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Mein Herze schwimmt im Blut

●思い出は遠く、未来は近く。
 ドイツ郊外にある地下空洞。
 元々存在していた洞窟を改造したという教会の奥に、リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)は立っていた。
 椅子の背を指でなぞってみれば、厚くほこりがつく。
「ずいぶん、放置されていたんですね」
 リリがこの施設へ初めて来た来たのは、今からおよそ15年前。
 いわゆる『教会』と呼ばれている団体に身を寄せた時だ。
 見るもの全てが新しく、知ること全てが斬新だった。助祭さまの【お祈り】に心を躍らせ、羨望に満ちていたものである。
 ここで自らのすべてを育んだのだ。
 すべて。
 すべてである。
「…………」
 ほこりをはらい、椅子に座る。
 もう随分と椅子が小さい。いや、自分が成長したのだ。
 ずっと遠くまで歩いてから、不意に後ろを振り向くような。
 町を出て、小さくなった故郷を車窓から振り返るような。
 どこか胸の痛む気持ちを、リリは感じた。
 ちょうど近くへ来ていたからと、里帰りか何かのつもりで教会へ訪れてはみたが……。
「帰ってきたところで、何もありませんでしたね」
 椅子から立ち上がる。
 ふと悪戯めいた気持ちがわいた。
 助祭さまのまねごとをしてみよう。
 壇の向こう側へ立ち、手を合わせる。
 するとどうだろうか。壇の後ろにあった板が音をたてて開いたではないか。
「隠し通路……?」
 リリは、薄暗い通路の中へと足を踏み入れた。

●ある夏の終わり
 同時刻、ドイツのとあるホテルでのこと。
 御厨・夏栖斗(BNE000004)と楠神 風斗(BNE001434)はトランプカードを挟んで向かい合っていた。
 数はそれぞれ五枚ずつ。扇状に開かれている。
 風斗の手札にはジョーカーが一枚混じっている。中央ど真ん中にである。
 夏栖斗は中央へと指を伸ばし、ちらりと顔を見てから右端を抜いた。
「ああっ!?」
「リアクションがでかすぎんだよ! お前がジョーカー持ってんのバレバレだろうがよ」
 風斗の頭をしたたかにひっぱたき、宮部乃宮 火車(BNE001845)は夏栖斗からトランプカードを抜いた。
 火車は顔を左右非対称に歪め、咥えていたスナック菓子を噛み砕いた。
「……あー」
「お前もたいがい、リアクションが大きいな」
 丁度向かいにいた桜庭 劫(BNE004636)が、火車からカードを抜いて、手札の一枚と重ねて中央に捨てた。
 火車のカードは、現在9枚。
「いくらなんでも合わなすぎるだろ。どうなってんだ?」
「何があっても必ず中央から抜くからだ」
「……ダメなのか?」
 劫は黙って後頭部をかいた。
「そこまで愚直にやっておきながら、どうして最後の最後で勝つんだろうな」
「そりゃそーだろ。二択ンなったらオレぁまず負けねえよ」
 などと言いながら、火車は風斗のカードからジョーカーでない方を抜いて捨てた。あつらえたようにハートとスペードのエースだった。
「土俵際の先輩強すぎますよ、本当に……」
 一枚残ったジョーカーを抱えてテーブルに沈む風斗。
「よっし、今度の依頼。飯代はフウト持ちに決定! 何食べよっかな」
 椅子に行儀悪くもたれかかり、夏栖斗がニヤニヤと笑った。
 そうしていると、部屋のドアが外側から開いた。
「まだ遊んでいたのか」
 ユーヌ・プロメース(BNE001086)と星川・天乃(BNE000016)である。
「お邪魔する、ね」

