と同じ様に身体を壊して居たシエルを心配し戦地に赴いたのは良いのだが―― (「斯様なスパイシーな依頼、受けないで欲しいものだわ……」) 溜め息さえも聞こえてきそうな程に。ハイテレパスでの念話にシエルは「まあ」と口元を手で覆い柔らかに笑って見せる。 空(シエル)ちゃんと呼ぶ親戚の事を考えると困りものだ。海外へ渡ろうと考えても居たものの、一種のトラブルメーカーの様にも思えるシエルを戦場へと向かわせてのうのうと旅に出る訳にはいかない。 「確かに、スパイシーな依頼ではありますね。現に私は『彼』に――一度、負けています」 普段の柔らかな雰囲気から一転し、タクトを強い力で握りしめた『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)の金の瞳が煌々としてみせる。 一般人の影もなく、奇怪なほどに張りつめた空気を乱す様に低く声を出したミリィへとランディの傍に立っていた『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)が視線を送る。普段ならば愛らしい年下の少女が、何故だろう、今はとても憤っている様にも見える。 「だからこそ、負けられない。敗北に甘んじて居られるような女ではないのです」 「良い女だねぇ、ミリィたん。縞パンを進呈してしんぜようか」 彼女の言葉に、頷いて『縞パンマイスター竜』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)は唇を歪めて見せる。張りつめた空気をかき乱すのは竜一も同じだ。天性の才能か、持ち前の能力かは定かではないが、この明るさと『真面目な時こそ不真面目に』を貫き通す事はこの様な場面では悪くない。 ――『斯様なスパイシーな依頼』……言い得て妙ですな。しかし、芸術的で、と付けて頂きたいものだ―― 「実に楽しみだよ。私は声(うた)の力を信じているのだからね。 かつての、ケイオス・“コンダクター”・カントーリオの演奏を愛した君とて、その力を知って居るだろう? ミスタ」 伸びやかに、それは『「Sir」の称号を持つ美声紳士』セッツァー・D・ハリーハウゼン(BNE002276)の声だ。オペラを歌いあげる為に作り上げられたかのような声帯を震わせ、発した言葉は明らかに敵対の言葉。 カツン、と。 軽やかな音を立て降り立った白馬の姿にミリィは、唇を噛み締めた。 馬野郎と呼んだランディの言葉にも白馬――魔神アムドゥシアスは笑みを浮かべて見せる。 「やあ。まず聞いときたいんだけど。君は処女かい? 性別の概念に囚われる派?」 「君こそ可愛らしい外見をしているが――乙女、と呼ぶべきかな? 如何なものだろうか」 へらりと笑みを浮かべた言裏に淡々と返すアムドゥシアスは対話が好きなのであろうか。 気を悪くする事無く、その言葉に返して見せる。しかし、会話をしているだけでは魔神王の決めたルールに背く可能性もある。 そう、これは魔神王が見つけた玩具同士の楽しい遊戯だ。力比べと言っても良いだろう。 この場所に実体が無い魔神達の力は全て術者の力に由来する。詰まる所、キース・ソロモンが呼び出した魔神であるアムドゥシアスは彼の力を以って、この場所でアークのリベリスタとの力比べに馳せ参じた訳だ。 「腹を空かせた獣たる主に付き合うと言うのも吝かではないでしょうな。 さて、諸君らはこのアムドゥシアスに戦闘と言う美しさを見せてくれますかな?」 人間形態に課したアムドゥシアスがタクトを振り上げると同時、シルバータクトを手にセッツァーは息を吸い込んだ。 「さて――生死を掛けたコンサートを始めようか!」 ● 厭な風だ、と諭が感じたのは間違いではないだろう。重火器を抱え、『正義の味方』らしからぬ意地の悪い笑みを浮かべた彼の頭上でヒュウと小さな音が鳴る。 「成程、小鳥……ですかな?」 「可愛らしい例えをするものですね。それは俗にいう見下している、という意味合いでいいですか?」 タクトを振り翳したアムドゥシアスの背後で鳴り始めるトランペット。魔術書ゴエティアによれば29の軍団を率いる序列67番目の地獄の公爵なのだろうが、いかんせん、今は20名と言う精鋭だけを連れて居るのだろう。 瀬戸内の近海で拾い上げた戦艦の砲塔は諭の骨ばった指先によく似合う。侮蔑を込めた瞳を受けてもアムドゥシアスは元来人が好きなのか、馬なりに気を良くしているかのような表情を見せて居た。 リーガル・デストロイヤーを担ぎあげ、その切っ先を赤黒く汚したランディの瞳が、刃の色よりもより鮮やかな赤色を宿す。彼にとって目の前の『魔神』は彼が普段相手にしているエリューションと何ら変わりは無いのだろう。 世界の秩序を乱す者。アザーバイド、エリューション、それに何も変わりは無い。 Tempero au Eternecoの切っ先を煌めかせ、地面を蹴ったメリッサとてそれに異存は無い。相対するのが初めての相手であろうと、出し切るのは何時もの『自分』。只、其れだけだ。 「おお! 可愛らしい乙女だ。動きも洗練させている。芸術的だと考えての動きかね?」 「美? そう呼ぶには実に荒削りでしょう。私は蝶の様に舞い、蜂の様に刺す――尤も、蜂の一刺しと甘く見ない事です」 響き渡る豪勢な音に翻弄されんようにとメリッサの足はステップを踏む。地面の変化に対処する為に、その細い切っ先をアムドゥシアスが連れる軍勢へと果敢にも向けて行く。 仏蘭西の生まれ、名門のグランツェ家の生まれたる彼女の不器用でありながらも真面目に己を律する一途なまでの『必要悪』。 「構え、そして、突く!」 悪逆非道に身をおけど、それが民草の為なれば。 少女の想いを乗せて繰り広げられる果敢な攻撃を魔神は『美しい』と称したのだろう。 芸術の定義は人それぞれだ。しかし、芸術とは程遠い攻撃を見せるランディは己の気性を顕すかのように豪快に斧を振るい上げる。 「なァ、馬よ。一つお前に言っておきたい事があるが、大人しく聞いてくれるか?」 「このアムドゥシアスは対話が好きでね。人の為なれば素敵な使い魔を寄越す。音楽の才を与えることだってした事もあろう」 是、と。そう受け取ったランディの振り翳す斧の衝撃に周囲の軍団がふらついた。 しかし、彼らもアザーバイド。そう易々とは倒れぬだろう。 そんなもの『化け物』同士の戦いじゃよく解って居る。ランディは己を『化け物』だと言って憚らない。己の中にある闘争本能、破壊衝動、何だって素直に吐き出してきたものだ。目の前の敵を殺し、潰し、敗北や妥協を許さない。目の前の『馬』から感じるのはランディとは別物の意識。 鮮やかなまでのメリッサのレイピアの捌き方とは対照的なランディの斧の衝撃。同じ術を使うにも此処まで違うものか、と馬は喜ばしげにタクトを振り上げる。 「ケイオス・カントーリオの音楽はお前さんからしちゃ、素晴らしかったんだろ? んなに素晴らしい音楽なら死体遊びなんかしなきゃよかったんよ。そうしなきゃ、お前の主が『裏切る』事なんてなかったし、ケイオスも死ななかった!」 「奏でぬ芸術家に何の価値があるというのだろう! 彼の音楽は死への混沌組曲(レクイエム)! 死霊使いたる彼らが稀代の音楽家として、一般人として、『只のオーケストラ』として、存在したことに何の価値があるのか!」 悪魔は蔑む様にランディへと告げる。軍勢が前線へと雪崩れ込む。盛り上がった木々に気付き、沙希が声を出す事無く眸を伏せる。 彼女の靱やかな指先が握りしめたのは筆先鋭い万年筆。沙希の愛用する万年筆の筆先は鋭く尖り、物理攻撃にも向いていそうだ。しかし『余り』そのような使い方をしない万年筆で宙に描いた魔術の紋。 仲間達の背に生えた小さな翼を確かに確かめ、彼女はテレパシーを通じ、アムドゥシアスへと囁いた。 (「アムドゥシアス[様]は音楽の極みが一。この出愛は私にとって――」) 敢えて、言葉を切る。この出会いが間違いではないと、確かめるかのように。 ユニコーンは彼女のちょっとした戯言に喜びを表すかのように角の先を煌めかせる。