 夏栖斗たち一行はドイツでの用事を済ませ、思いの外空いてしまった時間を持て余していた。
 帰りの飛行機は明日になるし、かといって今から観光をしようというコンディションではない。ユーヌが仏頂面で『ケルン大聖堂ならグーグルアースで既に見た』と言ったのが、コンディションをうまく象徴する言葉だったように思う。
 カードをまとめる夏栖斗。
「リリは? まだ帰ってきてないの?」
「特に連絡もないが。……まあ、子供ではあるまし、大丈夫だろう」
「地元に帰ったならいろいろ用事もあるだろうしねー」
 と、テーブルの下から声がした。
 覗き込んでみると、頭をさするソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)と目が合った。
「テーブルの下って案外お昼寝にいいスポットよね」
「案外、涼しいよね」
 勝手に同意する天乃。ユーヌは無表情で流した。
 と、そこで。携帯していた端末が鳴った。
 いわゆるひとつのチャットアプリの通知である。
 それもきっかり七人分。
 ユーヌはもちろん、夏栖斗や劫たちはそれぞれの端末を開いた。
 眼鏡をかけた男性フォーチュナの写真アイコンと共にメッセージが流れてくる。

 ――そちらのリベリスタ組織から救援要請が来ました。できるだけ急いで欲しいとのことでしたので、ちょうど現地にいる皆さんにお伝えしております。
 ――内容は『暴走した小規模リベリスタ組織の壊滅』です。
 ――フィクサードとそれを擁する一般人団体への攻撃を始めたようなので、その迎撃が任務になります。
 ――出動は可能ですか? Y/N

●絶対矛盾倫理思考保有体
 テープレコーダーから、こんな音声が流れてきた。
 ――ナンバー0830、研究者ヤーコプ・メンゲレ。依頼人はバウムガルテン教会。実験における初の成功例だ。やあリリ、今からお話をしようか。
 ――『はい、よろこんで。ヤーコプ先生』
 ――これは君が飼っている犬だね?
 ――『はい先生』
 ――飼いはじめてどのくらいかな?
 ――『今日で一年になります』
 ――なるほど、君の親友というわけだ。大事にしているんだね。
 ――『はい、先生。たいせつな親友です。命は万物に等しく与えられた尊きものであり、命を保つこと、命を守ること、命を繋ぐことは何よりも尊き行ないです』
 ――よくできたね、いい子だリリ。じゃあその犬を殺せ。
 ――『……は、い? なぜですか、先生?』
 ――もう一度言う。その犬を殺せ。素手でだ。
 ――『なぜそんなことを言うのですか、先生。そんな、そんなこと……』
 ――【神の名の下に】、犬を殺せ。
 ――『はい』
 ――(子犬の悲鳴がさえぎる。数秒で止む)
 ――殺したか?
 ――『はい先生』
 ――犬を殺すことはいいことかね?
 ――『許されることではありません。命は万物に等しく与えられた尊きものであり、命をたもつこと、命をまもること、命を繋ぐことは何より尊き行ないです』
 ――では、君はいま何をしたんだ?
 ――『……【お祈り】です』
 ――(録音のつなぎ目にあたるカット音)
 ――ナンバー0998、研究者ヤーコプ・メンゲレ。依頼人はバウムガルテン教会。非検体リリは非常に優秀な実例を出してくれた。あれから大量の自己矛盾をすり込んだが、全て自己補完することで清浄な倫理観を保っている。リリ、命の価値について述べろ。
 ――『父と母から生まれ、命をもつものとして、他と等しく尊いものだと思います』
 ――ではお前はどうだ。
 ――『私も同様に』
 ――違う。【神の名の下に】お前は無価値だ。空虚だ。
 ――『はい。私は価値のない、からっぽの存在です』
 ――お前も人なのに、なぜだ? 人は等しく尊いんだろう?
 ――『そうですが、私は……………………私は、人でありながら無価値な存在です。いつか煉獄へ堕ちるでしょう』
 ガチン、とレコーダーが途絶えた。
 レコーダーを切ったのはある男の手であった。
 牧師のような服を着た男である。
 小さな丸めがねと、短く切りそろえた茶髪の男である。
「これを聞いてどう思いましたか。リリさん」
「……助祭、さま? これは……これは……?」
 ランプ一つに照らされた部屋にリリは座っている。
 膝をついてへたり込んでいると言った方が正しい。
 ほぼ何も言えずに口をぱくぱくとさせるリリに、男はほほえみかけた。
 とんとんと机を叩く。
「けっこう。十年近く経っているのに、よくここへ帰ってきてくれましたね。当然ですか。あなたにはそうすり込んである。強力なリベリスタへと成長したとき、この教会に帰るように、と」
「そんなはずは、ありません。わたしは、自分の意志で……ここへ……」
「意志!」
 ばしばしと机を叩く。
「その意志は、自分のものですか? あなたに施した処置は、一般的に言われる洗脳や刷り込みとは根本的に異なります。絶対架空型アザーバイドを利用した意識体の書き換え。倫理の再構築です。あなたはどれだけ矛盾した倫理であっても抱え続けることができます。良心の呵責に耐えかねてリタイアする助祭の【お祈り】を……リリさん、あなたは永久に続けることができる。それは、あなたが勝手に、自分の意志で倫理を作成しているからです」
 ばんばんと机を叩く。
「誰かに望まれた! 誰かに都合の良い! 誰かが必要とした倫理を、あなたは自主的に作成する! そのように、我々が、作ったのです!」
 机が大きく拉げた。
 スチール製の机である。
「あなたは我々の最終兵器。切り札です。我々のために銃をとってくれますね?」
「…………それは、どういうことですか? 助祭さま?」
 男は壁に掛けられていた禍々しいストラをとると、リリの肩にかけた。
「よくききなさい」
 リリの頭に、彼の言葉が強くしみこむ。
 まるで肩にかかったストラが身体の奥へと入り込み、締め付けていくような。それでいて、悦ばしいような。
「地下活動で異教徒どもを刈り続けてきましたが、それがドイツのリベリスタに知られ現在襲撃部隊をこちらへ派遣しています。我々は彼らを許してはおけません。全員残らず死の裁きを与えます。あなたがその、先陣をきりなさい」
「し、しかし……助祭さま、わたしは……」
 目尻から涙が浮かぶ。
 声がうわずって、ひどく震えた。
「【神の名の下に】命じます。我々のために戦い、死になさい。邪魔をするすべての存在に、死の裁きを与えるのです」
「…………」
 リリは。
 強い決意のまなざしで言った。
「はい、助祭さま」