振り上げたタクトに、襲い来る木の根に驚く事無くその月色の瞳に決意を宿したミリィが愛用の果てなき理想(タクト)を大きく振り翳した。 「任務開始――さあ、戦場を奏でましょう。 ご機嫌よう。そして、お久しぶりです。異界の魔神よ。居眠りを、瞬きをするかの様な貴方の時間は私にとっては途轍もなく長いものでした。 貴方の歪んだ角を折って見せましょう。私の磨いた技、しかと『魅』て下さい」 戦奏者にメリッサが「コンダクター」と囁いた。仲間を鼓舞するクェーサーから与えられたその術。 盤面を支配する最高の知力を持ち、仲間達を勇気づけるミリィの足元に突如として伸び上がる木の枝。身体を捩る彼女に視線を向け、地面を飛びあがった旭は赤いドレスを揺らし、周囲の木々をその焔に巻き込んでいく。 グラデーションショコラの髪は柔らかに揺れる。にこり、と微笑んだ人懐っこい笑みは仲間達全員に向けられたものだろう。 「だいじょぶ、わたしがみんな、守るから」 その言葉に、思わず背筋が寒くなる。司令官たる少女は旭の想いを感じとったのか、ふるりと肩を震わせた。 旭は、己の欲望に忠実だ。『みんなを護る』ことは一種の我儘なのだろう。彼女の胸に抱いた想いはランディよりは『正義』の名に当てはまり、そして貪欲で、それでいて薄汚れた希望論のようなものだった。 「芸術、ってそんなに詳しい訳じゃないの。わたしは感性が鋭い訳でもないの。 きれいだなっておもう気持ちは、わかるよ。でもね――あなたとは、ちょっと考え方が違うみたい」 旭の言葉が周囲の演奏に掻き消される。耳鳴りをもしそうなその空間は魔神の広める演奏領域に存在しているということなのだろう。 しかし、囚われる事もなく、愛用のシルバータクトをふりかざしたセッツァーは魔毒の霧を周囲へと広めていく。 高らかに声(うた)を謳うかの如く、オペラ歌手はその毒を霧散させた。広まった軍勢を狙うに置いて、数を減らす事は確かに有効だった。 しかし、近接的な攻撃を使う以上、セッツァーの攻撃が前線で戦う仲間を巻き込まない保証は無い。ふ、と目を細めた旭が蝕む毒に唇を噛み締める。しかし、その場で止まるほどヤワな少女でもないのだろう。 後衛の回復を担ったシエルの前に立つセッツァーの背中を見詰めながら傷寒論-写本-を抱き締めたシエルが小さく頷く。緩やかに跳びあがった彼女に周囲の状況を把握した沙希が脳内へ「空ちゃん」と囁きかけた。 「ええ……魔神との戦奏曲ですか……良いかもしれません。 私は華奢です。されど、柳が風に戦ぐが如く、しぶといですよ。皆様のお怪我、只管癒して見せましょう……」 柔らかに微笑むシエルは前線で乱戦状況になりつつあるその戦線をしかと見つめる。沙希とシエルの二重奏。それは回復を重ね続けることでより前線が戦い易くする事を意味していた。 「戦奏曲か……いいねぇ。こいつが思考の音楽家なら、俺は究極のロックスターさ。 出来る事なら音楽勝負と行きたいところだが……ま、仕方ない」 それはアーク内で相棒と組んだロックバンドの事を指しているのかもしれない。 『幾星霜ノ星辰ヲ越エシ輝キヲ以ッシテ原初ノ混沌ヲ内に封ジ留メシ骸布』に包まれた右手に握りしめた宝刀露草。それは戦い慣れた歴戦の竜一の掌によく馴染む。 襲い来る木々を受けとめたJe te protegerai tjrsはどこか手作りらしい武骨さを感じさせた。戦いに赴く竜一への幸運の加護を祈った誕生日プレゼントはやはり、竜一にとって使い勝手の良いものなのだろう。 「ふむ、音楽勝負か。主の命が無ければそれも良かろうに……武骨な戦いなどあまり好みませんなあ」 「その時は徳の高い歌でも歌ってやるぜ!」 ふざけて告げる竜一が纏った覇気は戦慣れしたものなのだろう。破壊神が如き戦気を纏った彼に対し、20の精鋭たちは数を減らす事無く互いに補い合う様に持久戦へと持ち込まんとする。 しかし――それを許さぬと言う様に。 「上から目線で煩わしいですね。酔うのは場末の酒場にして欲しいものだ」 符が擬似的な焔の鳥を象った。