●リリという女。リリという戦士。リリという狂信者。
 視点を戻す。
 劫たちが指定された現場に到着した頃には、既にひどいありさまだった。
 訪れたのはドイツ郊外にある地下洞窟である。
 非常に広い空洞を改造した教会があり、カルト教団のアジトになっていたという。
 この組織は神罰と称してドイツの異教徒たちを殺害。挑発的かつ誇張的な形でその『結果』を見せつけていた。相手は主にフィクサードやエリューションだったが、縁者の一般人にまで被害を出しているということで、彼らを改めてテロ組織と認定。アジトを見つけて襲撃した……が。
「失敗した、らしいな」
 あたりには的確に脳を打ち抜かれた死体が大量に転がり、独特の異臭を充満させていた。
 ため息をつく劫。
 相手の実力を予め測定してから乗り込める自分たちの環境をあらためて思った。
 これだけの戦力を一度に殺害できる相手がいることが分かったという事実にも、やはり感謝するべきだろう。
「リリは? 来てない?」
 棍を取り出して警戒する夏栖斗。
 風斗もまた剣を抜き、あたりをしきりに見回している。
 二人の背中をばんと叩く火車。
「まぁいいべや。折角の里帰りを邪魔するモンでもねぇだろぉ」
「ま、アークでも指折りの連中がこんだけそろってれば十分すぎる戦力でしょ。むしろ私、寝ててもいいくらいじゃない?」
 えもので自分の肩をトントンと叩くソラ。
 天井を見上げると、天乃が上下逆さに張り付いていた。
 それくらいは日常茶飯事である。
 だが彼女が急に、びくりと身体を震わせた。
「なにか、来る」
 こつん。
 足音がした。
 突如、教会内にあるあらゆる灯りがつき、広い空間を煌々と照らす。
 自動演奏でオルガンが鳴り響き、独特な聖歌が流れ始める。
 そして、壇の前。
「みなさん……」
 リリ・シュヴァイヤーが、そこに立っていた。
 腕組みをして肩をすくめるユーヌ。
「先に始めていたのか。どうりで強いと思った。仕事は一人で済ませたか? だったら――」
 それ以上の何かを言おうとした所で、ユーヌのこめかみを銃弾が掠めた。
 青い燐光が尾を引く。
 リリ独特の銃撃によってである。
 直撃しなかったのは、咄嗟に天乃がユーヌを蹴っ飛ばしたからだ。
「……は?」
 すぐにリリを見る。
 リリは、こちらに二丁の銃を向けていた。
 それだけではない。
 リリの後ろには修道服と銃器を装備した教会のE能力者たちが、ずらりと並んでこちらに銃を構えているではないか。
 そしてリリは。
 悲しくも無く。
 苦しくも無く。
 どこか安らかな表情で言った。
「みなさん、すみません。私はみなさんに、死の裁きをあたえなくてはいけません」
 本能で分かった。
 リリは自分たちを、殺そうとしているのだ。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:八重紅友禅  
■難易度:HARD ■ リクエストシナリオ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年09月12日(金)22:46
 ご用命ありがとうございます。
 八重紅友禅でございます。
 長くならぬよう、手短かに補足を書きます。