陰陽道を極めし物の行きつく果て。四神を使役するが為に高められた技量を諭は手にしていた。 アムドゥシアスが使役する木々を燃やしつくすが如く、業火は襲い来る。焔に焼かれ、木々が『命を持った』かの如く身体をくねらせる様をアムドゥシアスは黙って見つめている。 「芸術に酔う事も才能とは思いませんかね、青年」 「そんな持論は酔っ払いにでもして下さい。笑って聞き流してくれるでしょうが、生憎、私は酔ってない」 配下たる軍勢が一、蹄をもった生物が吹き鳴らしたバスクラリネット。主旋律を追いかけるピッコロの音色も、また、一入。 重低音を掻きならしたコントラバスは近接域での攻撃なのであろうか。鋭い音の刃となってリベリスタへと襲い来る。 一手、切り裂くその手を竜一が受けとめる。 チェロの音色に頭がぐらり、と揺れ動かされる。背後から放たれたセッツァーの霧が仲間のものも諸共与えられた付与を潰していく事は不幸なことか、それとも幸いしているのかは分からない。 「我が軍勢はオーケストラ。小さな、ちぐはぐなモノですが、どの奏者も音の伸びが素晴らしい!」 「ううん、素晴らしいのかもしれないけど。ボクにはよく解らないな」 フルートの軽やかな音色を振り払う用に、手にしたスピアの切っ先が配下を掠める。 回復手を行い、アムドゥシアスにぴったりとひっついたチェリストの様子を見詰め、言裏が首を傾げる。 二手、振り翳されたそれを言裏が阻んだ。 「――君とボクの境目ってどの辺にあると思う?」 それは、唇が触れ合いそうな程に近く。しかし、同時に遠かったのかもしれない。 猛烈な勢いを付けて、言裏が突進する。突き刺すショートスピアの衝撃が掌に伝わり、ゆるく微笑んだ言裏は「うん、君は処女かい?」と冗句めかして告げた。半ば表情が真面目だったのは言裏なりの信条の所為かも知れない。 己のペースを崩さずに、アムドゥシアスの眷属へと聞く言葉にアムドゥシアスはさも面白いかの如く喉を鳴らして嗤う。 「実に際物ばかりが揃ったものだ――! これでこそ舞台(えんそう)は華々しくなると言うもの。 人の個性は芸術でしょう。人の信条こそ人を尤も引き立てる! そうは思いませんかね? 可憐なる乙女!」 「生憎、貴方の信条には芸術を感じませんからね。それは一方的な八つ当たりでしかないのでしょう? 魔神『アムドゥシアス』」 冷淡に、その眸に宿したのは侮蔑の意味だろうか。 メリッサの言葉にアムドゥシアスは楽しげに笑い、タクトを振り下ろした。 ● 配下たる20体を倒す事は容易ではない。泥試合とも呼べるかの様な小競り合いは回復手がどちらにもしっかりと存在していたが故であろう。 アムドゥシアスへの射線を狙ったランディの目の前で、彼の配下は楽器を掻きならし魔神を援護し続けている。 歯噛みする。配下を潰す事に意識を持っていくことで、持久戦へと持ち込まれる事は不運であり、幸運でもあるのだが。 敵を潰したいと言う衝動に駆られるランディからすればこの戦場での戦いは苛立ちを覚える他にないのだ。 5mずつ距離をあけ、範囲攻撃で薙ぎ倒さんとする敵達はそれ程バラけては居ない。一か所に固まって居る場合も多いのだろう。ある種で範囲攻撃は博打の様なものだ。 乱戦状態になる中で、仲間に当たらぬ様に、アムドゥシアスの攻撃に巻き込まれない様にと距離を開けたリベリスタに比べ、元から『範囲攻撃に巻き込まれると認識している』配下たる20の軍勢は遠慮しない。 アムドゥシアスよりも弱体化した軍勢であれど、アムドゥシアスが演奏を行えるようにと彼等を押し留めんとする軍勢は戦闘の妨害を行っているに他ならない。メリッサの切っ先が貫き、ピュウと不細工な音を漏らしたトランペット奏者が彼女に向けて放った攻撃を彼女は身体を逸らす。 「その程度ですか? 『魔神の連れる軍勢』というのも普段の相対する相手と何ら変わりない」 「その通り。我々は君達の言う所のアザーバイドだ。強さは其々、そして思想も其々であろうね。 