●状況
 皆さんは『バウムガルテン教会』というE能力者組織の壊滅に訪れましたが、突如リリさんが皆さんに襲いかかっているという状況に遭遇しました。
 この状況を脱し、組織を壊滅させなくてはなりません。

●プレイングとPC知識について
 プレイヤーの皆さんはリリさんがなぜこんなことになっているのかをよく知っていますが、キャラクターたちは知りません。
 なので、彼女に説得や攻撃を含めたあらゆるアクションをとるための動機をプレイングで新たに設定しなくてはなりません。ヤーコプ・メンゲレの研究内容の話抜きで。

 ただし、魔術知識やリーディングといった神秘調査を少しでも行なった場合、彼女が『神の名の下に』というキーワードに絶対服従するようになっていることに気づきます。気づいてよいです。
 なのでリリさんを簡単に停止させることが可能です。
 ですがその場合。
 彼女の呪縛は永遠に解けない可能性があります。

●戦闘状況について
 教団の『助祭』と呼ばれるE能力者です。リベリスタかフィクサードかというと微妙なところですが、フィクサード扱いしてもらって結構です。
 ジョブは軽くバラけていますが、共通して銃器を扱います。つまり遠距離攻撃はデフォです。
 人数は十人。強さは難易度相当です。

 リリさんが一時的に敵に回っていますが、別にフィクったとかなんかに寄生されたというわけでなく、≪魅了≫状態にあるだけです。 
 ですがこの状態を自主的に継続しており、味方(ユーヌたち)のBS回復を拒絶してしまいます。
 この回復拒絶状態を解除するには、抵抗ロールが必要になります。
 抵抗の仕方はなんでもいいのですが、自らの呪縛を自分で解かねばならないという意味でいいますと
 『あなたは今まで何を持っていて、何を捨てて、何を拾おうとしていますか?』
 という命題に、自分で決めて、自分で回答してみてください。
 おそらくそれが呪縛を解く一番の鍵になるはずです。

 リリさん自身の抵抗ロールと、仲間の皆さんからの説得ロール。これを併せてひとつの真理に達した時点で解呪される……はずです。人の心に触る部分なので、システマチックにはいいずらいです。
 もしリリさんが自分に向き合うことを諦めるか、もしくは回答を先送りにした場合、歪曲自爆もあり得ますのでご注意ください。

 以上でございます。
 さあ、あなたの運命をベッドしてください。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ナイトバロン覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
ジーニアスナイトクリーク
星川・天乃(BNE000016)
ノワールオルールソードミラージュ
ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)
ハイジーニアススターサジタリー
★MVP
リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
アークエンジェインヤンマスター
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
ハイジーニアスデュランダル
楠神 風斗(BNE001434)
ジーニアス覇界闘士
宮部乃宮 火車(BNE001845)
ハイジーニアスソードミラージュ
桜庭 劫(BNE004636)