しかしだ、しかし……だからこそ、君達が呼ぶ『エリューション』なる者と我々は違う。我々は、頭脳を持つ!」 後衛から――それこそ、腹が立つくらいに降って湧いたクラリネットの攻撃は後衛を狙ったものだろう。 「レディ、私の背に隠れて――そうだ。君達を護るのも紳士の仕事だろう?」 回復手たるシエルが「セッツァー様」と小声で呼んだ。 アザーバイドなる魔神の強さはやはり、計り知れない。しかし、『アザーバイド』だからといって、敗北を決め付けた訳ではないのだ。 『アザーバイド』如き、とミリィは言うかもしれない。『ミラーミス』と相対した事を諭は知っている。 彼ら、アークは『ミラーミス』を打ち破った集団なのだから! 「勝利の証明を、今ここに。此度の奏では、きっと良く響くでしょう」 それは、ケイオス・カントーリを打ち破ったアークの『生命の合唱』を再現するかのように、ミリィは声を張る。 かの、“シンガー”よりも伸び上がる様に、と。朗々と歌ったセッツァーは飛んでくる攻撃を跳ね返す。サイバーアダムと呼ばれる彼の深化した彼が周囲にエネルギーの力場を発生させた。 跳ね返るソレにアムドゥシアスが鈍く眉を吊り上げる。守ることに対してセッツァーは特化している。 しかし、それは後方で守られるだけでは無いと沙希も同じ様に唇を釣り上げ、声もなく笑った。 『絶対者』――その能力が役に立つのはバッドステータスを得意とするアムドゥシアスに対してだけではない。バッドステータスを孕む仲間内の攻撃を何食わぬ顔で受け動く事が出来る彼らは後衛での回復やその支援を十分に全うする事が出来るのだ。 「成程……このアムドゥシアスの音楽を『拒む』とは……」 人の瞳では無い、馬の瞳はじぃとセッツァーを見据えている。「想定済み」だとでも言う様に、彼はシルバータクトを振り上げた。 柔らかに微笑んだシエルが回復の間を縫ってアムドゥシアスへとアイコンタクトを送る。乙女、と呼び掛けられた事に小さく頭を下げた彼女は北極紫微大帝乃護符を指先できゅ、と摘み柔らかに微笑む。 「もしも、貴方様を満足させられたら角の妙薬……少し、分けて頂けませんか?」 「不思議な事を言うな、乙女よ。『奪って』見よ、と。それだけしかこのアムドゥシアスは言えませんな」 アムドゥシアスの言葉にシエルが曖昧に笑う。咄嗟に前へと歩み出た沙希は親戚を庇うかのように目を細める。 鮮やかな髪を揺らし、心の中で囁いた沙希の言葉は魔神には聞こえない。 しかし、確かに感じとったのか、シエルが『呼んだ仲間』へと視線を向け柔らかに微笑んだ。 (芸術的な戦い……ね……。治癒術的な音色を素直に愛でてくれるタイプではなさそうね……) 二人が与えたデウス・エクス・マキナ。勇気づけられる様にセッツァーが毒を孕み、声を響かせる。 20の軍勢との削り合い。後方から『四神』が一、朱雀の焔を降り注がせて諭はくつくつと咽喉で笑う。ダメージの高い攻撃に足が震えようとも、彼は、それに劣れど高いダメージを全体へと降り注がせる。 鳴り響くティンパニの音がダメージの代わりに避ける事を失った己を苛めど、彼は『黙って遣られるほどヤワな男』ではない。 伸びる草も木も、アムドゥシアスが操る木の原子さえ、諭にとっては上から目線な酔っ払いの一言でしかない。低く、何処かからか鳴り続けるオーケストラの音に、心を奪われぬ様に、彼は肩を竦めた。 「ああ、巻藁のようによく燃えますね。乱れて中々の不協和音です」 火の爆ぜる音が響く。諭の赤い瞳が厭らしく細められた。軍勢の楽器を吹き鳴らす力が弱くなっている事に彼は、気付く。 回復手として癒しを送り続ける軍勢の少数は前線で吹き飛ばされるオーボエ吹きをその視界へ捉えて、離さない。 「いえ、素敵な音楽ではありませんか、ミスタ。貴方の焔の音は、情熱的だ。そんなにも、……いいえ、やめましょうか」 「世迷い事は聞いても糧になりませんからね。残念だ。三途の川は満員御礼。貴方は行く先すらないか」 蔑む様に。それは赤禰 諭という青年の常の言葉なのだろう。その侮蔑は彼なりの宣戦布告かとも思われるが、常の所を見れば、それは普段通りの様にも思える。 焔の中で、火を纏った旭は『大好きで大嫌い』な色を身に纏い、配下へとその体ごとぶつかっていく。数も減りつつある軍勢は少なくとも、前を走る旭の身体を傷つけた。 「ねえ、アムドゥシアスさん。わたしね、戦いに芸術を見出すのなら、それは技量とか威力とかじゃないと思う。 誰かを護りたい気持ちだとか、仲間を信じる気持ちだとか、戦うことに芸術を見出せるなら、そゆのをいうんじゃないかな?」 魔力鉄甲に包まれた指先に力が籠る。新緑を思わせる瞳は普段よりも随分と勝気な色を映して居た。 「だって、あなたの演奏には、ちっとも魂がふるえないんだもん」 カツン、と。石ころを蹴飛ばしたかのような音がした。タクトを握りしめるアムドゥシアスの仕草に気付いた様にメリッサが顔を上げる。 金の髪を靡かせて、突き刺したその衝撃にその姿を消すアムドゥシアスの配下達。バラけていた彼らを範囲攻撃対策とはいえ、5mという大きな幅を前衛同士で開けて居た彼女達の間では、攻撃に巻き込むにも、時間がかかり過ぎて居たのかもしれない。 旭とランディが呼んだ声に彼女はへらりと普段通り笑う。ゆるりと浮かび上がった彼女を貫いたカスタネットの音色に彼女は首を振る。 目を見開き、果てなき理想(ゆめ)を追い求める様に少女はタクトを振り下ろす。金の瞳が野獣の様に煌めき広まった白い閃光にアムドゥシアスを含めた者が目を伏せる。 それが隙だと竜一はその刃を振りまわす。前線へと飛び込んで、大凡、手慣れたその仕草で吹き飛ばす。神秘の風は果敢にも外から攻め入る竜一の周辺の軍勢達を傷つけた。 苛烈な攻撃は、オーケストラを構成した配下達が数を減らした事に対しての不安と、温厚なる魔神の怒りの琴線を爪弾いた事に由来したのだろう。 低く響いたコントラバス。頬を掠めたその攻撃に言裏はへらりと笑う。飛び込む事に、何の躊躇いもなかった。 誰が攻撃を受けようと言裏の『理念』は変わらない。純潔こそが全てだと勿体ぶった様に言う言裏は些か残念そうな表情を見せ、ランディを見遣った後に色違いの瞳を細めた。 明るく楽天家である言裏がゆっくりと浮かび上がり、アムドゥシアスの放った攻撃をその身で受けとめた。 鳴り響くカスタネットの音色に目を伏せて、唇を噛み締める。背後で重ねられる攻撃への受け身の耐性を作って居た旭が「ことりさん」と囁いた。 「まぁ、ボクが身代わりになることで戦力を長らえる事が出来るなら僥倖だよね?」 「大丈夫、直ぐに癒して見せましょう!」 何処かテンションが落ちた様な表情を見せる言裏に肩を竦めるメリッサ。攻撃を受けとめた言裏の代わりに前へと躍り出て、その刃は只、鋭く煌めく。 元から、自分が主力級で戦える等と言裏は考えては無かった。そんなもの、思った所で、現実がどうなるかなんてわからない。 可愛らしい少女達の為に、そして、仲間達の戦力が長らえる事こそが『螺子巻言裏の最大の攻撃』なのだから――! ● 「コンダクター・アムドゥシアス!」 凛、と。メリッサの声が奏でられるクラシックをバックに響く。意志の強い新緑色の瞳は、しかと魔神の姿を捉えて居た。 軍勢を抜け、半数の壁を越える為にと彼女は懸命に突く、指す、そして貫く――! 決して柔らかな肉を断つ感触では無い、何か別モノの『異形』を思わすその感触に彼女がその身を固まらす事無く、懸命に攻撃を重ね続けたのには大きな理由が在るのだろう。 「貴方は演奏を小馬鹿にされ今、怒っているのでしょう? 実に自分本位の悪魔なのですね。 嘗て、貴方はある音楽家の夢枕で演奏をしたと言われています。それは相手に才能を与える為? それとも」 「私が素晴らしい音楽を聞きたかったから、と答えれば乙女、君は『自分本位』だと答えるのでしょうな」 タクトの先を、まるでレイピアの様に向け、アムドゥシアスは答える。頬から滴った血を拭いメリッサはTitaniaに仕込んだギミックを確認する様に指を動かした。 