●列を成せ、汝善良のしもべ。善きことのため、善きことのためである。
 場を、もしくはアークリベリスタたちを包んだのは主に驚駭であった。
 状況が飲み込めない者、飲み込めた者、わけもわからず飛び出す者。
 その中で『不滅の剣』楠神 風斗(BNE001434)の立ち位置は第三種。
 わけもわからず飛び出した。
「お前ら、リリさんに何をしたぁァッ!」
 獣のように吠え、大剣に真っ赤なラインを走らせ、ひときわ偉そうな男へと斬りかかった。
 その剣が、男の鼻先七センチの位置で止められる。
 間に青い銃が挟まったからだ。
 『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)の愛銃が挟まったからだ。
「な、リリさ――」
 リリは素早く腕を交差。大きく開けた風斗の口内にもう一丁の銃を押し込みつつバースト射撃。思わず食いしばった彼の腹に膝を入れて撥ね飛ばすと、更に銃撃。両目を即座に潰され、風斗は白目もむけずに吹き飛んだ。
 古い木製ベンチを墓石ながら倒れる。
 そこへ更なる銃撃を加えようと構えたリリは、とてつもない殺気に身を伏せた。
 自分のすぐ上で、輪っかになった気糸が高速で締まった。絞殺? いや違う、斬首をねらったものだ。
 転がって視線を上に向ければ、『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)が目の奥をこうこうと光らせ、天井へと張り付いていた。
 彼女も彼女で第三種。意味もわけもわかっていない。わかっていないが、彼女にとってはこの時点で充分だった。
「強者を、求めるなら、同僚と戦うのが、一番早い」
 『隣人を襲える』という事実だけで、彼女は歓喜した。歓喜して、狂喜した。
 リリを中心に螺旋状の気糸が出現。急速に締まり、彼女の動きを押し込めた。
 その様子を確認して、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は手袋の裾を引いた。落ち着いた所作である。
「全て潰して真っ平ら、いつも通りの仕事か。敵のスペックが不明瞭だと聞いていたが、一人ほど明確なやつがいるじゃないか。好都合だ。そうだな?」
「まァ、よくあるケースだわな。こんなもん」
 『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)はグローブ状のファンを展開。両手に装着した。
「依存の強ぇやつとは思ったが、ココがリリの分水嶺らしいな」
「依存な。所詮意識など、脳の活動結果にすぎない。それが自己でそれが自我だ。その程度のもの」
 リリたちを放置して、助祭の男が飛び込んでくる。
 両手に紋章のはいった手袋をしているが、怪しい光が漏れ出ていた。
「ハッ、いい里帰りになりゃあイイなァ!」
 助祭の拳が来る。
 火車の拳が走る。
 ぶつかり合い、光と炎が渦になって巻いた。
 すぐ後ろで指を鳴らすユーヌ。途端、助祭の足下にある影が膨張、食虫植物のように彼を包み込んだ。
 だがそこは狂信者の心理。助祭の危機を対岸の火事の如く無視し、銃器を構えた女たちが襲いかかってきた。
 リリと似たようなストラをかけた、シスター風の女たちである。
 だが目つきは洗脳訓練を受けた暗殺者のそれである。何かにすがらなくては死んでしまう。そういう者たちだった。リリと比較して『純正狂信者』とでもいうべきか。
「わっと」
 味方の後ろに隠れて魔術教本を開く『そらせん』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)。
「今日はずいぶんとご機嫌じゃない、リリ。いいことがあったのかしら、それとも悪いことがありすぎて壊れちゃった?」
 盾にされた味方というのは『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)である。
 アサルトライフルの集中連射を棍棒のスイングだけで次々に弾いていく。
 だが覚悟はなかった。顔も引きつっている。
「な、なにしてんだよリリ。仲間に刃を向けるのがつらいことだって、そんなの分かってるはずなのに」
 隙を見て衝撃波を放ち、狂信者の女たちをはねのけにかかる。
 背後で回復術式を連続で組み立てながら、ソラはためいきをついた。
「でも夏栖斗? こうなっちゃうのって、もしかしたら彼女だけじゃないかもしれないわよ」
「ソラ、どういう――」
「『つらいこと』だから自分がやらなきゃ。そういう風に思ったこと、一度や二度じゃないんじゃない?」
「…………」
 夏栖斗の背後から様子をうかがいながら、ソラは目を細めた。
「覚悟しておいたほうがいいかもね。私たちは組織に対して自由だけど、自由だからこそ対立することがありえるわよ」
「だが少なくとも、『これ』は想定にはない。突破口を見つけられるか?」
 飛んできたグレネードをサッカーボールのように蹴飛ばし、『停滞者』桜庭 劫(BNE004636)は鋭く敵を見た。
 ドッグイヤーだらけの本を乱暴にめくるソラ。
「二分ちょうだい。特定してみせる」
「やろう、何千年でも」
 言ったそばから劫は加速していた。
「永遠がないなら、限りある時を縮め、刹那をいこう。日常よ止まれ」
 唱えた彼の声は誰にも聞こえない。なぜなら狂信者たちの間を絶え間なく駆け抜け、銃声と銃声の間に挟まって紛れているからだ。
 敵の銃を別の敵へ強制誤射させながら、劫はとっくりと呟いた。
「俺は誰よりも君を愛している」

●己を信じよ。信じることを信じよ。疑った者は敵である。
 リリにおこった不可思議な裏切りの正体について。
 はじめ二分と言ったソラは、およそ三十秒でその正体を特定してみせた。
 『自己矛盾性教唆』。多くの新興宗教で用いられる洗脳方法で、長期にわたって蓄積したフラストレーションを妄信的な善意として発揮させるというものである。
 なまじ常識を超越し精神的に自由の多いE能力者には通じないことが多いが、リリには同格かそれ以上の強制力を持たせているのは明らかだ。でなければこの即効性はありえない。
「どう、ソラ! 回復はできそう!?」
「周囲の理解が治療への第一歩ね」
「そういうこと聞いてるんじゃなくて!」
「『そういうこと』を言ってるのよ。でしょうリリ、私にここで授業をさせる気?」
 ソラの対応はさらっとしたものだった。
 毒に効く薬はあれど、悩みをきく薬はない。
「任せるわ、みんなに。なんでも先生がやってあげてたら、人類が育たないでしょ」
 そう言って、ソラはいつもの『ぐーたら信仰』に戻った。働いたら負けの精神から来る科学技術の徒であり、文明から人力車を奪った民である。
「……わかった」
 夏栖斗は頷き、ガンナイフ持ちの狂信者の腹に棍を押し当てた。衝撃が波となって走り、何人かの狂信者を巻き込んで引き裂いていく。
「なあリリ、そっち側でほんとうにいいの!? 泣いて、傷ついてるくせに! 神様なんてものに縛られて辛いくせに! そんなにまで神様が大事!? 一緒に遊ぶって、約束しただろ! ハリセンボン呑ますぞ!」
「無駄です!」
 途端、夏栖斗の顔を手袋が覆った。助祭の手である。夏栖斗はまるで暴風にあおられたようにベンチの上を飛び、後頭部から岸壁にめり込んだ。
「今の彼女は何にも縛られていません。自由なのです。自由意志のもと、あなたを殺すのです。どうやら元は仲間だったようですが、裏切りすら彼女にとっては自由! 自由! 自由なのです!」
 連続で拳を打ち込んでくる。
「さあリリさん、とどめを」
 気糸の呪縛を引きちぎり、銃口を夏栖斗に向けるリリ。そんなリリの頭にずきんとした痛みが走った。
 腕が別の気糸に絡まり、天井へと銃弾が逃げる。
「こっちだよ。さあ、踊って、くれる?」
 天乃だ。追撃気糸を、リリは横っ飛びになってかわした。全身から血しぶきが上がるが気にしない。飛びながらも連射。全弾着弾。
 背後へ劫が瞬間移動のように現われた。首切り鉈を繰り出してくる。
 脇腹へ食い込んだそれを無視し、劫の胸に銃口を押し当てた。全弾命中。
 劫もまた、それを無視した。
「器が空っぽなら、いずれは満たされるんだ。けど、欲しいものばかりでは満たされない。自分で選んで、拾うべき時もあるんだ。だから間違えるな。なりたい自分を間違えるな。逃げるんじゃねえ」
 剣を返し、彼の背中を狙った狂信者へと投擲。肩口に深々と刺さり、狂信者は倒れた。
「でなきゃ、姉さん扱いできないぜ」
 リリにまたも頭痛がはしる。
 振り払うように劫の襟首をつかみ、天乃へと投げ放った。
 もつれた所にめいっぱいの銃撃を加える。
 天乃は庇うように前へ出て、リリに手を伸ばした。
 既に身体は鉛だらけである。
 普通なら死んでいる身体で、天乃はリリの首に触れ、撫でて、指先だけで胸をトンと叩いた。
「大切だ、って……いってくれて、ありがとう」
 手が離れ、死体にかえる。
「『大切だから殺す』なら、その人たちは、違うの?」
「あ――ガぁ!?」
 激しい衝撃が、リリの脳内をかき混ぜた。
 眼球がぶるぶると震える。
 その隙に、大量の呪印がリリの周囲を覆った。それらが一斉に発動。目に見えないツタがリリの四肢を縛り上げ、強制的に跪かせる。
 ごり、と音をたてて額にユーヌの銃口が押し当てられた。
「人形遊びのお人形か。不整合ばかりぶつぶつと、誤魔化し、整理し、それでいてちぐはぐだ。おもしろいな、リリ・シュヴァイヤー?」
 一言ずつ刻むようにトリガーを引く。
「神も、他人も、信仰も、所詮は、自分の妄想か、他人の妄想か、どちらかに従うにすぎない。己が脳髄にしかないものを、勝手気ままに使うだけだ」
「やめなさい!」
 助祭が横から掴みかかった。ユーヌを握りつぶさんばかりの腕力である。
 が、それ自体が呪いだった。助祭の手が、触れたそばから黒く淀んでいく。
「ヌぐ――」
「口を閉じてろ糞野郎、お前の声は耳障りだ!」
 立ち上がった風斗が、助祭の顔を思い切り殴りつける。
 顎が外れ、岩壁に頭を叩き付けられた助祭はそのまま床に崩れ落ちた。
 粗く息を整え、リリに向き直る風斗。
「よく考えてくれ、俺たちが本当に敵なのかどうか。何が正しいかじゃない、何をやりたいかを考えてくれ! あなたは……泣いて笑って食べて遊んで年上ぶる、そういう人だろう!」
「風斗、さま……」
 ずきずきと痛む頭をゆすって立ち上がる。腕を風斗に伸ばした。
「そうだ、戻ってきてくれ。俺の隣人、リリ・シュヴァイヤー!」
「わたしは」
 手の中に銃が収まる。
 反転させ、ストック側をハンマーのように持ち、風斗の鼻っ面を思い切り殴った。
「ぐ――!?」
 のけぞった風斗の襟首を掴み、膝蹴りを幾度となく叩き込み、放り捨て、そしてまた踏みつけた。
 なんでそんなことをしているのか、自分でも分からないという顔をしながら、しかし必死に踏みつけた。下腹部やその周囲を中心にだ。
「おうおう、女としてサマになってきたじゃねぇか」
 残りの狂信者を殴り倒し、火車がゆっくりと歩み寄ってくる。
 グローブが燃え上がり、鬼爆の文字を浮かべていた。
「最初にオレぁ言ったよなあ」
 殴りかかる。咄嗟に銃を向ける。顔面を殴られるのが先だった。
「『ヤりてぇことがあるならソレをしろよ』。そう言ったなぁ、ええおい!?」
 絶え間ないラッシュでさらなる拳が叩き込まれる。
「テメェの手はなんのためにある!」
 更に殴られる。
「神だかなんだかにお祈りするためか!?」
 更に殴られる。
「武器をとるためか!?」
 更に殴られる。
「誰かを守るためか!?」
 更に殴られる。
「ダチの手を、とるためか!?」
 更に殴られる。
 気づけばリリは、壇をなぎ倒して地面に倒れていた。
「テメェは誰で、どうしてぇんだよ!」
 最後に、思い切り殴られた。
 脳を揺すられ、脳内物質が波のように、海のように、津波のようにリリの中をかきまぜた。
 そして彼女は、一瞬にして永遠の白昼夢を見る。