まるで彼の攻撃は八つ当たりだ。 己が美しい音楽を聴きたいが為に。 ケイオス・カントーリオという稀代の音楽家を喪ったが為に。 ――己の主が『親友』の手を話したが為に! 「本当に、貴方は相手を重んじることなく、自分の損益を気にする。 アークの武勇と魔神王の風評を伝え聞く限り、魔神王は少なくとも相手を信じ、尊重したのでしょう」 間合いを詰める様に、アムドゥシアスの周囲を固めた配下達が鳴らすクラシックの壁を越えて、メリッサは率先して飛び込む。 周囲を制圧する様に、互いに回復し合い、削り合い。背後に倒れた言裏を見遣り、首を小さく振る。 「魔神王の肩を持つ気はありませんが……貴方、魔神王の決闘に横から口を挟めますか? コンダクターたるも者が観客に横やりを挟まれた演奏を、芸術と呼ぶのでしょうか?」 淡々と告げるメリッサの言葉を遮る様に、高く響いたトランペットの音色。足元に感じる気怠さを振り払う様にメリッサが前進していく。続く様に、旭は周辺の配下へと焔の侭、突撃した。 その炎に押し留められる様に、未だに無事な後衛の近接にその手は迫らない。しかし、遠距離でのアムドゥシアスの攻撃が降り注ぐ。 ランディがその隙を見つけ、放ったアルティメットキャノン。ブンッ、と鈍い音を立て、空気さえも切り裂く様に。 その侭に、アムドゥシアスを狙った攻撃を彼の護衛を行って居た配下が庇った。 「ねぇ、アムドゥシアスさん。あいにくわたしは、あなたの好きな『乙女』じゃないの」 地面を踏みしめる。その言葉の意味に、ランディがぽかんと口を開け、そのまま続けようとした言葉を―― 「成程、芸術の観点も違い、私の演奏をも莫迦にし、そして挙句に……」 遮ったのはアムドゥシアスの鋭い言葉。焔の中、旭が目を伏せる。狙い撃ちにする様に降り注ぐ攻撃へ、シエルが、沙希が彼女へと向き直る。 「大いなる癒しを此処に――」 (「全く……空ちゃんは本当にスパイシーな依頼を好むものね。 病み上がりの空ちゃんの付き添え人なのだもの。私がみんなを支え切ってみせるつもりよ」) 重ね掛けされるデウス・エクス・マキナ。立て直すには容易なそれを受けながら、竜一が周囲の回復を行う配下へとその刃を振るい上げる。 彼が掛けた付与を打ち破ったのは味方だと言うのだから皮肉だ。しかし、だからといって止まっていられない。 庇い合う配下達に煩わしさを感じながら竜一が吠える。渾身の力を込めて、振り翳した刃。反撃する様に伸びあがったアムドゥシアスの攻撃に、竜一が歯噛みする。 「そんなんで倒せるかよ。昔から言うだろ? ロックは死なないのさ!」 「その息だ、青年よ! 君の『ロック』、しかとこのアムドゥシアスへ刻みこんでくれまいか!」 それは、音楽の才を持つ者への賞賛。謳うではない、刃を振るった竜一なりの『音楽』を刻みつける。 最高の音楽は、彼の放つ最大の威力を以って奏でるものだ。不器用なほどに奏でたギターを響かせる様に。爪弾かせる様に。 「受けとめろよ、アムドゥシアス――! これが今の俺が出来る、最高の『演奏』さ!」 踏み込み、その脚を止める様にと残る配下が雪崩の様に襲い来る。防御力の脆いアムドゥシアスは絶対的に己の配下に頼って居たのだろう。 数を減らされ、持久戦へと持ち込んだこの状況で、アムドゥシアスがここぞとばかりに喜んだのは自身の命中力に絶対的自信を持っていたからだ。防御力の低い彼へ対して放ったアルティメットキャノン。その衝撃に庇い手が引き剥がされる。 『鬼』と呼ばれるランディの形相にアムドゥシアスはくつくつと笑った。旭へ告げようとした愛の告白。それを遮ったのもこの馬面の男だ。 「女の子は恋をすると、きっとこどものままじゃいれないんだよ」 囁く様に。旭はゆっくりと告げた。前進するランディへと放たれたカスタネットの音色。彼は確率論で言えば時折、その攻撃をまともに受けとめてしまう。それでも、へこたれぬと言う様にランディという男は脚を止めない。 旭は、その様子に胸の前で手を組み合わせ、只、笑った。 「わたしにはね、ランディさんがいる。仲間(みんな)がいる。きっと、それぞれに、護りたいものがある。 だから、どこまでもつよくなれるの。大丈夫。だいじょうぶ――だから」 旭の真摯な言葉に比べ、焔を降り注がせ、回復手による地道な回復で長期化する戦闘に嫌気がさしたかのように動き出す諭は頬を流れる血を拭い、皮肉だと喉を鳴らす。 「戦場の音楽はいかがですか? 砲撃の神に支配される近代戦の音楽です。 ああ、時間が足りずに少々味気ないですが、馬を桜肉へと変えるには十分でしょう?」 諭が伸ばす指先が、ノワールオルールの技だと気付いた頃にアムドゥシアスは眉を寄せる。 乙女からのものならまだしも、男からは嫌だと言う様に、何処か、剣呑な空気を抱えたユニコーンに諭は肩を竦める。 「不味いですね。不味い上に、薄くて味気ない。ああ、ある意味芸術的ですね?」 「なんと――」 「薄っぺらい演奏を引きたてる味の薄さ、ですね」 音楽を『識』っているのか、とアムドゥシアスはその眸に怒りを湛える。配下へと、突撃の命令を下せば、それすべてを打ち払う様にメリッサが踏み込んでいく。 諭の焔が降り注ぎ、アザーバイドは目を伏せた。彼の横面を殴る様に、ランディが前進する。 空いた眼前、放ったアルティメットキャノンがアムドゥシアスの腕を貫き、彼の指先からコロンとタクトが転がり落ちるが同時。 苛む様にトランペットの音色が大きく、高らかに響き渡る。 そして、刹那―― どれ位の時間が経ったのかは分からない。時間の経過とともに数の多さが仇になった様にも思える。回復手が大切なのはどちらの陣営でも同じということなのだろう。 シエルを護った様に沙希は手を開く。彼女の前で倒れた沙希の瞳がシエルを捉え、彼女は癒すのだと頷いた。 倒れたセッツァーを、言裏を、そして旭とメリッサを後方へと下げ、傷つくランディを癒すシエルをミリィが庇い手として立っている。 これは持久戦の終わりなのだろう。盤上の駒が減っている事に気付き、竜一は力を出し切れなくなってきた事にふと気づく。 「さて、諸君。このアムドゥシアスの角は特別なモノ。折りたい等とくれぐれも願わぬ様。私は努力を知らぬ人間はあまり好まない」 「……それは、折れるならば折っても良いと?」 「どうとでも」 くつくつと咽喉を鳴らして笑ったアムドゥシアスは傷を負い、その白い肌から流れる血を拭う。 彼の傍で癒し手として立っていた配下達の数は6名。それでも、立っているリベリスタの数より幾分か多い。 踏み込んだ、そして、ランディを貫くカスタネットの音色が耳によく響く。 反撃する様に竜一が刃を握りしめ「ひでぇ音楽だな」と罅公家に呟いた。だが、アムドゥシアスは動じない。 ぜいぜいと、息を吐き、シエルを庇う様に立っていたミリィへとアムドゥシアスは意地悪に囁いた。 「さて、乙女。君の答えはどうだい? 確かに君は、君なりの『演奏』を私へ刻みつけてくれた。 しかし、このままでは君の仲間が命を落とす可能性だってあるだろう。私は人間が好きでね……」 囁き声とともに、アムドゥシアスはミリィへと告げる。後衛まで戦闘不能者を担ぎ、戻った彼女は震える指先が、爪先が赤く染まって居る事に気づき、ゆっくりと顔を上げる。 目の前のアムドゥシアスは狙いを定める様に、少女のかんばせにタクトを向けて居る。持久戦で、アムドゥシアスも確かに弱っているのだろう。 「我々の奏では、貴方の心に残す演奏を、できたのですね……? それは僥倖」 皮肉を吐き出すが如く、司令官の少女はタクトを下ろす。舞台は閉幕だと宣言する様に下ろしたタクトがころころと転がった。 霞む景色に、枯れる声に、少女は、それでもと言う様に立ち上がる。 ――目を開けたそこには、騒然とした大阪の街が、広がって居た。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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