●承服せよ。人であることを罪と認め、形なき罰をうけよ。
 教会だった。
 たくさんのランプに彩られた、オレンジ色に輝く部屋のなか、オルガンの音が清らかにたゆたっている。
 リリはたくさんの顔の無いシスターの中に混じり、ベンチに腰掛けている。
 壇の上で司祭さまが言う。
『さあみなさん、ときがきました。ゆきましょう』
 シスターたちがばらばらに立ち上がる。
 立ち上がったそばから、光や霞のように散って、開いて、消え失せた。
 自分もそうしなければならない。
 反射的に思ったリリは立ち上がろうとしたが、その肩を助祭の男が掴んでとめた。
『あなたは、たちたいのですか?』
「私は」
 声に出してから、自分がおかしな格好をしていることに気づいた。
 シスター服ではない。淫猥な下着や、奔放な水着や、喪服めいたドレスや、涼やかな浴衣や、あれやこれやと切り替わっていく。
『おいのりを、しましたか?』
「はい、沢山」
『なんのために、ですか?』
「それは……」
 神様のために祈りなさいと、たしかそう教えられていた筈だ。
『だれが、そのようにおしえたのですか?』
 友人や仲間や好きな人。たくさんの人間関係が生まれ、自分が変わったのだ。
『だれが、そのようにいったのですか?』
 もし彼らと戦わねばならないのなら、それを拒むみたいのだ。
『だれが、そのようにせよといったのですか?』
「助祭さま」
 肩にかかったストラを握り、引きちぎった。
「私です。全部私でした」
 助祭の姿が光に消えていく。
「私が祈り、私が変わり、私が思いました……全部、全部私が作ったのです。神様も、私も、この教えも、ぜんぶ」
『ようやく、気付きましたか』
 助祭の声……だが、違う。もっと別の人間だ。もっと別の世界から、もっと別の存在が、遠い遠い場所から語りかけていた。
 気づけば自分は壇に立っていた。
 助祭の葬式用ストラを首にかけてである。
 助祭。正確には『祓魔師』。カトリックの派生の派生の更に派生にあたるカルト宗教が、この教会である。リリは既に祓魔師の地位にあり、多くの子供たちに教えを説く立場にあった。
 だがそれも長い時に埋もれ、教会はその存在意義を失った。
 毒をはみ、壇の奥にある酸のプールに身を投げ、彼らはこの世界からたったのだった。
 その時から。
 リリの教会は生まれた。
『人間とは、うまくいかないものですね。期待をして、そうなるように取りはからっても、裏切られてしまう。良かれと思ったことが裏目に出て、善意が悪意に裏返るものです。私も最近、それを学びました。エゴイズムという概念です』
 助祭のような何かが言う。
『折角です。誤解を恐れず言いましょう』
 教会は朽ち、一人残ったリリを中心に、新しい助祭やシスターたちが組み上げられていく。
 それもこれも、あの時の焼き回しだ。
『同じ男にフラれた者どうし。ここは仲良くしましょうか』

●汝成すべきを成さず、思うことを成せ。
 白昼夢は解け、現実である。
「リ、リリ……さん……彼ら、異教徒を、殺すのです」
 外れた顎を強制的になおし、助祭がよろよろと身を起こす。
 リリはいつのまにか立ち上がり、彼を横目に見ていた。
「はやく」
「それは【お祈り】ですか」
「そうです。【神の名の下に】――!」
「【リリ・シュヴァイヤーの名の下に】――!」
 手を伸ばす助祭。
 銃を向けるリリ。
 目を大きく開いた助祭。額の真ん中に、銃弾の穴が空いた。
「Amen」

 わずかばかり後日談を語ろう。
 『3年前から』活動を続けていた反体制リベリスタ組織バウムガルテン教会は現地滞在中だったアークリベリスタの助力によって壊滅。事後調査に訪れた現地チームによれば、戦闘の跡のみを残し、死体はおろか血痕の一滴すら残っていなかった。
 さらなる調査を重ねた結果、隠し通路を発見。その奥で死後3年ほど経ったと思われる複数の死体を発見。すべて一見して人体と分からぬほどに溶解しており、腐敗はなかった。
 事件に巻き込まれたとみられるアークリベリスタ、リリ・シュヴァイヤーは無事救助され、現在はアークに戻って活動を続けているという。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お疲れ様でした。
 『よくできました』という意味を込めて、リリさんにMVPを送ります。
 これからめいっぱい、やりたいことをやってください。